No.1149309

「くだんのはは」(8/11)~鬼子神社事件始末~

九州外伝さん

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【ご注意】
この物語はフィクションです。実在または歴史上・の人物、実在の団体や地名、事件等とは一切関係ありませんのでご了承下さい。
●作中に 小松左京・著「くだんのはは」のネタバレおよび独自の考察が含まれます。ご都合が合わない方の閲覧はご遠慮下さい。
●日本の歴史、主に太平洋戦争について、やや偏見に伴う批判的・侮辱的な描写がございます。苦手な方は閲覧を控えて下さい。

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2024-08-03 16:09:59 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:73   閲覧ユーザー数:73

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 『その男』は奇妙な部屋に居た。

 いや、部屋と言うよりは高級マンション、もしくは一流ホテルのスペシャルスイートといったところか。とにかく広くて華美である。

 ただ、その壁面という壁面が、幾何学模様のような縄文土器のような、なんとも形容し難いパターンで埋め尽くされている。ご丁寧に調度品まで それに合わせたデザインだ。

 常人なら眩暈がしそうな その住居の一室で、男は 部屋の中央に置かれた これまた高級そうなカウチに腰かけ、巨大な液晶画面で何かの映画を観ていた。部屋は薄暗く、音量も それほど大きくはない。モニターから側面にあたる壁にはLEDで赤い光を演出する模造暖炉が、パチパチと薪の燃える音を出している。たいした凝りようである。

 

 テーブルの上の携帯端末が震えた。

 男はリモコンで映画を一時停止すると、模造暖炉の反対側の壁にある調度に手をかけた。壁の一部がスーッと開く。中には、トレーに乗ったステンレスの大きな蓋…中に料理が入っているのが明白な…と、ワインクーラーに氷と一緒に入れられたボトル、それと ポリ袋で個別に密閉されたナイフ・フォーク類に、同じく袋に入れられたワイングラスがあった。

 それらを壁の中から取り出し、カウチの前のテーブルに運んだ『その男』は、その中に 明らかに食事と関係ないものが紛れ込んでいるのを見つけた。

 何かが印刷された、名刺サイズの紙だ。

 名刺のフチを触らないように慎重に その紙をトレーの端に移動させ、指でつまみ上げた。表と思しきところには横浜市の住所と、中央に大きく『日本鬼子神社』と書かれている。裏にも何やら細々と書かれているようだが、男には興味が無かった。

 男は名刺をテーブルの上に置き、模造暖炉の方へ歩いていくと、その上にある四角い調度を取り外して耳に当て、抑揚の無い機械的な声で言った。

「食事の上にゴミが乗っていたぞ。お前達は最低限の常識も知らないのか?」

 どうやら内線電話の受話器か何からしい。

 男はすぐに受話器を耳から離し、わずかに怪訝そうな顔で それを見て、再び受話器に向かって話す。

「どうした。何故返事をしない?」

 

「シャトー・マルゴーかぁ…名前を聞いた事しかないなぁ」

 声は、受話器ではなく男の背後から聞こえた。

 機敏な動作で振り向くと、そこには一人の『女』が居た。もちろん、一見で そう判断しただけである。腰まである長い黒髪と、音程は低いが男性のものとは若干異なる声質で、そう思ったまでだ。

 黒のスーツにスラックス、赤い紐ネクタイに、何だかよくわからない頭巾のようなものを被った その『女』は、男の方に向き直るとワインの瓶を軽く掲げて言った。

「一杯ご馳走してもらえませんかね?」

 

「何だ お前は」

 改めて顔を見ると年の頃は十代、まだ中学生くらいにも見える。男は受話器を戻しながら、やはり抑揚のない声で言った。

「誰の許しを得て ここに入った?」

 その言葉を聞いた瞬間、『女』…火島霊護ことレイコ…は、「(あっ、この男はずっとそういう立場にいて、そういう思考しか出来ないんだ)」と思った。普通、こういう時に言うべき言葉は『どうやって入った』だろう。この、少なくとも物理的には ほぼ密閉され、幾重にも監視の付けられた通路の奥に出入り口が一つしかない地下シェルターにいる以上…。

 それが可笑しかったので、レイコは からかうような口調で、わざと話に合わせる。

「いやぁ…どうせ警察に通報も出来まいと思っての無断侵入なんで、特に どなたの許可も頂いてませんなぁ」

 そう言いながら勝手にワイングラスのポリ袋を破り、ワインの栓にコルク抜きを突き立てる。

「ふむ…」

 その様子を見ても男は特に焦った様子も怒ったそぶりも見せない。無表情に模造暖炉の上の小箱の蓋を開けると、中から葉巻を一本取り出す。

「一応、聞いておこうか。どこの組織の者だ?」

 口調も いたって冷静というか、マイペースである。機械的で、少し早口なのが この男の喋り方の特徴なのだろう。

「はて…いずこかの組織に属してないと いけませんでしたか?」

 妙に慣れた手つきでワインの栓を開け、グラスに注ぎながらレイコは白々しく言う。

「成る程、『言わずもがな』という事か。米国の手先にしては肝が据わっている。気に入ったぞ」

「いや、アメリカとは関係 ガッッッ!!!」

 唐突に『バンッ!!』という炸裂音が鳴り響き、レイコは盛大に転倒した。男が手にした馬の置物…ライターかと思った…の先が、レイコの頭があった方向に向けられ、そこから白煙が立ち上っている。

 男は仕込み銃を暖炉の上に置きなおすと、再び受話器を取った。

「ネズミの屍骸が出来た。片付けろ。

 それと、警備室長を呼べ。言い訳くらいは聞いてやる」

「いっ…っつぅ~」

 やはり電話には誰も出ず、声は再び背後から聞こえた。

「無駄に正確にヘッドショットしやが、るッ!!?」

 今度は振り返りざま撃った。2発。頭と胸に命中したが、レイコは倒れなかった。

「なぜ死なない」

「死なないからってポンポン撃たんで下さい!!」

 レイコに問いかけたというよりは独り言のように男は言い、一方のレイコは額に手を当てながら抗議する。

 男は少し考えるような仕草をして

「サイボーグか」

と言った。

「どっから その結論に行き着くんですか」

「額を撃たれて死なないなら、頭骨を防弾仕様に変えている以外あるまい。悪魔の手先である貴様達らしい、手段を選ばん浅ましいやり方だ」

「『人間じゃない』って発想は出てこんのですか?」

「この神聖結界の中に、どうやって魔物が入り込める」

「(やっぱり この紋様、結界のつもりだったんだ…)」と、レイコは思った。正直、入り込めるどころか そこそこの妖怪なら この部屋でダンスだって踊れる。

「なるほど…確かに『逆くだん』から身を守ろうと思ったら、ただの地下シェルターでは意味が無いですからね」

「『逆くだん』?」男は初めて、眉をひそめて聞き返した。「何だそれは?」

「『予言した事を現実に引き起こす力を持った、牛身の赤ん坊』…おたくらが作ったんでしょう?」

「予言を現実に?」

 男は細めていた目を見開いた。

「アレにそんな力があったのか…」

「ご存知無かったので?」

「貴様達の妨害で生まれ損なった失敗作だ。まともな力など無いと…。

 …しかし何故、それを私に教える?お前達は、アレを利用するために我々から奪ったのではないのか?」

「何を勘違いしているのか知りませんが」このまま この男の勘違いを放置しておくと話が噛み合わなくなりそうだぞ、とレイコは思った。「私は貴方の考えている『組織』とは、たぶん関係ありません。それに、アレを貴方達のところから連れ出したのは『組織』ではなく、アレの母親…と称する娘です。おそらくは『予言』の力を使って、警備を かいくぐったんです」

「…!」

 流石に男も驚いた様子である。

「しかし、そうなると少々、予定が狂いそうですなぁ…。

 私は てっきり、貴方がアレの力を知った上で殺そうとしたのだとばかり思ってたんで、それなら利害が一致するから ご協力いただけると考えたんですが…。

 力の事を知ってアレの命が惜しくなった、となれば、私共の方も方針を変えねばなりません」

「いや、それはない」

 考えるそぶりを見せたレイコに対して、男はキッパリと言い放った。

「どのみち邪悪なる者共に汚染された『失敗作』だ。惜しいものか。

 てっきり米国の手に渡って悪用されるものと踏んで、少々気にかけていたに過ぎん。

 …貴様の話を鵜呑みにするならば、どうもそうでは無かったようだが…アレは今は どこに『ある』?」

「ご慎重な事で。いや、賢明でいらしゃる」

 レイコの口から つい皮肉が突いて出る。

「アレが どこに『居る』のか、実のところ私共も探しているのですよ。

 こちらにも事情がありまして、私共は『あんなものを現世に置いておくわけには いかない』という立場の者でして。生死に関わらず、『この世から取っ払』わなくちゃあ いけない。

 ですが、私共はアレが『何』なのか正確には把握できておりませんので、捜索・追跡も ままならないと きている。

 それで、色々と調べた結果、どうもアレの出所はコチラらしいと分かりまして。

 だったら、アレを『作った』本人に聞くのが一番手っ取り早いし正確だと、そう考えて こうして強引に お訪ねした次第です」

「筋は通っているな」

 男は仕込み銃を再度暖炉の上に置くと腕を組んだ。別に警戒を解いたわけではなく、単に弾切れしたせいである。

「まあ、私を暗殺しに来たのなら、こんな話をしていないで既に殺しているだろう。殺せれば、の話だが。

 それに、貴様が米国の息のかかった者なら、既に知っているはずの事を わざわざ聞いてくるのも妙だ。知らないフリをしているだけかも知れないし、単に貴様が使い捨てだから知らされてないだけかも知れないがな。

…まあいい。何故か外と連絡がつかん。警備の者が来るまで、話に付き合ってやっても構わん」

「あぁ、すみません」

 特に すまなさそうでもなくレイコは言った。

「電話線、私 切っちゃいました」

 

~~~■~~~

 

「残念ながら、私の身の上を保証できるものって言っても、特に無いのですが…」

 レイコは塞がりかけた額の弾痕を撫でながら言った。

「大宰府天満宮 文書館・第二分室、という名前に聞き覚えは?」

「噂程度には知っている」

 また元の機械的な早口に戻った男が答える。

「たかだか怨霊を恐れて神に祀り上げたような社だ。神がかった力とは無縁の連中が、信徒からの支持を得るために裏でアレコレと小細工をして『神の威光』を演出する、そのための部署だろう。

 なんだ、貴様は あそこの職員か。『まがいもの』の社を維持するために、ご苦労な事だな」

 度を越して無礼な言いっぷりにレイコはキレそうになるが、表情ひとつ変えずに一昔前の合成音声のような抑揚のない声でソレを言ってのける相手を前に、自分だけが本気で怒るのもバカバカしいので、なんとか怒りを押さえ込んで話を続ける。

「ええ…まあ…。

 まあ、そうですが、私共にも多少なりと『霊能力』なり『神の お導き』が ありますので…。

 こう申し上げると失礼ですが(まあ、腹では1㍉も失礼とは思ってないがな!)、そちらでは探し出せないようなものを探すための手段も、ないではありません」

「探せないのではない。探すまでも無かっただけだ」

 尊大な物言いというのは、いかにも自信満々で言われるのと、抑揚の無い声で言われるのでは、どちらが よりムカつくだろう。

「あんなものの使い道は、せいぜい米国の蛆虫どもが、主人である悪魔への生贄に捧げるくらいが関の山だろう。

 それによって今度は直接 私へ危害を加えようとするのだろうが、私は こうして『神域』に守られている。無駄な足掻きだ。

 ならば、放っておいても何も問題は無い」

「しかし、実際には違った。アレは米国の手になぞ渡ってはいません。今もどこかで、母子ともども一緒に逃げ回っています。『予言』の力を使ってね。

 …正直なところ、アレの命は、そう長くないと見積もっていますが、その命が尽きる前に何をしでかすかも予想がつきません。

 もし、貴方の方で、アレを探し出して駆除して頂けるというのであれば、私共も出しゃばった真似をしようとまでは思っていないのですが…」

「何故、私がそんな事をしなければならない?」

「(いや、お前らの不始末だからだろうが!)」というツッコミを、レイコは ぐっと飲み込む。

「貴様の言う通り、アレの命など元より長くはない。その見解は私と同一だ。

 違うのは、貴様達がアレを必要以上に恐れている、という事だ。

 あんなものに どれほどの力があると言うんだ。『予言を現実にする』?奇跡でも起こせると?そう思っているのなら、実に愚かな事だ。

 貴様達は『ほんものの神』も、『真理』も知らぬから、ただの手品にも そうやって恐れを抱かずにはいられないのだ」

「まあ、確かに『奇跡』には ほど遠いですな」自分でも驚くほどの忍耐強さで、レイコは返した。「貴方の そっくりさんを、5人ばかり殺したくらいじゃ」

 

「何?」

 僅かに、ほんの僅かに男の相好が崩れた。

 レイコは『連続殺人事件』の被害者の顔写真を机の上に放り投げる。

「最近、巷を騒がせている『変死事件』の犠牲者です。

 娘さん…それとも、奥様と お呼びしましょうか?彼女の口から直に聞きました。

 『パパと同じで、太郎ちゃんを殺そうとしたから死ぬ事を予言された』とね」

「!!」

 ようやく、本当にようやく、レイコは男の顔に狼狽の色を うかがう事が出来た。

「…娘に、会ったのか?」

「ええ、お会いしましたよ。《ハラ》さんに」

「太郎というのは…」

「そうです。娘さんが赤ちゃんに…貴方の言う『失敗作』に、付けた名前です」

「今、どこに…」

「それを探してるんですってば」

「!会って、逃がしたのか!?」

 男が初めて声を荒げた。

「何をやっているんだ!どこまで無能なんだ、貴様達は!!」

「ご自分で探す お気持ちになられましたか?」

「!!…い、いや…」

 そう言って男はレイコから目を逸らした。おそらくは自分で探し出す手段など無いのだろう。

「…娘は…いや、アレは…私が死ぬ『予言』もしたのか?あるいは、するつもりなのか?」

「《ハラ》さんが おっしゃるには」ようやく付け入る隙を見つけて、少しだけ冷静さを取り戻しながらレイコは話す。「《太郎ちゃん》は、『本当のパパが死ぬ予言』はしたくないそうです。娘さんは そうでもなさそうでしたが…《太郎ちゃん》に無理強いさせる気は無いみたいです」

「そうか…」

 少しは堪えたか、と思ったレイコだったが、男は無機的な早口に戻って言った。

「ふん、あんな『生まれ損ない』であっても、生意気に親への情は持っていたのか。いや、『失敗作』の、『創造主』に対する畏怖かも知れん」

 

「いい加減、私達の知りたい事を しゃべってくれないもんですかねぇ、その口は」

 レイコの顔を見た男はギョッとなった。文字通り怒りの色を隠せなくなったその目が、赤く輝きだしたからだ。

「な、何の真似だ」

 ジリジリと迫ってくるレイコに、さすがの男も冷静を装っていられない。後ずさりながらも叫ぶ。

「む、無駄だぞ!人間でも悪魔でも、私には指一本…」

「質問に答えろ。アレは『何』だ。どうやって生まれた、いや、『どうやって創った』」

「口のきき方に気をつけろ!私は『現人神(あらひとがみ)』だ!全宇宙の、全ての真理を知る者だぞ!!

 教えを請うなら頭(こうべ)を垂れ、平伏して礼を尽くせ!!

 神を脅せるなどと、夢にも考えるな!!」

 その言葉に、とうとうレイコの腕が男の胸ぐらを掴んだ。

「…では、その真理とやら…貴様の頭を開けて、脳味噌から直接教えてもらうとでもしようか?え?

 こっちはソレでも構わんが…どうする?

 せっかく口が付いてるんだ、動かせるうちに使った方が利口だと、私は思うがね?」

「…わかった…」

 恐怖に引きつった顔をしながらも、尚も上から目線の言い方で男は答えた。そういう物の言い方しか知らないのだ。

「教えてやろう、貴様の知りえない『真実』を。まずは、手をどけろ」

 

~~~■~~~

■■■(七の段終わり)■■■


 
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