No.1092215

堅城攻略戦 第一章 出師 2

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

しばらくおしゃべりパートです ぺらぺらぺら

2022-05-21 00:09:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:548   閲覧ユーザー数:540

 さほど広くもないが、物が少ない為に、実際より広く見える室内で、男は彼女と対座した。

 大きく切り取られた窓から入る、春先の瑞々しい木々を透かして降りて来た光が、柔らかく色づいた影となって良く磨かれた板敷の床に複雑な色を落とす。

 静謐の裡に、ぴしりと身が引き締まるような空気を漂わせる、禅の道場を思わせる部屋。

 彼と、そしてこの家の主の他には誰もいない、彼をここに連れて来たおつのは、既に庭に戻っている。

「ごめんねー、私はここに居ちゃ駄目だって言われてるのよー、対座が済んだら彼女から私を呼ぶって言ってるから、一度お庭に戻っているねー」

 ご主人様なら大丈夫だって、私は信じてるからね。

 そう小さく言い残して飛び去ったおつのの表情が、この会談の厳しさを彼に告げている。

「陋屋にお呼び立てして、申し訳ない」

「いや、こちらこそ勝手な願いに対し、こうして面会の機を頂けただけでも望外の事」

 忝い、と男は、ゆったりした衣を纏った眼前の人に丁重な礼を示した。

 おつのからは「彼女」と聞いていたが、どこか中性的で超俗的な雰囲気を纏う眼前の存在からは、どこか神仏や高僧のそれのような、透徹した眼差しを感じる。

 正直、力ある妖怪の威圧感に対抗している時より余程にきつい……彼女と対座しているだけでも、自分の心身が消耗していくのを感じる。

 ただ、不思議な事に不快は無い、蜥蜴丸から剣術の指南を受けている時に似た、不要物が削がれ身軽になっていく、あの時の感触に近い。

 ……成程、おつのの知り合いだけはある。

「いや、おつの君の紹介する人なら、私も会ってみたいと思ったまでの事、ああ、先ずは楽にして頂こうかな」

 正直、堅い身なりと姿勢をしないと駄目な立場を離れて長いのでね、私が楽をしたいだけなんだが。

 そう言いながら、彼女が率先するように、卑しくない程度に藁座の上で足を崩す。

「それは有り難い、堅苦しいのは一刻もたないのでね、いつ田夫野人の本性を顕すか冷や冷やしておりましたので」

 無作法の段は平に……そう言いながら、男も楽な姿勢を取る。

「ふふ、偉そうに収まりかえっていられるのも、堅苦しい姿を崩さないのも、他者に見せたい己を演じる為の訓練の賜物ではあるし、それが出来る出来ないで人を値踏みする輩が多いから、己を売り込む時には出来た方が良い事だがね、ただ、それらを気にするのが煩わしくなって隠者を決め込んだ今の私としては、その辺はどうでも良いのさ」

 相手がすんなり乗ってくれた事もあり、彼女の口調が多少砕けた物になる。

 肚の探り合いや、化けの皮の剥ぎ合いも、昔はそれなりに楽しめたのだが、正直最近は余りそちらに食指は動かない。

 そんな事に時間を費やすよりは、おつのが、あれほど真剣な顔で、とにかく会うだけ会って欲しいと言って来た男と言葉を交わす方が楽しそうだと思った。

「所で、おつの君は私の事は何か言っていたかな?」

 名前、実績、そういった話は。

「いや、その辺りは一切聞かされてはいない、彼女はただ、私が軍師を望んだ時に、心当たりが居ると」

 後は、対座し、互いを見定めて欲しい、とだけ。

 そう聞いた彼女が小さく頷いた。

「なるほど、おつの君らしい……」

 彼女もまた、おつのからは何も聞かされていない、この青年が何者で、何を望み、今、軍師として欲した人材に、何を求めているのか。

「では私も君も、名も無き権兵衛同士で話をさせて貰いたい、それで宜しいか?」

 私も君も、ただここに座す一個の存在、虚名も何もその身を飾らぬ、守ってもくれぬ。

「承知した、まぁ、俺の方は纏う程の虚名も無いが」

 男の言葉に、彼女が低く笑う。

「ご謙遜だな、おつの君が協力する程の人が無名人士とは到底思えないが……まぁそれは置いて」

 その視線が、若干温度を下げる。

「そろそろ本題に入ろうか、先ずは君の口から、本日の来意を伺いたい」

「そう……何から話すべきか、目的としては、貴女を軍師に迎えたいという事なのだが」

 そこで言葉を切った青年が、僅かに目を伏せる。

 どこから話すべきか……何をどう説明すべきか。

 それも僅かの間、再び上がった彼の眼は、静かで落ち着いた物であった。

「少々長くなるが、俺と式姫が今行っている戦と状況に関して、説明をさせて貰いたい」

 それが……その戦の前途の遼遠さこそが、恐らく貴女の存在を求める、端的な理由となろうから。

 男の言葉に彼女は軽く頷いた。

「長い話、殊に戦のそれは嫌いでは無い……承ろう」

「それで、お主、主殿に誰を引き合わせたのじゃ?」

 お疲れ様、と帰って来たおつのに茶菓を出しながら、仙狸が珍しく好奇心に満ちた顔を彼女に向ける。

 だが、それに対して、常ならば立て板に那智の滝と評される程のお喋り好きなおつのが、珍しく重い口を返した。

「それがねー、式姫の皆に話して良い? って聞く前に、隠棲の身ゆえ我が事一切他言無用と、八寸の瓦釘位のでっかい奴をですね、久しぶりのごあいさつの後に、ずどーんとぶっこまれちゃってるんですよ、これが。 その後ね、何とかご主人様に会って貰う約束取りつけるだけで、そりゃもう聞くも涙語れば号泣必至の苦労があったのよ。 仙狸さんにせがまれなくても、おつのちゃん的にも、彼女がどれだけ凄いひとなのかって、たーーーくさんお喋りしたい事は有るんだよ、それこそ彼女の凄い話なんて、裏話も知ってるおつのちゃんなら、古事記と日本書紀と平家物語足した位話せちゃいますよ、べべんべんべん、そも軍略の歴史は黄石公より数えまして……」

 と、我慢我慢、そういうひけらかしは嫌いな人だし、何より怒らせると怖いからね。

「成程のう、しかし何じゃな、確かに面会を前にした主殿への種明かしは駄目かもしれぬが、わっち相手に、ちと口を緩めるのも駄目かの?」

「んー……まぁ約束しちゃったしねー、今住んでる場所をべらべら喋られるのはそりゃ嫌だろうけど、過去の逸話くらいは良いんじゃないの、と、おつのちゃんも思う訳ですが」

 ちょっと止めておいた方が無難かなって。

「成程の、まぁ、今住まいおる場所というて、お主の知り合いの事じゃ、大方どこぞの山中に結界を結んでおるんじゃろ」

 仮に聞けてもどうにもならんと思うが?

「お察しの通りだよー、現在ご隠居中で、俗世の事は見たくないとの事で、釣って来た魚の燻製を肴に、裏庭で作った作物から自分で醸したお酒なんか傾けながら、悠々と竹簡経書を紐解いたり、自分も書いたりで、気が向いたら山鳥や鹿や狐やたぬきと戯れておいでという、まぁ、実に羨ましい生活なさってましたよー」

 私のような出来の悪い小隠は、こういう山中に居る程度がお似合いさ、等と彼女は苦笑していたが、大隠を決め込み市井にあるには、まだその血は熱く、世界の動きに応じて騒いでしまう自覚があるのだろうか。

 だとすれば、勧誘の機はありそうだけど……良くて五分五分かな。

 久しぶりに彼女と会った時の感触を思い出し、はぁ、と、らしくないため息を吐きながら、おつのが干し柿を齧ってから、渋茶をすする。

「そりゃまた、こんな埃だらけの世界に引っ張り出すのは大変そうな、実に羨ましい生活じゃの……しかし、話を聞いて居れば余程の御仁と見えるな、まぁお主がそこまで言う時点で相当な人物なのは間違いないんじゃろうが」

「いやいやいや、多分私の話から仙狸さんが想像してるよりも、実際はその数倍は凄いのですよー、名前を出せば、日の本だけでなく、唐の人にも知名度抜群だからね、見たい、会いたい、お話したい、召し抱えたい、何なら国の経営預けたい! なーんて人は、相当に居るんじゃないかなー」

「ほぉ……そりゃ大したものじゃ、主殿が引っ張って来てくれると良いが……」

「どしたの?」

 言葉を濁す仙狸に、おつのは不思議そうな顔を返した。

「いや、紅葉殿の言い種では無いが、そこまでの御仁を召し抱えるだけの銭金、この家には無いと思うてな」

「それは大丈夫だと思うよ、何か欲しいなら、そんな物幾らでも自前で用意できちゃう人だもの」

 富も権力も権威も土地も、彼女を動かす事は出来ない。

 そう……彼女が欲するものはただ一つ。

「……なるほど、後は主殿の器量次第という事か」

「まーねー、おつのちゃんとしては家のご主人様なら申し分ないと思うんだけどね、とはいえ、彼女がどう思うか、どこを評価するかなんて判らないからねー、結局人同士のウマが合う何てのは相性次第だし、そういば何でウマが合うんだろ、鹿や牛じゃ無いのってなんでかな」

「乗用に供するから、と聞いた事があるのう」

「そっかー、成程ね、つまりは会ってみなきゃ判らないって事だよねー、うーむ」

 あー、もやもやする、早くお迎えの連絡来ないかなー、と言いながら、干し柿二つ目に手を伸ばしているおつのの前に、淹れ替えた茶を差し出してから、仙狸は自身もゆっくりと茶を啜った。

 そこまで名の知れた軍師、宰相、将軍となると、かなり絞られるな……というか、日の本と唐の両方で知られた人物なぞ、そうそう居ないと思うが。

 誰じゃ……一体。

「なるほど、世の中は今、そんな事になっていたのか……」

 邪心に汚された大地の龍王の復活を策す、大妖狐玉藻の前の分身たる妖、尾裂の狐の跳梁。 その手段が、恐らく五行に基づく世界の循環を停滞させ、世界の活力自体を削ぐ事で達成せんとする、遠大な物である可能性が見えてきた事。 そして現在、それを正そうと進軍する彼らを阻んだ、誉れ高き堅城。

 人の領域とそれを繋ぐ道を守っていた。 そして、今は妖怪の手に落ち、逆に人の移動や活動を阻み分断する、最悪の要害として立ちはだかるそれに対して攻撃を仕掛け、彼らは大敗した。

 ふむ、と彼女は、彼から聞き取った話を反芻し、把握するように、半眼の目を天井に向けた。

 我が弟子を筆頭に、数多の人柱を立て、血泥の中に打ち建てたる武士の国は、四百を超えようという年月を無数の戦乱と興亡で満たし、安寧とは対極の世界をもたらしている訳か。

 妖怪の跳梁は、人の世の乱れと共に現れる。

 人の世が定まっている間は、妖怪は時折夜闇から顔を出して人を驚かせる程度のことしか出来ぬ物。

 今聞いたような状況になっている時点で、それは結局、人の治世の敗北に過ぎない。

 ふう、と、重く長い吐息が彼女の口から漏れる。

 やはり……戦の果てに平穏な世界を構築するなどとは、お目出度いおとぎ話に過ぎぬのかな。

 当然か、武という炎を以て焼き払い、上辺だけを平定した世界の足下には、怨嗟の炎がくすぶり続ける……それを押さえ込めるだけの力を失えば、炎は再び燃え盛り、世界を焼き払う、建国の経緯にて、多少の寿命の増減あれど、所詮は空しいその繰り返し。

 いや、そもそも私は、その空しい世界とやらの建設に関われた事すら大して無い。

 そんな、砂場の隅で遊んでいた三流が、何を今更、こんな偉そうな顔で、もがき、戦っている人の話を聞いているのか。

「どうだろうな、拙い上に狭い範囲の話で申し訳ないが、今、この近在がどうなっているかは、判って頂けたか?」

 男の声に、彼女はそんな内心をおくびにも出さず、涼やかな目を返した。

「謙遜の必要はないよ、簡にして要を得た話振りは、非常に聞きやすく、状況も掴みやすかった」

 確かにおつのが肩入れするのも何となくだが判る、普通に考えて、これだけの戦闘を繰り返し、式姫達を指揮して戦って来たなら、もう少しその言葉の端々に自慢や虚栄が混じってもおかしく無かろうに、その類の話を一切交えず、第三者の視点で最後まで語られた、端的で無駄のない状況説明は、その時点で彼の自制心と、状況を俯瞰できる視点と知性を持っている証明とも言える。

 それは、得難い美徳ではあるのだが。

「そうか、良かった……では、現状を踏まえて、話を続けさせて貰っても良いか」

「そうだね、だが、取り敢えず一服しないか? すこし喉が荒れて来ているよ」

 茶と、何か甘い物でも進ぜよう、少しお待ち願えるかな?

 彼女の言葉に、男は苦笑しながら自らの喉を撫でた。

「忝い、ご厚意に与ろう」

 こんな長広舌は初めてでね、と笑う彼に、笑み返す。

「ふ、初めてでそれなら、少し場数を踏めば蘇秦張儀も夢では無いよ」

 そう言って席を立った彼女の鋭敏な耳に、あんまり褒められた気はしねぇな、という彼の抑えた低い呟きが届く。

 成程、口説の徒は、お好みでは無いか。

 確かにそうかもしれない、確かに彼の説明は端正で判りやすい、だが感情を揺さぶる扇動者としての才は、無いと言わざるを得ない。

 正直、人材を求めてここに来たのなら、もう少しこの戦の意義を熱く語り、こちらの心を揺さぶったり、戦乱と妖の跳梁で荒れた世界を回復させんとする彼らの歩みを、情感込めて切々と語るなりはしても良かろうと思う。

 芝居がかりが過ぎれば白けるが、反面こうまで淡々としていると、情熱の欠如を疑いたくもなる。

 実際、それほど虚飾を交えずとも、彼らの歩みは聴衆の血をたぎらせ、涙を絞るような語り物にするのも容易だろうに、だ。

 ところが彼女が聞かされたのは、最上級の偵察兵や官僚がもたらした報告のような物。

 無駄のない形で世界の現況を知れた喜び半分、肩透かしを食らった気分半分といった所ではある。

「頭は良い……だが些か物事が見えすぎる」

 ここまで言葉を交わしてみての彼の評価は、軍略の生徒としてなら一手仕込んでみたくなった、と言った所か。

 つまりそれは、彼の知性や冷静さは高く評価するが、それは学究、官吏の優秀さでしかない……そんな評価の裏返し。

 第三者の視点を喪わない、物が見えすぎるという事は、逆に言うと世界を焼くほどの熱量は、中々に持ちえないという事でもある。

 征服欲、復讐、名声、権力への渇仰、愛憎、宗教的熱情。

 騎虎之勢とも言う……そんな風に、人を駆り立て、我が道は一つ、他の生き方など無いと邁進させる、感情の力。

 それこそが、世界をひっくり返さんとするような、途方も無い力を要する行為を為そうとする時には往々にして必要となる。

 それが、自分がそう信じ込むか、人をその道に煽り立てるかの差はあるが……どの道それは必要。

 これは良し悪しでは無い……そういう物なのだ。

 だが、彼からは、それを。

 烏天狗の眷属たる彼女が、時折は人の世に手を貸して来た理由、彼女の魂を惹き付ける、人だけが持つ、その意思の炎の煌めきを感じない。

 とはいえ……だ。

 煎茶の湯加減を見ながら、彼女は細い指を形の良い頤に軽く添えた。

 彼がここまで強大な妖と戦い、彼らを退けて生き延びて来た、そして、その戦いが、おつのを始めとする、多くの式姫に支えられてきたという事実は厳として存在する。

 それはつまり、彼が淡々と生きて来ただけの男では無い事を意味している事になる。

 もしくは……私の評価する物差しだけでは、彼は量れない、という事なのか。

「つまりはまだ……私は彼の表面をなぞっているに過ぎないという事か」

 ではその内面には、一体何が潜んでいるのか。

 その奥に、私の認識を覆すだけの何かが。

「面白いな」

 そう呟きながら、彼女は茶菓を乗せた盆を手にし、男が待つ部屋に足を向けた。

おつの:超おしゃべり大天狗、台詞が枠をはみ出すのは日常、正直小説で再現するの一番大変な子


 
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