海「で、盗み聞きした感じはどうだった?」
麗華の部屋で、狸寝入りをしている女に話しかける。
麗「なにがよ」
海「......答えるのかよ」
麗「眠れないだけよ」
答えは返ってくるが、麗華は背を向けたままだ。
オレはベットの上で空いているスペースに腰を下ろし、横向きで寝ている麗華の肩に優しく触れた。
海「......こんな細い身体でよくオレに喧嘩売れたな」
麗「私があんたに負けるわけないでしょ」
強がっちゃってまぁ。
麗「......ねぇ」
海「ん?」
麗「あんたのお父さんって、本当に......本当はあんたのことを大切にしてたんじゃないの?」
こいつは優しいから、こういう発想に行き着くのは予想できていた。
海「正直、オレにも良く分からない」
それは本音だった。
海「それを肯定したいオレと、それでも肯定したらオレ自身が否定されるような......正直よく、分からない」
麗「......そ」
海「少なくとも親父をいい父親だとは思わない。だけど親父の立場からすればオレをあの環境で育てるために親父なりにオレを愛したのかもしれない」
麗「......」
海「親父は、親父なりにオレを愛した」
麗華の口が開いたが、何か言葉が出る前にオレは続ける。
海「それは、逃げ道だ」
続ける。
海「何度も殴られた。何度も殺されかけた。ビルから飛べと命令された。生きている動物を、そして人間さえも殺せと強要された」
加えて、男にパン一枚で売らて地獄に行ったこと、ずっと一緒にいる『兄姉』を殺せと言われたこと、レイプを強要させられたこと。
それらは多分、ずっと朝霧海斗の心に刻まれた黒歴史となるだろう。
当然、今後も麗華に話すことはない。
海「そういうことをされたオレが親父にどんな感情を抱いていたと思う?」
麗華は肩を振るわせていた。
麗「......憎んでた」
海「はずれ」
親父が生きている間に憎んだことなんて、本当に一度だってない。
強いて言えば、宝の正体を見つけた時ぐらいか。
それでも死後だが。
海「ずっと、怖かった」
麗「く!」
布団を深く被ったが、耳だけは覆わなかった。
それは麗華が逃げないで正面から構えてくれた証拠だ。
本当に、麗華は強い。
海「親父はオレに教えたんだ。弱肉強食と、禁止区域の絶対的ルールを」
それだけは、間違いがない。
そしてオレは、それを習得した。
海「ただ、怖い感情だけじゃない」
麗華の表情は見えない。
海「正直憧れていた部分もあった。それはこの世界で簡単に生きれるのが凄いとか、力を持っているから凄いとか、そういう力の強さもあるけど」
自分自身、こうやって口にして初めて分かることもある。
海「親父、朝霧雅樹の信念が凄かった」
麗「......」
麗華は止めない。
こういう話しになった以上、全てを聞く覚悟はあるのだろう。
海「絶対的な弱肉強食。弱い人間を自分の私欲で殺しても、絶対に罪の意識を感じない。それは絶対的な悪だとしても、オレにはそういう強い信念......理念かな。そういう一貫性のある考え方は無かったから」
震えている肩に手を置く。
伝わるか分からないが、大丈夫だよ、と。
海「だからその『宝』が親父の信念に反する物が入っていたから。親父がいつも名指しして言う弱者の『いいわけ』がそこにあったから。......それが、許せなかった」
......ああ、そうだ。
許せない。
それだけは許すことはできない。
海「......まぁ、勝手に期待して勝手に失望しただけの、なんてことのない話しだが」
麗華がずっと震えていたのを気にして口にしたが、そんな言葉で麗華が楽になるはずが無かった。
海「......」
麗「......」
こういう話しって、聞く方は反応に困るんだよな。
確かに酷いことは色々されてきたが、それはもう過去のことだと割り切ったオレからすれば、別に同情を誘うようなズルい考えを持っているわけではない。
ただ、麗華にどれぐらい朝霧海斗という人間が汚れているかを教えたいだけだ。
海「......」
もう、麗華は逃げない。
それを理解している上で一方的に話すのだ。
これでボクは汚いって分かってもらったよね? って。
......オレってめちゃくちゃズルいじゃねーか。
それからしばらく時間が経ってふと思い出した。
海「そういえば、親父はボディーガードだったんだよな」
麗華は答えない。
もしかしたらもう眠っているのかもしれない。
海「なら、親父はプリンシバルを守れなかったのか」
言ってから、気がついた。
海「そうか...」
守れなかった?
何で?
簡単だ。
親父は、きっと......
麗華を眺める。
狸寝入りかどうか分からないが、寝顔が可愛かった。
頬に、優しく手を当てる。
大切な、プリンシバルを愛しく思った。
海「分かったよ......」
麗華の横顔を見ながら、一つの答えに辿り着いた。
今度は、ちゃんと奪ってやるからな。
源「貴様、何の用だ」
早朝。
オレは二階堂源蔵の部屋を訪ねた。
源「そもそも貴様はもう麗華のボディーガードではない。屋敷にいるのだって...」
海「自己紹介がまだだったな」
久しぶりに会った源蔵は、いつもと変わらない様子でオレを嫌悪していた。
源「ぬ......?」
海「朝霧雅樹の息子、朝霧海斗だ」
源「......」
佐竹の話しが確かなら、オレをボディーガードとして置いたのは親父と知り合いだったからだ。
怨恨はあったとはいえ仲が悪かったわけではない。
自分で言うのアレだが、そうでなければいくら愛娘のわがままと言えこんな礼儀知らずの人間を放置しておくはずがない。
海「今日はあんたと話しをしにきた」
源「......」
源蔵は何も言わずにオレを睨み続けた。
オレも睨み返す。
普段宙ぶらりんな、主体性なんて持ち合わせていないオレでもここは引けない。
海「あんたの娘の全部を、奪いにきた」
源「......」
源蔵は先程までと同じように、ただオレを睨み続けた。
源「......娘さんをください、とでも言うつもりか?」
目に見えて怒っているのが分かる。
海「違う」
そう、認めてくれなんて言うつもりは毛頭に無い。
海「奪いに来た」
源「ふざけるなっ!」
バン!
大きく机を叩き、オレに向かってきた。
源「貴様も雅樹と同じように、また私から大事な物を奪うのか!」
海「そうだ」
しれっと言ったつもりだが、
ゴッ、
すぐに殴られて地面に跪いた。
源「貴様は、貴様ら親子はいつもそうだ!」
何度も何度も踏みつけられる。
当然痛い。
当たり前だ。
オレがどんなに強くても人間の構造は変わらない。
痛点もあるし、マシンガンだって食らえば当然絶命する。
源「貴様は、貴様は!」
何度も何度も踏みつけられる。
ぐっ......!
肋骨を踏まれた。もしかしたら何本か折れたかもしれない。
源「ふざけるな!」
源蔵は永遠と踏みつけ続けた。
だが、それはオレが感じた時間軸で現実での時間は案外短い。
1時間か、30分か、もしかしたら10分ぐらいかもしれない。
源「はぁ...はぁ......」
源蔵は疲れながらも忌々しそうにオレを睨み着ける。
その眼力は衰えない。
海「......」
そんな源蔵を這いつくばりながら見上げる。
海「もう終わりか?」
源「......っ!」
踏まれる。
踏まれる。
何度も何度も殺意のこもった、攻撃。
攻撃だ。
オレは二階堂源蔵に攻撃されている。
そう。
それでいい。
源「死ね! 死ね! 死ね!」
海「っ......!」
やばい、一瞬意識が飛んだ。
このおっさん、案外力があるな。
またしばらく時間が経ち、オレが動かなくなって源蔵が肩で息をしてようやく攻撃を止める。
源「はぁ、はぁ、はぁ..........!」
高級そうなスーツも汗で悲惨な格好になり、オレを踏みつけ続けた足はおそらくツっているだろう。
それほどまで必死に源蔵はオレを憎んだ。
海「......」
源「...はぁ、はぁ、」
源蔵はもう飽きたのか、視線をオレから外して部屋から出て行こうとする。
海「どうした? もう終わりか」
その言葉に、ゆっくりと振り返る。
その表情は素晴らしい。
炎だ。
自分の思い通りにならない存在、邪魔者を絶対排除する意思を持った、沸き上がる炎。
靴の底が、目の前に迫った。
ーーー流石だぜ、二階堂源蔵。
麗「あんた、Mなの?」
海「いや、どSだ。だからオレ達相性抜群だろ」
麗「どういう意味よ!」
学園の帰り道、麗華を待ち伏せして合流した。
麗「あんた、メイドから聞いたわよ。お父様に踏まれてキャンキャン喜んでたって」
海「メイド長だ! 絶対暗黒メイド長だ!」
はぁ、とやりきれないような溜め息を吐かれた。
麗「それで、結局どういうことなの」
海「踏まれた」
麗「知ってるわよ!」
けが人に容赦なく頭を叩く。
海「だから、麗華を奪うって言ったんだ。そしたらこうなった」
麗「は......?」
海「終わり」
麗華は虚を突かれたまま固まり、
麗「はあああああああああああああああ!?」
奇声を上げた。
麗「奇声じゃないわよ!」
海「文読むな!」
危ないぞこのチンチクリン。
麗「いや、あんた馬鹿じゃないの!? なんでそんなことわざわざお父様に言うの!?」
海「......犯行予告?」
麗「馬鹿じゃないの!」
結局馬鹿なのかよ。
麗「そんなのお父様が許すわけないじゃない! そ、そりゃ直接言ってくれたのは嬉しいけど......」
どっちだよ。
麗「ともかく、お父様には......」
海「口だしするな」
麗「何でよ!」
こいつも本当に......。
海「親父は、お袋を奪って行った」
そう、それはオレの理想とするカタチ"だった"
海「だが、親父はお袋しか奪えなかった」
麗「......?」
海「オレは親父みたいな弱者とは違う。だからオレは全部奪うんだ」
麗「は?」
海「頭悪いな」
麗「な......!」
海「だから、お前の日常と、家族と、今の暮らしと、まあ色々全部含めて奪うって言ってるんだ」
麗「......」
海「特別禁止区域で毎日雨水飲むなんて嫌だろ?」
麗「......だから、お父様にあんなこと言ったの?」
海「ああ」
麗華は難しそうな顔で悩んだ。
麗「そ。ならもういいわ」
雑談していると、いつの間にか屋敷に着いた。
さて、けじめをつけるか。
麗「......どうしたの?」
海「いや、ボディーガードの仕事は終わっただろ?」
麗「......は?」
すぐに駆け寄って胸ぐらを捕まれた。
麗「あんたまた逃げ出し......」
海「違う違う! 順番があるだろ!」
一度逃げたからか麗華は全然信用していないな。
海「オレは今憐王学園の生徒でもお前のボディーガードでもないんだ」
麗「......それじゃあ、アンタはどうするのよ?」
海「昔の女のところに泊まる」
麗「ちょっと来なさい」
海「刃物出すな! 冗談だよ!」
向こうは冗談ではないが。
んん、と喉をを鳴らして仕切り直した。
海「だから、源蔵を説得させるまで待っててくれ」
麗「......本気なの?」
海「もちろん」
少し間を置いてから、麗華は言葉をはき出した。
麗「......私が言うのも変だけど、お父様は母さんが亡くなったせいか私たち姉妹を溺愛しているわ」
海「わかってんじゃん」
そう、源蔵が持っていた炎は自分の大切な『宝』を奪いに来た敵にむけられた殺意だ。
大切な、大切な娘を盗みに来た敵に対しての殺意。
だからこそ、引くわけにはいかない。
海「麗華」
麗「なによ」
一度、深呼吸をして、ツインテールの彼女を見た。
海「オレは、お前が好きだ」
風が、通り過ぎた。
麗「......」
麗華はその場で固まったが、ゆっくりと顔が赤くなっていく。
本当に、愛しい。
海「二階堂源蔵なんかに負けない。オレは誰よりも世界で一番お前を、二階堂麗華を愛している」
逃げない。
逃げ道は、作らない。
オレは親父より優れているなら、正面から戦って、奪う。
だから絶対に負けられない。
麗「嬉しい......嬉しいけど、それでもお父様は絶対に許さないわよ」
海「絶対なんてない」
そこは断言する。
海「プリンシバルの望みを叶えるのがボディーガードじゃね?」
麗「なによいきなり」
海「いや、なんとなく」
お前に負けたままってのはもう言いたくないからな。
海「大切なプリンシバルのためにやってるんだが」
麗「なに言ってんだか......」
二人は優しく、笑った。
麗「でも、本当に私から何も口だししなくていいの?」
海「いい」
そう、これはオレの戦いだ。
海「それに、そんな簡単に大切な娘を手放す奴ならつまんねぇだろ」
麗「......あんたは」
海「お前の父親なんだろ。まずはそいつに勝たないと」
麗華はふっ、と笑い、何も言わないで屋敷に戻っていった。
一度だけ、振り向く。
麗「待ってる」
"本当に勝てるの?"
と言いたそうなニュアンスの込められた笑みを投げられた。
海「待ってろ」
"当然だ"
ニヤリと笑い、オレは大切なプリンシバルが屋敷に入るのを見届けたーーー
ツ「どうなさいますか?」
監視室。
二階堂ぐらいの家になると、当然ボディーガードだけじゃなく不審者の侵入を確認する監視室がそこにある。
もちろん、屋敷の周囲の会話だって全部拾える。
源「......」
普段いる警備の人間を外し、ツキと源蔵は二人で海斗達のやりとりを眺めた。
源「あの男にこれを私に見せるように言われたのか?」
確かにこんなやりとりを見せられればそう思うだろう。
ツ「いえ、私は海斗様とは接触しておりませんので」
源「......」
源蔵様はこれを見て何を思っただろう?
それにしても、朝霧海斗はタイミングが良すぎるのか......いや、単純に私がファインプレー過ぎるのか。
ツ「屋敷には入ってこないようですが、麗華お嬢様に釘を刺しておきますか?」
源「やめておけ」
ツ「はい」
さて、これからどうなるのか?
源「そんな簡単に大切な娘を手放す奴ならつまんねぇ......か」
小声で朝霧海斗の台詞を復唱したのはきちんと耳に届いた。
源「......ツキ、貴様は確か禁止区域出身だったよな」
ツ「......」
......流石に雇用者には逆らえないか。
ツ「はい」
源「お前は、あの男をどう思う?」
それは禁止区域出身者としての見解を指しているのだろう。
ツ「下品でわがままで自己中心で教養が無いです」
源「......」
残念ながら、これは本音だ。
ツ「でも...温かい人です」
これは......おまけだ。
うん、おまけだな。
源「......」
源蔵は何も言わないで席を立った。
......まぁ、私ができるのはこれぐらいか。
麗華お嬢様のためとはいえ、解雇覚悟で源蔵様を呼び出したのは我ながら損な役割だ。
多分、この先は時間の問題だろう。
ツ「オレ達の戦いはこれからだぜ」
自分で言っておきながら、最低なオチだと思った。
だけど案外、世の中なんてそういうものだと思う。
終わりはない。
始まりもない。
常に物語は動いている。
なら、こういう日常の一コマはとても貴重なシーンだろう。
恐らく、母は死んだ。
私も、汚された。
深い悲しみと憎しみに覆われ、今だって夜が怖い。
メイドの虐めだって正直しんどい。
でもそれはいつまでも物語の暁に、全てが序章に過ぎない。
時間は止まらないし、どんな過去でも取り戻すことはできない。
しかしそれには意味がある。
どんな残酷なことでも、それは意味を持っている。
少し、考えが強くなったと思う。
ツ「オレ達の戦いはこれからだぜーーー」
もう一度、無人の監視室でつぶやいた。
うん。
我ながら最低なオチだ。
それなのに、クスリと笑みがこぼれた。
ツ「はぁ......」
屋敷に汚物が来るのだから、掃除の場所が広がるなぁーーー
ーーーーーー第最終話:プリンシバル_end
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ただ、理念が欲しいだけだが、それでも理念を追い求める理念はあった。
後書→『後書きです』:http://www.tinami.com/view/138385
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