No.1072209

艦隊 真・恋姫無双 159話目 《北郷 回想編 その24》

いたさん

桂花の活躍

2021-09-16 20:26:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:702   閲覧ユーザー数:687

【 混迷 の件 】

 

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

『キ、貴様達ハ───ッ!?』

 

 

狼狽するしながらも、必死に現状を把握すべきと問い掛ける南方棲戦姫に、躊躇することなく管理者たちは答えた。 

 

 

『ふん…………左慈だ……』

 

『愛を尊び、義を知る、天下絶世の美貌を持つ漢女にして、ご主人様の愛の奴隷。 その名は貂蝉よぉん、うふっ!』

 

『だーりんの熱き志、そして大事な貞操を守る知勇兼備、容姿端麗を誇る謎の巫女、それが儂こと卑弥呼なりッ!!』

 

『さて、最後に私ですね。 私は愛する左慈と共に外史を管理する者、そして自称〈時の狭間を渡る眼鏡の美少年〉の于吉と、呼んでいただければ………』

 

 

前の姿と完全なる別人と言わざる得ない、筋骨隆々な偉丈夫、魁梧奇偉、容貌魁偉の姿と裏腹に、狂逸を遥かに超えた服装と漢女チックな言語を語る怪人物。

 

先の紹介した者と比べても、負けず劣らずの体躯、服装、話す内容が何かと怪しい、巫女を自称する変人。

 

そして、一見普通に思える少年達だが、海上に通常の状態で立っているだけでも分かる異常性。 更に眼鏡の少年が語る内容が、既に常軌を逸するのを聞けば理解できた。

 

そんな怪しげな者達が、かの南方棲戦姫の前に臆せず近づき、一人を除き些か食い気味に自己紹介を行う。

 

問い掛けた南方棲戦姫も、まさかこうも簡単に自分達の素性を喋るとは思わず、しかも鬼気迫る勢いで熱く語って来るために、つい腰が引け気後れしそうになった。

 

だが、それだからこそ、疑問を懐く。

 

 

『………深海棲艦ノ中デモ……上位ニ位置スル……私達ヲ……コウモ容易ク……跳ネ退ケル……実力者ドモガ! 何故……人間ナドニ……付コウトスルッ!? アンナ……弱者ナドニッ!!』

 

『言っておくが………俺はアイツが嫌いだ! いつか必ず、ぶち殺してやるッ!!』 

 

『──────!?』

 

 

その内の一人、左慈より衝撃的な発言が聞こえ、思わず驚く南方棲戦姫。 だが、衝撃で固まる彼女を無視したまま、暗い表情でそのまま話を続ける。

 

 

『過去のアイツは……俺の望みを邪魔した! 俺は破壊を目指し、アイツは再生を望んだ! 機会があれば……アイツを、北郷を、今度こそ殺してやりたいほどに、な!』

 

『……ナラバ……私達ト……手ヲ結ベバ……』

 

 

利害関係が合うのならと、南方棲戦姫は仲間に引きづりこもうとするが、その左慈はにべもなく断る。

 

 

『貴様のような奴と手を結ぶ? ハッ、お笑い草だ!』

 

『………!?』

 

『俺はアイツを認めん! アイツのやる事なす事なんて、全部気に食わん! あの馬鹿のため、どれだけ苦労させられたか! ふん、貴様に愚痴たところで仕方ないがな!』

 

『ナノニ………何故……私達ト………手ヲ結ベナイ……?』

 

『……少なくともアイツは、貴様なんぞより強い!! あの煩わしい人形共を護り、この俺を相手に一人で立ち向かうほどにな!! だからこそ、俺が殺す意味がある!!』

 

 

それだけ話すと、左慈は腕を組んで横を向く。 どうやら語り過ぎたと後悔している様子である。 そんな左慈の頬を指でつついた于吉は殴られ、海上高くに吹き飛ばされたが。

 

無論、南方棲戦姫からの誘いの手が、今度は于吉達に伸びると思いきや、そんな誘いは一切無い。 

 

 

『まぁ、私は左慈一筋ですから。 例え誘われても、断りの一択しかありません。 当然の結果ですよ』

 

『儂もだ! だーりんを裏切る気ような尻軽でないからな! 儂もだーりん一筋よッ!!』

 

『私がご主人様達に敵対しようなんてぇ、こぉれぇぽっちも思ってないわよぉん!! でもぉ、声を掛けられないのは寂しいじゃない!? ちょっと酷いわぁよぉぉぉ!?』

 

 

その理由を、南方棲戦姫は答えない。 

 

幾ら助かりたいためとは言え、どう考えても不味い相手を下手に誘い、もし連れてきたら………そう思うと強烈な悲壮感に襲われ、とてもじゃないが食指を動かす気になれなかった。

 

これを正直に言えば………間違いなく南方棲戦姫は終わるからである。

 

 

『あら~ん、どぉうしたのかしらぁ? この娘(こ)、私の方を向いて気絶しちゃたわよぉん?』

 

『当然ではないですか。 初見で失神しない強者の方が珍しいのですから。 まあ、そんな些細な事より、アナタの美は既に人外を超えていると、まだ自覚していないのですか?』

 

『まあッ!? 私の美貌はぁ国の垣根を越えて大陸中に広まっているのは知っていたけど、まさかぁ……既に種まで超越していたなんてぇ!! 貂蝉、大感激ぃぃぃッ!!!』

 

『な、何をほざくぅ! 貂蝉の青臭い若さだけの美貌より、美肌を保つため何十年も研鑽し続け、遂には熟成し艶容な美貌へと至る、この儂の方が何倍も優れておるわぁッ!!』

 

『くそッ! 胸糞悪いッ!! これだから分岐する外史なんか余分な物、俺が破壊できれば────!!』

 

 

当事者を置いてきぼりにして、貂蝉と卑弥呼、于吉と左慈の間で、取るにも足らない討論を真剣に繰り広げていた。

 

だが、少し違うのは、気絶と貂蝉が指摘している南方棲戦姫の症状。 これはあまりに異様な事が多すぎて、動揺と恐怖のあまり動けなくなっただけ。

 

あの狡猾な南方棲戦姫にしても、この現状を正確に把握することもできず、ただ無様に固まるしかなかったのだ。

 

 

『(ア……アンナッ……怪物達ガ……居ルナンテ……報告ニハ……無カッタ! 一体……ナニガ……ドウ……ナッテ……!?)』

 

 

赤い艦娘の真の姿を見た衝撃もあるが、それと同時に、自分が画策していた結果と、かなり剥離してきた現実とのギャップに、南方棲戦姫の精神的打撃に因る硬直は続く。 

 

彼女の計画ならば、姑息な艦娘達の行動を逆手に取り、主要な者達は切り札と強襲により壊滅。 あとは残敵を一蹴し、北郷と連なる者達を完全に消し去る予定だった。

 

それが、敵の邪魔を排除するごとに、どんどんと阻む者が手強くなっている。

 

 

これでは、まるで─────

 

 

頭に過る答えを口走ろうとした南方棲戦姫。 

 

だが、背筋を嫌な悪寒と強烈な不快感を感じた彼女は、答えを出す直前で思考を中断。 固まる我が身を無理に動かし、発生原因の背後へと視線を向けた。

 

 

『ふふふ、いいわねぇ。 一刀に悪いから抑えていたけど、敵とはいえ美少女が苦痛に悶える姿、困惑する表情。 幾星霜を経ても………やはり、そそるものがあるわ』

 

『か、華琳さまぁ~~! ああ、あんな奴に華琳様の寵愛を奪われようとは……華琳さまぁぁぁぁ!!!』

 

 

そこに見えるのは……南方棲戦姫に提案を持ち掛けた小柄な少女、そして砲撃を食い止めた大剣持ちの美女。 

 

ただ、美女の顔が泣きそうな顔なのに対し、蕩けそうな愉悦に浸る笑顔を向けている少女。 早い話が春蘭と華琳であるが、二人の関係や性癖などの説明は別に不要であろう。

 

因みに言っておくが、幾ら《江◯三國志》を熱心に愛読する彼女であっても、同性で絡み合う趣味など無い。 と言っても、深海棲艦に異性が居るかどうかなど知らないが。

 

だが、南方棲戦姫を不快にさせたのは、華琳達だけでは無い。 周囲を囲む将兵を掻き分け、南方棲戦姫の数歩前まで近づき、黒い笑みを浮かべる猫耳頭巾の少女。

 

 

『ふん、《深海の魚、悠久の重みを知らぬ》とでも言うべきかしら? まあ、アンタに《生兵法は大怪我の基》とか言っても、意味なんて分かんないでしょうけど』

 

『……………』

 

『ふ~ん、本当に分かってなさそうね。 ならば、言い換えましょうか。 アンタは、この私との知恵比べに、負けたのよ。 弱小と蔑む種族に……ねぇ?』 

 

 

その言葉で、少し前に南方棲戦姫が忘れていた答えを思い出させた。 あまりにも都合の良すぎる展開、計画的な……いや作為的な事象の数々。 これは即ち───と。

 

しかし、圧倒的な実力差を弁えさせる覇気と共に生じた声が、南方棲戦姫の気高い自尊心を大いに傷つける。

 

 

『ねえ、どんな気持ち? 散々、羽虫のように見下してきた相手より、無様な有り様で手玉に取られたという実感……どんな気持ちなのよ?』

 

 

 

◆◇◆

 

【 意図 の件 】

 

〖 南方海域 南方棲戦姫側 にて 〗

 

 

南方棲戦姫は、最後に勝つのは自分だと、固く信じていた。

 

通常、深海棲艦のボスは、己の支配下である海域の海路へ配下を置き、敵する艦娘達を弱らせてから迎撃するのが通常パターンであり、必須の慣例でもあった。

 

ところが、この南方棲戦姫は深海棲艦でも異質の存在。

 

『鬼』として生まれ出たのに、数々の戦いの末『戦鬼』としてパワーアップし、それから更に戦果を挙げ、深海棲艦として唯一の称号『戦姫』を名乗る強者と化したのだ。

 

また、戯れで生かした三本橋との出会いにより、かの名著《江◯三國志》を読破して心酔、他の深海棲艦達に読ませ腐教(布教)し、ことごとく虜にした伝道者でもある。

 

故に、通常の深海棲艦が行わない、情報収集や謀略を重きにおき、相手を嵌めることが好んだ。

 

だから、初めて三国の軍勢と接敵、撃退された後、捨て駒同然の三本橋や深海棲艦を使嗾(しそう)し、二度にわたり大規模な進撃を実行に起こしたのだ。 

 

 

一見すれば、闇雲に攻撃しただけのように思われるが、その裏では艦娘達を轟沈させる布石を二つ打っている。

 

一つは、三本橋の攻撃の際に《 潜水カ級 》を秘密裏に潜航、戦いの最中に艦娘陣営へ潜り込みませた。

 

情報収集は勿論のこと、深海という通常の艦娘では察知できない場所からの奇襲攻撃と、利用価値は計り知れない。

 

 

もう1つは、艦娘陣営に現れた三国の将兵を消滅させる事。

 

これは、三本橋の本棚にあった趣味の書籍より得た知識であったが、概要で言えば《 召喚された者は、何らかの力で現出し、召喚主に応じる》とあった。

 

参考文献に《聖杯◯争》やら《遊◯王》やらの言葉が並ぶが、関係ないため全部無視されたが。 もし、この単語を深く追究すれば、より深く教えが広まったかもしれない。

 

 

閑話休題

 

 

兎に角、南方棲戦姫は布石を上手く連動させ、北郷達を壊滅せんと図った。 

 

 

『( アノ軍勢モ……何ラカノ《 チカラ 》デ? ナラバ……限リハ……有限。 有限ト考エ……存在維持ヲ……不能マデ……追イ込ムトスレバ………!? )』

 

 

現在の被害は、捨て駒の深海棲艦のみで被害は軽微。 

 

このまま北郷や艦娘の艦隊を見逃し、後で海域を奪回すれば、他の鬼や姫級の深海棲艦からの執拗な責任追及も、南方棲戦姫には容易くかわせる自信も実績もある。

 

たが、たかが下等生物である人間の提督、そして群がる練度が自分より遥かに低い艦娘達に、尻尾を巻いて逃げるのなど、非常に腹立たしい行為だった。

 

それに、あの軍勢と再度出会った場合、また撤退では仲間内で肩身が狭くなるし、これ以上の強さも望めない。 

 

それに、もし勝てば……更なる勢力拡大と強さが入る可能性があった。 姫級も超える……誰も成り得なかった更なる上級の称号に、だ!

 

 

───結果、作戦は成功した。

 

 

潜り込んだ《 潜水カ級 》の通信より、待望の知らせが報告されたのだ。 内容は【 三国ノ軍勢……長ニアタル者……《 自壊消滅 》……述ベル様子 ……見タ……】とのこと。 

 

念を押せば【 観察力……気配遮断……某家政婦並ミ。 内容ハ……完全。 心配……無用】と返ってくる。 

 

 

『(【 某家政婦 】………? )』 

 

 

その意味を南方棲戦姫は理解できなかったが、とにかく凄い自信だと納得、追加の情報収集を促した。

 

そして、次の日には【 三国……将兵……消滅 】という報告が入り、南方棲戦姫が何度も事実確認したのち、今までの溜飲を下げんと、精鋭の配下と共に意気揚々と参戦したのだ。

 

勿論、その後も情報収集は継続され、艦娘側が目指す乾坤一擲な作戦も完全に筒抜けとなり、そんな艦娘達の虚を衝いた彼女の手により、作戦は潰さるのは当然の結末。

 

 

『コレデ……阻ム……艦娘達モ抑エ……北郷ヲ……!』 

 

 

猛攻を重ねるも、不沈艦と化した漁船。

 

艦娘達の希望であり、象徴とも言える北郷一刀。

 

 

邪魔者は謀で消え去り、阻む艦隊を実力で捩じ伏せた南方棲戦姫は、ほくそ笑みを浮かばせ最後の止めを狙う。

 

南方棲戦姫を阻む者など、今は僅かであり、逆に彼女の味方は多数。 正に鎧袖一触で勝敗が決まると、信じていた。

 

 

 

 

─────だが、彼女を待ち受けていたのは、北郷一刀ではなく、別の異形なる怪物達であったが。 

 

 

 

◆◇◆

 

【 実態 の件 】

 

 

桂花より煽られた南方棲戦姫は、上位種しての自尊心を甚く(いたく)傷つけられたせいか、普段の端正な顔とは違い、憤怒と憎悪で醜く歪んだ。

 

その様子に、桂花の後ろで立つ華琳の顔色が、興奮のあまり更に赤みを帯びるのは、全くの気のせい……ではなく通常運転であろうと思われた。

 

同じ三国というのに、どこかの無双ゲーム如く自重を促す者が皆無のため、華琳の欲求不満が天井知らずで高まる。 

 

早く誰かに止めてもらいたいところだが、言い出す者は誰も居ない。 だが、華琳の閨で何度も過ごしてきた桂花には、華琳の状況なぞ手にとるように分かるらしい。

 

 

───アレは、不味いと。 

 

 

だから、戯れるのは止めて、別の話へと切り替えた。 

 

勿論、側に控える春蘭に目配せは一応したが、果たして当てになるかは全くの不明だが、居ないよりはマシ。 いや、その前に目配せに気付いかどうかも怪しいのだが。

 

そこまで考えた桂花は、まず目の前の敵に意識を集中する。

 

どういう【 結果 】かは既に決めているが、それまで過程は個人の裁定で自由。 だから、桂花は得意分野へと移行する。

 

 

『戦略、戦術、謀略、諜報……それなりに出来るのは理解できたわ。 だけど、ね。 アンタのような小娘に昼夜を分かたず戦に明け暮れた私達を謀るなんて……まだ早いのよ!!』

 

『……………グッ!!』

 

『前に言った《算多きは勝ち、算少なきは勝たず》の意味、その脳筋の頭でも理解できたと思うけど。 それとも、掌で転がされるだけじゃ、まだ不満足だった?』

 

 

桂花の放つ言葉に、大抵の者なら反論の余地は無い。

 

これが、どこぞの馬の骨が相手にするなら、嘲笑うなり反論なりで黙らせるのだが、既に凡その正体は理解できていたからだ。

 

古代大陸で恒久に続く歴史の一幕を飾る、華やかで苛烈な修羅の時代を生きた英雄達。

 

彼女達は統一国家と名ばかりの国に生まれ、権謀術数の渦巻く中で育ち、数々の修羅場に身を置き、武を、智を、富を高め、数十年の月日を天下泰平にと目指したのだから。

 

それが、己らの未知の力を嵩にかけ、格下の人類よりシーラインを強奪し占拠、夜郎自大の態度で敵対する深海棲艦が、どうして敵うといえようか?

 

無論、英雄と言えど華琳達は元は人であり、当然ながら人類など歯牙にもかけない深海棲艦との戦力差は、本来なら比べられる筈がない程の暴論であることは百も承知。 

 

しかし、その溝を埋める《 モノ 》が居れば、評価を覆すのは容易いこと。 対等の存在となれば、経験差の多い方が勝つ。 それは、当然の結末だった。

 

 

『マ……待テッ!』

 

『何よ、勝敗なんて既に付いてるわよ。 ふん、アンタなんか何時までも構っている暇なんて無いの。 ほらっ、早く彼処に居る化物達と一緒に戯ればいいじゃない!!』

 

『敗者……ナラバ……コソ……尋ネタイ! ドウシテ……』

 

 

南方棲戦姫は口を開き、桂花に尋ねる。

 

聞きたいのは、敗戦の理由か? 

 

それとも、その力の源か?

 

 

しかし、南方棲戦姫が述べる前に、他の者が口を開いた。

 

 

『《 敗軍の将は兵を語らず 》というのに、見苦しいわね。 いい加減に諦めたらどうなの?』

 

 

 

◆◇◆

 

【 激震 の件 】

 

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

口を開いたのは、華琳である。 

 

ちなみに、すぐ横には大剣を構えて、『御命じられれば直ぐに斬ります!』と言わんばかりに、目を血走らせて殺気立つ春蘭の姿があった。

 

 

『敗戦を己の教訓として生かし、更なる向上を図る志は良し。 しかし、この場で処分される罪人に、どうして私達の内情を教えると思っているの?』

 

『………英雄ハ……英雄ヲ知ルト言ウ。 ソノ理由ヲ……死出ノ……土産トシテ……教エテ貰ッテモ………』

 

 

先程の高慢な態度と一変し、殊勝な態度で接する南方棲戦姫。 誰が権限を持つか知った上の豹変であろう。

 

華琳を見た際に頭を下げ、その様子は借りてきた猫のように大人しく、実に神妙な立ち振舞いであった。

 

そん中で、桂花が口を挟む。 

 

 

『私としては、話せる部分であれば一向に……』

 

『………………そう、いいわよ。 この策の全体像を把握しているのは桂花だけだし、私の寵愛する桂花なら大丈夫でしょう。 選択を誤る目など持つ筈が無いのだから』

 

 

いや、本来なら桂花への問い掛けであるから口を挟んだのは華琳であるが、立場の都合という事と軍事機密の漏洩に関わる事だから、どうしても最終責任者に移行する話だ。

 

華琳の許可無しで、自分の意見を述べるのは無礼な行為であるのだが、誰も咎めようとはしない。 まあ、華琳本人が咎めないのに、臣下が言うのも可笑しな話であるが。

 

 

南方棲戦姫は、変わらず神妙な態度で片言の礼を桂花に掛けた。

 

 

『………礼ヲ……言ウ……』

 

『いいわよ、表面上の礼なんて。 こちらだって、利する物はあるんだから。 それが最高の礼になるわよ』

 

『…………確カニ………』

 

 

そう南方棲戦姫が呟くと、双方で嗤う。 

 

第三者から見れば、何か企んでいると思わせる表情で、どちらも相手の失敗を望んでいるのが丸分かり。

 

桂花が説明できると言う部分を話し、南方棲戦姫も納得し聞き始めた。

 

 

 

───それから僅か数分。

 

 

明らかに、南方棲戦姫の機嫌が悪い。

 

 

『大体、軍の後ろで待機して、敵が来るまで無策って馬鹿なの? 普通は情報収集して相手の動きに合わせ、此方も変化しなきゃ勝てる戦いも勝てないじゃない!?』

 

『イヤ……コレガ……深海棲艦ノ……戦イ方……』

 

『ふん! 前例、慣例と頭が固い石頭は直ぐに言い出すのよ! 時の変化は万事流転、戦は水物と考えれば直ぐに分かるのに! 過去に拘れば臨機応変に動けないじゃない!』

 

『ダガ……艦娘ガ……生キ残レタノハ……奇跡デハ……』

 

『アンタ馬鹿ぁ!? 奇跡を待つより捨て身の努力、奇跡ってのは、起こしてこそ初めて価値が出るものなのよ!!』

 

 

桂花が語るのは、如何に南方棲戦姫の戦術が稚拙で不味いのかの検証。 それはそれは、駄目押しのオンパレードが続き、酷い言葉が雨後の筍の如く南方棲戦姫を突き刺す。

 

 

そして、更に───

 

 

『諜報能力の高さだけは素直に敬服するわ。 現にアンタからの諜報員は、何処に紛れているのか分からないから、最大限に警戒したわよ。 まあ、対処できたから良いけど』

 

『…………………』

 

『それでも、蜀や呉以外で、こんなに警戒する事なんて今までなかった。 実に不本意だけど、その手腕は見事だったと、主である華琳様、そして軍師の私も言わざる得ないわ』

 

 

今まで罵倒され、苦悶の表情で睨み付ける南方棲戦姫に向かい、桂花は彼女を誉め讃える。 

 

因みに、どう南方棲戦姫の背が高いので、艤装が邪魔にならない範囲で座り込み中だ。 間違っても、反抗期の子供が母親に文句つけている様子を想像してはいけない。

 

そんな中で突然の褒め言葉を聞き、強張っていた南方棲戦姫の表情が……若干ながら緩んだ。 飴と鞭でいう飴である。

 

すると、次には───

 

 

『だけど、その後の対策は何なの? よくあれで諜報や謀略とか挑んだわよ。 ハッキリ言って意図はバレバレ出し、部下の把握はお粗末、しかも偽情報に踊らされるなんて』 

 

『ソ、ソレハ……モット……詳シク………』

 

『ふん、残念ね! これは機密だから、アンタに教えられないの! そんなに教えて欲しければ、アンタが斬られて首になったら教えてあげるわよ!!』

 

 

鞭の次に飴、そして飴の次には、一気に泰山流千条鞭並みの鞭を打ち込む《 気分を上げてから落とす 》という高等テクニックまで使用、南方棲戦姫の忍耐をゴリゴリと削る。

 

それを見ていた華琳さえ、うっとりとした笑みを浮かべて、桂花の優れた難詰の様子に感嘆する始末。

 

 

『成る程………上げてから落とす。 感情の高低差が広がる分、その心理的衝撃は著しく深く激しい。 春蘭に行ったら面白そうだけど、後の慰めが大変な事になりそうだわ』

 

『…………華琳さまぁ……』

 

 

そんな罵詈雑言に耐えながら、南方棲戦姫は強く、強く思う。 敗者として抗えないのを良いことに、罵声を浴びせる桂花に強烈な殺意を抱く。

 

 

『(………傷ツケ……ラレタ……コノ矜持! 十倍……イヤ……ソレ以上ニ……返シテヤルッ!!!)』

 

 

南方棲戦姫が罵声を浴びせられ耐えるのは、既に情報が行っているであろう、虎の子である精鋭の配下から、援軍が訪れてるのを今や遅しと待っていたのだ。

 

確かに、あの怪物達には敵わないのは目に見えている。 

 

だが、数十の精鋭か集まり戦えば、逃走する足止めぐらいはできると踏んでいた。 だから、その分だけの時間稼ぎをしなければと、短気な彼女にしては珍しく卑屈になれたのだ 

 

そして、逃走するついでに、目の前で罵倒する腹立たしい人間を攫(さら)い、今度は此方から逆に数倍返しで弄りまくってやると、黒い欲望を滾(たぎ)らかした。

 

 

★☆★

 

 

更に時が経過すること……数十分後。

 

 

『お、おいっ! こんな時に新手かよッ!? 早く、知らせな───おいッ!?』

 

『落ちつかなきゃ~、落ちつかないとぉ。 わ、《 ワイン 》を呑んでぇ落ちつかないとぉ。 《 ワイン 》はPolaに勇気をくれ────痛ぁああああッ!!!』

 

『あれほど呑むなと言ったのに、この愚妹はッ! あっ、天龍さん、Sono costernato!!( 大変申し訳ございません!! )  本当に、本当に、まったく聞き分けの無い妹でッ!!』

 

『こんな危機的状況の中で、ザラからの鉄拳を恐れず酒を呑もうとする覚悟! グ、グレートだぜぇ……ポーラ!!』

 

 

騒ぎ立つ艦娘達が向く方向には、遠方より水飛沫を上げて近付く一団。 いち早く見つけた天龍、ポーラが騒ぎだし、その恐慌は少しずつだが、確実に伝播して士気を下げていく。

 

まだ遠くて敵か味方が不明であるが、先の戦いで損傷した艦娘達は最悪の事態に臍(ほぞ)を噬(か)まざる得ない。

 

 

『…………仕方あるまい。 決死隊を募り、奴らを通さないよう迎撃する! 誰か、私と共に続く艦は居ないかぁ!!』

 

『No way!(まさか!) 長門!?』

 

『……すまんが、これしか方法が無いのだ! 後は任せたぞ、親愛なる貴婦人殿!!』

 

 

長門の呼び掛けに数隻が集まり、艦隊を急ぎ編成し特攻するタイミングを窺う。 未だに黒い塊にしか見えない距離だが、目視しで確認できただけでも数百は居るだろうか。 

 

大軍勢のためか進軍速度が遅く、思ったより余裕があるのが救い。 その呼び掛けにバラバラと集団より抜け、知り合い達と集まりつつあった。

 

因みに、ポーラは飲み過ぎ、ザラと天龍は皆の護衛とポーラの監視で待機を命じられ、三隻は非常に機嫌が悪かったようである。

 

そんな集団の中にネルソンを見つけ、声を掛けに近付くが、あの豪放磊落な彼女が小さく溜め息を吐いている。 思わぬ仕草に長門は驚き、直ぐに自分の背へ隠しつつ問いかけた。

 

 

『………どうした?』

 

『………いやな、この国に来てBuy time(時間稼ぎ)をやることになるとは思わず、こんな事になるのなら……もう少しニホンシュをLadyと共に呑んでおきたかったと、後悔していた』

 

『嫌なら無理をしなくてもいい。 これは命令で行くものじゃないんだ。 誰かを、愛する者を護らんと欲する、その尊き志を胸に抱き覚悟を決めて行う、重大な責務だからだ』

 

 

華琳と同じ場所に居るウォースパイトの姿を、哀愁を含んだ瞳で名残惜しげに見るネルソン。 そんな不憫な様子に武士の情けと長門が、やんわりだが退去を勧めた。

 

本来であれば、ネルソンほどの戦力なら、最前線で十分戦えられる実力を持っている。 共に前線で戦えるとなれば、現状では最高戦力の一隻であり、是非加わって欲しい存在だ。

 

だが、彼女は救援しに来てくれた艦娘の一隻。 早く言えば、部外者だ。 轟沈覚悟の泥船に乗せるのは、あまりに後味が悪過ぎた故に、この言葉を掛けたのだった。

 

だが、何故かネルソンの決意は揺るぎらない。 先程の弱々しさを感じさせない強い口調で、自分の意気込みを語る。

 

 

『大切な誰かを護りたいという心情はCommon across the world.(世界中で共通している) それは余もナガートと同じ、後悔はあろうが止めるわけにはいかん! それに……』

 

『……………?』

 

『この名を継承したならば、言ってみたいではないか。 余の最後に《 I played my duty( 余は余の義務を果たせり ) 》と。 先に逝った者達に自慢話として語ってやれる』

 

 

本気でそう思っているのか、それともネルソンなりの強がりだったのか。 それは分からないが、彼女自身が意見を覆さなければ、仕方がない。

 

そう考えた長門は納得こそ出来ないが、ネルソンの心意気を無に返すのも悪いと考え、言葉少なめに頷くしかなかった。

 

 

『………そうか』

 

『だがら、ナガートよ! あの世で会ったら、余の酒盛に付き合ってもらうぞ! どちらかが酔い潰れるまでな!!』

 

『………ふっ、仕方ない! ネルソンを酔い潰すまで、付き合ってやる!!』

 

 

ネルソンからの誘いに強気な態度で応えた長門は、態度とは裏腹に、心中で密かに感謝するのであった。

 

 

★☆★

 

 

待ちに待った念願の援軍が訪れたと知り、南方棲戦姫が高笑いを始めた。 あれだけ散々馬鹿にされたのだ。 その鬱憤は思っていた以上に溜まっていたようである。

 

そんな狂気に染まった南方棲戦姫だが、彼女自身は自分は冷静であると信じていた。

 

現に、拠点に残されている兵力を数百と頭の中で確認し、この時間稼ぎ後の逃走先を何処にするかという思案も、この後に行う予定であったのだ。

 

だが、あの毒舌で彼女を責め立てた桂花を見ると、つい高揚感に浮かれ先程までの考え事さえ忘れ、昔よくやっていたドヤ顔を久しぶりに行いつつ、桂花へ言い放った。

 

 

『アハハハハッ!! 私ノ……援軍ガ……救援ニ……来タゾ! コノ……南方棲戦姫ノ……戦力ヲ……甘ク見タ報イダ!!』

 

『そう、これが……アンタの最後の切り札って奴?』

 

『ソウダ! ダガ……今ノ……オ前達ニ……防ゲルカッ!?』

 

 

思っていたとは違う桂花の冷静な反応に、違和感を若干感じたが、それだけ絶望感が強く反応が鈍いと考え、そのまま違和感を気のせいとして流した。

 

今の南方棲戦姫の周りに居るのは、桂花、華琳、春蘭、そして十数人足らずの魏兵が囲む。 

 

例の四人は、何やら揉め事を起こして口論していたので………戦力外を通知しなければいけない。 

 

後は、少し離れて、損害があって待機している艦娘達。

 

だが、中には仲間を護るため、自主的に前へ進出し防波堤になろうと試みる、気概ある艦娘も居るが、防ぐきるのは完全に無理なのは百も承知である。

 

あくまで、少しでも先制して敵の数を減らし、生き残りを増やそうと考えた苦肉の策であった。

 

今、把握できる戦力差では、南方棲戦姫の言う通り無理……とは言えないが、多少の被害は出る。 その混乱を利用して、南方棲戦姫は逃走できる可能性は広がると言えるだろう。

 

 

『ぷふ、ふふふ………』

 

『何ガ……可笑シイッ!!』

 

 

しかし、この状況に陥っても桂花は慌てなかった。 

 

いや、寧ろ、南方棲戦姫を見ながら笑いを堪えるため、思わず頬を膨らませている弊害に陥る始末だ。 思わず南方棲戦姫でなくても、怒鳴りたくなるもなるのも分かる。 

 

だが、桂花にも言い分があった。

 

 

『ったく、本当にアンタと対峙してると、面白い行動してくれるわね。 よく見てみなさいよ、あの集団を………』

 

『フッ………何ヲ……分カラヌ事ヲ───ンッ!?』

 

 

南方棲戦姫が面倒臭そうに、それでも律儀に立ち上がり軍勢の方向を望むと、ある物に気付き愕然と膝を崩す。

 

 

南方棲戦姫が見たのは───牙旗。

 

軍勢の中から挙げられた『蜀』『呉』『魏』の牙旗が、天に聳え立つよう高らかに掲げていたのであった。

 

 

 

 

【 余話 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊 にて 〗

 

 

管理者達が名乗りを上げた後、各々の事情で揉める事になり、戦力外通知になったのは記憶に新しい。

 

だが、内容はボツ……ゴホン、秘密裏という事で秘されてしまったが、最後に記載をさせて頂く。

 

以下は、その口論の内容である。

 

 

☆……貂蝉、卑弥呼

 

★……于吉、左慈

 

 

 

☆『ふはははは………見よ、貂蝉! あの者達が儂らに怖じけておるわ! 好きなオノコを狙う泥棒猫が出ぬよう、常に名乗りを上げ牽制するのは、麗しき漢女の嗜みぞ!!』

 

『そうかしらぁ? そんな束縛行為はぁ逆に離れて行く要因と思うけどぉ。 愛するからこそ見守る愛、こんな慎ましくも可憐な愛情表現だって、案外大事なことよぉ~?』

 

『だから、お前は阿呆なのだ! どんな小さな禍根も断ち、好きなオノコを破廉恥な誘惑より護る! それこそが、東西南北中央不敗、スーパー亜細亜と言われし儂の情愛よ!!』

 

『分かってないわねぇん。 積極的な行動はぁ愛しい人を怯えさせる・だ・け。 だから……然り気無く見守りつつ、ピンチの時に駆けつければ、好感度は爆上げするわよぉ?』

 

『ふん! 生ぬるいわッ!! それこそ優柔不断な惰弱的行為よ! 良いオノコは多数の恋敵より既に狙われている身、ここで猛アピールせず王者の風を吹かせられるかッ!!』

 

『うふっ、荒々しい激流を制するのは、何も流れない静水なのよぉ。 激流に身をまかせ同化する……如何に相手からの攻勢を受け流し、それに乗じて愛しき人への力になるわぁ!』

 

 

 

★『くふっ………左慈の隣に並ぶ者は、この于吉であると宣言した以上、こちらの外史にも認められたも同然。 これで、我が至高なる野望が……また一歩、完成に近付けましたね』

 

『おいッ、于吉! 話が違うじゃないか!! この外史へ俺達を固定するのに個々の名乗りが必要だと、俺にほざいていやがったのは真っ赤な嘘だったのかッッ!?』

 

『まさか、私が左慈に嘘をつく訳がないでしょう。 ただ、重要性の相違ですよ。 この外史への確立なんかより、先に貴方との婚姻を優先するのは当然の───ブベラッ!?』

 

『この、変態野郎がぁ!! お前がッ!  諦めるまで!  殴り続けて、やるッ!!!』

 

『わ、私の心と行動に……一点の曇りなし……!!  全てが左慈への〈愛〉で───』

 

『この馬鹿野郎が!! お前に俺の心は永遠にわかるまいッ!!!』

 

 

 

 

それを見ていた艦娘達の会話。

 

 

『あの人達って、何でぇPollo(馬鹿正直)に素性までぇ名乗るんですか~? 酔っぱらってでも~いるんですかねぇ~?』

 

『いつも酔ってる、お前なんかに言われたくなんかねぇだろうが! あれはな、名前を知っても轟沈させるから意味なんて無いとかいう、ハードボイルド的な奴だぜ、きっと!!』

 

『………………案外、自己紹介をする手間を省けるためじゃないの? なんか、日向さんと同じ面倒臭い感じがする………』

 

 

 

 


 
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