No.112067

Far and away 第四章ーリウヒとキジとクロエ1

まめごさん

ティエンランシリーズ第二巻。
兄に浚われた国王リウヒと海賊の青年の恋物語。

「泣き叫んでる女をほっとく訳にはいかねえだろ、馬鹿」

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2009-12-13 20:43:19 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:514   閲覧ユーザー数:502

晴天の中、船は進む。

リウヒがいつものように、舳先に凭れてぼんやりと遠くを見ていた。

陸地を発ってアナンは安心したのだろうか、クズハの時は一度しか外に出さなかったが、今では比較的自由にしているらしい。

「そこ、好きだな」

キジが声をかけた。もちろんクロエも後ろにいる。

「うん、遠くまで海が見えるから」

「足はどうだ」

「もう平気。ありがとう」

クロエの胸がチクチクとする。ただリウヒとキジは、話をしているだけなのに。

「そうだ、ここから叫ぶと気持ちいいんだぞ、やってみっか」

リウヒがやるやる、と立ち上がると、キジがこっちこっちと手招きする。

「じゃ、師匠のやり方をよく見ておくように」

船の先端で、しゃちほこばってそういうと両手を広げた。

「息を吸ってー。吐いてー。はい吸ってー」

大きく息を吸い込むと彼方に向かって叫ぶ。

「イヤッサイイヤッサイ!」

「それ、知っている!」

リウヒがはしゃいだ声を出した。

「都に登るとき、みんなその掛声をかけてくれた」

「ああ、覚えてる。楽しかったよなあ」

「実はあの時、道に迷いそうになった」

「マジで?かっこわりー」

二人はクスクス笑いながら、楽しそうだ。

クロエは全然楽しくなかった。自分には怯えるくせに、キジには許しきったような警戒心すらない笑顔を向けている。しかも自分の知らない共通の話題で盛り上がっている。

「じゃあ、張り切っていってみようー」

おどけた声に、リウヒは危なっかしく先端に立ちあがって手を広げる。

「いきますよー。はい吸ってー。吐いてー。吸ってー。はい!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ!ゴジョウ!」

キジの声が続く。

リウヒが大声で笑った。青空の下、本当に楽しそうに笑い声を上げるその姿に見とれてしまう。その周りがキラキラと光って、クロエは眩しさのあまり目を細めた。

「ねえ、もう一回、もう一回!」

「おう、お前もこい」

「えっ?いいよ、おれは…ぎゃー!」

二人に手を取られて無理やり引き上げられる。下をみるとそこはもう海だった。自分は泳げない。恐怖に足がすくむ。さらにリウヒとキジに両側から手を上げられた。やめてくれ、なにをするんだ。足もとが狭いため、三人は団子になって肩を組んだ。

「せえの!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ!ゴジョウ!」

叫んだ後、大声で笑う。恐怖は去って行ってしまった。横でリウヒもケラケラ笑っている。

いつの間にやら人が集まってきていた。元来騒ぎ好きな男たちである。

彼らも大声で合唱し出す。

「いいぞー、嬢ちゃん!」

「もっと声だせー!」

抜けるような空の下、少女と男たちの楽しげな声はいつまでも響いていた。

****

 

 

「今日は楽しそうだったね」

寝台の上でぐったりと息を弾ませているリウヒの髪をひと房とって、アナンが口をつけた。

「わたしの妹は、あっという間に部下たちを虜にしてしまった」

今まで話題にすらださなかったのに、今日はみなリウヒをほめたたえる。

「複雑な気分だよ」

「兄さまはわたしにどうしてほしいの」

妹はうとうとしながら兄を見る。

「ただ横にいてほしいだけだ」

「横にいるではありませんか」

眠りに落ちてしまった。

その寝顔を見つめながら、白い体に薄布をかけてやる。

ここ最近、リウヒとキジとクロエはよく一緒にいる。キジに下心はないようだが、クロエは今まで以上に熱い視線で妹を見ている。

クズハの客室の前でも好戦的に自分を睨んできた。

眠りこける頬を撫でる。小さな肩がゆっくり上下に動いていた。

愛するリウヒの瞳は、相変わらず遠くを見つめている。以前にはなかった焦燥感が、アナンの胸の内を支配するようになった。いくら握りしめても零れてゆく藍色の髪。

だが、この少女は永遠にわたしだけのものだ。大切な妹は、だれにも渡さない。

****

 

 

四六時中、妹だけには構っていられないらしい。頭領というものは案外忙しいようで兄は

「明日戻るからね。いい子にしているんだよ」

と言ってどこかへいってしまった。部屋には当然鍵がかかっている。

リウヒはため息をついて、寝台に寝転がった。外に出ることさえもままならない。

唯一の楽しみは、キジがご飯を持ってきてくれる時だ。この船の出来事を色々話してくれる。

「ヤバいんだよ、今。食中毒にかかってさ、十人ぐらい寝込んでしまってんだ。厠がえらい事になってて、もう勘弁って感じ。可哀そうにクロエも死んでいる」

笑ってはいけないと思っても、ついクスクス笑ってしまう。

大部屋はなんだかとても面白そうだ。いってみたいとねだると、キジは顔を青くした。

「駄目だって。お前をこの部屋から出したら、おれが頭領に殺されちまう」

「キジのケチ」

「そういう問題じゃねえ」

じゃあな、ちゃんと飯くえよ。とキジはさっさと消えてしまった。

夕餉を食べ終わると、リウヒは窓の外を覗いた。雨が降っている。なんだか揺れも大きいような気がする。不安になって、慌てて寝台の隅に陣取った。枕を抱えて小さくなった。

「おーい。飯食ったかー。なんだ、残してるじゃねえか。ちゃんと最後まで食べなさいってかあちゃんから…何してんの、お前」

「いや、あの、その」

寝台の隅で、掛布を頭からかぶり、枕を抱きかかえているリウヒをみて、キジが目を丸くした。

「なんかのおまじない?」

「そ、そう。食後のおまじない」

ふうーん。丸くなっていた目は、小馬鹿にしたように変わる。

「この船の揺れが怖いのかー。いやいや、さすが箱入り娘はビビりだなあ」

その言葉にムッとする。

「怖くなんかない!馬鹿にするな!食後のおまじないっていっただろう!」

「はいはい」

嫌らしく笑いながらキジが手を振る。

「でも、これからもっと荒れるぞ」

「えっ…?」

「久しぶりにでかい奴が来そうだ」

恐怖に目を見開いたリウヒを尻目にキジは「嵐を呼ぶ男~」と歌いながら食器を下げて、出ていってしまった。

夜。キジの予言通り、船は大揺れに揺れた。しかも雷鳴が雄叫びをあげまくっている。

リウヒは雷が苦手だった。大の苦手だった。

菜飯か雷、どちらを選ぶと聞かれたら喜んで菜飯を選ぶくらい嫌いだった。

東宮にいる時は、トモキや侍女三人が駆けつけてくれたし、船に乗っている時は兄が付いていてくれた。しかし、今は一人でこの恐怖に耐えるしかない。

つんざくような大音に、悲鳴を上げてしまう。両手で耳をふさいで丸くなっても、恐ろしい音は容赦なく鼓膜を突き刺す。

船は音をたてて、右へ左へ、上へ下へと妙な感覚と共に動く。

そうだ、お酒をのめば何とかしのげるかもしれない、と思いついても、酒瓶のある棚まで行くことができない。それでも、必死になって寝台から降りた。

部屋の中心までよろめきながら歩を進めた時、かつて無いほどの爆裂音が響いた。

「いやーっ!」

悲鳴を上げてうずくまる。と、船が音をたてて傾いだ。両手で耳をふさいでいるため、均等を崩してそのまま倒れてしまった。恐ろしさのあまり、涙が出てくる。体は冷や汗で濡れている。

その時、

「リウヒ!」

扉のあく音と共に、キジの声が聞こえた。

「キジ!キジ!」

無我夢中で叫ぶと、さすがは海の男、大揺れの中スタスタとリウヒの元までやってきてしゃがんだ。

「お前…なにやってんだよ、すごい悲鳴上げて」

風の勢いで、扉が大きな音をたてて閉まる。

ひィ!リウヒが首をすくめた。

「とりあえず、こんな所で座り込んでないで、寝台に戻…」

再び、雷鳴の爆裂音が響いた。空気が振動する。

「ぎゃーっ!」

耳をふさいで丸くなる。ああ、今わたしはものすごい恰好をしているだろうが、そんなのは関係ない、早くこの音が去ってほしい。祈るような気持ちで震えていた体を、いきなり引っ張られた。何事かと思う間もなく、気が付いたらリウヒの体はキジにすっぽりと納まっていた。頭を両手で抱えられている。

今まで外にいたのだろう、キジの体はびしょぬれだった。

怒りで目頭が熱くなる。

この男も、わたしの体が目的だったのか。信じていたのに。好みじゃないと言っていたくせに。このまま押し倒されて、弄ばれるのか。身をよじると、さらに力を込められる。

「馬鹿、暴れるな」

それは、上からではなく、キジの体の中から聞こえた。

「こうしとけば、少しはましだろ」

確かに恐ろしい音は、遠くでかすかに聞こえているだけだ。しかも男の手は、自分の体を這ったりしない。ただ、恐怖から守るようにしっかりと頭を抱えてくれている。そして自分の頬は、その男の胸に強く押し付けられている。

「おれもさ、ここでこんなことしている場合じゃねんだよ」

怒ったような声とは裏腹に、腕の力は緩まない。

「ただでさえ今、人数少ないのにさ、船が沈んだらお前のせいだぞ」

「じゃあ、わたしのことなんてほっといて」

「泣き叫んでる女をほっとく訳にはいかねえだろ、馬鹿」

心臓がトクンと跳ねた。ああ、この人はなんて優しい。

それからキジは黙ってしまった。ただ雷鳴や豪雨の音が遠くに聞こえる。が、それ以上に聞こえるのは、キジの鼓動音だった。リウヒの耳に心地よく響く。

この場所はとても安心する。恐怖はすっかり去ってしまった。

目をつぶって、力を抜いていた両手を男の背中に回した。少しだけ力を入れて抱きつくと、キジも無言でリウヒの頭を抱え直した。しばらく二人はその状態で抱き合っていた。

「もう大丈夫だろう」

揺れが小さくなったころ、腕が緩んで体が離された。

「う、うん。ありがとう」

もう少しだけあの場所にいたいと思ったが、しぶしぶ離れる。

「しかし、お前は本当にやせっぽちだな。骨が痛かったー」

キジがニヤニヤ笑いながら、腕を回す。悲しくなってしまった。やっぱりわたしはこの男の好みじゃないのだ。

「飯、残すからだぞ。ちゃんと食べて成長しろよ」

おやすみー。呑気に去ってゆくキジの背中を見送る。自分がこんなにどぎまぎしていたのに、まったく何事もなかったかのような男の態度。なんだか悔しい。寝台に飛び込んで寝転がる。

雷雨も船の揺れも、おさまってきた。おさまらなくていいのに。また雷が鳴ってくれないだろうか。そうすれば、キジが駆けつけて抱きしめてくれる。

兄は翌日、血相を変えて戻ってきた。

「悪かったね、一人にさせて。さぞかし怖い思いをしただろう」

降り注ぐような口づけを受けながら答えた。

「ええ、兄さま。とても怖かった」

昨夜の事は言わなかった。言えばすぐさまキジを、遠ざけられてしまう。

それは嫌だった。とてつもなく嫌。嘘も芝居も方便ということを、リウヒはここで学んでいる。

ああ、この船にキジがいてくれて本当に良かった。

****

 

 

懸賞金をかけて本当に良かった。

カグラはほとんど駆けるように、政務室へと向かっていた。扉をたたきもせず、大きな音をたてて中に入ると、シラギがゆっくりと顔を上げた。その横で宮廷軍の二人の副将軍が目を丸くしてカグラを見ている。

「どうした」

「陛下が見つかりました」

瞬間、椅子を蹴って立ち上がる。

「本当ですか?」

トモキが愕然としたような声をだした。あ、お前もいたのか。

「詳しく話せ」

三人は廊下を走るような速さで歩いてゆく。

「商人が、クズハの酒場で目撃したそうです。今、本殿で控えさせています。しかも…」

言いにくそうにカグラの声が途切れた。

「言え」

「…元王子と一緒だったとか」

「何だと!」

殺気がカグラを襲った。トモキは当てられたように声が出ない。

「アナンが陛下を浚ったというのか!」

カグラも訳が分からない。

商人は、確かに藍色の髪の十七ほどの少女が、赤茶けた髪の男や海賊たちと一緒に、クズハの酒場にいたと、目の前の黒い男におびえながら証言した。

間違いない、元王子だ。

「しかも、そのう…、男は少女を膝の上にのせて、時たま頬に顔を寄せたりしていたので…」

大層目立っていたという。

「なぜそれを止めなかったのだ、お前は!」

「ひィ!」

無茶をいうな、黒将軍。

カグラはシラギを、商人からひっぺがしてこの男を頼みますとトモキに言う。

「無理言わないでくださいよ、カグラさま」

殺気立つ男を押さえつけながら、トモキが情けない声を出した。

「一行がどこへ向かったのかはご存知ですか?」

「いえ、出港したことぐらいしか…」

「ご足労、ありがとうございました。大変助かりました。これは心ばかりですが」

銀三十枚を渡すと、商人は恐縮して押しいただいた。

「この事と、ここでの出来事を他言しないように。すればどうなるかご存知ですね」

商人はカグラの不気味な微笑みに怯えたように、何度も頭を振った。転がるように去ってゆく。沈黙が降りた。シラギが呆然とへたり込む。

「今現在は、アナンと共にどこかの海上にいるわけですね」

「アナンさまと共におられるならば、陛下はご無事のはずです」

絞るような声でトモキが言う。

「ぼくは実際にあの船で、アナンさまの下で働きました。みんな、すごくいい人たちだったし、きっと何かお考えがあって…」

「ならば、なぜ酒場で陛下を膝上に乗せなどする」

シラギの低い声にトモキは黙った。

どちらにせよ、アナン本人をとっ捕まえなければならない。

仮に何かの事件に巻き込まれてリウヒが保護されたとしても、なぜさっさと宮廷に送り届けない。

「わたくしは、これからスザクに向かいます」

連絡は、一日おきに馬を飛ばしますので。船で海を重点的に探します。

そう言って、踵を返すカグラの後ろから声がした。

「待て」

シラギが立ちあがる。

「わたしも行こう」

「あなたが来てどうなるというのですか」

カグラが振り返る。

「海上はわたくしの管轄です、あなたはあなたの仕事を為すべきだ」

「陛下が浚われたのは、わたしの責任だ。だからスザクに…」

フラフラと扉に向かうシラギの肩を、カグラが掴んでそのまま平手打ちを食らわせた。乾いた音が部屋に響く。

「目を覚ましなさい、シラギ!」

トモキは目を見開いた。

カグラのどなり声もシラギを呼び捨てにしたのも暴力をふるったのも、初めてだ。

「いま、あなたがしっかりしなくてどうするのです、宮廷の軍を統べるのがあなたの役目でしょう!」

「陛下を…」

シラギは打たれた状態でしばらく止まっていたが、うなだれたままカグラの襟を掴んだ。

「必ず取り戻してくれ」

「お任せください」

その肩を、二、三回叩いた。

「必ずや」

 

ああは、いったけどどうしようか。カグラは思案しながら廊下を歩く。

宮廷の海軍は、いたって弱い。対しアナン率いる海賊は、数々の修羅場を潜りぬけた猛者だ。木の枝のみで熊に挑むようなものだ。しかし、逃げ足には自信がある。ということは、素早さがある。そこを徹底的に伸ばすしか手はない。

「カグラさま!」

トモキが駆けてきた。

「ぼくも一緒に連れていってください!リウヒさまに約束したのです、逃げたら必ずぼくが追いかけて、捕まえるからって。あの海賊船にのっていたことだって、きっとお役に…!」

まくし立てるトモキにカグラは首を振った。

「あなたはここにいて中将軍たちの補佐をしてください。海千万山千万の重鎮たちです、どんな動きがあるのか分かったものではない。それに…」

困ったようにカグラは微笑んだ。

「シラギの様子を見たでしょう。あの男がどこへ突っ走るか分からないではないですか。すみませんが、黒将軍のお守りも頼みます」

トモキはしばらく、縋るような目でみていたが、諦めたようにため息をついた。

「…分かりました。手のかかる黒将軍さまですね」

「全くです」

二人は顔を見合せて、苦笑した後別れた。

スザクへ向かう前にと、稽古場をのぞく。マイムが後輩たちを指導していた。

カグラに気が付き、そのまま練習するようといって、窓から顔をのぞかせる。

金色の髪が、さらさらと落ち、静かに風にそよぐ。

「どうしたの。こんなところにくるなんて、珍しいじゃない」

「陛下が見つかりました」

マイムが息を呑む。

「しかもアナンと一緒らしい」

「無責任王子が妹を浚ったってこと?」

さすが話がはやい。言い方はひどいが。

「これから、わたくしはスザクに行きます」

「気を付けてね、左将軍さま。死んだら浮気するわよ」

にっこり笑ってつれない事をいう恋人に苦笑すると、深く口づけた。

「わたくしが死ぬ玉だと思いますか?」

「憎まれっ子、世に憚る。全然思わない」

もう一度、金色の頭を引き寄せ口を付ける。そして枯れ葉を散らしながら歩いて行った。

マイムはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、振り返ると怒鳴った。

「見てんじゃないわよ、さっさと練習しなさい!」

 


 
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