「ひぃふぅみぃよぉ……」
小銭入れに入ったコインの数を数えると、隆人は確かめるようにいった。
「しめて、二千五十ゴールド。これって、大金なのか?」
「普通に暮らす分なら、一ヶ月は食える値段ね?」
ミリーの淡白とした返答にマオも感激したように目を潤ませた。
「ハンター補佐って、こんなに貰っていいの?」
「まぁ、今回はギルドの仕事がよかったから、これだけ貰えたけど、毎回、こぅじゃないから?」
自分の取り分の銭袋を手のひらで、ジャラジャラとお手玉すると、ため息をはいた。
「補佐の特別手当を貰っても、実質、貰える報酬は減ってるのよね?」
「なぁ、ミリー……」
「なによ?」
ギロッと睨まれ、隆人は怯えるように、いった。
「これだけあれば、服とか買えるかな?」
「うん……まぁ、安物なら、買えるけど。なにを買う気?」
「パーティー衣装に決まってるだろう? みすぼらしい格好で出られないからな?」
ミリーの顔がゆがんだ。
「あんた、本当に王家主催の社交パーティーに出るつもり?」
「ダメかな?」
「ダメというよりも、呆れた。あのお姫様は冗談で、あんたを誘ったのよ。どぅせ、門前払いがいいところよ?」
「門前払い?」
マオの顔が不思議そうにキョトンとなった。
「そぅいえば、なんで、社交ダンスなんて、覚えようとしたの? 千年祭は確かに、踊るけど、気合を入れるほどのものじゃないはずだけど?」
その質問にはミリーが答えた。
「このバカ、この国のお姫様に社交パーティーに招待されて、出る気、満々なのよ?」
「お姫様の社交パーティー……あ?」
マオの顔が険しくなり、胸倉を掴んでぶんぶんと振った。
「まさか、お姫様といいところまでいって、この国の王様になる気!?」
乱暴に身体を揺さぶられ、隆人は大声を上げて、掴まれた両腕を離した。
「別に国をのっとる気はないよ。ただ、招待されたからには、失礼のないように……」
「お姫様、美人だもんね?」
「まぁな……あれで、年上なら、言うことはないんだが?」
二人の拳が顔面にヒットし、隆人は泣き出しそうに、いった。
「とにかく、服だよ。どっちにとっても、服がないと始まらないし……それに」
びにょ~~んと僅かに薄汚れた自分の服の襟を伸ばし、ため息をついた。
「俺、この服しか持ってないし?」
「まぁね……でも」
ミリーは少しいい辛そうに、肩を揺らした。
「たぶん、どこいっても、服を作ってもらうどころか、売ってもくれないかもよ?」
「なんで?」
「まぁ……行けばわかるわ?」
意味深に言葉を濁すミリーに隆人は首をかしげた。その答えは、数十分もしないうちに、嫌でもわかった。
「このクソ忙しいときに、ふざけたこといってるんじゃね~~~!?」
派手な装飾の彩られた呉服店屋から、ボールを蹴るように無様に店から追い出されると、隆人は体中にみみずばれした殴り痕を押さえ、ひっくり返った。
「どぅなってるの?」
「どこの呉服店屋も、貴族、金持ちの服の注文で、てんてこ舞いだから、金のない、一般市民に服を作ってくれる、酔狂なところはないのよ」
しかもと、ミリーは握られたままの隆人の小銭入れを掴み、いった。
「これっぽちのお金じゃあ、無茶も通らないでしょうね?」
「世の中、厳しいね?」
マオもどこか、今の隆人の姿に共感するものがあるのか、目から、滝のような涙を流し、なんども頷いた。
「でも、これじゃあ、服が作れないな……せめて、気後れしない服でも買えれば?」
「今は、圧倒的な布不足だから、一度作った服も仕立て直して、バラしてるらしいから、正直、売ってくれるところもないわよ」
見事に死刑宣告を打ち出された、隆人。それでも、往生際悪く、ミリーに頼んだ。
「なら、ミリーが作ってくれよ? お金はここに……」
「私の専門はモンスターハントと、鉱石加工だけ。服飾デザインは専門外よ」
「ガックリ……」
ひっくり返ったままの隆人を起こし、マオは遠慮がちにいった。
「服を作ってくれるところなら、心当たりがあるよ?」
「本当? どこ?」
くらいついてくる、隆人にマオも満更でない顔と少し困った顔でいった。
「実はボクの知り合いで、優秀な服飾デザイナーがいるんだ。でも、今、どこにいるかが、不明なの」
「どぅ言う意味よ?」
ミリーも怪訝そうにマオを見た。マオも困った顔で説明を渋った。
「もともと、大手の呉服店屋で勤めていたんだけど、三年前に独立したんだ。だけど、その時に、ライバル店の登場を危惧した、勤め先が新保店舗の悪いうわさを流して、その人のお店を潰しちゃったらしく、今は、行く場所を転々としながら、服を売ってるらんだ。だから、一定のところに留まってないから、ボクも最後にあったのは三ヶ月前だし」
いい淀み、後ろ髪を掻くマオに、ミリーも諦めた顔でため息を吐いた。
「居場所がわからないんじゃ、仕事を頼むこともできないわね? 時間も、もぅそろそろ、夜だし、いったん、家に帰って……」
「二人とも、先に帰ってて。俺だけ、探してみるから?」
ミリーの顔が冗談はよせと歪んだ。
「あんた、今の話、聞いてないの!? どこにいるかわからない、相手を探して、服を作ってもらうつもり!?」
「それ以外、手がないだろう……俺は服を持ってないんだ。今は掴める藁はすべて、掴むまで」
心底呆れた顔で耳の後ろを掻くと、ミリーは両腰に手を突いた。
「仕方ないわね……特別に付き合ってあげるわよ。どっちにとっても、あんた、この街の地理、知らないでしょう?」
「付き合ってくれるの?」
「仕方なくよ……今、あんたは、私の仕事の補佐よ。部下の要望をかなえるのも、ギルドの定めた、必要最低限の条約なの。なんどもいうけど、仕方なくだからね?」
「ありがとう」
ニッコリ微笑む隆人にミリーの顔が真っ赤になった。マオも大声を上げていった。
「ボクも手伝うよ。それに隆人たちはミーシャの顔を知らないでしょう?」
今更になって、隆人はこれから探す人間の名前を知らないことに気付き、軽く自分のバカ差加減に自己嫌悪した。
陽も沈みかけていることもあり、隆人達はマオの心当たりのある場所を手当たりしだい探すことにした。だが、ミーシャという女性の姿は、どこにも見つからず、隆人たちはいったん、街の食堂で、夕食をとりながら、これからのことについて、話しあった。
「やっぱり……どこにいるかわからない人を探すよりも、現実を見ましょうよ?」
咥えていたパンを豪快に齧ると、ミリーは諭すように隆人を見た。
「もともと、無理が多いのよ。服一つ作るのだって、時間がかかるし、探している時間だけで、千年祭に入っちゃうわよ」
マオもフォローの言葉が出ず、付け合せのスープを音を立てず飲んだ。だが、隆人は諦めなかった。
「自己満足といわれても、なにもしないよりも、最後まで足掻いたほうが、格好いいと思わないか?」
ミリーの首が横に振られた。
「本の読みすぎよ。今時、ティーンズ創作の本だって、現実的な話を書くわよ?」
「小説は現実よりも奇なりだよ?」
言い返す隆人にミリーは不思議そうに片眉をひそめた。
「だから、そっちの言葉を使われても、わからないって……」
理解に苦しむミリーに隆人も、儚げに笑い、うなづいた。
「まぁ、確かに言ってることは本の中のセリフだけど、でも、気持ちだけなら、本当のつもりだよ」
「……」
ミリーは自分が悪者になった気分でいう言葉を捜した。
「マ、マオ……ミーシャって、人の心当たり、まだないの?」
根負けした顔でマオに質問した。マオも首を横に振って、謝った。
「この時間だと、もぅ、思い当たるところがないな……それ以前に、ボク達、知り合いではあるけど、友達じゃないし?」
「どぅいうことだ、マオ?」
隆人の質問にマオも、言いづらそうに頬を人差し指で掻いた。
「ミーシャとは野良犬生活をしている時に何回か、食料の交換をしただけの仲だから、それ以上の仲じゃないんだ」
なるほどと、納得し、食堂のイスに背もたれた。
「なにか、キッカケでもあると、いいだけどな……ゲームや本なら、ここでキーパーソンが出てくるんだけど」
そんな都合のいいことはないだろうと隆人は苦笑した。マオの顔が驚きに染まった。
「隆人。腕輪の鉱石が光りだしてるよ!?」
「え……これって?」
鈍く光る鉱石の光に、隆人はミリーの顔を見た。
「これもミリーが仕込んだの?」
「い、いえ……こんな仕掛けはしてないけど。そぅいえば、あの時も?」
マオを捕まえるときに光りだした腕輪の鉱石を思い出し、ミリーはそっと、腕輪の鉱石に触れた。その行動が隆人の手に触れたように見え、マオは全身の毛を逆立つのを感じた。
「もしかして……」
鉱石の周りにつけたダイヤルをカチカチと回した。ダイヤルが回ると次第に鉱石の光が強さを増し、カチッとなにかがはまる音が響いた。鉱石の光が食堂の窓から外に出て、三人は顔を見合わせ、食べかけの食事を急いで胃に詰め込むと、外へと飛び出した。
「光がボク達を導いてる?」
マオの疑問にミリーも下唇をなめ、目を細めた。
「さぁね……ただ、あの光が今は、唯一の手がかりなのは確かね?」
隆人も光を放った鉱石に手を触れ、光に目を向けた。
「行こう、二人とも……とにかく、今は走ってみよう?」
「うん」
「わかったわ」
光を追って、三人は走った。ミリーは不意に足を止め、光の行く先を見つめた。
「ここから先って、裏街道じゃない?」
「裏街道……?」
隆人は不思議そうにミリーを見て、首をかしげた。
「ようするにスラム街。ここから先は、すこし危ないわよ?」
「でも、行かなきゃならないし……いざというときは」
隆人は情けなく頭を下げた。
「助けてください」
「まったく」
隆人の情けなさに呆れ、ミリーは厳しくいった。
「ムリだと思ったら、すぐに帰るからね?」
「うん!」
「じゃあ、隆人、一緒に行こう?」
手を引っ張るマオにチョップし、ミリーは怖い目でいった。
「遊びに行くんじゃないんだから、早く、行くわよ」
「あ~~い……」
「光はどっちにいった?」
首を左右に振り、光の飛んでいった道を探すとミリーは、諦めたように隆人にいった。
「完璧に見失った……手掛かりが、無くなっちゃったわね?」
ガックリ肩を落とす隆人にミリーは慰めるように肩を掴んだ。
「まぁ、こんな事もあるわよ。これで現実が見えたでしょう。さぁ、帰りま」
「見つけたよ!?」
岩を砕くようにミリーの手が隆人の肩に食い込んだ。
「痛い痛い! 俺が悪かったから、肩に手を離して!?」
パッと手を離し、ミリーは険しい顔で、マオを睨んだ。
「あんたは、私の考えを理解してないようね?」
「いひゃいいひゃい!?」
ギュ~~と両頬を引っ張られ、マオは泣き出した。隆人は慌ててマオを助け、見つけたものを聞いた。
「見つけたって、光を見つけたの?」
「違うよ……」
ぶんぶんと首を振り、マオはニカッと笑った。
「ミーシャ・バルヘラだよ!」
この時にもなって、また、隆人はミーシャの苗字がバルヘラだということを知り、自己嫌悪した。
「まぁ、いい……案内してくれないか? その、バルヘラさんに?」
「なんで、言い方を変えるの……」
まぁ、いいと、気を取り直し、マオはニッコリ笑った。
「もぅ話はつけたよ。すぐに会ってくれるみたい」
「そっか……」
ホッと、安心する隆人だが、会ってさらに受難を覚えた。
「ふわぁ~~……マオちゃん、お酒はこれぽっちですか?」
顔を真っ赤にして、酒臭い息を吐きかける女性に隆人はマオの猫の耳を引っ張り、耳打ちした。
「本当に、この人が、有能な服飾デザイナーなの? ただの飲んだくれじゃ……」
「飲んだくれは、つい最近……酒の味を覚えてから、逃避するときは、大抵こぅいう状態」
「逃避……?」
改めてミーシャの顔を見返すとミーシャは愉快そうに笑って、空になったコップの中身を飲もうとした。
「あら……ないですね? だ~~れか、お酒をくれませんか?」
また大声で笑い出す、ミーシャにミリーは額に青筋を立て、怒鳴った。
「いい大人が、夜中だからって、飲んだくれっていいと思ってるの!? シャンとしなさい!」
「シャンとしろ~~……?」
据わった目で言葉を反復するミーシャにミリーは怒りを抑えきれず拳を上げようとした。慌ててマオと隆人が止めて、なだめた。
「落ち着け、相手は女性……殴るのは俺だけにしておけ?」
「本気で殴ったら、死んじゃうよ……相手は二十代になったばかりの女の子なんだから?」
ミリーをムリヤリ、マオに任せ、隆人は真っ赤な顔で笑い続けるミーシャにひざを突いた。
「えっと、服飾デザイナーのミーシャ・バルヘラさんだよね?」
「そぅだけど、それがなんですか?」
笑いを抑えようと、口元を押さえる彼女に自制心を保ちながら、隆人はなるべく、穏やかな声でいった。
「服を頼みたいんだけど……次の千年祭までに、パーティに出れる服を一着」
「服を一着……?」
トロンッと目を据わらせ、笑うことをやめた、ミーシャに隆人は呆気にとられた顔で返事を待った。
「お・こ・と・わ・り」
また笑い出した。今度はマオが顔を怒らせ、胸倉を掴んだ。
「隆人が本気でものを頼んでるのに、その態度はないんじゃないかな!?」
「離してください」
掴まれた手を離し、ミーシャはニヤッと笑った。
「だって、千年祭まで、後五日ですよ。明日から始めても、残り四日。出来るわけないじゃない?」
「……それは確かに」
言い淀むマオに今度はミリーが食いかかった。
「あなた、プロでしょう……プロなら、多少の無茶は受ける覚悟はあるでしょう!?」
「プロ……ね?」
持っていたコップを投げ捨て、カチャンッとガラスが割れると、ミーシャは、どこか濁った目で、ミリーを見上げた。
「なら、聞くけど、私の今の姿が、プロに見える? デザイナーなのに、服はボロボロ、腕は酒の飲みすぎで痺れてるし、開いた店だって、勤めていた店の妨害で借金だけがかさみ潰れる……今の私は、夢の残骸すらも奪われた、ただの」
「プロだよ」
仰天したようにミーシャの視線が隆人に集まった。
「今の自分が嫌いだから、そんな事が言えるんだ。君は、間違いなく、服を作りたいんだ」
「服を作りたい……ふざけないでよ!」
怒鳴り声を上げ、ミーシャはさっきまでの、笑顔を一変させた。
「わかったこといって、私がどれだけ、悔しい思いをしたか、わかってるの!?」
胸倉を掴み、殴りかかろうとするミーシャに隆人は厳しい目を向けた。
「悔しいと思ってる今だって、本当は服を作りたいという、裏返しだ。違う?」
ニッコリ微笑む、隆人にミリーとマオの顔が真っ赤になった。ミーシャは反論する言葉を捜し、不意に意地悪な目をした。
「いいですよ……服を作っても?」
「本当!?」
顔を輝かせる隆人にミーシャは唇の端をゆがめた。
「この街の東にある、呉服店屋に『シャイン』というお店があります。そこにある、上生地を買ってきてください。そぅすれば、服の件は考えてあげます」
「本当だな……じゃあ、行ってくるよ!?」
急ぎ足で、走り去っていく隆人を見て、マオは思い出すようにミーシャを見た。
「確か『シャイン』って、ミーシャが勤めていた呉服店屋じゃ……」
「あなた達も、早く帰って寝てください。私ももぅ、寝ますから……」
石畳の地面に身体を寝かせると、ミーシャは大口を開けて眠りだそうとした。
「……逃げることだけは、許さないからね?」
ミリーの威圧的な言葉が飛んだが、ミーシャは構わず眠りに入った。
苛立ったようにミーシャの隣に座り、ミリーも座ったまま、目を瞑った。
マオも同じように隣に座り、ゴロンッと背を地面につけた。
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
「あのさ……?」
ビクッと跳ね起き、二人とも、驚いた顔でいつの間にか戻ってきた隆人を見た。
「シャインって……どこにあるの?」
二人とも青筋を立て、額を押さえてしまった。
厳選なるジャンケンの末、シャインへの行き道はミリーが案内することとなった。隆人は目の前にそびえ立つ、どデカイとしか言いようのない、巨大な一軒家を見て、唖然とした。
「上生地を置いてるところだって言うから、相当の大きさは覚悟してたけど、まさか、こんなに大きなお店だとは思わなかった。坪いくつだろう?」
「知らないわよ。それにシャインが大きいのは当然よ。なんせ、このお店はリーニス一の老舗で来週の千年祭にかけては貴族、金持ちの注文を一番多く受け持ってる超大手よ。まず、私達みたいな下っ端貧乏人には、一生、敷居をまたぐことも……て、あんた!?」
「すみませ~~ん……上生地、売ってください?」
空気を読まず、店の扉を叩く隆人の顔面に、ものごっついコブシがめり込み、吹き飛ばされた。
「この夜中のド忙しい時になにを貴重な生地を売ってくれっていってるんだ!? 殺されてーのか!?」
思いっきり、塩をぶっ掛けられ、扉を閉められると隆人は、殴られた頬を押さえ、涙目で唸った。
「こっちの世界でも、来てほしくない客には塩をまくんだな?」
「なに、余裕な言葉を吐いてるの!?」
ゴチンッと強烈な一撃をあて、真っ赤になった拳を撫でると、ミリーは小声で怒鳴った。
「今朝のこと、全然、反省してないようね?」
「してるしてる! だから、殴らないで!?」
情けなく頭を押さえる隆人に、ミリーも腰に手を当て、ため息を吐いた。
「こぅいうのは、まず、作戦を立てて……おい!?」
「すみません、上生地、売ってください! 今すぐ、ほしいんです!?」
また、扉が開くと同時に殴り飛ばされ、隆人はめげずにまた、扉を叩いた。
「俺は諦めないぞ。売ってくれるまで、何度だって……」
今度は蹴りが飛び、頭を打つ、隆人にミリーは慌てて抱き起こし、怒鳴った。
「あんたは、単純なことしかできないの!?」
「だ、だって……作戦なんって、立ててる時間も勿体無いよ?」
「だからってね……?」
見事に後頭部に出来たコブを摩ると、ミリーはため息を吐いた。
「それでも手段があるし……それ以前にあの女が条件を飲むとも思えないじゃない?」
ミリーの手から離れ、起き上がると、隆人は優しく微笑んだ。
「作ってくれるさ……だって、本気で打ち込んだものを簡単に捨てられるほど人間は単純じゃないよ?」
「単純な人間がなにを言ってるんだか?」
だけど間違っていない。ミリーは隆人の言葉に小さいころの自分を思い出し、苦笑した。
あの頃は、モンスターハンターになるため、無茶とも思える訓練を何日も続け、唯一の肉親の兄に、なんど呆れられたこともあった。今は、C級ハンターにまでのぼりつめたが、そこに至るまでの道は、存外、楽な道じゃなかった。それこそ、隆人の無茶以上に無茶を重ねて、死に掛けたこともあった。だけど、それは決して自分の中でムダだと思ったことはない。あの無茶があって、今の自分がある。ミリーは諦めたようにため息を吐き、釘を刺した。
「私、ちょっと、思いついたことがあるから、少し席をはずすわね?」
「うん、帰ってくるまでには、上生地を売ってもらえるようにしてもらうから!」
また、扉のドアを叩く、隆人を一瞥し、ミリーはことの原因である、ミーシャに会いに行くことにした。
「ふぅ~~ん……マオは仕事が決まったんですね?」
酒がなく、虚ろな目をするミーシャにマオは首を縦に振った。
「といっても、補佐だけどね……近いうちに、別の仕事も探さないと?」
照れたように顔を赤らめ、頭を掻くマオに、ミーシャは酒が切れ、震えた手を見ていった。
「いいですね……満たされていて? 私なんか、五年も勤めていた呉服店屋から独立して、よぅやく、夢を掴みかけてたら、途端に勤めていた呉服店屋に嫌がらせを受けて、根無し草ですよ」
懐から、銀貨を取り出し、数えると、ミーシャは舌打ちした。
「これっぽちじゃ、お酒は買えませんね……マオ、奢ってくれませんか?」
「隆人の服を作ってくれるっていうなら、奢るけど?」
ニコニコ顔で商談をするマオに、ミーシャは嫌そうに寝転がった。
「服を作るくらいなら、お酒なんかいりません」
「隆人を……君が勤めていた呉服店屋に行かせたのも自分の夢を潰した、呉服店屋に対する、ささやかな嫌がらせのつもり?」
マオの冷たい言葉に答えることなく、ミーシャは頷いた。
「世の中、こんなものですよ……マジメに生きてたって、ろくなことありません。マオなら、わかるでしょう? 同じ野良犬生活をしていた仲なら?」
「……」
反論する言葉が出ず、マオは言葉を閉じてしまった。
「マオと隆人の悪口は、私が許さないわよ!?」
「え……?」
両腕を組み、仁王立ちするミリーに、ミーシャはゆっくり、起き上がった。
「あれ……あの少年は、どこにいったんですか?」
気だるそうにあくびをするミーシャにミリーは怒りを露にし、怒鳴った。
「今のあんたは、最低よ……今の姿じゃなく、よぅやく、マジメに生きはじめた、マオすらも侮辱したんだから」
「ミリー?」
感動したように胸をジ~~ンとさせる、マオにミリーはすぐに言い換えた。
「まぁ、今がマジメかは別だけど……」
「ひどいよ、ミリーちゃん?」
ガックリ肩を落とす、マオを無視し、ミリーはミーシャをムリヤリ立たせ、引っ張った。
「ちょ、なにをするんですか!?」
「あんたに見せてあげるわよ。マジメに生きている男が、どれだけ格好いいかを!?」
走り出さんばかりの勢いで歩いていく二人にマオも慌てて、追いかけていった。
「あ……あぅ」
見事にボロボロになって倒れている隆人を遠くの建物の影で観察していた、ミーシャは吹くように笑った。
「あれが、格好いい姿ですか……どぅみても、使い古された、雑巾以下ですよ?」
フォローの言葉を捜すマオだが、顔中、腫れぼくった隆人に苦笑してしまった。
「本当に純粋だよね、隆人って?」
「純粋?」
ミーシャの目が意外そうにマオに注がれた。ミリーも続いた。
「純粋というよりも、バカね……きっと、今の時間になるまで、何回も約束を果たそうと、扉を叩き続けたのね。普通なら、めげて帰るけど、隆人はバカだから、一度交わした約束は絶対に守る。この短い時間で、私も、なんとなく、あのバカの行動はわかったし」
「ボクの職探しも、マジメに考えてくれたしね。バカはバカでも格好いいバカだと、ボクは思ってるよ?」
二人の賞賛の声に、ミーシャは倒れている隆人を見て、絶句した。
「ふぅ~~……まだ、俺は諦めないぞ!」
立ち上がろうとして、また、転ぶ隆人に、ミーシャも複雑な顔をした。
なんで、あそこまで、がんばるのか。がんばったって、約束を守るわけないじゃない。必死に立ち上がっては、また転ぶ隆人を見て、気付いたら、声を上げていた。
「なんで、そんなにがんばるの?」
「ん……?」
いつの間にか、ミーシャは隆人の前に立ち、質問していた。隆人は申し訳なさそうに立ち上がろうとしたが、ミーシャは立たせないよう、優しく地面に座らせた。
「たかが、服ごとき、その服でもいいじゃないですか。変わった服だし?」
「あ……うん。だって」
隆人はニコッと笑った。
「約束だからね。約束どおり、上生地を持っていって服を作ってもらうって約束したから、俺も自分にできる最大限のことをするのが当たり前じゃないかな?」
ミーシャの声が震えた。
「そんなボロボロになって、なにか得るものがあるんですか?」
「なら聞くけど、バルヘラさんだって、自分の店を持つためにどれだけの苦労をしたか、忘れたわけじゃないでしょう?」
「私の店はとっくに潰れてます。この店のせいで、私の人生は、ムチャクチャですよ!」
恨みがましく、目の前の呉服店屋を睨む、ミーシャに隆人は優しくささやいた。
「ムチャクチャじゃないよ……少なくとも、お客はここにいるじゃないか。目の前に客がいる限り、生産者はプロとしての使命を果たさなきゃならない。そして、消費者も、生産者の苦労を感じ、真正面から当たらなきゃいけないんだ」
「プロの使命……消費者と正面から当たる」
かつて、同じ考えを自分は持っていたことをミーシャは思い出した。あの時は、とにかく、お客の無茶を意地でも通し、結果、自分の給料がなくなったこともあった。割に合わない仕事だって、たくさんした。でも、それもすべて自分の夢のために、お客のありがとうを聞きたく、無我夢中でやった。
いつの間にか、忘れ去った自分の気持ちにミーシャは不意に笑い声を上げて、爆笑した。
「ミーシャ?」
「私の負けです。服を作らせていただきます」
笑いを堪えながら、ミーシャはなんども頷いた。だが、隆人は不思議そうに首を横に振った。
「でも、まだ、上生地が……」
「実はまだ、極上の生地を隠し持ってるんですよ。特別に持ち金、全てで仕事を引き受けてあげます。その代わり、私もプロとして、千年祭に間に合わせ且つ、納得のいく服を作ってみせます」
走りよってきたミリーとマオに肩を担がれ、隆人は驚いた顔をした。
「みんな、見てたのか?」
「うん、格好良かったよ?」
「まぁ、上出来ね?」
微笑む二人に、ミーシャは親指を後ろに向け、ニコッと笑った。
「じゃあ、アトリエに行きましょうか……実は貸してくれるところがあるんですよ?」
軽く、隆人の背格好を確かめ、ミーシャはコクリと頷いた。
「まずはサイズからかな? 今から作って、仕立て直しても、ギリギリです。頑張りますよ?」
「あ、ああ……ありがとう!」
心底感謝した顔で礼を言う隆人にミリーもマオもよぅやく、開放された顔で安堵した。
同じ頃、リーニスの城。ルビーの部屋で、日めくりカレンダーを見て、ルビーは言葉を濁した。
「千年祭まで、後、五日か……日に日に、嫌な予感が募るな?」
カレンダーに記された日付を見つめ、ルビーは部屋の窓から見える、城下の街を見た。次第に目線が厳しくなった。
「なにも起こらなければいいが……」
窓から離れると、ルビーはゴロンッと一国の姫とは思えないほど、だらしなくベッドに倒れこみ、腕を枕代わりにし、あの時、会った少年の顔を思い浮かべた。
「綺麗か……垣根なしで言われたのは初めてだったな」
しばらく考え込むように黙ると、ルビーはそっと目を瞑った。
「また、明日、逢いに行って見るか?」
千年祭まで、後、五日。
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第3章です。長い上、ただ進むだけなので、正直面白くないかも……