No.1092030

堅城攻略戦 第一章 出師 1

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

紅葉御前のキャラ付け、私にはこう見えるという事で、受け付けない方いらっしゃるかもしれませんがご容赦。

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2022-05-18 21:13:36 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:557   閲覧ユーザー数:547

「兵学に長けた知り合い?」

 広間に集められた式姫達が、怪訝そうな顔を主に向ける。

 飯綱と白兎、悪鬼と狛犬などは、そもそも主の発言の意味も良く判らなかったようで、「へーがくってなんだ?」と言いながら不思議そうに顔を見合わせている。

 その面々に向けて、何やら説明を始めた天女と織姫の様子を愉快そうに見てから、男は、発言の意味が解った様子の式姫達に視線を向けた。

「ああ、人でも式姫でも良いんだが、皆の伝手(つて)の中で、その辺りに詳しい知り合い居ないか?」

 居たら紹介して欲しいんだ。

「兵学者ねぇ……こないだボロ負けしたからってんで、泥縄で軍師探しかい、大将?」

 先だっての戦で、追撃隊を指揮していた一つ目入道相手に力比べをやらかした際に折れた腕を吊った紅葉御前から、嫌味も無いが、遠慮もない声が上がる。

 ちなみに、相手の一つ目入道は、その際叩き込まれた紅葉の鉄拳を人中に綺麗に喰らって、怪我の治療など必要ない世界に旅立っている。

「ちょっと、紅葉さん、それは流石に」

 吉祥天が止めようとするのを、男は苦笑しながら制した。

「俺の耳には痛ぇが、ぶっちゃけてしまうと紅葉の姐ちゃんの言った通りだ、皆も俺に遠慮はしないでくれ」

 紅葉御前は発言もがさつに聞こえるし、問題への対処も腕力による解決に偏る気味はあるが、元々の鋭さもあり、大体その発言は正鵠を射て来る。

 彼女のそれは、都的な知性から見ればがさつにも見えようが、山の民の長らしい、端的で無駄のない、生に直結した物。

「そうそう、まーけーたー、って皆してお通夜みたいな顔してたって何にもなりゃしないよ、そうやって次は勝つぞって言いだしてくれる方がよっぽど良いやね」

 そう言ってにやにや笑っている紅葉の方に、男は苦笑気味の顔を向けた。

「そんな所だ、これまではみんなの力だけで何とかなってたが、そろそろ戦い方自体を考えないと駄目かと思ってな、ところで話のついでだ、紅葉は誰か良い知り合い居ないか?」

「ふぅん……あたしの知り合いで、軍師に使えそうなのねぇ」

 山の民は、朝廷や幕府といった権力側から見れば、化外(けがい)の民。

 逆に言えば、そういう表の社会から様々な事情で身を隠そうとする民を匿う事も多い。

権力闘争に負けた、陰謀に巻き込まれた、宮仕えが性に合わなかった……。

 事情は様々あれど、彼らのような存在を匿うのは、大きな国家という枠からはみ出した存在同士の連帯感だけではない、

権力の近くに居たという事は、彼らは国家を運営する為の、極めてまれな技術を持っている存在とも言える。

 それは政治だったり軍事だったり行政だったり、はたまた、医学算術天文農事といった知識であったりする、極めてまれな知見や能力を有する人々。

 そういう人々を受け入れて来た、山の民の長たる紅葉御前の知り合いの中に。

「ああ、そういう人は居ないか?」

 主の言葉に、紅葉御前はしばし考えてから渋い表情を浮かべた。

「そうだねぇ……まぁ、兵学者ってだけなら居なくも無いけど」

 そこで言葉を切って、虚空を睨んで顔をしかめる。

 人が築き上げた、最高峰の守りと言われた、あの城の防御の力に、そこに立てこもり、組織立って守備に就いていた手ごわい妖達。

「大将が探してるのは、あの城を落とせる奴だろ?」

「当面の目的としちゃそこだな、まぁ、それに留まらず、こっから先は、もっと規模のでかい戦も想定しなけりゃならんってのも有っての、軍師探しではあるんだが」

 やはり、この男が求めているのは、単純なその辺の戦争屋じゃないって事だね。

 そう胸の中で呟いてから、紅葉はらしくも無い、大きなため息を一つ吐いた。

「難しいねェ、そいつは」

「……やっぱり難しいか?」

 難しいね。

 もう一度そう呟いて、紅葉は頭を引っ掻き回そうとして、思わず骨折した方の腕を上げようとしてしまい、顔をしかめた。

「知った顔の中にそういうのは居ないでもないけど、その辺の田舎領主の小競り合いに似合いの奴なら兎も角、大将のやらかしてる、人間、式姫、妖怪、化け物、神さん仏さん何でもござれの、世界ひっくり返そうてぇ馬鹿騒ぎに付き合わせるのは、ちょいと荷が勝ち過ぎだよ」

「そうか……」

「ついでに言うとさ、仮にそういう凄いのが見つかったとして、大将はそいつに働きの代価は払えんのかい?」

「む……そいつは」

 確かにねぇな。

 妖怪退治の活動を始めてこちら、困ってる良民を助けた対価として報酬を受けたり、妖怪が溜め込んでいた持ち主不詳の財貨を頂戴したりはしており、昨今では、それらがかなりの収入に繋がってはいる。

 また、五行の畑から採れる作物のお蔭で、制圧地から租税を取り立てる類の行動をせずとも、彼女達が軍事活動に専念できるだけの糧食の確保は出来ている、いわば正当に稼いだ分の財貨や土地はほぼ利益となる状態。

 彼と式姫の活動にも、多少のゆとりは出来てきた。

 だが、それなりの人材に対して提供するには土地なり、恥ずかしからぬ地位や財貨が必要となる。

 

 彼の目的は、究極的には妖を鎮め、世界を浄め、大地の力たる黄龍を浄化し沈静化させる事。

 その為には、その土地で幸せに生き、定住し、その平穏な生活を祈り、感謝する為に、穏やかに神を祀る……そんな生き方をする人々を各地に増やしていくしかない。

 必然、民からの収奪や、戦争行為への物資供給による商売は手段として採れない、まぁ、そもそもが式姫を従えている時点で、そのような阿漕な稼ぎは行えぬものだが、商業活動がほぼ停止している今の時代では、そういう後ろ暗い稼ぎを抜きに一財産築くのは、かなりの難事。

 

「大将も判ってるだろうけど、人に面倒を頼むなら、何らか見返りを積むのが筋ってもんさ、人間使うってのは、あたしらみたいな、ちょいと浮世離れした連中を相手にするのとはワケが違うよ」

「確かにな」

 紅葉の言葉に、式姫達が渋い顔を浮かべる。

 だが現実は、彼女が指摘した通り。

 彼が今求めているのは、人も妖も全てを相手どれるような、幅広い知見を持ち、それに対しての策略を練る事が出来る存在。

 それだけの有為な能力を持ちながら隠棲している人材を探しだし、些少の報酬で動いてくれるように説得せねばならない訳だ。

 改めて、その困難な現実を突き付けられた男の顔に、微かだが落胆の色が浮かぶ。

 それを見て取った紅葉が、にやりと笑った。

「だからねぇ、んな雲を掴むような話よりは、もっとあたしらを鍛えて、力技でぶちのめした方が早いよ」

 迷っている暇が有ったら、力を蓄え、斧で一発ぶったたけ、結局はこれに勝るやり方は無いよ。

 相変わらず腕力上等の紅葉の言葉に、男は苦笑しながら、それでも同意しかねるというように首を振った。

「あの城はそれで落とせるかもしれねぇし、皆に今より力を付けて貰いたいってのもその通りだ、だが先々考えると色んな選択肢は持っておきたいのさ」

 剛良く柔を断つ力だけでは足りぬ、柔良く剛を制する力も共に具してこそ、長い戦いは続けられる物。

「成程ね、まぁ大将の考えは、上に立つ奴としちゃ悪かないとあたしは思う、そういうの見つけたら紹介するし、仲間にも見繕うように連絡しとくよ」

「悪いな、気にかけて置いてくれ」

 正直、人脈の豊富さからして、一番あてにしていた紅葉の線が最初に断たれたのは痛いが、男は努めてそれを表に出さず、静かな顔で再度一同を見渡した。

「あの城の攻略方法の模索は現有の戦力前提で進める、だが、その成否に関わらず、今後の事を考えて、軍師探しは継続して行うつもりだ」

 だから、皆も心のどこかに留めて置いて、何か思い出したり、噂でも耳にしたら、俺に教えてくれ。

「それじゃ、今日は集まってくれてありがとう」

 そう口にして、散会を告げようとする主の声を、静かな声が遮った。

「居るよ」

 

 常なら、若干騒がしいとすら感じる軽快な声が、今は重い響きを伴って、広間を圧した。

 静まり返った一同の間を、続く言葉が通り抜けていく。

「私、知ってる」

「おつの……貴女」

 雪女にして山神たるおゆきが、傍らの偉大な力を持つ天狗に目を向ける。

 この会が始まるまでは延々とおゆき相手に喋りまくっていた彼女の言葉が、男の、兵学者を探している、という発言以降、ぴたりと止んだのをおゆきは思い出した。

 おゆきが向けた視線の中のおつのの顔が、珍しく硬い。

「心当たりがあるのか。おつの?」

 こちらに歩み寄ってくる主に、おつのは、どこか切なげな眼を向けた。

「うん」

 居るよ……居るんだよ、多分、今、ご主人様が求めてる条件に適う、最高の人が。

 広い視野と様々な分野の知識を持ち、彼我の力を把握した上で、他勢力に伍して自分たちの国という物を構築できる構想力を備えた政治家にして戦略家。

 更に、それに留まらぬ、戦場での采配に長けた戦術家であり、自然、科学の知見にまで優れた学者であり技術者。

 ただ、余りに秀でたその知性ゆえに、その手に最後の勝利を掴めなかった。

 使い手を選び過ぎた、余りに鋭利なる、知の剣。

「おつの、差し支えなければ、その人を紹介してくれねぇか?」

「……うん」

 ごめんね、私の古い友達。

 

(私が宰相や軍師として振るった采配も、王者の師として行った教育も……覇者や戦場の勇者は生めど、結局、大王も王佐の才にて天下を治める将も育てられなかった)

 

 貴女の想いも意思も願いも、良く知ってる。

(所詮、私の知など、野心の炎を煽り立てて世界を焼き、この世に不幸を撒き散らす禍つ風だったらしい)

 世界の風通しを良くする程度はできるかと思っていたんだが、広大な世界を相手にするには、私のそれなど、所詮は下らぬ小才知だった……という事なんだろう。

 天狗が鼻高な醜悪で滑稽な姿に描かれるのも、今なら判る気がするよ、小才に溺れ世界を乱すだけの愚物など……。

 何と罪深い。

 そう呟いて世に隠れた、私の友達。

 私は、あの時……背を向けた彼女になんの声も掛けられなかった。

「紹介するよ」

 この世界に、人に、何より自分自身に失望して世に隠れた彼女を。

「でもね、ご主人様、私は彼女を紹介するだけ、口添えもしないし、彼女がどういう人かも、私の口からは教えない」

「おつの?」

 私の言葉に訝しむ彼を、じっと見る。

「対座し、話をして……」

 おつのの顔が厳しい、陽気で歌とおしゃべりを愛する式姫では無い、彼女の持つ、もう一つの。

「ご主人様が彼女を見定め、そして彼女も同時にご主人様を見定める」

 修験道の開祖と言われる存在の表情がそこに在った。

「彼女は厳しいよ……場合によっては何かの試練を課されるかもしれない」

 仮借なき精神と肉体への試練の果てに、何かを得ようと生きて来た人々の長が、厳粛な顔を彼に向ける。

「それで良いなら、紹介するよ」

 常にないおつのの表情と言葉に、男は少し考えてから緊張した面持ちで頷いた。

「頼む」

 いかなる試練があるやは知れぬが、必要な事なら自分はただその事に虚心に当たるのみ。

 ここまで歩いてくる中で、式姫達が、そう教えてくれた。

 何か考える事は大事、でもそれが未来を閉ざす類の思考であるなら、それを投げ捨てて前に進む事も時に必要なのだと。

 しばし、その表情をじっと見ていたおつのがにこりと笑う。

「判ったよー、それじゃ今から話をしてくるねー、夕飯には戻るから、私の分も忘れずにちゃーんと作っておいてねー」

 とんとん、と軽やかに駆け出したおつのが、縁側を軽く蹴ったと見るや、鮮やかな紅の翼をはためかせた華奢な体が空に舞い上がる。

 一人空を飛ぶ、そのおつのの表情が少し硬い。

 今から私がする事は、彼女の思いを裏切る事なのかもしれない……こんな形で会いに来た私を、彼女が受け入れてくれるかも定かでは無い。

 でも……お願い、ご主人様。

 彼女をもう一度、迷いながら多くの命が生きる、この世界に呼び戻して。

紅葉御前:腕力上等、斧で一発ぶったたけは名言


 
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