No.122240

The way it is 第九章ーわがこの道は

まめごさん

ティエンランシリーズ第四巻。
新米女王リウヒと黒将軍シラギが結婚するまでの物語。

我が子の道は何処へと続くものか。

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2010-02-03 21:17:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:572   閲覧ユーザー数:556

そのお包みに包まれた赤子を覗きこんだ瞬間、リウヒは息を呑んだ。真っ赤な顔をしてしわしわの顔を顰めている。全てが小さく動いている事が不思議だった。

 

なんて不細工で可愛いんだ。

 

「これが本当にわたしの中から出てきたのか…」

「男の子よ」

かあさんが額の汗を拭ってくれた。

おそるおそる赤子を抱くと、うええと小さな鳴き声を上げる。

「ああ、泣くな、こら」

慌てて軽く叩く。どうも抱き方がしっくりこない。赤子も落ち着かないのか、ふえふえとぐずついたままだ。

わたしは本当に母になれるのだろうか。不安が湧いてくる。

「当たり前よ。初めての子だもの。みんないきなり完全な母になれる訳じゃないわ。慣れよ、慣れ」

クスクス笑って赤子を覗きこんだ。

「本当におめでとうございます」

「陛下のお子をこの目で見ることができるなど」

「わたくしたちも幸せにございます」

「ありがとう」

感激のあまり、グズグズと泣いている三人娘にリウヒも微笑んで礼を言った。

五つの頃に後宮へ来てから、リンたちはずっと自分の世話をしてくれた。限りなく身内に近い、姉と言っていい人たちだ。

「名を付けなければな」

ぐずつきながら、手を弱弱しく突っぱねている赤子が、ふと目を開いた。

その瞬間にリウヒの顔から血の気が引いた。

赤子の目の色は、濃い緑色であった。この色。兄と同じ瞳の色。

腕の中にいる我が子はじっとその瞳で自分を見つめる。まるで母の不義を責め立てるように、無言でただ見詰めている。

その時、部屋の外から騒々しい音が聞こえた。必死になって走ってきている足音である。

「ほうら、お父さんが来たわよ」

ユキノが赤子に笑いかけた。

「リウヒ!」

けたたましく扉を開けたシラギが部屋に飛び込んでくる。

「男子にございます」

「陛下共々、健康にございます」

「落ち着いてください、黒将軍さま」

三人娘の声も耳に入ってないようで、息を切らしながら、こちらへやってきた。

その姿が恐怖だった。シラギは子の本当の父が、兄であることを知っている。だが、この瞳を見てしまったら、衝撃を受けるのではないか。事実を突き付けられて、母子共々、嫌われるのではないか。

「美しい子だな」

寝台の縁に座り、リウヒごと抱えこんだシラギは嬉しそうに微笑んだ。赤子の頬を、優しく撫でる。

「きれいな目をしている」

思わずその顔を見た。

この人は。

本当にこの人は、何て人なのだろう。

「言ったではないか、この子はわたしの子供だ。わたしとリウヒの子供だ」

「うん…」

涙が溢れてくる。肩に回っていた手に力が入った。

これが幸せと言うものなのだろうか。クラクラして目眩すらする。

腕の中の赤子は目線を彷徨わせていたが、シラギを認識したように声を立てずに笑った。

「父を見て笑ったぞ」

「いい子だ。さぞかし頭の良くなる子に育つに違いない」

リウヒとシラギも笑った。小さな我が子が発する幸福に、当てられたように。

その様子をユキノやリンたちが、微笑みながら涙を流していた。

「シ…シラギさま、いくらなんでも、殿中を全力疾走はちょっと…」

「言ったでしょう、トモキ。ああいう男は子供が生まれるとコロッと変わるのですよ」

「それにしても変わり過ぎよ…まあ、可愛い!」

「本当だー!ちっちゃーい!どっちなの、男の子?女の子?」

ワイワイ騒ぎながら、愉快な仲間たちがやってきた。赤子を覗きこんで言いたい放題言っている。

「あたしも、もうすぐそちらの仲間入りをするから。ふふふ、子供もリウヒと同い年なんて」

トモキが用意した椅子に座りながら、キャラが大分、目立ってきた腹を撫でる。

「あたしがその内、とんでもない美女を産んでやるわ」

マイムが微笑みながら、赤子の頬を突いた。

「そしたら娶ってちょうだいね、王子さま」

「いいですね、それは。左うちわで暮らすことができる」

「こらこら、カグラ、マイム」

一斉に笑い声が上がる。赤子も釣られたように笑った。

「トモキとキャラの子供が、女だったらどうするのだ」

「女同士で王子の取り合いになっちゃったりして」

「逆にどちらからも見向きもされなかったりして」

「そんなことはない!」

軽口にリウヒとシラギが憤った声を上げた。

「でも、きっとこの子は男の子だと思う」

キャラが慈しむように腹を叩いた。

「分からないけどさ、何となくね」

「そして、トモキのように口うるさくなるのだろう。覚悟しておけよ」

「口うるさくなったのは、主に原因があったからですよ」

「シラギ、この子の名前をどうしようか」

トモキの言をあっさり無視して、リウヒがシラギの肩に、甘えたように凭れた。

「そうだな」

シラギが妻の腕から赤子を抱きあげて、高々と掲げる。頼むから落とさないでくれ。リウヒはハラハラしながら見守っている。

「ヒスイはどうだろうか。美しい瞳の色にあやかって」

「きれいな名だ」

 

わたしは。

我が子を見るたびに、あの海賊船での出来事を思い出すだろう。国を預かる責任も、生きる責任も忘れて、兄に流されたあの日々を。

きっと、あの子は戒めの為に生れて来た。そして、母とも父とも異なる瞳の色に疑問を感じる時がくるだろう。

だからヒスイが成人をしたら。十七になったら、リウヒは全てを語ろうと思った。

包み隠さず、全てを。

 

「ヒスイさまとぼくの子供が、後宮で追いかけっこをする日も遠くはないかもしれませんね」

リウヒが笑った。みなも笑った。愛おしそうに我が子に口づけをしているシラギを見ながら思う。

未来は一本線ではない。様々な分岐点があり選択肢がある。キャラがシシの村で教えてくれた。色んな人の道と交わっているのだとも。

ヒスイが、これから歩く道はきっと平坦ではない。しかし、その先々で今のような幸せな瞬間だって、わたしがキジやシラギやみんなと出会った幸せだって勿論あるはずだ。

そして光に包まれた幸福な人生を歩んでもらいたい。その為には、わたしは何だってどんなことだってする。

「ああ、ヒスイが泣いてしまった。母の所に戻ろうか」

「いや、手渡されても…かあさーん」

「頼りない両親ねー」

再びみながさざめくように笑った。

何かを訴えるように赤い顔をしてヒスイは泣いている。

可愛いわたしの子供。大切なわたしたちの子供。

 

我が子の道は何処へと続くものか。

 

 


 
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