元孫家の支配者で名門汝南袁家の一族であった袁術は、自らのお世話係である張勲とともに手を取り合って震えていた。
「うう~、七乃ぉ~」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
袁術を懸命に励まそうとしている張勲も涙目で声が震えている。彼女たちがいるのは木造の小さな小屋。そしてこの小屋がどこにあるのかというと―――
幽州北部、黄巾党の残党が再挙した本拠地『天和城』の城郭。この地に2人は幽閉されていた。
孫策軍に敗れた2人は寿春城内で捕らえられて追放された後、孫策から逃げるように北へ旅していた。
「どうせなら、大陸の端っこまで行ってみるのじゃー」
袁術のそんな一言で幽州の北部に辿り着いた2人を待っていたのは、かつて袁家三人衆と呼ばれた汝南袁家の元有力家臣の袁尚率いる軍勢だった。
捕らえられた2人、主に袁術は袁尚により『袁家や黄巾党の残党、そして魏や漢の支配に不満を抱く勢力を束ねた軍勢の総帥』という名の御輿に担ぎあげられる。
そしてついに、その日はきた。
『仲』という国として挙兵した反乱軍『仲軍』20万は天和城を出陣し、南皮城を襲撃。以前袁譚軍に占拠された反省を踏まえて防備を増築途中だった城は20万もの大軍に襲撃されては救援を待つ間もなく陥落。守将の夏候一門である夏候恩は討死し、城はふたたび反乱軍が占拠する事になった。
華琳に幽州の治安維持を任されていた魏の与党である鮑信にも反乱軍は襲いかかった。彼は許昌に急を知らせるとともに、反乱軍の南下を防ぐために出陣。家臣は籠城策も進言したのだが、武門の意地と誇りにかけてこれを却下した。
出陣に先駆けて、彼は城内に住む民と自らに従って出陣する兵以外を幽州最大の要塞である鄴城に逃がした。彼は為政者として自分の領地の民に被害を出すのを嫌ったのだ。さらに出陣直前には兵には最低限必要な兵糧しか持たせず、残りの兵糧をすべて焼いた上で出陣した。兵糧を敵に利用される事を避けたのだ。
悲壮な決意を胸に秘めて城を出陣した鮑信率いる5千の兵は、仲軍8万の前に5日間粘るもついに玉砕。しかし、この5日間があれば十分だった。
魏の誇る猛将夏候惇率いる討伐軍先発10万が鄴城に入城する時間稼ぎには―――
「敵の総帥は袁術だと?ヤツは確か孫策に追われて張勲とともに行方知れずと聞いていたが・・・?」
討伐軍先発隊の大将である春蘭は南皮城からの生き残りの兵の報告に、美しい顔をしかめて訝しんだ。
「はい。敵軍の牙門旗は確かに金の布地に『袁』の字が描かれていました。袁紹将軍はすでに漢軍の指揮下にありますし、敵将袁尚の旗は別にありました。愚考いたしまするに恐らく袁術一人ではなく恐らく張勲も一緒でしょう」
「なるほど・・・下がっていいぞ」
春蘭は兵を下がらせ、今回の先発隊の軍師を務める詠に視線で意見を求める。
「恐らく彼の言う通り袁術が今回の乱の首謀者と見て間違いないわ。ただ・・・」
詠は形のいい顎に手を置いて、少し考え込むそぶりをする。
「ただ・・・なんだ?」
「敵軍の動きが早すぎる」
仲軍が挙兵したのは10日前。2日で南皮城を落として5日で鮑信軍を撃破。南皮城、鮑信軍以外にも幽州の魏の守りは堅く、容易に落とせないはずなのだが・・・
「内通者か・・・」
「あり得ない事ではないわね」
今回の遠征軍先発隊は并州・幽州・青州の諸侯で編成されており、彼らも魏軍の防衛面について知っている面もある。その情報を反乱軍に流したと考えれば敵軍の異常な行軍及び攻略速度の速さも納得できる。
―――裏切り者は、誰だ。
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喉が爛れていた作者がお送りする煉獄編第二弾です。
激闘編最終話のあらすじとは少し変わっています。今後も変わっていく予定です(オイ)