No.1093387

獣の愛の胸騒ぎ

砥茨遵牙さん

ルカ様がヒエンへの想いを自覚する話。
2主くんは恐ろしい子。
純真な2主くんはいません。
2主→ヒエン

2022-05-31 19:38:03 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:339   閲覧ユーザー数:339

ホウアンとテレーズが部屋に来てから数日、ルカは軽く身体を動かし、ストレッチをし、本を読む等して日々を過ごしていた。ようやく左手がまともに動くようになったある日。

「る、ンンンッ、獣さん大変です!」

切羽詰まった様子のテレーズがもたらした一報にルカは衝撃を受けた。

ティント市に交渉へ行ったヒエン達がネクロードという吸血鬼に襲われ、市内をゾンビが徘徊するようになったと。

ヒエン達は一度近くのクロムの村へ撤退し、ヴァンパイアハンターと合流したためパーティから抜けてきたシンが話してくれたとテレーズは語る。

ルカにとって、吸血鬼とは書物で読んだだけの存在だった。それがゾンビという死者の群れを率いてヒエンを襲うなど、腹立たしい。

すぐにでもゾンビ共を駆逐してやる、と勢いよく立ち上がるも、ガチャガチャと鳴る足枷に足を取られルカは我に還る。今、俺は何を考えた?あいつを、ヒエンを助けなければ、と考えてしまった。馬鹿な。

「獣さん…。」

「大丈夫ですよ、ヒエンさん達は。」

と、扉から入ってきたのはホウアンだった。

「ヒエンさんの側にはヴァンパイアハンターのカーンさんと、この世で唯一吸血鬼を殺せる武器、星辰剣を持ったビクトールさんがいるそうですから。心配ありません。」

「……。」

「そうなのですか?ホウアン先生。」

「ええ。ビクトールさんは三年前にもネクロードと対峙しているそうですから。大丈夫です。」

良かった、とホッと息をつくテレーズと、呆然とするルカ。

心配、そうか、これが。誰かを心配するなど、あの時の母以来だ。それほどまでに俺は。あいつを。

「ところでテレーズさん、シンさんが探していましたよ。いきなり走り出していってしまったって。」

「まあ大変。シンがここに来ない内に行かなくては。」

ではまた、とテレーズが部屋から出て行く。未だ自分の感情に呆然とするルカにホウアンが話しかける。

「……ヒエンさんを守りたい、と考えたのではないですか?」

「…俺は、今まで守るなど考えたこともない。心配など、したこともない。」

「でしょうね。」

「ただ、」

「ただ?」

「あいつを襲うゾンビ共を、駆逐してやると。あいつを襲うなど、腹立たしいと。」

「それが守りたいという感情ですよ。」

守るなど、下らん行動だと思っていた。俺を守って、母はあんな目にあったのだから。

だが、俺の命を救い、俺の右腕を封じ、俺をここに閉じ込めたあいつの行動は全て、守るため。そのあいつにこんなに感情を揺さぶられるなど。

「大丈夫です。ヒエンさんを信じて、待ちましょう。」

簡単に診察をして、それでは、とホウアンも部屋から出ていく。部屋に動物達と残されたルカは、信じるなど、馬鹿げた言葉だと頭を振るのだった。

 

 

気が付くと、ルカは真っ暗な闇の中にいた。

ここはどこだ、と辺りを見回してもただ闇が広がるばかり。

やがて、か細い声が聴こえてきて。誰かいるのか、と聴こえた方向に向かうと、何かがか腐ったような臭いが漂ってくる。

だんだん声が大きくなってきて。突如現れた光景に、ルカは目を見開いた。

自分が殺したユニコーン少年隊と都市同盟の豚共のゾンビが、ヒエンを追いかけていたのだ。

ヒエンはやだ、来ないで、と泣きながらゾンビから逃げている。

「やめろ!!」

お前らを殺したのは俺だ!!何故そいつを追う!!

ヒエンとゾンビ達の間に入ろうとするも、下から現れた何者かに両側から腰をガシッと掴まれ身動きが取れなくなる。下を見てみると、処刑したソロン・ジーと暗殺した父アガレスのゾンビが腰から下にしがみついていた。

「貴様ら!!」

振り払おうともがくも、不可解な力で締め付けるゾンビを、右腕が動かないルカでは振り払うことも出来ず。

アガレスとソロン・ジーのゾンビは、口を動かしカタコトで囁いた。

 

オマエノダイジナモノヲウバッテヤル

 

大事な物だと。馬鹿な。あいつは、あいつは、俺の。

 

 

 

『どうしてそんなに警戒してるの?』

あの森であいつにじっと目を見つめられて、殺す気が失せて。

『ほら、怖くない。』

あいつの明るい笑顔を向けられて、何故か過去を話して。

『同情じゃないもん!』

好きになったと言われて、抱きしめられて、あいつの心臓の音を聴いて。

『ルカ、ルカ、ルカ。死なないで。ルカ。』

蛍の光るあの場所で最期を迎えたはずが、あいつに生かされて。

『ルカに、マーキングされちゃったぁ。』

噛みついたらふにゃふにゃした顔で喜んで。

思えば、敵だった奴らとまともに話すようになったのも。全てあいつの味方だから。

『絶対逃がさないから!僕の獣っ!』

あいつの名前を、笑顔を思い浮かべる度に心臓が締め付けられるのも。全て、お前が大事だからか。

一度は死んだはずの俺の、最も大事なもの。

 

 

 

「ヒエンッッ!!!!」

ゾンビ共に追いかけられて泣くあいつの名前を、喉が破裂するほど叫ぶ。

「ヒエンッッ!!ヒエンッッ!!おい貴様ら!!ヒエンに指一本でも触れた奴は殺す!!ゾンビだろうと何だろうと!!!!何度でも殺してやる!!!!」

憎悪を込めて怒りの限り叫ぶ。動く左手でアガレスの頭を潰そうと腕を振り上げると。

「ルカっ!!」

ヒエンの叫び声と共に、彼の右手から光がほとばしる。辺りが光に包まれていき、ゾンビ達が消えていく。

ルカを拘束していたアガレスとソロン・ジーのゾンビも、ボロボロと音を立てて崩れていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

ガバッと勢いよく起き上がったルカ。そこはいつもの、ヒエンの部屋のベッド。

全身汗でぐっしょりと濡れていて。ハァッハァッと荒い息を吐く。

今までのは、夢か。夢にしては、やけに現実的だった。

あの夢で、自分にとってあいつがどういう存在なのかはっきり認識した。

今までしてきたことが帳消しになるわけじゃないのは分かっている。豚共と父を殺したことを後悔などしていない。俺は俺の想うがまま、望むまま、邪悪であった。

それでも、俺はあいつに生かされた。だから戦争を終わらせるなどとほざくあいつの行く末を見届けるぐらいはしてやると、そう考えていたはずだった。

逃げる気も起きず、あいつの獣として生きるもの悪くないと。周りから愛だ愛だと言われてもピンと来なかったというのに。

いつの間にか、最も大事なものになっていた。母以外で、最も大事なもの。

 

俺は、あいつが。

ヒエンが、好きだ。

 

認識した途端、動かない右腕が忌々しくなってくる。

もしも、動いたなら、剣が振るえたら。すぐにでもあいつの元へ行って、ゾンビだろうが吸血鬼だろうが斬ってやるのに。今はただ、待つしか出来ない。

神などいるはずもない。それでも、ヒエンの無事を願わずにはいられなかった。

早く帰ってこい。ヒエン。

 

 

二日後、テレーズによりヒエン達がネクロードを消滅させたと報告があり。瞬きの手鏡がありますからすぐに帰ってきますよ、と言われて、ルカがあいつが無事ならそれでいいと返答したら、

「ジャスティス…!」

テレーズは心臓を押さえて、ガクッと膝をついた。鼻血を出さないだけアップルよりはマシか、とルカが呆れた目で見ていると。

「ただいまー!」

部屋の主が帰ってきた。ヒエンがティントに行ってから十数日。久しぶりのヒエンの元気な姿に、ホッと安堵の息をつくルカ。

「あれっ、テレーズさんもいたんだ。どしたの?」

「す、すみません、あまりの尊さに心臓が。ンンンッ、お帰りなさいヒエンさん。」

「…おい、ヒエン。」

自分より先にテレーズに話しかけたことに嫉妬して、苛ついた声を発したルカ。しかし、ヒエンは目を見開いて驚いてから、ぱああっと笑顔になって。

「る、ルカっ…!ルカぁあっ!」

「うおっ!?」

勢い良く飛んで、ガバッとルカの頭に抱き付いた。手枷をされているルカは当然バランスを崩し、後ろに倒れそうになったのをフェザーが受け止めてくれた。ナイスアシスト、フェザー。

「おっ、まえ…」

間一髪で難を逃れたルカが文句を言おうと身体を起こそうとするも、頭を抱えられてる状態では身動きが取れない。

「嬉しい嬉しい嬉しいっ!やっと名前呼んでくれた!」

「?」

「まあっ!おめでとうございますヒエンさん!」

そういえば、心の内や先日の夢の中で名前を呼んだことはあっても、今まで口に出したことはなかったとルカは気付く。このくらいで喜ぶのならば。

「ヒエン。」

「っ!?」

「ヒエン、ヒエン。」

「はわわわわぁ。」

至近距離で、何度も呼んでみる。腕を離して起き上がって、自分の顔に手を添えてふにゃふにゃ笑って喜ぶヒエン。ヒエンが好きだと気付いてから、ヒエンの一挙一動が可愛いと思えてきたルカ。

一方、目の前の萌え供給が多すぎて心臓を押さえたまま床にうずくまるテレーズ。

「と、尊い、尊すぎます、これが生の萌え…!」

「ムムム?」

「も、モクモクさん、お願いです、私を部屋の外へ。お二人の邪魔にならぬように退散しなければ…!」

「ムムッ!」

モクモクがヒョイッとテレーズを担いで、ズルズル引きずっていく。お邪魔しました、ごゆっくり、と挨拶して、テレーズは引き摺られながら部屋を出ていった。部屋には動物達を除けば、ヒエンとルカの二人きり。

 

ヒエンに触れたい。そう思ったルカは腹筋を使って起き上がり、手枷で繋がれた両手を差し出す。

「ヒエン、これを外せ。」

「えっ。でも右は動かないでしょ?」

「左なら動くようになった。逃げはせん。ただ、お前に触れたい。」

「っ!…それなら、いいよ。」

ポケットに入れていた手枷の鍵を取り出し、鍵穴に差してガチャンっと音が鳴り、手枷が外れた。相変わらず動かない右腕はだらんと身体の横にぶら下がるも、ルカはヒエンの腰に左腕を回して抱き寄せる。久しぶりのヒエンの温かさに、安心する。

「ルカ?どうしたの?寂しかった?」

よしよしとルカの頭を撫でるヒエンの言葉がストンと腑に落ちた。ああ、そうか。こいつがいないと俺は寂しいのか。好きとは、こういうことか。

「……ああ。」

「へっ?ほ、ホント?ホントに僕がいなくて寂しかった?」

「ああ。」

「僕のこと、好きになってくれたの?」

「ああ。」

「っ!」

ヒエンの質問に短く返事をしていると。よしよししていた手でルカの頭の両側をガシッと掴み、身体を少し離してルカと向き合うヒエン。その顔は真剣そのもの。

「ルカ、ホントに?ホントに僕のこと、好き?」

「ああ。」

「ああ、じゃなくて。ちゃんと言って。ルカの言葉で、聞かせて。」

改めて言葉にするとなると、少々躊躇う。狂皇子だった頃のルカ・ブライトには不要な言葉。しかし、今のルカにとって最も大事なものに向けて言う言葉を、フゥーと深呼吸して、声に乗せる。

「…俺は、お前が好きだ。ヒエン。」

言ってから、謎の恥ずかしさが襲ってきた。このような感情も幼い頃以来だなと考えていると、目の前のヒエンがぷるぷると震えて。

「ふ、え、」

「っ!?」

真剣な顔から一転、ポロポロと涙を流して泣き出した。ヒエンの泣いてる顔はあの日、ルカを死の淵から回復させた時以来だ。泣いてる人間の慰め方など知らないルカは焦る。

「な、何故泣く。」

「だ、だって、嬉しいんだもんっ。」

「…嬉しいと泣くのか。」

「うんっ。ルカに、名前呼んでもらえてっ、好きって、言ってもらえて、嬉しいっ。ルカっ、好きっ、好きっ、大好きっ。」

泣きながらルカの頭に腕を回してぎゅっと抱きつくヒエン。かつて狂皇子と呼ばれたルカを知っていながら、何度も好きと言ってくれるヒエンが愛おしくて。こんな時に右腕が使えないのは少々つらいが、動ける左腕で力の限り抱き締めようとする。

 

 

「あ。右腕戻してあげるねっ。」

「は?」

ヒエンがパッと身体を離して、右手でルカの右肩をポンッと叩く。するとヒエンの右手の紋章が強い光を放って、すぐ消えた。

今、何て言った?戻してあげる、だと?

試しに右手を握り締めるように意識してみると、先ほどまで全く動かなかった右手が動いた。

「おい、ヒエン。」

「なあに?」

「お前、俺の右腕を無意識に封じていたのではなかったのか?」

「無意識?なんのこと?」

「あの紋章師が言っていた。」

「ああ、ジーンさんか。だから封じてるの知ってたんだね。」

「……あいつが無意識に封じているのでは、と言っていた。」

「そっかぁ。」

先ほどまで泣いていた顔はどこへやら。ふっふっふーと笑いながら、ヒエンは両手で握りこぶしを作って、自分の顎の下に持ってくる可愛いポーズをとると。

 

「わざとだよ?」

 

あどけない笑顔で、とんでもないことを言ってのけた。たった五文字の言葉に、ルカは呆然とする。

「………は?」

「回復したらどっか行っちゃうかもしれないって思って、どうしたら僕のところにいてくれるかなって。それなら、身体動かないようにすればいいかなって。」

「おい、」

「試しにやってみたら出来たんだよねー。僕天才っ!」

「おい、ヒエン。」

つまりは、手元に置いておくために動けなくしたのか。確かに、ルカはジーンから聞いただけで、ヒエンに直接問い質したわけではなかった。ヒエンの意志で封じているなどと、夢にも思わなかったのだ。

「あっ、言っておくけれど、封じていたのは右腕だけだよ?他は駄目だったけど、麻痺ぐらいなら自然に戻ると思ってたし。」

そういえば、あの軍師とアップルに見つかった時にも言っていた。

『完全に回復したらどっかいっちゃう気がしたんだもん。』

そこまで俺を手元に置いておきたかったのか。とルカは動くようになった右手で自分の顔を覆う。

自分の好きなものにどこまでも真っ直ぐ一直線なヒエンの思考は、一種の狂気だ。でなければ、瀕死の敵の大将を救って内緒で監禁するという方法は取らないだろう。

改めて考えれば、ヒエンは軍主の立場で人を率い、戦争で仲間や敵の命を奪っている。ルカとは方法が違えど、ヒエンも人の死の上に立っているのだ。皇子でも何でもない、ただの少年として育ったヒエンが。

それが戦争を終わらせて動物王国を、自分の国を作ろうとしているなんて。ジョウイ以上の野心家だ。面白い、とルカは笑う。

「ククッ、クククク、」

「ルカ?どうしたの?…ホントのこと聞いたら、嫌になっちゃった?」

しゅん、と眉を下げて悲しげな顔をして首を傾げる。そのあざとい顔すらも胸の内の狂気すらも愛おしい。

「いや。ますます愛おしくなった。」

「っ、ホント?」

「ああ。」

「良かったぁ。じゃあこれ、着けてくれる?」

そう言ってヒエンが取り出したのは、黒革の首輪。

「これね、ティントに売ってたの。すごいんだよ、一度はめたら外れないし、その人の身体に合わせて伸び縮みする魔法がかかってるんだって。」

「…これを、俺にか?」

「うん。ルカに似合うと思って。」

「…いいだろう。」

このヒエンのルカに対する異常な独占欲。明るい笑顔から放たれるその狂気すら心地いい。ならば、その狂気ごとヒエンを愛してやろう。

同時に、ヒエンを害するならばハイランドでも斬ってやると決意する。元々、都市同盟を潰したらハイランドも滅ぼすつもりだったのだ。アガレスが母を見捨ててまで守ろうとした国など、いらない。

カチッと音が鳴って、首輪をはめられた。着けている感覚はあるが、圧迫感が無い。

「えへへ、これで完全に僕の。ルカ、大好き。愛してる。どこにも行かないでね。」

嬉しそうに笑ってルカの頭に腕を回して抱きつくヒエンを、やっと動かせるようになった両腕でぎゅっと抱き締める。可愛い顔をして国を盗る野心を持ったこいつの側にいられるなら、飼われるのも悪くない。一度死んだ身だ、ヒエンが望むなら何でもしてやる。

「当たり前だ、どこにも行かん。…愛しているぞ、ヒエン。」

 

 

 

 

 

 

そうしてやっと両思いになったルカとヒエンは、お互いに引き寄せ合うように唇に口付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

終わり。


 
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