「最近、店長は彼氏でも出来たのかな」
早番の初音がさっさと定時で上がった後、同じく遅番の洋子に聞いてみる。
早番だろうが、遅番だろうが、結局閉店まで残っていることの多い初音は近頃、時間通りに帰宅する。
「猫でも飼い始めたんじゃないですか」
「ああ、成程…」
あっさり納得した林田篤(はやしだあつし)を、ちらりと洋子がみた。
篤は、リスペクトする人物の一人に初音を上げている。
本社と現場の板挟みの中、崖っぷちで必死に立ち続けているその姿は尊敬に値したし、初音の言った一言に感銘を受けたこともある。
「あのね、林田君」
現状の不条理をなじった時だ。同意されると思っていた。
「会社は会社なりの道理があって、世界はそれで動いている。あたしたちが貰うお給料はその我慢代金も含まれているの」
まるで自分に言い聞かせているようだった。
「楽な仕事なんてないんだから」
「店長ってかっこいいよな」
「そうですか?」
対する洋子の反応は冷ややかだ。
まあ、男と女の思考は違うかもしれない。
「ちょっとムラサキ(隠語でトイレのこと。百貨店ごとに異なる)」
ついでに喫煙タイムも含まれていることを洋子も知っている。
「早く帰ってきてくださいね。暇でする事ないんですから」
見つけるのも仕事の内だろうと、ちらりと思わないでもなかったが、サボりに行く自分が言うことでもなかったので、篤は黙って頷いただけだった。
喫煙所は閑散としていて、男が一人、静かに煙草を吸っていた。
「あ。柏木さん、お疲れ様です」
「よお」
篤が声をかけると、柏木(かしわぎ)は唇の端を持ち上げるようにして笑った。
美術部のマネージャーである彼は、三十半ばで渋みがあり女子からは絶大な人気がある。外見は某マンガの脱眼鏡デビューを果たした悪役そっくりで、一度、篤は初音に言ったことがある。
「あの人、○リーチの○染さんに似ていますよね」
「性格も…」
初音は言いかけて、何か思い出したのか、剣呑な顔になった。
どちらにせよ、停留所(定年間近のおっさんどもの在留場所)ポジション同様の美術部マネに昇格した男は、企画と改新を繰り返し前年比250パーセントの数字を叩きだしたやり手である。
篤らが属する会社もその恩恵を受け、三年前にこの有名老舗百貨店に売り場をオープンすることとなった。
新人店長の初音を気にかけていたのか、オープン当初、柏木はよく売り場に顔を出した。
まだ社会人になりたてだった篤は、マネージャーと店長が仲良く話している姿を見て、早く自分もあの中に加わりたいと切望したものである。
その雰囲気が、ただのマネージャーと店長の間に流れるようなものではないことも気が付いていた。今では全く感じられない密な雰囲気。
「お疲れ。どうだ、調子は」
「何とかボウズ(売上ゼロのこと)はまぬがれました」
「厳しいよなあ、どこも」
柏木の横に座り、煙草に火をつける。
「お宅の店長、元気?」
「最近、ペットを飼い始めたみたいです」
「へえ、ペットねぇ」
男なんじゃないのか、と言外に含めたような言い方に、篤は若干ムッとした。初音は男をペットと呼ぶようなタイプの女じゃない。
「女なんて、結局は一緒さ」
空気が伝わったのだろうか、柏木はクツクツとおかしそうに笑い、煙草を灰皿に押し付けた。じゅ、と煙がよがる。
「あんまり、幻想を持たない方がいいぞ。あいつらは夢と計算で生きている」
「じゃあ、なんで柏木さんは結婚したんですか」
その左薬指に光る指輪を見て、篤が聞いた。皮肉のつもりだった。
「決まっているだろう。処世術さ」
大人の男というものは。
手を上げて喫煙所の扉の向こうに去ってゆく柏木の広い背中を見ながら、篤は思った。
大人の男というものは、何かを失って、何かを誤魔化して生きているものなのかもしれない。
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思うところあって、タイトルを「ちび侍」からこちらに変えました。
すみません…。ようやっとストーリーがまとまりましたので。
身長20cmのお侍さんと現代女子のお話。
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