No.134307

種の救世主さま、お願いします 第4章

スーサンさん

架橋に入ります。
ここから話が激変する上、長いです。

2010-04-04 11:57:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:473   閲覧ユーザー数:467

「思ったよりも、傷の回復が早くって、助かったな……?」

 先日、呉服店屋で受けた傷が思ったよりも早く回復し、隆人はミリーとマオが起きてない早朝に目を覚まし、草原でストレッチをしていた。

「よし、関節も痛くない」

 軽く指をグーにし、目の位置にあわせた。

「えっと、まず、服の用意はできた」

 人差し指を上げた。

「ダンスの本も新しく買いなおした」

 中指を上げ、さらに頷いた。

「後は踊りを完璧にするだけか?」

 ステップを踏むように、軽く地面を慣らすと、隆人は気合を入れるように息を吐いた。

「おっし、残り四日。千年祭に向けて、踊りをマスターするぞ……でも」

 途端、ガックリと肩を落とし、いじけるように、草原の上でのの字を書き始めた。

「ここに来て、もぅ三日も経つのに、一向に元の世界に帰る手段が見つからない……」

 情けなく落涙し、のの字を書くのをやめると、隆人は気合を入れなおすようにジャンプした。

「まぁ、帰る方法は千年祭が終わった後に考えればいいか? 今は稽古、稽古!」

 バシンバシンッと両腕を胸の前で交差するように叩き、気合を入れると、隆人は、一度、目を瞑り、これから踊るであろう、ルビーの姿を想像し、腕を前に出した。

 不思議なことに、出した右手からも、ふわっと握られるような感触が浮かび上がり、隆人は、そっと目を開けた。

「ワン・ツー・ワン・ツー……」

 たどたどしく、踊りを始める、隆人だが、その動きは、一人で踊っているとは、とても思えないほど、リアルに相手の動きを捉えていた。

 イメージトレーニングと呼ばれる、精神修行の一つである。

 一流の武術家になると、想像した相手のイメージですらダメージを受け、がむしゃらに稽古するよりも、遥かに効率的な、稽古をすることができるといわれている。

 もちろん、隆人は一流の武術家でもなければ、ましてや、ケンカすらもしたことがない普通の高校生だ。

 なら、なぜ、イメージトレーニングという、高度な技術が使えたかといえば、一言に必死さが生んだ、賜物といえよう。

 わずか短い期間で、仕事をはさみ、踊りを覚えなければならない隆人にとって、一週間という期間はあまり短すぎた。

 ましてや、相手をリードする社交ダンスでは、短い時間も、さらに短く感じるほど、練習には時間が必要だった。毎日、仕事に忙しいミリーやマオに相手をしてもらうわけにもいかない。その思いから、隆人は一人でも稽古ができるようにと、うろ覚えの知識で、イメージトレーニングを始めた。最初こそはうまくいかなかったが、なんどもの失敗の末、今では、一度しかあったことのない、ルビーの姿を絵に描いたように、イメージすることが出来、一人で練習できるまでに、稽古は上達した。

 もっとも、踊りのほうは上達したかというと、最初よりも、マシになった程度であるが……

「おわっ……!?」

 イメージのルビーの足に自分の足が引っ掛け、派手に転んでしまった。

「いたた……」

 涙目で腰を摩り起き上がると隆人は考えるように両腕を組んだ。

「やっぱり、うまくいかない?」

 イメージすらも、綺麗に消え、草原に寝転がると、隆人はびっしょり汗で濡れた額を拭い、ため息を吐いた。

「後、四日なのに、いまだに足が引っ掛かるな。これじゃあ、本番には大恥をかくな?」

 大衆の笑い声と、一国の姫に恥をかかせた責任を思い浮かべ、背筋を寒くすると、隆人はもぅ一度、起き上がり、イメージを集中させた。

 髪は金。背は自分よりも低く、目は凛として……

 キーワードとして覚えている、ルビーのイメージを再現し、目を開けると、隆人は驚いた。

 今度のイメージは、今までにないほど、リアルに投影されていたからである。

 初めて会った時のような綺麗に輝く金色の髪に、意志の強い瞳。自分よりも背は低いいが、決して、飲み込まれることのない。逆に飲み込みそうな勢いの雰囲気。

 どれをとっても、今までの自分のイメージにない。リアルなイメージであった。

 イメージであるはずのルビーは、そっと、隆人に自分の右手の手のひらを差し出し、優しく微笑んだ。

 隆人の心に今までにない、強い動揺を感じ、震える手で、彼女の手を握ると、そっと、口付けをした。

 その行動に、イメージのはずのルビーの顔が真っ赤になり、照れたように目を細めた。お互いなにもいわず、身体を抱き寄せると、腰に手を当て、右手と左手を合わせ、踊りを始めた。

 不思議と彼女と踊るダンスは順調に進んだ。焦っているはずなのに、足も手も、今までにないくらい素直に自分の言うことを聞いた。

 今までなら途中でリズムが崩れ、テンポが途切れる場面もなくなり、不思議と楽しい気持ちが芽生えた。

 一生、踊っていた。

 自分が作り出した幻想でも、彼女が愛しく感じて使用がなかった。

 踊りが終わるところまで踊ると、隆人は緊張から解き放たれたように、倒れこんだ。

「ぷはぁ~~……疲れた」

「お疲れさま」

「え……?」

 ガバッと起き上がると、隆人は口をパクパク開け閉めし、声を上げた。

「本物!?」

「ああ……いい、集中力だな? だが、若干、動きが鈍いのが難点だが?」

 おかしそうに笑う本物のルビーに隆人は怯えたように立ち上がり、周りを確かめだした。

 この前の怖い槍のにーちゃんはいない……

 ホッと、一息し、隆人は不思議そうに、ルビーを見た。

「なんで、あんたがここに?」

「悪いか?」

 意地悪く微笑む、ルビーに隆人は困った顔で頭の後ろを掻いた。

「ちょっとだけ、驚いた」

「ちょっとね……?」

 ニヤッと唇の端を上げ、ルビーは草が丸く刈り取られた草原を見た。

「踊り、かなり熱が入ってるようだな?」

「あ……?」

 照れたように隆人は頬を染めた。ルビーは感心したように両腕を組んだ。

「さっきから、眺めさせてもらったが、イメージトレーニングがかなりうまいらしいな。はたから見ても、こっちにまで、相手が見えて、悪戯したい気分になったぞ?」

「心臓に悪いから、もぅ、やめて?」

 大爆笑し、ルビーは謝った。

「スマンスマン……だが、わざわざ、お忍びで、城下まで来たかいがあった」

「かいがあったって?」

 ルビーの顔がポッと赤らみ、スカートのポケットから、二枚のハンカチを取り出し、地面にしいた。

「座れ……立ったままじゃ、疲れるだろう?」

「あ、ああ……女の人にハンカチを置かれたのは、初めてだ」

「まぁ、お前は気が回るように見えないからな?」

 シュンッと落ち込む隆人に苦笑し、ルビーは踊りで疲れた身体を癒すように伸びをし、地面に敷いたハンカチの上に腰を下ろした

「そぅいえば、さっき、小耳に挟んだが、元の世界に帰る方法がないっていったが、やはり、お前は、よその大陸から来た人間か?」

「よその大陸って行っても……正確には」

 一瞬、いい淀んだが、隆人は、覚悟を決め、ルビーにいった。

「信じてもらえないと思うけど、俺は違う世界から来たんだ?」

「違う世界……?」

 キョトンとするルビーに、隆人は固い唾を飲み、説明した。

「ここじゃない世界。俺はなぜか、この石を手に入れたら、急にこの世界に飛ばされたんだ」

 そっと、左腕につけた腕輪を見せ、隆人はルビーの返事を待った。

 信じてもらえないのはわかっていたが、彼女に嘘だけはつきたくなかった。なぜ、嘘をつきたくなかったかは、わからないが、彼女には本当のことだけ言いたかった。

 信じてもらえないと、腹をくくっていると……

「そぅか……やはり、異邦のものだったか。名前で、違う世界の人間だと、理解していたが、まさか、異世界から来たとは……いささか、ビックリだ?」

「信じてくれるの……?」

「お前は嘘つきなのか?」

 不思議そうに言い返され、隆人は、出る言葉を失い、頭をかいた。

「なんだか、説明した自分がビックリだよ? 簡単に受け入れられたことに?」

「世界は広いってことだな?」

 ポケットからさらに水筒と取り出すと、隆人は呆れ気味に呟いた。

「女の子のポケットは四次元だって聞くけど、水筒を入れられるものなのか?」

「うん……ほしいのか?」

 飲みかけの水筒を差し出され、隆人は顔を真っ赤にした。それはもぅ立派に……

「にしても、まさか、一国の王女さまに、踊りの練習をしてもらえるとは……俺って、かなりラッキーなほう?」

「まぁ……なかなか、うまかったぞ。千年祭が楽しみになるくらいだ」

 千年祭という言葉に、隆人は、一瞬、言い淀んだ。

「あのさ……千年祭で、もし、いい人がいたら、あんた、もしかして……」

「貴様、姫に向かって、なんて口の聞き方をしている!?」

 ジャキンッと首の前に二本の槍が突きつけられ、隆人は目を見開いた。

「姫様、無事ですか!?」

「ナーバム!?」

 ルビーの身体を抱くように、隆人から離すと、ナーバムと呼ばれたヒゲの男は、大声を上げて怒鳴った。

「姫様を誘拐しようとした、不届き者め!? 構わん、ひっ捕らえ!?」

「な、なに、これ……なにが起きたの!?」

 状況が理解できず、ムリヤリ立たされると、隆人は二人の屈強な男に引きずられていった。

「よせ、そいつは誘拐犯じゃない! 城を出たのは、私の意志だ! 処断なら私にしろ!?」

「姫様、誘拐犯に同情は禁物ですぞ?」

 優しく抱きしめるナーバムを鬱陶しそうに突き放し、槍を構えた男達に叫んだ。

「今すぐ、そいつを離せ! これは姫の命令だ! 聞けぬのか!?」

 聞く耳を持たず、隆人を連れて行こうとする男達にルビーは厳しい目でナーバムを睨みつけた。

「なにを命令した?」

「……私は姫様の身を案じたまでのこと」

 ゆっくり、頭を下げるナーバムにルビーは下唇を強く噛み、端から血を流した。

 

 

「今すぐに、隆人を出せ! なぜ、隆人を捕まえた!?」

 城に帰るとルビーは声を荒げ、ナーバムの胸倉を掴み威圧した。ナーバムも臆することなく彼女の手を放し、腰を下げた。

「あの者は、姫様をさらった極悪人」

「だから、あれは、誤解だ! むしろ、非は私に……」

 言葉をさえぎるように人差し指を突きつけられ、ルビーは出す言葉を失った。

「一国の姫が、簡単に自分に非があると言ってはなりませんよ?」

「なら、誰に非があるというのだ!?」

「もちろん、あの少年でございます」

 まったく、話の通じない側近に苛立ちを感じ、ルビーは頭を掻きたい気持ちを必死に抑えた。

「あの者には、姫様をさらった重罰で、千年祭後に処刑を執行します」

「そんな事は許さん! 隆人には一切の罪はないのだぞ!?」

「罪がないかどぅかは、私達が判断します……」

 問答無用の側近の断言にルビーは首を横に振り、譲歩を進言した。

「わかった。なら、隆人の処分は父上……パール国王に一任しよう。それならいいだろう?」

「いいでしょう?」

 思った以上にあっさりと譲歩を承諾した側近に、ルビーは驚きを隠せず、目を見開いた。だが、今、自分にできる手段は、良くも悪くも、隆人を自分の父親に会わせること以外になかった。例え、この側近がなにを考えても、父親を介せば、自分の意見も通しやすくなる。僅かに残る希望を胸にルビーは胸元のドレスを強く握り締めた。

「なら、謁見は明日の早朝にしましょう……姫様もご同席を願いできるでしょうか?」

「あ、ああ……」

 ナーバムの言葉に意外に思った。自分の意見を通したいなら、王の娘を同席させず、数人の人間だけで、処分を執行させればいい。この男は確実になにかを考えている。しかも、自分を同席させるなにかを……

「では、明日は早いので、お早めにご就寝を……」

 ゆっくり、部屋を出て行くナーバムに、ルビーは一瞬、引き止めそうになり、やめた。奥歯をかみ締め、これからの事に不安を覚えた。

 

 

「宝石、機械、イカ、蛙、ルビー……」

 牢獄に閉じ込められ、どれくらい経ったか、もうわからなかった。すでに一人しりとりも、二十回以上も繰り返し、隆人はたった一人の孤独にため息を吐いた。

「……せめて、監修くらい、いてもいいんじゃない?」

 見事に誰もいない、鉄格子の先の廊下を見つめ、隆人は子供のように、お腹を押さえた。

「腹減った……飯くらい、持って来てくれよ。ここは囚人に対して、人権はないのか?」

「すまないな……」

 ガバッと起き上がり、廊下の先の階段から降りてくる少女に、目をむいた。

「ル、ルビー王女さま……」

「呼び捨てでいい……」

 風呂敷袋に入ったおにぎりを差し出し、ニコッと笑った。

「ほら、私が握った……形は悪いが、味には影響はない。食え」

「……」

「どぅした。形の悪さに驚いたか?」

 どこか自嘲気味に笑うルビーに隆人も慌てて首を横に振り、つぶやいた。

「いや……この世界にもおにぎりがあったんだなと思って」

 ルビーもどこか呆気に取られた顔をした。

「意外に食文化は変わらないものだな。この国でも、おにぎりは携帯食だ」

「携帯食ね……」

 型崩れしたおにぎりを手に取り、口に含むとルビーは、少しいきむように聞いた。

「どぅだ……料理ってほどのものじゃないが、人に食べてもらおうと思って作った料理は初めてだ。感想を聞かせてくれ?」

「……」

 味をかみ締めるようになんどもお米を租借すると隆人はニコッと笑った。

「空きっ腹に仏だ……」

「空きっ腹に仏?」

 意味のわからない言葉をいわれ、首を傾げるルビーに隆人も慌てて訂正した。

「いや、うまいって意味だよ……具がないのが残念だけど?」

「具……? おにぎりって、中になにかを入れるのか?」

「ここは文化の違いか。それとも、君自身が知らないだけか……まぁ、いいや?」

 残りのおにぎりを口に入れると、隆人は泣き出しそうになった。

「食うことって、こんなにすばらしいことだったんだな?」

「そんなに喜ばれると、私も頑張ったかいがあった」

 嬉しそうに顔を綻ばせ、ルビーは鉄格子に背をつけ、座り込んだ。

「明日、お前は王国秘書官のナーバムの計らいで、王との謁見が許された。意味がわかるか?」

「どぅいう意味?」

 食べ終え、汚くなった指をぺろぺろ舐め、隆人は幸せそうにお腹を押さえた。

「お前を処刑するかしないかを決めるということだ」

「ぶっ……なんで、俺が処刑されなきゃいけないの?」

「お前が私を誘拐したと、ナーバムが言っているのだ」

「そんな誤解な……」

「ああ。誤解だ。だから、なんども、お前を出すよう、命令してるが、ナーバムは耳を貸そうとしない。明日の謁見には私も同席することになっている」

「君が俺の首を繋げる希望か?」

 首がちゃんと繋がっているか確認すると、隆人は怯えたように顔を真っ青にした。

「すまない。私の軽率な行動のせいで……」

「き、気にすることないよ……それに」

 頭をボリボリ掻き、隆人は照れたように笑った。

「君と踊れたのは悪くなかった……なんだか、いい思い出ができた」

「そんな、諦めきったことを言うな。絶対にここから出して」

「諦めてないよ」

 ルビーの目が驚いたように隆人の瞳を捕らえた。

「俺も君も悪いことはしてないんだ。絶対に王様はわかってくれるはずだよ」

「……」

 隆人の真摯な瞳に、ルビーは一瞬、顔を赤らめ、苦笑した。

「単純な奴」

 ゆっくり、鉄格子から、背を離し、腰を上げると、ルビーは伸びをして、隆人を見た。

「だけど、変にものを画策する奴よりも、ずっといい。明日は絶対にここから出してやる。安心しろ」

「うん。期待してるよ」

 腹が膨れて、眠くなったのか、隆人はあくびをかみ殺した。

 だが、眠る前に聞きたいことができ、隆人はルビーが去る前に口を開いた。

「あ、あのさ……もし、千年祭で結婚相手が決まったら、君は本当に結婚するのかい?」

 ルビーも去ろうとした足を止め、振り返らず、言い返した。

「それが一国を預かる姫の務めだからな。よりよい世継ぎの嫁となり、国力を下げないようにするのが、私の役目だ」

「それって……」

 言いかけた言葉を遮るようにルビーの怒号がとんだ。

「お前は明日のことだけを考えればいい! 私のことは気にするな! わかったな……!?」

「あ、ルビー……」

 逃げるように階段を上がる、ルビーに隆人は心に虚しい気持ちを覚えた。固い床に背を乗せた。

「きっと、ルビーも自由な恋愛がしたいんだろうな。でも、一国の姫だから……」

 一瞬で住む世界の違いを感じさせられ、隆人はなぜか痛む胸を押さえ、ムリヤリ寝入ろうとした。

 眠れるわけもないことも知りながら……

 

 

 次の日、見回りに来た兵士にムリヤリ起こされ、謁見の間まで、連れてこられると、隆人は唖然とした。

 そこには確かに、立派なイスに座った男がいた。だが、隆人の想像する、王様のイメージとは大きくかけ離れていた。

「あの……あなたが本当にルビーのお父さん?」

 目つきが鋭くなる兵士達に怯えながら、隆人は改めて、王を見返した。

 どっしり膨れた腹は太鼓腹で、イスには座っているというよりも、寝ているという感じの雰囲気。目もウトウトと自分の意思をなくしてるように虚ろだった。

 娘のルビーとは対照的に、なんとも、のんびりして、情けないイメージを残していた。

 一国の王というよりも、お飾りの傀儡社長を髣髴させるこの男に、隆人はお世辞にも、一国を守る王には見えなかった。

「えっと~~……林田たたかだったけ?」

「隆人です!」

 声まで、のんびり、惚けた感じで隆人は泣き出しそうになった。王の隣の席のルビーも、自分の父親の情けなさに、泣きたくなっているのか、申し訳なさそうに顔を背け、隆人の助けを無視した。

「確か、ルビーを誘拐したんだっけ?」

 娘が誘拐されたという割には緊迫感のない王の発言にルビーも隆人も、どぅ答えたらいいかわからず、言葉を捜した。

 自分もいい性格をしていると思っているが、この王様はさらに輪をかけていい性格をしている。

 話すこと全てが、スローモーションで、古いビデオテープを見せられてる気分だ。

「なんで、ルビーをさらったの?」

「それは……」

 言うに困った。隆人もマイペース主義者だが、これでも立派な男児である。いくら自分に非がないからといって、まさか、女の子のせいにするのも格好が悪い。現状、格好をつける状況でもないのだが……

「父上、私は誘拐されたのではありません。私が勝手に城を抜け出しただけです。お叱りなら、私が受けます。彼を解放してください」

「そぅなの……ナーバム?」

 まったく、ルビーの言葉を解さず、側近の意見を聞く、王に隆人は心の中で苛立ちを覚えた。

「陛下……姫様は恐怖状態で、一種のシンパシーをこの男から感じております。姫様の言葉は、信頼できるものでないと私は思います」

「なっ……!?」

 身を乗り出そうとするルビーの身体を兵士達が押さえ、ナーバムはニヤッと笑った。

「陛下、この男は我が国の繁栄を邪魔するもの。千年祭後の、来たるべき聖戦に向けての、生贄とするものと、私は提案します」

「聖戦?」

「生鮮?」

 ルビーの言う「せいせん」と隆人の言う「せいせん」には絶対に違いがあると、ルビーはわかったが、あえて無視した。

「父上、聖戦とはなんですか!? まさか、戦争を考えて……」

「姫様、これも全ては国のためです!」

 力強く切り捨てられ、ルビーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ふざけるな! 戦争が起これば、国力だけじゃない。国民にも血の雨を降らせることになるのだぞ!?」

「国民も国のためと、喜んで血を流してくれるでしょう……」

 感情もなく、平然と恐ろしいことを口にするナーバムに、隆人もよぅやく、事態が恐ろしい方向に進んでいることに気づき、大声を上げた。

「王様。戦争をするって、それは正気ですか!?」

「バカモノ! 陛下に向かって、なんたる口の聞き方!」

 ナーバムの怒号にも怯まず、隆人は叫んだ。

「戦争が起これば、たくさんの人が死ぬんですよ!? あなたはそれでも、あなたは種の救世主の末裔ですか!?」

「でも~~……」

 隆人の説得にも王は甘ったれた子供のような声を上げた。

「ナーバムが戦争をして国を広げれば国力の低下も収まると……」

「あんた!?」

 隆人の手が、脂肪で緩みきった王の左頬を打った。

「え……?」

 真っ赤になった自分の右手を見つめ、隆人は一瞬で自分のやったことを理解した。だが、すぐに拳を握り締めると、泣き出しそうに呟いた。

「あんたは奪われた人の痛みを考えているのか……理不尽に大切な人たちを奪われ、二度と帰らないものとなったとき、あんたは、その人たちの涙を受け取ることができるのか? 出来るわけない。誰も死んだ人間の悲しみを受け止めることなんかできない。俺も、あんたも、ルビーも、ましてや、あんたの信じる、ナーバムだって、死んだ人間を思う人たちの悲しみを受け止め、その罪を一生背負うことができるわけがない!?」

 いつの間にか、大粒の涙を流し、掠れた声を上げる隆人に、ルビーも驚いたように、押さえつける兵士達を跳ね除け、走り出した。

「隆人……お前」

 ルビーの手が隆人の肩に触れようとした時、

「貴様、陛下に対して、暴力を振るうとはなにごとだ!?」

 隆人の身体を数人の兵士が取り押さえ、怒鳴り声を上げていた。

「構わん! この痴れ者を、即刻、打ち首にしてくれるわ!?」

 槍を振り上げる兵士達に、ルビーも大声を上げ、呼び止めようとするが、それよりも早く、違う怒号がとんだ。

「やめんか!」

「ナーバム様……?」

 意外な人物の呼び止められ、兵士達だけでなく、ルビーすらも驚いた。

「この者は、千年祭の後、国家反逆罪として、戦争声名後の生贄として、民衆の中で処刑する。それまで、地下牢に閉じ込めておけ!」

 ルビーが止めるよう指示を出すも、兵士達はナーバムの言葉を優先し、隆人を乱暴に掴み上げ、謁見の間から連れ出すと、心配そうにルビーに呼びかける。

「あの者になにをされたかわかりませんが、我々は姫様の味方です」

 白々しくも、ルビーに愛想を振りまく兵士を無視し、ルビーは下衆を見る目で自分の父を見た。

「王として未熟なのは理解していましたが、ここまで堕ちてるとは思いませんでした。見損ないました。なんとしても、隆人の解放を願います」

 そぅいい、背を向けるルビーに、王は殴られた左頬を押さえ、考え込むようにうつむいた。

 

 

「ミリーちゃん! どこにもいなかったよ……」

 ギルドに戻るとマオは息を切らし、ミリーの顔を見た。

「そぅ……まったく、あのバカはどこにいったのやら?」

 腰に手をやり、ミリーは憤慨して、右手の指をぽきぽきと器用に片手で鳴らした。

「帰ってきたら、どうお仕置きしようしかしら?」

「ボクも参加するよ……ボクも怒ってるからね。人に心配かけさせて!」

 怒りを露にするマオにミリーも心強そうに頷き、いったん、ギルドから出ることにした。

「にしても、あいつ、行く場所もないくせに、どこに行ってるのかしら……」

 怪訝そうに眉をひそめ、ギルドを出ると、

「ミリー様、ちょっとお待ちください!」

「はい……?」

 ミリーを呼び止め、受付嬢は、みんなにバレないよう、手のひらに一枚の紙切れを渡し、ニコッと笑った。

「確かにお届けしました……」

 ギルドに戻っていく受付嬢見送ると、ミリーはマオはお互いの顔を見た。

「ミリーちゃん、なに渡されたの?」

「ダイレクトメールみたいだけど……?」

 綺麗に巻物状に丸められた洋紙を広げると、ミリーは仰天した。

「隆人がパール王に乱暴して、捕まった……?」

「え……?」

 言っている意味がわからず、マオも声を張り上げた。

「隆人が捕まったって、どぅ言うこと!? なにかの間違いじゃないの!?」

「私の知るわけないでしょう……でも、これだけ探していないって事は、まさか?」

 顔を真っ青にするミリーにマオも慌てて走り出した。

「どこに行くの!?」

「決まってるよ! すぐに出してもらうよう、頼みに行くんだよ!」

「ムチャ言わないでよ……ヘタしたら、あんたまで、捕まるわよ!?」

「じゃあ、どぅするの!?」

 大声を上げ、マオの顔が泣き出しそうにゆがみ、すがりつくように泣いた。

「隆人、大丈夫だよね?」

「……」

 なにも返事を返さないミリーにマオは大声を上げて泣き出してしまった。

 

 

 隆人の幽閉されている地下牢まで降りると、ルビーは作ってきた、おにぎりを見せ、小声で叫んだ。

「起きているか……食事を持ってきた」

 まっくらな地下牢のたいまつに火をつけ、部屋の明かりをつけるとルビーは驚きで叫んだ。

「隆人。お前、どぅしたんだ!?」

 慌てて鉄格子に手をかけ、怪我を負って倒れている隆人を見た。

「誰にやられた!? 兵士達か……今すぐに」

「だ、大丈夫……ちょっと、手荒い歓迎会を受けただけだから」

 青アザの痛みに軽いうめき声を上げ、起き上がると、隆人はニカッと笑った。

「ちょうど、お腹減ってたんだ。なに、持って来てくれたの?」

「……あ?」

 鉄格子に手を握るときに落としたのか、廊下に四散したおにぎりの残骸を見て、ルビーは慌てて、謝った。

「す、すまん……すぐに作り直してくる。十分くらい待ってろ」

「ああ、いいよ……無事なおにぎりだけでも、頂戴」

「だが……」

 握りが甘かったのか、落としてボロボロに崩れ去った、おにぎりを見て、ルビーは呟いた。

「本当にいいのか、こんなもので?」

「うん。おいしそうじゃないか?」

 無事なおにぎりだけ包みに残し、隆人に渡すとルビーは不安そうに眉をひそめた。

「ありがとう……ここの奴ら、なかなか、飯をよこしてくれなくって」

「……」

 軽い世間話のつもりで振った内容が見事に空振りし、隆人は額に嫌な汗をかいた。

「にしても、やっぱり、空きっ腹に温かいおにぎりは助かる。五臓六腑に染み渡るとは、この事だな?」

「なんだ、その五臓六腑に染み渡るって?」

 また、会話が空振りし、隆人はますます気まずくなる空気に必死に言葉を捜した。

「あ、あのさ……あれ?」

 おにぎりの半分を食べて、舌に広がる甘味に隆人はおにぎりを遠くにし、目を細めた。

「なんだ、この赤い甘いものは?」

「ん……ああ。おにぎりは中身が入っているのが普通だと聞いてな。私なりに考え、好物のジュジュの実を入れてみた。甘くてうまいだろう?」

 ニッコリかわいく微笑まれ、隆人は顔全体に脂汗を掻いた。

 悪気無しの純粋な笑顔に隆人は文句が言えなくなった。むしろ、自分のために、ここまでやってくれる彼女の厚意に、愛おしさすら感じてしまう。

 不思議と舌に広がる甘みよりも、嬉しさから広がる笑顔に顔を綻ばせてしまった。

「なにがおかしいんだ?」

 いきなり笑われ、また、おにぎりが失敗したのかと、不安がるルビーに隆人は首を横に振った。

「あんたはいい人だね……身分がなければ、求愛したくらいだ」

「きゅ、求愛……!?」

 ボッと顔を染めるルビーに隆人は不思議そうに首をかしげた。

「か、からかうな。バカモノ!」

 ヤケになったように用意したおにぎりを口に含むと、顔を真っ青にした。

「ぶばぁ……米の炭水化物に木の実の甘味が合わない!?」

 見事に説明口調のご意見に隆人はますますおかしくなり、ルビーの食べかけのおにぎりを奪い、一口で全部食べた。

「ま、まずいならまずいと、素直に言ってくれればいいのに……」

 若干、腐ったように唇を尖らせるルビーに隆人はニコッと笑った。

「わざわざ、厚意で作ってくれたものを無碍にするほど、腐ってるように見える?」

「お前、いい男だな」

「よく言われるよ。いい人どまりで、大抵、好きな人はみんな違う男にいっちゃう」

「それはよかった」

「よかったって……酷いな?」

 子供のように唇を尖らせる隆人にルビーも照れたように口元を抑え、笑いを堪えた。

「なら、少しくらい、気楽に構えても、安心そうだな?」

「ん、どぅいう意味?」

「なんでんない。それよりも……」

 ルビーの目が鋭くなった。

「このままいけば、お前は千年祭後に、処刑される。だから、あまり使いたくなかったが」

 ドレスのスカートのポケットから、一個の大きな鍵を取り出すと、隆人に投げ渡した。

「これを使って、逃げろ。逃げる日程は私がなんとかしてみせる。うまくいけば、生き残ることができる」

 ルビーに手渡された鍵を見つめ、隆人は首を横に振った。

「いや、これは返すよ」

「え……?」

 鍵を返され、ルビーは癇癪を上げたように怒鳴りだした。

「お前、わかっているのか!? 今、この状況を続けていれば、確実に殺されるのだぞ!? 少しでも生きる活路があるなら、逃げるのだって、恥にはならないはずだ」

「でも、それをしたら、君は逃亡者を出した共犯になる。俺はどんな理由があっても、優しい人を罪人にしたくない。特に君にはそんな罪を背負ってほしくない」

「だが、このままいけば、お前は……私のことは気にするな! どっちにとっても、お飾りの姫……」

「ルビー!」

 耳を打つような怒鳴り声が響き、ルビーは目を瞬かせた。

「俺は死なない。絶対に真っ当な方法で、ここから出てみせる。だから、君も自分を見限らないでくれ。君はお飾りじゃない。立派な志を持つ、一人の姫だ。だから、腐らないでくれ」

「隆人」

 ルビーの顔が沸騰したように真っ赤になり、気恥ずかしそうに背を向けた。

「あ、明日も、食事を持ってくる。おにぎりしか作れないが、明日はもっと、うまいものを握れる自身がある。食ってくれるか?」

「楽しみにしてるよ」

 ルビーの顔がほころんだ。

「また、明日な……」

 顔を見せず、逃げるように階段を上るルビーを見送り、隆人も嬉しくなり、床に寝転がった。

「明日の食事が楽しみだ……そぅいえば」

 隆人は思い出したように起き上がり、二人の少女の顔を思い出した。

「なんか、ドタバタしてて、忘れてたが、ミリーとマオ、俺のこと心配してないかな? 結局、昨日帰ってないし……怒られないかな?」

 頭のてっぺんに鬼の角を二本も立てたミリーとマオを想像し、隆人は怯えたように、ひぃ~~と悲鳴を上げた。

「早く帰りたい」

 

 

「……」

 ナーバムに半ば強引に部屋まで戻されると、パールは物思いにふけた顔で殴られた左頬を押さえた。

 今でも、痛みを感じる。初めての感覚であった。小さい頃から、大切に育てられ、殴られるどころか、病気で苦しむことも少なかったパールにとって、殴られる感覚は初めての体験であった。

 当然、気持ちのいい感触でない。むしろ、もぅ味わいたくないと感触であった。

 なら、国民はどぅなのだ。パールは本の中でしか読んだことのない戦争を思い出した。その中では数多くの「痛い」という言葉が並べられていた。だが、パール自身、「痛い」というものがどぅいうものかわからなかった。

 わからなくっても、誰も責めなかったし、王の務めに大した支障もなかったからだ。自分は今まで、周りに大切に育てられた。行く道、進む道、全てをすでに約束され、その道に疑問を考えたこともなかった。

 結婚して、すでに亡くなった王妃も、前職の王と王妃が勝手に決めた縁談であり、別に好きという感情はなかった。ただ、初めて、感情を露にして喜んだこともあった。ルビーが生まれたときであった。あの時は、家来達の言うことも聞かず、国全体をあげて、自分の娘を自慢したくらい喜んだ。その娘も、今は自分の不甲斐なさに呆れて、マトモに口も聞いてくれない状態であるが、パールはルビーが好きであった。

 なら、もし、戦争が起きて、ルビーが死んだらどぅなるんだ。死ぬのは痛いのか。死んだら、頬を叩かれる痛み以上の痛みを受けるのか。それ以上に胸が動悸する。死にたくない。ルビーを失いたくない。前にもこんな感情を持ったことがあった。病気で亡くなった妻のときであった。

 死の感情を想像以上に受け、国の外からも優秀な医者を寄せ集め、わずかな希望に従い、妻に手術を施させた。それが間違いであった。手術の失敗で妻は亡くなり、自分の判断がいかに独善的で身勝手かを思い知らされた後、ナーバムが現れてくれた。

 ナーバムは自分の勝手な行いで妻が死んだと責め、今後の国の情勢を考え、これからは自分が考えのアドバイスを与えると約束してくれた。

 それは生まれて初めて、自分で独走し、失敗した出来事を帳消しにしてくれる甘言であった。

 もぅ、自分で大切な決断をしなくっても、ナーバムが正しい判断をしてくれる。ナーバムがいれば、国はよくなるし、妻のような悲しみを背負うこともない。そぅ信じていた。

「……エメラルド」

 部屋の壁一面に堂々と飾られた自分とルビー、亡き王妃エメラルドの描かれた、親子三人の絵画に、パールは改めて左頬を撫でた。

「今なら言える。愛していたいんだ。だから、失いたくなかった。わかってくれるよね?」

 甘ったれた子供のような口調で、質問を返すと、パールはかなり前に読み終えた、戦争の本を手に取り、読み始めた。今度は人の痛みと死を深く考えながら……

 

 

 ピチャンという、雨漏りがたれたような水音が響き、隆人は目を覚ました。

 固い石畳の上でのシーツなしの就寝。想像以上に身体が硬く、疲れも取れず、隆人は嫌々ながら、起き上がった。

「今、何時だ……」

 う~~んと背筋を伸ばすと、

「日が上がったばかりだ。早いものなら、とっくに仕事を始めている」

「え……?」

 鉄格子の外を見ると隆人は慌てて立ち上がり、廊下で堂々と座っている少女を指差した。

「ルビー、来てたのか!?」

「ああ、朝食だ」

 ニッコリ、微笑み、包みに入ったおにぎりを差し出た。隆人は少し遠慮がちに受け取り、礼をいった。

「あ、ありがとう……なんだか、悪いな。ここに来てから作ってもらってばかりで」

「いや、それがな……」

 言葉を濁すように、ルビーは鼻の頭を掻いた。

「実はメイド達にバレていてな。ここに来る前に、おにぎりの握り方を叩き込まれた」

「メ、メイドにバレた!? それって、ヤバイんじゃ!?」

「それがなぜか、メイド長も始め、全員、黙っててくれるといってくれた」

「黙っていてくれる……」

「ああ……」

 なぜか、頬を赤く染めるルビーに隆人も野暮な詮索はしないことにした。

「ちょっとだけ、心臓が縮まった思いを味わったよ」

「す、すまん……」

「君が誤る必要はないよ」

 包みを開け、隆人は目の前に広がるおにぎりに感動した。

「すごい進歩してるじゃないか!? 中身はなにが入ってるんだ?」

「ああ、梅の塩漬けが入っている……」

「梅干ね……結構、中身も文化が似てくるんだな?」

「お前の世界も梅の塩漬けが基本なのか?」

 不思議そうに聞き返してくるルビーに隆人はおにぎりの中身の梅干にスッパイ顔をし、頷いた。

「他にも、シャケや、筋子、ツナマヨなんてのもある」

「ツナマヨ?」

 不思議そうに首を傾げるルビーに隆人は、また滑ったことに気付き、頭を掻いた。

「ツナをマヨネーズであえたやつだけど、マヨネーズって知ってる?」

 首を横に振られた。

「今度、作り方を教えるよ。作り方自身は簡単だし……」

「そぅなのか?」

「ああ、卵の卵白と酢と油を混ぜるだけだから、結構簡単で、うまいぞ?」

「……?」

 味が想像できないのか、信じられない顔をするルビーに隆人は苦笑した。

「ここを出たら、すぐに作るよ。きっと、気に入る……カロリーが高いのが難点だけど」

「カ、カロリー……」

 見事に顔が真っ青にするルビーに、隆人は呆れたように笑った。

「目標体重、後何キロ?」

「さ、三キロ……て!?」

 ドガッと顔面に拳がクリーンヒットし、隆人は目を回しそうになった。

「ご、ごめん……シークレットだったみたいだね?」

「シークレットじゃなくとも、女なら、誰でも殴る!」

 顔を真っ赤にして、殴った右手を撫でると、ルビーの目がカッと見開かれた。

「誰か来たみたいだ。私がここに来た理由はいうなよ」

「う、うん……わかった」

 地下牢の階段から、コツコツと聞こえる二つの足音に隆人は固唾を呑み、兵士を待った。

「林田隆人。陛下がお呼びだ。すぐに……姫様、なぜここに!?」

 ヤル気の感じられなかった兵士達の背筋がピンと伸び、ルビーは威嚇するような態度で、二人の兵士を見つめた。

「彼とは友人でな。少し談笑していたところだ。構わん。父上の席には私も付き添おう」「し、しかし……」

 言いあぐねる兵士の言葉を一瞬で奪ように睨み、ルビーは案内しろと命令した。

 

 

 謁見の間につくと、隆人は兵士達にムリヤリ膝をつかされ、顔を上げさせられた。

 ルビーもなにか言いたそうに顔をゆがめたが首を横に振り、パール王の横のイスに座り、隆人を見下ろした。

「陛下……このものに対する処遇をご自分でご決断なされるとか?」

 ゴマをするように、ナーバムはパール王に頭を下げ、隆人を見下ろした。

「この痴れ者にふさわしい捌きを……」

「黙っていろ」

 パール王の凛とした言葉に謁見の間にいた全員の顔が絶句した。

「兵達よ。隆人を離せ……」

「で、ですが……」

「王の命に背く気か?」

 ルビーに睨まれた以上に顔を真っ青にすると、兵士達は隆人の腕から手を離し、逃げるように謁見の間から出て行った。

 あまりに呆気ない展開に、隆人は混乱を隠せないでいた。

「林田隆人。お前に聞きたいことがいくつかある。答えてくれるな?」

「は、はい……」

 昨日ののんびりした口調と違った。ある意味、想像したとおりの王としての威厳溢れる自信に隆人は、いや、ルビーすらも怯えを見せるように身体を震わせた。

「私は近いうちに、他国への侵略戦争を行おうと、側近のナーバムと相談していた」

 信じられない事実にやはり、ルビーの顔が真っ青に染まり、目線が鋭くなった。王も言い訳するようなそぶりを見せず、静かにいった。

「聞きたい。死ぬというのは痛いのか?」

「は……?」

 マヌケな声が漏れた。ルビーもマヌケに顔をした。ナーバムも、なぜか顔を真っ青にした。

「私は昨日、お前に殴られ、痛みというものを思い出した。恥ずかしい話、私は生まれてから、本当の痛みというものをあじあわず育った。だから、聞きたい。死ぬとは痛いのか?」

「……」

 隆人の目が宙を舞うように虚ろになり、覚悟を決めたように見返した。

「痛いと思います。特に心が……」

「心か……」

 予想していたのか、大した驚きも見せず、パール王は王座に背もたれた。

「私はかつて、愛する女性がいた。最初は好きでなかった。だが、時を過ごし、娘が生まれるうちに、彼女に惹かれていった」

「ち、父上……まさか、その人は」

 言葉を挟もうとするルビーを制止、パール王は続けた。

「だが、その人は病で死んだ。今でも病の原因はわかっていない。だが、彼女が死を余命されたとき、私は生まれて初めて、王の特権を酷使し、あらゆる有能な医者を他国から、大枚をはたいて雇わせた。それこそ国財を浪費するほど……」

「父上……」

 ルビーの顔が悲しそうに染まった。パール王の悲しみが隆人の心にも伝わり、自然と、謁見の間全体が、異様な重い空気に包まれた。

「どんな手を使っても、彼女生きてほしかった。その考えが間違っていたのかもしれない。私は急いてしまい、医者の出した、成功する確率の低い手術を受け入れた、そして、彼女を殺してしまった」

 パール王の目から一筋の涙が流れた。

「彼女は私が殺した」

「父上、それは違います! あの手術は、母上も承知して……」

「違う! 私がもっと冷静になれば彼女は助かった……あの時、そぅ思わずにいられなかった」

 また、涙が溢れ、隆人はパール王の涙を拭いたい気持ちに駆られた。

「あの時のミスが私を責め。そして、私は反省し、これから事を成すときは信頼のできるものと相談することに決めた。だが、その相談者の意見も今は間違っているのではと思うようになった」

「へ、陛下!?」

 ナーバムの顔がますます真っ青になった。

「話を戻そう……戦争は避けるべきか?」

 パール王の目を見て、隆人は頷いた。すでに答えは出ている。

「戦争はいかなるときも悪です。正義の戦争はないといっても過言じゃありません」

 パール王の顔に微笑がもれた。

「そぅか、なら、答えは決まったな。お前は私に大切なことを教えてくれた。判決を言い渡す」

 王座から立ち上がり、

「林田隆人。お前の処遇を不問とし、即刻、開放することを誓おう」

「父上!?」

 ルビーの顔が輝いた。隆人も勢いよく立ち上がり、礼を言おうと頭を下げた。

「ありがとうございま……」

 ドスッ……

「え……?」

 肉を裂くような、鈍い音が響き、隆人の口から大量の反吐があふれ出した。

「こ、これは……」

「隆人!?」

 背中から胸を通して、貫通する弓矢の矢にルビーは慌てて倒れかける隆人の身体を抱き、叫んだ。

「しっかりしろ! 誰が弓を撃った!?」

 パール王の顔が真っ青に染まり、唇がぶるぶると震えた。

「姫様、そのようのものに触れてはなりません。お手が汚れます!」

 隆人の身体から引き離すナーバムにルビーは血の気を下げることが出来ず、怒鳴った。

「貴様か、弓を引くよう命令したのは!?」

「なんのことでございましょう? これはきっと、賊の仕業。もの共、早急に城の中を捜索しろ!」

「その前に医者だ! 誰でもいい! 医者を呼べ! そして……」

 一瞬、複雑な顔をして、ルビーは言葉を続けた。

「ギルドに所属している、ミリー・チェスターを呼べ。この者はこの者の保護者だ……」

 血を流し、目を虚ろにする隆人を見て、パール王は狂気に触れたように悲鳴を上げた。

「陛下、こちらへ……」

 気遣うように、ナーバムは謁見の間からパール王を出そうとした。その目が邪悪に歪んでいることに誰も気付くことなく。

 千年祭まで、後三日。

 


 
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