「話はソレで終わりか?」
不機嫌を顕(あらわ)にして鬼子が言った。
「ったく、所詮は小説、フィクションの話じゃろがい。小説家が考えた設定が、現実の事件や実際の《くだん》の、参考になるわけなかろう。延々無駄話をしおって」
「そらそうだw」
相変わらず、何が可笑しいのかヘラヘラ笑いながらレイコは言った。
「作り話さ。戦時流言や、噂話の《くだん》と一緒でね。考えたのが名も無い一般人か、有名なSF小説家か、ってだけの違いさ。
けどな、金魚。世の中には、そんな空想・妄想と現実の区別がつかなくなって、自分の考えた『物語』を現実のものに出来ると、本気で考えてる馬鹿だっているんだぜ?
オカルティストとか、妖しい新興宗教とか、それこそ第二次世界大戦時のナチスやその同盟国とかな」
「わかっとるわい。
じゃが、今回の事件は『小児性愛者連続殺人事件』じゃぞ?たかだか数人のロリコンペド野郎を殺したくて、果ての見えないオカルトの研究をしたり、悪魔と契約したりするマヌケが、どこの世界におるとゆーんじゃ」
「いやぁ~、今時は居そうだろ?過激フェミだの、ミサンドリーだの、ジェンダークレーマーだの呼ばれてるアブない小娘どもが」
「あいつらは口だけじゃ。物騒な事を大声で喚き散らして目立ちたいだけの、お前の言う通りガキンチョ連中じゃろがい」
「『殺人事件』は…『物語』の中心ではないのかも…」
「「ん?」」
唐突な菊一のつぶやきに、鬼子とレイコは同時に彼を見た。
「小説の《くだん》は、伝承とは頭と体が逆なんですよね?それで思ったんです。
もしかしたら、今回の事件も『何かが逆になってる』んじゃないか、って」
「おいおい」
しっかりしろ、という表情で鬼子がツッコミを入れた。
「今言ったばかりじゃろ。小説は小説、フィクション、人間が勝手に考えた創作じゃと」
「そうです」
その点は認めつつも、菊一は自分の考えを続ける。
「人間が考えた物語で、伝承の《くだん》とは実質無関係です。
ですが『殺人事件』も『人間が勝手に引き起こしたもの』で…それは、実際に現場を訪れたミタマモリ様が、霊的痕跡を見付けられなかった事からほぼ確定として…そして、《くだん》についても、滝夜叉姫様からの情報が もたらされるまでは、私達の念頭には全く無かった『無関係』なものだったはずです」
「それはそうじゃが…」
「でも、殺人事件と くだん は、どこかで繋がってるはずなんですよね?ヒトと、ヒトでないモノが交じり合って、単純な理屈ではない何かが起こっている…。
それは複雑で予想だにしないものかも知れませんが、何かしらの『筋立て』は通っているはずなんです。そういう意味では、小説と通じるものもあると僕は思います」
「『昔話』が、実際に起こった事件や何らかの教訓を元にしてたりするようなもんかな」
レイコが菊一の発言を推す。
「小説だって無造作に文章を羅列してるわけじゃない。むしろ、小説家は普通の人間よりも はるかに『辻褄は合うか』『リアリティから逸脱してないか』を気にして小説を書いてるんだ。
『事実は小説より奇なり』とヒトは言うが、実際は『逆』だ。小説の方が理路整然としすぎ、理屈が通り過ぎてるんだ。
…それで、菊一さんは、何を思い付かれました?」
コクリと頷いて、菊一は自分の仮説を語り出した。
「…こう言っては不謹慎ですが、たかだか殺人事件の予言をするために、わざわざ《くだん》が生まれてくるものでしょうか?
殺人事件が起こらなくても、《くだん》は《くだん》として産まれたはずです。
その場合もっと別の、天災なり何なりの予言をするはずだったかも知れない。
それが、何らかの理由で殺人事件の予言をしなければならなくなって、そのせいで《くだん》は本来の予言で使い果たすはずだった『寿命』を使い切る事が出来ずに生き延び、『この物語』のキャストに組み込まれてしまったんじゃないでしょうか?
更に その影響で本来ならば人間の世界だけで完結するはずだった事件に、私達が関わらざるを得ない奇妙な『歪み』が生まれてしまった…
そういう考え方も出来ると思うのですが、どうでしょう?」
「どう、と言われてものう…」鬼子は困り顔である。「そうだと仮定して、じゃあ どこからどう手を付ければいい?結局は仮説がひとつ増えただけじゃろう?」
「…」
「…事件が起こらなくても、《くだん》は《くだん》として産まれた、か…」
鬼子の問いに菊一は答えられなかったが、レイコは何か引っかかったものがあるように呟いた。
「…くだん が先…連続殺人事件…戦時流言…オカルト…」
「何をブツクサ呟いとる。いや、もうよせ!お前の推理など、どうしたって的外れなモンにしか ならんのじゃから!」
「菊一さん、もう一ひねり、してみてもいいですか?」
「ひとひねり?」「おい!」
鬼子は止めたが、レイコはまた新たな推論を話し出した。
「殺人事件が《くだん》によって《予言》されたんじゃなく、《くだん》が《予言》したから殺人事件が起きた、としたら?」
「逆、だって言うんですか?」
「いや…」思わず絶句しかかる鬼子。「それはもう くだん でも何でもないじゃろ!?」
「戦時流言にあったんだよ。
『日本の劣勢を覆す新兵器』
当事の鉄板ネタで、だいたいは新型爆弾とか戦闘機の話だったが、『呪術の応用』っていうブッ飛んだ話も結構あった。覚えてるだろ?」
「まあ、あったな」
「どれもこれも素人が考えた荒唐無稽なものばかりだったが、その中に確かあったんだよ、『人工的に くだん を作る』って話が」
「くだん を人工的に生み出して…敵の作戦なんかを事前に知ろう、って事ですか?」
「戦争末期じゃなければ、そういう発想になったかもですね。でも、その話が出たのは本土決戦もかくや という切迫した時期でしたから。
だから、《くだん》も単に予言をさせるだけでは焼け石に水だったでしょう。いや、たとえ戦時中でなくても、《くだん》を人工的に生み出すなんて研究を わざわざする奴はいません。正確な予言が欲しいだけなら、占術の精度を高めればいいだけですから」
「それもそうですね」
「それに、その流言では《くだん》が『新兵器』として扱われてたんじゃろ?」
「ああ」
先ほどまでとは打って変わった難しい顔をして、レイコは言った。
「《くだん》の予言が確実に当るというなら、人工的に《くだん》を生み出して、それに『日本が勝つ』と予言させればいい。そんな突拍子も無い発想で生み出された流言なんだ、それは」
「め…めちゃくちゃじゃないですか」「いや…」
呆れた菊一だったが、何故か鬼子は渋い顔で言った。
「そう言えばワシも聞いた事があった気がする…。
菊一、お前の言う通り、道理にも沿ってなければ無理も通らない滅茶苦茶な話だが、末期の日本軍というのは その滅茶苦茶をゴリ押しするような組織に成り下がっておったからな。『勝てるなら手段を選ばない』だったものが、いつの間にか『手段を選ばなければ勝てるかどうかは どうでもいい』に逆転してしまったような…。
その滅茶苦茶を当事の技術で実体化させたものの代表例が、かたや戦艦大和であり、かたやカミカゼを始めとした特攻兵器じゃ」
「戦局も末期なら、人間の思考も末期的だったんですよ。道理も無理も、現実も空想も、4年も続いた『戦争』という『非日常』の中で、まぜこぜになってしまってたんです」
「・・・!」
ふたたび菊一は絶句する。知識としては彼も知っている『事実』を突きつけられただけではあったが…。
「だから、『くだん を先』にして現実を後からついて来させる、なんて発想も、当事の人々の精神状態では荒唐無稽な笑い話で済んだかどうか…もしかしたら、どっかのオカルトかぶれが『斬新な発想だ』と飛びついて、本気でそれを作り出そうとしたとしても、まんざら有り得ない話じゃない気がするんだがな」
「戦争に負けて、日本の国体が全くの別物になってしまってからも…その研究を続けたと?それが70年の時を経て、ついに『予言を叶える くだん』が完成した、とでも言うのか?」
「馬鹿馬鹿しい話だが」難しい表情のまま、レイコは口の端で かすかに笑った。「私達の…《ひのもと おにこ》の存在する次元のレベルではな、金魚。こんな荒唐無稽が、割と『ありがちな話』で まかり通ってるもんなんだよ」
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■■■(三の段終わり)■■■
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【ご注意】
この物語はフィクションです。実在または歴史上・の人物、実在の団体や地名、事件等とは一切関係ありませんのでご了承下さい。
●作中に 小松左京・著「くだんのはは」のネタバレおよび独自の考察が含まれます。ご都合が合わない方の閲覧はご遠慮下さい。
●日本の歴史、主に太平洋戦争について、やや偏見に伴う批判的・侮辱的な描写がございます。苦手な方は閲覧を控えて下さい。
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