No.1149154

「くだんのはは」(6/11)~鬼子神社事件始末~

九州外伝さん

☆目次→https://www.tinami.com/view/1149571
【ご注意】
この物語はフィクションです。実在または歴史上・の人物、実在の団体や地名、事件等とは一切関係ありませんのでご了承下さい。
●作中に 小松左京・著「くだんのはは」のネタバレおよび独自の考察が含まれます。ご都合が合わない方の閲覧はご遠慮下さい。
●日本の歴史、主に太平洋戦争について、やや偏見に伴う批判的・侮辱的な描写がございます。苦手な方は閲覧を控えて下さい。

続きを表示

2024-07-31 10:35:22 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:59   閲覧ユーザー数:59

「『産んだ』?」

 まるで咎めるような、きつい口調で金魚ちゃんが聞き返した。

「《くだん》を!?お前がか!?」

《私》は つい、少女が抱きかかえているモノの顔を確認してしまった。ヒト…いや、ヒトの顔ではない。しかし、生き物の中でドレに一番似ているかと言えば…ヒト、だ。ヒトではないが、記号としてはヒトの顔だ。そして…そして、頭には小さなツノが、確かに生えている。

「『くだん』じゃなくて《太郎ちゃん》だってば。嫌な子」少女は すねるように言った。「もう、あんたとは口きかない」

「ごめんなさい、ええと…」

 前のめりになった金魚ちゃんを手で軽く制し、代わりにレイコさんが話しかけた。

「あなたの、お名前は?」

「ハラ」

 奇妙な名前だったが、その指す意味も おぞましかった。

「私は『神様』を産むために生まれたの。だから、私のお腹は神様を産む、とっても大事なお腹だって。だからハラ」

「そう…」

「でもね、おかしいの。

 太郎ちゃんはちゃんと産まれてきたのよ。私も、すごく痛いのを いっぱい我慢して、がんばったの。

 なのに、パパはすごく怒って、大きな声を出すのよ。どうしてなんだろう。私はちゃんと『神様』を産んだのに。

 おかしいよね。パパ、あんなに楽しみにして、嬉しそうだったのに。

 『神様』を殺そうとするなんて」

 《私》は目を伏せた。意識していないと呼吸をするのを忘れてしまいそうになる。全身から変な汗が出ている。

「パパ、というのは、あなたのパパ?それとも、《太郎ちゃん》のパパ?」

「私のパパで、太郎ちゃんのパパ!」

 屈託のない声で少女が答えた。この地獄は まだ続くのか、と、《私》は思った。

「そう…その、あなた達のパパは…何故《太郎ちゃん》を殺さなければならないかを、教えてはくれなかったのね?」

「うん。太郎ちゃんが『パパが僕を殺そうとしてる、ママの事も捨てる』って教えてくれたから、私、急いで太郎ちゃんを連れて出てきたの。

 パパに見付かったら太郎ちゃんが殺されちゃうから、太郎ちゃんに教えてもらって、誰にも会わないように おうち を出たの」

「太郎ちゃんに、教えてもらったんだ?」

「うん!太郎ちゃんはね、『ほんとうの事』を言うの!!そういう神様だよ、って、パパから教えてもらっていたから。

 だから、太郎ちゃんが『パパが僕を殺そうとしている』って言った時、すごくビックリしたけど、私、すぐ信じたの。

 その後(あと)も、太郎ちゃんの言う事は、全部本当だったの」

「その後…」金魚ちゃんが再び口を開いた。「そやつは、今までいくつ『予言』をしたんじゃ?」

「予言じゃないよ!太郎ちゃんの言うのは『ほんとうの事』!!」

今しがた『口をきかない』と言ったのも忘れて、少女は言い返した。

「じゃあ、『太郎ちゃん』の言った事で、『人が死ぬ』っていうような『ほんとうの事』は あったかしら?教えて?」

「うん、あったよ!5回!ぜんぶ、パパになってくれなかった人!!」

 少女は自慢げに言った。連続殺人事件と、ここで繋がったのだろうか。そちらの方の犠牲者の数を、《私》は聞いていなかった。

「なって、くれなかったんだ?」

「うん。みんな、パパに似てたの。私に『うちの子にしてあげる、パパになってあげる』って言ったの。

 でも、パパに似てたのが良くなかったんだと思う。みんな、太郎ちゃんを見ると怒り出して、『気持ち悪い、捨てろ、殺してやる』って。

 そしたら、太郎ちゃんが『お前は死ぬ』って言ったの。それで、みんな死んだの」

「本当のパパは、生きてるの?」

「うん。太郎ちゃんがね、本当のパパが死ぬのは言いたくないんだって。

 私は、本当のパパもいなくなっちゃえばいいと思ってるんだけど、太郎ちゃんは『ほんとうの事』しか言えないから、仕方無いの」

 

 金魚ちゃんがレイコさんを小さく小突いた。

 レイコさんは再び制止する仕草をしたが、金魚ちゃんはそれを振り払った。

「まだ聞きたい事は色々とあるが、まずは お前達の保護が先決とみた。ワシらと一緒に来い」

「いやよ」少女は即答した。「どうして あんたと一緒に行かなくちゃいけないの?私たち、おうち なんかいらない。太郎ちゃんの言う通りにしてれば、食べるものも寝るところもあるもの」

「いくら小出しとは言え、そうそう『予言』を使っておったら そやつの寿命なんぞ あっと言う間に尽きてしまうぞ!!現に今も、既に弱りきっておるではないか!!」

「赤ちゃんだもの、いっぱい ねんね するよねぇ」

 少女は腕の中の《くだん》に話しかけるように言った。

「赤ちゃんは すぐに疲れちゃうの。でも、おっぱいを飲んで、ねんね すれば、またすぐ元気になるのよねぇ」

「そんな微々たる生命力を吸わせたくらいで、霊力が回復してたまるか!!いいから来い!!

 このままではお主の子は、3日と持たずに死んでしまうぞ!!?」

「タヌキノカミ!!」

 たまらずレイコさんの叱責が飛ぶが、一言遅かった。

「なんでそんな酷い事言うの!!」

 少女は完全に気分を害してしまったようだ。怒気を含んだ声が飛ぶ。

「わかった、あんた、私が羨ましいのね!!

 私が神様のママになったから、それで悔しくて そんな事を言うんだわ!!

 私から太郎ちゃんを盗って、自分のものにしようとしてるんでしょう!!

 そんな事絶対させないから!!」

「ええい、聞き分けのない!!」

「よせ金魚!」「鬼子様!」

 腕ずくで、と言わんばかりの勢いで少女に詰め寄ろうとする金魚ちゃんを、レイコさんと菊一さんの声が制止しようとした その時

「『大丈夫だよ、ママ』」

 何かの、『声』が聞こえた。

 《私》はそれを『言葉』だとは認識できなかった。誰が聞いても『日本語』とは認識出来なかったはずだ。しかし、何故か『その言葉の意味』は分かった。何を言っているのかが分かった。

 後から考えれば、これがレイコさん達『この次元の神』のキャラクターが時折使用する超言語・《真言》だったのかと思う。

「『石と鉄が降るから』」

「伏せて!!」

 菊一さんが叫び、柔道か合気道かの要領で《私》を無理矢理 地面に倒して その上に覆いかぶさった。

 その直後、何か重いものが地面に激突する音が足元の方向…金魚ちゃん達がいた空間…で聞こえると同時に、私達のいる場所の周辺にも硬いものが落ちる音、砕ける音がした。

「ぐぅっ!!がっ!!」

と、菊一さんが何度か声を上げ、《私》の むき出しの腕に何やら石粒のようなものが当る感触がした。

 音は、すぐ止んだ。

《私》の上に四つんばいの体勢で覆いかぶさっている菊一さんは、小さく呻いている。

「菊一!!」

 タン、タン、と数回飛び跳ねる音がして、金魚ちゃんが こちらへ戻ってきたのが分かった。

「無事か!?」

「ええ、いつものこっ…つっ!!」

「無理するな!!」

 《私》の上から退いた菊一さんを座らせ、金魚ちゃんは その背中に手をかざす。和風の魔方陣のような光の文様が現れ、菊一さんの背中や後頭部を照らした。

「ほっ…骨は大丈夫そうじゃの。だが、この打撲は無事の範疇ではないぞ?応急手当はするから、お前はひとまずヌシ殿を連れて社(やしろ)に戻れ」

「すみません、俺がボーっとしてたせいで…」

「謝らないで下さ、イッ!っつ…僕たちの都合で…無理矢理、巻き込んでおいて…たとえ、ヌシ様にとっては夢の中の出来事でも、怪我をさせるわけにはいきませんから…」

 そういう声も少し苦しそうだ。気に病むなという方が無理な話である。

「どうした!」

 頭の上の方から声がした。

 見上げると、腰から一対の赤い翼を広げたレイコさんがビルとビルの合間を舞い降りてくる。こんな事言ってる場合ではないが、ほぼ垂直の姿勢で降下してくるので無意味にスカートの中が丸見えだ。なんというか、緊張感が削がれるので、出来れば角度のついた体勢で降りてきて欲しかった。

「菊一さん、やられたのか?」

「ただの打身ですよ。ご心配には及びません」

 そう言って菊一さんは無理に笑顔を作る。

「それよりも、《くだん》と あの女の子は?」

「えっ?」

「え、って」

 互いに顔を見合わせる3人。

「いや、上には来てない。袋小路だ、てっきり上に逃げると踏んで、鉄骨とすれ違いに跳んだんだが、上から見てた限り それらしいモノは出てこなかったぞ?

 お前こそ、地上に居たなら逃げたか逃げてないかくらい分かるだろ?」

「逃げた気配は無い」狐に つままれたような顔で金魚ちゃんが答える。「だが、まだ そこに居る気配も無い」

「何だそりゃ」

 そう言いながらレイコさんは、まだ土煙の漂う その空間に目を凝らす。

「まさか、今ので潰れちまったんじゃないだろうな?」

「なワケあるか。

 ヌシ殿、ワシらは もう少しココを調べて、可能なら奴らを追跡するゆえ、菊一を頼む。鉄骨やらコンクリが崩れてきた以上、警察やら野次馬が集まるじゃろうから、出来るだけ早く離れてくれ」

「分かりました。さ、菊一さん、肩を」

「面目ありません…鬼子様も お気を付けて」

「うむ」

 そう言うと金魚ちゃんとレイコさんは、土煙の中に消えていった。

 

~~~◇~~~

 菊一さんに教えられながら どうにか電車を乗り継ぎ、私達は横浜の《日本鬼子神社》に帰ってきた(無論、《私》は初めて訪れる場所だが)。

 まずは菊一さんに きちんとした手当てをしよう、と《私》が言うと、彼は『霊験あらたか』だという膏薬(こうやく)の壺を戸棚から出してきた。梅酒の瓶くらいある。この仕事に就いていると生傷が絶えないらしく、「これが手放せない」らしい。神社の神主としてはハードワークが過ぎる。

 

 着衣を脱いだ菊一さんの上半身には、治っているとは言え あちこちに傷跡らしきものがあった。多くが腕の外側や背中である。おそらくは、今日《私》にしたように『何かを庇って』負傷する事が多いのではないか。

 

 《私》は ふと、自分達が作っている《作品》について考えてしまう。私達が作る《作品》の中では、当たり前のように登場人物が傷を負ったり、それが簡単に完治したりする。死んだ人間が生き返る事すら、別段珍しくない。

 しかし、我々が《物語》を成立させるために必然的に行っているソレは、作中の人物にとってはリアルな痛みや苦しみ、悲しみや怒りをもたらしているわけだ。『治ったから』『生き返ったから』といって、そこに苦痛が伴わなかったわけではない。

 《物語》の世界からすれば我々は《神》の立場にあって、しかしソレは…私達の世界にも多くの苦痛があるように…《物語》の世界で生きている者達に不幸をもたらしているだけの、邪悪な存在なのではないか。

 青黒く変色した打撲跡にガーゼを使って薬を塗りながら そんな事を口にすると、「それは、ヌシ様が 気に病まれる事ではありませんよ」と笑いながら菊一さんは言った。

「例えば…この腕の傷痕は、ヌシ様の作られた『物語』とは違う事件で付いたものですよね?」

「ええ…」確かに、そんな『物語』や『設定』を作った覚えは無い。彼の名前さえ、今日初めて知ったくらいである。

「という事は、この世界の人間は、別に『神様』が《物語》を作らなくても勝手に生きていくという事ですし、生きていく以上は痛みも苦しみも必然的について来ます。あなた達が何もしなくても、私達は勝手に生きて、勝手に傷付いて、勝手に死ぬんです。

 もちろん、あなた達がこの世界に介入する事で、一部の人間…や、《登場人物》が 余分に それを背負わされる事は あるでしょうけれど、ならば、あなた達が《物語》を作らなければ我々はみんな幸せか?と言ったら、きっとたぶん違いますよ。

 『神様』が介入してきても こなくても、自然の摂理として天災は起こるし、人間社会がある以上 悲惨な事故や事件は起こってしまうんです。

 今回の事件だって、ヌシ様は『この世界に連れてこられるまで知らなかった』じゃないですか?

 だから、いいんですよ。この傷だって、どの傷だって、僕が僕の意志で行動した結果です。ヌシ様の責任ではないです」

 …まあ、そう言われても この痛々しい傷跡を目の当たりにして割り切れるほどタフな根性を、私は持ち合わせていない。

 気の利いた言葉も思い付かず、《私》は「すみません」と言うのが精一杯であった。

 

 

 …そうこうしているうちに金魚ちゃん達が戻ってきた。時間的に考えて、追跡には失敗したのだろう。二人とも浮かない顔をしている。

「すみません、まだ お風呂も沸かしてなくて…」

「よいよい、ボイラーのスイッチくらいワシでも入れられる」

 作務衣を着込んで立ち上がろうとする菊一さんを制して、金魚ちゃんは そのまま廊下の奥へ行ってしまう。

「なんか…上手くいきませんでしたか?」

「ああ。つか、わけが分からん」

 本当に『解せない』という顔をして、レイコさんは言った。

「さっきの やり取りで、《アレ》が《逆くだん》だという事は確定した。完全に《予言》が引き金になって『現実の事象』を引き起こしてる。

 けど、そんな芸当をやってのけるには、普通は膨大な妖力やら呪力やら、霊力やらが必要になってくるもんなんだ。当然、その『力』の流れや痕跡は『強く見える』ものなんだが…」

「ですよね」菊一さんが合いの手を入れる。「強い妖怪の力、悪魔や神様の力は、人間の私にも『見え』ますから」

 もちろん、視覚的・物理的な『見る』とは違うものだろう。

「それがなー…。ぜんっぜん、『予言』と、予言が引き起こす『作用』の繋がりが『見え』ないんだよなぁ…。

 もっと言えば、《逆くだん》自体に妖気とか霊気とかを、ほっとんど感じないんだ。おかしいんだよ。『この世の摂理を捻じ曲げて』生まれ、『現世のあるべきカタチを崩す』力を持ったモノが、あんなに『存在感』が無いなんて。

 あれじゃ、本当に《神》か、でなければ…」

 苦虫を噛んだような顔でレイコさんは言った。

「ただの、人間の赤ん坊じゃないか」

 

「ま、分からん事は一旦置いとくとして」

 切り替える、と言うより放り出すかのようにレイコさんは言った。《私》は「いいんですか!?」とツッコむタイミングを逸した。

「あの娘の話から、充分手がかりは掴めた。《くだん》本体がダメならソッチから切り崩していくまでだ。

 菊一さん、怪我が治りきってないのに悪いんですけど…連続殺人事件の被害者の顔写真を探して下さい。全員でなくて構いません、出来れば二人以上。

 前科持ちもいる事だし、ネットの民度なら そういうのを流してる奴はいるでしょう」

「わかりました」

「あと、難しいかも知れませんが、事件と前後してトラブルがあった宗教関係も。施設が閉鎖されたとか、幹部が失踪したとか、そういう感じの…」

「それなら最澄どのに頼もう」

 ちょうど奥から戻ってきた金魚ちゃんが口をはさむ。

「アヤシイ宗教関連で、あの御仁の網にかからん団体は、まず無いからのう。

 それはそうとヌシ殿」

 金魚ちゃんは おもむろに《私》の方を向いて言った。

「そなたも疲れたじゃろ?湯でも一緒にどうじゃ?背中くらい流してしんぜるぞ?」

「さっさと帰して下さい」

 

~~~◇~~~

 

 目が覚めると、自分の部屋だった。

 午前2時半。

 全然、寝ていた感じがしない。色んな感覚が生々しく残っている。あの少女の言葉も。久しぶりに自分自身の性的嗜好に強い嫌悪感を覚える。

 

 …あの後、どうなるのだろう。

 ひとつの『物語』が形を成せば、いつかはレイコさん/Ωniko様を介して、その顛末を知る事があるかも知れない。無いかも知れない。

 結局は あの《神》(ひと)の気まぐれ次第なのだ。いつもそうだ。『神様』は みんなそうだ。

 《私》は心に へばり付いたモヤモヤを洗い流すべく、安ウイスキーを胃に流し込もうと寝床から起き上がった。

 

~~~◇~~~

■■■(五の段・下 終わり)■■■


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択