No.121988

The way it is 第八章ー御前試合

まめごさん

ティエンランシリーズ第四巻。
新米女王リウヒと黒将軍シラギが結婚するまでの物語。

「ロッカはお姉さまに恋をしてしまいました♡」

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2010-02-02 10:53:09 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:511   閲覧ユーザー数:501

凍てつく寒さは時と共に消えゆき、のどかな鳥の鳴く季節になった。

シラギは黒髪を上に纏めると、口挟んでいた紐で括り上げる。

「その仕草が好き」

横で見ていたリウヒが微笑んだ。

「顔つきが変わるんだ。知っていたか?」

「それは知らなかった」

窓辺の椅子に腰かけている妻に口づけを落とす。丸く膨らんだ腹にも。

「シラギさま、お時間ですよ」

「では我が黒将軍殿、健闘を祈る。無様に負けたらこの東宮から叩き出してやるからな」

「わたしの妻はひどいことを言う」

クスクス笑いながら、睦みあうように口づけを交わした。早くお前の雄姿が見たいものだと囁く白い頬に口を付けると、リウヒはくすぐったそうに笑ってまた後で、と言った。

 

部屋を出て、修練場に向かう。途中、二人の副将軍とかち合った。

リウヒの夫になってからこの二人は孫だの自らをお勧めしなくなったが、今度はどんなにシラギを大切に思っているかを、仲良く喧嘩をしながら訴えるようになった。

「それは剣技で示してくれ」

特に今日は。宮軍対海軍の御前試合であるこの日は。

「当たり前にございまする」

「軟弱海軍を蹴散らして御覧にいれましょうぞ」

鼻息荒く女と老人は声を上げた。

****

 

 

稽古場にマイムが入ると、ひそひそ声がぴたりとやんだ。そして気まずそうにこちらを見る。

蔭口叩くなら、もっと隠れて言いなさいよ。

リウヒの婚礼の宴でも、ギリギリ合格点だった。当の国王は儀式で疲れ果てたのか、夫となったシラギに凭れて爆睡していた。あの子は、いつもいっつもあたしの努力を泡にしてくれる。

 

持っていた譜面をミヨシノに渡そうとするとき、後ろから小さな声が聞こえた。御前試合、見物…。

ああ、そうか。この娘たちは、ここ最近話題になっていた御前試合を見に行きたいのだ。

「マイム?」

譜面を持ったまま、動かない女にミヨシノが不思議そうに声をかけた。

「あんたたち」

くるりと振り返って部下を見る。

「御前試合を見に行きたいの」

踊り子たちは、一斉にモジモジとしだした。素直な様子にマイムは笑いだしてしまった。

気さくなリウヒは、見物者の参加を制限していない。一日くらいいいか。こんな日があっても。

「行きなさい。早くしないと始まってしまうでしょう」

娘たちは一瞬、キョトンとした後、喜びの声を上げて部屋を出て行った。しっかり礼を言うのも忘れなかった。

「あなたたちも見に行ったら?新しい曲が生まれるかもよ」

「それはいい考えだ」

ミヨシノがおかしそうに笑う。

「近頃、やけに艶っぽくなった舞踏長殿の恋人を御拝顔といこうか。嫉妬に狂った激しい曲が出来るかもしれない」

マイムも笑った。

「よく言うわよ、この妻子持ちが」

****

 

 

キャラはユキノと共に修練場の一角に腰を下ろした。

「リウヒは子供が生まれるし、トモキはキャラちゃんと結婚するし、あたし、もう嬉しくて嬉しくて」

「そうですよ、おばさん。あたしたちもびっくりして」

「なんか仲いいなーって思っていたんだけど」

「あーあー。トモキさまとキャラが結婚したなんて、未だに信じられない」

「けど食堂でまさか抱き合うのは、やりすぎやんなあ」

「ぎゃー!ちょっと、コン!」

周りにいた同僚の冷やかしに、キャラは慌てた。みなが笑いだす。

ムゲンは特別に今回の御前試合い見物を許してくれた。試験に通ったご褒美なのかもしれない。飴と鞭を使い分けるのも、上の仕事なのだろうか。

「それにしても、リウヒはどんどんイズミさまに似てゆくわね」

その名前をキャラは知っている。トモキから聞いた。聞いて憤慨した。

「なんちゅう両親なの!」

だから、トモキの家に預けられたのだ。その昔、イズミの女官だった、宰相の遠縁のユキノに。

「信じられないほどひどいことだけどさ、それがなかったらリウヒさまはぼくの家にこなかったし、ぼくたちも一生、リウヒさまとは無縁だったんだよ」

「性格はきっと反対だと思います」

つっけんどんにキャラが言うと、ユキノは困ったように微笑んだ。

「そうね」

「あっ!陛下だ!」

みな一斉に跪礼を取る。キャラも、隣のユキノも全員が。リウヒの後ろにはトモキが付いている。顔を上げると、これから剣技を披露する兵軍と海軍、十名ずつが並んで畏まっていた。

何だかワクワクしてきた。

****

 

 

勝ち抜き戦の枠組みを確認しながらモクレンは、じっと腕を組んでいる。へなちょこ海軍はやはり弱い。が、警戒すべきは白将軍である。数年前の御前試合をモクレンは見ている。あのシラギから一本取った優男。

「クロエとかいう小僧もそこそこやるのう」

隣でタカトオが髭をしごきながら言った。

「ふん。どうせマツバ止まりだ」

その言葉通り、兵軍を四人打ち破ったクロエはマツバにあっさり完敗した。さすがはわたしの部下、とモクレンは微笑む。

可愛い部下は、左将軍の片腕であるジャコウも打ち破ったものの、瞬殺でカグラに敗れた。

 

「美しい女性に剣を向けるのは気が引けますが」

艶然と微笑しながら白将軍は構えた。

「手加減は無用にござりまする」

「ではお言葉に甘えて」

開始の声と共に、カグラはしなやかに、しかし猛然と仕掛けてきた。高い金属音を立てて打ち止める。モクレンは力では男に敵わないことを知っている。得意の小技で責め立てた。が、一々見事に打ち返された。時間はあっという間に経過し、気付けば負けていた。

「屈辱…」

悔しそうに呟くモクレンの肩をシラギが黙ってポンと叩いた。鼻息荒く突っかかって行ったタカトオも、同じく粘ったものの、三本とも取られてしまった。

「恥辱…」

項垂れて戻ってきたタカトオに代わって、シラギが中央に歩を進める。それだけで、空気が怯えたように震えたのが分かった。違う、震えたのは空気じゃない、わたしだ。

野次や歓声すらも、静けさに取って変わった。

声と共に二人の将軍が剣音高らかに打ち合う。まるで獣の殺し合いのように獰猛だった。そのくせ楽しそうに二人とも笑っている。友人同士でじゃれているような。

「すげえ…」

横でマツバが呆けた声をだした。

「右将軍に一本!」

ドオウと歓声が上がる。中心にいる二人は、全く気にすることなく腕を回したり、重心を整えるためポンポンと跳ねたりしていた。

二本目。瞬時に殺気が放たれたと思ったその時、シラギの手から剣が上へ飛んだ。が、うろたえることなく黒は柄を掴むと、そのまま白になぎ払った。

「あれは、ありなんすか…?」

「なんの声もしないから、ありなんだろう」

ギインと痛々しい音がした。地についている黒の剣を止めた白は、足でそれを踏みつけると、黒の喉元に剣先を突き付けた。

「左将軍に一本!」

見物人の声が割れる。白将軍、黒将軍と絡まったように合唱し出した。

三本目。二人が持てる力の限りぶつかったのが、気で分かった。離れて見ている自分でさえ息苦しくなってしまう。舞うように剣を歌わせていたと思ったら、火花が弾けるように離れて間合いを計る。

やはりあの人は美しい、とモクレンは泣きそうな気持ちで思った。あの獲物を狙う様な眼差しが。剣を繰り出すその姿が。全てが。

剣の舞は永遠に続くように思われたが、ついに決着が付いた。

「右将軍に一本!」

兵軍と海軍の剣技を褒め称えて退場する小娘陛下を、礼で見送った後、モクレンは二人の将軍、タカトオ、マツバと共に宮廷へ帰る途中であった。

後ろから声がする。おねーさまーと呼んでいる。

まさか自分のことを呼ばれているなど思ってもいなかったモクレンは、背中に受けた衝撃に仰天した。

「ひどい、お姉さま。ロッカが呼んでも、ちっとも振り返ってくれないんだもの」

「なっ、なっ何…?」

ロッカは器用に抱きついているモクレンの背から前に移動すると、キラキラ光る眼差しを向けた。

「モクレンさまの剣技は、とても美しくて驚きました。初めてロッカは、あんなにきれいな剣さばきを見ました!」

「それは結構なことで…」

うろたえたように、助けを求めるように、シラギたちを見ても、みなぽかんと女に抱きつく女を見たまま動かない。

何とかしろ、ジジイ!己の孫だろう!

しかし、タカトオも口を開けたまま動かなかった。

「こんな気持ちは初めてなのです。そう、まるで…」

明後日をぐいと見上げた。釣られてモクレンたちもそちらを見た。青い空が広がっているだけだった。

「恋!」

彼方に向かって娘は叫んだ。そして甘えたように肩に頬を擦りつけられた。

「ロッカはお姉さまに恋をしてしまいました♡黒将軍さまなんて、もうどーうでもいいです。モクレンさまのお傍にいけるよう、剣術を磨きます」

「ちょっ、離せよ、この馬鹿娘!モクレンさまから離れろ!」

最初に我に返ったのは、マツバだった。必死の体でロッカを引っ張る。

「あんたなんか、隊長のくせにあたしと同格だったじゃないのよー。見てなさい、あたしが入ったらケチョンケチョンにしてやるわ」

「何だとう!」

鼻を鳴らして見下したような目でマツバを睨んだロッカは、一転、瞳の奥に花畑の広がるフワフワした顔でモクレンを見上げた。

「では、お姉さま、ご機嫌よう。必ずやお傍に参ります」

あろうことか、チュッと背伸びして頬に口づけされた。そのまま走り去ってゆく。

「あ…。え…?」

火が出そうなほど真っ赤な顔をして、モクレンは頬を押さえた。

「いやいや、兵軍がうらやましい」

クツクツとカグラが目に涙をためて笑う。

「海軍にも笑える美女が来てくれないものか。どうですか、モクレン殿。海軍においでませんか」

「いや、その、あの…」

「それよりも、タカトオさま!お孫にどういう教育をなさっているのですか!見てろよ、小娘、返り打ちにしてくれる!」

一に練習、二に練習と叫んでマツバが猛烈な速さで走っていった。

「うーむ、まさかロッカが女に惚れるとは。罪な奴よのう、モクレン殿」

「さらにうるさくなりそうだな…」

モクレンは混乱が収まらず、ただ目を回しているだけだった。が、シラギの言うとおり、ロッカが入隊すれば、さらに自分の周囲は賑やかになることだろう。

今から不安だ。

モクレンは口づけされた頬を擦りながら、小さなため息をついた。

 


 
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