夕暮れ時にふと思い出す。
ぶらりと城下の外れを歩いているときだった。
一人の小坊主が数人の男たちに、蹴られ殴られの暴行を受けていた。
「何をしておる、止めぬか」
「あっ。これはお侍さま」
聞けば地蔵に供えてあった饅頭を盗み食いしたらしい。
「寺の小坊主ともあろうものが」
「とんだ不届き者だ」
再び蹴られているまだ幼い坊主は、身を縮めて必死になって堪えている。
「それくらいで良いだろう。もう勘弁してやれ」
男たちが去った後、小坊主を助け起こした。
汚れている顔を拭いてやり、もうするのではないぞ、と頭をなでると、ペコリと頭を下げてびっこを引きながら歩いて行った。
浦島太郎みたいだね、と初音が笑った。
竜宮城には行けなかったみたいだけど。
全くだ、と直隆も笑った。
鯛や平目の舞い踊る御殿ではなく、こんな珍妙な世界へと来てしまった。
茜色に染まる天空は、あの頃と変わらない。
直隆のいた500年前と同じように、烏が鳴いてねぐらへと帰ってゆく。
降り積もる記憶は、思い出となって蓄積されてゆくのだろうか。
丘の上の長いす、こーしーを飲みながら初音と並んで箱の町を見ているこの今も、いつか懐かしい思い出と変わるのだろうか。
夕暮れ時にふと思い出す。
初音は走っていた。背中のランドセルがガチャガチャなる音がやけに耳に着いた。
足がもつれてすっ転ぶと、近所の悪戯小僧たちが追いついてはやし立てた。
「やーいやーい転んでやんの」
周囲を囲まれてはやしたてる男子たちが怖くて、転んだまま初音は泣き出した。
声はますます大きくなる。
「姉ちゃんをいじめるなっ!」
弟の怒鳴り声がして、顔をあげると、小さな背中が見えた。
手を広げて自分をかばっている。その細い足が震えているのは、やはり弟も怖いのだろう。
「なんだよ、チビのくせに」
「生意気だぞ」
それでも興が冷めたのか、男子たちは口々に文句を言いながら去って行った。
「姉ちゃん、もう泣くなよ」
弟に手をひかれながら家へ帰る途中も、初音はグズグズと泣いたままだった。
「またいじめられたら、ぼくが守ってあげるからさ」
「うん…」
「姉ちゃんは本当に泣き虫なんだから」
お主にそんな頃があったのか、と直隆が笑った。
逞しく育ったな。
本当に、と初音も笑った。
今度、実家に帰ったらお礼参りでもしてやろうかな。
あの時の空の色もこんなに赤い色だった。
少し悲しくなるような、切なくなるようなとてもきれいな茜色。
遠い記憶は日常の隙間にころりと転がっている。
ひんやりした風を受けながら、缶コーヒー(直隆の分は今日買ったばかりのドール用コップに入れてやった。お気に召したらしい)を飲みながら、小さな侍と並んで街を見下ろしているこの時間も、その内遠い記憶の仲間入りをするのだろうか。
「さて」
初音は立ち上がって、直隆を手のひらに乗せる。
「帰ろうか」
あたしたちのお家へ。
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えらくすっ飛んでしまいましたが、なんとなく書きたかったので。えへ。