No.1157587

リトル ラブ ギフト 最終回【さよなら、ありがとう! 双子星の光は愛の贈り物】前編

※第4回(前の話)→ https://www.tinami.com/view/1139814
※最終回後編(次の話)→ https://www.tinami.com/view/1157588
※全文投稿しようとしたところ、文字数制限をオーバーしていたため
 やむをえず前編と後編に分ける事になりました。こちらは【前編】です。
 これでまだ終わりではありませんので、この前編を読み終えてから

続きを表示

2024-12-05 12:15:02 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:21   閲覧ユーザー数:21

十番町の空は、いつの間にか暗雲に包まれていた。

それまで温かな夕陽の光で紅く染まっていたのが噓だったように、

雲に光を遮られ影に覆われた町の風景は

まるで色が失われたモノクロ映画の世界であった。

暗い灰色に塗り替えられた町を、心まで凍てつくほど冷たい風が

悪魔があざ笑っているかのような不気味な音と共に吹き抜けていく。

 

月野うさぎ、木野まこと、ルナとアルテミス、

そして魔界樹ベビーとセイジューローの一行は、

道に沿ってばらまかれたカードを辿りながら

暗黒に染まった町の道を駆けていた。

愛野美奈子達三人と、セイジューローの姉ナツミを拉致した

声しかわからぬ謎の敵自らによるカードでの道案内。

罠である可能性を承知しながら、うさぎ達は

大切な仲間、そして宇宙から来訪した小さな友達を

救い出すことだけを考えながら走っていた。

セイジューローも姉を助けたい、そして謝りたいという想いを

胸に抱きながら、ひたすら前だけを見つめて必死に走る。

 

走り続けていた一行の足が止まった。

道しるべのカードはそこで途切れていたのだ。

足を止めたうさぎ達が顔を上げて

そのまま頭上の方へ視線を向けた。

 

「ここは、建設現場?」

 

まことが呟いた。

一行の目の前には、防音シートで全体を覆われた

建設中の巨大な建物があった。

今は作業員は誰もいないらしく、人の気配も重機の音も無く

シィーンと静まりかえっている。

辺りの薄暗い空気も相まって灰色のシートに包まれたまま

大きな姿で佇むソレは、異様な不気味さを漂わせていた。

 

「ジュジュ~? この場所は妙に懐かしさを

 感じるでし。マスターの記憶を辿ってみても

 ピンとくるビジョンが出てこないのに……不思議でし」

 

セイジューローの肩の上で建築物を見上げていた

魔界樹ベビーが、頭の葉っぱをくねらせながら呟く。

 

道や建物など周辺の風景を見まわしていたうさぎが不意に声を上げた。

 

「あ~! 思い出した!

 確かここ、夏美さん達の住んでたマンションがあったトコだよ!」

 

それを聞いたまこと、ルナ、アルテミス、

さらにベビーもハッとした顔になる。

 

実はこの場所、

かつてエイルとアンの二人が魔界樹を隠し、隠れ家にしていたマンション

【十番オデュッセイア】が建っていた所なのである。

 

当時うさぎはアンとエイル……夏美と星十郎が学校を長く欠席している事を

心配して二人の見舞いに行った際、そこで一度魔界樹に襲われそうになった。

その後魔界樹の小枝が身体に付いていた事に気づき

仲間達と相談した結果、二人がエイルとアンである疑惑が強まる事に。

真実を確かめるため、単身夏美達の元へ向かったうさぎだったが

夏美の見舞いに来た衛とともに、暴走をはじめた魔界樹に

捕えられてしまったのだった。

 

魔界樹が大暴れしたために、十番オデュッセイアは半壊してしまった。

元々居住者が少なかったこともあり事件後すぐに取り壊しが決定、

建物は解体され更地となり、今また新しい施設が

この場所に建てられようとしていた。

 

「ここが地球でお兄ちゃん達が暮らしてた所……あっ!」

 

何かを感じ取ったらしいセイジューローにルナが声をかける。

 

「どうしたのセイジューローくん?」

 

「今、ぼくの頭にナツミお姉ちゃんからテレパシーが送られてきたんです!

 お姉ちゃん達は間違いなく、この中にいます」

 

姉のSOSをキャッチしたセイジューローが

目の前の防音シートをジッと見据えながら言った。

ベビーも同じくナツミのテレパシーを感じたらしく険しい目つきである。

作業員の出入口箇所のシートをまことが手でめくり上げ、その向こう側を覗きこむ。

照明の灯りがひとつもないただ黒一色の空間だけがそこにあった。

 

「じゃあやっぱり敵は、この布の先の暗闇で待ち構えてるワケか」

 

「行くぞみんな、警戒は怠るなよ」

 

アルテミスに注意を促され、互いに目を見つめうなずき合い

意を決したうさぎ達は、シートをくぐり建設現場の中へと侵入して行った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

     コツ…コツ…ザッ…………コツ……コツ…コツ……

 

周囲の状況や敵の罠がないかに警戒しつつ

慎重に歩を進めていくうさぎ達。

暗闇の中、彼女達の小さな足音と呼吸音だけが響く。

 

(うぅ~暗くてよく見えない、レイちゃん達はどこ?)

 

(お姉ちゃんどこ? どこにいるの?)

 

セイジューローが今度は自分からテレパシーを送りナツミに問いかける。

しかし届かなかったのだろうか、ナツミからの返信はなかった。

 

やがてうさぎ達の目も段々暗闇に慣れてきて

周りの様子が見えるようになってきた。

骨組みされた鉄筋や鉄パイプの下、停止した建築重機の横を進んでいく。

そして建築現場のほぼ中央、やや開けた空間までやって来ると……

 

「……う……うさ、ぎ……!」

 

上の方からレイの声が聞こえた。

見上げるとそこには、巨大なカードに両腕と下半身が取り込まれ

まるで磔にされたように身動きが取れない状態になった

レイ、亜美、美奈子の三人が宙に浮かんでいた。

 

「レイちゃん、亜美ちゃん、美奈子ちゃん!」

 

うさぎが叫んだ。

宙に浮くカードに拘束されている三人は

苦悶の表情で下にいるうさぎ達を見下ろす。

 

「気をつけて! 敵はすぐ近くにいるわ!」

 

亜美の警告を受けてうさぎ達は咄嗟に構えた。

そして周囲の気配に注意を向ける。

 

『フフフ……お待ちしてました、ようこそ』

 

例の不気味な声が建設現場の中で響き渡る。

次の瞬間、うさぎ達の目の前で小さなつむじ風が発生した。

何もないはずの地面から大量のカードが舞い上がり

そのカードが風の中心部に集まって人の形を形成しはじめる。

ひと固まりになったカードはそのまま融合し、

つむじ風が止むとそこには長身の奇怪な男が立っていた。

 

白い面長の顔に大きく冷たい瞳、鋭く尖った耳に

口角を耳元まで上げて緩やかなUの字を描いたような大きな口。

紙みたいに薄くまるで鋭利な刃物のような前髪を垂らした短い金髪、

そしてトランプマークの模様が刺繍された黒い装束を纏った姿。

その風体は、あたかもトランプのジョーカーに描かれている

道化師を彷彿とさせるものであった。

 

「アンタ、一体誰なの!?」

 

うさぎが男に向かって強気に叫ぶが、男は表情を変えず

紳士的な所作【ボウ・アンド・スクレープ】をしつつ、

自己紹介をはじめた。

 

『はじめまして、私の名前は【トレディア】と申します。

 この宇宙で小さな商いをしている、しがない商人にございます』

 

名乗った男、トレディアはうさぎ達に顔を向けて

ニヤリと不気味な笑みを見せる。

うさぎ達は彼の気味悪い表情になんとも言えない

不快感を覚えると同時に、その肩書が耳にひっかかった。

 

「し、商人? 宇宙でもそんな人がいんの?

 ふ、フ~ン! 変なダイエットサプリでも売りつけようってのぉ?

 確かに最近食べ過ぎでまたちょっぴり太ってきちゃったけど……

 私は騙されないんだかんねぇ~だっ!」

 

「ここへ来て何言ってんだか、ったくもぉ~」

 

うさぎの間抜けな発言にルナが呆れる横で

アルテミスはトレディアをジッと睨みつける。

 

「やはり人間ではないし、邪悪なエナジーを発してる。

 間違いなくこいつは倒すべき、【敵】だ!」

 

「うさぎちゃん、まこちゃん、変身よっ!」

 

ルナに促されたうさぎとまことが、お互いの顔を見て頷き合う。

そして各々が持つ変身アイテムに手をかけて叫んだ。

 

「ジュピター・クリスタルパワァー!」

 

「ムーン・エターナルゥ!」

 

「「メイク! アァップ!!」」

 

     パ ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ……

 

同時に変身の呪文を唱えた二人が、眩い光に包まれる。

 

輝きが収まると煌びやかなセーラー服型の戦闘スタイルに身を変えた二人、

エターナルセーラームーンとスーパーセーラージュピターが

腕組みのポーズで背中合わせに立ちながらトレディアを睨み据えていた。

 

「宇宙から来た怪しく笑う黒いセールスマン!

 強引で乱暴な押売りなら、私達は断固お断り!

 地球にはクーリング・オフってのもあるんですからね!」

 

「ましてや大切な友達を人質にとる悪質な奴は、

 絶対に許せない!

 ……愛と勇気の戦士、セーラージュピター!!」

 

「愛と正義の! セーラー服美少女戦士、

 セーラームーン!!」

 

「木星に代わって、ヤキ入れてやるよ!」

 

「月に代わってぇ、おしおきよ!!」

それぞれ啖呵の口上を切り、

名乗りと共にポーズを決めたムーンとジュピター。

それをすぐ間近で見たセイジューローは

瞳を輝かせその羨望の眼差しを二人に向けている。

 

「こ、これが、セーラームーン! か、かっこいいぃ……!!」

 

「ジュジュジュジュ~! マスターも知らない姿!

 なんと美しく、神々しいのでし!!」

 

ベビーは魔界樹の記憶にはない、

純白の翼を背につけたエターナルセーラームーンの姿に

特に興奮しているようである。

一方、二人の変身を目の当たりにしたトレディアは

身体を小刻みに震わせながら笑い声をあげた。

 

『フフフフフ! やはりあなた方があの有名なセーラー戦士でしたか。

 強大な暗黒エナジーでこの銀河に君臨した、

 あのシャドウ・ギャラクティカをも滅ぼしたという……

 いやはや、そのような凄い方々とお会いできて光栄でございますよ』

 

自分達の知っている名が相手の口から出た事で

より険しい表情になり、身構えるセーラームーン達。

トレディアは彼女達から次はセイジューローの顔に視線を向けた。

 

『そしてキミが……セイジューロー君ですね?

 フフフフフ! 私はキミ達姉弟に

 是非お会いしたかったのですよ』

 

「お、お姉ちゃんは……ナツミお姉ちゃんはどこだ!?」

 

相手の不気味な雰囲気に飲まれそうになりながらも、

セイジューローは勇気を出して気がかりな事を問いただす。

亜美達と同じく捕まっているはずのナツミの姿が見当たらないのだ。

 

『フフフ……彼女なら今は、ここに』

 

そう言いながらトレディアは左手から一枚のカードを

瞬時に出して見せた。その小さいカードの中に

ナツミは完全に閉じ込められていた。

彼女は地球人の変身が解けて元のエイリアンの姿に戻っていた。

まるでガラス張りの壁越しのように、カードの中から

みんなに向かって必死で助けを求めているような様子だ。

 

そんなナツミの姿を見たセイジューローの心は大きく乱れた。

その瞬間、変身が解除され地球人から元の姿に戻った彼は

堪らず大声で叫んだ。

 

「お姉ちゃん!!」

 

(セイジューロー!!)

 

ナツミも叫ぶがその声はセイジューロー達には届かなかった。

カードの中からは外の景色や音は見聞きできるものの

自分の声やテレパシーは遮断されてしまう。

途中からセイジューローのテレパシーと音信不通になったのは

カードに完全に封じ込められてしまったからであった。

 

「ジュウゥ~……よくもナツミをそんなところにぃ!」

 

ベビーが憎しみに満ちた怒りの目をトレディアに向けた。

アルテミスも敵の卑怯な行為に憤りを露わにしながら、

トレディアに質問をぶつける。

 

「トレディアとか言ったな。

 商人だなんてぬかしてるがお前は一体何者だ?

 何の目的でこの地球に来た!」

 

それに対してトレディアは

喜んで教えましょうとばかりに淡々と話しはじめた。

 

『フフフ、人は私を死の商人、宇宙の悪魔と呼びます。

 私がこの星へ来た目的は……商品を調達するためです』

 

「商品? 悪魔が取り扱う品物なんて

 絶対ロクなもんじゃないだろ」

 

ジュピターが半ば呆れた様子で吐き捨てる。

 

「一体なんなのよそれって!」

 

セーラームーンの問いかけに、

トレディアが愉快そうに含み笑いをしながら答えた。

 

『……人間ですよ。それも強い力、優れた能力を持つ、

 高品質な人間です』

 

聞いてギョッとするセーラームーン達を余所に、

トレディアは今度は右手に数枚の白紙のカードを取り出しつつ

それを彼女達に見せつけながら話をつづける。

 

『私はこのカードに品質の良い人間を封じ込め、

 カードの中で更に強力な存在に作り変える事ができるのです。

 そしてこのカードを僕として欲する、宇宙のお客様にお売りして廻る。

 それが私の商売、生業であり生きがい……フフフフフ!』

 

トレディアの話を聞いていたセイジューローが

ハッと何かに思い至り、表情をより曇らせた。

そして恐る恐る口を開く。

 

「ち、ちょっと待って。まさか、そのカードって……」

 

トレディアはセイジューローを見つめる目を細め、

口角をありえない高さまで上げてニンマリと微笑んだ。

 

『やはりキミもご存じでしたね、セイジューロー君。

 そう、私の取り扱う商品……それは。

 

 【カーディアン】でございます!』

 

「「「「カーディアン!?」」」」

 

トレディアが高らかに言い上げたその名前を聞いて

驚愕するセーラームーン達。

かつてエイルとアンの配下として暗躍し

自分達と戦った魔物、カーディアンは

実は一人の男、悪魔によって生み出されていた存在だった……。

 

「まさか今になってカーディアンなんて単語を聞くとはね」

 

そう呟くルナの横で、セーラームーンは明らかに狼狽えていた。

 

「うそぉ……カーディアンって、元は人間だったの!?」

 

ダーク・キングダムの一部の妖魔や、

シャドウ・ギャラクティカのファージ等とは違い、

最初から邪悪な魔物だと思っていたカーディアンも

実はそれらと元は同じであったこと。

そしてそれを知らずに倒していた、かつての自分に

セーラームーンの心はひどく動揺していた。

 

その隣でジュピターもハッと何かに思い当たり、叫ぶ。

 

「もしかして最近多発していた失踪事件は、お前がっ!?」

 

「そうよ! コイツに標的にされた人達が次々捕らえていたのよ!」

 

ジュピター達の頭上からレイが大声で訴える。

それを下から見上げながらトレディアが呟いた。

 

『あのお三方もセーラー戦士でしょう?

 道理で彼女達は私の力でもカーディアンにできないワケだ。

 守護星の聖なるパワーに護られているのですね……。

 カードに半分閉じ込められた中途半端な状態になってしまった』

 

上から自分を睨む三人を見つめながらクククと笑う

トレディアに対し、セーラームーンも彼を苦々しい表情で

睨みながら疑問を投げかけた。

 

「エイルとアンが使ってたカーディアンも、アンタが……?」

 

『いやぁ~懐かしいお名前だ。フフフ!

 左様です、昔私がその方々にお売りした品物ですよ』

 

昔セーラームーン達が戦ったカーディアン達を

頭の中で思い起こしながらルナが呟く。

 

「そしてあのカーディアン達の正体も、恐らくは

 他の惑星で暮らしていながら、この悪魔に捕まり

 異形の者に変えられてしまった人々……」

 

「そんな……お兄ちゃん達が持ってた

 カーディアンに、そんなひどい秘密があったなんて」

 

セイジューローは絶句した。

そして自分の懐辺りにふっと目線をやり、手を添える。

その手はプルプルと震えていた。

それには気づかぬまま、アルテミスがトレディアに別の疑問をぶつけた。

 

「どうして僕達や外部戦士達にも気づかれずに、

 地球に侵入できたんだ?」

 

アルテミスとルナはゲームセンター【クラウン】にある

コンピューターのレーダー機能で、新たな侵略者が現れないか

今でも秘かに監視を行っていた。しかしギャラクシアとの戦い以降

侵略者の気配は何も感知されていなかった。

そして今は海外に滞在しながら常に侵略者の監視をしているはずの

ウラヌス達外部戦士からも、そういった連絡は一切なかったのである。

 

『セーラー戦士がこの地球にいる事は知っていましたからね、

 外敵の侵入に目を光らせているだろう事はわかってました。

 

 ……いやぁ、本当に単純な方法ですよ?

 自分のエナジーをあなた方に察知されないように、

 私は自らを小さな一枚のカードの中に封じ込めました。

 宇宙船の脱出ポッドに入るような感覚でね……。

 自分自身に施した封印ならいつでも容易に解除できますので。

 そのまま地球に舞い降り、ヒラヒラ風に揺られながらの末

 この星の大地を踏みしめた……ね? 単純でしょう』

 

どこか得意気なトレディアの回答にアルテミスとルナは唖然とする。

今度はジュピターが彼に質問した。

 

「わざわざ十番町で人を拉致してたのはなんでだ?

 あたし達セーラー戦士のお膝元のこの町で」

 

『たまたま初めて舞い降りたこの町に、品質の良い人間が

 そこそこいたから……というのもありますが。

 ちょっとした肝試しもしてみたかったんですよ』

 

「は? 肝試し?」

 

その言葉に呆気に取られたジュピターが思わず聞き返す。

 

『スリルがありましたよ、あなた達に見つからずに

 どこまで商品の材料を確保できるか。

 能力を使う時はどうしても微量にエナジーが放出されますから、

 いつセーラー戦士に感づかれるかとハラハラしていましたよ。

 ただ淡々と作業をするのも退屈ですからねぇ……フフフ!』

 

人さらいをまるでゲーム感覚かのように語るトレディアに

ジュピターは強い怒りがこみ上げた。

 

「ふざけるなよ! なめやがって!」

 

拳を震わせて怒鳴るジュピターを気にせず

トレディアはつづけて語る。

 

『当初はあなた達に完全にバレる前に、

 キリの良い所で作業を打ち切ってこの地球を

 離れるつもりだったのですが……

 

 思いがけず新規になりうるお客様の情報をキャッチしましてねぇ。

 しかもその方々は私にとって何か運命的なものを感じるお相手でしてね。

 この機を逃せば次はもう巡り会えないかもしれない、

 是非とも接触して、ご契約をいただきたいと思ったのです。

 邪魔になるセーラー戦士に私の存在を知られてでも……ね』

 

「アンタの言う、その新しいお客様って……」

 

トレディアの話に悪い予感がしたセーラームーンが声を漏らす。

それを聞き再びニンマリと笑いながら、トレディアは

セーラームーンの傍らにいるセイジューローを指さして言った。

 

『そう! こちらにいるナツミちゃん、

 そしてそちらにいらっしゃるセイジューロー君、キミ達です!』

 

次の瞬間セーラームーンがセイジューローをかばうように

立ちはだかり、さらにその前にジュピターが素早く躍り出た。

 

「お前の思い通りにさせるか!

 ジュピター・オーク・エボリューション!!」

 

     シュババババババババババ!!!

 

その場で高速スピンをはじめたジュピターから、

電撃をまとった緑の光弾がトレディアめがけて次々と発射される。

 

しかし光弾が当たる直前、トレディアがニヤリと笑った次の瞬間……

 

     バラァッ!

 

なんとトレディアの身体は一瞬で

大量のカードの山に変わり、バラバラになってしまった。

トレディアに命中するはずだった光弾は全て、

舞い散るカードの間をすり抜けていくとそのまま消滅してしまった。

 

「なにっ!?」

 

攻撃が当たり倒したかと一瞬錯覚したジュピターだったが、

それは間違いだとすぐに気づく。

光弾が消滅した直後、大量のカードはすぐ一カ所に集合し、

人の形を形成すると再びトレディアの姿にもどった。

思わぬ方法で攻撃をよけられ、ジュピター達は愕然とする。

 

『フフフフフ、私を攻撃しても無駄ですよ。

 命中する直前、瞬時に身体をバラバラにして

 回避できますからねぇ』

 

敵の余裕な態度に、ジュピターは悔しそうに歯ぎしりする。

 

『……しかし交渉の邪魔をされてはかないません。

 足止めをさせていただきます』

 

そう言うとトレディアは自分の懐から

カーディアンの姿が描かれたカード二枚と、

茨のような装飾が施された灰色のオカリナを取り出して見せた。

 

「あっ! まさかそれは……」

 

オカリナを見たセイジューローが声を上げる。

エイルが持っていたフルートと雰囲気が似ていたからだ。

 

『私も当然、カーディアンを操る事ができます!

 そしてこの笛こそ……私の場合オカリナの形ですが、

 カーディアンを召喚しリモコンのように指示を送る事ができる

 カーディアンとセットの商品、魔力の笛なのです!』

 

トレディアはまるでテレビショッピングの販売員がPRするかのように

カードとオカリナをセイジューロー達に見せつけ捲し立てる。

そして二枚のカードを空中に放り投げると、オカリナを口に添えて演奏をはじめた。

 

     ♪♪♪~~~♪♪~~~~♪♪♪♪~……

 

オカリナの音色に反応して二枚のカードが妖しい光を放ちはじめる。

やがてカードは怪物の姿形に変貌すると、

地面に着地してセーラームーン達の前に立ち塞がった。

彼女達の前に現れたのは牛の顔をした青い体の怪物と、

馬の顔をした赤い体の怪物の、二人組の男のカーディアンだった。

 

「ごおぉずうぅぅぅぅうううう!!」

 

「めえぇずうぅぅぅぅうううう!!」

 

二体のカーディアンが威嚇するように雄叫びを上げた。

その様にセーラームーンは思わずたじろぐ。

 

「うへぇ~! 気持ち悪いのが出てきたぁ!」

 

『さぁ、カーディアン【ゴズ】と【メズ】よ、

 あなた達の初仕事です。セーラー戦士と戦いなさい!』

 

トレディアが指示を出しオカリナを一息吹くと、

ゴズとメズは猛然とセーラームーン達に向かっていく。

構えるムーンとジュピターにルナが檄を飛ばした。

 

「二人とも、今のあなた達のパワーなら

 カーディアンなんてもはや敵じゃないわ!

 だけど油断はしないで!」

 

「わかってるわルナ! いくよジュピター!」

 

「オーライ!」

 

セイジューローをルナ達に任せて駆けだした二人は

それぞれ一対一で戦おうと、ジュピターがゴズ、

セーラームーンがメズの前に立ちはだかろうとした。

 

ところが、メズはセーラームーンではなく

ジュピターの方へ向かっていった。

横を素通りされて思わずズッコケそうになるセーラームーン。

 

「こ、こらぁ~! なんで無視すんのよ~!?」

 

背後からのセーラームーンの抗議はシカトし、

ゴズとメズは雄叫びを上げながらジュピターめがけて突進する。

彼女に向けたその目は恨みを抱いているかのように赤く血走っていた。

 

「ごおぉずうぅぅぅぅうううう!!」

 

「めえぇずうぅぅぅぅうううう!!」

 

……実はこの二体のカーディアンの正体は、

木野まことに痛めつけられた二人組のチンピラなのである。

トレディアによってカードに吸い込まれ、カーディアンに変異してしまった彼らだが

木野まこと、ジュピターにやられた恨みの念が本能にこびりついていたらしい。

そうとは知らないジュピターは、彼らを堂々と迎え撃つ。

 

「こいつら二人とも、あたしに敵意を?

 へん、上等だ! まとめてぶっとばしてやる!

 

 ジュピター・オーク・エボリューション!!」

 

     ババババババババババババ!!!!

 

再び繰り出される緑の光弾の嵐。

トレディアの時と違い、避けられることもなく

ゴズとメズにほぼ全弾命中した。

 

「「ごぉめぇずぅぅぁぁああああ!!!!」」

 

必殺技をくらって絶叫しながらふっとばされる二体。

よろよろと立ち上がろうとしたところにセーラームーンが走って来る。

 

「ナイス、ジュピターちゃん! 次は私よ!

 エターナルセーラー・キィーック!!」

 

     ドカッ!!

 

「めずんっ!!」

 

「ごずんっ!?」

 

無視された鬱憤も込めたセーラームーンの飛び蹴りが

メズの横っ面に炸裂し、勢いで隣にいたゴズも巻き込まれ

また二人まとめてぶっとばされた。そして倒れたままピクピク痙攣している。

 

ムーンとジュピターは顔を見合わせ、笑顔でグッドサインの親指を立て合う。

二人の活躍を見てセイジューローは嬉しそうに拍手した。

カードに閉じ込められたナツミも、声は届かないが歓声と拍手を送る。

一方トレディアは、ふがいないゴズとメズの姿を見て

やれやれ…と呆れた様子で首を横に振っている。

 

『フ……ただでさえ低品質な人間で生成された弱小カーディアン。

 やはり相手が悪すぎて、足止めにもなりませんか。

 仕方がないですねぇ、出血サービスといきますか!』

 

そう言ってカードの束を取り出し宙に放り投げると、

再びオカリナを吹きはじめる。

 

     ♪♪♪~~~♪♪~~~~♪♪♪♪~……

 

そしてカードから出現する複数体のカーディアン達。

その姿は多種多様で、どのカーディアンも

ゴズとメズより明らかに格上な雰囲気を醸し出していた。

どいつもこいつも自信に満ちた邪悪な笑いを浮かべながら、

セーラームーンとジュピターを見据えている。

 

「わわわ! いっぱい出てきたぁ!」

 

「新たに現れたのは、7人……失踪事件の件数と同じだ」

 

ゴズとメズを除いたカーディアンの人数を数えたジュピターが呟いた。

 

『そうです、今この場にいるカーディアンは全て

 この十番町を中心に仕入れ、入荷したばかりの新商品にございます!

 どれも優秀な能力を有しておりますよ……フフフ!』

 

罪もない人間を怪物に変え、それを平気で使役するトレディア。

そんな彼の言動や態度に対し、セーラームーンの溜まっていた怒りが噴出した。

 

「くぅ~! さっきから人を物扱いして何様のつもりよ!

 大体、他人に売るハズのモノをアンタが使っちゃってもいいわけ?」

 

もっともなツッコミにトレディアはフフッと吹き出しつつ答える。

 

『ご心配なく、カードの状態に戻せば再び商品として利用可能です。

 その前にあなた方に始末されてしまわない限りは……ね』

 

顔の角度を上方に向けて、煽るような目でセーラームーンを

見下しながらトレディアは不敵に笑った。

彼の言葉を聞いたセーラームーンは忌々し気な表情で目をつむる。

そのままわずかな間黙っていたが、不意に意を決したように叫んだ。

 

「だったら……全部台無しにしてやるわ!!」

 

セーラームーンは美しく輝く杖【エターナルティアル】を取り出すと、

カーディアン達に向かって構えをとった。

それを見ていたトレディアはセーラームーンのとろうとしている

行動を察したが、それでも慌てる様子もないまま口を開いた。

 

『おやおや……【スターライト・ハネムーン・セラピーキッス】ですか?

 本当にその技を撃ってもよろしいので?』

 

「!? どういう意味だ!」

 

トレディアの言葉に驚いたジュピターが思わず聞き返す。

セーラームーンが必殺技を使えば、彼女になにか

良くない事が起こるとでも言いたげな物言いだからだ。

 

『さてはシャドウ・ギャラクティカの【ファージ】のように

 カーディアンを浄化して元の人間に戻そうというのでしょう?

 残念ながらそれは無理です……フフフ』

 

「なんですって?」

 

セーラームーンもジュピター同様に聞き返した。

こちらの考えを見抜いた上に、なぜ浄化は無理だと断言するのか?

自分の技の事を知っていながら、余裕の態度を崩さないトレディアに

セーラームーンは言いようのない不安を抱きはじめていた。

 

そんな彼女の心理状態を察したように、トレディアが理由を語りはじめる。

 

『エターナルセーラームーン。もはやあなたが放つ

 浄化のパワーはあまりにも強大すぎます。

 ファージくらいの存在なら元の姿に戻す事もできるでしょうが、

 それよりもはるかにパワーが劣るカーディアンにそれを放てば……

 浄化が強力すぎて元に戻るどころか、跡形もなく消滅させるでしょう』

 

「!!」

 

絶句するセーラームーン。これは相手のハッタリではない。

自分のパワーがエイルとアンと戦った頃と比べて、

はるかに強くなっている事は自分自身がよくわかっており、実感している。

いや、今の自分ならなんとかなるかも……だけどもしそうなってしまったら……と、

自分の力に対する期待と不安を天秤にかけ、浄化パワーのコントロール成功に

賭けようとしたセーラームーンであったが、相手にその賭けに勝つことは

不可能という現実を突きつけられてしまった。

 

『かつて正体も知らず始末していた頃ならいざ知らず、

 今のあなたはカーディアンが元は人間だとわかっていながら

 それを抹殺しようとしているのですよ! ……救うどころかね』

 

トレディアの言葉が、さらにセーラームーンに追い打ちをかける。

 

『そんな無慈悲な事ができますかねぇ?

 心の優しいあなたに……フフフフフフ!!』

 

トレディアは知っていた。セーラームーンは倒すべきではないと感じた相手は、

たとえ悪意を向ける者でも許してしまう慈悲深い心を持っていることを。

それにつけこんで彼女を精神的に追い詰めているのだ。

 

トレディアの残忍な笑い声がセーラームーンの心に突き刺さる。

ただ平和に暮らしていただけだったかもしれない人間を、

またこの世から消してしまう……賭けに出ようとした彼女の自信は

もろくも崩れさった。そしてなんとも頼りない声でルナにすがる。

 

「……ね、ねぇ~ルナぁ、エターナルでも

 【ムーン・ヒーリング・エスカレーション】を使うことって

 できないかなぁ……?」

 

「無理よ。あれはムーンスティックがないと使えないわ!」

 

揉める彼女らを愉快そうに眺めるトレディア。

勝利を確信して声を上げる。

 

『彼らを見殺しにしたくなければ、抵抗はやめる事です。

 さぁカーディアン達よ、ムーンとジュピターを

 取り押さえなさい!』

 

トレディアの号令を受けて、カーディアン達は奇声を発しながら

セーラームーンとジュピターめがけて一斉に飛びかかった。

 

「きゃあ!」

 

「ち、ちくしょう!」

 

二人は地面に圧し倒され、身体を押さえつけられてしまった。

それぞれムーンに三人、ジュピターに四人、カーディアン達が

力と体重に任せて彼女達の動きを封じる。

二人は抵抗を試みるもそれぞれ背中に馬乗りされ、

手足も完全に抑えられており身動きが取れない。

『さてと……ではやっと交渉をはじめられますねぇ』

 

倒れもがく二人の横を通過し、トレディアはセイジューローの目を

まっすぐ見つめながら彼にゆっくりと近づいていく。

悪寒が走り、無意識に後ずさるセイジューロー。

 

「「ニャアアアア!!」」

 

その時、ルナとアルテミスが牙をむき

爪をたててトレディアに飛びかかった。

 

     バシィッ!!

 

「「あぅ!!」」

 

……が、二匹の鋭い爪は敵の顔には届かなかった。

顔に飛びつく寸前で復活したゴズとメズに

地面に叩き落とされ、そのまま足で踏みつけられてしまった。

 

『フフフ……低品質でもそれくらいはできます。

 ゴズ、メズ、あなた達はその小動物を捕まえておきなさい』

 

こくりと頷くと、二体は踏みつけた上から

さらに両手で二匹の頭を地面に押さえつけた。

ルナ達は苦痛で呻き声を上げる。

 

トレディアは不気味な笑い顔で、じわじわとセイジューローに迫る。

そしてついに目の前までやって来た時、

セイジューローの肩の上でずっとトレディアを

睨んでいたベビーが大声で怒鳴った。

 

「セイジューローに近づくなでし!!

 アテシの念力でぶっとば……」

 

ベビーが超能力を発揮しようとした瞬間、

トレディアが白紙のカードを素早く取り出し

それをベビーの目の前にかざした。

 

     ピカッ!!

 

「ジュ~~~!!」

 

カードがまばゆい光を放った途端、

ベビーの絶叫がこだました。

……光が収まった時、セイジューローの肩に

既にベビーの姿はなく、目の前の小さなカードの中にいた。

ナツミ同様声は聞こえないが、狼狽えてわめいているのがわかる。

 

「ベビー!!」

 

『過保護な謎生物さんも、おとなしくしててもらいましょうか……』

 

ベビーを閉じ込めたカードを覗きこむように見つめ

ほくそ笑みながらトレディアが呟いた。

 

「い、今みたいにお姉ちゃん達も……?」

 

カードに生き物を封じ込める瞬間を目の当たりにした

セイジューローが、恐る恐るトレディアに訊ねる。

すると彼は少し困ったよう表情で笑いながら答えた。

 

『私も心苦しかったのですが、残念ながら

 キミのお姉さんとは既に交渉が決裂してしまってましてね……。

 しまいには念力で私に危害を加えようとなさるので、やむをえず

 あちらの三人のようにカードに封印させていただいたのです』

 

「……ぼくもカードに閉じ込めるのか?」

 

トレディアの顔を睨むセイジューローの額から

冷や汗が流れる。手足もふるふる震えている。

その様が滑稽に見えたのかトレディアは含み笑いした。

 

『フフフ、それはキミの返答次第ですね。

 

 ……さて、さっそく本題に入りましょう。

 セイジューロー君、私のお客様となって

 カーディアンをご購入していただけませんか?』

 

トレディアからの要求に対し、セイジューローは何も答えず

自分よりずっと背丈の高いトレディアを見上げながら、

ただ黙ってその不気味な顔を睨むだけである。

 

『この私と契約してお客様になられる方には、

 それにふさわしい素質があるのですよ。

 キミの場合は、その常に不安や疑念をたたえた暗い瞳……。

 まさに弱い心の持ち主の証、私が特に重視している素質だ』

 

相手の目線に合わせるように前かがみの姿勢になり、

その長く細い人差し指をセイジューローの眼前につきつけるトレディア。

セイジューローは心が弱いとはっきり言われ、ギュッと拳を握りしめた。

視線をそらさず、目の前にある指の先端をジッと見つめている。

 

「弱い……心」

 

『キミの同族であり、かつて私の商品を手に取った

 エイル様とアン様のお二人も、お会いした時は不安と疑念、

 そして絶望に満ちた良い目をしておられましたよ。

 なんでも同胞達が仲間同士の戦争で勝手に自滅されたそうで。

 あれほど荒むのも、まぁ仕方のない事でしょうな……。

 私からすればなんとも滑稽で愉快で楽しい笑い話なのですがね』

 

思い出し笑いするトレディアにセイジューローの握る拳に力が入る。

まるでバカにされているようで悔しさがこみ上げる。

それはカードの中にいるナツミや、

エイル達の生い立ちを知るセーラームーンらも同じ気持ちであった。

相手の顔にそれが現れている事に気づき

おっとこれは失礼、とトレディアは本当に軽い謝罪で

済ませて話をつづける。

 

『フフフ……私との交渉の末、ご購入を決意されたお二人は

 御代をお支払いして、カーディアンを手に入れられたのです』

 

「御代って……お兄ちゃん達は、お前に一体何を?」

 

少なくとも自分達の種族には

何かを売り買いする概念なんてないはず……

セイジューローにはエイル達が何を

この男に渡したのか見当もつかなかった。

 

「まさか、宇宙人にもお金のやり取りなんてあるわけ?」

 

上から身動きできない美奈子がトレディアに向かってツッコむと、

トレディアはツボにはまったように大声で笑いだした。

 

『お金? フフハハハ! そんなくだらないモノじゃありません。

 私がお客様に請求するのは……【心】。

 エイル様達の場合は、【愛の心】でございました』

 

「愛だって!?」

 

セイジューローだけでなく、ナツミやベビー、

セーラームーン達全員が驚愕した。

 

『あのお二人は故郷の星を知らず、同族も全て死に絶え

 二人きりで孤独に、暗い宇宙を彷徨っておられました。

 彼らは生き残った者として、互いを思いやる小さな愛で

 支え合い、なんとか命をつないでいましたが……、

 隣にいる者もいつ自分を裏切り、絶望させるかわからない。

 愛の他に、そんな疑いの心もお二人の中にはありました。

 そして自分達の不幸な境遇を呪う、怒りの心が

 芽生えはじめた頃、彼らはこの私、トレディアと出会いました』

 

セイジューローの手がわなわなと大きく震える。

そして彼は視線をトレディアの顔から下へゆっくりと落としていった。

 

『私のカーディアンを最も上手く扱えるのは、強い力をふるえる者、

 あるいは怒りや疑念、憎悪で心を黒く染めた者……

 カーディアンの持ち主に他者を思いやる愛など、不要。

 そこで私はお二人がカーディアンを買う御代として

 彼らの中にある、僅かに小さな愛の心を要求したのです。

 

 当時の彼らはキミ達と同じくらいの、まだ小さなお子様でした。

 なかなか素直に支払いに応じてくださいましたよ……フフフフフ!!!』

 

もはやセイジューローは肩をがっくりと落とし、

うつむいて何もない地面をただボーッと見つめている。

ナツミもカードの中で、膝から崩れおちて座り込んだ。

ただ、セイジューローの頭の中では疑問が生まれていた。

なぜ兄達はこのトレディアという存在の事を何も語らなかったのか?

カーディアンの事を自分達に教えた時、話題すら出なかったのはなぜ?

 

『ちなみにエイル様達は私の事など、一切覚えてはおりませんよ。

 契約をされたお客様もそうでない方も、私と接触した方々の

 私に関する記憶は妖術で全て消去させていただいております。

 ……理由はおわかりでしょう?

 その方が商売を続けるのに都合が良いからです』

 

セイジューローの頭の中を覗きこんだかのように

トレディアが淡々と彼の疑問に答えた。

聞いていたアルテミスが頭を押さえられたまま苦しそうに呟く。

 

「か、仮にお前がはるか昔からこの宇宙に存在してたとして、

 月の王国にお前の事らしき伝説や記録が

 一切なにも無かったのは、そういう事なんだな……」

 

この悪魔は誰にも知られず、心の弱い人間を見つけては

その心を奪いカーディアンという呪物を渡して

宇宙中の数多の人々を闇に堕としてきた……

そう考えるとアルテミスは心の底から戦慄した。

 

『心を完全に闇に染めたお二人はその後、

 宇宙の星々を巡りエナジー狩りを繰り返しながら、

 何よりも自分達のために、他者など顧みない

 素晴らしく自由な生き方をする人間に生まれ変わったのです』

 

(そ、そうだったのでしか!

 マスターが目覚めた時、エイルとアンが奪う事しか知らない

 哀れな性格になり果てていたのは……

 全て、お前の仕業だったんでしね!!!)

 

ベビーのトレディアに対する怒りが頂点に達しようとしたのと

ほぼ同時に、地べたに抑えられたセーラームーンが悲痛な声で叫んだ。

 

「なにが素晴らしくて自由よ!!

 夏美さん……アン達は本当は、

 奪うばかりの生き方が辛くて苦しかったのよ!?」

 

セーラームーンの脳裏によぎったのは、魔界樹が暴走したあの時……。

アンは【月影の騎士】に向かって、長い間溜め込んでいた心の叫びをぶつけた。

帰る故郷もなく、ただ二人きりで当てもなく彷徨わねばならない孤独な旅、

誰かから奪う以外生きる術を身につけられなかった自分達の境遇。

本能に抗えず、他の手段を模索する事もできない苦悩を彼らはずっと抱えていた。

あの時の怒りと苦しみに歪んだアンの形相を思い出し、

セーラームーンは胸が張り裂けそうな思いであった。

 

セーラームーンの訴えを耳にしたトレディアは

彼女の方へ振り向くと、不思議そうに首をかしげた。

 

『ほぉ、アン様達がそのような事を? それは妙ですねぇ……。

 私に心を払ったお客様は皆、苦悩や葛藤などという感情から

 永久に解放されるハズなのですが……』

 

トレディアは本当に不可解そうな様子で考え込んでいる。

セーラームーンの憤りは収まらない。

 

「あの二人が持ってた優しい心を取りあげるなんて……

 商人どころか、極悪な泥棒じゃない!!」

 

そう言われた瞬間、トレディアのニヤケ顔は無表情の真顔に変わり

まるでゴミを見るような視線をセーラームーンに向けた。

そして静かに冷たい声で呟く。

 

『……泥棒とは心外な。

 そうしなければ私は生きてはいけないのですよ。

 なにせ私は、人の心を食って生きる宇宙の悪魔ですから』

 

「心を、食べる悪魔……!」

 

セイジューローが顔を上げて再びトレディアを見上げる。

人の心を手に入れてどうするのだろうとは思っていたが

まさか食べる事が目的だったとは……と、

エイル達の愛が奪われていた事ほどではないがやはり驚いた。

 

『私にとって商談成立はあなた方地球人の食事と同義であり、

 エイル様達で言えば生命エナジーを得るのと同じ理屈です。

 私はどんな心でもありがたく、そして美味しくいただきますが……

 愛や優しさという、くだらない心は実はなかなかの珍味でして。

 あの甘美はまさに嗜好ですな……フフフフフフフフフフ!!!!』

 

心躍る様子で嬉しそうに語るトレディアを目にして、

こんな不気味な悪魔にも自分や姉がまことのカレーライスを

食べた時と同じような感情があるのだろうか? と考える

セイジューローの心情はなんとも複雑であった。

 

『おっと失礼、話がそれてしまいましたね……。

 セイジューロー君、いかがです?

 キミもお兄様達のように、愛や優しさなど手放して

 その瞳の暗闇を心の中にも移してしまってみては?

 

 他人を気遣う心があるなら、そんなものは

 取っ払ってしまった方がいい……。

 それはキミを縛り付け苦しめる見えない鎖。

 ほどいて楽になりたいとは思いませんか?』

 

トレディアはセイジューローの方に顔を向け直し、

今度は彼の眼前までその顔を近づけ言いくるめようとする。

しかしわずか数センチの距離にある白い顔と対面したまま、

セイジューローは何も答えなかった。

二人の沈黙のにらめっこが数秒ほど続くと

ナツミとベビーのカードを見せつけ、トレディアが再び冷たい声を発した。

 

『……言っておきますがセイジューロー君。

 星の加護があるセーラー戦士の三人はともかく、

 キミのお姉さんと妙な緑色の生物は

 カードの中に閉じ込められたままだと、

 いずれカーディアンへと完全に変異してしまいますよ?

 今は私のコントロールでカーディアン化のスピードを

 遅くしてやってはいますがね』

 

「!……」

 

明らかに動揺するセイジューロー。

その様子を見たトレディアの口が大きな三日月に変形する。

 

『キミが悩める時間は少ないということです。

 さぁ、どうなさいます? キミのちっぽけな優しさを

 この私に払って心を闇に染め、カーディアンの主になりますか?

 取引に応じてくれれば、お姉さん達は返してあげますよ?』

 

ヒヒヒ……と下衆な笑い声がトレディアの口から漏れる。

彼の背後からジュピターの怒号が飛んだ。

 

「このやろぉおー!!

 それがお前の言う交渉だってのかよ!?

 ただの脅迫じゃないか!」

 

『外野はお黙りなさい』

 

「んぎっ!」

 

トレディアが振り向かずに呟くと、

必死に顔を上げていたジュピターの後頭部を

カーディアンが鷲掴みにし、彼女の顔を地面に思いきり押しつけた。

 

……セイジューローとトレディア、

もはや二人の目線は完全に繋がったまま離れない。

少しでも視線が外れれば何か恐ろしい事が起こりそうな

緊迫した空気感が、二人の間に張り詰めていた。

 

『セイジューロー君。キミのお姉さんナツミちゃんは

 エイル様やアン様と同じ、強力な超能力を持っている。

 それは他人を屈服させ従わせる事もできる力です。

 だから私はまず彼女にカーディアンを売ってあげようとしました。

 しかし先程もお話した通り交渉決裂、お断りされましてね。

  「アンタは必ずセーラームーンにやっつけられる」などと

 いかにも子どもじみた悪態までつかれちゃいましたよ。

 私は仕方なく諦め、こうして次はキミに狙いを定めました。

 

 ……キミにはお姉さんほどの力はないでしょうが、

 かわりに心に深い闇を抱えているのです。しかしその中で

 他者への思いやりという邪魔な枷が、キラリと光を放っている。

 キミはその枷を取り外し、この私に渡して引き換えで

 カーディアンを受け取ってくれればそれでいいのですよ』

 

まだ言葉を発さないセイジューローに、トレディアは更に畳み掛ける。

 

『キミはお姉さんと違って賢い子だ。自分にとって

 得な選択は何か、ちゃんとわかっているでしょう?

 完全に心が闇に染まる事で、キミは本能と欲求のままに

 つまらない苦悩から解放される、本当の自由な心を

 手にできるのです! カーディアンはそのためのパスポートであり、

 キミの人生を彩ってくれる最高のパートナーなのでございます!!

 

 ……フフフフフ、さぁ、キミの中にある珍味をこの私に。

 お世話になったエイル様達の身内というよしみで、

 色々サービスもお付けいたしますよ?』

 

トレディアは確信していた。

見るからに気が小さくただでさえ幼いこの少年に対し

人質を取ってここまで圧をかけてやれば、

反抗する気概も無くなりこちらの勧誘に乗らざるをえないだろうと。

まもなく美味にありつける、高ぶる狂喜を抑えながら相手の回答を待つ。

セイジューローは未だ口を閉ざし目の前のニヤケ顔を見つめたままだ。

 

(セイジューロー、ダメ! あたしの事はいいから!!)

 

(ジュジュ~!! トレディア、許さんでしぃいいい!!)

 

外には届かないナツミとベビーの叫びが

それぞれのカードの中で空しく響き渡る。

 

「セイジューロー君! 脅しに屈しちゃダメよ、

 私達がなんとかするから……ぐうぅ!!」

 

セーラームーンの声もカーディアンに顔を押さえられ、無情にも遮られた。

 

「くっ! こんな光景を何もできず

 ただただ見せつけられるだけなんて!」

 

「動けない以上、私達にはどうしようもないわ……!」

 

「あぁん! 変身さえできればセーラームーン達を

 助けられるのにぃ~!」

 

そして敵に人質にされ、無力化されたはがゆさに

レイ、亜美、美奈子が無念の声を漏らす。

 

いつまでも黙ったままのセイジューローに、

痺れを切らしたトレディアがいよいよ決断を迫った。

 

『さあ、セイジューロー君! ……カーディアンをお買い上げになりますか?』

「いらない」

 

そう一言、セイジューローは言った。

しどろもどろではなく、しっかりした口調で。

 

『ん? ……なんと申されました』

 

トレディアは余裕な態度を装いながら、

内心では我が耳を疑いながら聞き直した。

 

「いらないって言ったんだ!

 お前の誘いになんか乗らない、脅しにだって負けるもんか!」

 

怒りを込めた大きな声でセイジューローが叫んだ。

その顔から迷いは感じられない。

自分の意思を、はっきりした態度で相手に示したのだ。

 

ナツミもベビーもそしてセーラームーン達も、

セイジューローの毅然とした姿に目が釘付けになっている。

トレディアもしばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、

深くため息をつくと心底呆れたと言わんばかりのリアクションをとりはじめた。

 

『キミもお姉さんと同じで、結局おバカなお子様だったわけですか。

 全くなんて事だ、この私としたことがとんだ見込み違い……』

 

「ぼくはともかく、お姉ちゃんをバカにするなぁ!!」

 

セイジューローの怒号が建設現場の空間に響き渡る。

嫌味を遮られ、トレディアは思わずセイジューローに目をやった。

彼の怒りに燃える瞳が自分の顔をしっかり捉えていた。

 

「ぼくはナツミお姉ちゃんの事が大好きだ。

 たとえ喧嘩したって離ればなれになんてなりたくない。

 お姉ちゃんは強くて、優しくて……

 いつも弟のぼくの事を気にかけて守ってくれるんだぞ。

 そんな最高のお姉ちゃんを、悪く言うのは許さない!!」

 

トレディアは我が目を疑った。

さっきまで自分に不安と恐怖の視線を向けていたはずの

この少年が、まるで別人のような堂々さと威圧感を放っている。

あんなちっぽけな少女を想う気持ちが、少年をこうも変えたというのか?

その気迫に思わず気圧され、後ずさりしそうになる。

 

「どうしてナツミお姉ちゃんが、お前の誘いを拒んだかわかるか?

 それはお姉ちゃんがエイルお兄ちゃん、アンお姉ちゃんから

 思いやりを大切にする心、与える愛の心を学んだからだ!

 お兄ちゃん達がぼく達姉弟に愛の素晴らしさを教えてくれたからなんだ!」

 

『!? あのお二人が、愛の心を……? バカなっ』

 

セイジューローの言葉が信じられず、トレディアは愕然とした。

その顔から余裕の態度は既に消えていた。

 

「嘘じゃない! お兄ちゃん達はセーラームーン達から、

 真実の愛を教えてもらったんだ。それで取り戻したんだよ!

 お前に奪われてしまった、愛の心を!!」

 

『な、なんだと!? ……あ、ありえない。そんな事は!

 私に心を引き渡した人間に、再び同じ心が芽生えるなど!』

 

トレディアはとうとう頭を抱え、ガクガクと全身を震わせはじめる。

目はかっぴらき、口は歪み、顔中から汗が噴き出す。

彼がここまで動揺し、狼狽えるのは生まれて初めての事であった。

それほど彼にとって、セイジューローの語った事実はショッキングだったのだ。

 

「愛を取り戻した二人に育ててもらったぼくの心を、

 ナツミお姉ちゃんの心だって……絶対お前なんかには

 渡さないぞ! トレディア!!

 そして……今度はナツミお姉ちゃんの愛情に答えるために、

 ぼくがお姉ちゃんを、みんなを助けてみせる!」

 

セイジューローが両手をトレディアに向かって突き出した次の瞬間……

 

     ッドォウン!!!

 

両手から放たれた衝撃波がトレディアに襲いかかった。

強烈なプレッシャーが迫って来るのを瞬時に

察知した彼は身体をカードに変えて、これを間一髪でかわす。

すぐ元の姿にもどるが、不意の事に驚いて緊急回避を行ったせいか

息が若干荒くなっている。そして忌々し気な顔をセイジューローに向けた。

 

相手をキッと睨み据え、自分達を助けるために悪魔と対峙する

弟の姿を、ナツミはカードの牢獄越しに目に涙を浮かべながら見つめていた。

 

(セイジューロー……ごめんね。そして、ありがとう。

 あなたはあたしの、最高の弟よ)

 

(くうぅぅ~! 立派でし!!

 たくましくなったでしなぁセイジュ~ロォ~!)

 

ベビーも感激の涙を滝のように流しながら、同じ光景を見ていた。

 

『ぬぅ……や、やはりキミもナツミちゃんと同等の超能力を持っていたのですか』

 

「それだけじゃないぞトレディア、これを見ろ!」

 

セイジューローは自分の懐に手を入れ、そこからある物を取り出した。

彼が出した物を見て、トレディアは驚愕する。

だが驚いたのは彼だけでなく、セーラームーン達もであった。

セイジューローの手にあったのは、自分達も見覚えのある代物だったからだ。

 

『なっ!? なんと……そ、それは私がエイル様達に

 お渡しした、魔笛とカーディアン……!』

 

トレディアにはなぜセイジューローがそれを持っているのかという驚きもあったが、

彼がカーディアンを既に所持してたにも関わらず、それに気づかず

カーディアンを売り込もうとしていた自分にも少なからずショックを受けていた。

 

「地球へ行く前のぼくに、エイルお兄ちゃんがコレを持たせてくれたんだ!

 お前はカーディアンを上手く扱えるのは、力をふるう者とも言ったな?

 ならぼくは、愛の力をふるう事でカーディアンを操ってみせる!

 

 いでよ、我がしもべ……いや、ぼくの友達! 【ウトンベケサ】!!」

 

高らかに宣言すると、セイジューローはエイルが託してくれた

最後の一枚のカーディアンカードを空中高く放り投げる。

そしてエイルが愛用したフルートに口を添え、静かに目を閉じると

エイル直伝のしなやかな指捌きでフルートを奏ではじめた。

 

     ♪♪♪~~~♪♪~~~~♪♪♪♪~……

 

妖しくも美しい音色が辺りに鳴り響く。

やがてフルートの音色にカードが反応を示し、

光を放ちながら人の形へと変貌する。

そして一体のカーディアンがセイジューロー達の前に

姿を現し、甲高い雄叫びを上げた。

 

「ケサケサケサアァ~!!」

 

全身の肌が真っ白な女性型のカーディアン。

胴体には弁当に付いている【バラン】を大きくしたような

緑色のギザギザした形の衣をバスタオルのように纏い、

腰に輪ゴム状のベルトを巻いている。

玉子焼きの形をした肩当に、手足にもバランが巻かれ、

両手には巨大な割り箸を二刀流の剣の如く握りしめている。

ベリーショートの黒髪と、サーモンピンク色に銀のメッシュが入り

まるで鮭の切身みたいな大きな前髪を垂らした奇抜な髪型。

細く鋭い目つきの顔で、口元には胡麻の形の小さいホクロがある。

 

これがエイル達の手元に残されていた最後のカーディアン、

【ウトンベケサ】の姿である。

召喚を見届けたセイジューローがフルートの演奏を止め、

凛然とした声でウトンベケサに指示を出した。

 

「ウトンベケサ、セーラームーン達を助けるんだ!」

 

「ケサァア!」

 

セイジューローの命令に従い、ウトンベケサは奇声を発しながら

トレディアのカーディアン達に躍りかかる。

 

     ビシィ、バシ! ドカッ! ガツン! バァン!

 

割り箸剣を振り回し、セーラームーンとジュピター、ルナ達を取り押さえていた

カーディアン軍団を瞬く間になぎ倒してしまった。

解放されたセーラームーン達が地べたから立ち上がる。

 

「ぷはぁ~! ずっと押さえつけられてて苦しかったぁ!

 助かったわ、セイジューロー君!」

 

「カーディアンに助けられるなんてなんだか複雑な気分だけど……

 とにかく、お前もサンキューな!」

 

「ケサ!」

 

ウトンベケサは口元に笑みを浮かべながら

礼を述べたジュピターに、こくりと頷いて返した。

ふと、ジュピターは妙なひっかかりを感じた。

このウトンベケサというカーディアンの風貌に何か見覚えがある気がしたのだ。

 

セイジューローはセーラームーン達の元に駆け寄り、

ウトンベケサに次の指示を出す。

 

「ウトンベケサ、キミはカーディアン達を食い止めてくれ。

 倒してしまってはダメだよ、彼らはこの星の人達だからね」

 

「ケサッ! ケサ!」

 

これからセーラームーン達とトレディアの直接対決を妨害されないよう、

ウトンベケサは彼女達とカーディアン軍団の間に立つと

剣を構えてカーディアン達と向かい合った。カーディアン達も自分を

攻撃したウトンベケサに敵意を剥き出しにし、臨戦態勢を取っている。

 

やがて互いに雄叫びに近い奇声を上げながら

ウトンベケサとカーディアン軍団の乱闘が開始された。

 

『カーディアンが、従っている……! しかし、奴の態度は主に仕える

 下僕のそれではなく、まるで信頼を置く仲間のような……』

 

トレディアは大勢の手駒を相手に立ち回るウトンベケサを、

ただただ唖然としながら見つめていた。そんな彼にセイジューローが声をかける。

 

「トレディア、ぼくの目をよく見てみろ……。

 お前にはこの目が、疑いや不安に満ちた目に見えるのか?」

 

相手を睨みつつ自分の目に親指を向けて、トレディアを問い詰める。

トレディアは何も言い返せず、ただ不服な表情で睨み返すだけである。

 

「お前の言う事はでたらめだ! ぼくの心は弱くなんかないぞ!

 心に闇を抱えてるとか枷がついてるとか、勝手に決めつけるな!!」

 

セイジューローは自分を侮っていた悪魔に強い覚悟を込めた叫びをぶつけた。

それでも今自分がここまで堂々と物を申し、許せない相手に立ち向かえているのは

決して自分一人だけの力ではないことはわかっていた。

セーラームーン達や魔界樹ベビー、自分を信頼し送り出したエイルとアン、魔界樹。

そして最愛の姉ナツミ……みんなが自分に注ぎ、贈ってくれた【愛】が

心を支え、勇気を与えてくれる。それが自分のパワーになっているのだ、と。

 

しばらく真顔でセイジューローを見つめたまま

茫然自失としていたトレディアが、不意に小さく笑った。

 

『……確かに私はとんだ思い違いをしておりました。

 キミを気が小さいただの幼い子どもだと侮っていたようです。

 私の無礼な言動の数々、どうかお許しください……』

 

そう言うとセイジューローに向かって深々と頭を下げた。

敵の思わぬ行動に、セイジューロー達は一瞬呆気にとられる。

 

ところが、トレディアは頭を下げた体勢のままプルプル震えだしたかと思うと

突然頭だけを勢いよく上げて、自分の顔を彼らに向けた。

その顔は肝の小さい人間が見ればたちまち卒倒しそうなほどの、

不気味極まりない悪意と狂気に満ちた邪悪な笑い顔だった。

これにはセイジューローもセーラームーン達も戦慄し、思わず仰け反った。

 

『フフフフフフフフ!! それが思いやりの心、愛の心の力ですか……

 素晴らしい! ますますキミの心をいただきたくなった!

 キミのその闇をも振り払うほどの眩しい輝きに満ちた心!

 どれほどに美味なのか……もはや商売など二の次!!

 キミの心! 今すぐ私に食べさせなさい!!』

 

狂喜の叫びを上げた瞬間、

トレディアは恐ろしい形相のまま口を大きく開き

セイジューローめがけて飛びかかろうとした。

 

「ケサー!!」

 

     ビュインッ!!

 

その時長い角材らしき物が二人の間に猛スピードで割って入り、

当たりそうになったトレディアは咄嗟に身を引いてかわした。

それはウトンベケサが如意棒の如く伸ばした割り箸剣だった。

ウトンベケサはカーディアン達の攻撃を捌きつつ、トレディアの動きにも

横目で注意を払いセイジューローの身を護るために気を張っていたのだ。

もう片方の割り箸剣で攻撃を防ぎ、時々反撃を繰り出しながら

ウトンベケサは鋭い眼差しでトレディアを睨みつけていた。

 

『おのれ邪魔を……!』

 

「ありがとう、ウトンベケサ!」

 

危機一髪のところを救われ、セイジューローは

戦闘中のウトンベケサに感謝の言葉を投げかける。

 

「あのカーディアンは、セイジューロー君の強い想いを受けて動いてるのね」

 

咄嗟にセイジューローをかばっていたセーラームーンも

感心した様子でウトンベケサを見つめながら呟いた。

 

(あの時、アンお姉ちゃんが言ってた通りだ。

 セイジューローの優しさがカーディアンにも伝わってるんだわ)

 

星を旅立つ時、アンがセイジューローに言い聞かせた言葉、

『心根の優しいあなたになら、きっと素直に従ってくれるはず』……

それを思い出しながらナツミもカーディアン達の戦いを

カードの中から見守っていた。

 

「セイジューロー君、あたし達も一緒に戦うよ。

 こいつをぶっ倒してナツミちゃん達を助けよう!」

 

セイジューローの肩に手を置いてジュピターが威勢よく声を上げる。

それに対し、なめられたものだと言いたげな表情を浮かべ

トレディアが据わった目で彼女の顔を睨んだ。

 

『私をぶっ倒す? 無駄だと言ったでしょう。

 あなた方の攻撃は私には通用しない……』

 

「私達セーラー戦士はどんな敵が相手でも諦めない!

 必ず、アンタをやっつけてみせるわ!!」

 

セーラームーンの高らかな宣戦布告を合図にしたように、

ジュピターとセイジューローが必殺技と衝撃波をそれぞれ同時に放つ。

 

「はああああああ!!」

 

「ジュピター・オーク・エボリューション!!」

 

しかし、やはり命中する寸前でトレディアはまたしても

身体をカード化させバラバラになり

攻撃が止んだ途端、瞬時に元の姿へもどってしまう。

諦めず何度も攻撃をしかけても結果は変わらなかった。

 

『ははははははは! 何度やっても同じ事!

 どうやっても絶対に当たらないっ!

 私を倒すことは不可能なのですよ!!』

 

「くっ! ならセラピーキッスで一気に……」

 

狂ったように高笑いするトレディアに対し

セーラームーンがエターナルティアルを構えようとする。

しかしルナが慌ててそれを制止した。

 

「待ってセーラームーン! うかつに撃ってもしそれも

 かわされてしまったら、エナジーを大量に消耗して

 こっちが不利になるわ!」

 

ルナの忠告を耳にし、歯を食いしばり

悔しい表情でトレディアを睨むセーラームーン。

トレディアは笑いながらじわじわとにじり寄って来る。

 

『さぁ、諦めて心を私によこしなさい』

 

どうすればヤツを倒せるのか?

セーラームーン達が頭の中で必死に考えながら

トレディアと距離を取ろうと後ずさりはじめた……その時。

 

 

「セーラージュピター! もう一度ヤツに技を放て!」

どこからともなく、若い男の声が聞こえた。

 

「えっ!? い、今の声って……」

 

セーラームーンはその声の主をよく知っていた。

驚き戸惑いながらキョロキョロと周囲を見まわす。

 

「……よぉし! ジュピター・オーク・エボリューション!!」

 

ジュピターは声の主の狙いを汲み取ったのか、

再び必殺技を発動する。

 

     ババババババババババババ!!!!

 

だが案の定、トレディアは身体をカードに変えて

光弾を全てよけてしまった。

そして無数のカードが集まり再生がはじまる。

 

『フフフ、まったく学習しない人た……』

 

     トスッ!

 

『ぬぐぉっ!?』

 

突然トレディアが驚きと苦痛が合わさった声を上げた。

そして、驚愕した顔でわなわなと震えながら

元にもどったはずの身体がある下の方へ恐る恐る目線をやる。

 

彼の胸に、一輪の赤いバラの花が深々と突き刺さっていた。

 

「あ……あの赤いバラはっ!」

 

セーラームーンが驚嘆の声を上げた直後、

彼女達の背後からコツコツと足音が聞こえてきた。

 

「宇宙の暗闇に潜み罪なき人々の自由を奪い、

 あまつさえ明日に迷う者を悪の道へ堕とす死の商人……

 貴様のような下劣な存在を、この私は決して許さん」

 

トレディアに対し啖呵を切りながら歩いてくるその人物は、

天井にある防音シートの破れた隙間から月の光が差し込み

スポットライトのようになった場所で立ち止まる。

その人物の姿を目にした、その場にいる多くの者が驚きを露わにした。

 

まるで胸章を付けたかのように、胸に深く食い込んだバラを

握りしめながらトレディアが苦しそうに唸った。

 

『うぐぅ……あ、あなたは何者っ!?』

 

「タキシード仮面様!! ……まもちゃん!

 どうしてここに……」

 

目の前にいるのは紛れもなくセーラームーン、月野うさぎにとって

最愛の人物……タキシード仮面こと地場衛だった。

今は遠いアメリカの地にいるはずの衛がなぜここにいるのか?

嬉しいが困惑もしているセーラームーンに、その瞳をじっと見つめながら

タキシード仮面は優しく語りかける。

 

「たとえどんなに遠く離れていようとも、

 キミの窮地には必ず現れる……それが私だ」

 

その言葉を聞いた途端セーラームーンは頬を赤く染め、

心から安心したように彼と見つめ合いながら穏やかに微笑んだ。

 

(あ、あの人がアンお姉ちゃんが一目惚れした衛サマ……!

 想像してたより、すごくかっこいい人だぁ……♥)

 

タキシード仮面のマスクの奥にある凛々しい瞳を

カード越しに見たナツミは、それこそかつて衛の姿を初めて

目にした時のアンのようにのぼせた様子で彼の顔をじっくりと見つめる。

 

そんな中、トレディアは全身を駆け巡る痛みに耐えながら、

突如出現した敵の増援に対し怨嗟のこもった声を上げた。

 

『タキシード仮面様とやら……よくも、よ……横槍を入れてくれましたね。

 それに、な、なぜ私の……じ、弱点をご存じで……?』

 

「……そうか。やはり【アレ】が貴様の……。私の予想は当たっていたらしいな」

 

ギクリ、とトレディアの顔が一層歪む。

彼の方へ向き直り、タキシード仮面は堂々と答えた。

 

「貴様の動きを遠くから観察させてもらった。貴様が無数のカードに姿を変え

 攻撃をかわし元の姿に戻るその時、一枚のカードに向かって

 他のカードが集まっていくのが、ほんの一瞬だが見えた。

 そのカードが貴様の核だろうと私は読んだのだ」

 

タキシード仮面の言う通り、カードの山に変化できるトレディアは

その中の一枚のカードを起点に分離、集結を行っていたのだ。

そのカードこそがトレディア唯一の急所であり肉体の核部分、いわば心臓である。

だが心臓は身体を形成する他のカードとは見た目に違いは全くなく、

しかも元の姿に再生するのにかかる時間もほんのわずかなものだった。

 

戦場に秘かに駆けつけ、気づかれないよう敵の弱点を探っていたタキシード仮面。

自身をカードに変化させる敵の技に秘密があるとにらみ、

ジュピターに声がけして敵が元に戻るタイミングに備え、神経を研ぎ澄ませた。

そしてまさにカードの結集が始まった刹那、タキシード仮面は離れた場所から

心臓となるカードにバラのダーツを見事に打ち込んでみせたのであった。

 

『ぐ……ぐぐぐ、おのれぇ……よくも、よくも私の心臓に、傷をっ!』

 

「ほう、心臓か……。フッ、そんなに苦しいか?

 貴様のような悪魔に心の痛みなど縁が無いと思ったがな……」

 

悔しそうにこちらを睨む相手に対し、タキシード仮面はニヒルに笑ってみせる。

ところが、そんな彼にセーラームーンが少しいじけた様子で抗議した。

 

「え~!? まもちゃん、とっくにここに来てたのぉ?

 ……だったらもっと早めに助けてほしかったのにぃ~」

 

「む……す、すまんっ。ところで、そこの少年」

 

敵の弱点を見つけるためとはいえ、彼女に言われると申し訳なく感じ

タキシード仮面は戸惑い気味に謝罪する。すると今度はそのそばで

こちらを呆然と見つめるセイジューローに目をやり、優しく声をかけた。

 

「姉を想うキミの勇気と愛ある行動も見せてもらった。

 キミは【騎士】と呼ぶにふさわしい、勇敢な男だ」

 

「……は、はいっ!」

 

エイルとアンに真実の愛を教えたもう一人、地場衛が目の前にいる。

その衛が自分の行動を称賛してくれた。セイジューローには

身に余る光栄であり、そして身がより引き締まる思いだった。

 

『ぐっ! よ、妖力がコントロール、できない……!』

 

心臓をやられ全身を走る苦痛が止まないトレディアは、

もはや余裕を保てなくなり足元がよろめきだす。

眩暈で頭もふらつき、集中力が乱されてしまう。

 

その瞬間、レイ達三人にかけられていたトレディアの術が解けた。

彼女達を拘束していた巨大なカードが、スゥ―……と消滅し

三人は空中に放り出されるもスタッ、と冷静に着地してみせた。

 

「やった! 動けるようになったわ!」

 

美奈子が歓喜の声を上げた直後、

 

     ポゥン! ボワン!

 

……と、妙な音が鳴った。それはレイ達同様

トレディアの集中力が大きく乱れた事によって術が解除され、

ナツミとベビーを閉じ込めていたカードが煙と共に消える音だった。

煙が晴れると、元通りの二人の姿がそこにあった。

 

「わーい! 出られた出られたぁ~!」

 

「ジュ~、カーディアンにならずに済んだでしぃ……」

 

はしゃぐナツミと安堵のため息をつくベビー。

レイ達もセーラームーン達と合流し、ハイタッチで喜び合う。

 

『し、しまった! 人質が……』

 

苦痛のあまり術を解いてしまった事でトレディアはひどく取り乱した。

 

喜んでいたナツミの目にふっと、今にも堪えていた感情が噴出しそうな顔で

こちらをじっと見つめているセイジューローの姿が飛び込んだ。

ナツミも同じ表情に変わった。二人の幼い姉弟の心が激しく高ぶる。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「セイジューロー!!」

 

名前を呼び合った瞬間にお互い駆け出し、

ナツミとセイジューローは強く抱き合った。

二人とも目から大粒の涙が流れていた。

 

「ごめん……! ごめんなさい、お姉ちゃん。

 お姉ちゃんの気持ちも知らないで、ひどい事言って……」

 

「ううん……私こそごめんなさい。

 あなたが強い子だって事、わかってなかった……。

 ダメなお姉ちゃんで、ごめんね……」

 

「そんな事ない。ナツミお姉ちゃんは

 ぼくの大好きな最高のお姉ちゃんだよ……」

 

「セイジューロー、ありがとう……。

 私もあなたが大好き。自慢の弟よ……」

 

互いの正直な気持ちを告白し、二人の心の間に

再び強い絆が蘇った。今は静かに抱き合う彼らを

セーラー戦士とタキシード仮面、ルナ達が微笑みながら見つめていた。

 

(よかった……本当に……)

 

特にセーラームーンは目に涙を浮かべ心の底から安堵していた。

二人の元に大泣きしながらベビーが駆け寄ってゆく。

 

「ジュウゥ~よかったでしぃ~ちゃんと仲直りができて!

 ……さぁ二人とも、セーラー戦士と一緒に悪者退治でし!」

 

ベビーに促され、ナツミとセイジューローは顔を見つめ頷き合うと、

互いの手をしっかり握りながらトレディアに怒りの視線を向けた。

ナツミ達だけでなくセーラー戦士全員の鋭く冷徹な視線が

膝をつき、息切れを起こしているトレディアに容赦なく注がれる。

 

「よくもあんな窮屈なトコに押し込めてくれたわね!

 覚悟しなさい!!」

 

美奈子が怒りの声をトレディアにぶつけたのを合図に、

まだ変身していない三人が懐から変身アイテムを取り出す。

そして同時に変身の呪文を唱えた。

 

「マーキュリー・クリスタルパワァー!」

 

「マーズ・クリスタルパワァー!」

 

「ヴィーナス・クリスタルパワァー!」

 

「「「メイク! アァップ!!」」」

 

それぞれスーパーセーラーマーキュリー、スーパーセーラーマーズ、

スーパーセーラーヴィーナスへの変身が完了し、

ようやく内部太陽系戦士五人が揃い踏みした。

 

『ううぅ……残りのセーラー戦士の変身をみすみす許すとは!』

 

トレディアが必死の形相でよろよろと立ち上がる。

自分の思惑が完全に崩壊し、彼は自暴自棄に近い状態になっていた。

しかし、そんなものは当然セーラー戦士達の知った事ではない。

 

「いくわよトレディア!

 愛の天罰と折檻でもかぶって反省しなさい!!」

 

「……私とマーズの台詞が混じってるわよ、ヴィーナス」

 

「とにかく弱ってる今がチャンスよっ!

 まずは私から! マーズ・フレイム・スナイパー!!」

 

     シュバァッ! ボゥオオオオオオオ!!!

 

「マーキュリー・アクア・ラプソディー!!」

 

     バシャァアアアアアアアアア!!!

 

「ヴィーナス・ラブ・アンド・ビューティ・ショック!!」

 

     ッバァァアアアアアアアアン!!!

 

『ううぅぅぐうぅぅう!!』

 

もはやカードに変化して回避できるだけの

余裕と妖力は、トレディアには残っていなかった。

三人のセーラー戦士の必殺技を立て続けに喰らい、

激しい呻き声を上げながらのたうつ。

 

「あたしにもやらせてくれっ! ……今日のあたしはマジで怒ってるぜ!

 ナツミちゃん達や、お前に心を盗られたエイルとアンの痛みを思い知れっ!!」

 

怒りと闘志に燃えるジュピターが叫ぶと、ティアラから避雷針を展開させ

気を集中しはじめた。すると避雷針の先端に、帯電した雷で形作られた

オーク(木の葉)型の緑色の光弾が発生する。光弾にはみるみる電気が集まり

フットボールの二回りほどの大きさにまで一気に巨大化した。

ジュピターは完成した光弾に、まるで左右から掴む形で両手を添えると……

 

「スパークリーム・オークワイド・エボリューションプレッシャー・

 サンダードラゴン!!!!」

 

そう叫びながらサッカーのスローインの動きで

思いきり振りかぶり、全力を込めて勢いよく

トレディアめがけて光弾を投げつけた。

 

猛スピードで飛んでいく光弾は

なんと途中で巨大な龍の姿に形が変わり、

大きな口を開いてトレディアの全身を丸ごと飲み込んだ!

 

     ッバァァアアアン!! バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!

 

『うげぇえあああああぁあぁぁぁぁぁ!!!』

 

その瞬間、龍に変形した光弾は凄まじい閃光を放ちながら爆散し

飲み込まれたトレディアの身体を強烈な高電圧が襲った。

今まで体験したことが無い、身体が粉々に砕けそうな激痛に

トレディアが喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げる。

 

やがて閃光と爆音が止み、辺りが暗く静かな空間にもどる。

全身黒焦げになり、煙を立てながら

トレディアはその場にバッタリと倒れ伏した。

 

「ふぇえ~! なにその突然の新技!?

 ジュピターちゃんってば、やるぅ!!」

 

「スッゴォ~い!! セーラー戦士ってこんなに強いんだぁ!」

 

ジュピターの今までの技を全て合体させたような大技を目にした

セーラームーンとナツミが、興奮しながら一緒になって盛り上がっている。

そんなナツミの隣にタキシード仮面がやって来て呟いた。

 

「彼女達は愛を踏みにじる者を決して許しはしない。

 愛の力を信じているからこそ、彼女達は強いのだ。

 キミにも、それはよくわかるだろう」

 

「衛サマ……はいっ♥」

 

こちらに優しく微笑みかけるタキシード仮面を見上げ

ナツミは頬を真っ赤にし目を細めながら、しおらしく返事をする。

もうすっかりメロメロだ。

 

その時トレディアの手がピクリと動き、のっそりと上体を起こした。

あれほど大ダメージを受けてもなお、彼はまだ絶命してはいなかった。

ぷるぷると痙攣しながら、怒りと憎悪にまみれた顔をセーラー戦士達に向ける。

 

『ぎいいいぃぃいいい~……!

 ゆ、許さんっ、許さんぞきさまらぁああ!!!

 カーディアンども、何をしている! 早く私を助けろ!』

 

最初に姿を現した時の紳士ぶった余裕の振る舞いを

みせていたトレディアの姿は、もはやどこにもなかった。

追い詰められ粗暴な本性が露わになったトレディアが

配下のカーディアン達に向かってぶっきらぼうに命令する。

 

しかしカーディアン達がいる方に目を向けた

トレディアの顔が、一気に絶望一色に染まる。

ボコボコにやられて気絶し、山積みになったカーディアン達の上で

ウトンべケサが胡坐をかきながらこちらを睨んでいたからだ。

 

「ケサッ!」

 

『ば、ばかな……!? 私の選りすぐりのカーディアン達が、

 たった、たった一匹のカーディアンに……全滅だとっ?』

 

トレディアは目の前の現実と、自分の置かれた状況が受け入れられず

眼前に広がる光景をただただ凝視するだけだった。

 

「愛のエナジーで正義の心に目覚めたカーディアンと、

 邪悪なエナジーに支配されただけの心を持たぬカーディアンでは

 力の差も歴然というものだ……」

 

タキシード仮面の言葉に反応し、トレディアが彼の方にゆっくり振り向く。

魂が抜けたように呆けた白い顔を見据えながら、タキシード仮面がつづけた。

 

「貴様を観察していて、わかった事がもうひとつある。

 それは、貴様自身には敵に直接ダメージを与える能力が無いという事だ。

 だから正面からの戦いでは、カーディアンに頼らざるおえないのだろう。

 カーディアンがやられ、弱った今の貴様ではもう勝ち目はあるまい!」

 

図星を突かれたトレディアは黙って顔を伏せる。

実際彼にはカーディアンを使う以外に、敵と戦う手段はなにも無かった。

ちなみに先ほどセイジューローを標的にして失敗した、

【人の心を抜き取り、食す】行為は相手に致命傷を与える攻撃能力とは違う。

トレディアに心を食われても、苦痛は何も感じず命を落とすわけでもないのだ。

相手をカードに閉じ込める能力も、動きを封じる意味合いの方が強く

実は、自分の妖力を上回る相手はカーディアン化できないという弱点があった。

 

セーラー戦士、タキシード仮面、ルナとアルテミス、

そしてナツミとセイジューロー、魔界樹ベビーにウトンべケサ……

全員が攻撃態勢で、跪いているトレディアを包囲した。

逃げることもできず、もうどうしようもない事を悟ったトレディアが

再び顔を上げて弱々しく恨めしそうに呟く。

 

『……そ、その通り……も、もはや私には

 力はほとんど残されていない……。

 

 だ、だが、ただではくたばらんぞ。

 そこのガキどもが絶望する顔を見てからだ……!』

 

突然トレディアはガバッと立ち上がると、

握りしめていた右手に更にグッと力を込めて、ゆっくりと開いて見せた。

すると開かれた彼の手の平の上にポンッ、と音を立てて

ある物体が出現した。

 

「あぁっ! それは!?」

 

トレディアの手に現れたのは

ナツミが一度落として回収したはずの、

エイルとアンから預かった水色とピンクの玉が

結びつけられた、あの黄緑色の小袋であった。

 

驚いて思わず声を上げたナツミが

慌てて自分の手や服の中を調べるが、

確かに持っていたハズがどこにも無くなっていた。

あれはトレディアが術で作った偽物とかではなく、本物らしい。

 

『フヒヒ……その小娘が大事そうに持ってたんでな。

 捕らえた時こっそりとかすめ盗っていたのだ……』

 

(お姉ちゃん、失くした贈り物を見つけてたんだ……!)

 

全く気がつかなかった事にナツミはショックを受ける。

セイジューローの方はあの袋が既に見つかっていた事がわかり

状況的に不謹慎と思いつつも、心の中でわずかながら安堵していた。

だが当然安心してはいられない。早く取り返さないと

相手が何をやらかすのか、わからないのだから……。

 

『これが一体なんなのか私にはわからんが、

 お前らにとってはよっぽど大切なモンなんだろ……?

 ふ……フヒ、フヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!』

 

「だめ!! それを返して!!!」

 

ナツミが悲痛な声で懇願する。

しかしトレディアはそんな反応を待っていたとばかりに

気が触れたように笑い叫んだ。

 

『ふひゃひゃあ!! 返すわけねぇえだろぉぉおおお!!!』

 

袋を乗せた手とは反対の左手を大きく振り上げる。

その瞬間セイジューローが大声で叫びながら、堪らず身を乗り出した。

 

「やめろぉぉおおお!!!」

 

     バチィイン!!

 

「「!!!!」」

 

小袋は勢いよく振り下ろされた白い手に叩き潰された。

トレディアは更に袋をサンドしたその両手で、念入りに手揉みをはじめる。

彼の手の中から布の繊維が千切れ破れる音が聞こえてくる。

やがてナツミ達二人に見せつけるように、その両手を開くと

そこからビリビリに破れた小袋の破片がパラパラと舞い落ちた……。

 

ナツミとセイジューロー、魔界樹ベビーは下を向いて黙り込んでしまった。

セーラームーン達は怒りと嫌悪を剥き出しにしてトレディアを睨む。

ショックで落ち込んだナツミ達を見て、トレディアはとうとう狂ったみたいに

悪意に満ちた顔と大声で爆笑しはじめた。

 

『フィーヒーィイ~ヒィィイ~ヒヒヒ!! フヒィイイイ~!!!!

 その顔その顔! ざまぁあみろぉお!!

 ぎゃははははははは!!! もう人の心は食えねぇが

 その顔が私の心の栄養だぁアアア~!!!!』

 

もうすぐ自分はこの世から消える。しかし最後に起こした

ヤケクソの行動で、忌々しい敵の心に傷をつけてやった……!

戦いには負けたが一矢報いた……それが彼が最後に感じる優越感。

人々の心を弄んできた宇宙の悪魔のなんとも醜く見苦しい悪あがきであった。

 

『ふひはひはひひひは……い?』

 

狂い笑っていたトレディアの声がふと止まった。

ナツミとセイジューロー、そして魔界樹ベビーから

凄まじいほどの怒りのエナジーが沸き上がっている事に気づいたからだ。

ナツミ達はその強い怒りと哀しみを湛えた顔をトレディアに向けた。

 

「……許さない。よくも、よくも……!」

 

「アンタだけは……絶対に!!」

 

「とうとうアテシを、いやアテシ達を完全に怒らせたでしね!!」

 

研がれ磨かれた刀のように鋭く、圧倒的な殺意。それを向けられた

トレディアはヒッ……! と、小さな悲鳴を漏らして思わずたじろいた。

 

「やるよ、セイジューロー!!」

 

「うんっ!!」

 

二人は互いの手をしっかりと握り、自分達の体内にあるエナジーを全開させる。

彼らの周囲の空気が激しい渦を巻き始めた。

地面もわずかに揺れはじめ、建設現場のパイプや鉄骨が小さく軋む音を立てる。

周りの異常な様子に狼狽えるトレディアを睨みながら二人が叫んだ。

 

「ぼく達の力が合わさった時がお前の滅びの始まりだ、トレディア!」

 

「私達は、二人でひとつ!!

 そう、エイルお兄ちゃんとアンお姉ちゃんのように……。

 私達姉弟の、合体超能力パワーをアンタにぶつけてやるわ!」

 

二人が目をカッと見開き、その目が紅く光ったかと思うと

突然、トレディア周辺の空間がグニャア~ッと捻じれはじめた。

 

『な! なんだこれは!? 何が起きている?』

 

周りの風景がどんどん歪んでいく状況にトレディアは混乱した。

セーラームーン達も驚いている。彼女達からすると

トレディアが球体のバリアのような物の中に閉じ込められ、

その内側の空間だけが捻じれ歪んでいくように見えていた。

 

「これはエイルとアンも使っていた、空間変化の超能力でし!

 こうやって攻撃に転用することもできるんでしぞ!

 この子たちはやっぱり、念力の才能があるんでし~!」

 

自慢するようにベビーが叫ぶ。

かつてエイルとアンは、巨大な魔界樹を見つからないよう隠すため

十番オデュッセイアの一室を広い異次元空間に変えていた。

その異次元を作り出したのが、ベビーの言う空間変化の能力である。

ナツミとセイジューローはトレディアの周囲だけを、超能力で自分達がいる

空間とは異なる別の空間に作り変え、更に見えない壁も作り

彼を完全に閉じ込めて動きを封じたのであった。

 

「更に二人の念力パワーにアテシの、

 魔界樹の怒りの超能力も加わればどうなるか……

 身をもって知るでしぃ~!!!」

 

ベビーがナツミとセイジューローの握り合う手の上に

飛び乗り、自身もエナジーを解放させる。

ベビーから放出されるエナジーがナツミ達にも流れ込んでゆく。

そして二人が手を繋いだまま、それぞれもう片方の手を、

ベビーは頭のてっぺんの若葉をトレディアに向けてバッとかざし、

三人同時に気合を込めて叫んだ!

 

「「「はあああああああああああ!!!」」」

 

     ギュオオオオアアアアアアアアアアア!!!!

 

その瞬間トレディアを封じ込めた空間の中で

烈風が発生し、それが大きな渦を巻いた。

球体の異空間に大嵐が吹き荒れる。

ナツミ達が手から放つ衝撃波と、ベビーの放つ念動波を

トレディアがいる異空間にベビーの超能力で、まとめてワープさせ送り込み

浴びせるという疑似的な間接攻撃である。だがその威力はすさまじかった。

 

『ぐああああああああああああああああ!!?』

 

トレディアはまるで洗濯機の中で洗い揉まれる衣類の如く、

身体を伸ばされ縮められ全身が八つ裂きにされるような

激痛を感じながら、異空間の中でもみくちゃにされる。

できない反撃も許されない、まさにされるがままの悲惨な状態だ。

 

「二人とも……ベビーもすごいパワーだっ」

 

「わ、私達あの子達と敵として出会わなくて、ホントよかったわねぇ……」

 

その光景を眺めていたジュピターは感嘆の声を漏らし、

ヴィーナスは冷や汗を垂らして若干引いていた。

 

やがて嵐がおさまり、トレディアを閉じ込めていた異空間は

フッと消滅し、彼の周囲は元の空間にもどった。

ズタボロにされ力なくその場に倒れたトレディアにナツミ達がゆっくり近づく。

 

「どう? 他人に変な所に閉じ込められて、いたぶられる気分は?」

 

ナツミが子どもらしからぬ冷酷な声をかけた。自分も目の前の

相手によって異空間に閉じ込められただけに、その怒りは強かった。

トレディアはもはや顔を上げる事もできず、必死に上目遣いでナツミを見上げる。

 

『あ……ぐぅ……お、お前達の力、これほどまで、とは……!』

 

「最後に教えてあげるわ、トレディア。

 私は今日、アンタに捕まる前に新しい能力に目覚めたの。

 アンお姉ちゃんが得意だった、予知能力にね」

 

『そ、それがどうした……?』

 

「……カードに閉じ込められる時、私言ってたでしょ?

 【アンタは必ずセーラームーンにやっつけられる】って……」

 

思い出してハッ!となるトレディア。

子どもの強がり、戯言だと全く気にも留めていなかったあの言葉。

そして悟る。自分に止めをさすのは、あくまでもこのガキどもではなく……

 

すかさずナツミとセイジューローが振り返り、叫ぶ。

 

「「今だよ! セーラームーン!!」」

 

「奴を浄化するでしぃ~!!」

 

ベビーも共に叫んだ。

彼らの言葉を聞き届けたセーラームーンが力強く頷いた。

 

「……わかったわ。あとは私に任せて!」

 

ナツミ達は急いでトレディアのそばから離れる。

セーラームーンが手に持っていたエターナルティアルを

満身創痍となったトレディアに向けた。

最期の瞬間が訪れたトレディアは、ここへ来て死の恐怖に襲われた。

全力で逃げ出したいが身体は全く動かない。そして情けない声を上げる。

 

『ひっ、ヒィィイイイイィィ!!』

 

エターナルティアルをクルクルと回転させて

浄化のエナジーをチャージさせると、

セーラームーンはついに必殺技を放つ構えを取った!

 

 

「スターラァイトハネムゥゥーン! セラピィィー……キィッスッ!!!!」

 

 

     シュバアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

セーラームーンが天高く掲げたエターナルティアルの先端から、

ピンク色のまばゆい聖なる光が放たれる。

その閃光は瞬く間にトレディアの身体を包み込んだ。

 

『ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!』

 

聖なるパワーに満ちた浄化の光を全身に浴びた

トレディアが断末魔の絶叫を上げた。

 

『……もっ、もっと……人間の、心を……食いた、かった……

 

 ちぃくしょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!』

 

トレディアが完全に光の中に飲まれた瞬間、

美しい純白の羽根が辺り一面に舞い上がる。

 

やがて閃光が消え、聖なる光の粒子が辺りに舞い散る。

そこに、トレディアの姿はもうなかった……完全に消滅したのである。

 

「やった……!」

 

「悪魔の最期だ」

 

タキシード仮面が呟き、セーラームーン達はホッと胸を撫でおろす。

トレディアの最期を見届けたナツミとセイジューローは

お互いの顔を見つめて静かに微笑み合った。

 

「……あれぇ? ここ、どこなの?」

 

セーラームーン達の後ろから女性の声が聞こえた。

振り返ってみると、そこで倒れていたはずの

トレディアのカーディアン達は皆いなくなっており、

代わりにごく普通の人間達がぼんやりした様子で辺りを見回している。

 

「見て! カーディアン達が人間の姿にもどったわ!」

 

マーズが喜びの声を上げる。

そこにいたのは最近ニュースで取り沙汰されていた

行方不明になっていた人達ばかりだ。

昨日木野まことがテレビのニュースで見た

女子プロレスラー、ライジング大野もいた。

 

「きっとトレディアが滅びたことで奴の妖力が消え去り、呪いも解けたんだな」

 

「カーディアンもこの世から完全に消滅したのね」

 

アルテミスの推測を聞いてマーキュリーが安心したように呟いた。

セーラームーンも目を細めながら呟く。

 

「よかった……みんな元にもどって」

 

倒さずに元の姿にもどせた事が

彼女にはとにかく嬉しかった。

 

「あ、兄貴ィ……オレ達一体、どうなってたんスかねぇ?」

 

「さ、さぁ……? 俺にもなにがなんだか……」

 

そして例のチンピラ二人組も元通りの姿にもどり、

頭をポリポリかきながら困惑していた。

 

(ありゃ! あいつら昨日のチンピラじゃないか?

 ……お前ら、さっきまでバケモノになってたんたぜ)

 

ジュピターは内心呆れながらも、安心した顔で微笑みながら

チンピラ達を見つめるのだった。

 

          【『後編』につづく】


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択