No.101971

真・恋姫†無双 董卓軍 孫策

てんさん

BaseSon「真・恋姫†無双」の二次創作。
一部オリジナル設定あり。

真・恋姫†無双 董卓軍のサイドストーリー。今回は孫策軍を。本編の蛇足だと言われない物になっているか不安です。
次回はどこに行きますかねぇ。完全な別物も考えつつネタが思いつけば適当にいろいろ行きますぜ。

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2009-10-19 23:52:51 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8341   閲覧ユーザー数:6287

「くそっ、今日はいつもより早いじゃないか」

「文句は孫策に言ってよね」

 俺たちは揚州に着ていた。孫策が揚州統一に動いたからだ。

 揚州は豪族が数多く、州牧の手が及ばない地域が多い。しかも、それを良い事に好き勝手やっている豪族も少なくない。だから孫策が揚州統一をするのであれば、それは望ましい事である。たとえその時に多少の血が流れるとしても。

 だけどその流れる血は少ない方が良い。だから俺たちは揚州の邑を見回る事にした。治世が乱れると、それに乗じて民に手を出そうという輩が出没するからだ。そしてその最中にある噂を耳にした。孫策を襲撃しようとしている者たちがいると。

 その噂では最初は孫策の支配下になった地域で反感を持つ者を兵として集める予定だったらしい。だけど、孫策の統治を喜ぶ民はいても、その孫策に反感を持つ者は皆無だった。だからその計画、いや噂もすぐに消えた。だけど、俺たちは違う噂も耳にした。孫策は時折ただ一人である場所へ赴く、と。

 俺たちは孫策の情報と、襲撃の噂が発生した地点を調べた。そしていくつかの事が分かった。孫策は一定期間毎にある場所へと一人で趣くという噂が本当である事。襲撃を計画していたのは許貢という人物の客将だった者たちだと言う事。そしてその客将たちの足取りがわからなくなっている事。

 襲撃が暗殺へと変わった可能性がある。だから俺たちは孫策が出かける度に、こっそりと周囲を警戒していた。今までに二回、そして今回が三回目。今までの二回は何ら不自然な事は無かった。そして今日、また孫策が一人で出かけていった。だけど時間が違う。今までは午後だったのだが、今日は午前中から出かけている。そのおかでげ出遅れてしまった。

 目的の場所が近づく。孫策が何の為にそこに赴くのかはわからない。ただ石が積まれただけの場所。もしかすると誰かのお墓なのかもしれない。

 孫策ほどの人物に無造作に近づけばすぐに気付かれてしまう。だから俺たちは、と言っても恋、霞、蘭が主なのだが、孫策がその場に来る前に三箇所に隠れて不審な人物が近づかないか確認していた。だけど今回はそれは無理だ。孫策はすでにその場所に辿り着いているだろう。

 今までの二回、何もなかった。だから今回も何も無ければいい。そう思ったが、妙な不安が心に刺さる。なぜ今日に限って孫策は早く行動に出たのか、なぜ俺たちはいつもの配置が出来ていないのか、何かの意思を感じる。そうなるべくしてそうなったのではないかという不安が。

 目的の場所の近くまで着て俺たちは馬から降りる。ハンドサインで恋、霞、蘭に森の中を移動していつもの場所で確認をしてもらうように指示をする。詠、ねね、月には馬を森の中へ隠してもらう。

 俺も一緒に森の中に隠れるつもりだった。そう、胸騒ぎがしなければ。

「ちょっと、北郷。どこにいくのよ!」

 小声だけどしっかりと力のある詠の言葉。

 だけど俺は詠に掴まれた手ごと振りきる。

 なんだ、なにをするつもりなんだ、俺は。

 俺が行った所で剣なんか使えない。役に立たないじゃないか、そう考えつつも進む足が止まらない。

 今までと何かが違う。強いて言えば雰囲気。いや、気配がするのであればさっき誰かが気付いているはず。だけど何かが違う。それが俺の心に警告を鳴らす。

 そしてその警告が正しかったのだと実感する。

 俺たちがいた場所からほぼ反対側の森の中で何かが光る。矢だ。

 恋も、霞も、蘭もまだそこに辿りつけていない。動きにくい森の中を移動しているのだ。もしかしたらその気配は感じているのかもしれないが、到着するまではまだ時間が必要なのだろう。

 孫策が俺に気付く。それはそうだ、俺は孫策に向かって一目散に向かっているのだから。全く知らない者が急いで走ってくれば警戒しない方がおかしい。それに俺は正体を隠す為に口元を布で覆っている。怪しさで言えば非常に怪しいと言える格好なのだ。

 だけど、今警戒して欲しいのは俺の方じゃない。反対側なのだ。だけど、それを伝えて孫策が信じるか、信じないか。おそらく信じない。目の前に見えている人物から目を逸らす事は危険以外の何物でもない。

 しかし孫策は戸惑っているようだ。俺の事をどう見るか、を。俺は未だに帯剣していない。だから孫策も剣を抜くのを躊躇っているようにも見える。

 焦る。弓を持つ者にも俺の事は見えているだろう。いつ矢が放たれてもおかしくない。

「伏せろ、孫策!」

「えっ?」

 矢が放たれるのと俺が孫策の腰に飛びかかるのはほぼ同時だった。

 矢は先ほどまで孫策が立っていた場所を的確に通り過ぎ、地面に突き刺さる。

 孫策の目が矢が放たれた方向へと向かう。そこにさらに飛来する二本の矢。孫策は倒れたままだというのに、その矢を剣で叩き落とす。

 次の矢は放たれない。逆に聞こえてくるのは三人の男の悲鳴。恋か、霞か、蘭か、それとも三人全員かはわからないが辿りついたのだろう。あの三人に勝てる相手はそうは存在しない。

「助かった。感謝する」

 孫策は先に立ち上がると俺に向かって手を差し伸べる。

 俺はその手を取ろうとして――伸ばそうとした手が地面へと向かう。

 痺れたような感覚。足に痛みがある。どうやら一本目の矢が俺の足を掠っていたようだ。そしてこの症状から考えるに、矢には毒が塗ってあった。

 孫策も俺の異変に気付いたのか、地面に突き刺さっている矢を抜く。

「これは……毒か」

「北郷!」

 そこに俺の事を心配して追いかけてくれて来たのであろう詠たち三人が到着する。

「北郷?」

 孫策は怪訝な表情を浮かべる。北郷という名。それは以前に敵対した将の名だと感づいたのだろう。

「北郷、大丈夫? 北郷っ」

「しっかりするのです! 傷は浅いですよっ」

「北郷さまっ」

 孫策を押しのけるようにして詠、ねね、月は俺の周りに集まってくる。それを安心させる為に俺は立ちあがろうとしたが、やはり矢には毒が塗ってあったのだろう。体が思うように動かない。

「その男は毒にやられているわ。それで動けないようね」

 孫策の言葉に、三人は動揺を見せる。

「毒の種類は!」

「わからないわよっ。見ただけでわかるわけないじゃない」

 詠の苛立った声に、孫策もさらに苛立っている声で返す。

「命に関わる毒なの? それとも一時的なものなの?」

「だから、わからないって言ったでしょ。でも相手の目的はどう考えてもこの孫策の命だった。なら考えられるのは……」

 孫策の声が小さくなる。

 そう、孫策の命を狙っていた。なら単なる矢ではなく、毒を塗った矢を使う方が安全だ。そしてその毒は――命を奪うほどの物。

「どうしたのだ、皆で孫策の前に姿を出して」

 そこに恋、霞、蘭が姿を現す。それぞれが男の死体、なのだろう、を持っている。

 刺客……それも毒を用いた……。何かが引っかかる。それも今の状況に関係した。刺客は毒を持っている、それは当たり前だ。今まさに使われたのだから、ならもう一つ持っていてもおかしくない物がある、解毒剤。誤って毒で自分を傷つけてしまった時の為に解毒剤を持っていてもおかしくない。

「え、い……しか、く……げ、どく……」

 痺れが舌まで来ているのだろうか。言葉すら上手く発する事が出来ない。

 だけどそれでも詠は気付いてくれた。

「恋、霞、蘭。その男たちの持ち物を探って! 解毒剤があるかもしれない!」

「毒……だと。孫策はそこに立っているではないか」

 蘭の視線が孫策に移る。そこには平然と立っている孫策の姿。だけど、次の瞬間、その目が見開かれる。足元に倒れている俺の姿を見たから、だ。

「まさかっ、北郷が……」

「そうよ、だから早く解毒剤を探して! その男たちが持っている可能性がある」

「わかった」

 持っていなければ、待っているのは死なのだろうか。矢は掠っただけ、だから今痺れを感じているだけかもしれない。いや、それはないな。さっきから体が熱くて仕方がない。それと共に、自分の体を自分の体として認識しなくなっている。

「これか?」

「それは毒ね、この矢と同じに見えるわ」

「他には……どこだ、ないぞ」

「ないと困るのよ、このままじゃ北郷がっ」

「だからと言って、無い物は無い……あったぞ、これかっ」

 耳もよく聞こえなくなっている。周りで慌てている皆がまるで別世界のように感じる。

 そして意識を失うのと同時に、俺の口に液体が流し込まれた。

 

 怒鳴り声が聞こえてくる。詠だろうか、それに蘭の声もする。

 うるさい……これじゃあ寝てられない。

 ゆっくりと目を開ける。そこにあったのは見知らぬ男の顔。だがすぐにその顔を押し退けて見慣れた顔が現れる。

「うるさいな、ゆっくり寝れないじゃないか」

「北郷、よく無事で……」

 皆の目には涙が浮かんでいる。

 なんだ、この状況は。なにがあったんだ……ああ、そうか。俺は孫策を助けようとして代わりに毒矢で。でもこうして皆の顔が見れたって事は命が助かったのか。

 ゆっくりと体を起こそうとするが、まるで動かない。腕はおろか指すら動かせない。動かせるのはどうにか首ぐらいだ。

「当分は体は動かせませんよ。命が助かった事すら運が良かったのですから」

 先ほどの男が言う。医者、なのだろう。

「ここは……?」

 声は出る。耳も聞こえる。そして目も見える。どうやら首から上は正常に機能しているようだ。機能しているという言葉で合っているのかはわからないけど。

「私たちの居城よ」

 声からして孫策なのだろう。だけど俺の視界内には居ない。

「月、すまんが上半身を起こしてもらえるか」

「はっ、はい」

 月の助けを借りて上半身を起こす。正面に孫策の姿があった。

「いいわよ、そのままで」

「そうはいかないよ。孫策軍を率いる孫伯符に寝たままで会うわけにはいかない」

「あのね、そうなったのは私を助けたからでしょう。ゆっくり休みなさいよ」

 何度か寝ろ、寝ない、の問答を繰り返したが最終的に、俺は上半身を起こしたまま孫策と話をする事になった。

「それにしても、なんで董卓軍に居たはずのあなたたちがここにいるのよ。いえ、まずはお礼を言うべきね。助けてくれてありがとう」

「こちらこそ。あのお医者さんを連れて来て来てくれたのは孫策なんだろ。今こうして生きているのは孫策の助けがあったからだよ」

 さっき、医者は命が助かった事すら運が良かったと言った。なら、医者がいなければその運すら引き寄せる事は出来なかったかもしれない

「だから、それは私を助けた為に受けた傷でしょうが。こちらがお礼を言う立場であって、あなたが礼を言う事じゃないわよ。それでさっきの質問だけど、なんで董卓軍がここにいるのよ」

「……なんで董卓軍だと」

 誤魔化しは通じないだろう。すでに孫策は確信を持った口調でそう言っている。まあ、俺もこの程度の変装、と言っても布で口元を隠しただけだが、で隠し通せるとは思っていない。だけど、邑を回る時に出来るだけ顔を知られないようにこうしている。今だって俺を除いた皆は顔の下半分を布で隠している。俺の布は看病の為に外されたのだろう。

「そりゃあ、北郷なんて名前はあなただけだもの。天の御遣いと言われた北郷一刀、ただ一人。」

 あー、そうか。こっちの人とはまず名前のつけ方からして違うよな。

「それに、あなた華雄でしょ。なんでそんな布をつけてるのよ」

「いや、私は華雄という者では無い。雄雄という全く別の人物だ」

「あのね、そんな布だけで騙せると思ってるの?」

 そう言って、孫策は蘭の口元を隠している布を剥ぎ取る。

「ほら、華雄じゃない」

「くっ、完璧な変装だったのに」

 あれ、蘭はあれで別人になれたと思ってたのか。全くの無駄ってわけじゃなかったのかなぁ。まあ、蘭だからなのかもしれないけど。

「雪蓮、さきほど医者を呼んだと聞いたがどこか具合でも……なんだ、この人数は」

 新しく入ってきたのは眼鏡をかけた黒髪の理知的な女。

 雪蓮というのは孫策の真名だろう。

「周公瑾」

「賈文和……なぜここに」

 詠が声をあげる。そうか、孫策さんの居城だもんな。周瑜がいてもおかしくないか。しかし、やっぱり一目で見破られてるし、布だけじゃダメなのかなぁ。

「冥琳、紹介するわ。北郷一刀よ」

「ほう、そなたが……ふむ、噂では天の知識を使いこの世の全てを見通すと言うが……そのようには見えんな」

「そんな能力はありませんから」

 なんだよ、その能力。そんな能力があったらどれだけ楽になるか。まあ、確かに天の知識とも言える歴史を知ってはいるけど、全てを見通せたら今こんな状態にはなっていない。

「謙遜するな。反董卓連合との戦いとその後の一連の流れはおぬし以外の誰にも思いつけまい。私ですら理解できたのはしばらく経ってからだ」

「それこそ運が良かっただけですよ」

 どこか一つでも綻びが生じたら全てが台無しになる。そんな綱渡りの状態。あれを策と読んだら策略家に申し訳無い。そんな気分になる。

「しかし、その北郷一刀がどうしてここにいるのだ」

「そう、私もそれを聞いてた所なの」

 結局、俺はどうしてこの揚州にいるかの説明をする事になった。邑を見回っていた事、孫策襲撃の噂を聞いた事、孫策がある場所に一人で行く事がある事。そして暗殺が行われたときの事を。

「雪蓮、だからあれほど一人では行くなと」

「だけどあそこは……」

「それはわかっているが……」

 なんだろう。よくはわからないけど、あの場所が孫策の大事な場所なんだという事だけはわかる。

「私からもお礼を言わせてもらおう。今雪蓮を失うわけにはいかないのでな」

「同じ理由でボクたちも北郷を失うわけにはいかないの。だから、北郷が回復するまでここに……医者に見てもらえる環境に居させてくれないかしら」

「それは当然だ。北郷が回復するまでこの城にいるといい。だが、この部屋は勘弁してもらえるだろうか。ここは雪蓮の、孫策の私室でな、そんな所に医者が入り浸ると変な噂が出てしまうからな」

 えっ、ここって孫策の部屋だったのか。ってことはここは孫策が毎日寝ている場所……。それは変更してもらわないと。俺の方が変になりそうだ。

「あら、いいじゃない。その程度の噂で離れる者ならいらないわよ」

「だが、雪蓮。北郷がいる間どこで寝るというのだ」

「そうね、添い寝でも構わないわよ。体も動かないみたいだし、安全でしょ」

 困ります、そう言う前に他から反対の声が出ていた。

「……だめ」

「あかんあかん」

「その権利を賭けて一つ勝負といこうではないか」

「許さないわよ」

「駄目に決まっているのです!」

「あの……だめです」

 いや、誰か一人だけ違う意見があった気がするが。

「とにかく、これだけの人数がいるんだ。客室を用意せねばなるまい。すまんが北郷、動かぬ体で悪いが部屋を移動してくれ」

「わかりました。あ、その前にさっきのお医者さんと話をしたいんですが……」

「はい、わたくしですか? なんでしょうか」

 俺はある頼み事を口にする。医者だけに聞こえるように。

 

「なんなのです。私に用との事ですが……先ほどの北郷の言葉と関係があるのですか?」

 北郷たちがそれぞれの客室へ移動した後、残されたのは孫策と周瑜と先ほどの医者。

 そして医者は周瑜に声をかけた。

「ええ、なんでもあなたの体を診てくれと」

「いや、確かに最近疲れが抜け難いとは感じておりますが、この程度の事で……」

「駄目、診てもらいなさい」

 孫策だ。こういう時の彼女の言葉に抗えない事を周瑜は承知している。なら診てもらうしか無いのだろう。そして悪い結果がでなければいいだけなのだ。

 医者は慎重に、時間をかけて周瑜の体を診る。

「ただ疲れているだけでしょう?」

 周瑜の言葉にも医者は反応しない。じっくりと、じっくりと診る事を続ける。

「先ほどの方、北郷さんとおっしゃいましたか。医者の知識はあるのですか?」

「いえ、知りませんが……何かあったのですか」

「先ほどわたくしに言われた言葉ですが、周瑜は必ず何かの病にかかっている。それを見つけてください、なのですよ」

「しかし、私はこのように健康そのもので……」

 周瑜自身、何か病気にかかっているという感覚は無い。最近忙しくてちょっと疲れが貯まっているとは思うが、その程度だ。

「わたくしもそう思いました……」

「ならば、北郷の言葉は杞憂だったと……」

「いえ、それが違うんですよ。あなたは確かに病気にかかられている。これは本当に初期段階。本人にさえ自覚は無いと思います。私も北郷さんに必ずと言われていなければ見逃していたでしょう」

「えっ!」

 周瑜は驚きの声をあげる。そして声こそ上げないが、孫策も驚きの表情を浮かべている。

「このまま放置すれば命に関わる可能性もあります。ですが、ですが今なら対処が可能です。そうですね、一月ほど安静になさっていてください。北郷さんの件もありますので、定期的に診に来させてもらいますよ」

「ですが、今私が軍から離れるわけには……」

「冥琳、今だけが大事じゃないのよ。私にはこれからもあなたの力が必要になる。だから今はゆっくりと養生する時なの」

「しかし雪蓮。今孫策軍の動きを止めるわけにはいかぬ。豪族どもを勢いづかせるだけだ」

 そう、今孫策軍が揚州統一の手を休めたら豪族に力をつける時間を与えてしまう。それにせっかく支配下に置いた地でも孫策軍に失望したらいつ掌を返されるかわからない。だから孫策軍は歩みを止めるわけにはいかない。孫伯符がいなくなるわけにはいかないのと同様にに周公瑾がいなくなるわけにもいかないのだ。

「そうね、孫策軍の進みを止めるつもりは無いわ」

「そうだろう、だから私が……」

「でも冥琳には休んでもらう」

 周瑜の言葉を遮って、孫策は言う。

「穏を私の代わりに?」

「穏も優秀な軍師だとは思うけど、冥琳の代わりを務めるにはまだ時間が足りないわね」

 そうだ、穏、陸遜の真名、は頭角を現しはじめているが、それでもまだ周瑜に匹敵するまでには至っていない。いや周瑜に匹敵する軍師などこの大陸を探しても数名しかいない。

 そこで周瑜に一人の人物を思い浮かぶ。

「そうか、賈文和か」

「そう、今ちょうどこの城にいる事だしね」

「しかし、賈駆が是と言うかどうか」

「言うでしょうね、さっきの北郷の説明を聞く限りでは。とにかく、本人に確認してみましょう」

 孫策は扉を開けて外にいた兵を使いに出す。

 数分後、賈駆は孫策の部屋へと呼び戻された。

「ボクに用事があるって聞いたけど?」

「すまないな、賈駆。北郷がこのような事態になっているというのに事を頼むのは心苦しいのだが……この私の代わりを務めてもらえんか」

「ああ、一応この布をつけている時は駆駆と名乗っているの」

 そう、北郷たちは一応は偽名を名乗っている。だた名を繰り返すだけの偽名ではあるが。本当は姓を繰り返そうとしたのだが、賈駆と華雄の読みが被ってしまう事と、なぜか陳宮の偽名で北郷が猛烈に拒否したためだ。

「ふむ、その布は何なのだ?」

「一応は変装……あとは、出来るだけ顔を知られないようにする配慮」

 そう、董卓軍は反董卓連合に負けた後に姿を消している。それが民衆の為に戦っていたのでは人によっては董卓軍が正義で反董卓連合が悪だったと思われてしまう。そうなってしまうと現在帝の立場にいる劉備や、それを補佐する曹操の名に傷がつく。だから北郷たちは顔を隠し、偽名ですごしている。仲間内だけの時は真名だけですむのでさほど不自由は感じていない。北郷も本来は郷郷と呼ばれているのだが、とっさの時はつい北郷と口にしてしまう。孫策を助けた時がそうであったように。

「それで、周瑜の代わりってどういうこと」

 話を戻す。

「周瑜も北郷と同じく、安静の身になってしまったのよ」

「雪蓮、身の内を明かす事は無いだろう!」

「そういう事。いいわよ」

 呆気ないほどの賈駆の返答。逆に孫策や周瑜が驚く。

 先ほど北郷が医者に何かを伝えていた。そして現在の結果がある。北郷が医者を呼びとめた時、この後にきっと何かがあると賈駆は予想はしていた。

 どうせ北郷が動けないのだ。今までのように邑を見回る事も出来ない。ならこの城で北郷がきちんと見てもらえるように孫策や周瑜に恩を売っておくのも悪くない。そう考えたのだ。

「それで、何をすればいいのかしら」

 

 結果、賈駆はとある豪族の討伐隊を率いる事になった。参加する将は黄蓋と、補佐として呂蒙。呂蒙については周瑜から育ててほしいとの依頼も受けている。

 ちなみに、他の呂布、張遼、華雄は兵の訓練を行っているし、陳宮も動けない周瑜の代わりに内政の補佐をしている。董卓は北郷の身の回りの世話をしている。誰一人休んでいる者はいない。正確には北郷は休んでいると言えるのだが、体が動かないのだから仕方がない。

 賈駆、現在は駆駆が率いる部隊の兵数は三千。そして豪族が率いている兵は二万。だけど周瑜から聞いた情報を元に駆駆が必要としたのは黄蓋隊の精鋭三千のみであった。甘寧や周泰からはもっと兵を増やすべきだという意見も上がったが、周瑜および陸遜からはその兵数で許可が出た。

 そして、今通っている森を抜ければ豪族が篭っている砦に到着する。

「さて、そろそろね」

「でも、敵の二万に対して、こちらは三千しかいないんですよ」

 兵数の差が気になるのだろう。呂蒙、帽子を被り髪を後ろでまとめている女、からは弱気の発言が出る。約七倍の兵を相手にしようというのだ。それも相手は砦に篭っている。どう考えても兵法に当てはまらない。

「……そうね、多いわね」

「で、ですよねぇ」

 駆駆の言葉に、呂蒙は安堵の息をつく、何か策があるのだ。そう思って。だけど駆駆から返ってきた言葉は予想に反するものであった。

「黄蓋、隊の半分をここで待機。砦へは残りの千五百のみで進む」

「ほう、死地に向かうと?」

 黄蓋、紫の長い髪を髪留めでまとめて後ろに流している女、の反応は当然の事だろう。ただでさえ少ない兵数をさらに減らすというのだから。

「黄蓋隊には無理だと。それなら三千のままでも構わないわよ」

 軽い挑発。だけど黄蓋はその挑発に容易く乗った。いや、もしかしたら駆駆の考えている事を肌で感じたのかもしれない。

「なにをっ、この儂が恐れるとでも言うのか。わかった、隊の半分はここで待機じゃな」

 黄蓋が指示を出すと隊が正確に半分に割れる。さすがは黄蓋隊の精鋭と言えよう。

「祭さまっ、無茶です!」

 祭というのは黄蓋の真名。

 慌てて呂蒙は祭の行動を止めようとするが、その言葉に被せるように駆駆が言葉を発する。

「呂蒙。あなたも軍師なら本質を見極めなさい」

「えっ?」

「なぜここで千五百の兵にしたのか。その答えは後で聞くわ」

 そして千五百人になった隊を率いて、駆駆は森を抜けた。

 目の前にあるのは砦。そしてその周りには荒野が広がっている。

「さてと、砦に到着か。予想通り篭城を選んでるようね」

「当たり前です。その為の砦なんですから」

 駆駆はそんな呂蒙の言葉など気にする様子も見せずに黄蓋へ声をかける。

「さて、黄蓋、あなた声の大きさには自信があるかしら」

「ふん、孫策軍一じゃて」

 黄蓋は胸を叩きながら答える。

「なら、砦に篭ってる弱虫どもに降伏勧告を。内容は――」

 

「砦に篭る兵どもよ。我が孫策軍に抵抗しようとするその心意気は買おう。だが、それが無駄だとなぜわからぬ。その行為が安寧の妨げになるとなぜ気付かぬ。今なら一時の気の迷いとして水に流そう。だが、一度でも戦いを交えればもはや救いの手は差し伸べられないと知れ。返答は半刻待つ。その間に身の振り方を考えるが良い!」

 砦の前でそれを伝えた黄蓋が帰ってくる。

「これで良いのか」

「ええ、あとは相手が動くのを待つだけね」

 時が過ぎるのを待つ。

 だがこの時点で敵が取るべき手段は篭城なのだ、出てくるはずが無い。そう思っていた呂蒙だが、あっさりとその予想が外れる事となる。

「敵が砦の門を開けて……篭城のはずじゃあ……」

 そう、敵は砦の門を開け孫策軍へ向かってこようとしていた。

「呂蒙、ここで問題よ。敵の目的は何?」

 不意に駆駆から声がかけられる。

「それは……砦を守る事」

「落第。それは結果であって目的では無い」

「えっ、でも……」

「今回だけは少し手伝いをしてあげる。相手の目的は孫策軍を撃破する事。そして孫策軍弱しと他の豪族にも反乱を促す事。その時の孫策軍の兵数は関係ない。ただ勝ったという実績が欲しいだけ」

 孫策自身が打ち取られれば話は別だが、それ以外の隊が討たれた所でさらに多くの兵で攻めればいいだけだ。だけど孫策軍に対する豪族の数が増えれば話は別になる。それだけ多くの相手をしなければならない。自ずと一つの豪族に対する兵の数は少なくなる。

 それが相手の取るべき当然の行動だ、と駆駆は言う。

「さて、もう一度問題よ。相手の数は二万、それは砦の中にいる。そしてこちらの数は千五百。もし相手の将が先ほど言った結果が欲しいとしたらどうするのが一番良いか」

 呂蒙は言われて気付く。今のこの状況がもたらした結果を。

「それは……二万の兵全てを使ってでも孫策軍を倒す事。そしてこれだけ見晴らしの良い場所では伏兵の心配はない。だからこそ敵は討ってでた。だから途中で兵の数を半分にした」

「正解」

 これが三千の兵だったら敵は動かなかったのかもしれない。だから千五百という数にした。それはわかる。でも敵が動いたからどうなるというのだ、呂蒙は隣で不敵に笑っている駆駆が不思議でならない。

「でも、敵はこちらの十倍以上なんですよ。勝てる訳が……」

「本質を見なさいと言ったはずよ。もし邑を占拠するとして、あなたは村人と同数の兵を率いる? 率いる必要が無いでしょう。相手は孫策が揚州の統一に着手するまで軍としての兵数は少なかった。ほとんどが最近集められた村人でしょうね」

「それは……そうかもしれませんけど、でも……」

 確かに見てみれば武器を持つ手も危なげな兵士が多い。だけどそれがなんだというのだ。訓練された兵士であろうと三人、いや五人に囲まれれば相手が素人であろうと苦戦する。最悪討ち取られる。戦とはそういうものだ。どう囲まれないように動くか、兵を動かすか、それが軍師の仕事では無いのか。それなのに、今十倍以上の数に取り囲まれようとしている。これのどこが策だと言うのか。

「孫策軍は反董卓連合で実戦経験がある。そして揚州統一の為に訓練もしている」

「だからって……」

「臆病は時として罪になる。呂蒙、あなたは今それをしているのよ!」

「えっ」

 駆駆の怒鳴り声に呂蒙はビクッと体が反応する。今までに何かを教わる時にこんなに突き放された事は無かった。大抵はわかるまで優しく教えてくれた。だけどこの駆駆はそんな甘い事はしない。臆病だと、それが罪になると突き放したのだ。

 しかもそんな事には構わずに駆駆は言葉を続ける。

「さて、相手が動き始めたようね。もう一度だけ答えを導く為の手伝いをしてあげる。だけどそこまで。その後はあなたが考えなさい」

「もう一度だけ……」

 呂蒙はその言葉を頭の中で何度も繰り返す。

「それと、一つだけ訂正しておくわね。揚州の統一を考えているのなら誰が敵で誰が敵でないか、それを見極めなさい」

 駆駆は瞬時に指示を出している者の存在を位置を見極める。すでに相手はこちらの兵を包囲している。だが、何か策があるのかもしれないと攻撃命令までは出していない。だから駆駆は何人かの者がチラチラと視線を向ける方向を見極めるだけでその者の位置を確認できた。

「まったく、ここの豪族は最低ね。兵のみを進めて自分は一番奥に隠れている」

 その者は孫策軍に近づこうとはせずに、一番遠い位置に存在していた。だけど二万の兵とはいえ、孫策軍を完全に包囲する形に移動させたのだ、一方向のみを考えれば幅はそんなに厚くない。

「黄蓋、あの者を撃てる? いえ、撃ちなさい」

「はっ、この程度の距離を外すものか」

 黄蓋は迷うことなく一本の矢を放つ。それは豪快に風を切り裂き、駆駆が指定した者の眉間を貫く。

 相手に動揺が広がる。だが、それもすぐに収まろうとしている。違う者が指揮を受けついだのだろう。

「さぁ、呂蒙。答えは示したわ。後はあなたが考えなさい」

「えっ、そんな……こんな状況で……」

「そう、出来ないの。なら言っておくわね。ボク、別に孫策軍が負けても気にしないの。いえ、すぐに戦が終わるなら負けてくれていいわ。そうしたらボクは帰れるし」

 駆駆はさらに呂蒙を突き放す。

「そんな、無責任な!」

 呂蒙は声を荒げる。

 だが呂蒙は気付いていない。完全に包囲された状態で負けると言う事がどう言う事かを。駆駆にはすでに逃げ場が無いと言う事を。

「無責任、ねぇ。なら、軍師として策の一つも立てれないあなたはどうなの。それが無責任ではないと言えるの」

「それは……」

「ほら、早く指示をしないと機を逃すわよ」

 駆駆は言った、機を逃すと。ならば今がその機なのだ。だから今この状況なら活路はあるという事。勝つ為の手段があると言う事。そしてその答えはすでに示されたと言う。駆駆は何をした……祭さまに兵を率いる者を討たせた。でも、それでも状況は変わっていない。敵の動揺はすでに収まりまじめている。なら何が目的で……それに先ほど言われた言葉も気になる。誰が敵で誰が敵でないかを見極めろ、という言葉が。そして呂蒙の頭に一つの閃きが浮かぶ。

「祭さま、兵に指示を出している者はわかりますか?」

「うん? それなら先ほど倒したばかりではないか」

「違うんです。軍をまとめている者ではないんです。あれだけの人数をまとめるのは一人では無理なんです。何人かに一人、そしてその小さな集団何個かに一人、さらにその大きな集団何個かに一人、それをまとめる者が必要なんです」

 呂蒙は辿り着いた、その考えに。将の言葉がそのまま全ての兵に届くのではない。その言葉の意味を考え、そして伝える者が必要なのだ。そしてそれは……。

「それは元々豪族の元で兵として訓練された者。指揮をするのに慣れた者。それを撃ってください」

「ほう、心得た。黄蓋隊、兵に指示を出している者を狙え。兵そのものは無視してよい」

 二万の兵がいるとはいえ、それをまとめる者の数が千五百より多いということはない。そして黄蓋隊の精鋭は優秀だった。瞬く間に兵に指示を出している者を見極め、射貫いていく。

 そして残ったのは、ただ指示を待つだけの兵。それも最近集められた村人ばかり。形勢的にはまだ孫策軍が不利。だけど、敵は……違う、相手は戦うすべを知らない。呂蒙は気付いた。今まで駆駆は敵という単語は使っていなかった。相手と呼んでいた。だからわかったのだ。もう敵はいない、と。

「祭さま、もう一度声を。内容は――」

 戦場に再度、黄蓋の声が響き渡る。

「孫策軍は無駄な殺生は好まぬ。だが抵抗する者には容赦はせぬ。さあ、己の道を決めるが良い。このまま戦を続けて屍と化すか、それとも邑に帰り平和な生活に戻るか、なんなら我ら孫策軍に志願しても良いぞ!」

 相手の反応は様々だったが、それでも一つの方向性があった。少なくとも戦を続けようという者は一人としていなかった。戦に慣れていたはずの指示を出すべき者が瞬く間にやられてしまったのだ。そんな軍相手に素人の自分たちが敵う訳が無い、そう思ったのだろう。豪族の元に集められた者たちは一人、また一人と武器をその場に下ろしていく。

 それでも呂蒙は緊張を隠せない。もし今ここで一人でも攻撃するという暴挙に出れば、それは波となって孫策軍を飲み込むであろう。数では圧倒的に負けているのだから。

 だけど呂蒙が心配するような事は起こらなかった。いや、逆だ。呂蒙が思っていたのとは違う反応。相手のおよそ二割ほどの者が孫策軍に志願してきたのだ。数にして四千。今回出陣した兵数よりも多い人数が。

「ほら、引き上げるわよ」

 駆駆に言われて、呂蒙はやっと戦が終わったのだと実感する。

「では、志願者はこちらの軍の後についてきてください。邑に帰りたい者はそのまま帰ってくれて構いません。ですが、また敵対するのであればその時は容赦しません。その事は他の邑へも伝えてください」

 呂蒙の指示に従い、人々が移動を始める。

「正解。これで孫策軍は風評を手に入れた。十倍以上の兵にすら勝つという事と刃向かう者には容赦はしないという事。そして庇護を求める者には救いの手を差し伸べるという事の三つを」

 それは先ほど邑に帰った者たちの口から広まっていくだろう。そしてそれは今後孫策軍に刃向かおうとする豪族を抑制する効果を持つ。

 そして孫策軍は帰り道で森に残していたもう半分の兵と合流する。その姿を見て、豪族の元に集められた者たちは、抵抗しなくて良かった、備えの為の兵が用意してあったのだ、と勝手に解釈する。

 呂蒙は感じた。駆駆はそれすらも最初から想定していたのだと。今回の戦は最初に隊を選んだ時点で全てが駆駆の掌の上で転がされていたのだと。何枚の壁を乗り越えれば辿り着ける事が出来るのだろうか、この駆駆という者と同じ立場へ。だが、辿り着いてみたいという気持ちにもされた。その実力を見せられて、いやその実力に魅せられて。

 

「どうだった、呂蒙は」

 孫策の居城に戻ってきた賈駆は周瑜の元へ報告をする為に足を運んでいた。軍としての報告はすでに呂蒙が済ませている。だけど呂蒙の指導のための報告がまだ済んでいない。

 周瑜はまだ安静中という事で自室で椅子に座っている。賈駆も机を挟んで反対側の椅子に腰をかける。

「そうね、面白い人材だとは思うわよ。でも育て方が甘いんじゃない? もっと苛酷な環境に置いた方が育つと思うわよ」

「それは育てるというのかね」

「結果的に育てばいいじゃない。でも、私はもうしないわよ。それはあなたが元気になってからやりなさい」

 ふふふと周瑜の口から笑みがこぼれる。

「そうだ、北郷だが上半身を動かせるようになったぞ」

「なっ、それを先に言いなさいよ。もう報告は終わりよっ」

 それだけ告げると賈駆は周瑜の部屋から飛び出すように出ていく。

「全く、北郷という男にそれほど惹かれているのか。」

「あなたも惹かれているんじゃなくって。あの賈駆にそれほど想わせる北郷に」

「雪蓮か、冗談を言うな。我が忠誠は孫家のためにある」

 賈駆が出ていった扉が閉まるより早く孫策が部屋に入ってきた。

「それにしても北郷か……覚えてる? 曹操が私たちに声をかけてきた事を」

「ああ、劉備が帝になった後だったな。中央の仕事をしろという事だったが……この揚州を統一するまで待ってもらったんだろう」

 その返答は周瑜のいる前で行われた。と言うよりも声をかけられた瞬間に孫策が即答したのだ。

「あんなの建前よ。面倒だから逃げただけ。でも、今だったら違う答えを出すかもね」

「ほう……」

「だって、曹操に私たちの名前を告げたのはきっと北郷だもの」

「……それに気付くか」

 曹操は己の力を良く知っている。だから他の者に頼らない傾向がある。それなのに孫策に声をかけた。それは誰かから言われた事。そして当時の流れを作ったのは他ならぬ北郷なのだ。それが結びつかない訳がない。

「さて、どうする?」

「どうするとは?」

「だって、私もあなたも北郷に命を助けられた。ならその恩は返すべき。いや返さないと私の気がすまない」

「ほう、それで」

 周瑜には孫策が何を考えているのかもうわかっている。だけど、それを孫策の口から言葉として発せさせる為にわざと訊ねる。

「この揚州を統一した後は中央で……北郷が信じた劉備と曹操に力を貸す。この孫家の全てをかけて」

「同感だな。この大陸の平和は江東の平和にも繋がるのだ。その為に力を尽くす事に何の不満があろう」

「それにしても勿体無いなぁ。北郷が元気になっちゃったらあの七人はここから出て行っちゃうんだろうなぁ」

「そうだろうな」

 北郷が孫策を助けた時に毒に侵されてさえいなければここに長居する事すら無かっただろう。

「欲しいなぁ……うちに仕えてくれないかなぁ。そうだ、冥琳が北郷と結婚するとかどう?」

「はっ、私があの北郷とか。その前にあの六人に殺されてしまうよ。雪蓮こそ立候補したらどうだ」

「武力的には張遼まではどうにかなりそうなんだけど、呂布がねぇ……」

 孫策の表情はいたって真面目だ。本気で考えているのだろう。

 それを見て、周瑜は思わず吹き出しそうになる。どこの世界に花婿を力づくで攫っていく花嫁がいるというのだ。逆ならありえるのだが。

「確かに呂布は無理だな。それに北郷はあの曹操が手元に留めておけなかった人物なのだぞ」

「それを考えると無理かなぁ」

「無理だろうな」

 そう、無理だ。北郷は揚州なんて小さな器に入りきる人物では無い。この大陸全てでどうにか収まるかどうかという人物なのだ。周瑜は直接北郷と会話をしてそう感じていた。ならここに引き止めることは大陸の損失となる。それは江東の損失にもなるという事。だから北郷たちがここを出ていくというのであれば止めるつもりもない。そしてそれは孫策も感じている事だった。

 

「すみません、結局三ヶ月もお世話になってしまって」

 そう、俺が回復するまで三ヶ月かかってしまったのだ。最初の一ヶ月でどうにか立てるようにはなったのだが、普段通りに体を動かすには筋肉が固まってしまっていた。だからリハビリに二ヶ月もかかってしまった。

「いいっていいって、こっちもいろいろ手伝ってもらったしね」

 孫策が軽く手を振りながら答える。

 その話は皆からも聞いている。流石に表立っては動いていないが訓練なり、補佐なりでいろいろと恋や詠たちが動いていた。結果それがこの大陸の平和に繋がるのなら、気にする事はない。

「揚州の統一まで手伝えれば良かったんですけど……」

 後一歩で揚州の統一が成し遂げられる。そして孫策が手に入れた地域では平和な暮らしが送られているという噂も耳にしている。でも、違う噂も耳にしてしまった。盗賊が跋扈している州があると。

 だから俺たちはそこに向かう事に決めた。揚州は孫策に任せて大丈夫だと実感したから。

「雪蓮、よ。私の真名」

 あれ、華琳に続いて孫策の真名も預けてもらえるのか。俺って今回寝てただけなんだけどなぁ。

「わかったよ、雪蓮。それじゃあ、揚州の統一頑張ってね」

「あー、もう。やっぱり駄目。勿体無い。ねえ、北郷、孫策軍で気に入った女の子いない? 好きなだけあげるからこのままここにいてよ。あ、私を選んでくれても大じょう……ごめん、やっぱなしで」

 俺と雪蓮の間には一瞬のうちに六人の人影が現れている。こちらに背を向けているので確認は出来ないが、雪蓮の表情から察するに、かなり威圧的な表情をしているに違いない。というか、武将組はしっかりと武器を手にしているし。いつの間に。

「北郷」

 声をかけてきたのは周瑜だ。彼女もすでに病気は治っている。これで彼女の運命も変わるはずだ。病気で死ぬという運命から。

「揚州が平和になったら我らも中央の仕事を受けようと思う」

「本当ですか、華琳も喜ぶと思います!」

 孫策軍の中にいて、様々な人物の名前を聞いた。雪蓮、孫権、周瑜、陸遜、呂蒙、黄蓋、甘寧、周泰。それらが華琳の手伝いをしてくれるのならこの大陸も平和にまた一歩近づけるというものだ。

「ほう、曹操の事を真名で呼ぶ仲か。もしや閨でも一緒にしたか」

「ぶっ!」

「はははっ、冗談だ」

 いや、冗談ですまないんですけど。先ほど雪蓮に向けられた視線がそっくりそのままこちらに向けられている。

 怖い、怖すぎる。

「いや、そんな時間無かったのは皆さんも知っていると思うのですが……」

 そうだ、俺は皆と一緒に行動していたじゃないか。曹操と会話をしたのだって戦場でだし、閨を一緒にだなんてそんな事はありえない。

「へぇ、時間が有れば閨を一緒にするんだ」

 それは揚げ足取りと言うんですよ、詠。

「そんな事ないですよ。月ならわかってくれるよね」

 董卓軍の良心である月に助けを求める。

「そういえば、関羽さんを連れてきた時も劉備さんとは関羽さんだけを連れて会うつもりでしたよね。あれってまさか……」

 えー? 月もそっち側ですか! これはどうしたらいいんだよ。

「あら、そういう事有りだったの? なら子種だけでももらっとけば良かったかなぁ。天の御遣いの血、それも北郷との子ならきっと聡明な子になったでしょうね」

 だから混ぜっ返さないで下さい、雪蓮。

「北郷ーーっ!」

「誤解だっ。やましい事は何もないぞっ」

「ならなんで逃げるのよっ」

「そっちが追いかけてくるからだろっ」

「そっちが逃げるから追いかけてるだけよっ」

 そんな事をしているうちに、いつの間にか雪蓮や周瑜と距離が離れていた。あれだけお世話になったのにきちんと挨拶もしないで別れるなんて俺には出来ない。

「雪蓮、三ヶ月世話になったな。また会った時よろしく頼むよ」

「なにをよろしく頼むのよっ」

「なっ、普通の挨拶だろうがぁ」

 

 こうして揚州での俺たちの活動は終えた。

 雪蓮が揚州を統一したのはそれから間も無い事だった。


 
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