(序)
目覚めて視界に入って来たのは見慣れぬ天井。
(わたしは…一体…ここは?)
明命は軽い混乱に捕らわれる。
が、すぐに気を取り直し現状を把握すべく回りに注意を払う。驚いている場合ではない。
まずは自分の身体の異常から確かめる。
多少の気だるさは感じるものの大きな障害は無さそうだ。
四肢に力は入るし指先まで意念は通る。視界に不明瞭な点も無くこちらも問題無さそうだ。
思考もはっきりしている。
次は状況だ。
そう広くない部屋の中。
どうやら寝台に寝かされている様だ。
窓から射し込む陽光からまだ昼前といった頃合いか。
自身は特に捕縛されている様子も無い。
寝台の回りもキチンと整理されており、見た所、罠の設置も無さそうだ。
続いて気配を探る…大丈夫、悪い気配は無い。
ようやく少しだけ緊張を解く。
(どうやら切迫した事態に居る訳では無いみたい…)
ほっと息を吐き、軽く身体を動かすべく上体を起こす。
身体の各所を点検しながら伸びをする。予想していた通り、問題なく機能してくれる。
少しだけまだ思考に靄がかかっているものの、程無く回復出来るだろう。
と、そこで不意に驚くほど冷静な自分に気付き苦笑する。こんな前後不覚な状況だというのに。
(そういえばいっつも祭さまに教えられました…)
脳裏に厳しくも暖かい声が蘇る。
『よいか幼平、どんな事態に陥ろうともまず冷静になれ。そして状況の把握に全力を注ぐのじゃ』
『なーに、例え敵に捕らえられ孤立無援になろうとも、己が身体が動き意気さえ軒昂なれば
大概どうにかなるもんじゃ』
『焦燥こそが己を蝕む敵と知れ』
徹底して刷り込まれ、もはや反射レベルにまで達した自己回復行動、そして状況把握能力。
最前線はおろか敵地潜入すら主任務であった彼女には必要不可欠な冷静さは
偉大なる先人により育まれた。
(そうそう、祭さまってば調練の度に口をすっぱくして仰られていたものね)
思わず笑みが浮かぶ。
しかしてその教えは何度も彼女の窮地を救い、その度に師への感謝を現したのだが
決まって気恥ずかしそうなしかめっ面を浮かべて言うのだ。
『えぇいやめんか、こそばゆい。無事かどうかなど見れば分かるわい』
(祭さまってば変な所で照れ屋なのですよねー)
心が少し、暖かくなる。
そして決まって師はこう続けるのだ。
『生きてさえいれば意外とどうにでもなるもんじゃわい』
そう言って豪快に酒を煽るのだ。
(皆で白酒の飲み過ぎは身体に毒ですと言ってるのに聞いて下さらないんですよねー)
一人ごちる。
そして決まって浮かぶのは、どうしても目に焼き付いて離れない、彼女の最期の姿。
堂々と両手を広げその胸に矢を受け倒れたその姿を。
如何に夏候淵が弓であろうとも祭さまならば避けられたのではないだろうか?
それとも【武人の死】というものを年若い明命達に示したとでもいうのか。
だがそれは、親しい者の死を知らぬ明命には非情なモノとしか映らなかった。
(常々仰られてはいたけれど、戦場で死ぬ事こそ本懐だなんて…)
まだ未成熟な彼女の心はまだそれを是として受け止めきれていない。
何より悲しみが在った。堪え切れぬ程の悲しみが。
祭が倒れた瞬間、明命は激情に委せて単騎、敵陣に斬り込む所だった。
亞沙や穏が必死になって止めていなければ、明命はせいぜい幾ばくかの敵兵を道連れに、
祭の後を追っていただろう。
あれから既に半年は経つのだか未だ心の傷は癒えず、
師を救えなかったという自責の念が事有る毎に彼女を苛んでいた。
「祭さま…」
堪え切れず涙を落とす。
いけないいけない!!祭さまにあれほど言われたではないか…!
そう、まずは気を落ち着けて、それから…(((゜Д゜;)))!?
「くしゅん!」
可愛らしいくしゃみ一つ。
唐突に猛烈な寒気を感じる。何だ!?
そこに至って尋常ではない寒さに気付く。
それはまるで真冬の様な…いやそれも確かに有るのだが更に強い違和感が…
ふと視線を落とす。
そこには見慣れた慎ましやかな二つの膨らみ。
(…はぁ。祭さま、穏さま、冥淋さまも、雪蓮さまもそうだけど、
何を食べたらああなれるのだろう?)
(いいもん。私の味方は亞沙と少蓮さまだけです…亞沙、少蓮さま、頑張りましょうね…!)
(だけど何でコレが視界に入るの?)
しばし熟孝。
「…はぅあっ!?」
ようやく自分が裸である事に気付き、慌てて毛布を手繰り寄せる。
(何で私、裸!?もしかして呆けてる間ずっと!?あぅあぅ~…誰にも見られてないよねぇ…?)
キョロキョロと辺りを見回す。そこへバツが悪そうに声をかける一人の少女。
「えーと、大丈夫…!?」
「はぅあっ!!」
今度こそ明命は飛び上がって驚いた。
恐る恐る声のした方を見てみれば…
そこには同じ年頃の娘が此方を、やはり恐る恐る窺っていた。
(見られた見られた見られた見られた見られてしまいました!!)
顔から火が出るというのはこういう事を言うのだろう、明命の顔は羞恥のあまり真っ赤に染まる。
見られて困るのが不覚にも落涙した事なのか裸身なのか、
はたまた己が胸を見て嘆息した事なのか(まぁその全部なのだが)分からぬほどの狼狽。
(あぅあぅあ~、でもまだ歳の近い女性だったから良か…いやいやそーゆー問題じゃなーい!!)
狼狽と困惑と焦燥に羞恥と、自らの許容量を越える感情の奔流に転げ回って悶える明命に
娘がそーっと声をかける。
「あのさー、私のも同じ位だから、多分大丈夫だと思うよ…?」
勿論、逆効果である。
しばし沈黙。
「…へ?」
この娘は何を言ってるのだろう?大丈夫とは一体…同じ位…?ま・さ・か…
「はぅあっ!!」
「大きけりゃ良いって訳でもないしさ」
そうとは知らず、更に追い打ちをかける。
寝台の上で器用に毛布にくるまったままのた打ち回る明命。
Σ(*◎Д<*)ノシ
さすがに気づいたのかそれとなく話題を変える娘。
「えーと、さ。あんた、あたしの言葉、分かる、よね?」
「へ?」
ピタリと動きが止まる。
静寂が続いたのは1分だったのか10分だったのか、明命にはずいぶんと長い時間に感じた。
それが彼女が平静に戻る為に要した時間である。
相手にとっても長く感じられたのだろう、
「ざ・わーるど…?」
時は動き出す。
不思議な言葉に首を傾げる明命。
「座割る奴!?」
「いやいや割らないから」
意外と冷静なのかもしれない。
「言葉だよ言葉。言ってる意味が分かる?」
「あ、はい。えーと、大丈夫みたいです。分かります。」
「そ。良かった」
娘が見るからにほっとした表情になる。
「えっと、あのー…」
聞きたい事は山程有るのだが、有り過ぎて整理が出来ない。
(落ち着け!落ち着け明命!)
自らを鼓舞する。
「あの…」
「あ、あたしの名前はシーラ・ウェルス。シーって呼んで」
(なまえ…あ、そうか名前!)
「しいさん、ですか。はじめまして。私、姓は周、名は泰。字は幼平と申します。」
「セイワシュウ・・・?あ、姓はシュウって事ね。えっと、あざな、って、何!?」
「えと、通り名と言いますか、何と言いますか…」
「ふーん…じゃまぁヨーヘイちゃん、で良いのかな?」
「あ、はい。その様な感じで」
「おっけーおっけー。ヨーヘイちゃん、身体は大丈夫?どこも痛くない?」
「身体ですか?先ほど少し確認したのですが、それほど大きな異常は…」
といってわずかに身をよじらせた瞬間
「いたっ!!」
突然脚の方から鋭い痛みが走る。
先程までは気付かなかったのだが、良く見ると太腿の辺りに包帯が巻かれていた。
その内側から脈拍に合わせて鈍痛が身体を巡る。
(そうか。さっき上半身の確認が終わった所で吃驚してしまって
下半身の確認どころじゃなかったんでした。それにしても一体・・・)
「あー、やっぱりかぁ。いくら雪の上に落ちたとは言え、あの高さから落ちたらねぇ・・・」
「え!?私、どこかから落ちたのですか?」
「うん。結構な高さの崖からまっ逆さま。覚えてないの?」
「はい、全然。そんな高い所から落ちたんですか、私?」
「かなりね。」
(そうなのか・・・良く生きていられたなー・・・私)微かに寒気を覚える明命。
「ごめんねー、あの時ちょうどグレートどころか普通のも切らしててさぁ。
最後に残ってた薬草で何とかしたつもりだったんだけど、
辛うじてアイルー達の世話にはならずに済んだ程度だったから。
でまたタイミング悪くてボックスの中のも品切れ状態だったのよねー。
あなたが寝てる間に一つ、クエスト済ませてきて
その時にもてるだけ薬草とアオキノコとハチミツを採ってきたからちょっと待ってて。
すぐグレート作ったげる。それで一発よ!」
「・・・?」
文法としては理解出来るのだが、意味の通じない単語が言葉の要所要所に混じるので、
結果として言ってる事はほとんど理解できない。
「・・・ぐ、ぐれえと・・・?」
「そ。流石の私でも回復薬くらいではトチったりしないわよー」
「回復薬・・・お薬ですか?」
「そーよー。さ、始めますか!」
と言うと、シーラは寝台の近くに置いてある、大きくて頑丈そうな箱の前にどかっと腰を下ろし、
何かの準備を始める。
床には緑色の植物、青いキノコ、擂り鉢、擂り粉木棒、金色の何かが入ったビンと空き瓶が次々と並ぶ。
そしてまず植物、続いてキノコを千切って鉢にいれ、慣れた手つきで擂り始める。
室内に棒が鉢の底を擦る音がリズミカルに響く。
「しいさんはお薬を作られるのですか!?」
「まーねー♪」
「はぅあっ!凄いですしいさん!」
「いやいやいや。でも嬉しいなぁ♪こんなに率直に褒められたのって。いつ以来かしら?
訓練所ではいっつも教官に怒られてばっかりだったしなぁ・・・。」
「そんなに簡単に薬の作り方を教えてくれる所があるんですか!?」
「これが在るのよ~。と言っても教えてくれるのがあの鬼だったからとんでもなく過酷だったけどね・・・」
「鬼・・・ですか?」
「そう、鬼よ。まるで私達をイビるのが大好きと言わんがばかりの暴虐の数々だったわ・・・」
「ちょ、ちょっと怖いです・・・」
時折、苦笑を浮かべる明命に視線を送るも、シーラの手が止まる事は無い。
明命はこういう職人の様な仕事かなり好きで、つい見入ってしまう。。
鉢の中では練り合わされた薬草とキノコの化合物から徐々に液体が滲み出始めた。
そこで中身を取り出して布にくるんで絞り出し、出て来た綺麗な緑色の液体を空き瓶に溜める。
その作業を見つめていた明命が再び身震いする。
「ちょっと、寒いですね」
思わず零す明命にシーラが手を止めずに答える。
「でも今日はまだ暖かい方だよ?天気も良いし。」
天気が良い?言われて何気なく窓から外を眺めた明命は・・・仰天した。
そこには見た事の無い風景が広がっていた。
「はぅあっっっっっっっ!!!???」
あとがき
読んでくださいました皆さん、はじめまして。
kzと申します。
今までは読みオンリーだったのですが、
素晴らしい作品にいくつも出会い、居ても立ってもいられなくなり今回初めて投稿してみました。
最後まで読んで頂けたら幸いです。
さてさて、これからこの世界で明命を待ち受けるモノは果たして!?
頑張って書きますんで、良かったらまた見に来てください。
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もしも真恋姫無双の明命がモンハンの世界に迷い込んだらどうなるか?
という妄想から生まれたお話です。
楽しんでいただけたら幸いですなぁ。