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「くっ…」
春日は歯噛みをしていた。
前線では愛すべき兵たちが、まるで道端の草を踏み潰すが如く、散らされている。
自ら前に出たいが、指揮を放り出すわけにもいかないので、ただ黙って見ていることしか出来ない。
謎の将の侵攻は、粉雪の隊が横合いから突撃したため、今は多少勢いが弱まりはしたものの、それもいつまで保つか分からない。
「春日さん!」
そんな折、後方から心が援軍を引き連れてきた。
「ちょうど良いところに!心、隊の指揮を引き継いでくれ」
「え…それはどういう……」
「某は前に出て、粉雪と共にあの化け物を止めてくる」
「か、春日さん、それは…」
「後は全て任せる。撤退の時機だけは見誤るなよ」
春日さん待って、という声は激しい馬蹄の音に掻き消された。
優れた武人は向かい合うだけでその力量が分かるという。
「な…なんなんだぜ……こんなの反則なんだぜ!」
粉雪も武人としてそれなりの自負を持っていた。
だが『それ』を前にしては、敗北の二文字しか頭を過ぎらなかった。
それでもやるしかない。
それが、常勝武田軍を支える赤備えを任された者の責務だからだ。
「てやあぁぁぁぁーー!!!」
上から押し込むほうが力を加えられるので、圧倒的優位。
のはずだったが……
「邪魔」
フォンと、どこか遠くで聞こえた風切り音が馬を通り抜けて粉雪に迫った。
ギィ……イィィンッッ!!
敵の一撃は何とか槍で受けられたものの、粉雪の大きくない身体は、戦場中に響き渡る音と共に宙を舞った。
「「粉雪っ!!」」
それは、場所は違えど離れた位置にいた春日と兎々の目にも届いた。
「ぐっ!!」
宙より落ちた粉雪。
下にいた兵が受け止めに入ったものの、その衝撃は激しく、激痛に顔を歪める。
受け止めた兵も数名、腕や肩を押さえている。
「大丈夫か粉雪!?」
そこへ春日が辿り着いた。
「春日……これくらいへっちゃらなんだっっつぅ!!」
身を起こそうとした粉雪が反射的に首を押さえた。
「粉雪!首はいかん。下がって治療を…」
「そんなの……ダメ、なんだぜ…」
心配する春日を振り払うように、しかしゆっくりと粉雪は立ち上がる。
「春日も…もう分かってるんだぜ?」
「……………………」
「後は頼んだんだぜ」
粉雪は口元だけ微かに笑うと、
「山県隊のみんな聞くんだぜ!山県の赤備えは誇り高き武田の先鋒!武田に仇なすものは全てアタイらでやっつけるんだぜ!動けるものはアタイに続くんだぜーーー!!!」
周りの兵を鼓舞しながら、放馬していた馬に飛び乗ると、再び敵目掛けて行ってしまった。
「粉雪ーーー!!」
すんでの差で兎々が駆け込んできた。
「…兎々か」
「春日さま!粉雪は!?」
「再び前に出た」
「そんな!あの高さから落ちて無事なわけないのら!」
「………………」
春日は瞑目し、兎々の言葉にも無言を貫く。
「春日さま!!」
「兎々。今から私の言うことをよく聞け」
「な、なんなのら…?」
春日の只ならぬ声色に、兎々は気圧される。
「今から、全軍を撤退させる」
「な!?なにを言って……」
「かの
「そんな……それじゃあ、粉雪は――!」
「だからお前は、後方の心を
「え…?」
「後方にはまだ着到していない薫さまもいるはずだ。それとも上手く合流を果たし…」
「春日さまは!?春日さまは、どうするつもりなのら…?」
畳みかけるように指示を出す春日の話を、兎々は何とか止めると、嫌な予感のする疑問を投げかけた。
「………………」
「春日さま!」
「……当然、拙も粉雪に続く」
「そんな……なら兎々だって…」
「ならんっ!!」
「ひうっ…」
「お前にはお屋形様をお守りするという大事な役目を与えたのだ!これは四天王筆頭としての命令だ!背くことは断じて許さん!!」
「兎々らって…兎々らって戦いたいのら…なんのための四天王なのら……」
四天王の末席として、末席だからこそ、その責任を人一倍感じている兎々。
同じ四天王の粉雪が、春日が、そして恐らく心も、その責任を履行するのに、自分だけそれが叶わない。
悲しさの、悔しさのあまり、戦場のど真ん中にも関わらず、兎々は身体を震わせながら涙を流した。
「……なんのための、逃げ弾正なのら…」
「だからこそだ」
春日は膝をつき、彼女の左肩に手を添えながら、兎々の目を見ながら優しく、しかし力強く、
「拙よりも心よりも粉雪よりも、御館様を無事お逃がしするにはお主の…逃げ弾正の力が必要なのだ」
と言った。
「あ……」
「万が一のときは、命を賭して、御館様を守るのだ。分かったな」
「……分かったのら!」
涙を腕で拭うと、兎々は武士の顔でそう応えた。
「うむ……良い目になった」
そう言うと春日は兎々に背を向け、敵の方へと向き直った。
「お主はまだ若い。出来ることなら、生きる道を行け」
「はっ!…春日様、ご武運を」
兎々の言葉に、右手を軽く挙げて応える。そして大きく息を吸った。
「行け!兎々っ!!」
兎々は馬に飛び乗ると、粉雪とは逆方向、本陣の方へと駆け出した。
「武田の未来。しかと託したぞ…」
背の目でそれを見届けると、両の眼には人垣を割りながら進み来る敵の姿が映った。
一度瞼を閉じると、俄かにくわっと見開く。
「我こそは不死身の馬場美濃也っ!名も知らぬ
一喝。
春日は馬腹を蹴り、敵へ向かって駆け出すのだった。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、107本目です。
正体不明(?)の敵に攻め込まれる武田軍。
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