約百万の数を擁した袁紹軍との戦いは、貂蝉さんと桃香さん達の援軍のおかげで私達公孫賛軍の勝利で終わりました。
袁紹さん達を私達が取り囲むと、それを見た袁紹軍の兵士さん達は次々に武器を下ろし降伏しました。
降伏した兵士さん達は、捕虜か奴隷としてこき使われるのが一般的ですが、その人達も公孫賛軍の一員として取り込みました。
先の盗賊さん達や黄巾党と同じ処遇です。
ただ、これにはやはり抵抗がありました。
今回の戦いでは、かなりの犠牲が出てしまったためです。
その犠牲者の肉親や知り合いなどは、いい気持ちをしないでしょう。
それは判るのですが、これは白蓮さんの決定なので覆りようもありません。
それら兵士さん達の処遇が決まる中、この人達の処遇を巡って一悶着がありました。
そう、袁紹さん達の事です。
「さて、本初達の処遇についてだが……」
「即刻処刑するべきでしょう!!」
白蓮さんの言葉に、意見が出ました。
これがもっともらしいものです。
戦いに敗れた者は、生き恥を晒すより死を選ぶ。
そんな志が袁紹さんにあるか分かりませんが、大抵は自害するか処刑されるかです。
ですが、それは本当に一般的な話……。
ここには、その一般的な事が通用しない人がいます。
「待ってくれ。袁紹達を殺して何になるんだ?」
「何と言われましても……。それがこの世界での常識です」
「そんなの非常識だ!! 人は生きてこそ価値がある。ましてや処刑なんかしたら遺恨が残るだけじゃないか……」
そう、お兄さんです。
この人の常識は、この世界のそれとは全く異なっています。
それこそが天の御遣いたる所以なのでしょうか。
「北郷の意見は分かった。星達はどうだ?」
白蓮さんの言葉に星ちゃん、霞さん、華雄さんが答えました。
「私はどちらでも構いませぬよ。袁紹殿に恨みはありませぬが、助けたいほどの感情も持っておりませぬゆえ……」
「うちも同じや。白蓮の決定に従うで」
「私もだ」
三人は、我関せずを決め込むつもりのようです。
本来はきちんと意見を述べるべきなのでしょうが、これもまた一つの意見として許されてしまう雰囲気が三人にはありました。
こんな感じで三人の意見陳述が終わると次に来るのはきっと……。
「風はどう思う?」
やはり次に来るのは私でした。
処刑せよという意見、そしてそれに反論するお兄さん。
この構図はもう分かり切っていました。
だとすると、私が言うことは決まっています。
「風も袁紹さんは処刑するのが相応しいと思いますよ~」
私の発言にその場がざわつきました。
中でも、白蓮さんの驚きの表情が印象的です。
「ですが、それはあくまで一般的な話です~。私達には天の御遣いがいるとなると話は変わってきますよ~」
「それはどういう……」
「天の御遣いとは、その言動が大事です~。ここでもし一般的な考えで処刑を行ってしまうと、民はどう思うでしょうか~?」
「ある種の失望感が生まれるかもしれぬな……」
星ちゃんの言葉が全てを物語っていました。
「そうですね~。その失望感が今まで築き上げた天の御遣いという存在そのものを失ってしまうかもしれません~」
「それは、我々はもちろんこの大陸にとっても良くないか……」
「間違いなく良くないですね~。失望感からというのは極論かもしれませんが~、そうはならないと否定することもできません~」
「ですが、たかが一度の処刑でそうなるのでしょうか?」
私の意見に否定的な言葉が出ました。
そのような意見が出ることは、分かっています。
「確かに、ならないかもしれませんね~。ただ、なる可能性がある以上、それは避けるべきでしょう~」
「なら、風の意見は?」
「袁紹さんは処刑するべきではありませんね~」
私の言葉に、お兄さんは満面の笑みを浮かべ頷いています。
武官さんや文官さんの中には、納得出来てない人もいるみたいです。
白蓮さんは、私の意見を聞いた後腕を組みながら考えています。
そして、周りに目配せをした後言いました。
「袁紹は、このまま我が軍の一員として生かすことにする!!」
白蓮さんの決定に、その場にどよめきが起きました。
その多くがなぜというものでした。
その言葉に白蓮さんが説明を始めました。
「皆の言うとおり、敗戦の将を生かし続けることは異例だ。だが、処刑を行うことで天の御遣いの名声が傷つく事もまたありえる。なら、私は傷つくことを避けたいと思う」
白蓮さんの言葉に、否定的な意見を述べていた武官さん、文官さんは黙ってしまいました。
「袁紹達をここへ」
白蓮さんの言葉に兵士さんが頷きました。
しばらくして、袁紹さん、文醜さん、顔良さんの三人が連れてこられました。
三人は、後ろ手に縛られ足には足枷が付けられていました。
まるで奴隷のような状態ですが、これは仕方ないでしょう。
玉座の中央に座らされた三人のうち、文醜さんと顔良さんは暗い表情をしていました。
それはそうでしょう。
敗戦の将が相手の総大将に呼ばれるとしたらただ一つですから。
ですが、この人だけは違っていました。
「あら、伯珪さんごきげんよう」
そう、袁紹さんです。
突然立ち上がったかと思ったら、この発言です。
その場にいた誰もが呆れてしまいました。
ただ、文醜さんと顔良さんは、顔を真っ青にしています。
この発言に良くない方向を考えてしまったのでしょう。
白蓮さんが呆れながらも言いました。
「本初、ごきげんようって……」
「伯珪さんは挨拶をご存じないの?」
「挨拶くらい知っているよ!! でも、自分の立場を分かって言っているのかと……」
「それ位分かっていますわ」
袁紹さんは自信たっぷりにそう言いました。
そして、次の言葉を続けたのです。
「私は華麗で優雅、そして名門の袁家の当主、袁本初ですわ!!」
開いた口がふさがらないとはまさにこの事でしょうか。
自分が敗戦の将だとは微塵も思わないこの言葉。
周りでは呆れを通り越して頭を抱える人もいます。
そして、文醜さんと顔良さんはさきほどよりももっと真っ青な表情をしています。
対して袁紹さんは、言い切ったというすがすがしい表情をしていました。
白蓮さんは、そんな袁紹さんの様子を見て頭を抱えつつも言いました。
「袁紹!! 文醜!! 顔良!! 三名の処分を発表する!!」
白蓮さんがそう言うと、ごくりと息を呑む音が聞こえた気がしました。
処刑を覚悟した文醜さんや顔良さんの緊張感でしょうか。
分かりませんが、それほどの緊張感が今この玉座の間を覆っています。
白蓮さんは兵士さんを促しました。
そして、兵士さんは袁紹さん達三人に近づくと足枷を外しました。
「三人は今後この公孫賛軍の一員として働いてもらう!!」
「なっ!?」
文醜さんと顔良さんは驚いていました。
間違いなく処刑されると思っていたのでしょう。
しばらく驚きの表情をしていましたが、そのうち笑顔になりました。
「斗詩、あたい達処刑されずに済んだよ!!」
「文ちゃんよかったよ~!!」
お互いを抱き合いながら喜んでいます。
袁紹さんも喜んでいるかと思いきやその表情はまるで正反対でした。
「なぜ私が伯珪さんの下で働かなければならないんですの!!」
「そりゃ、私が勝って本初が負けたからだろ」
「確かに、変な化け物が兵士さんを消し去ったり、呂布さんが来たりして私は負けましたけど、伯珪さんには負けてませんわ!!」
「そうか……。なら本初だけ処刑という事で……」
白蓮さんがそう言うと、星ちゃん、霞さん、華雄さんが得物を構えました。
この三人の姿を見て、袁紹さんは慌て始めました。
「ま……まあ、そこまでしてこの袁本初の力を借りたいというのであれば貸してあげますわ!!」
そう言って高笑いする袁紹さん。
その姿を見て、三人は得物をしまいました。
そして、白蓮さんは一度大きな溜息をつくと言いました。
「ただし、三人には行動の制限を付けさせてもらう」
「制限?」
「この城から出ることは出来ない。そして、城内を移動する際には数名の見張りの兵士を同行させなければならない」
「それでは、私に自由がありませんわ!!」
「そりゃそうだろ。本初は私に負けたのだから。それとも……」
星ちゃん達が得物に手をかけます。
すると、再び袁紹さんが慌て始めました。
「……伯珪さんがそこまで私の力を恐れているのでしたら仕方ないですわね」
あくまで自分主観で話をする袁紹さん。
この図太さはある意味必要かもしれません。
白蓮さんは呆れながらも、仕方がないなという表情で袁紹さんを見ていました。
こうして、袁紹さん達の処分を執り行うことが出来ました。
次は勝利を祝っての祝勝会です。
その席に必要な人がもうすぐ到着するはずです。
そう思っていると、入り口から兵士さんが来ました。
「申し上げます、張三姉妹が帰還いたしました」
「たっだいま~!!」
兵士さんが報告するとほぼ同時に明るい声が聞こえてきました。
張三姉妹こと、天和さん、地和さん、人和さんの三人です。
最近忘れていたような気がしますが、まあ気のせいでしょう。
「おぉ、よく帰ったな~!! 今夜は頼むよ!!」
「任せて……と言いたいけど少し休みたいなぁ」
「私も~!!」
「姉さん達、白蓮様の前で……」
相変わらずの体たらくな天和さんと地和さん。
それをなだめるのに必死な人和さん。
依然と変わらない光景がそこにはありました。
「まあ、長旅で疲れているだろう。しっかり休むといい」
「ありがと~!!」
白蓮さんに促され、三人は部屋へと引き上げていきました。
その晩、袁紹軍との戦いに勝利した祝いの宴が開かれました。
私達公孫賛軍はもちろん、援軍に来てくれた桃香さん達劉備軍、それから降伏した元袁紹軍の面々も参加です。
ただ、袁紹さん達は見張り付ですが……。
先ほどから天和さん達の明るい声と、それに呼応する兵士さん達の声が聞こえてきます。
それに合わせるかのように、城下町でも至る所で篝火が焚かれ、お酒やご馳走が振る舞われ、さながら大きなお祭りが始まったかのようです。
私はあんまり騒がしいのは好きではないので、少し離れた場所で猫さん達とこの楽しい時を感じていました。
すると、一人ポツンと立っている人を見つけました。
我等が主、白蓮さんです。
手にはお酒が握られていますが、それを少しずつ飲むたびに何やら溜息をついています。
この場に似付かわしくない暗い雰囲気を纏っています。
声をかけようか悩みましたが、主がこれでは今後の士気にも関わってきますので話しかけることにしました。
「白蓮さん~、どうかしたのですか~?」
「――風か」
白蓮さんは私を見てこれだけ言うと、再び城下の様子を眺めながらお酒を飲んでいます。
勝利を祝う場のはずなのに、この暗さはなんでしょう。
白蓮さんの様子を気にしながら、私は横に立ちました。
そして、同じように城下の様子を見ます。
城下の楽しそうな様子がここからもはっきりと分かりました。
しばらく眺めていると、白蓮さんが話しだしました。
「風……、私には実感がないのだ」
「実感……ですか~?」
白蓮さんの方向を向いて言いました。
実感とは一体何の実感でしょう。
「今回の戦いで勝ったのは分かっている。だが、その実感がイマイチ掴めていないのだ」
今回、白蓮さんは遼東で総指揮をする立場でしたから、そう言う意味では戦での実感は無いのかもしれません。
「前線に立たなければ掴めないものもあると思いますよ~」
「それはそうなのだが……。すまない、どうも言葉では上手く表現できないようだ」
何を言いたいのか真意が掴みかねます。
ですが、煽っても仕方ありません。
私は、白蓮さんが話してくれるのを待ちました。
ですが、何度話しても曖昧な感じになってしまい私はよく分かりませんでした。
「風……、話を聞いてもらっているのにすまない」
「いえいえ~。自分の思っている気持ちを全て言葉で表現できる人はそういませんよ~」
「そう言ってもらえると助かる」
そう言って、白蓮さんがお酒に口を付けたときでした。
「白蓮ちゃ~ん!!」
突然白蓮さんに抱き付く人がいました。
こんな事をするのはあの人です。
そう、桃香さんでした。
「と……桃香!!」
「白蓮ちゃん、何驚いてるの?」
「突然抱き付かれたら誰でも驚くだろ!!」
「そう? まあ、いいじゃない。こんなところに居ないであっちに行こうよ!!」
そう言って桃香さんは白蓮さんを引っ張ろうとしています。
白蓮さんはそれを拒もうとしましたが、信じられないほどの力で引きずられていきます。
「風ちゃんも早く~!!」
「風は遠慮しておきますよ~」
「え~!! 一刀さんもいるのに~」
そう言った桃香さんが向かっている方向を見てみると、確かにお兄さんが居ました。
ですが、片方に霞さん、もう片方が星ちゃん。
さらに首には鈴々ちゃんが引っ付いている状態でした。
なんだかイラッとしましたが、そんな様子は微塵も出さずに言いました。
「やっぱり、風は遠慮しておきますよ~。なんだか疲れたのでもう休みます~」
「そう? それじゃ、おやすみ~」
手を振りながら明るい声で言う桃香さん。
その桃香さんに引っ張られながら何か言いたげな表情の白蓮さん。
さらに助けを乞う声が聞こえてきそうなお兄さんを置いて、私は自分の部屋に戻りました。
外から聞こえてくる楽しそうな声を聞きながら、私は眠りに落ちました。
翌朝、前日にはしゃぎすぎてぐったりしている桃香さんや鈴々ちゃんを連れて、劉備軍の皆さんが徐州へと戻っていきました。
そして、私達は白蓮さんに呼び出されて玉座の間に集められました。
皆さん見た目はしっかり起きているように見えますが、昨日の疲れが残っているのが分かります。
ですが、白蓮さんだけはしっかりと目を覚まし何やら思い詰めたような表情をしています。
全員揃ったのを確認すると、白蓮さんが言い始めました。
「皆に集まってもらったのは他でもない。我々のこれからの事だ」
「これから?」
「そう、結果として河北四州という広大な土地を治めることになったわけだが、これは今まで以上に責任が伴うという事になる」
土地が広がるということは、それだけ国民も増えるということ。
それに対する責任という意味でしょう。
「私はその責任を負えないというわけではないが、私ではどうにも力不足に思える」
自分が力不足などなかなか言えるモノではありません。
そういう意味では、白蓮さんはかなりの大物でしょう。
「そこで、私は太守の座を退き別の者に譲ろうと思う」
白蓮さんのこの言葉にざわめきが起きました。
それはそうでしょう。
自国の太守が突然辞めるといったわけですから。
ただ問題は、誰が次の太守を行うかということです。
少なくとも、白蓮さんよりも実力がないと駄目なわけですが、私には目星が付いています。
おそらく、白蓮さんも同じでしょう。
「北郷!! お前に次の太守をお願いしたいと思う」
「俺?」
「そうだ……。これ以上に適役はいないと思うが、皆はどう思う?」
白蓮さんの言葉に皆さんが答えます。
「私は構いませぬよ。北郷殿なら民の心も掴めますしな。その他の部分は私達で助けていけばいい」
「うちもええで。一刀になら命賭けられるわ」
「私も異論はありません」
「私達も全然構わないよ~!!」
星ちゃん、霞さん、華雄さん、張三姉妹からは異論が出ませんでした。
私ももちろん、反対ではありません。
他の皆さんからも特に反対意見は出ませんでした。
ですが……。
「俺には、太守なんて無理だよ」
「無理なものか!! 北郷には人徳が集まっている。それに、これからは新しい考えが必要だ」
「新しい考え……」
「例えば、本初を処刑しなかった件。あれは風の意見でもあったが元々は北郷の意見だった。そういう新しい考え方だ」
「……」
「頼む!! 北郷の元でなら今以上に皆の心が一つになれると思うんだ!!」
そう言って白蓮さんが頭を下げます。
その姿を見てお兄さんは困惑しました。
そして、周りを見渡しますが、みんな笑顔で促します。
お兄さんはしばらく天井を眺めていましたが、ちょっと経って白蓮さんに言いました。
「分かったよ……。俺でよければ太守を引き受けるよ」
「そうか……。よかった」
そう言って、白蓮さんとお兄さんは握手を交わしました。
こうして、私達の大将は白蓮さんからお兄さんに変わりました。
この事実はあっという間に大陸中を駆けめぐり、多くの民の歓迎を受けました。
ただ、それに反するかのように不穏な動きも起き始めていました。
風ストーリーの第14話です。
ついに北郷軍の誕生です。
いつかは、白蓮から一刀へのバトンタッチを行わないとと思っていたのですが
タイミングとして董卓連合後か、袁紹との戦いの後を考えていました。
結果として袁紹との戦いの後になりましたが、特に深くは考えていません(笑
本当は流れとして、戦いの中で一刀の実力を目の当たりにして白蓮は退くというような事も考えていましたが
その流れに持っていくことが出来ませんでした(^^ゞ
でも、そこまで不自然な交代劇じゃないとは思いましたがどうでしょうか?
次は曹操軍か袁術軍との戦いになると思いますが、その前に一悶着あるかも……。
月一くらいでアップできるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
今回もご覧いただきありがとうございました。
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真・恋姫無双の二次小説です。
風の視点で物語は進行していきます。
前回、袁紹軍を倒し結果河北四州を治めることになった白蓮ですが……という感じで話が進みます。
もうちょっと長めに書いてもいいかなと思いましたが
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