恋姫と無双 ~恋する少女と天の楯~ 其の八
『手合わせ』
<side一刀 始>
強烈な黒い風が幾筋も重ねられ、まるで竜巻。
その純然な暴力の前で、人は抵抗もできずただその力に曝されるだけ。
これはそういうものだ。絶対逃げるべき状況で、戦うなどの選択肢は存在しない。
そうあるべきなのだ……こんな状況じゃなかったら。
暴風は向きを変えながら襲い掛かってくる。
――上から
――下から
――右から
――左から
時に速く、時に遅く。強く、そして弱く。
身を護ろうにも右手に感じる重みでは頼りない。
白き剣ならば、と思ってもそれは叶わない。今はこの厚い剣しかないのだから。
確かな質量が空気の膜を食い破りながら迫り来る。なんとか右手の剣で捌こうにも、あまりの力の大きさに直撃を避けることにしか役に立たず、捌けなかった筋は服を、肌を裂き、ひとつ、ふたつ、みっつと黒い筋が痛みと共に赤い筋を作る。
手に、足に、体に、顔に、増えていく赤い痕。
――ガンッ
――ギンッ
――カンッ
――ジンッ
――キン
黒い筋の軌道を右手の剣で遮る。金属のぶつかる音が響き渡り、見る者にその凄まじさを物語る。高く、低く、鋭く、鈍く。
似た音はあっても同じ音は鳴らない。それはまったく同じ軌道、同じ力、同じ速さ、そして俺の受け方が同じにはならないから。
黒い竜巻の目が笑った。
「はーはっは、なかなか持つではないか。だがそんなものではなかろう?」
斬り結ぶ音が旋律を奏でるなか、獰猛な眼をした竜巻は今このとき斬り合うことを楽しんでいる。
黒い竜巻は速度を上げて、その筋の数を増やした。
<side一刀 終>
夜も更けて陳留に着いたということがあり、登用に関しての会議は明朝に行われた。
北郷一刀、桂花、季衣の3人が客将として、文官として、武官として華琳に仕えることが決まり、それぞれに役が与えられることになった。桂花は軍師、季衣は親衛隊と二人はすんなり決まったのだが、北郷一刀だけは決まらなかった。
「一刀?あなた、字は書けるの?」
「自分のいた国の字なら書けるけど、この国の字は書けない」
「そう。では、当面は武官として働いてもらうけど、いいわね?」
「ああ……ん、当面?」
「ええ、あなたには文官としての働きも期待しているの。その知識、使えるところや使えないところはあるでしょうけど、それはこちらで判断すればいいこと。だから、時間を見つけて読み書きが出来るようにしておきなさい」
「…わかった」
そこで話は一度区切られた。結局、一刀は現在ある役職には就かず、文官と武官を両立する方向で決まった。当面は武官としての仕事が振り分けられ、その合間を縫って文字を習得すること。そして、習得後には文官の仕事も兼任する、と。
ようやく一刀の役が決まり、先に決まっていた桂花や季衣もどこか安心した顔をしている。一刀の方は、聞いた限りで相当の仕事量が浮かび、先のことを考えながら顔を引き攣らせていた。
一呼吸置いて、今度は一刀をどこに配属させるかという話になり、華琳と秋蘭によって話は進んでいく。
ただ一人、会議が始まってから口を開いていない者を残して。
「春蘭、言いたいことがあるなら言いなさいな」
「……れません」
普段の彼女を知っている者からすれば、どうかしたのかと思ってしまうほどその声は小さい。
零れた言葉が呼び水となって、止めていた言葉があふれた。
「認められませんっ!そんな男のことなど」
「…春蘭?」
「評価は……出来ます。ですが、わずかに見えた部分だけで認める事は出来ませんっ!!」
「…では、その実力を見れば納得できると?」
「……はい」
「いいでしょう。ならば、明日にでもあなたが直接手合わせをして、一刀の実力を見ること。あなたの眼にかなわないのであれば、武官には相応しくないのでしょう」
春蘭は一刀のことを「華琳を助けた者」としては評価した。だが、武官としては認めていなかった。
もし、季衣の攻撃を止めたとき、気を失っていなかったら変わっていたかもしれない。だが、実際に一刀は攻撃を止めたが気を失ってしまった。そして、様子見とは言え春蘭の一撃をかわす実力はあるはずなのに、立ち居振る舞いからその片鱗が見えてこないことが一刀を認められない原因だった。
華琳から促され一大決心で臨んだものの、あっけなく手合わせの機会が訪れたことに不思議に思ったが、春蘭の頭の中はすぐに明日のことで占められていた。そして、問題が解決したのかいつもの調子に戻って返事をしていた。
こうして、一刀と春蘭による手合わせが行われることになった。
<side桂花 始>
――重い金属がぶつかり合う音。
――獣を思わせるような俊敏な動き。
あいつと春蘭の実力差は私から見ても歴然だ。そもそも、春蘭は陣営一と聞く。そんな化け物相手に、普段へらへらしてるあいつが敵う訳無いのだ。賊相手だったら通用しても、華琳様の将相手では通用しない。それも、陣営随一の春蘭であったのなら尚更だ。
「莫迦よ……あいつ」
攻撃を防ぎきれなくて、体に幾つもの赤い筋ができている。
それだけの差があるなら、考えて攻撃すればいいのに……なんて思う。だけど、仮に私があいつだったとして、あの場にいたら何が出来るだろうか。
こんなこと考えても無駄だ……きっと、なにもできない。その状況になった時点で私の負けなのだから。
などと、どうでもいいことを考えていたら、またあいつが吹っ飛ばされていた。
吹き飛ばされて、体は擦り傷だらけ。
……それでも、立ち上がる。
そう、あいつは何度も立ち上がってるし、致命的な一撃は受けていない。
なんとか斬撃に対応はできている。それは春蘭とあいつの剣がぶつかる音が途切れないことからもわかる。
……それなのに傷は絶えない。単純に力の差…筋力の差が出てるんだと思う。
春蘭の一撃を剣で受けて剣が流れ、それを戻すのが間に合わなくて次の一撃を何とか避けている。さっきからずっとこの調子。
なら一つに反応できるのだったら、攻撃全部を避ければいいのに……などと、実際はそれをすることがどんなに難しいのか分からないから簡単に言える。
また、吹き飛ばされた。
ほとんど赤に染まったあいつ。それでも、また立ち上がる。
見てられない。
なんか、あいつが傷ついているところを見るのが辛い。
自分が傷つけられているように、痛い。
もう寝てればいい。
この場にいる人は全員あいつを認めている。隣に居る華琳様だって認めているはずだ。
手合わせしている春蘭だって、きっと……
これがもし、刃のある剣だったらと思うとぞっとする。そしたらきっと、あいつはもう生きていない。
一瞬、死んだあいつの姿が浮かんだ。そしたら胸がただ痛かった。
我ながらどうかしている。あるはずないことを考えるなんて。
……見たくない。
赤く腫れていた所が今では青紫色になってその上を赤が染めている。
もう決着がついて欲しい。あいつの負けでいいから―――
祈りに似た気持ちは、あいつが立ち上がるたびに果たされる事はない。
会ってから数日だけど、見慣れてしまった困ったように笑う顔が今はない。
ぼろぼろで、傷だらけで、必死で、痛みを堪えている顔をしている。
―――似合ってない。全然似合ってなんかない。
目を背けたい……けど、私が見てないところで倒れるのは嫌だ。
だから、あいつが戦っている限り見届けてやる。そして、終わったら不甲斐無さを思いつく限り言ってやるんだから、だから……
目端を拭って、力の入りっぱなしだった手を解くことなくあいつを見ていた。
<side桂花 終>
<side一刀 始>
ひんやりと冷たい、ざらつく感じがする。そこでようやく、自分が倒れているのだと気がついた。
一瞬、意識が飛んでいたみたい。それとも、何か考えていたのか。
元譲の攻撃を数えきれないほど受けたせいか、正直痛みを感じなくなった。いまでは、熱いとだけ感じる。
焼けるような痛み、この感覚は久しぶりだった。
稽古を始めるようになって、始めの3年間はずっと痛みと付き合ってきた。
受け流すこと、受け止めること、避けること、攻撃すること、その動きが状況にあっていれば痛みは無かったけど、選択を間違えたとき、力の入れ方抜き方を間違ったとき、間の取り方を間違ったときは必ず痛みがあったものだ。
それも、技や呼吸、間の取り方が分かるようになってからは減り、ここ2年は痛みを味わうことは無かった。もちろん、紙などで傷が出来た事はあるけど、焼けるような痛みはなかった。
そんな痛みを懐かしいと思うなんて、本当にどうかしている。
頭ははっきりしているようで、ぼやけているようで、誰かが近づいてくる音でようやく今が手合わせのときだと思い出した。
「まだ、立ち上がるか。北郷…といったか、いったいお前は何なんだ?私の一撃を防ぐ割には勢いを殺しきれていない。攻撃にしてもどこか呼吸が合っていない。その噛み合ってないのはなんだ」
「……」
「……まさかとは思うが、手を抜いているなんてことはなかろう?」
「ああ、これが北郷一刀の実力だよ」
「…そうか。……お前のことは認めてやる。おそらく、その力も五指には入るだろう。胸を張っていい。だから、次の一撃で終わりにしてやる」
膨れ上がった力の気配。長身の元譲がさらに大きく見える。その見開きられた眼は鮮やかな深い赤を灯していた。
大剣を右手で肩に担ぎ、左手の力を抜き自然体。足は肩幅に開いていてどんな動きにでも瞬時に対応できるだろうことが窺える。だが今は、全てを一撃の為にだけに集中し、必要なところに力をいれ、それ以外からは力を抜いていく。そこから繰り出される一撃は間違いなく、必殺の業。避けられない死を呼ぶ儀式。
息吹と共に元譲の一撃が繰り出された。
――圧倒的な死の気配と言うのか、明確な恐怖から身を護るように剣を出す。
それまでとは違った高い音が鳴る。
――キーン
「―――ガッ」
衝撃が意識を吹き飛ばした。
<side一刀 終>
雰囲気の変わった春蘭の一撃。
それになんとか反応した一刀は、斬撃の軌道に剣を合わせた。
しかし、これまでの攻撃をその刀身で防いでいた為か、それとも強大な一撃であったためか、一刀の手にしていた剣は折れてしまった。
春蘭の一撃をいくらか和らげたが、斬撃をその身に受けてしまう。一刀の体、左肩から右腋の下にかけてその跡を残す。
吹き飛ぶ一刀。これまで、起き上がっていた一刀でも流石にもう起き上がって来れないだろう。誰もがそう思っていたし、そう確信していた。
そもそも、ここまで春蘭の力を引き出せたのだ。それだけでも評価としては最大のものであろう。仮に、一兵卒程度の力であったのなら始まってから数合持てば良いほうだ。陣営の精兵であったとしても一刀ほど、起き上がる者はいなかっただろう。春蘭の剣はそういった類のものなのだ。
特に最後の一撃。あの一撃を見れたものは、数人といない。そして、反応できる者にいたっては更にその数を減らせるだろう。
一刀は春蘭に認められた。その結果を――その目的が適い、一刀が気を失ったことで手合わせの終了となることを誰もが思った。
横たわる一刀の手がピクリと動く。完全に意識を刈り取るような一撃を受けて動けるはずはない……そのはずなのに
一刀がフラフラと視点の定まってないまま立ち上がった。折れてしまった剣をなんとか持っている状態で――
一刀は既に戦うような状態ではない。それは傍から見ても分かるし、斬撃の手ごたえからしても分かることだった。手合わせの目的は果たされ、勝敗こそ明らかになってないが、現状では春蘭の勝ちは揺るがない。それに、これ以上続けると手合わせの範疇から超えてしまう。既に超えている状況であるけど。
春蘭がどうするべきかと華琳に視線を向けた。一瞬、一刀から視線が逸れた。
その瞬間、華琳を見た春蘭は尋常じゃない気配を感じて得物に手をかけた。しかし、直ちに気配の方を見ても立つことで精一杯の一刀がいるだけで、尋常じゃない気配も消えていた。春蘭はひっかかりを感じつつも、いざ何かが起こっても対応できるようして指示を待つことにした。その後、一刀の動きがなくなったことで、気絶したと判断され手合わせは終わりを迎えた。
気絶した一刀は自室へと運ばれた。手合わせを見ていた面々も一人一人と戻っていき、ただ一人――桂花だけが最後に一刀の立ち上がった場所を見ていた。
あとがき
はじめましての方も、8度目の方も
おはようございます。こんにちは。こんばんは。 柳眉です。
予告どおりに投稿できず無念です。期待してくださった方々に本当に申し訳ない。
今回の妄想いかがだったでしょうか……本当に、本当に悩み悩みで形作りました。
導入を回想にするか、それとも……とか
物語の日付をいつから始めようか、会話をどうするか……とか
戦いの展開をどうするか、とか。
もし、お読みいただいた方の中で評価していただけるのなら・・・
アドバイスをいただけるのなら、嬉しいです
最後になりましたが、ここまで目を通して頂きありがとうございました。
次にまみえるご縁があることを……
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この作品は真・恋姫†無双の二次創作です。
そして、真恋姫:恋姫無印:妄想=3:1:6の、真恋姫の魏を基に自分設定を加えたものになります。
ご都合主義や非現実的な部分、原作との違いなど、我慢できない部分は「やんわりと」ご指摘ください。
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