木村初音殿
思うていることを伝えようと筆を取ってはみたが、難しいものだな、中々手が動いてくれぬ。
礼の一つも言えぬまま、分かれてしまったことだけが悔やまれる。
あの日。
わしは再び光に包まれて、気が付いたら小谷の山中に倒れておった。
この髪が短くなったことも、着物でなく服を着ておったことも、周囲にはどうでもいいことだった。それどころではなかった。
現在はそれぞれに陣を構え、ほどなく大戦が始まるだろう。
わしらの中に反対をする者はいなかった。御館様だからこそ、あの方だからこそ、全てを捧げる覚悟にある。
未来を知っているわしは、何も言えなかった。
なあ、初音。
わしは怖かった。
そなたのいる未来が歪んでしまうことが怖かった。愛する者が住む、あの美しい世界がもしかしたら消えてしまうことが恐怖だった。
流れに沿っていれば、いずれそなたがいる世界が誕生する。
なぜ、未来に飛んだのかは分からない。そなたの元へと行ったのかも分からないし、最初の内は小さな体だったのかも分からない。
分かっていることは、ただ一つ。
そなたが横にいたからこそ、世界は美しく輝いて見えた。
初音。雄々しく生きよ。
そしていいつまでも、びゅーちふるな世界で笑って過ごしてほしい。
それだけがわしの願いだ。
晴れた日が続いたためが、姉川は拍子抜けするほど小さな小川だった。
車を降りて川原に出た博の横には、初音がいる。
手紙を読み上げる梅木の声に、初音は静かに涙を流しただけだった。
「形見くらい、残しておけばよかったのに」
沈黙に耐えられなくなって、博はちゃかすように言った。
丁度440年前、松本四朗直隆はこの地のどこかで命を落とした。
「形見ならあります」
初音はそう言って、そっと腹を抑えた。
そうか。それで煙草を嫌ったのか。
「産むんですか」
「産みます」
彼方を見つめながら、初音は微笑んだ。
生涯、博が忘れることのできなかった、強く優しい笑みだった。
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