魏漢軍の補給路を断ち、敵軍を包囲した仲軍であったが彼らにも厭戦ムードが広まっていた。
敵軍が本陣を置く拠点の守りは固く、士気が低い為か討って出てこようとしない。かといってこちらから敵軍を攻撃するわけでもなく―――要は、だらけていたのだ。
この厭戦ムードを利用せんとする一団がいた。合肥から本隊救援の為に北上してきた霞と愛紗、凪に真桜率いる騎馬部隊である。
「物見の報告によれば―――」
断たれた魏軍の補給路の付近までたどり着いた救援部隊。兵糧が滞っている拠点まで到達した霞たちは軍議を開いていた。
「敵軍の遊撃部隊の本陣は常に移動しており、その所在はようとして知りえませんでした。しかし、本日放った斥候部隊が遊撃部隊の本陣を発見したという報告をもたらしました」
司会を務める凪の表情にはどこか誇らしげな感情が入り混じっている。複数の部隊から放たれている斥候部隊には彼女の部隊の者もいる。恐らくは彼女の部隊の者が発見したのだろう。
「せやけど凪。惇ちゃんや楓っちが見つけられへんかったもんをどやって見つけたんや?」
言うまでも無く魏漢軍最高の錬度を誇るのは華琳や舞人の直属部隊を除いては春蘭・秋蘭の部隊である。それに比べて凪や真桜、ここにはいないが沙和の部隊はどちらかというと錬度があまり高くない新兵上がりの者が中心の部隊。
「実は斥候の中にこの付近の生まれの者がいまして。その者の案内で見つける事が出来たそうです」
「なるほど・・・それで、敵本陣の位置は?」
冀州から幽州へと繋がる補給路は山間の道であり、森や崖が多い。その森の中にいくつか大人数が待機できる広場があり、その中の一つに敵軍の本陣があるという。そしてその広場は地元の猟師のなかでもよほどけもの道に熟知した者しか知らないという。広場を発見した者は、この付近の地形を知り尽くした猟師を父に持つ者だという事が幸いしたようだ。
「まずはその遊撃隊を叩いて、補給路を回復させなあかんわけやな」
霞は立ち上がり、颯爽と部屋の戸へ向かう。
「よっしゃ、孟ちゃんたちにおまんま届けに行くとしようか!」
『応っ!』
霞たちは夜が明けきる前に出陣した。今回は密林での戦いという事もあり、騎馬に乗るのは大将の霞と副将の凪のみで、率いるのは歩兵4千。弓兵は松明を掲げている。
「さぁて・・・ウチらの大将の覇道に水を差す連中を潰そうか」
霞がスッと右手を挙げると弓兵が油を染み込ませた布を巻いた矢の先端に火を灯して番え、凪が馬を降りて戦闘態勢を整えて無言で兵士たちに『戦闘用意』の合図を送る。
霞が右手を振り下ろすのを合図に火矢が敵陣に放たれる。しばらくして、天幕で使われる布が燃える音と、焼け出されて悲鳴をあげる敵兵の声が聞こえてきた。
「いまこそ好機!我に続けぇ!」
凪の叱咤の声に応え、兵士たちも雄叫びとともに敵陣に突入していった。
夜明けとともに奇襲攻撃を受けた仲軍遊撃部隊は、ハチの巣をつついたような大混乱に陥っていた。陣の後背を襲われた彼らは算を乱して陣の前方に逃げ出す―――
ズボォッ!
『うわぁぁぁぁぁっ!?』
『お、落とし穴だとぉっ!?』
しかしそんな彼らを出迎えたのは、無数の落とし穴だった。また落とし穴に気がついても、まだ落とし穴に気が付いていない後ろの兵が次々と押す為どんどん落とし穴に兵が埋まっていく。
もちろんこれは彼らが掘ったものではない。短時間で、それなりの深さの落とし穴を掘れる人物など広い大陸でもただ1人―――
拘束されて味方の軍の城に向けて連行されていく敵兵の後ろ姿を尻目に、真桜は土にまみれた己の愛槍『螺旋槍』に誇らしげな笑みを浮かべながら磨く。もちろん、今回の遊撃隊壊滅の最大の功労者(?)はこの螺旋槍であろう。
しかし、真桜はふと小首を傾げて相棒に呟いた。
「なぁ、お前ってけっこう武器としては不憫な扱い受けてへんか?」
彼女の呟きにもちろん螺旋槍は答ない。ただ、昇ってきた朝日が反射して輝いた。それは不憫な扱いを受けている己を省みて流した涙の粒なのか、それとも主の役に立てた事を誇る輝きなのかは誰も知らない。
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萌将伝の予約をバッチリ完了した作者がお送りする煉獄編9話です。
唐突ですが、煉獄編はあと5話以内に終わる予定です。無印・激闘・煉獄と来ての次の第4章はどんな題名にしようかな?どうしても浮かばない場合は皆さんのお知恵を拝借させていただくことになるかもしれないので、その時はご協力お願いします!