scene-鈴々の部屋
自室に季衣を通した鈴々。きょろきょろと室内を見回した客の第一声は。
「思ったより散らかってないな」
「当たり前なのだ。散らかってると愛紗がうるさいのだ」
「でも、朱里ちゃんから借りた本はそんな目につくとこに置いておいてはいけないわ」
紫苑が目ざとく無造作に置かれた薄っぺらい本を発見した。
「それとも、今日はそんなお話なのかしら?」
「にゃ?」
「そんなお話?」
首を傾げる季衣と鈴々。
「殿方の悦ばせ方よ。たしかに華琳さんのところには慣れている方はいなさそうだけど……」
「にゃ? えっと……交尾のこと?」
「交尾?」
「いけないわ、そんな動物のような言い方をしちゃ。……獣のように激しいのもいいのだけれど……」
季衣の言葉を訂正しながらも、ちょっと逝きかけた紫苑。
「にゃんにゃんの話?」
鈴々も食いついてきていた。
「紫苑ちゃんて詳しいの?」
「夫がいた身ですもの」
ふふ、と微笑みながら答える。
その熟れた魅力はたしかに魏軍上層部には存在せず、季衣も思わず。
「教えてっ!」
と言ってしまった。
「鈴々も鈴々も!」
そうして紫苑による教育が始まりかけたが。
「ってちょっと待ってよ。二人としたい話はそうじゃなくてね」
「違うのか~?」
我に返った季衣が話を戻す。
「さっきのは今度詳しく。流琉もいっしょの時にお願い!」
「あらあら。友達思いなのね。それじゃ、なんのお話なのかしら?」
「鈴々さっきの話のほうがい~のだ~」
「昼間、二人の身に起きてる変なことについて説明するって言ったろ~」
「あ、そうだったのだ」
それを聞いて紫苑は表情を変えた。
「変なこと?」
「うん。璃々も心配してたのだ」
「そう……」
「紫苑ちゃん、最近変な声が聞こえたり、変な夢みたりしてない?」
「声? そう言えば……」
季衣の言葉に考えてみる。そんなこともあった気がする。疲れているだけと思っていたけれど。「もう歳かしら」なんて自嘲すると聞こえなくなるので気にしなかったけれど。
「夢は? ……定軍山の夢とか見ない?」
「!」
目つきが険しくなったので季衣が謝りながら続ける。
「ごめんね、責めてるわけじゃなくてそこで……流琉に殺される夢とか見てない?」
「それは!」
「あるんだね? じゃあ二人とも、兄ちゃんが、天の御遣い北郷一刀が蜀にいて、兄ちゃんに仕えている夢を見たことはない?」
季衣のその質問に即座に答えた。
「あるのだ! お兄ちゃんがいたのだ!」
「ええ。私もあの方とともにありました」
「うん。やっぱりそうなんだよね」
「なにがわかったのだ? あれは夢じゃなかったのか?」
鈴々が勢い込んでずいっと顔を季衣によせて聞く。
「落ち着いて聞いてね」
そう言った季衣が自分を落ち着かせるために深呼吸してから。
「二人はとり憑かれているんだよ」
「え?」
「とり憑かれて?」
呆気にとられた二人。
「鈴々はボクが殺した鈴々に。紫苑ちゃんは流琉が殺した紫苑ちゃんに。二人はたぶんその魂にとり憑かれているんだと思う」
「おかしいのだ! 鈴々が鈴々にとり憑かれるなんてなんか変なのだ」
「そうね季衣ちゃん、詳しく説明できる?」
そんな馬鹿な、と笑い飛ばすにはさっきの夢の話が気になってできなかった。
「まず、ややっこしいから、ボクが殺した鈴々はちょっぴー、流琉が殺した紫苑ちゃんはしーちゃんでいいかな?」
「ちょっぴー? なんか変だけど仕方ないのだ。……また鈴々勝手に喋った?」
「しーちゃん? ええ。それでいいわ。……」
二人の様子を確認した季衣。
「やっと認識始めたみたいだね。ボクたちの時も大変だったもん」
「どういうことなのだ? ホントに幽霊が鈴々にいるのか?」
青ざめた顔で聞いてきた。
「幽霊じゃなくて、ちょっぴーだよ。ちょっぴーとしーちゃんは、別の世界でボクと流琉が倒した二人の魂だと思う」
「別の世界?」
「うん。兄ちゃんが劉備軍にいる世界」
「たしかにその説明なら夢の内容も合うわ」
「そうなのか?」
合う、と言いながら困惑した表情を見せる紫苑。
「でも、どうしてその二人が私たちに?」
「それは……たぶんボクたちのせい」
「季衣の?」
「うん。……ボクと流琉は、兄ちゃんが劉備軍にいる世界に行ったんだよ。それで今のちょっぴーとしーちゃんみたいに、向こうのボクたちにとり憑いたんだ」
鈴々と紫苑が黙っているので続ける。
「ボクたちはさっきも言ったようにそこで二人を倒したんだけど、ホントは二人はそこで死ぬハズじゃなかった。だから、え~と……修正力? ってのが働いてちょっぴーとしーちゃんがボクたちの世界にきたんだと思うよ」
「修正力?」
鈴々に聞かれ、師匠である卑弥呼に教えてもらったことを思い出そうとする季衣。
「外史の辻褄あわせ、だったかな? あれ? ちょっと違う? う~んゴメン、よく覚えてないよ」
「こっちの世界の季衣ちゃんたちがむこうの世界で行ったツケが、原因である季衣ちゃん出身のこっちの世界に回ってきたでいいのかしら?」
「たぶんそんなところだよ~」
「迷惑な話なのだ!」
「ごめん……ボクたちもこんなことになるなんて……」
「ご主人様に会いたくて?」
「え?」
「季衣ちゃんと流琉ちゃんが別の世界に行ったのはご主人様に会いたくて、でしょ?」
紫苑がそういつも通りの優しい目で言った。
「うん。兄ちゃんに会いたくて、それで……」
「なら、しょうがないわ。鈴々ちゃん、ううん、ちょっぴーちゃんならわかるわよね?」
「応なのだ。お兄ちゃんに会いたいって気持ちはわかるのだ!」
「ちょっぴー……」
季衣はもう泣いていた。二人の言葉が嬉しくて。
……そして。
これから話さなければいけないことが辛すぎて。
scene-謁見の間with呉
「いいわ。協力しましょ」
「雪蓮?」
流琉が持ってきた書状を見てそうあっさりと孫呉の王は決めたのだった。
「姉様、いくらなんでも少しは相談してからの方が」
蓮華はそう不満を言うが。
「あら? どうせそれ以外の選択肢はないのよ」
「罠という可能性は?」
「今さら~そんな事をする必要はないですよ~。それに~罠だとしても~」
穏の言葉に亜莎が続ける。
「目的がわかりません。……あるとすれば呉が魏を攻めるかどうか試しているぐらいしか。しかし華琳さんの性格からしてそれはないかと」
「一番ありえるのは、こうして我らが悩むのを楽しんでいるのだろう」
冥琳がそう言って流琉を見やる。
「全て真実です」
流琉はそう言いながらも「華琳さまならたしかにありえそう」と思うのだった。
「それで、華琳たちで天へ行くらしいけど、一人か二人ぐらい増えても大丈夫よね?」
「え?」
雪蓮の急な質問に驚く流琉。
「駄目よ。もし本当に天へ行けたとしても雪蓮を行かせることはできないわ」
「え~」
「当たり前よ。そんなことは認めるわけにはいかない」
冥琳が雪蓮を止めると。
「じゃ、シャオが行く~」
「駄目に決まっているでしょ! だいたい小蓮、あなたはもう少し、」
蓮華の小言が始まりそうだったが。
「けれど、呉としても天の情報や知識は欲しいわ。こんな機会はまずないわよ」
雪蓮がそう軍師たちを促す。
「確かに~天の知識によって、我々は赤壁で負けたらしいですね~。天の知識ですか~。知識といえば本ですよね~。天の本~。……ああ、きっと素晴らしいのでしょうね~。はいっ♪ 閃きました! わたしが天へ行きます~」
穏はそう宣言した後にじゅるっ、と涎を拭いた。
「あ、あの、穏さまはこういう任務には向かないかと……」
冷や汗交じりに亜莎が冥琳を見る。
「うむ。明命」
「はっ!」
「そうね。そんなところね。いい明命、しっかり天を見てきてね」
「御意ですっ!」
そう力強く答えた明命を心配そうに見る蓮華。
「何がおこるかわからないわ。気をつけるのよ」
「はいっ! がんばりますっ!」
「てなワケで、協力するから明命もいっしょに連れてってね♪」
「は、はい。華琳さまに相談してからでないと……」
呉王の提案に悩み、明命を見る流琉。
「たぶん大丈夫だと思います……明命さん可愛いし……」
それを聞いて。
「気をつけるのよ、明命!」
別の不安まで発生した蓮華だった。
scene-鈴々の部屋
「嘘なのだ! お兄ちゃんが死んだなんて!」
「……本当なの?」
それが、ちょっぴーとしーちゃんが死んだ後の話を聞いた二人の反応だった。
鈴々と紫苑から身体の主導権を借りているらしい。
「ボクだって信じたくないけど……ボクと流琉はそう聞いたんだよ。聞いてすぐにボクたちもあの世界から消えたから詳しいことはわからないよ」
「そんな……ひぐっ! うわあああぁぁぁぁぁぁん!!」
大声で泣くちょっぴー。
「ご主人様……」
しーちゃんも涙声だ。
しばらく泣き続けた後、やがて泣き声は小さくなっていく。
「落ち着いたの?」
「ううん。今は鈴々が喋っているのだ。ちょっぴーはまだ泣いてる。あんまり大声で泣いてるとみんな何事かとやってきちゃうのだ」
そう手で涙を拭いがら言った。
「そうだね」
「それで、ご主人様はどうなったの? ご主人様の魂もこちらへ来ているのかしら?」
しーちゃんはまだ主導権を握ったままだ。
「わからないよ。ボクたちがやったワケじゃないし、なにより、とり憑こうにも兄ちゃんがいないから……」
「そう……」
「なら、鈴々たちもお兄ちゃんに会いに行くのだ!」
「鈴々?」
「季衣たちがお兄ちゃんのところへ行くってのは聞いたのだ。そこにはちょっぴーのお兄ちゃんもいっしょかも知れないのだ! いっしょに行くのだ!」
鈴々がそう言うがしーちゃんは。
「いいの鈴々ちゃん? わたしやちょっぴーちゃんはとても嬉しいけれど、鈴々ちゃんや紫苑は……かまいませんわ」
話の途中でしーちゃんから紫苑に切り替わる。
「気づかなかったとはいえ、いっしょにいたんですもの、あなたたちのご主人様に対する想い、わかっているつもりよ」
「でも、璃々ちゃんどうするの?」
季衣が聞く。
「しーちゃんだって、こっちの璃々ちゃん見て泣いてたのって、むこうの璃々ちゃん思い出してたからだよね? それぐらい大事なのに、紫苑ちゃんがいなくなったら!」
「連れて行きます」
そう、紫苑は告げる。
「しーちゃんの記憶だとご主人様の世界はそんなに危険じゃないようですし」
「鈴々はいいの? 桃香さまや愛紗ちゃんに会えなくなるかも知れないのに」
「いいのだ。お姉ちゃんたちはわかってくれるのだ! ……たぶんそう思うのだ」
「わかった。でもちゃんと桃香さまに許可もらってきてよ。じゃないとボク、華琳さまにお仕置きされちゃう!」
そう叫んだ季衣は、桂花が受けていた仕置きと、華琳のキスを思い出して真っ赤に染まっていた。
<あとがき>
呉は絶対に雪蓮が行きたがるだろうな。
となると蜀は?
というわけで考えた結果、前作で死亡した二人の再登場となりました。
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対姫†無双の続編4話目です。
タイトルの『追』は『つい』です。