荷物持ち、追加制裁と、すっかり加藤君をこき使うモード全開の私達。
楽しくなりそうだし、いいんだいいんだ。
「んで、お母さんうっかり胡椒を使いすぎて、知らずに食べたお父さん、
一口目で目を見開いちゃってね。ビールがぶ飲み」
「あはは、えりかパパも災難だったねー。でも、うっかり使いすぎるって、
どんなうっかりよ。それも面白い」
歩きながらの会話は他愛のない話題ばっかりだ。幸い、我が家はネタが多い。
「それが、電話で近所のおばさんと韓流スターについて語りながらだったんだって」
「え…何それ。それで分量を間違えたなんて、ホントえりかパパ気の毒だわ」
なんか、お父さんばっかり気の毒がられてるけど…わたしも大変だったんだぞ。
「もちろん、えりかは平気だったよね」
「平気なわけあるかー! 胡椒は辛いってのと違うけど、大変だったんだから!」
水をがぶのみ、その後白米スペシャル、そしたら舌を火傷して…
「はいはい、大変だったね。っと、お?」
「あ、話題をすげ替えるつもりだね?」
その手には乗るもんか。
「私の大変さを流すなー!」
「じゃなくて、ようやく知ってる通りに」
へ?
「あ、ホントだ。加藤君ありがとう」
「それはいいけど、思い切り俺を話題から外すなよ」
「ん? 何か言った?」
いよし。
「こっからは私たちでも道分かるし、買い物するぞーっ!」
「おーーーっ!」
~つづく~
ハチキューに到着した私達。
よし、買い物するぞ!
「まずは上から降りて行こうと思うんだけど、いい?」
「その辺はえりかさんに任せるわ。私はそこまで詳しくないから」
よし、満場一致。
「じゃ、エレベーターに乗ろうか」
「うむ」
入り口からエレベーターまではすぐだ。
でもって、エレベーターはすぐに来た。
「えぇと…最上階はメンズだから、その一階下から」
七階のボタンを押す。
「あ、俺八階行きたいんだけど…メンズショップがあるなんて初めて知ったし」
「却下します」
全く、従卒が何を言い出すのやら。
「ひでぇ!」
「今日は認めません。明日行けばいいじゃん」
手厳しいかもしれないけど、あの時の驚きと不安は、言葉じゃ言い尽くせない。
「明日か~。それは無理だなぁ。ま、ここにメンズがあると知っただけで十分か」
「そ。諦めなさいな」
「うむうむ」
そんな会話をしていると、エレベーターは七階にたどり着いた。
「よし。私は片っ端から見て回るけど、楓は行きたいお店って、ある?」
「んー、そんな詳しくないから、えりかに同伴」
楓の意見は明快だった。ま、別行動より一緒に行動した方がいいのは確かだ。
「よし、じゃあまずはこのお店から」
安さが自慢(それでいいのか?)のブランド、「Chanue」から。
「ん、ねええりか、なんて読むの?」
「シャニュ。そんな難しくないと思うけど…」
一応、センスは悪くない。なのに値段を売りにしてる、謎な店。
「お! ちょっとえりか! これ、これ! キャミソールが千円!」
「そこ、驚かない驚かない。ここじゃ普通だから」
何しろ、時々三着千円のキャンペーンまでやってる。
「おお~、そうなのか! それはいい!」
「え? ちょっと、楓?」
目が輝きだした楓は、お店の中に駆け出して行った。
「えーと…他の店も回るんだけど…」
「お、俺、ここで待ってるわ」
楓のテンションに圧倒されつつ、私もお店の中に入った。
~つづく~
「シャニュ」が安いってことを知って、目の色を変えて乗り込んで行った楓。
安さが今の楓の最重要課題なのかどうなのか、それは分からないけど…。
「楓ー、他のお店も回るんだよ?」
「分かってるー。でもさぁ、安くてかわいいお店なんて、
興奮する事しきりだって!」
楓の気持ちは分かる。分かるけど、ここだけでお金を使い果たしそうな勢いだ。
「お財布との相談だけは、しっかりねー」
「わーってるって」
分かってるって言葉が不安だ。楓はこういう言葉をすぐに忘れる。
「はぁ、ホントに分かってるのか…」
現に、手には一杯の服。このお店の価格設定を考えたら、
そんなに高額にはならないだろうけど…
「な、なぁ、倉橋」
「ん、何? 通路で待ってるんじゃなかったっけ」
加藤君、まさか中に入って来るとは。行きにくいって言ってたのに。
「あ、もしかして八階見たいとか?」
「じゃなくてさ、あいつ、あんな両手いっぱい持ってて大丈夫なのか?」
加藤君にも心配されてるのか…すごいな。でも、私は笑顔で答えた。
「ここは安いから大丈夫だよ。お互い、お財布チェックはしてるし。
なんなら、彼女に訊いてみなよ」
「い、いや、そこまではしないけど…」
そりゃそうだよなあ。なんで訊くのか、て所を突っ込まれたら痛いし。
「でも、加藤君、わざわざ楓の心配してくれてありがとね」
「いや、そんなんじゃなくて、お金を貸してくれ、て言われないかと…」
なるほど、そう言う事か。更なる制裁を、とも言ってあるしなあ。
「大丈夫、そういう事は要求しないから」
「よかった。今日持ち合わせが少なくて…」
なるほど。
「っと、悪いな。話してたら服見られないだろ」
「ううん、いいよいいよ。他のお店も見るから」
おや、加藤君、意外と心優しい青年なのかな?
「そっか」
「うん。でもちょっと見て来るから、その辺で待っててね」
何しろ大事な荷物持ち。
「おう。でも、できるだけ早くな」
「できたら、ね」
ゆるい約束をして、私も商品捜索に向かった。
~つづく~
買い物モード全開の私。
買い物モード暴走中の楓。
私が楓を制御しつつ、の買い物だった。
「いやー、助かったよえりか」
「なんていうか…自制して。楓、自制して」
私が買ったのは少し、三千円分だけ。でも、楓は凄かった。
「まさか、二万円分も持ってるとは思わなかったよ」
「いやー、安かったからつい」
つい、で買いすぎるなんて、典型的なパターンだよ、楓。
私はため息を禁じ得ない。
「そんな事言って、両手いっぱい持ってたじゃん…どうするのさあのまま買ってたら」
「そりゃ、そこに荷物持ちがいるんだから…」
じろり、と加藤君の方を見る楓。当てにしてるのは私も同じだけど、
一軒目でここまで使い倒すつもりはない。まぁ、そこまでは言わないけど。
「お、俺の方を見るな!」
「だってさ。ま、それはそれとしても、荷物持ちって…私だって当てにしてるんだから」
「そっかそっか、それはすまんすまん」
すまんじゃないよ、全く…
「このお店で破産するつもり?」
「それを言われると、面目ない…」
ほほう? どうやら楓もそこには思う所があるのか。
「ははは、まあいいよ。んじゃ、次の店に行こう。加藤君、お願い!」
「うをっ!」
私達の荷物を持たされた加藤君は重そうにしてる。頼りないなぁ。
「まだ一軒目だよ? 頑張って頑張って!」
「ファイトファイト!」
私達の薄っぺらい応援を浴びて、加藤君の顔が少し輝きだした。
「よし、それじゃあ次のお店に行こう!」
「おー!」
「おー…ふぅ」
加藤君のため息なんて、聴こえない聴こえない。
~つづく~
二軒目突入の私達。
二軒目は「Chu-Chu(シュシュ)」。
こんな名前でもシュシュの専門店じゃない。
「このお店はどんなお店?」
「かわいい系のお店。普段ならそんなに行かないんだけど、
バーゲンセール中らしい。そう聞いたら、行かなきゃね」
バーゲンと聞いてまた楓が暴走しないか心配だったけど、どうかな?
「かわいい系か…私には縁遠いかな」
「そっか」
というか、私も普段は見ないし。それが理由でも、楓が暴走しないなら安心か。
「楓ー、先に言っておくけど、買い過ぎ注意ね」
「大丈夫。ここは少しだけだから」
中に入る前に、一応釘を刺しておく。いくら「好みと違う」と言っても、
全部が全部じゃないだろうし、もともとは結構高いお店だから…
「いくらバーゲンといっても、油断は禁物禁物…」
「え、そーなの?」
楓は知らないよね。って!
「ええええ! ちょっと、いつの間に!」
「ん、何が?」
楓の手にはしっかりとワンピが握られている。
「それ。その服」
「いやー、そこに掛けてあったんだけど、ツボった」
ツボった。って…
「ピンクのフリフリ、どこで着るのさ」
「まぁ、学校の外?」
つまり、普段着って事か。
「それに、好みに合わないんじゃ…」
「たまにはこういうかわいいのにツボる事もあるさ。サイズは良さそうだし…」
まぁ、本人が納得してるならそれでいいけど、問題は次だ。
「ちょっと楓、値札見せて」
「値札? どこだろ。あ、これか」
値札タグを見ると…
「がーん。楓、これ買うの?」
「へ? えーと、いちじゅうひゃくせん…げ! こんなに高いのか!」
しかもこれ、バーゲン対象商品じゃない。
「さ、さすがに買えないわ…」
かちゃり、と元の場所に戻す楓。気の毒だけど、しょうがない。
「それにしても中に入る前から見つけちゃうなんてねー」
「だって、偶然の出会いだし。っとと、まだ諦めるのは早かった!」
え?
「まさか楓!」
「そう、そのまさか!」
なんと! 値切り交渉か!
「じゃ、行って来る!」
再び例の服を手に、店員さんの所に駆け寄る楓。
「あぁ~ぁ~、他人のフリしよう…」
「お前も苦労するな…」
加藤君にまで同情されてしまった…
「いいよ、慣れてるし」
「そっか」
さて、楓の値切り交渉は?
「あのー」
「あ、いらっしゃいませー。なんでしょうか」
服をずずいっと突きつけて…
「この服なんですけど、高くて買えないんで…」
「は、はぁ…」
言われても困るよねー、店員さん。
「似たデザインの服って、ないですか?」
げ! そう来たか! 値切りじゃなかった!
は、果たして店員さんはどう答えるのやら…
~つづく~
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