なぜだか、唐突に声をかけられた私達二人。
でも、意を決して振り返る事にした。
「誰だ!」
楓が叫びながら振り返る。
逆光のせいか、相手の顔は良く見えない。
「誰だとは失敬だな」
「失敬? そう思うんなら、もっと近づきなよ」
ちょっと怖いけど、相手の顔が見えないのは、私には不安だ。
「そうだな、こんな遠くにいる事はねーか」
つかつかと歩いて来る相手。一体どんな男なのか。
「声の感じじゃ、同い年くらいだね。えりか、耳に覚えは?」
「ない」
楓がわざわざ訊くって事は、楓も耳に覚えがないんだろう。一体、誰なのか。
「これで、俺の事が分かるだろ?」
至近距離までやって来たその男は、
「!」
「!」
その男は!
「な、何驚いてんだよ」
「若い!」
「もしかして、高校生?」
どう見ても、高校生だ。
「がくっ。そんなの見りゃ分かるだろ。つーか、驚きどころはそこか?」
「そこだね」
「いきなり私達に向かって叫ぶんだもん、どんなおっさんかと思うじゃん」
私を不安にさせた罪は重いし。
「おっさんってなぁ! それよりも、それ以外に感想はねーのかよ」
「ないね」
「うん」
全く、なんで私達に声をかけたのやら。そうだ、それは訊かなくちゃ!
「ね、君はなんで声をかけて来たのかな?」
「私達、すっごい不安になったんだけど」
「あ、いや、すまん。知ってる奴がいたんで、つい…」
知ってる奴?
「楓、やっぱり知り合い?」
「あぁいや、知らない。えりかこそ、知り合い?」
私達はしきりに首を振り合う。
「お、お前らなぁ」
がっくりしてるって事は、やっぱりどっちかの知り合いなんだろう。
「でも、知らないものは知らないし…」
「ね」
「加藤清隆! 思い出せ!」
加藤…清隆?
「思い出すも何も、私の人生にはそんな男はおらん」
「楓に同じく」
正直、即答。
この男の子、一体誰なんだろう…
~つづく~
加藤清隆と名乗った男の子。
でも、私達の知り合いを自称していながら、面識がない。
一体、どこで知り合ったの?
「なあ、ホントに俺の事記憶にないのか?」
「ないね」
「ないね」
くどいよもぅ…めんどくさいなぁ。
「お前ら~~~! 特に、そっちのぱっつん前髪!」
「あ~~っ! 私の事、そんな風に言ったね?」
「あ~あ。逆鱗に触ったよこの人」
私が気にしてる事をぬけぬけと!
「逆鱗? だってそうじゃないか。って、そんな事はどうでもいい!
そんな事より、なんで記憶にないんだ倉橋えりか!」
「なっ!」
わ、私の名前を…知ってる…
「この人、えりかの知り合いなんじゃん」
「し、知らない知らない」
「失礼な奴だなあ! クラスメイトの顔くらい覚えとけ!」
えぇ?
「クラス…メイト?」
「聞き返すな!」
「ちょっとえりか。クラスメイトの顔を覚えてないの?」
う。
「それはまずいよー。男子は交流ないかも知れないけどさあ」
「き、気まずい…」
そういえば、佐々木君の時もそうだったっけ…
「まじで覚えてなかったのかよ…」
「あー、そういえば、中学時代もそうだったっけ」
か、加藤君をがっくりさせてしまったわ。仕方ない事だけど…
「おい、倉橋の友達。よく言い聞かせとけよ」
「言っても無駄だと思うけど…それより、声をかけた目的は?」
「そうだそうだ。それを教えてよ。私を罵倒したんだから、答える義務はあるよねー」
何しろこの人、私の前髪の事を言ったんだから…フフフ。
「そ、それは…」
ごくり
「そ、それは?」
「なにかななにかな?」
~つづく~
私に声をかけて来た、クラスメイトの加藤清隆君。
正直見覚えのない男子だけど、そんな事より、
声をかけて来た目的って、何?
「俺がお前らに声をかけた目的はなぁ」
「うん」
「目的は?」
なーんか、言いにくそうにしてる。ちと気になるね。
「知ってる奴を見かけたからだよ!」
「へ?」
「何、それ」
正直拍子抜け。でもって、ちょっと憤慨。
「あのさ、そんだけの事で、あんな風に呼び止めないでよね!」
「そうそう。えりかがどれだけビビってたか」
ちょ! 楓!
「そういう余計な事は言わなくていいから!」
「でも、事実じゃん」
あー、もう、そうじゃなくて!
「女の子相手にあんな呼びかけ、デリカシー0だねっ!」
「す、すまん…」
「お? 意外と素直?」
素直に謝ったからって、それで許してあげられるようなもんじゃない。
「あのさあ。謝る気持ちがあるんなら、なんで最初にもっと普通に声かけ出来なかったの?」
「そ、それは…距離が空いてただろ? だから…」
そんなの、ぜーんぜん理由にならない!
「楓、それって、理由になる?」
「ならないね。少なくとも、私達はビビったんだし」
よし、今度は楓も同意見だ。
「ちょ。じゃあどうすれば。謝罪ならするから!」
「ふふん。本気? じゃあ、私達これから買い物するんだけど、
荷物持ちをして頂戴」
「ちょっとえりか、都合確認からしなきゃダメじゃん。で、どうなの?」
私としては、そんなに買い物するつもりはないから、大した事は要求してない。
「都合か…あ、あいにくと予定はない」
「あっそ。じゃあ決定ね。私達が買い物を終えて、駅に戻るまで、
荷物持ちをすること。これが罪滅ぼし。OK?」
仕方なさそうな顔で了承する加藤君。これはこれで、アリかも。
「それじゃ、行きましょ。あ、できれば、道案内もよろしく」
「うんうん。私達より、詳しそうだ。っと、早速だけど、この荷物もよろしく」
「へい」
よし、これで私達の買い物も、はかどるってもんだ!
~つづく~
加藤君を荷物持ちに従えた私達。
よし、これで買い物もはかどるに違いない!
「んで、二人はどこに行くんだ?」
「ハチキュー」
「じゃのぅ」
ハチキューってのは、おしゃれなお店がいっぱいあるビル。
正式名称は「蜂須賀第九ビル」っていうんだけど、
渋谷の「マルキュー」を真似して、みんなこう呼んでる。
「だったら道は分かるか」
「それは心強いね」
「えりか、結構いいアイディアだね、荷物持ちと道案内とは」
ほっほっほ、そうなのです。
「でもな~、ハチキューだろ?」
「だね。えりか、間違いはないよね」
「うん。異論があるのかな?」
立場上、私達には逆らえないはず。何を言い出すのかな? このクラスメイトは。
「あそこ、男は入り辛いんだよな~」
「おや、行った事が?」
「行った事があるなら問題ないと思うんだけど?」
しかし、行き辛いと言いながら行った事があるとは、これは異な。
「あの時だって荷物持ちだったんだ…またかよ」
「ほほぅ。これは興味深いですな。ねえ、楓さん?」
「ですなあ。詳しく聞かせて頂こう」
私達は加藤君に詰め寄った。場所は薄暗い路地だけど、構うもんか。
「~~っ。詰め寄るな。彼女と行ったんだよ。おかしくないだろ?」
「おかしくないけど、彼女持ちとは許せん!」
「恋愛を楽しむ男は罪だね」
私達は一致団結した。
「それに、彼女がいながら私達にあの態度。ますます許せませんな」
「うむ」
ふっふっふ。
私達二人は、満場一致でさらなる制裁を決定した。
~つづく~
まさか、加藤君に彼女がいたなんて。
私達女の子二人としては、制裁措置を追加するしかない。
急遽制裁会議を開始した。
「ねえ、楓さん。どうする?」
「そうだね、えりか君。ここは一発、加藤君が恥ずかしくなるようなので、
どうかね?」
「おーい」
恥ずかしくなるような…か。
「安直ではないかね?」
「だが、それ故に効果的だとは思わんかい?」
「ちょっとー?」
安直故に効果的か。ふむ、一理あるな。
「で、具体的に何を考えてるんですかな?」
「それはね?」
楓が私に耳打ちをする。
「ほうほう、それはすごいですな」
「でしょう? 異論はないようだね。では実行という事で」
「ちょっと、何を企んでるのさ!」
会議は満場一致で結した。
「ーーというわけで、追加制裁措置を決定したので通知します」
「通知します」
「で、俺はどんな辱めを受けるんだ?」
ま、追加制裁はともかく、まずは服を買わなきゃだ。
「とりあえずハチキューに行こう」
「予定通りにね」
私達は、歩みを止めない。
~つづく~
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第76回から第80回