No.131327

種の救世主さま、お願いします 第2章

スーサンさん

第2話です。少し、ラブコメ路線を目指しましたが、相変わらず、セリフが少ないです。

2010-03-21 06:55:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:479   閲覧ユーザー数:473

 夜中にミリーはなぜか、目を覚ました。

 念のため、窓の外を見て、昼夜を確認するとやはり、月が雲に隠れてる以外は、普通の夜であった。

 寝惚けて起きたのかと思い、ベッドに入りなおすと、ミリーはまた目を瞑った。

 十秒、二十秒、一分経っても、眠気が訪れず、逆に頭が冴えるのを自覚するとミリーは諦めたように起き上がり、寝癖でボウボウになった綺麗な赤髪を掻き、床で眠っている、隆人の顔を確かめようとした。だが、床には布団以外、なにもなく、ミリーは首をかしげ、布団の上に手を乗せた。ひんやり冷たかった。どぅやら、かなり前から、布団は使われていなかったようだ。ミリーは隣の部屋の台所を確かめたが、そこにも隆人がおらず、少し心配になり、外着に着替え、綺麗な赤髪を軽くならすと、外に出てみた。ちょうど、雲が月の光を開放したのか、刺すように目が痛み、ミリーは目の前で踊っている少年を見た。隆人であった。本を片手に無様にくるくると回る、隆人にミリーは怪訝そうに眉をひそめた。

「なにやってるの……あんた?」

 隆人は全身にかいた汗を猫のように身体を振って払うと、少し疲れた顔で笑った。

「踊りの練習だよ。お姫様に恥をかかせない程度に踊れるようにならないとね?」

「踊り……?」

 スッカリ、踊りの練習で刈り取られた足元を見て、ミリーは隆人に向き直った。

「いったい、どれくらい、長くやってたのかは聞かないけど、相手役がいなくって、よく練習できるわね?」

「うん……この本の通りにやってみたんだ。ほい」

 本を受け取るとミリーはすぐに殴り飛ばした。

「これ、舞台ダンスの本じゃない!」

「違うの?」

「普通は社交ダンスの本を買うでしょう!?」

「いや、踊りの本をくれって言ったら、これを貰ったから、これでいいのかと?」

「あんた、応用力無いわね……」

 ホトホト呆れ果てたミリーの顔を見て、隆人は少し困った顔で頭の後ろをかいた。

「困ったな……それじゃあ、また、本を買いなおさないといけないか?」

「……」

 ミリーはジト~~と目を細め、ため息を吐いた。

「基本を覚えれば、後は応用はきくわ。私が教えてあげる」

「え……踊れるの?」

 ミリーのコブシが飛び、隆人は泣き出しそうに鼻の頭を押さえた。

「これでも、社交パーティーには一回か二回は出たことくらいあるわよ!」

「想像つかないな……」

 隆人の言うことももっともであった。実際、ミリーがいった社交パーティーというのも、モンスターハンター同士の親睦会みたいなもので、踊れる人間だけ踊れというだけのパーディーでもあった。

「い、いいから、さっさと、踊るわよ、私の手を握って!」

「握る?」

 手を交互に見比べられ、ミリーは気恥ずかしそうに手を握りだした。

「なに、照れてるの! パーティーなら、女性の手くらい、握れるようになりなさい!」

「あ……はい」

 そこから、先、まさにミリーのマンツーマンの個人授業であった。

「はい、そこもっと、足を上げる!」

 ビシッと額にチョップをくらい、

「もっと、早く、動いて!」

 さらに、もぅ一発、チョップをくらい、

「切れが無い!」

 チョップする力が強くなり、

「へこたれない!」

 次第にチョップから、蹴りに変わり、

「もっと、笑顔で華やかに!」

 ついに拳と蹴りのコンボが加わり、

「男が泣きべそかくな!」

「ムチャ言うな!」

 指導のもとの暴力を受け、隆人はスッカリ、泣き出しそうに喚いた。

「チョップなら、まだ耐えられるけど、蹴りと拳は酷すぎるよ?」

「……蹴りと拳?」

 今更になって、自分が暴力を振るっていたことに気づき、ミリーはごまかすように笑った。

「じゅ、十分、休憩ね……すぐに救急箱持ってくるから?」

「必要ないよ?」

「え……?」

 東の空を指差され、ミリーはバツの悪い顔で頭を押さえた。

「もぅ、朝か……」

 いったい、何時間、蹴ったり殴ったりしかたも、わからないほど、稽古に夢中になっていたことに気付き、ミリーは仕方なく、家の中を指差した。

「とりあえず、朝ごはんを食べよう……お腹空いてるでしょう?」

「口の中がしょっぱいよ……ボクサーじゃないのに」

「あ、あはは……ボクサーってなに?」

 よくわからなかったが、責めていることだけはわかり、逃げるように家のは中へと走り去ってしまった。

 

 

「そぅですか……わかりました」

 カウンターから離れるとミリーは首を横に振り、ため息を吐いた。

「最近、変わったことは特に起きてないみたい。せいぜい、危険区から、モンスターが逃げ出したくらいね?」

「危険区?」

「ハンターライセンスを持ってない人間以外は入っちゃいけない、モンスターたちの巣窟。いくつかのランクがあるけど、今回はC級モンスターが逃げたくらいだから、他のハンター達が討伐にいってるみたい。私も、混ぜてほしかったけど、もぅ定員割れしてるみたい」

 自嘲するように苦笑し、ミリーは腰に手をやった。

「ハンターの仕事も一寸先は闇ね。仕事をくれるクエストがないと……まぁ、また、明日、行くわ……それよりも、お昼の食材も買いたいし、市場にいってみない?」

「市場? 食材の買出し?」

「重たい荷物、持ってもらうからね?」

「うん。わかった」

 満面の笑顔を浮かべる隆人にミリーはまた呆れた。もとの世界に返ること、忘れてないでしょうね……

 

 

「へぇ~~……市場って、結構、俺の世界と変わらないんだね? フリマみたい」

「なに、そのフリマって?」

「こっちの話……それよりも、食材を買って帰るんでしょう。夕ご飯のも買って帰ろう?」

「そぅね……」

 野菜売り場で腰を下ろすとミリーは一個一個の青野菜を目を通し、店の親父と論議した。どぅやら、値切ろうとしてるみたいだ。高次元の会話ゆえか、言葉の半分も理解できず、隆人は退屈そうにあくびをした。その時、隆人の前に風のように一人の少女が駆け抜けていった。

「ん……あれって?」

 すぐに後を追いかけるように昔かたぎの男が息を荒くし、叫んだ。

「誰か、そいつを捕まえてくれ。リンゴ泥棒だ!」

「やっぱり……」

 すぐに少女の後を追い、隆人は叫んだ。

「止まれ!」

 止まろうとしない少女に隆人の額に、カチンッと青筋が浮かび、走る速度を上げた。だが、少女の走る速度のほうが速いのか、一向に距離は縮まらず、隆人はイライラを沸騰させ、もっと、早く走りたいと切に願った。その時、隆人の左腕につけた腕輪の鉱石が光り輝きだした。隆人の足が不思議と軽くなり、走る速度が桁違いに速くなった。隆人はなにが起きたか、困惑したが、すぐに少女を捕まられるまでに距離を縮め、腕に手を伸ばした。

「捕まえたぞ!?」

「にゃっ!?」

 慌てて、隆人の手を引き離そうと抵抗するが、隆人も負けじと少女の腰に腕を回し持ち上げると、ようやく、足を止めようとした。だが……

「あれ、足が止まらない!?」

「ちょ、ちょっと……盗んだもの返すから、走るのやめて! 転んじゃう!?」

「お、俺だって、止めたいよ……ていうか、誰か止めて~~~~!?」

 二人の姿が風となって消え、傍観していたミリーはハッとなった顔で持っていた野菜を返し、立ち上がった。

「おじさん、また来るから、値段のほう、勉強しておいてよ?」

「はいはい……売り切れないうちに戻ってきてよ?」

「確か、あっちの方角は千年樹がある場所……」

 

 

 目を覚ますと、少女は目の前の光景に仰天した。自分を捕まえた少年の顔が近くにあったのだ。だが、一番、驚いたのは自分の唇が少年の唇に重なっていたことであった。

 慌てて、身体を起こすと少年の顔を確認し、ホッとため息を吐いた。

「よかった、まだ、眠ってるみたい。今のうちに逃げよう……」

「誰が逃がすかよ?」

「え……?」

 ズデンッとすっ転び、少女は鼻の頭を打ち、なにごとかと自分の足を見た。

「……どぅも?」

 持ち上げられた足を見て、少女は困った顔で笑顔を向けた。

「起きてたんだ……いつから?」

「今さっき……」

「あの、唇とか、変な感触しない?」

「なんでだ?」

 どぅやら、唇同士の相撲までは覚えていないらしく、安心したのか、少女は慌てて逃げ出そうとした。

「だから、逃がさないっていってるだろう?」

 掴んだ足首をムリヤリ捻り、少女は泣き出しそうに悲鳴を上げた。

「泥棒は良くないぞ……そのリンゴ一個だって、もとを取り返すために、何十個と、同じものを売らないといけないんだからな?」

「わ、わかってるよ……」

 ふてくされる少女に少年は持っていたリンゴを奪い返し、トンッとお手玉をした。

「まったく、なんで、盗みなんかする気になった。事情があるなら、聞くぞ?」

「……」

「ダンマリね……じゃあ、しかるべきところに連れて行って、罰を」

「そ、それは卑怯っすよ!?」

「なら、言え……聞いてやるから?」

 足を掴んだまま、地面に座ると少年は背をつけた大木を見上げ、感嘆した。

「まさか、こんな巨木に体当たりするとは……気を失うはずだ。でも、なんで、あんな早く走れたんだ?」

 隙を見て、逃げ出そうとする少女の足を捻り、少年は自分の名前をいった。

「言うのが遅れたな……俺の名前は林田隆人。お前は?」

「……マオ。猫亜人のマオ」

「猫亜人?」

 マオの顔が意外そうに変わった。

「亜人族を知らないの?」

「なんだ、その亜人族か、歌人族かって?」

「亜人族っていうのは、半獣半人の特別な種族のことよ……」

「ミリー……?」

 隆人はバツの悪そうな顔をして、頭をかいた。

「迎えに来てくれたの?」

「まぁ、一応……保護者だし?」

「俺のほうが、年上なのに……」

 ガックリ、頭を下げる隆人にマオも逃げる好機と悟ったのか、また走り出そうとした。

「だから、逃がさんって!」

「ぴぎゃ!?」

 足を捻られ、泣きっ面になるマオに、隆人は改めて、マオの頭部についているふにふにとした二個の耳を見た。

「本物の耳?」

 好奇心か、そっと、耳に触れると、隆人は絶頂したように恍惚とした顔をした。

「ああ、この耳の感触、癖になりそう……」

 マオとミリーに両方の頬を殴り飛ばされ、隆人は反省したように謝った。

「ごめん……つい、柔らかそうだから、触ってみたくなって?」

「きょ、許可くらい出してくれれば、触らせてもいいんだよ。耳くらい、ボク、弱くないもん」

「本当?」

 顔を輝かせる隆人の後頭部を蹴り飛ばし、ミリーは顔を真っ赤にして、怒鳴った。

「そんなはしたないこといわない。それよりも……」

 ズイッと仁王立ちし、

「なんで、盗みなんかしたの、隆人も言ったように訳くらい聞かせなさい」

「うぅ……それは」

 困った顔で助けがないかどぅか、確かめるとマオは諦めたようにガクンッとなった。

「ボク、もともと、この街の外の人間だったんだけど、都会に憧れて、上京したんだ。でも、現実は理想ほど、甘くなく、余所者のボクを雇ってくれる仕事場が見つからなくって、それで……」

「盗みをね……」

 ギロッと睨みつけるミリーの目にマオは怯えたように震えた。だが、隆人は逆に、涙を流し、二つの手を包んだ。

「気持ち、わかるぞ……俺も、今、職無しで、ミリーの家に厄介になってるが、そんなんじゃ、ダメだよな?」

「ちょ、ちょっと……」

 ムリヤリ、隆人の肩を掴み、引き剥がすとミリーは聞こえない声で耳打ちした。

「まさか、この盗人を助けるなんって、いうんじゃないでしょうね?」

「ダメかな……?」

「ダメに決まってるでしょう。どんな理由があっても、盗人は盗人。しかるべきところに送るべきでしょう?」

「送るべきところに送るべきね?」

 そっと、振り返り、なぜか不愉快そうな顔をするマオに隆人は口を開いた。

「でも、職が見つかれば、もぅ盗みはしないと思うんだ。俺も、職を見つけて、君に楽させたいし?」

「頼んでないわよ。元々、酔狂で住まわせてあげてるだけだから、お金とかは……」

「なら、俺も酔狂で彼女を助けたいんだ。ダメかな?」

「……」

 隆人の頭を強く小突くと、ミリーは憤慨した顔で、背を向けた。

「好きにしなさい! 私はもぅ知らない!」

 足音を立てて去るミリーを見て、隆人はキョトンとした顔で頭をかいた

「……ちょっと、勝手すぎたかな?」

 でも、とマオの肩をたたいた。

「俺が一緒に就職活動手伝ってやるよ。俺も職無しだし、一緒に行こう?」

「いいの?」

「ああ、その前に、そのリンゴを返してからな?」

「……」

 渋るマオの足を掴みかかろうとし、

「今すぐに返しにいって、職探ししに行こうか……でも」

 今度はマオが不安な顔になり、

「彼女、怒って帰ったけど、いいの?」

「……ここまでの縁だってことさ?」

 ハハッとちょっとだけ、寂しそうに笑い、隆人はマオにいった。

「俺のことはともかく、今は職探しだ。早く見つけないと、それこそ、今の繰り返しだ」

「うん!」

 元気よく頷き、マオは不意に隆人の唇の感触を思い出し、唇を指で撫でた。

 運命かな……これって。

 

 

 どこの世界も職探しは一番難しいものだと、隆人はひしひしと思い知らされた。

 千年祭間近もあるが、近年による、国力の低下による、外資不足にともない、どこの店も、素性の知れない二人を雇ってくれるところはなかった。

 軽いバイトとして、人を必要とするところはあっても、長期に渡って、人を雇う店は、どこもなかった。だが、マオに関してはまだ良かった。元々、亜人族は美形の多い種族で、それだけで、客の引き寄せパンダとして、重宝したいという店はいくつかあった。もっとも、マオ自身も、技能よりも、容姿で人を判断する店はお断りらしく、結局、日が沈みかけた頃には二人とも、身も心もボロボロな状態で、千年樹の下で膝を抱えて泣いていた。

「結局、偉そうなこといって、掠りもしなかったな……」

「不景気だっていうけど、せめて、一軒くらい、雇ってくれるところがあっても、いいと思うのに……」

 ダ~~と情けなく、落涙する二人の目に見せつけるように一枚の紙が差し出された。

「ミリー……?」

 顔を上げると、そこには無愛想な顔のミリーがいた。ミリーはちょっと、語気の強い声で、二人にいった。

「ギルドのよしみで、今、使用人を探している屋敷を見繕ってもらったの」

 顔を真っ赤にして、ミリーは隆人にいった。

「そこの盗人は、どぅでもいいけど。隆人は私が保護してるんだから、感謝しなさいよね?」

 ふんっと鼻を鳴らすミリーに二人は泣き出しそうに顔を真っ赤にして、目を潤ませ、大声を上げた。

「二人とも、子供じゃないんだから、泣かないでよ?」

「だって、だって……」

「これで、少なくとも、今日の食い扶持くらいは稼げるよ~~~……」

 ひしっと抱き合い二人に、ミリーは隆人の頭だけ小突き、怒鳴った。

「いいから、今すぐに、屋敷に行くわよ。それなりの名家だから、失礼のないようにね?」

「うん!」

 二人とも鼻水をすすりながら頷き、ミリーは本当にわかってるのか、疑問に思った。

 

 

 屋敷での使用人採用は思ったよりも、スムーズにことが進んだ。

 単純な顔合わせと、仕事内容、家族の紹介だけで、使用人として雇ってもらえることになった。

 マオに関しては、ようやく見つけた職に有頂天になり、スムーズに進んだ使用人採用に疑問を覚えることはなかったが、紹介人である、ミリーは疑い深げに家の人間を観察していた。

 この家は代々からの貴族。全てにいえることでないが、貴族と平民には一種の壁がある。特にそれを一番に意識しているのも貴族であることもミリーは理解していた。

 ミリー自身も……いや、同じモンスターハンター同士でも、貴族の出す依頼ほど、割に合わない仕事はないといわれている。

 率直に言えば、プライドの高いケチなのである。

 平民は自分たちよりも下の存在。なぜ、そのものにこれ以上の恵みを与えなければならない。そぅいい、ギルドが制定した依頼額を平然と破り、値切る貴族は意外に多い。

 ギルド自身も、貴族を敵に回せば、後々、問題になることが多く、余計に貴族たちの冗長を煽る結果になっている。

 だから、ミリー自身も、この仕事を二人に紹介するのをためらった。だが、ほかによさそうな仕事もなく、一種の賭けで二人をここに紹介したのだ。

 今更、大丈夫かと二人を心配した。貴族のほとんどは心根が腐った連中が多いことをミリーは理解していた。

「さて……紹介主のモンスターハンターのミリー様は、ここでお引き取りください」

「あ、いえ……彼らに失礼がないかどぅか、確認してから」

「いいから、お引取りください!」

 家主にムリヤリ、身体を押され、家のドアまで、押し付けられると、ミリーは少し、怒気を挙げ、いった。

「そ、それじゃあ、明日、また、伺いますので、その時に……」

 バタンッと追い出されるように屋敷から出て行ったミリーに隆人とマオは少し戸惑いながら、呼吸を整えた。

 来るなら来い。覚悟を決め、家主に仕事をもらおうと近づいたとき……

「ぷは……」

 いきなり、タバコ臭い息を吐きかけられ、隆人は顔をしかめた。

「なに、ボ~~としてる! さっさと、掃除をせんか!?」

 ミリーがいた頃とはひょっこりと態度を変え、怒声をあげる家主に二人とも戸惑いを隠しきれない顔できいた。

「あの、どこを掃除すれば……」

「ここに来る前に、それくらい、想定しておけ! まずは彫像品を置いてある部屋だ! お前たちごときじゃ、絶対に見れない物ばかりだ。傷一つ、埃一つでもつければ、ただで済むと思うなよ?」

「は、はい……」

 

 

 彫像品の飾ってある部屋は貴重品を保管する場所のせいか、地下に置かれており、部屋に入った瞬間、二人の視界に広がるような彫像品の数々が映った。

「どぅだ、いいものばかりだろう? お前たちみたいな貧乏人じゃ、絶対に見られない高級品ばかりだ。丁寧に掃除しろよ。後で見にいくからな?」

 ニヤニヤと彫像品よりも、彫像品を持つ自分を褒めているような態度を見せる家主に二人は、痛いものを見る気分で作り笑いを浮かべ、家主が部屋から出て行くのを待った。

 バタンッと、家主が部屋から出ると二人は来ていきなり疲れた表情でため息を吐いた。「職が見つかったのはいいけど、もしかして、ボク達、かなり、間違ったところに来た?」

「贅沢はいえないだろう……それよりも、ほら?」

 チャプンッと水の入ったバケツを見せ、隆人は雑巾を投げた。

「さっさと、掃除を終わらせて、次の仕事もらいに行くぞ?」

「うん……」

 マオも床に置かれたバケツの水に雑巾を浸し、水を絞ると気合をいれ、部屋の中を見た。

「でも、彫像品を置いてある部屋というよりも物置って感じだね? おかれてる物も、埃かぶってるし?」

「金持ちのコレクションなんって、こんなものさ……それよりも、掃除にかかるぞ?」

「うん……」

 せっせと、掃除にかかる二人だが、マオは彫像品の品質を見て、さらに驚いた。

「うわ、古傷がついてる……これ、相当、昔から、放置してあるよ?」

「こっちもだ……この壷なんか、口の部分が欠けてるぞ?」

「うわ、なんか、こぅ見ると、ただのガラクタだね?」

 他にも二人は、彫像品の劣悪ともいえる保管状況に声をあげ、驚いていると、不思議と会話に弾んだ。

「こっちの彫像品は、購入したばかりはどれくらいだと思う?」

 隆人が持ち出した、胸像にマオも軽い口調で高額な値段をいい、今の値段を問うと、半分以下の値段を出し、笑いあった。

「ふぅ……これで、全部だな?」

「結構、疲れたね……?」

 額に溜まった汗をぬぐい、すっかり、汚くなった、バケツの中の水を見つめ、二人とも、おかしそうに笑った。

「お前、スッカリ、汚くなったな?」

「そっちの顔だって、汚いよ」

 お互い、おかしそうに笑い、家主を呼ぼうと、ドアを開けようとすると、

「お前たち、仕事はまだ終わらないのか!?」

 バタンッとドアが開けられ、見事に吹き飛ばされた二人は涙目でいった。

「い、いま、終わりました……確認してください」

「ふん……」

 汚いものを見る目で一瞥すると家主は綺麗にされた彫像を見て、癇癪をあげた。

「なんだ、これは!? 傷がついてるじゃないか!?」

「傷……そんな訳?」

 急いで、マオから離れ、家主の指す彫像の傷を見ると隆人は困ったようにいった。

「こ、これは古傷です。俺たちがつけた傷じゃ……」

「言い訳はいい! この彫像品たちはお前たちみたいな、グズじゃ、一生かかっても、買い揃えられない高級品ばかりだぞ!? どぅ責任を取る!?」

「で、ですが……」

 なおも、言い渋る隆人にマオも庇うように反論した。

「でも、ここの彫像品の保管状況が悪かったのは事実だよ。それは考慮に……」

「使用人が家主に意見するな!」

 バケツに溜まった汚水をマオにぶっ掛けると、家主は大声で怒鳴った。

「この件は、しっかり、ギルドに訴えさせてもらう! 覚悟しておけ!」

 年頃の少女に汚水をかけても、悪びれるどころか、責任を追及しようとする家主に、隆人は、なにかが切れるのを感じた。気付いたら、隆人は家主の顔を殴り飛ばしていた。

「ぐぇ……」

 カエルの潰されたような情けない悲鳴をあげ、目を回す家主に隆人は自分の侵したミスに気付き、慌てた。

「し、しまった……つい」

「隆人!」

 殴り、真っ赤になった拳を握り締め、マオは逃げるように隆人を連れて、逃げ出した。

 月夜の光る夜空の下で息を切らせ、倒れこむと、マオは息苦しそうに隆人の顔を見た。隆人も汚水に汚れたマオの顔を見て、申し訳なく、謝った。

「ごめん……せっかく、手にいれた職を失って」

「うぅん……むしろ、嬉しかった。ここに来てから、優しくしてくれた人いなかったから」

 どこか、顔を高揚させるマオに隆人も、照れ臭そうに鼻の頭をかいた。

「でも、どぅするかな……もぅ、ミリーは助けてくれないだろうし?」

「……帰ろうかな、ボク」

「帰るって、故郷にか?」

「うん……都会に憧れてたけど、合わなかっただけだったのかもしれないし」

 そっと、隆人の手に手を触れ、マオは潤んだ目で、隆人を見た。

「はい、そこまで!」

 ピシャリッと障子を閉めるように一枚の紙が二人の視界をさえぎった。

「ミリー?」

「まったく……」

 腰に手をあて、ミリーは夕方見せた紙とは別の新たな書類を見せた。

「新たな職だけど、モンスターハンター補佐の仕事はどぅ?」

「モンスターハンター……」

「補佐……?」

 なんでも、危険を伴うモンスターハンターには、ハントを補佐する助手的な人間を雇う権利を持っているらしい。

 もちろん、権利というくらいだから、ある程度の補佐の安全と報酬は約束する義務はあるが、クエスト成功時の報酬額が上がるという特典がつく。

 不思議そうにミリーを見ると、ミリーはふてくされたように鼻を鳴らした。

「住居は私の家……念のため言っておくけど、あんた達のためじゃないから、助けた手前、野たれ死なれたら、夢見が悪いでしょう?」

 とかいいながら、耳まで真っ赤にするミリーに二人とも、目をウルウルさせ、飛び上がった。

「やった~~~~!」

 飛び散る汚水にミリーはとりあえず、マオに自分の服を貸すことを考えた。

 

 

「ふぅ~~……」

 ギルドの登録を済ませると、三人はとりあえず、いったん、ミリーの家に帰り、眠ることにした。

 ミリーが寝たのを確認すると、隆人は家を出て、月夜の空を眺めた。

「よし、始めるか?」

 昨日、ミリーに教わった、社交ダンスの練習を始めた。

「えっと……まず、手は相手に合わせて、足は……うわわ!?」

 ドテンッと尻餅をつき、隆人は涙目でお尻をさすった。

「踊りって、思ったよりも難しいな……」

 中学のときのフォークダンスは、あんなに簡単だったのに、なんで、社交ダンスは、こぅも難しいんだ。

 隆人は、そもそも、論点の違う、踊りの違いに気付かずじ、もぅ一度、踊りの練習を始めた。

「えっと……手は……」

「クスクス……変な踊り?」

「ん……?」

 踊りに集中し、周りに視線を向けていなかったのか、隆人は、夜道に聞こえる笑い声に顔を上げた。

「マオ……その格好?」

「えへへ……古いからって、貰っちゃったんだ。ミリーちゃんから?」

 ふわっと淡いピンク色に近い赤いドレスのスカートをなびかせ、マオは照れたように頬をかいた。

「似合うかな?」

「あ……ああ。ちょっと、馬子に衣装かな?」

「なにそれ?」

 この世界にない言葉を使い、見事に滑ったことを理解し、隆人は苦笑した。

「似合ってるよ。マオは見た目も華やかだから、その派手なドレスも栄えるしな?」

「え、えへへ……ありがとう。ちょっと、ドレス負けしてるかなって、不安だったんだ?」

「元がミリーのドレスだと考えると、ミリーのも見てみたいけど?」

 マオの顔が一瞬で、不機嫌に変わり、隆人は不思議そうに首をかしげた。

「どぅした?」

「なんでも……それよりも」

 コロリと態度を変え、マオは下敷きになった草原を見て、笑った。

「踊り、下手だね?」

「悪かったな……踊りはフォークダンス以外、踊ったことないんだ?」

「フォークダンスって、言葉は知らないけど、ボクも踊りの一つを知ってるよ?」

「踊り……社交ダンスか?」

「うぅん……」

 ぽっと頬を朱に染め、マオは小声でつぶやいた。

「えっと……婚礼の踊り」

「……」

 今度は隆人まで顔まで真っ赤になり、ごまかすように笑った。

「ま、まぁ……俺の踊りの役には立ちそうにないな?」

「そ、そぅだね……あはは?」

 お互い顔を真っ赤にし、笑い続けたが、次第に笑いが途切れ、沈黙が生まれると、どぅも気まずい雰囲気が流れ、顔を見合わせるのがつらくなった。

「えっと……」

 そんな中でも、必死に言葉を探そうとし、隆人は苦し紛れに質問した。

「その婚礼の踊りって、どんな奴なんだ?」

「え……?」

 マオの顔が真っ赤になり、隆人も慌てて、言い訳した。

「い、いや、社交ダンスのお手本になるかなと思って?」

「そ、そぅなんだ……アハハ、でも」

 不意にマオは首をかしげた。

「なんで、社交ダンスの練習なんかしてるの?」

「なんでって、来週は千年祭だろう?」

「………………………あ、そぅか? ボク、野良犬生活してたから、知らなかった」

「犬じゃなくって、猫だろう?」

 ギュ~~ッと両頬を引っ張られ、隆人は慌てて謝った。

「と、とりあえず、踊り教えてくれないか……来週までに、ものにしなきゃいけないんだ?」

「……まぁ、いいけど?」

 どこか、腑に落ちない顔をして、マオは隆人から一歩離れ、足幅を両肩まで広げた。

「踊り自身は単純なんだ。こぅやって、ステップを踏みながら両足を軽快に交互に上げて、くるくる回る。二、三回、回り終えたら、右手を出して、相手とパンッと手を叩きあって、一度止まる。そして、礼をして、今度は逆向きに同じことをして、二、三回、回り、もぅ一度叩く。後はこれの繰り返し」

 一人で架空の人間を相手に、踊りを披露するマオの姿に、一瞬、惚れ惚れし、隆人はごまかすようにいった。

「す、すごいな……若いみそらで、もぅ婚礼の踊りを知ってるなんて?」

「うん。だって、この踊り、成人したら、一度はみんなやるもん」

「え……成人?」

 隆人は一瞬、耳を疑い、目をパチパチさせた。

「つかぬ事を聞くけど、お前さん、年はいくつ?」

「二十五だけど……?」

 強烈なアップーをくらったような衝撃を受け、隆人は声を震わせた。

「年上だったの!? というよりも、どんだけ、童顔? てっきり、年下かと……」

「亜人族は、長寿な種族だから、マオくらいは、まだ子供なのよ?」

「ミ、ミリー……」

 怖い顔で頭を叩くミリーにマオも不思議そうに頭をかいた。

「亜人族のこと、あまり知らないの?」

「ま、まぁね……?」

 なぜ、殴られたかわからず、コブを抑える隆人にミリーは両腕を組んで、いった。

「亜人族は生殖機能が普通の人間より弱く、一生のうち、三人くらいが限界といわれてるの。その反面、長寿で三百歳。一説では四百年も生きた亜人族もいるみたい」

「四百年……生きた化石だな?」

 今度はマオに殴られ、隆人は本気で泣き出しそうになった。

「なんなんだよ、さっきから、殴ってばっかりで……俺が悪いことしたか?」

「仕事を貰いに行かなきゃ行けないのに、夜も寝ずに踊りの練習をしてるから殴るのよ」

「生きた化石じゃないもん!」

 どっちも、怒る理由としては正当なものだが、それでも、隆人は納得できず、声を上げた。

「俺だって、都合が……ぶべ!?」

 痛恨の一撃がおり、隆人は首根っこを掴まれ、家の中まで引きずられていった。

「ほら、マオ。行くわよ……モンスターハンターの仕事は、クエストの内容で報酬は変わるんだから?」

「う、うん……ね、ねぇ、ミリー?」

「うん?」

「隆人って、決まった人っているのかな?」

「……さぁね」

 顔をパァッと輝かせるマオにミリーはどこか悔しそうにこぶしを握り締めた。

 なにかムカツク……

 

 

 走り書いたペンを止め、日記を見返すと、ルビーおかしそうに笑った。

「林田隆人……変わった名前だな。あの時は、面白そうだと思って、気に留めなかったが、どこの国のものだ?」

 頭の中で思い描く、隆人の国の姿を想像し、ルビーは両腕を組んだ。

 そもそも、初めて会ったときの、あの頼りない服装も見たことがなかった。

「ちょっと、面白くなってきたな?」

 ニヤッと口の端を吊り上げ、笑い出すと部屋の扉がトントンと叩かれ、ルビーは声を上げた。

「開いている。勝手に入れ」

「失礼します」

 部屋の扉が開くと威圧感のあるヒゲの男が現れ、ルビーは呆れたようにいった。

「また、服の仕立て直しか?」

「はい。今度の千年祭に向けて、姫さまには、今まで以上に優雅な姿を他国の王子、貴族の方にお披露目しなければなりませんゆえに?」

「先日も同じことを言って、仕立て直したばかりであろう。いい加減、私自身も、仕立て直しには飽きてきた。明日にはならんか?」

「いけません! 一国の姫の姿が、みすぼらしければ、他国の男性は姫様の底を見誤り、してはこの国の国力の低下をさらに早める結果となります!」

 あくまで下手に出ながらも、決して、言葉を譲らない男の口調にルビーも諦めたように肩をすぼめ、うなづいた。

「わかった。今は日記を書いている。後十分もすれば、書き終わる。その後でいいか?」

「なら、十分後に迎えにきます」

「一人で行ける」

 キツイ口調で言い返したが、男はなにもいわず、見透かした目で、ルビーを見た。ルビーも観念した顔でつぶやいた。

「……わかった。だが、ノックは忘れるな?」

「心得ております」

 まったく、音を出さず、熟練された動作のように扉を開け、部屋を出ようとする男にルビーは呼び止めた。

「なんでしょう?」

「やはり……婚礼は避けられないのか?」

「それが、国のため……ひいては姫様のためなのです」

「……国民のためでもあるのだな?」

「よい理解力です」

 部屋に一人っきりになると、ルビーは倒れてしまいたい気分を抑え、日記の内容を書き加えた。自分の今の気持ちを書き残すように……

 嫌な予感がする。そぅ書き残して……

 千年祭まで、後、六日。

 


 
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