夢を見た。
初音は横向きになって寝ている。
後ろにはなぜか等身大になった直隆が座っていた。
じっと自分を見ている。
初音は動けない。
と、直隆の手があがって、初音の肩にそっと触れた。ゆっくりと下がってゆく。
肩、脇、腰。
うずきが身体の芯を支配し始めた。声が漏れそうになる。
お願い。お願い、そのまま―――…。
「だぁっ!!」
がばりと起き上がると、呼吸が荒かった。
窓からは柔らかい日差しが差し込んでいて、呑気な小鳥の鳴き声がする。
直隆はチビのままで、胡坐をかいてじろりと初音を睨みつけ、博はちゃっかりベッドで寝ている。
「えっ…」
なに、今の夢。初音の顔がみるみる内に赤く染まっていった。
お願い、そのまま…。
そのまま、なにをしてほしかったんだ、あたしは!
欲求不満か!? 欲求不満だ、ええ、悪うござんしたね、かれこれ三年もやっていない。
だけど、なんで相手が直隆なんだーーーー!!(だーだーだー…←エコー)
パニックのあまり、挙動不審な行動(部屋の中を行ったり来たり)をしていた初音だが、取りあえず片付けようと、散乱しているビール缶を手近のビニール袋にいれ始めた。
直隆に声をかける勇気がない。夢のせいで、顔を見ることも出来ない。
本人は、ただ初音を睨みつけているだけである。
「いーですよ。置いといてください」
音に反応して博がのっそりと起きた。
「あっ!すみません、起しちゃった…」
「や、どうせ起きなあかん時間なんで…」
今日は大学に行かなければならない。
「あの、じゃあ申しわけないですけどお暇しますね」
一通り部屋の中を掃除した初音は、深々と頭を下げた。
「お邪魔しました。本当にごめんなさい。酔っ払ったあげく、寝てしまって…。ご迷惑おかけしました」
「いえいえ」
つられて博も頭を下げる。
「さ、帰るよ」
直隆は不貞腐れたように、無言で初音のカバンに潜り込んだ。
「こら、チビ。ちゃんとお礼を言いな」
「あの、木村さん」
玄関先で靴を履いている初音が顔を上げた。
「あの件ですが、お受けします。ただ、時間がかかることは…」
「本当ですか?」
ぱっと明るくなった顔に、博はちょっと戸惑った。
罪悪感がチクチクする。
昨夜、酔いに任せて、寝ている初音に手を出そうとしたのだ。
肩から脇へ、腰へとゆっくり這って行った手は、ひやりとした冷気を感じて止まった。
振り向くと寝ているはずの直隆が、剣を構えて博を睨みつけている。
腰を落とし、今にも飛びかからんばかりの体勢で。
ちょんまげにメイド服の滑稽さすら吹き飛ぶような威圧感だった。
「なんや。ナイト気取りか」
冷静な声を出したはずが、上ずった。
「内藤などではない。わしの名は松本じゃ」
「据え膳食わぬは武士の恥ってゆうやろ。それにそんな体で何ができんねん」
「その女に手を出すな」
ぴたりと視線を博に合わせたまま、身長20cmの男は低い声で言った。
「こんな体でも、お主の首をかっ切ることはできる」
やってみろや、とは言えなかった。すざましい殺意に気おされて。
「あ…アホらし」
捨て台詞のような一言を残して、博はベッドに潜り込んだのだった。
何度も礼を言いながら、初音が帰った後、博は玄関でガリガリと頭を掻いた。
「あいつら」
直隆が悲しい目に会うのは嫌なんです。
その女に手を出すな。
「惚れあっとるんちゃうか」
本人たちは気が付かないまま。
声は茶色のドアに跳ね返って消えた。
観光巡りする体力もなく、初音はまっすぐ京都駅へと向かった。
直隆は一言も話さない。初音も、夢のことがあってどうも気まずい。
無言のまま帰宅し、カバンから飛び出た直隆はやっと口を開いた。
「ここに座れ」
「えー?」
初音はとにかくシャワーを浴びて、ゆっくり寝たい。
「いいから座れ」
なんなの、もう。文句を言いながらも、コタツの前に正座した初音に、直隆は説教を開始した。
女が一人身で男の家に行くとは何事か。しかも酒を飲み、挙句の果てに爆睡する。無防備もいい所ではないか、もっと女の慎みをわきまえよ。云々。
「そうは言うけれどさぁ…。人目にあんたを見せるわけにはいかないし、ビール飲みたいって言ったのはチビだし、そりゃ飲みすぎて寝ちゃったのはあたしが悪いけど…」
「チビ言うな。わしが止めなんだら、お主はあの男に手篭めにされていたのだぞ」
「手篭め?」
身を乗り出した初音に驚いたように、直隆が身を引いた。
「良かったー。あたし、まだ女の魅力あるんだー…」
「馬鹿!問題はそうではなくて…!」
この女の思考回路が知りたい。青白吐息でそう思った。
博という男を、直隆は快く思っていない。彼の語った心情は、ちゃんちゃら甘いものだった。
直隆が生きていた時代の男たちは、守るべきものがあった。それが主であれ、家であれ、己の美意識であれ。女はもっと壮絶だ。意志など関係なく利権により嫁がされる。
ここは違う。
人生において膨大な選択肢がある。初音はその選択に責任を持っているように見えるが、あの男はただ逃げているだけではないか。何にかは分からないが。
しかも、自分の目の前で、初音の体に触った。目的は明らかだった。
それ以上、手が進んだら本気で殺す気だったのだ。
「じゃあ、チビが守ってくれたんだねー」
「ち…違う、わしは…うぐッ」
掴まれて、そのまま初音の胸の谷間に埋もれた直隆は悲鳴を上げた。
「ありがとう。お礼にセーラー服を作ってあげる」
「―――!」
せーらーふくなるものも戦闘服なのだろうか。
息も出来ず、遠ざかる意識の中で、ふと思う。
そしてまた、股がスウスウするものなのだろうか。
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身長20cmのお侍さんと現代女子のお話。
ふう、ようやっと恋愛話っぽくなってきました。