耳元で何かが風を切るような音がしたので目が覚めた。
寝ぼけたまま横を見ると門柱にナイフが突き刺さっていた。
覚醒しきらない頭のせいで状況が飲み込めない。
きれいに磨かれたナイフの刃が朝日を反射して眩しい。
このナイフには見覚えがある。いや、見覚えどころかいつも見ているものだ。
――ひっ!
紅美鈴はそこまで考えて飛び上がった。
毛布を跳ねのけて衣服を整える。
もちろん今さら取り繕ったところで遅い。
目の前には腕組みしながらこちらをにらんでいるメイド長の姿があった。
「おはよう。門番さん」
十六夜咲夜は可愛らしい声に精一杯嫌味を含んで挨拶をしてくる。
「おはようございまふ。咲夜さん」
寝起きで舌が回らないが言い訳をしなければならない。
「これはですね。小休憩といいますか、うとうとして気付いたら朝だったといいますか。と、とにかく……サボってはいません!」
無理があった。かえって、咲夜を怒らせてしまった気がする。
「門番のあなたが夜に寝ててどうするのよ!」
「いえ、心配には及びません。寝ていても誰かが近づいてくれば気配でわかりますから」
――熟睡していたらダメかもしれないけど。
「本当かしら。頭の横にナイフが突き立つまで起きないのに?」
――う、確かに。
疑いの眼差しを向ける咲夜の手にはしっかりと次のナイフが準備されている。
咲夜がその気になれば、ゼロ秒後(恐ろしいことにゼロなのだ)には美鈴の額にナイフが届くだろう。
「さ、咲夜さん相手ではしょうがないですよぉ~」
美鈴が涙目ですがりつくと、咲夜はうっとうしそうに払いのけて、
「もう、しっかりしてよね!」
ぶつぶつと文句をいいながら館へと戻っていった。
門柱の側には籠が置いてあった。
被せてあった白い布を取ると、中にはパンと水筒が入っていた。
* * *
昼下がり、天気が良ければ霧に包まれた紅魔館でも気温は上がる。
吸血鬼でなくてもこの暑さで直射日光を浴びるのはつらい。
美鈴は塀の影に座り込んで涼をとっていた。
突然、館の扉が勢いよく開かれる。
出てきたのは咲夜だった。
「ちょっと、美鈴!」
「な、なんですか」
また怒っているみたいだ。
「また魔理沙が図書館の本を盗みにきてたのよ。あなた気付かなかったの?」
「あらら、参りましたね」
そう言いながら、本当は気付いていた。
二時間くらい前に、ほうきに乗った黒い塊が上空を飛んでいくのを見たのだ。
「『あらら』じゃないわよ。まったく何のための門番だと思っているの?」
「すいません」
美鈴は苦笑いをするしかない。あきれてため息をつく咲夜。
「ねぇ、咲夜さん。パチュリー様は魔理沙に会えましたか?」
「一戦交えたそうだけど、逃がしてしまったらしいわ。『むきゅー』って悔しがってた」
「そうですか。……じゃあ、良かったじゃないですか」
美鈴はそう言って咲夜に笑いかけた。
美鈴の言葉をすぐには計りかねたのか、咲夜は少し黙り込んだ。
そして「あなたねぇ」と大げさに再度ため息をつく。
もう咲夜が怒っている様子はなかった。
* * *
真夜中、静まり返った紅魔館を背に美鈴は立っていた。
以前、紅魔館の住人はこれくらいの時間が一番騒がしかったのだ。
ところが、紅魔異変を起こして巫女と魔法使いに退治されてからというものの、
すっかり人間基準の規則正しい生活へと変わってしまった。
昼間に訪ねてくる者も多くなったし、レミリアなどは何かと理由をつけては、
日傘を咲夜に持たせて神社に遊びに行っている。
これで良かったのだと思う。
美鈴は腰を下ろすと門柱に背を預けた。
美鈴はこうしているのが好きだった。ここは美鈴の居場所だった。
やがて眠気が襲ってくる。
まどろみの中で、美鈴は自分の体に毛布が掛けられたことに気付いた。
美鈴に気配も感じさせずこんなことができる者はひとりしかいない。
こんなことをしそうな者もひとりだけだ。
「ごめんなさい。しゃくやさぁん」
それは寝言だった。
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咲夜&美鈴のほのぼの日常話。
さらっと読めるショートストーリーです。
(2009/11「東方創想話」投稿作品)