No.116215

真・恋姫†無双 とある日常?

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
冬コミで無料配布した物と同様です。

今回は董卓軍とは関係なく、魏ルートの拠点シナリオっぽく。

2010-01-03 15:14:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5534   閲覧ユーザー数:4532

 

「やっぱ、冬はコタツだよな」

 俺の部屋には掘りごたつが設置されている。正確には部屋に穴を開ける事は許可されなかったので、掘り下げる部分を上げ底にしてある、言うなれば高床式の掘りごたつだ。本当は電気式のコタツを再現したかったのだが、真桜に相談してみても電気を作り出す事までは出来なかった。まあ、掘りごたつは掘りごたつで姿勢的に楽なので重宝している。そして服屋で作ってもらった半纏と、市で仕入れたミカンもしっかりと用意済みである。

「そうそう、冬はこうでなくっちゃね」

 俺はミカンを一個手に取ると皮を剥き一房を口に運ぼうとする。

 そして感じる視線。いや、無言の圧力。

「ちょっと季衣。やめなさいよ」

 聞こえてきたのは流琉の声。

 俺の隣にはまるで親鳥に餌を貰う雛鳥のように無言で口を開けた季衣の姿がある。狙っているのはどう考えても俺の手の中にあるミカン。この場にいるのが季衣だけだったら、いや、季衣と流琉だけだったら躊躇なくその口の中にミカンを入れている事だろうが、この場には俺を含めて九人の人間がいる。掘りごたつも客がくる事を考えて各面に二名ずつ、計八人は入れる大きさの物を設置してはいるが、その許容量をわずかに超えている。だから体の小さい季衣と流琉が俺の左右に座っているわけだが、俺の対面には華琳と風、左手に春蘭と桂花、右手に秋蘭と稟という、このまま魏の重要会議すら始められそうな面子が揃っている。

 なぜこんな事になっているのかは俺が知りたい。掘りごたつを設置したという情報は真桜の口からいろんな人に流れ、天の国の物だという事で興味を引いたらしく最初はまばらに訪問があったのだが、その温かさと居心地の良さからか今では時間があるとこうして人が集まるようになってしまった。というか、仕事を持ち込んでここで作業をする者すらいる。流石はコタツだ。その魅力は測りしれない。

 一度、そんなに居心地がいいのなら各々の部屋にも設置すれば良いと進言した事があるのだが、効率が悪いだの、炭代も馬鹿にならないだのと言われて却下された。

 しかも全員がおそろいの半纏を着ているのだから、ある意味シュールな光景と言えるだろう。これも柄や色を変えたらどうだと言ったのだが、こちらも何かと理由をつけられて却下された。正確には、華琳が俺と同じのを注文したのを知ると、春蘭、桂花、稟が同じ物を注文し、そして春蘭と同じ物をと秋蘭が、風と季衣、流琉は皆が同じ物を着るんだったら同じ物でという流れになったのだが。

 そしてこの状況である。

 俺としては、待っている季衣の口の中にミカンを入れてあげたいところだが、手元にある書簡に目を向けながらもチラチラとこちらを見ている者が何人かいるし、手元に書簡が無い者……というか春蘭が思いっきりこちらを見ている。この状況で季衣のみを贔屓すればその後待っているのはなんだろうか。考えるだけでも背筋が寒くなってくる。

「姉者、見すぎだ」

「お、おう? そうか」

 そんな春蘭を注意する秋蘭だが、こちらも先ほどから書簡をめくる手が進んでいない。正確には俺がミカンを剥いて隣で季衣が口を開けてからだ。こちらでの生活が長くなったからだろうか、気配を察知するとまではいかなくともこの程度はわかるようになってきた。

 しかしこの状況をどうしたものか。きっと季衣はミカンを食べたいだけなのだが、他の連中がそれを見てどう思うかはそれぞれなわけで……手元にあるミカンの房は十はあるな、よしっ。

 スッと俺は席を立つ。

「兄様、どうしたんですか? 急に立ったりして」

「皆、口を開けるっ!」

 いきなりの命令口調に普段俺の言う事を聞かない桂花ですらも口を開ける。というか、桂花もしっかりとこちらを気にしていたのか。

 俺は半時計回りにコタツを一周すると共に、皆の口の中にミカンを一房ずつ放り込んでいく。

 全員の口の中にミカンを放り込むと俺は元居た場所に戻る。そして残った房を一気に口の中へ、と言っても全体の四分の一も残ってはいないのだが、放り込む。

 無言。全員がミカンを食べるのに夢中になっている。

「お、甘いな。流石は流琉に選んでもらったミカンなだけはある」

 ミカンを選ぶ時には流琉には一緒に選んでもらった、というか流琉に選んでもらった。俺にはどれも同じに見えるミカンでも流琉には違いがわかるらしい。そして結果はこの通りだ。俺が元居た世界で食べたどのミカンよりも甘いかもしれない。

「あら、天の国のミカンはこれほど甘くはないの?」

「あれ? 俺、口に出してた?」

 華琳の言葉に俺は驚きを返す。

 こちらに来てから気付いた事だが、どうやら俺はたまに思っていた事を口に出してしまうらしい。こちらに来る前もそうだったんだろうか。もしそうならどこから見ても不審人物だ。こちらに来てからの癖だったら良いなと本心から思う。

「ええ、しっかりと。そういえばこのコタツというのも天の国の物だったわよね。この季節に天の国ではどんな事をするのかしら。こうしてコタツに入りながらミカンを食べるというのもなかなか趣き深い事ではあるけど、部屋に閉じこもりっぱなしというわけではないのでしょう?」

「ああ、外での遊びもあるよ。もうちょっと後の時期になるけど凧揚げとか……」

 他の国ではどうなのかわからないけど、この時期の外の遊びと言えば凧揚げとか独楽回しとかだよな。そういえば最近はあまり見なくなったよな。爺ちゃんとこではよく遊んだんだけどなあ。時代の流れでこういうのも消えていってしまうんだろうか。まぁ、この時代から考えるとまだ生まれてもいない事なんだろうけど。

「たこ?」

「えっと……竹ひごと紙で作られた空に浮かぶ物体?」

 多分そんな感じ、で合ってるよな。あれ、でもスポーツカイトとかは素材が違うよな。まぁいいか、スポーツカイトではなく普通の凧の話なんだし。しかし、ありふれた物でもいざ説明しようとすると悩んでしまうな。なんの疑問もなくそういう物だと考えていたけど、こんな事になるのなら物の由来とかもっときちんと調べておけば良かったかもしれない。

「なんで疑問系なのよ。なんでそれが凧って名前なの?」

「空中でゆらゆらゆれる姿がタコに似てるから?」

 だった気がする。あ、でも関西だとタコじゃなくイカって言うんだっけ。確かそう呼んでた奴が知り合いに居たよな。方言だったと思うから凧が正式名称でいいんだよな。ああ、もう、なんで説明している俺がこんなにあやふやなんだよ。

「だから、なんで疑問系なのよ」

 それが華琳にも伝わったのか、再度ツッコまれる。

「仕方無いだろ、俺の世界だと凧で通じるんだから。華琳だってミカンがなんでミカンっていう名前かは知らないだろ」

「甘い柑橘で、蜜柑とつけられたからミカンと呼ぶのよ」

「あ、そうなんですか……」

 流石は華琳だ。急な質問にもこうもすんなりと答えられるとは……。知識で華琳に勝てるとは思ってはいないが、これでは俺の立場が無い。

「あんた、そんな事も知らなかったの? バッカじゃない」

 そして口を挟んでくる桂花。まあ、桂花はこういう奴だよな。何もなくても文句を言ってくる奴だ。というわけでとりあえず無視。

「凧に興味ある?」

 天の国の事に興味のある華琳ならこう言えばきっと食いついてくるだろう。そう思っての俺の言葉。

「あなたはその凧とやらは作れるの?」

 そして華琳は俺の思惑通りに食いついてきた。

「ああ、小学校の工作の時間に作った事があるから今でも作れると思うけど。材料もこっちで手に入るものだし」

 小学校とか工作とかは前に学校について聞かれた時に軽く説明をした事がある。だから単語としては華琳たちにも通じるはずだ。そして俺の言葉通り、凧を作る事自体は簡単だ。重心や尻尾のバランスにさえ気をつければ揚げれる物が作れる。先ほどの説明での失点はここで挽回させて貰おう。

「そう、なら今度作ってもらおうかしら」

「ああ、わかった。その時には皆にも作り方を教えるから、誰のが一番高く揚がるか競争しようぜ」

「へえ、凧とはそういうふうに競争するものなのね」

「競争するだけが目的じゃないけど、それが一番わかりやすいしな。それに誰かと競うって事は悪い事じゃないと思うぜ」

 凧が揚がる理屈を説明したら真桜が一番揚がる物を作ってしまいそうな気もするが、そこは技術を伝えたという事をアピールすれば良いだろう。少なくとも俺自身が作った物が揚がればあとは口先でなんとか出来る……と思う。

「そうね。それで他には何かないの?」

「他?」

 他っていうとさっき例に挙げなかった独楽回しとかか? でも独楽は流石に作れないしなぁ。いや、職人さんにお願いすれば作れるだろうか。

 俺がいろいろと考えている事が華琳にも伝わったのか、華琳はさらに言葉を続ける。

「そうねぇ、この季節ならではの行事とかないかしら」

「行事……行事ねぇ」

 初詣とかは感覚が違うから説明が難しいよな。というか関羽が後に神様になるとか説明して信じられるんだろうか。今生きて人間が神様になるってどんな宗教だよって事になりかねんしな。どんな行事が華琳たちの心を惹けるか……うん? ヒける……ヒかれる? ああ、アレがあったな。少なくとも話のネタにはなるよな。

「俺も知り合いから聞いた話なんだが、俺が居た世界では年に二回、夏と冬にものすごい人数が集まる行事が行われてるんだ」

「ものすごい人数?」

「そうだ、その数三日間で五十万人とも六十万人とも言われている。まぁ、延べ人数だから同じ人間が複数日参加しているんだろうけど」

「六十万人! そこでは合戦でも行われるの?」

 華琳の驚愕の声。華琳以外も驚きの表情を浮かべている。それはそうだろう、この時代で六十万人もの人を動かすとなったらどれだけ入念に準備をしなければならないのか、それを知っているのだから。でも、人数だけで言うと新宿駅の一日平均乗降者数の方が凄いんだけどな、確か一日で三百五十万人ほどでギネスにも認定されてるらしい。時代が変わればいろいろと変わるというものだ。

 っと、脱線してしまった。今は夏と冬に行われっている某イベントの話だったな。

「うーん、ある意味合戦に近いかもしれないな。己の求める同人誌……じゃわからないか、戦利品の為に会場を駆け回るらしいよ。あ、会場は走るのは禁止だって言ってたっけ。なら歩き回るって言った方が良いのかな」

「己が求める戦利品って……六十万もの人が? まるで野盗の群れじゃない。いえ、規模が違うわね。それだけの人間が自由勝手に動いているというの?」

「いや、統制は取れてるんだ。きちんとルール……規則があるし、列もどこの軍隊だよってほどきちんと整列するらしいし」

 らしいんだよなぁ。それだけの人間が入り乱れているのに、よく死者が出ないもんだ。怪我人や病人は出た事はあるらしいが、少なくとも会場で死人は出ていないらしい。俺も知り合いから聞いた話だから本当なのかどうかはわからないけど。

「その者達はどこかで訓練を受けているの?」

「いや、訓練は受けてないな。それだけの人数が集まるのはその行事の開催期間中だけだし」

「なら、その者達を指揮する者が優秀なの?」

「スタッフ……係の者がいるにはいるけど、参加者が自分から進んで列を形勢するって聞いてる」

「……自主的に? その者達は戦力として考えられるの?」

 華琳の言う戦力とは、言葉通りの戦力なんだろうな。実際に戦場で使えるのかどうか。今の日本は戦争とは無縁な時代だからな。これが七十年ほど前になるとまた話は違うんだろうけど、当然ながら俺はその時代に生まれてないし。だからこちらの新兵と比べてみるしかない。

「戦力……戦力か、どうなんだろう。でも知り合いから聞いた話だと意欲は高いし行動力もあるって聞いたな。それを考えると戦力になると言えるんじゃないかな」

「ふむ、己の意思により行動し、統率も取れ、意欲の高い集団か……興味深いわね。それは訓練としてこちらの世界で実践は出来ないの?」

 妙に華琳が食いついてくると思ったらそういう事か。こちらの世界でも使えるのかどうか。使えるのなら取り入れるし、使えないにしても使えない理由を教えないといけない。でも、今回に件に関しては説明は楽だよな。

「内容としては以前に御前訓練で真桜がやった事の拡大版とでも考えてもらえば良いかな」

 そう、カメラで撮った写真を報酬にした新兵の訓練は真桜がすでにやっている。それも俺の助言はなしで。真桜だったら俺と逆の立場、この時代から俺が居た時代に飛んだとしてもすぐに順応するんじゃないだろうか。

「そう、真桜の訓練と同じようなものなの……でも規模が違うわよね。なにか問題点はないの? 訓練もされていない人間が六十万人も集まるんでしょ?」

「うーん、問題点、問題点ねぇ……そういえばその三日間は風呂に入らない人間がいるとかなんとか……」

 極一部ではあるが、そういう人もいると愚痴られた事がある。一日中歩き回って冬でも汗をかいているわけで、それが蓄積されると臭いも蓄積されて……かなり酷い事になるらしい。

「お風呂? 天の国ではお風呂は普通に存在しているのよね?」

「ああ、ほとんどの家に完備されてるよ。風呂が無い家もあるけど、そういう家も近くに銭湯、ここの風呂のような大人数で入れる施設がある。だから風呂は毎日入るものになってるね」

 正確には日本では、なんだけど。まあこの場合の天の国というのは俺の住んでいた国、日本という事で話をしているからいいんだけど。

「でも、お風呂に入らない事がそんなに問題なの?」

 これは感覚の問題なのかな……こっちだと気軽にお風呂に入れないもんな。なんて説明したらいいんだろうか。

「えっと、こっちでも訓練する時には汗をかくじゃないか。その後って風呂に入れない日でも水浴びをして汗を流すよね」

「当然ね。行軍中ならまだしも、訓練であれば水浴びなりして汗は流すでしょう。……って、まさかさっきの者達って!」

「そのまさかだよ。水浴びすらしないのさ」

 うわっ、華琳たちの顔が嫌な物でも見るような表情に変わっている。

「そう、それは確かに問題ね……」

「でもそれは極一部の人だけだから。というより、俺の居た国だと風呂好きの人間の方が多いし」

「風呂好き……ねぇ」

 うっ、さっきの話の後だと印象はマイナスのままか。なんだろう、俺を含めて俺の居た時代の住人全てが軽蔑されている気がする。ここは風呂好きの人間の例を挙げておくべきか……。

「そうだ。知り合いにコタツを持ってない奴が居るんだけど、そいつは夕方に風呂に入ってその後は布団に潜りこんで暖を取ってる奴がいるな。この季節の風呂は指先とかじわっとして気持ち良いし、なにより暖房いらずでいいって言ってたな」

 皆の表情がちょっとだけ緩む。おそらくは風呂に入った時のあの感触を思い出しているのだろう。外気で冷えた肌に一気に伝わってくる温かいお湯の感触を。

「秋蘭、今日はお風呂の日だったかしら?」

「いえ、違います」

 華琳の問いに秋蘭が即答する。

「そう、でも今日は私の権限で風呂を焚くことを許可します」

「はっ、手配いたします」

 コタツに魔力があるように、風呂にも魔力がある。その魔力に華琳は抗えなかったのだろう。

 というわけで今日は特別に風呂の日になった。俺が入れるのは女性陣の後だろうけど、風呂を堪能出来そうだ。この季節の風呂は格別だよな。いや、風呂は命の洗濯って言葉は事の本質をついていると思う。なんか生き返った気がするよな。

 秋蘭が風呂の手配に立ち上がろうとした時、季衣が口を開く。

「今日はお風呂か。温かくって良いよねぇ、お風呂……ねえ、兄ちゃん。また一緒に入ろうよ!」

「ちょっと、季衣!」

 いきなりの季衣の言葉に、慌てて流琉が季衣の口を塞ごうとするが時すでに遅し。

 季衣には悪気は無いんだろうけど……一瞬で部屋の気温が何度か下がったかのような感覚。そう感じているのは俺だけなのだろうか。

「……一刀、またってなにかしら。またって」

 華琳の目が据わっている。その視線の先にあるのは当然俺の顔。

 なにか弁明……は出来ないよな、事実だし。これは覚悟を決めておいた方が良いかな。死にはしない……と思いたい。

「うん? 北郷は我等以外にも一緒に風呂に入ったりしているのか?」

「あ、姉者……」

 追い討ちをかけるような春蘭の言葉。

 これも事実。しかし、春蘭も空気を読んでくれれば良いものを。まあ、春蘭にそれを望むのは無謀か。それに春蘭が悪いわけじゃないしな。さらに一層の覚悟をしないと。死……なないよな、多分。

「へぇ、それも初耳ね。春蘭、詳しい話を後で聞かせてもらえるかしら」

 あ、華琳の額に青筋が立ってる。これは危険域に突入しているかもしれない。でも春蘭と秋蘭と一緒に風呂に入ったのって華琳の指示じゃなかったのか。確か模擬戦での報奨として一番風呂に入る権利を俺と春蘭、秋蘭でダブルブッキングして……それに、春蘭と秋蘭が華琳に隠し事をするなんて考えられない。まあ、華琳さま人形の件もあるから多少は隠し事もあるかもしれないが、あの風呂の事は伝わっているんじゃないのか。

「おうおう、兄さんも隅に置けないな。どれだけの女と一緒に風呂に入ってるんだい」

 風……じゃないな、宝譿か。こっちは完全に今の状況を楽しんでの発言だな。迷惑極まりない。だけど、元は俺の所為なんだよな。

「あら、風も……ああ、そういえば以前に報告を受けたわね。稟とも一緒に風呂に入ったと」

 風と稟についてはこちらにも弁明の余地はある。華琳の指示で二人の女を磨くという目的があったのだから。だからこの二人については恩赦がある……に違いない……と思いたい。

「……この万年発情男」

 そしていつも通りの桂花の言葉。だけど、今は言い返せそうにない。

「一刀……」

 空気が凍る。華琳の声が一層低くなっている。

 誰か、誰かこの状況から俺を救ってくれ。藁にも縋るような気持ちでその場に居る皆の顔を見ていく。桂花は……もちろん駄目だよな。風もどちらかと言えば面白い方向に持っていきたがるし、稟も難しいだろう。春蘭、季衣は状況を良くわかっていなさそうだし、流琉も弱いか。となると……。

 俺と視線があった秋蘭はわずかに思案する表情を見せる。

 頼む、秋蘭、なにか助けを!

 俺は視線に想いを込める。

 やれやれといった感じの溜息と共に、秋蘭はその場から立つ。しかしもたらされたのは救いの手ではなく、黙認だった。

「姉者、そういえば部屋での仕事が残っていたのではないか。そうそう、季衣と流琉にも急ぎの仕事があったような気がしたが」

「うん?」

「ほえ? 急ぎの仕事なんてあったかなぁ」

 そんな仕事など無いのだろう。あったらこの部屋に来てコタツに入ってまったりなんかしていない。

「あったんだ。そうだよな、流琉」

「えっ、あっ、はい」

 春蘭と季衣は不思議そうな表情を浮かべながらも、春蘭と流琉に促されて部屋から出て行く。

 去り際に秋蘭が浮かべた表情は哀愁が漂っていた。まるで死に行く者への眼差しかのような。

 ……俺、ここで死ぬの?

 華琳は相変わらず鋭い視線を俺に投げかけてくる。この状況を打開するために出来る事……ないよな。一縷の望みをかけて、俺は稟に視線を向ける。

 一瞬だけ視線が合うが、すぐに外される。稀代の名軍師である稟でもこの状況を打破する策はなし、そういうことか。

「風、確か私たちも仕事を残してきたわよね」

「あー、そういう事にしておきますか」

 稟の言葉に従い、風も部屋から出て行く。被害を最小限に抑える事、それが今の稟に出来る唯一の事なのだろう。別名、とばっちりはごめんだとも言う。

 部屋に残っているのは俺と華琳、そして桂花。桂花はこれからどんな事が起こるのかを楽しみにしているような笑みを浮かべている。

 だが、そんな桂花も部屋を出る事になる。華琳の言葉によって。

「桂花、ちょっと一刀と二人にしてもらえるかしら」

「えっ、ですがこんな男と二人っきりになったりしたら」

「桂花、同じ事を言わせる気かしら」

 静かだが力のある声。そして桂花が華琳の命に背けるはずがない。

「いえ、そんな事は……」

「ならここは一刀と二人っきりにして貰えるわよね」

「わ、わかりました」

 渋々とではあるが桂花も部屋から出る。

 これでこの部屋に残るのは俺と華琳のみ。もしかすると部屋のすぐ外には皆が聞き耳を立てていたりするかもしれないが、この密閉された空間に存在するのはただ二人。

「さて、一刀……」

 その言葉に息を飲みこむ。俺が感じているのは圧迫感。まるで空気が薄くなったかのような感覚、いくら呼吸をしても酸素が入ってこないような錯覚。

「あら、自分の名前も忘れちゃったのかしら?」

 返事がないのが気に入らないのだろう。再度華琳の口が開かれる。

「いえ、なんでしょうか……その、華琳?」

 どうにかそれだけを口に出す。たったそれだけの言葉だというのに、俺は長時間大声を出した時のように喉が渇く。

「あ・な・た・は……いったい何をやってるの!」

 華琳の怒鳴り声。

 この後俺がどうなったかだって? 思い出そうとすると頭に激痛が走って思い出す事すら出来ないんだ。一体何があったのか俺が教えてもらいたい。

 ただ、この後数日華琳の機嫌が悪かったのだけは覚えている。俺はただコタツに入ってミカンを食べていただけだったのに、どこで道を間違えたんだろうか。

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
64
6

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択