放課後。
琴葉、光一郎、ユズは、由香里達と共に友達の家へと向かった。
彼女は陣内菜奈といい、年上だが気さくで、由香里はすぐに仲良くなったのだという。
「都市伝説の怪人と遭遇した人とほんとに会えるなんて、私、生きててよかったかも」
「僕もこんな経験初めてだよ」
夏純と和也は怖がりながらも興奮しているようだ。
「私は、何かの見間違えだと思うんだけど。そういうのほんとにいるのかな」
先頭を歩く由香里が不安げに呟く。
(三人とも、実際に怪に遭遇しているんだけどね)
琴葉は、彼らを見ながらそう思った。
夏純はテケテケに、由香里は赤マントに、和也はトイレの花子さんに遭遇していた。
だが、怪が元の世界に帰ったため、その記憶が消えたのだ。
「ここよ」
やがて、住宅地の一角で、由香里が立ち止まった。
目の前に、菜奈の大きな家があった。
「そう、あの話を聞きたいのね」
由香里から説明を受けた菜奈は、琴葉達六人を自分の部屋に招いた。
ちょうど学校から帰って来たところらしく、制服のままで出迎えてくれた。
「急に来ちゃってごめんなさい」
由香里が謝ると、菜奈は「ううん」と笑顔で答えた。
「お話を聞いてくれるだけでも嬉しいよ。お兄ちゃんなんて、『そんな女の人いるわけない、お前、歩きながら寝ちゃって夢でも見たんだよ』って言ってたもん」
学校の友達もまともに話を聞いてくれなかったらしい。
「心配してくれたのは、由香里ちゃんだけだよ」
菜奈は「ありがとう」と微笑みながら礼を言った。
部屋には様々な人や動物の絵が飾られている。
全て菜奈が描いた絵らしい。
ユズは「いい絵」と絵を見て感心する。
「菜奈さんは、絵画教室でも一番絵が上手なのよ」
由香里はそんな菜奈に憧れて、絵の勉強をしているらしい。
菜奈は絵を褒められて照れ笑いを浮かべるが、すぐに真剣な表情になった。
「それで、あの女の人の事なんだけどね……」
全員が菜奈の方を見る。
菜奈は、机の上に置いてあったスケッチブックを手に取った。
「昨日、お兄ちゃんが全然信じてくれなかったから、その人を絵に描いて見せたの」
それでも、兄は信じてくれなかったらしい。
菜奈は「これよ」と言って、スケッチブックに描かれた絵を見せた。
そこにはツバ広の帽子を被り、ワンピースを着た、髪が腰元まで届くような手足の長い女の人が描かれていた。
隣に横断歩道の信号機も描かれている。
背はその高さと同じぐらいだ。
「帽子とワンピースは白色だったわ」
「これが都市伝説の怪人なのね。夏純ちゃん、どういう怪人か分かる?」
菜奈の言葉を聞き、由香里は夏純に尋ねた。
夏純は頭を傾げた。
「こんな怪人、知らないかも」
夏純は都市伝説が好きだけれども、何でも知っているわけではない。
すると、光一郎がスケッチブックを手に取った。
「もしかしてとは思っていたけど、やっぱり、こいつだったのか」
「……こいつ、見た事ある」
「その怪を知ってるの?」
「見た目だけ」
琴葉の言葉に光一郎は大きく頷き、怪の名前を言おうとした。
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「菜奈! スマホの充電バッテリー貸してくれ!」
制服を着た体格のいい男の子が部屋に駆け込んで来た。
「お兄ちゃん」
菜奈の兄で高校生の陣内信宏だ。
「昨日充電するの忘れててさ。残り十パーセントなんだよ」
信宏は棚に置いてあった携帯用の充電バッテリーを手にすると、そのまま部屋を出て行こうとした。
「絶対に見つけてやる。……『八尺様』を!」
「八尺様??」
琴葉達が聞き慣れない名前に戸惑う。
だが、光一郎だけは違った。
「あれが、今どこにいるのか知ってるんですか!」
「探す」
光一郎は凄い剣幕で信宏に迫り、ユズも淡々と言った。
「ちょっと、光一郎君、ユズちゃん、いきなりどうしたの?」
琴葉が慌てて尋ねると、光一郎が答えた。
「陣内さんが見たという背の高い女、その名前こそが、八尺様なんだ!」
「……聞いた事はある……」
しばらくして。
琴葉、光一郎、ユズは、道路を歩いていた。
「ねえ光一郎君、ほんとに八尺様は危険な怪なの?」
前には、充電バッテリーを差したスマホを持った信宏が歩いている。
「ほんとは、彼にも家にいてほしかったけど」
光一郎は神妙な顔つきでそう言った。
彼は先程、夏純達に今すぐ家に帰るように言ったのだ。
八尺様は凶暴な怪で、人を見ると襲いかかって来るらしい。
特に子供が嫌いらしく、子供を見るだけで見境なく攻撃して来るという。
光一郎は、信宏にも家にいるように言ったが、彼は聞き入れてくれなかった。
「絶対に動画を撮って、バズらせてやるんだ」
「……動画に虫が集まるの? 蛾とか毛虫とかムカデとか。危険、取り除く」
信宏は歩きながら、スマホを見て意気込む。
一方、ユズは信宏の言葉の意味が分からず、虫だと思って排除しようとした。
「ち、違う! 有名になるって意味なんだ!」
「なんだ」
彼はよく動画を配信しているらしい。
動画が話題になってバズると、それだけでクラスの人気者になれるという。
今まで、ダンス動画やチャレンジ動画、ドッキリ動画にペット動画と、ありとあらゆる種類の動画をアップしてみた。
しかし、全くバズらなかったそうだ。
「今回はみんなが注目する。八尺様の動画さえ撮れれば絶対に!」
信宏は八尺様の動画を撮り、人気者になりたいと言った。
そのため、家にいる事を拒んだのだ。
「ふーん」
「だけど、どうして急に八尺様がいるって信じたんですか?」
琴葉はそれが疑問だった。
菜奈の話によると、信宏は全く信じていなかったのだ。
「それに、八尺様の名前まで知ってるなんて」
すると、信宏がチラリと琴葉達の方を見た。
「みんなが言ってたんだよ。本当に二メートルを超える女を見たって」
「大きい?」
信宏は菜奈の話を全く信じなかったが、今日学校に行くと何人もの生徒が同じように目撃していたという。
「隣のクラスの生徒が、それは多分、八尺様だって言ったんだよ」
どうやら、夏純と同じように都市伝説が好きな人物がいたらしい。
信宏の学校では八尺様の話で持ちきりになった。
「君達も危ないと思ってるんなら、さっさと家に帰った方がいいよ。俺は八尺様を見つけるまで帰るつもりないから」
信宏はそう言うと、意気揚々と歩いて行った。
「……あの人が危険な目に遭わないようにしないと」
ユズは、彼を守りながら光一郎と共に八尺様を探すしかないと考えていた。
「一つ疑問があるんだけど」
琴葉はふと、光一郎に話しかけた。
「菜奈さんが言うには横断歩道で見かけた時、八尺様はすぐに逃げちゃったんだよね?」
「ああ、それは僕も不思議に思っていた。八尺様は凶暴な怪のはずなんだ。逃げるなんてあり得ないと思う」
背の高い女だと聞いても、菜奈が描いた絵を見るまでそれが八尺様かどうか光一郎が確信を持てなかったのは逃げたと聞いたからだ。
「凶暴な怪なのに、凶暴じゃないのかもしれないかあ」
琴葉は、最初に出会ったテケテケを思い出した。
光一郎はテケテケの事も凶暴な怪だと思っていた。
だが、実際は大人しく、ユズ曰く憎めない怪だったのだ。
「今回もそうかも」
琴葉はそれを光一郎に伝えようとした。
―ブゥウ、ブゥウ……
刹那、光一郎のポケットの中からバイブ音が響いた。
光一郎はハッとすると立ち止まり、ポケットからスマホを取り出し、電話に出た。
「はい。光一郎です、父さん」
電話の相手は、光一郎の父親のようだ。
「はい。そうです。この町に八尺様が現れたみたいで。はい。僕、遠野琴葉さん、ユズの三人でできます。必ず八尺様を元の世界に帰します」
光一郎は姿勢を正し、宣言するかのように父親に言う。
その姿はまるで師匠と弟子だ。
光一郎が昨日言っていたように、親と親しくした事はないのだろう。
やがて、電話を切った光一郎は、自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「今度こそ必ず……」
「……光一郎、張り切ってる」
光一郎は、怪帰師として一人前である事を証明したいのだろう。
彼は小さく頷くと、再び歩き出そうとした。
「えっ」
見ると、前を歩いていた信宏がいない。
「信宏さん、どこに行ったの?」
「消えた」
「え? あ、ほんとだ。知らない間に行っちゃったのかも」
三人は急いで信宏を追いかけようとした。
「うおおおお!」
前方の曲がり角の方から、信宏の大きな声がした。
「まさか、八尺様と遭遇したんじゃ!?」
琴葉達は、慌てて道路を曲がった。
すると、信宏が前方にいた。
彼の前には、小太りの青年と、細くてメガネをかけている青年が立っていた。
「八尺様じゃない?」
「ああ~!」
声を上げたのは、琴葉だ。
「……琴葉、どうした? 八尺様を見つけた?」
「そうじゃないよ、あの人達、マルサンカクーズだよ!」
「え?」
マルサンカクーズとは、人気の大学生動画配信グループだ。
「どうしてこんなところに??」
琴葉が驚いていると小太りの青年の方が顔を向け、ニヤッと笑った。
「やあ、君達もオレ達のサインが欲しいなら、色紙をちゃんと持ってくるんだZE」
「ZEが出た~!」
信宏が興奮する。
「え」
「琴葉ちゃん、ZEって何だい?」
「確か、マルサンカクーズの丸井さんの口癖だったような。もう一人の三角さんの方は」
細くてメガネをかけている青年がニヤッと笑った。
「オイラの口癖は、言葉の最後にYOってつける事だYO!」
「生YOが聞けた~」
信宏はますます興奮して満面の笑みを浮かべた。
「……そんなに嬉しい事? わたしには分からない」
普段動画を全く見ないユズには分からない感覚だ。
光一郎も、ぽかーんとしている。
琴葉も会えて驚いたものの、流石に信宏の興奮ぶりには引いてしまった。
そんな琴葉達をよそに、信宏は丸井達の握手を求めた。
「俺、陣内信宏っていいます! いつも動画見てるっす! めちゃめちゃファンっす!」
どうやら先程大きな声を上げたのも、彼らを見つけたからだったようだ。
「だけど、この町で何してるんすか??」
信宏が不思議に思うと、丸井がニヤッと笑った。
「この町に、八尺様がいるって聞いたんだZE」
マルサンカクーズの二人には、毎日のようにファンから色々な情報が寄せられるらしい。
昨日、この町で八尺様を見かけたという情報があったのだという。
「ちょうど、近くの町で美味しいお店の紹介動画を撮ってたんだYO。そんな時、八尺様が出たってメッセージをもらって。面白半分で探してみる事にしたんだYO」
「そうしたら、本当に八尺様に出くわしたんだZE」
「出くわした??」
マルサンカクーズの二人はスマホで動画を撮りながら、八尺様を必死に追いかけたのだという。
「だけど、動画で撮る前に逃げちゃったYO」
「だから、今日こそは絶対に捕まえてやるんだZE」
「凄い凄い凄い!」
「分からない」
それを聞き、信宏は満面の笑みを浮かべた。
ユズは、不満そうな顔をしている。
「俺、お二人を案内するっす! 町に詳しい奴がいた方がいいでしょ!? もし八尺様を見つけたら、俺も協力者として動画に出してほしいっす!」
「おお、もちろんだZE!」
「信宏くん、一緒に特ダネ動画をゲット! バズっちゃおうYO!」
「おおお、絶対バズりたいっす!」
マルサンカクーズの二人が駆け出す。
信宏もそれに続く。
「あ、ちょっと!」
「琴葉ちゃん、ユズ、僕達も行こう!」
「……分かった、追いかける」
「うん!」
琴葉、光一郎、ユズは慌てて彼らを追った。
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この世界の怪は、考え方が人間と同じものが多いんですよね。