偵察用に設えられた小さなヘリは、二人乗りキャビンに吊り下げたロートドームを木の葉が掠めるように、低空を北に向けて飛んでいる。
コ・パイロットの眼前に設置されたモニターには、幾つかの輝点が動いて、その存在を誇示していた。
『ヘイムダルよりグルトップ・スリー、そこから北北西に十六マイルの街道だ、確認できるか?』
レシーバーが短く鳴る。コ・パイロットが、レーダー画面と、それから北北西の方向を交互に何度か見比べる。ギラギラ照りつける陽射しが、彼女の眼鏡に反射する。
「グルトップ・スリー、目視では確認できません。レーダーでは捉えています」
答えてから、ヘッドセットのマイクを跳ね上げ、手元の紙製のマップと、レーダー情報を見比べる。こういう時に旧式のヘリは不便だと、彼女は思う。レーダーには簡潔な地形が表示されるだけ、フライトプランを記したマップを手放せない。このくらい自動でやってくれてもいいのに、と思うのだ。小さく溜息を吐いて、ロングの髪を後ろで纏めたおだんごが気になるのか、ピンを抜いて頭を左右に振る。ウェーブのかかったブロンドがふわりと揺れて、フライトジャケットの左胸、軍曹の階級章と、フリーデリカ・ロットワイラーと彼女の名前が記されたワッペンを覆った。
「リリは」
パイロットから声を掛けられ、リリは振り向く。
「髪、切らないの?」
リリに顔を向けずに正面を見たまま、パイロットは屈託無く笑っていた。リリとは対照的なショートの黒髪はヘルメットで見えない。
「……私の勝手です」
「短くしても似合うよ?」
「ノドカは他人事だと思って……」
機嫌を損ねたリリと対照的に、ノドカと呼ばれたパイロットは笑顔のまま、返事をしない。それきり会話が止まったので、リリは再び手元のマップに視線を落とした。
「十一時!」
視線を落とすのと同時にノドカが叫び、リリは考えるより早くキャノピーの外を見た。延々と続いていた森がしばらく先で途切れ、その向こうをちらちらと、陽射しに反射した光が動く。
「グルトップ・スリーよりヘイムダル、目標を――」
跳ね上げたヘッドセットマイクを降ろして、早口に喋る声は、突如鳴り出したビープ音に掻き消される。
「アラートッ!」
もう一度ノドカが叫び、コレクティブレバーを手繰る。右に旋回し高度を取る機体の中で、リリは首を巡らせての外を覗く。丁度、反射光の動いていた辺りから、二本の白煙が真直ぐこちらへ向かって来る。
『グルトップ・スリー、どうした、状況を報告せよ』
レシーバーの向こうの声に答える余裕は、二人には無かった。高度を取った機体はそこでフレアを放出し、再び森のすれすれまで高度を下げる。片方のミサイルが、フレアに誤魔化され、ふらふらと迷走するのをリリは目で追っていた。だがもう片方は、迷いなくこちらに向かう。
「まだ、もう一つ」
「解ってる」
ノドカは器用にヘリを操り、回避機動を取るためスティックを倒す。ふわりとした感覚の後、身体ががくりと沈む。キャビン下のロートドームに小枝が触れ、乾いた音を立てた。咄嗟に機体が引き起こされ、今度は身体が浮く。
「高度低く――」
ノドカに告げるリリの声は、また最後まで言葉にならなかった。破裂音と共に、機体が大きく揺れる。
「テールローターがやられた!」
「メーデー、メーデー」
尾翼を失った小さなヘリは、その場でくるくると回転を始め、高度を落とす。
『グルトップ・スリー、状況を知らせろ!』
「落ちるわ!」
レシーバーに、リリが短く答える。がさがさと、枝葉がキャビンを擦る音が広がり、もう一度大きな衝撃に揺さぶられた。
「……生きてる?」
「なんとかね」
ノドカの返事が割合に精気のある物だったので、リリは少し安心して自分の身体を足の先から眺め始めた。墜落の拍子に打ったのか、所々傷むが、それ以上の深手は負っていないらしい。振り向くとノドカも同じように肩やら肘やら足首やらを動かしている。どうやら二人とも無事ではあるようだった。
キャビンは右に九十度近く横倒しの状態で、リリからはノドカを見下ろす格好になっている。条件反射でシートベルトを外そうとした手を止め、ドアのコックを捻る。
「グルトップ・スリーよりヘイムダル、応答願います」
無線に呼びかけるノドカの声が聞こえるが、どうやら無線はおしゃからしい。その証拠に、リリのヘッドセットは何の反応も示さない。使い物にならないヘッドセットを外すと、リリはシートベルトを外し、スロットルレバーに足を引っ掛け、壊れたドアに肩を当てて、体ごと押し上げた。ドアは頼りなさげな金属音と共に転がり落ち、焦げ臭いキャビン内の空気から開放される。ノドカもリリと同じようにして、ドアへとよじ登ってきた。
「……サイアク」
小さく呟いてから、ノドカはヘルメットを脱いでキャビンの中へ放る。リリは墜落前から右手にマップを持ったままなのに気付くと、少し考えてから、マップを束ねた輪ゴムだけ手元に残し、後は同じようにキャビンへ放った。残った輪ゴムで、ウェーブのかかったブロンドを器用に一つに纏める。
「さて、生きて帰りますか」
あっけらかんと、ノドカが言う。こういう時に、彼女のような友人は有難いとリリは思う。ノドカのそれは空元気でも何でもないのに気付いて、何時の間にか口元が綻んでいた。
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C77新刊サンプルです。オリジナルのミリタリー物っぽいSS。