No.1157588

リトル ラブ ギフト 最終回【さよなら、ありがとう! 双子星の光は愛の贈り物】後編

※最終回前編(前の話)→ https://www.tinami.com/view/1157587
※全文投稿しようとしたところ、文字数制限をオーバーしていたため
 前編と後編に分けました。こちらは【後編】となります。
 まだ【前編】をご覧になってない方は上のリンクから該当ページに飛び
 前編から先にお読みになられますよう、何卒お願いいたします。

続きを表示

2024-12-05 12:45:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:21   閲覧ユーザー数:21

 

トレディアから解放された人々は何だかよくわからないまま

それぞれの帰路につくため、建設現場を後にし去って行った。

 

戦いを終えたセーラームーン達もひとまず建設現場の外に出た。

ナツミとセイジューローは、ナツミの手に集めた

ビリビリに破れた小袋の破片をジッと見つめたまま黙っていた。

その表情はあまりにも暗い。

 

「エイルお兄ちゃんとアンお姉ちゃんの贈り物が……」

 

「せっかく見つかったのに……これじゃあ、もう……」

 

「「……ぅうっ」」

 

口を開いた瞬間、二人の堪えていた悲しみが爆発した。

 

「「ぅうああああぁぁぁぁぁあああああん!!!!」」

 

二人は大声を上げて泣きじゃくった。

目から涙が止まらない。

自分達は兄達から頼まれたおつかいを果たせなかった。

それが辛くて悲しくて苦しくて、たまらなかった。

 

「ジュジュ……こんな事になってしまうとは」

 

わんわん泣くナツミ達の姿を見ていられなくなり、

ベビーは思わず目を逸らしてしまう。

目をギュッとつむり、辛い気持ちを押さえられず小さく震える。

 

「……ナツミちゃん、セイジューローくん」

 

セーラー戦士達もいたたまれない思いで見つめていた中、

セーラームーンが静かに優しく声をかけて彼らの元に歩み寄った。

それに気づいたナツミが涙でくしゃくしゃになった顔を向けて

袋の破片を見せながら、しゃくりあげた声で必死に謝った。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!

 お兄ちゃん達の贈り物……渡せなくなっちゃったぁ……!」

 

「あなた達が謝る事なんてない。

 悪いのはこんなにした、トレディアだもの」

 

「でも、でも……!」

 

セイジューローも涙声で懸命に謝ろうとする。

しかしそんな彼らをセーラームーンはそっと、

目を閉じながら優しく抱擁してやった。

 

「私達は、あなた達が無事だった事が

 なによりも嬉しいの。 ……本当よ」

 

彼女の腕に抱かれながら優しい言葉をかけられて

少し気持ちが落ち着いたのか、

二人は泣きわめくのをやめて涙をゆっくりすすりはじめる。

すると今度は、タキシード仮面がアイマスクを外して

その凛々しい素顔で彼らのそばまで歩み寄り、語りかけた。

 

「そして、キミ達の強い勇気と美しい姉弟愛が、

 トレディアという宇宙の悪魔を滅ぼす力となった。

 キミ達二人の愛の心が、この地球の危機を救ったんだ……。

 我々にとってはそれだけでも、充分に素晴らしい贈り物だよ」

 

ナツミ達は目から涙がこぼれたまま、タキシード仮面の微笑む顔をじっと見つめる。

そしてセーラームーンは抱擁を解くと、ナツミが持っていた袋の破片を

一枚ずつ丁寧につまみ取り、自分の手の上に集めるとそれを二人に見せる。

 

「形は残らなくても、込められた想いだけはしっかりとここにある。

 あの二人の想い、確かに受け取ったわ……。

 ナツミちゃん、セイジューローくん、

 ……本当に、どうもありがとうっ!」

 

そう言ってセーラームーンはニッコリと、二人に微笑んで見せた。

 

「「うぅ……うぅぅぅ!

  せぇ~らぁ~むぅうう~んん~っ!!」」

 

彼女の優しさがあまりにも嬉しすぎて

ナツミとセイジューローはまた泣きだしながら今度は

セーラームーンに思いきり抱きつき返した。

そんな二人をセーラームーンもまた笑顔で優しく抱きしめる。

その様子を見ていたベビーが涙目で感激しながら駆け寄ってきた。

 

「ジュウ~! 誠にかたじけないでしっ!

 そう言っていただけると助かりますでしよ……それに、

 こんな情けないアテシに代わってこの子達を元気づけてくれて……

 本当にありがとうでし、セーラームーン! そして皆さん!

 ……よしよし、二人とももう泣くのはおよしでしよ」

 

そう言いながら、ナツミ達の涙を頭の葉っぱで優しく拭いてあげるのだった。

セーラー戦士達やルナとアルテミスも笑顔でその様子を眺めていた。

……と、そんな時。

 

「アタシも礼、言いたい……」

 

不意にセーラー戦士達の背後から、聞き慣れない声が聞こえた。

 

「んっ? ……え、えぇえ!?」

 

後ろを振り返ると、マーズが素っ頓狂な声を出して驚いた。

なんとそこに立っていたのは、カーディアンのウトンべケサだった。

 

「せ、セイジューローくんのカーディアン……!?」

 

マーキュリーが驚愕した声をこぼして後ずさる。

トレディアが消滅したことで生存していたカーディアンは全て

元の姿に戻ったはずだが、彼女だけは姿がほとんど変化していなかった。

唯一変化しているのは、ケサケサという奇声は発さなくなり

人語を操るようになっている事ぐらいだ。

 

これにはセーラームーン達だけでなく、

セイジューロー達やベビーも驚きを隠せず唖然とした様子である。

 

「い、今喋らなかった!?

 というか、トレディアがいなくなったのに

 どうしてアンタは人間の姿に戻ってないのよ?」

 

ヴィーナスが動揺しながら訊ねると

ウトンべケサは彼女の目をジッと見ながら話した。

 

「アタシ、もうカーディアン違う。

 だから言葉、また話せるようになった。

 それに今、アタシ元の姿そのまま」

 

「う~ん、なるほど?

 あなたは元々エイルとアンが所有していたカーディアン……。

 だからそもそも、あなたは地球人ではなかったワケね?」

 

片言で話すウトンべケサに対して、

ルナが自分の推測を彼女に告げる。

するとウトンべケサはこくりと頷いた。

 

「アタシ、ウトンべ星の戦士、ウトンべケサ。

 ウトンべ星人、トレディアのカーディアンに滅ぼされた」

 

「う、ウトンべ星……!? そ、そんな星があったなんて初耳だっ」

 

ヘンテコな名前かつ、全く未知の惑星と宇宙人の存在を知り

アルテミスは思わず頭を抱えてしまった。

 

「滅ぼされたって……友達や家族を……?」

 

ナツミが心配そうな表情で恐る恐る訊ねる。

するとウトンべケサは、哀しそうにやや目を伏せつつ

当時の情景を脳裏に思い出しながら語り始めた。

 

「ある時トレディア、突然ウトンべ星に現れた。

 悪い奴だとすぐわかった。アタシ同じ戦士の姉さん、

 他の戦士達と一緒、トレディアに立ち向かった。

 でも奴のカーディアン、強かった。勝てなかった。

 みんな次々やられてしまった……」

 

その時の凄惨な光景と、仲間達の最期の姿が鮮明に蘇り

ウトンべケサは歯をくいしばって、握った拳を小さく震わせる。

 

「最後に残ったの、アタシと姉さんの二人だけ……。

 だけどトレディア、アタシ達は倒さずカードに閉じ込めた。

 それでアタシと姉さん、カーディアンにされた……」

 

彼女の姉さん……一緒にカーディアンにされた……?

話を聞いていてそこまで考えたジュピターが、

ある事を思い出して声を上げた。

 

「あっ! ……あたし思い出したよ。

 昔エイルとアンと敵対してた頃、お前とよく似た

 格好と名前のカーディアンを倒した事があった……」

 

ジュピターの言葉にウトンべケサは反応し、

とある名前をポツリと呟く。

 

「ウトンべリノ……」

 

「ま、まさか」

 

セーラームーンは嫌な予感がして小さく声が漏れる。

その名前はセーラームーンにも、ぼんやりだが何となく聞き覚えがあった。

大体なにより、名前の響きが彼女とほぼ同じではないか。

 

「ウトンべリノ、アタシの姉さん」

 

「そうだったのか……」

 

聞いてジュピターは、やっぱり……と

複雑な表情を浮かべた。

セーラームーンがウトンべケサの前まで歩み寄り、

本当に申し訳なさそうな顔で声をかける。

 

「う、ウトンべケサさん、その……

 ごめんなさい。私、あなたのお姉さんを……」

 

昔、元に戻そうともせずそのまま倒してしまった……と。

カーディアンの正体を何も知らなかったとはいえ、

あの時止めを刺したセーラームーンの心は今、罪悪感でいっぱいだった。

 

そんな様子を見ていたセイジューローとナツミも、

かつて兄達がウトンべケサのお姉さんを、尖兵として戦わせていた事に

対して本当に申し訳なかったと、あの二人の代わりに謝罪したいという

思いで、ウトンべケサを見つめていた。

 

しかし謝罪するセーラームーンに対し、ウトンべケサは微笑みながら言った。

 

「謝る事ない。姉さん誇り高かった。正義感強い人だった。

 心無い悪魔として生き続ける、きっとすごく嫌だったはず。

 お前達が姉さん、そしてアタシ、呪縛から解放してくれた。

 姉さんもきっと、あの世で喜んでると思う……。

 だから姉さんの分まで礼言いたい。ありがとうセーラームーン」

 

当人から感謝の言葉を貰ったセーラームーンは、心の荷が

下りたような解放感を覚え、少し涙目になりながら笑うのだった。

 

「キミは、これからどうするつもりだ?」

 

なんとはなしにタキシード仮面が訊ねる。

するとウトンべケサはまた寂しそうな表情になり、答えた。

 

「ウトンべ星もう無い。誰もいない死の星なってる。

 アタシが帰る場所、どこにもない……。

 地球人に見つからないよう、山奥でひっそり暮らす……」

 

カーディアンであろうとなかろうと、自分はこの星の人間からすれば

異形の存在、バケモノでしかない。

姿を見られて混乱を招くわけにはいかない……

そう考えながら、彼女はその場から立ち去ろうと歩き出した。

しかしそれをセイジューローが声をかけて制止する。

 

「なら、ぼく達の星で一緒に暮らそうよ!」

 

ウトンべケサは立ち止まり、ポカンとした表情で振り返った。

セイジューローは懇願に近い表情で彼女をじっと見つめている。

 

「そうよ。それがいいわ!

 一人ぼっちで隠れながら生きるなんて、絶対辛いもの」

 

「歓迎するでしよ!

 キミにはセイジューローを護ってもらった恩もあるでし!」

 

ナツミとベビーもセイジューローの提案に喜んで賛同する。

そんな彼らに対し、ウトンべケサは困惑気味に聞き返した。

 

「……いいのか?」

 

「もちろん」

 

頷いてセイジューローが即答する。

しかし、彼の提案を聞いたマーキュリーが考え込みながらポツリと呟いた。

 

「でも、ウトンべ星人って生きていく上で何が必要なのかしら?」

 

「と言うと? マーキュリーちゃん」

 

キョトンとした顔でセーラームーンが訊ねる。

 

「私達地球人が食物を摂取したり、

 ナツミちゃん達が魔界樹からエナジーを供給されるのと同じように、

 ウトンべ星人はどうやってその生命を維持するのかという事よ。

 その条件がナツミちゃん達の星でも整うかどうかが問題だわ」

 

「ウトンべ星人、水さえあれば生きていける」

 

マーキュリーの疑問にウトンべケサがあっさりと答えた。

それを聞いたベビーは大喜び。

 

「なら全然大丈夫でし! アテシ達の星は自然も水も豊富でしからな」

 

「ウトンべケサ! ぼく達がキミの新しい家族だよ!」

 

セイジューローが嬉しそうに両手を広げながら叫んだ。

ウトンべケサは心の中に、温かい風が吹きこんだような感覚を覚えた。

 

「家族……」

 

「うん。家族で友達さ! これからはずっと一緒だ!」

 

ウトンべケサの頬がほのかに紅く染まる。

心の枷がはずれたように、彼女はセイジューローに微笑み返した。

 

「セイジューロー……ありがとう。アタシ、とっても嬉しい。

 友達の印、これやる」

 

そう言いながらウトンべケサが右手になにやら力を込めると、

ポンッ!と音を立ててある物体が出現した。

それをサッとセイジューローに差し出す。

 

「……え? これは、なに?」

 

彼はやや困惑しながら、それを素直に受け取った。

気になったセーラームーンがセイジューローの手の中を覗きこむ。

 

「んんっ、これって……へ? おにぎりっ!?」

 

その物体はどこからどう見ても、海苔が巻かれた普通のおにぎりだった。

なんのこっちゃと戸惑うセーラームーンを余所に、ウトンべケサが語る。

 

「ウトンべ星人、心許せる最良の友と出会えた時、

 感謝と敬愛を込めて、これ渡すのが習わし。

 これがアタシから、セイジューローとの、永遠の絆の誓い」

 

誇らしげに彼女はそう言った。

このおにぎりという物体に込められた想いを知り、

セイジューローは安心したように呟く。

 

「感謝と敬愛……これがキミの愛の形なんだね。

 ……でもこれ、どうすればいいのかな?」

 

「口に入れてくれればいい」

 

「口に……食べるってこと? わかった」

 

セイジューローがおにぎりを一口かじる。

咀嚼して飲み込んだ途端、

彼は瞳を輝かせて満面の笑顔で叫んだ。

 

「おいしいっ!! まことさんのカレーライスと同じだ!

 心が温かくなる、ウトンべケサの優しさが伝わって来るよ」

 

あまりにもおいしそうなリアクションを目の当たりにして

セーラームーンの腹が小さく音を鳴らした。

そして我慢できなくなり、子どものようにウトンべケサにねだりはじめる。

 

「え~! そんなにおいしいの!?

 ねぇねぇ私も食べてみた~い!!」

 

「ここにいるみんな、アタシ心許せる、友達……。

 お前やみんなにもやる。食べてくれ」

 

ウトンベケサは気前よくその場にいる全員に

自分のおにぎりをふるまった。

ただしモノを食べる事ができないベビーだけは、

その気持ちだけを受け取って遠慮した。

 

「もぐもぐ……おいし~! これがおにぎりって食べ物かぁ♪」

 

おにぎりを口にしたナツミが幸せそうに呟く。

セーラームーンも大きく口を開けておにぎりにかぶりついた。

そして至福に満ちた笑顔で恍惚となる。

 

「うっわぁ! ホント~においしいっ!!

 お米はふっくら炊き上がりで海苔もパリパリ、

 塩もちょうど良い加減……あっ、中身は鮭だ♪」

 

「うむ、この味は職人級だがなによりも愛がこもっている。

 料理に一番大切なのは愛情……そうだな、セーラージュピター」

 

おにぎりの味を評論するタキシード仮面から

同意を求められたジュピターが、頬張りながら笑顔で返した。

 

「あぁ、大したもんだ。本当にうまいよこれは。

 ひょっとしたらあたしが握ったやつより……と言いたいけど

 そこは簡単にはゆずれないね! ハハハハハ!」

 

他の三人のセーラー戦士もおいしそうにおにぎりを食べるが、

ふとマーズが気になった疑問を口に出した。

 

「それにしてもこれ、どこから出したの?

 いきなり手のひらの上に現れたように見えたんだけど……」

 

「おにぎり、材料なくても一瞬で作れる、これウトンべ星人の能力」

 

「無から有を生む……完全に魔法ね」

 

淡々と常識のように答えるウトンべケサに対して、

現実的な科学に精通するマーキュリーが半ば呆れ気味に呟いた。

 

「お前達、みんな好きだ。もっと食べてほしい」

 

嬉しそうにそう言ったウトンべケサの後ろには

いつの間にか大量のおにぎりが山のように積み上げられていた。

 

「いやいやいや!? さすがにこんなの食べきれないって!!」

 

驚いたヴィーナスのツッコミに、その場にいる皆が声を出して笑うのだった。

「……なにはともあれ、二人とも本当によく頑張ったでし!

 これではじめてのおつかいは、おわりでし。

 二人の成長ぶりにアテシも嬉しくってもう涙が……ジュジュ!

 マスターやエイルとアンにも胸を、いや葉っぱを張って

 嬉しい報告ができるでしぞ!」

 

「ぼく達、エイルお兄ちゃん達の所に帰れるんだね」

 

「そっか、もうみなさんとお別れなのかぁ……」

 

やはり別れが寂しいらしいナツミは、シュンとしている。

そんな彼女にセーラームーンが優しく囁いた。

 

「大丈夫。私達きっといつかまた会えるわ」

 

「ナツミちゃん、このバラを受け取ってくれ。

 私達からキミ達姉弟への、愛の贈り物だ」

 

そう言ってタキシード仮面がナツミ達二人の目の前に

差し出したのは、赤と白のバラの花、二輪だった。

ナツミが赤いバラを、セイジューローが白いバラをそれぞれ受け取る。

 

「わぁキレイ……それに優しい香り。なんだか心が安らぐみたいだわ」

 

「この白い花も……勇気と力が湧いてくるような、爽やかな香りだよ」

 

二人はそれぞれバラの香りを嗅いで、生命エナジーを得たのに近い

心身が満たされたようなリラックスした気分になった。

ベビーも同様にバラの美しさに見惚れつつ、バラから溢れ出る地場衛の

愛のエナジーを感じ取って、心が洗われたように晴れやかな気持ちになっていた。

 

「どちらも本当にステキな花でし……あっ、そうでし二人とも!

 帰ったらこの花を、アテシ達の星で育てるのはどうでしか?」

 

突然ベビーがナツミ達に、そんな思いつきを提案する。

バラが放つ愛のエナジーによほど感動したのか、その目はキラキラ輝いていた。

 

「……それって、エイルお兄ちゃん達が昔

 魔界樹の芽を育てて大きくしたようにかい?」

 

「それいいねっ! 私達の星が今より華やかでキレイな星になるわ!

 衛サマのくれたお花がいっぱい咲けば、アンお姉ちゃんが感激するかもだしね」

 

「ジュジュジュウ~!!

 マスターの植物に活力を与えるエナジーと、みんなの愛があれば

 この美しい花を、たっくさん増やせるでしよぉ~♪」

 

ナツミが提案にノリノリで乗ってくれたため、ベビーはすっかり有頂天になった。

二人が持つバラの周りをピョンピョンと軽快に跳びはねまわる。

 

「お姉ちゃん、良いお土産ができたね」

 

ナツミの地球に向かう時の【お土産があれば持って帰る】宣言を

思い出して、セイジューローがナツミにウィンクしながら呟いた。

それに対してナツミも笑顔でウィンクを返す。

 

「ありがとうございます、衛サマ!

 私達、ふるさとの星を衛サマのバラでいっぱいにします!」

 

タキシード仮面の顔をまっすぐ見つめながら、

ナツミが感謝と決意の想いを告げた。

彼もそれに応えるように爽やかに笑って見せた。

 

「フフっ、それは嬉しいな。がんばれよナツミちゃん……

 

 愛の花

   心に咲かすが

       人の道……んっ?」

 

ナツミ達が頭の上に【?】を浮かべた顔でタキシード仮面を見る。

彼自身も、なぜ自分は唐突にこんな事を呟いたのだろう、と

一瞬自分の口に手を当てた。

 

「あっ! まもちゃん、いまの月影の騎士様みたいだったよ♪」

 

セーラームーンが笑いながら懐かしそうに指摘する。

地場衛の強い想いが実体化し、かつて彼女を何度も助けてくれた【月影の騎士】。

彼は去り際にいつも、セーラー戦士に向けて川柳を作り贈っていた。

先ほどタキシード仮面が呟いたのは、確かにそんな彼を思わせる一句だった。

 

魔界樹との戦いが終わった時、月影の騎士は己の役目が終わった事を

セーラームーンに告げて、衛の記憶を蘇らせるため彼と一体化しその姿を消した。

だが月影の騎士という存在は、完全に消滅した訳ではなかったのだ。

タキシード仮面・地場衛は悟った。姿形は無くなっても、彼の意思は今でも

自分の魂の中で存在し、生き続けている事を。

 

月影の騎士はセーラームーンを護るために、エイルとアンと戦った因縁がある。

だからその意思がナツミ達のエナジーを感じ取って、表にふと現れたのだろうか?

 

「なるほどな。私の中にいるもう一人の私も、彼らを祝福してるという事か。

 ……きっと、こうしてすぐに再会できた俺達二人の事もな。うさこ」

 

「まもちゃん……♥」

 

セーラームーンとタキシード仮面が手を取り合い、

お互いの澄んだ瞳を見つめ合う。

頬を染めた顔と顔を近づけて今にもキスしそうな雰囲気である。

 

それを見た他の面々、特にマーズなどはやれやれまた始まった、

すっかり見飽きたと言わんばかりのリアクションだった。

エイル達で見慣れているハズなのに、セイジューローは二人の

オトナな雰囲気に何故かわからず緊張し、顔を赤くしてドキドキしている。

ウトンべケサは特に何も言わず黙って見守り、

ベビーは二人が放つ愛のエナジーをビンビンに感じて感涙していた。

そして、見つめ合う二人の姿がロマンチックな雰囲気に

しっかり見えているナツミは、ウットリした様子でそれを眺めていた。

 

「いいなぁ~♥ うさぎさんと衛サマ、なんだか

 ずっと昔から愛し合ってるお姫様と王子様みたい!」

 

すると、ナツミの呟きにセーラームーンがめざとく反応し

先ほどまでロマンスしていた雰囲気から打って変わって、

ナツミ達にニヤケ面を向きながら胸を張ってえばるように自慢しはじめた。

 

「えっへん! そりゃそうでしょ、ナツミちゃん!

 前世じゃ私達、本当に月のお姫様と地球の王子様だったワケだし、

 私とまもちゃんはその時からずぅう~っと、愛し合ってんだもの♪」

 

「えぇ!? ……うさぎさんって、前世からお姫様だったんですか!?」

 

「本当にお姫様、クイーンになるのって未来でのお話だったんじゃ……?」

 

ナツミとセイジューローは自分達が知らなかった事実に大いに驚く。

火川神社での昔語りで、セーラー戦士達が未来の世界に行き

そこでクイーンとキングになったうさぎや衛と会った話は聞かされていた。

しかしエイルとアンが地球にやって来る前、つまりダーク・キングダムと

戦っていた頃の話や、はるか昔の前世の話は二人には全くの初耳であった。

うさぎ達が彼らに聞かせたのは、エイル達が去って以降の話だけだったのである。

しかしセーラームーンは、二人は前世の話も周知の事と思い込んでいたため

予想外の反応に呆気に取られてしまった。

 

「あ、あれ。知らなかったの……? エイルやアンから聞かされてない?」

 

「全然……あっ、でもそういえば。お兄ちゃん達がうさぎさんの話をした時

 『月野さんは自分は月のお姫様だったとか訳のわからない妄想を

  平気で口にする、ちょっと危ないところもある女の子でしたわね~』

 ……って、アンお姉ちゃんが笑いながら話してたような気がします」

 

思い出してそう語ったナツミの話を聞いて、

セーラームーンは口をあんぐりと開いて唖然となった。

そして同時にある日の事を思い出す。衛が前世や過去の戦いの記憶を

忘れていた頃、銀河夏美ことアンに言い寄られていた衛に対して

うさぎは彼の記憶を呼び戻すために、お手製の紙芝居を見せて

衛と自分の前世での話を語って聞かせた事があった。

しかし傍から聞いていたアンに途中で止められた上に、

話の内容を全く信じていない彼女からバカにされてしまったのだった。

 

あの時のアンの嫌味ったらしい表情や言葉を思い出し、

セーラームーンは顔を真っ赤にして憤慨する。

 

「……むむ、む、むっきぃいぃい~!! 妄想じゃなくて事実なのに~!

 夏美さんってば、ホントに信じてなかったのねぇ~!!」

 

地団駄を踏んで悔しがるセーラームーンの姿に

ルナやタキシード仮面は顔を赤らめ恥ずかしそうに呆れ、

ナツミとセイジューローはただただ困惑し、マーズ達は爆笑するのであった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ではそろそろ、おいとまさせてもらいますでし……」

 

ベビーが名残惜しそうに言った。

ほんのひと時の楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、

とうとうナツミ達が地球を離れ、故郷の星に帰る時がやって来た。

 

地球に来た時と同じように、ベビーがエナジーのバリアを張り

その内側にナツミ、セイジューロー、ベビー、そしてウトンべケサが入る。

ベビーが念を込めると、バリアは彼らを包んだままゆっくりと上昇をはじめた。

高度が徐々に上がっていきナツミ達はセーラームーン達を見下ろし、

セーラームーン達は彼らを見上げる形になった。

 

「ナツミちゃん、セイジューローくん、元気でねぇ~!」

 

「たまには喧嘩もいいけど、基本は仲良くよ。ナツミちゃん」

 

「セイジューローくんも、お姉さんをこれからも大切にしてね」

 

「「ありがとうございました、セーラー戦士のみなさん!!」」

 

ヴィーナス、マーズ、マーキュリーが笑顔で順番に言葉を贈る。

ナツミとセイジューローも笑顔で手を振りながら応えた。

 

「魔界樹ベビーも元気でね」

 

「達者でな」

 

「ジュウウ~! ルナさんアルテミスさんも、どうかお元気でッ」

 

二匹の顔を見つめながらベビーが涙ぐむ。

そしてジュピターが徐々に遠ざかってゆくナツミ達を見上げながら声をかけた。

 

「二人とも、短い間だったけど……楽しかったよ」

 

「セーラージュピター……まことさん。 ぐすっ」

 

涙を浮かべて彼女の顔を見つめるセイジューロー。

ナツミも目に涙を溜めながら感謝の想いを大声で伝える。

 

「本当に、本当にお世話になりました!

 私達、きっと……いつかまた地球に遊びに来ます!」

 

「あぁ! いつでも待ってるよ!

 次に来る時はエイルとアンの二人も一緒にな。

 またあたしのカレーをご馳走してあげるからね!」

 

「「はいっ!!」」

 

二人の元気な返事を聞き届けると、

次はベビーに向かって大声で呼びかける。

 

「ベビー! 今度遊びに来た時も

 またウチの植物達の話し相手になってくれよなぁ~!」

 

「ジュジュジュ~! もちろん喜んでし!

 彼らにもよろしくお伝えくださいででし~!」

 

そして、今度はウトンべケサの顔を見つめながら……

 

「……お前もまた来いよ。お姉さんや仲間の分まで

 幸せに暮らせる事を祈ってるからな」

 

静かに微笑むジュピターに、ウトンべケサも穏やかに微笑んで返した。

 

「ありがとうセーラージュピター。アタシ達はもう仲間、友達……」

 

そしていよいよセーラームーンとタキシード仮面、

うさぎと衛が彼らに別れの言葉を贈る番になった。

二人は優しい笑顔でナツミ達とじっと見つめ合う。

 

「アン……いや、銀河夏美さんに伝えてくれ。

 地場衛はキミとの思い出を、しっかり心に刻んでいると。

 そして、銀河星十郎くんとともにいつかまた再会できる時を

 心から願っている、とね。……夏美さん達によろしくな」

 

「わかりました衛サマ!」

 

「私、月野うさぎも星十郎さんや夏美さんの事を、今でも

 大切なお友達だと思ってる、またあなた達二人に会いたいって

 彼らに伝えて。 ……きっとまた地球に来てね!

 私達、いつまでも待ってるから」

 

「はい、うさぎさん。必ず……」

 

タキシード仮面にナツミが、

セーラームーンにセイジューローがそれぞれ答えた。

……と、突然セーラームーンがある事を思い出し、

ナツミの顔を見ながらジト目のふくれっ面で付け加えた。

 

「……あっ! そうそうナツミちゃん!

 私が本当に月の王国のプリンセスだってことも、

 あっちの夏美さんにしぃ~っかり、言い聞かせといてね!

 と~っても重要な事だかんねっ!!」

 

何かと思えばと、また皆が声を出して笑った。そして……

 

「「さよならぁ~! みなさんさようならぁ~!!」」

 

ナツミとセイジューローが手を振りながら大声で叫んだ。

ウトンべケサも微笑みながら、さよならのハンドサインを送る。

 

「絶対また、遊びに来ますでしぃ~!」

 

ベビーも大声で叫び再会を約束した。

それを合図に、彼らを包んだバリアは上空へ向かって加速をはじめる。

 

「バイバァ~イ!!」

 

「帰り道気をつけてね~!!」

 

「エイルとアンによろしくなぁ~!!」

 

セーラー戦士達は笑顔で手を振りながら彼らを見送った。

タキシード仮面もじっと彼らを見つめ微笑みながら、

二本指を立てたハンドサインで敬礼している。

 

「さらばだ、愛に育まれた銀河の子ども達よ。 アデュー……。

 ……ふっ、またもう一人の自分が出てきてしまったようだな」

 

月影の騎士の気配を、今度は自分の中で確かに感じ取り

タキシード仮面は静かに笑うのだった。

 

     ……ッギュイン!!!

 

次の瞬間、ナツミ達のバリアは目にも止まらぬスピードで

暗雲が晴れ満天の星が輝く、夜空の彼方へ飛び去って行った。

完全に彼らの姿が見えなくなっても、セーラー戦士達は

彼らが飛んで行った夜空を見上げ続けていた。

 

「……行っちゃったなぁ」

 

ジュピターが名残惜しそうに呟いた。

そうね、とセーラームーンも小さく漏らすと

夜空を見つめたままタキシード仮面にそっと寄り添う。

 

「あの子達なら、きっと幸せになれるわね……」

 

「ああ。愛の素晴らしさを知る子ども達だからな」

 

二人の脳裏では、魔界樹の芽とともに

地球を去るエイルとアン、あの時の彼らの

愛を知った穏やかで優しい笑顔が思い出されていた。

あの時もこうして同じ場所で、二人で空の彼方を見上げていたな……と。

 

「……まもちゃん、本当にありがとう。

 助けに来てくれて。それも遠いアメリカから」

 

「さっきも言っただろ? どんなに離れてても、

 お前のピンチには必ず駆けつけると」

 

再び見つめ合い、ロマンティックな雰囲気が二人の間に漂う。

「はいはいごちそーさまっ」と他のセーラー戦士が呆れながら見守っていると、

タキシード仮面……衛はセーラームーンや皆の顔を見まわすと

急になにやら申し訳なさそうな様子で話しはじめた。

 

「……それでだな、うさこ。みんなにもちょっと相談なんだが……」

 

「ん? どしたの?」

 

セーラームーンがキョトンとしながら訊ねると、

突然衛は皆に頭を下げ拝むように手を合わせて懇願した。

 

「【セーラー・テレポート】で俺を、アメリカまで送ってくれないか?

 その、今すぐ戻らないと……明日、大学に提出する

 レポートの仕上げをしなければならなくてな……」

 

衛からの思わぬ頼み事に、そもそもどうやって

今回の事件を知り、アメリカからここまで駆けつけたのか?という

根本的なツッコミも忘れてセーラームーン達は脱力してしまった。

 

「ま、まもちゃん……。最後の最後で冴えないんだからぁ~」

 

冗談めいて嘆くセーラームーンに一同はまたまた大笑い。

事件が解決し、再び平和がもどった夜の十番町に

セーラー戦士達の安堵に満ちた笑い声が響き渡る。

彼女達を夜空に浮かぶ大きく美しい満月が、優しく見守っていた……。

ここはエイルとアンが暮らす、遠い宇宙のどこかにある名も無い星。

 

二人に見送られ、ナツミ達が地球へ旅立ったあの日から……十年。

ナツミ達に続く新しい生命の誕生からも、既に五年が過ぎており

エイルとアンが初めて地球に来訪した時から数えて、

もうおよそ四十年もの歳月が経過したことになる。

 

魔界樹から少し離れた平原で、エイルとアンは

ナツミ達よりもやや幼い、二人のエイリアンの子どもと戯れていた。

その二人は、五年前にナツミ達に次いで魔界樹から誕生した

新しい子ども達。ナツミ達と同じく双子の兄妹であった。

その一人、おっとりした雰囲気の女の子のエイリアンが、

自分を膝の上に乗せたアンの顔を見上げながら訊ねた。

 

「……それで、ナツミお姉様達は

 今は地球にいらっしゃるの~? アンお姉様ァ」

 

「そうですわよ、フルツ。

 二人は地球にいるわたくし達のお友達に

 会いに行っているのですわ」

 

フルツという名前の幼い少女の質問に、アンは微笑みながら答えた。

エイルとアンは二人の子どもに、彼らにとって年上の姉と兄にあたる

ナツミとセイジューローの話を語って聞かせていたところだった。

すると今度は、地面に座っているエイルの後ろからおぶさる形で

話を聞いていた、ヤンチャな雰囲気の男の子のエイリアンが口を開いた。

 

「でさぁエイルにーちゃん。セイジューローにーちゃん達に預けた

 その【愛の贈り物】って、結局なんなんだ?」

 

「私とアンの想い……私達の愛の結晶だよ、シド。

 もっとも、それはうさぎさん達に手渡す物ではないのだがな」

 

シドという名前の少年の質問にエイルは答えるが、

今まで二人の語りを聞いていたフルツが不思議そうに首をかしげた。

 

「どーしてですのぉ? だってお兄様達はお二人に

 小さな袋をお持たせして、それをお渡しするよう言ったのでしょ~?」

 

小さい袋なら普通に手渡せるはずなのに、なぜ渡せないのだろう?

なんだか【なぞなぞ】みたいで、エイルの言っている事の意味が

分からないフルツは、考えながら眉をしかめる。

 

「袋の中身がなんだったのかオイラ達に教えてくれよぉ。

 なんでねーちゃん達にもヒミツにしたのさ?」

 

シドもナツミ達に託された贈り物の正体が

気になって仕方がない様子である。

真実が知りたくて懇願の目を向ける二人を見て

アンはいたずらっぽく笑いながら言った。

 

「うふふ、実はその小袋にはね……

 なぁんにも入っていませんの。中身は、空っぽですわ」

 

「「えぇ~っ!?」」

 

想定外な回答に、シドとフルツが同時に驚いて声を上げる。

更にアンはつづけた。

 

「ナツミ達に持たせたのは、あくまであの子達を

 納得させるために用意した、表向きの物。

 本当の贈り物は別にあったのよ」

 

エイルとアンの意図が全く分からず

シドとフルツはますます混乱する。頭をひねる彼らに

今度はエイルが、十年前の自分達の真意を口にした。

 

「私達からうさぎさん達への、本当の愛の贈り物……

 それは、【ナツミとセイジューローの二人】なのだ」

 

「へっ……? ねーちゃんと、にーちゃんが?」

 

ポカンとしている二人に対して、

アンもエイルの語りに加わって話しはじめる。

 

「わたくしとエイルの純粋な愛で蘇った

 魔界樹から生まれてきたあの子達の存在こそが、

 月野さんや衛サマが教えてくださった愛が

 真実だった事の何よりの証明なのですわ」

 

「そう。ナツミ達は私達の愛が結実した証そのものだ。

 そんな二人の姿をうさぎさん達にお見せする事……

 それこそが私達の一番の目的であり、

 本当の愛を教えてくれた彼女達に対する、

 私達の心からの恩返しなのだ」

 

エイルとアンは尊い想いを宿した眼差しで天を仰ぐ。

仲睦まじく元気に遊ぶナツミとセイジューローの、

在りし日の姿を二人は思い浮かべていた。

 

「もちろん、シドとフルツ……あなた達二人や他の兄妹達も

 みぃんな、真実の愛から生まれた結晶ですわよ」

 

シドとフルツに温かな眼差しを向けながら

アンは穏やかに微笑んだ。……彼女の言葉によれば

どうやらシド達が生まれてから今日までの五年の間に、

更に魔界樹からエイリアンの子ども達が次々誕生したそうだ。

 

「セイジューローお兄様達が愛の結晶、愛の証……

 なぁんて美しいお話でしょお……。

 エイルお兄様ァ、アンお姉様ァ、お二人のお考えに

 フルツ、かんど~いたしましたですわ~」

 

二人の意図を知ったフルツは、その想いに気高さを

感じたらしくウットリしながら彼らの目を見ていた。

ちなみに彼女がお嬢様口調なのは、アンに憧れを抱いている故の影響である。

しかし、シドの方はあまり納得できていない顔をしている。

 

「そーかぁ? オイラはなんか回りくどい気がするけどなぁ……。

 ナツミねーちゃん達にも最初からそう言えばよかったじゃん?

 それに袋の中身が空だってわかったら、

 ねーちゃん達恥かいちゃうんじゃねーの?」

 

シドの指摘に痛いところを突かれたといった反応で

エイルはチラッと視線を横に逸らしてしまうが、少し考えたあと答えた。

 

「……確かに、二人が本当の事を知ったら

 私とアンは恨まれてしまうかもしれないな。

 だが、地球にはこのような言葉がある。

 【かわいい子には旅をさせよ】……と。

 少しばかり恥ずかしい思いをするのもまた、子どもの成長だ」

 

地球の中学校で学んだことわざを出してエイルは少し得意気だが、

それに対してシドは(物は言いよう、って事か……)と言いたげな

ジト目の表情で少し呆れている。だがそんな弟の反応を分かった上で、

エイルは今度は彼の目をしっかり見ながら真面目な態度でつづけた。

 

「ただ、空の袋を渡しても万が一の事があって渡せなかったとしても、

 どちらにしてもうさぎさん達なら、私達がナツミ達に託した想いが

 何なのか……きっと感じ取って理解してくれるだろうと私は確信していた」

 

アンもエイルの意見に同調し、

ナツミ達に本当の事を教えなかった理由を話す。

 

「それに本当の事を言うより、おつかいという名目の方が

 ナツミ達の場合、あまり気負わずに地球へ行かせる事が

 できると考えたのですわ。あの子達のありのままな姿を

 月野さん達にはお見せしたかったから……」

 

……その言葉は本心だという事はどうやら二人に伝わったらしく、

フルツはもちろんシドも納得したように、そっか……と呟きながら頷くのだった。

 

 

「おにーた~ん! おねーた~ん!」

 

その時、魔界樹のある方向から声が聞こえてきた。

見ると向こうからシドとフルツの兄妹よりも更に小さくて幼い、

エイリアンの双子が一所懸命こちらに向かって走ってきている。

 

「あっ、ソメイとヨシノだっ」

 

姿を確認したシドが、その双子の名前を呟いた。

その名前はアンがかつて地球でうさぎ達とお花見に参加した時、

桜の花の美しさに目を奪われた事が忘れられず

後から桜の事を調べて知った、一番有名な桜の品種の

名前から取ってアン自らが命名したものだった。

 

「どうしたんですの~? 急いで走ったら転んじゃいますわ~」

 

フルツが心配しながら小さな双子に声をかける。

ソメイとヨシノがエイル達の元までたどり着くと、

間髪入れず彼らに知らせを伝えた。

 

「おかーたんがみんなをよんでるよ、すぐきてって!」

 

「魔界樹が……? わかった、行こうアン。

 みんなも一緒に来るんだ」

 

エイル達はすぐさま魔界樹の元へと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

魔界樹の根元にはシド達やソメイ達の他の兄妹、

エイリアンの子ども達が、みんな既に集まっていた。

全員が魔界樹のてっぺんの方をじぃーっと見上げている。

 

駆けつけたエイル達も、自然と魔界樹の上方へと目をやった。

 

「……あぁっ! 見てエイル! 魔界樹に、花が……!」

 

アンが驚嘆の声を上げた。

彼らの目線の先には、魔界樹の幹から伸びる何本もの枝。

それらの枝先に淡い桜色の花がいくつもついていた。

かつてエイル達の一族の間でも幻として言い伝えられていた、

魔界樹の花が開花したのである。

 

「はじめて見た……。

 幻と言われていた、魔界樹の花が咲いた……!

 そして魔界樹から……凄まじいエナジーを感じる」

 

『そうだエイル……これは私の心の高ぶりの現れ。

 歓喜という感情のエナジーが沸き起こっているのだ』

 

エイル達全員の頭の中に魔界樹の声が響く。

花を咲かせるほどの喜びに満ちた生命エナジーが

魔界樹から生み出されている……これの意味する事を

考えたアンは、自身の予知能力である予感を察知し

魔界樹に呼びかけた。

 

「魔界樹、お母様! ひょっとして……!?」

 

『うむ。温かく、懐かしいエナジーが近づいて来ている……。

 お前達も感じるであろう』

 

魔界樹に促されたエイルとアンが、

そっと目を閉じて精神を集中させはじめる。

そして、自分達にも覚えのあるエナジーを感じ取って

ハッと目を見開いた。

 

「……あぁ、あぁ! 感じるぞ!

 このエナジー、間違いない!」

 

「長かった……とうとう、この日がっ!」

 

感激のあまり二人の目から自然と涙が流れはじめる。

それを見て驚いたヨシノが、心配そうに声をかけた。

 

「ねえねえ、おにーたんもおねーたんも

 どうしてないてるの? どっかいたいの?」

 

「ふふ、そうじゃありませんわ……。

 ソメイ、ヨシノ、シド、フルツ……そしてみんなも目を閉じて

 集中してごらんなさい。あなた達とよく似たエナジーを

 感じるでしょう?」

 

自分の涙を指で拭いながらアンはこの場にいる

子ども達に、自分達と同じように精神の集中を優しく促した。

そこで彼らも目を閉じて黙ってみる。

……しばらくしてシド、フルツの二人が呟いた。

 

「……ホントだ。オイラ達とそっくりなエナジーの奴らが

 この星に降りてきてるみたいだぞ!」

 

「あたくしも感じますですわぁ~。

 もしかしてこれが、お姉様達がお話されていた……」

 

「そうだ。ナツミとセイジューロー、そして魔界樹ベビーだ!」

 

普段の冷静さも忘れて、エイルは歓喜に満ちた声を発して

その喜びの感情を露わにした。ナツミ達の話を聞かされていた

シドとフルツも、エイルの様子に感化されてテンションを上げて喜び、

そして状況が分かっていないソメイとヨシノ、その他大勢の子ども達は

その雰囲気に便乗するようにキャーキャーとはしゃぎはじめた。

 

「ついに……ついに、帰ってきましたのね……。

 ……お帰りなさいッ、ナツミ、セイジューロー……!」

 

アンは彼らのエナジーを感じる方角の空を見上げて、

目にいっぱいの涙を溜めながらナツミ達の帰還を静かに喜ぶのであった。

 

 

「ジュ~! とうちゃ~く!

 ふるさとの星に帰って来たでしよ~!」

 

その頃、ナツミ達を包んだ魔界樹ベビーのバリアは

亜光速ワープを駆使してエイル達が待つ星にたどり着いていた。

そして大気圏内に入り、ゆっくりと降下を開始していく。

ベビーの頭はもうすぐマスター、魔界樹と再会できる楽しみでいっぱいだった。

 

「セイジューローとナツミの星……良いところだな」

 

眼下に広がる広大な大自然の風景を見下ろしながら

ウトンベケサは幸せそうに微笑むのだった。

 

……そしていよいよ地上の魔界樹の姿がはっきりと見えてきた時、

セイジューローの目に彼の待望だった光景が飛び込んできた。

 

「見て、お姉ちゃん! 魔界樹の根元、

 エイルお兄ちゃんとアンお姉ちゃんが手を振ってるよ!

 それに、ぼく達の弟や妹がいっぱいだ!」

 

喜ぶセイジューローに促されて、ナツミもその光景を見た。

そして目いっぱいの笑顔で大きく手を振りながら

遠い地上にいる彼らにも聞こえるほどの

元気いっぱいな大声でナツミは叫ぶのだった……。

 

「おにぃちゃあ~ん! おねぇちゃあ~ん!

 魔界樹ぅ~! みんなぁあ~!!

 帰ってきたよぉ~!! ただいまぁあ~!!!」

 

            【おわり】

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択