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真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版28

こんばんわ、アンドレカンドレです。

また例のウイルスが猛威を振るっているというニュースが報道され、
不安な日々が続く最近・・・。みなさんは如何にお過ごしでしょうか。

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2020-07-10 23:25:23 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1632   閲覧ユーザー数:1581

第二十八章~ここに存在する理由を求めて~

 

 

 

涼州の一件から二週間。

あれから五胡の勢力が魏領内に侵攻したという報告は無く、翠と蒲公英は恋を連れて蜀へ帰還した。

魏と呉、二国で繰り広げられた、外史存亡を掛けた決戦を乗り越え、大陸に一時の平穏が訪れていた。

そんな中、華琳達は来るべき最終決戦に向けて、戦力の増強を図っていた。

外史喰らいに繋がっているとされる道。有力な情報は未だに無く、彼女達の間に焦りが見え始めていた。

そんな中、肝心の一刀はというと・・・。

「それじゃあ、一刀様はまだ目を覚まさないのね」

「えぇ、あれからずっとね」

場所は洛陽の城、玉座のある大広間。

その玉座に華琳が座り、玉座より数段下には従姉妹の撫子がいた。

最初は魏領南方の村々で展開されていた一事業で問題が発生し、涼州より戻っていた撫子に

その解決に向かわせるための簡易な任命式だった。

任を受けた撫子がその場を離れる前に、一刀の様子を華琳に訪ねていたところであった。

「大丈夫なの?」

「どうかしらね・・・」

涼州で無かった事にされた戦いの後から昏睡状態の一刀。

貂蝉は副作用による影響だと言っていた。

眠ることで全てが無かった事になれば良いのだが、現実は非常なものだった。

今もなお、一刀の身体は蝕み続けているからだ。

華琳は一刀の部屋がある方向を見ている。そんな姿を見せられ、撫子は呆れ気味に溜息をはいた。

「私は、あなたに言ったのよ」

「私に?」

そうだ、と頷く撫子。

「えぇ、私にはあなたが何を考えているのか分からない。・・・いつも分からないのだけれど」

「あなたね・・・」

「でも、いつものあなたなら先の先まで見据えているのに、今のあなたは目下のところしか見ていない。

いくら下を見たからって、一刀様が元気になるわけではないでしょう」

「そんな事は言われなくても分かっているわ」

「あら、そうだったの?それじゃあ、どうして下ばかり見ているのかしら。今更、胸が小さい事を気にしておいで?」

華琳の眉がピクッと反応する。

撫子の厭味も、歯に衣着せぬ物言いも、今に始まった事ではない。

あの腐敗した朝廷の中を上手くすり抜けてやってきただけの事はあるのだろう。

撫子は別の意味で華琳よりも経験豊富だ。

今の彼女は春蘭や桂花達とは異なる視点から華琳を見ているのだ。

一歩引いた場所にいるからこそ、自分の迷いが見抜かれてしまったのだろう、と華琳は思ったのである。

「・・・あなた、本当に自由な人間ね」

そう、自由なのだ。この曹洪子廉はこれまで多くのしがらみの中にいたにも関わらず、

しがらみの外にいたはずの華琳よりも自由の身なのだ。

「私はあなたと違って、自分の気持ちに素直だから」

「あら、言ってくれるわね。・・・でも」

華琳の表情は憂いていた。その目はどこか遠くを見ているかのようで。

「もし・・・、私もあなたの様にもっと自分に素直になれたのなら。

二年前、私は・・・あんな過ちを犯す事は無かったかもしれない」

「一刀様の事・・・?」

二年前という単語に、華琳は一刀の事を言っているのだと察した撫子。

「・・・・・・」

華琳は何も答えない。だが、その沈黙は撫子に正解だと言っていた。

「けれど、その過ちがあったからこそ、『今』があるのではないかしら?」

返答はなくも華琳に語り続ける撫子。そこでようやく華琳は口を開いた。

「・・・物は言いようよね」

「あら、もしかして今、後ろ向きな思考になっていないかしら?」

撫子の後ろ向きという言葉に反応する華琳。

「・・・私から言わせれば、あなたが前向きに物事を考えすぎなのよ」

華琳のその発言に、撫子は笑顔ながらに鬼気迫る雰囲気を醸し出す。

「ほう・・・、それはつまり私は能天気で、頭が足りない女だと、遠回しに言っているのかしら?」

そんな雰囲気を当ててくる撫子に、動じるわけでもなく華琳は軽く溜息を吐いた。

「どうしてそういう結論に至るのよ?」

「・・・まぁ、そんな事はどうでも良いわね」

「ちょっと」

先程までの鬼気迫る雰囲気は何処へやら、一変して撫子は穏やかな雰囲気に戻る。

「一刀様のために、自分はどうしたらいいのか。それで悩んでいる、とか?」

今度は母親が子供に語りかけるように、華琳に微笑みかける撫子。

「・・・その通りよ」

自分に微笑みかけてくる撫子に、華琳は渋々と答えた。

「まぁ、今日は随分と素直なこと。普段からそれくらい素直なら良いのに」

「一言余計よ。それにこんな事、あなたでなければ言えないわよ」

「あと、一刀様の前でも、ね?」

「本っ当に一言余計なのよね、あなたは!」

声を荒げると同時に、華琳は玉座より立ち上がる。

「でも、事実でしょう?」

「・・・・・・知らないわよ」

撫子から顔を背け、ぼそっと喋る華琳。

「あぁん♪もぅ、華琳ったら」

そんな不貞腐れた従妹が愛しく感じたのだろう。撫子は今にも華琳を抱き締めに行きたい衝動に駆られる。

しかし、ここは抑える。華琳に伝えるべき事がまだあったからだ。

「一刀様のために、と思う一方で、この国の『王』として、この大陸の『覇王』として、

一刀様一人のために、他大勢の人間をこれからの戦いに巻き込む事は出来ない、と考えている?」

華琳は玉座に座り直す事なく、そのまま階段を降りる。

「えぇ、・・・皮肉なものよね」

華琳は話を続けながら、撫子の横を過ぎ、外に繋がる方へと足を進める。

撫子も華琳の数歩後よりついて行く。足を止めず、華琳は語り続ける。

「他ならぬ自分がそうである事を望み、その道を進んでここまで来たというのに、それが今となって私自身を苦しめている。

私がそうしたいと望んでいる事をしようとすると、私の中の『王』達がそれは間違っていると否定するように、

私の前に立ちはだかるのよ」

そしてようやく華琳は足を止める。場所は洛陽の街並みが一面に見える外壁。

外は晴れていたが、空には沢山の雲が漂い、太陽を遮っていた。

外に出た二人の横から風が吹き抜けていく。

「・・・ねぇ、華琳」

「なに?」

風でなびく長い髪を押さえつつ、撫子は華琳に声をかけると、短い言葉で返す華琳。

「いっそのこと、捨ててしまえばいいのではなくて?」

「何ですって?」

撫子の言葉が一瞬理解できず、華琳は反射的に撫子に聞き返す。

「『王』も『覇王』も所詮はただ肩書き。

あなたのしたい事を邪魔すると言うのなら、そんなもの全て捨ててしまいなさいな」

「そんな事・・・!」

「出来ない、と言うのでしょう?

いいわ・・・ここから先は臣下としてではなく、あなたの従姉として今からお説教をするわ」

「お説教ですって?」

撫子は一息をつき、少しの間を置いてから言葉を紡いだ。

「あなたは『王』としての在り方に随分と拘りを持っている。

覇王を目指したのだって、その拘りから、一種の憧れのようなものがあったのでしょう。

そこにあなたの理想とするものがあったからなのでしょうね。

けれど、そんなものは結局のところ理想に過ぎない。

これこそが『王』のあるべき姿だと信じて、そうであろうと振舞ったしても、

そんなものは昔の偉人の真似事でしかないわ。だから、本当の自分との間にずれが生じてしまう」

撫子の言葉に華琳は反論しない。ただ、黙って耳を傾ける。

「『他人』を演じることは出来ても、『他人』になることは出来ない。

『自分』という存在は、どこまでいっても『自分』。華琳、あなたも例外ではないはずよ。

だったら、他人の『王』なんて捨てて、あなただけの『王』になりなさいな」

「私だけの『王』・・・ねぇ」

従姉の説教に、華林は最後まで反論はしなかった。それは、彼女の考えには一理あったからだ。

古き在り方を否定し、新しき在り方をこの大陸に唱えた、そんな自分が古い在り方に囚われていた。

本当に、なんて皮肉な事だろうか。

曹孟徳という、唯一無二の『王』。

しかし、それは自分が今まで築き上げてきた王の姿から大きくかけ離れてしまわないだろうか。

皆がどう思うだろうか。そんな葛藤が華琳を更に迷わせる。

「私も、春蘭も、秋蘭も、一刀様も・・・皆が慕っているのは曹孟徳という人間、華琳自身でしょう」

「撫子・・・、ぁ」

華琳は不意に撫子に手を引っ張られ、そのまま彼女の胸元に倒れ込む。

撫子は何も言わず、ただ華琳を抱きしめ、頭を優しく撫でた。

「・・・私が思うに、一刀様を助けたいと思っているのはあなた一人ではないわ。

春蘭達もそうだし、兵の皆様も、街の皆様も・・・沢山の人達が一刀様を助けたいと思っている。

だから、大丈夫。大丈夫よ、華琳。もっと自分に素直になって、皆もそれを望んでいるのだから」

その構図は泣いている子供とそれをあやす母親、そのものだった。

いつしか雲に隠れていた太陽が顔を出し、街に光を注いでいた。

「・・・ありがとう、撫子。私はもう、迷わないから」

華琳はただそれだけを言って、撫子にされるがままになる。

 

 

それから間もなくして魏領全域にある宣言が発せられる。

その内容を要約すれば、一刀のために命を懸けて戦え、というものであった。

華琳直々に発したその宣言は、私情が滲み出た、一国の王としてはあまりにも幼稚で杜撰な内容であった。

しかし、その内容に兵士達も、民達も馬鹿にする者は一人もいなかった。

天の御遣いである、一刀のために自分達も戦おう、と皆が一致団結していたのだ。

だが、それは決して不思議な事ではなかった。

一刀が天の国からの使者という事への畏怖心も当然にあったが、それ以上に一刀自身の人の良さというのもあった。

陳留に住む者達は街を守る警備隊の隊長としてその姿を知っている。

軍の兵士達は天の御遣いであることを鼻にかけない、その気さくな性格に好感を持ち、

また将でもなければ、兵士でもない、そんな彼が常に戦の前線に立って戦う姿に尊敬の念を抱いていた。

そんな兵士達が彼の勇姿を各地の民達に教え広める事で、陳留以外に住む民達は北郷一刀の人と成りを知っていた。

一刀を助けたいと願っていたのは、華琳達だけではなかったのだ。

 

 

―――おじいちゃん!

 

それはきっと、幼い頃の朧げな記憶。

俺はいわゆるお爺ちゃんっ子ってやつで、昔からよく祖父に可愛がってもらっていた。

小さかった俺の頭をごつごつとした大きな手で撫でてもらうのが好きだった。

その頃から剣の道場をやっていた祖父の元で剣の修行を受けていた。

修行中の祖父はとても厳しく、逃げ出す事なんてしょっちゅうだった。

確かに修行は辛くて大変だった。けれど、不思議な事にやめたいとは思わなかった。

今思えば、俺はきっと祖父の事が好きだったからなんだろう。

もっとも、この歳になるとそんな事を考えるのも照れ臭くて、本人に言った事はないのだけれど。

・・・そう言えば昔、祖父から何か教わったような気がしたけど。

一体、何を言われたんだろう・・・。

 

「・・・どうして、今頃になってこんな」

まるで映画のワンシーンのように、

俺の目の前に何度も繰り返し映し出される俺の記憶。

良くも飽きずにこればかりを見ていると、自分にある意味感心してしまう。

「随分と懐かしい記憶(もの)を見ているんじゃな」

いつからそこにいたのだろう、俺の右手前の場所に誰かが立っていた。

そこに立っていたのは・・・。

「露仁・・・?」

死んだはずの露仁、もとい南華老仙だった。

この位置からだと顔は見えないが、後ろ姿と声からすぐに分かった。

「爺ちゃんはとても厳しい人じゃったけど、小さい頃はよく頭を撫でてくれたものじゃ」

「え?」

何だ、一体何を言っているんだ。

俺の古い記憶を見ながら、南華老仙は自分の事のように語っている。

「じゃが、それも北郷一刀を構成する情報の一部にすぎない。爺ちゃんはこの外史に実在しておらん。

・・・ここにあるのは事実という虚像でしかないのさ」

露仁の口調が変わった。いや、声も変わった。何というか、若返った感じ。

ここに露仁がいるってだけで驚いているのに、これ以上ややこしくされるのは勘弁して欲しい。

「混乱しているな。まぁ、当然だな。

本来はこんな形で登場することなんて有り得ないんだからな」

「露仁・・・南華老仙。あんたは、一体何者なんだ?」

南華老仙、于吉からは並行外史の管理者であり、外史喰らいの創造主と聞いていた。

だけど、果たしてそれだけなのだろうか。まだ何かあるような気がする、そう俺には思えたんだ。

勘というか、確信めいたものがあった。

「私は外史の管理者・・・、南華老仙」

少しの間を置いて、南華老仙は語りだす。

そして、ゆっくりと俺の方に振り返った。

「・・・そして、かつてはお前と同じ。俺は『北郷一刀』だ」

「っ!?」

ただ驚くしかなかった。そこにいたのは他の誰でもない、俺自身だったんだ。

「北郷、一刀?・・・お前が!?」

「・・・いや、それは正確じゃないな。俺は言わば燃え滓のようなものだ」

燃え滓。いったい何を言っているのかまるで分からない。

だけど、そう言った南華老仙は俺から目をそらす。

その横顔に悲しげな表情を浮かべて。 

「北郷一刀はこの平行外史において、外史が発生するために必要な概念。

その概念が人の想念、そして外史の情報と組み合わさる事で外史は発生する。

その時に初めて北郷一刀は形を得る。そして、その際に生じた残骸。

そのまま燃え尽きて失くなってしまえば良かったのに・・・。

けど、それが出来ずに北郷一刀ではない、別の何かになって生まれたのが・・・この俺だ」

「・・・・・・」

「最初は絶望したよ、特に貂蝉に燃え滓だなんて言われた時はさ。

だけど、それが事実だったのさ」

俺は自分以外にも北郷一刀が存在する事を今回の一件で知った。

だけど、まさか北郷一刀になれなかったっていう奴がいるとはな。

「貂蝉から平行外史を管理する必要があると言われて、俺は自分の存在意義を見出すことが出来た。

外史を守る・・・北郷一刀になれない、そんな俺の心の拠り所となったのが、その使命だった」

そして、外史喰らいを生み出した。使命を全うするために、か。

「・・・だが、今となってようやく分かったよ。

使命なんて立派なお題目を掲げていたが、実際は俺が北郷一刀ではない、という事実から目を背けるためのただの言い訳。

結局、俺がやっていたことは可哀想な自分を慰め、

過去の思い出に浸って自慰をしていただけ。

あぁそうさ。俺に使命感なんて、最初からなかったんだ!」

完全な自己否定。

そんな事はない、ともう一人の俺に言いたかった。

だけど、この俺が下手に慰めの言葉をかければ、全てを失ったあいつの唯一の自尊心すら奪いかねない。

自分のことだから分かる。たがら俺は何も言えなかった。

「だから、なんだろうな・・・。

俺は自分が作ったモノが暴走した時も俺は自分のことしか考えていなかった、見ていなかった。

気がついた時にはすでに手遅れだったんだ。

その結果がこのザマってことさ。笑っちまうだろう、ハハハハハハ!!」

あまりに惨めな自分が滑稽だと言わんばかりに、まるで狂ったかのように高笑いする。

ただ笑うしかなかった、もう一人の俺。

同じ存在のはずなのに、どうしてこうも違う運命を辿ってしまったのだろう。

一通り笑って、少しは気が晴れたのだろうか。もう一人の俺は引き攣った顔で話を続ける。

「あぁもうほんとに、今なら左慈の気持ちが分かる。

自分の存在意義を失うことが、どれだけ惨めで哀れなのか。

最後の最後で身をもって知ることが出来た。

抵抗も虚しく、呆気なく殺されちまったからな。役立たずもいいところだ」

「そんなことない!お前は外史を守るために、最後まで頑張っていたじゃないか!」

実際、俺を守るために伏羲と戦った。

戦う力なんて残っていなかったのに、それでも命を懸けて守ってくれたんだ。

「お前に死なれては全てお終いだからな。それは躍起にもなるさ。

だから、お前に無双玉を埋め込んだし、お前をサポートするために側にいて守ったりもした。

・・・全てはお前に俺の尻拭いをさせるためにな」

「それは・・・」

「幻滅したか?

まぁ、無理もないさ。もう一人の自分がこんなどうしようもない屑野郎じゃあな」

「そんなこと!」

「そんな事はあるさ。だからこれ以上、屑な俺は何も言わない。

この外史も、外史喰らいも、全て・・・後のことはお前に任せるよ」

「はぁ!?なに勝手なことを言ってるんだよ!

全部俺に丸投げか!お前の思いに応えようって、こっちは命懸けでここまでやって来たのに!

そんな無責任なことを言うなよ!?」

自分で言うのも何だが、俺はあまり怒ったりはしない。

だが、目の前にいるもう一人の自分の身勝手な発言に、俺は怒らずにはいられなかった。

「仕方がないだろう。

今お前が話しているのは、お前の中にある俺の情報を元にお前の深層心理が勝手に組み立てた幻だ。

俺の言動が身勝手で無責任だと感じるのは、お前自身が俺にそういう感情を元々抱いていたからだ」

「何わけの分からないことを!?」

「だが、これだけははっきり言っておく。

お前に力を与えたのは、お前を不幸にするためじゃない。選択肢を増やすためだ。

そして、増えた選択肢の中から選ぶのは他の誰でもない、・・・お前だ」

「・・・ッ!」

随分と強引に話をまとめられたような気がしたが、こいつの言う事はある意味間違っていない。

今まで俺は色々な選択を迫られ、そして選んできた。周りにいた人間の影響もあっただろう。

けれど、その選択は他の誰でもない、俺自身が選んだ事だったんだ。

そんな当たり前の事実を、俺は今になって気づいたんだ。

そんな俺を見て、もう一人の俺はほくそ笑んだ。

「だから、後はお前次第なのさ。

俺とお前は元々は同じ存在だが、だからと言ってお前は俺の操り人形ではないだろう?

お前にも意思があるはずだ。俺に言われようとも、華琳に言われようとも、最後に決めるのはお前自身だ。

だったら、これからも自分が望むことを選択すればいいはずだ」

「南華老仙、お前は・・・」

「もうじき最後の選択を迫られる。精々後悔のないようにな」

そう言って、もう一人の俺は離れていく。

「お、おい待てよ!言いたいことはまだあるんだぞ」

そう言って、追いかけようとするも足が思うように動かない。あいつはどんどん離れていく。

手を伸ばそうにも届くはずもなく、俺の視界は次第に白く塗り潰されていった・・・。

「・・・はッ!」

・・・夢、か?

俺は一体どれくらい眠っていたんだろう?

目を覚ました俺は、見覚えのある自分の部屋の寝台で寝ていた。

いつの間に洛陽に戻ってきていたのだろう。

盤古と戦ってからの記憶が全くない。早く状況を確認しよう。

俺は寝台から飛び出ると、壁に掛けられていた制服を着た。

少し身だしなみを整えてから華琳達がいるであろう玉座の間に向かった。

「・・・あとは、俺次第か」

 

 

一刀はある人物の元に向かっていた。

話を聞こうと玉座の間に行ったが、そこには誰もいなかった。

華琳達もそうだが、兵士達も城を守備するための最低限の人数を残すだけで城内にいなかったのだ。

玉座の間を出た時、ちょうど見つけた侍女に一刀は事情を聞いた。

「泰山に出兵した?」

侍女の話によれば、三日前に泰山に向けて大軍を連れて出兵したという事であった。

蜀との決戦の時以来の大出兵だったそうだ。果たして、泰山に何があるというのだろうと考えるも答えは出なかった。

詳細を聞こうにも侍女は知るはずもなく、代わりに詳細を知っている人物の居場所を教えられたのであった。

「・・・いた」

一刀が城壁の階段を登っていると、ようやくその人物を見つける事が出来た。

城壁の上には城の守りを任されていた桂花が華琳達が向かっただろう泰山がある方角を眺めていた。

「・・・大丈夫かな、皆」

桂花の後ろより声をかける一刀。

「大丈夫よ・・・って、何であんたがここにいるのよ!?」

「いや、何でって言われても。ここに桂花いるって聞いたから」

「・・・というか、やっと目が覚めたのね。大丈夫なの、動いたりして?」

「心配、してくれているのか?」

「はっ、誰があんたの事なんか。そのまま死んでしまえばよかったのに、って思っているわよ」

相も変わらずの男嫌いな性分を露わにする桂花。

しかし、一刀はその相変わらずさに内心、安心感を抱いていた。同時にそんな自分に対して苦笑していた。

「華琳達が泰山に向かったそうだけど、一体何があったんだ?」

「・・・・・・」

途端、桂花は黙る。そんな桂花の様子から、一刀はただ事ではないと確信する。

「・・・・・・一週間前のことよ」

長い沈黙の後、ようやく桂花が口を開く。

「私達の前に于吉と名乗る男が現れたの。あんたは知っているでしょうけど」

「ああ」

「そいつから敵は泰山の頂上の先にいる、という情報を得たのよ」

「・・・・・・」

「それで私は偵察部隊を編成して泰山に向かったわ。そこで見たのは・・・」

そこで桂花は区切る。桂花の顔を見ると、顔色は悪く、額より汗が流れ落ちていた。

余程恐ろしいものを見たのだろうか。よく見れば、桂花の口元が震えていた。

「泰山は元々、始皇帝を始めとする歴代の皇帝が国家統一を天に報告する『封禅の儀』を行う神聖な場所。

一説によれば、泰山は死者の魂が集う場所、この世における輪廻転生の起点ともされているわ」

「輪廻転生・・・?」

桂花が一体何を言おうとしているのか、一刀には理解しかねていた。

「そこで私が見たのは・・・、あの世だった・・・」

一刀は驚いた。桂花はどちらかと言えば現実主義者だと思っていた。

そんな彼女の口からあの世、輪廻転生といった、死後の世界に関する単語が出て来るとは思わなかったのだ。

「ふん、死後の世界があるなんてこれっぽちも信じていないけど、他に例えようがないからそういうしかないのよ!」

せめての強がりなのだろうが、そんな顔で言われたところで虚勢にしか映らなかった。

「そうよ。私が見たのは、この世のものじゃなかった。神聖な場所と言っても、泰山はただの山よ。

けれど、ただの山の頂上はこの世界の向こう、『外側』が見えていたの。麓からでもはっきりと見えたわ!」

桂花は思い出す。その光景は目に焼き付き、今でも鮮明に覚えていた。

偵察のために向かった桂花であったが、その非現実の光景を目の当たりにし、

恐ろしさも相まって、それ以上先へ進む事が出来なかった。

「城に戻った私は、見たことをそのまま華琳様に報告したわ。

そして、華琳様は国内全域に宣言を発した。あの泰山にいる、敵を倒すためにね」

「そして、三日前に軍を率いて泰山に向かったのか・・・」

ここでようやく話が繋がった。一刀はこの空白の三週間の出来事を埋める事が出来たのだ。

華琳は国内にいる全ての兵士をかき集め、総力戦で外史喰らいに臨むつもりだろう。

ここを発って、他の地域の兵士達と合流し、部隊を編成するための時間を考慮しても、今頃は泰山に到着している頃だろう。

「皆・・・」

不吉な予感が脳裏をよぎり、一刀は泰山がある方角を見る。

「何よ、あんた。華琳様達では当てにならないっていうの?」

「そうじゃない・・・、そうじゃない、けど・・・」

華琳達が強いという事は一刀も十分に理解していた。

しかし、彼女達が戦おうとしているのは蜀と呉でも、ましてや五胡でも無い。

あの伏義や女渦、祝融を使ってこの世界を、外史を消そうとしているような存在なのだ。

「敵は・・・強大過ぎるんだ。この世界の常識に当てはまらないくらいに」

「へぇ~、経験者は語るってところかしら?随分と生意気に言ってくれるじゃない。

そんな得体の知れない力を手に入れて強くなった途端、自分より弱い私達を憐れんでいるのかしら?」

「そ、そんなつもりじゃ・・・!」

「そんな事は百も承知なのよ」

「・・・え?」

一刀は桂花を見る。

「正和党の反乱を裏から操って、蜀を滅ぼそうとした伏義。

 巨大な鋼の船を作って、この大陸を焦土に変えようとした女渦。

 盤古という兵器を使って、この大陸を犯そうとした祝融。

この世界を滅ぼすのが連中の目的のようだけれど、こんな事あり得ないわよ。歴史上類を見ない、前代未聞の一大事よ。 

それを平然とやってのけようとした連中を束ねていた相手と戦うなんて・・・」

「・・・・・・」

視線を下にずらすと、桂花の握られた左手がぶるぶると震えていた。

「私は反対したわ。そんな相手と戦うのは無謀だって、華琳様に言ったわ。でも、その言葉は聞き入れてはくれなかったわ。

今の華琳様は、この世界のためではなく、あんたを守るためだけに、戦おうとしているのよ」

そして桂花はぶるぶると震える左手を自分の胸の前に持っていくと、右手で包み込む。

「どうして、私がここにいるか。あんたに分かるかしら?」

「それは、・・・この城の守備のために?」

「それだけじゃないわよ」

どういう事だ、一刀がそう言う前に先に桂花が回答した。

「あんたに、これまでの経緯を説明するためよ」

「俺に?」

「そうよ。目を覚ましたあんたは必ず眠っていた間の事を知りたがる。

だけど、他の子達じゃ、あんたに説明することを土壇場で躊躇う可能性がある。

全てを話せば、あんたは華琳様のために戦おうとする。でも、そうなればあんたは力を使い過ぎて死ぬかもしれない。

だから、私が選ばれたのよ。

私なら、あんたがどうなろうと気にも留めないから。躊躇せず説明が出来ると、華琳様はお考えになったのよ」

「そう、だったのか」

一刀はなるほどと納得した。

確かに、桂花以外の娘達では一刀の身を案じて、説明をしないという可能性があった。

だからこそ、説明役として桂花が適任だと判断した華琳を、一刀はさすがだと感心した。

「・・・あんた、本当に何も分かっていないのね」

「分かっていないって、何が?」

一刀を横目に見ていた桂花は溜息を一つ吐き、一刀から目を逸らした。

「全て話せば、あんたは死ぬと分かっていても戦いに身を投じるって、

最初から分かっているのに、どうして華琳様はわざわざ私を説明役に任じたと思う?」

「えっと、それは・・・あ」

ここで一刀は桂花が言いたい事を察知した。

「そうよ。華琳様も理解しているのよ。この戦、あんたなしでは勝てないって事をね。

・・・勝てないと分かっていながらも、最後はあんたに頼らざるを得ないって分かっていながらも、

それでも・・・あの人は行ったのよ!!」

語尾を強く言った桂花。それは一刀に対する怒りからではない。

その事実が揺るがないものであり、華琳も、そして自分も重々に承知していた事への憤りからであった。

「悔しいけど、認めてあげるわ。

・・・あんたがいなかったら、私達は、この国はとうの昔に滅びていたわ」

男嫌いの桂花が、男である一刀にここまで素直な気持ちを言ったのは恐らく初めてであろう。

「・・・あの日、あんたがこの街に戻って来た時の華琳様は嬉しそうだったわ」

「桂花?」

「私が仕事で良い結果を取ろうと必死になって、それでやっとの思いで見ることが出来る華琳様の笑顔。

あんたはただそこにいるだけで、それをやってのけてしまう。

えぇ、そうよ・・・嫉妬よ!私は、あんたが華琳様を笑顔にする度に、あんたに嫉妬した!」

そう言う桂花は一刀を見ていない。

これは一刀ではなく、桂花自身に向けて発したものだった。

「悔しい!忌々しい程に悔しい・・・けど、私はあんたの代わりにはなれない!

それが分かっているから余計に腹立たしいっ!!」

その小さな体を震わせながら、桂花は腹の底に貯め込んできたものを吐き出すように喋り続ける。

その目から大粒の涙を、子供のようにぼろぼろと流しながら。

「私にもあんたみたいな力があれば・・・、今すぐにでも、華琳様の元へと行って・・・、お守りしたい!

でも・・・、そんな力なんて私には無くて・・・だからせめて華琳様の言いつけだけは守って、

華琳様が無事に帰ってくるのを信じて待つ・・・それが、今の私に出来る唯一のことなのよ!」

「・・・・・・」

一刀は目の前の光景に唖然としていた。

あの桂花のこんな姿を見る日が来るとは思いもよらなかったのだ。

「・・・そうか」

しかし、そんな桂花の本音を聞いた事で一刀はようやく理解する。

どうして南華老仙が一刀に無双玉を託したのか。

ただの尻拭いだろうか、確かにそれはあるだろう。

誰もがそうでありたいと望んでいる。しかし、全ての人間が望み通りに出来る事ではない。

かつての一刀もそうであった。戦う力などほぼ皆無であり、戦場では守られてばかりだった。

だが、今は違う。

そうだ。あの男が一刀に託したのは、誰かのための希望なのだ。

その希望を守るために、自分は今ここにいる。

 

―――後はお前次第だ

 

「迷う必要はない・・・、答えはもう出ているんだ」

こんな所で燻ぶっているわけにはいかない。一刀は重大な選択を、決断を今、下したのだ。

「ちょっと、あんたねぇ!人の話を・・・!」

頬を伝う涙を裾で拭い、桂花は充血した目で一刀を睨んだ。

「すまない、桂花」

一刀は桂花に頭を下げた。

「はぁ!?何を言うのかと思えば、謝罪するべき相手を間違えていない!全く、あんたって本当に馬鹿なん―――」

「そうじゃない」

「え?」

一刀は桂花の台詞を遮る。一刀は気付いていたが、桂花はまだ気付いていなかった。

「華琳のところに行くのは、少しだけ・・・後になりそうなんだ」

「それって・・・」

そして、一刀の背後にあの男が迫った。

 

 

ガギィイ―――ッ!!!

 

桂花から見れば、それは瞬間の出来事だった。

彼女の目の前で広がっていた光景。

 

 

それは左慈が放った蹴りを一刀が刃の刀身で受け止める、対峙した二人の姿だった。

互いに視線で相手を牽制する。

二人が織りなす殺気がその場の空気を一変させた。

「何だ、病み上がりだと聞いていたが」

「・・・ッ!」

左慈の蹴りを払いのけ、一刀は刃で斬りかかった。

左慈は後方へと飛び、一刀の攻撃を回避すると同時に距離を取る。

「左慈!」

「ふん」

二人は体勢を整え、そして構える。

語るための言葉は既に持ち合わせず、互いに残っていたのは戦うこと、だけだった。

その傍らで呆気に取られていた桂花はようやく我に返った。

「ちょっと!こんな所で戦おうとするんじゃないわよ!」

ここは洛陽の城の城壁。

この二人が本気で戦えば、間違いなくこの辺りは廃墟と化す。

城の守りを任されていた桂花は当然そんな事を許すわけにはいかなかった。

しかし、肝心の二人の耳には桂花の言葉は届かず、もう互いの事しか見えていなかった。

 

 

ここに来る途中で、俺は于吉に出会った。

「北郷殿」

「于吉、ちょうど良かった。お前に聞きたい事があったんだ」

「曹操殿の行先であれば、私ではなく、荀彧殿にお聞きになると良いでしょう。

全てを知っているからと言って、いたずらに他の人間の役割を取ってしまうのは無粋ですからね」

「・・・そうか」

「その代わり、私からは左慈についてお話をしようと思うのですが、如何でしょうか?」

「あいつについて?」

俺は、于吉から左慈の話を聞いた。

ただの興味本心だけではなく、あいつが俺を憎む理由を知らなくてはいけない、と俺の中の何かが叫んでいる気がした。

「彼は、左慈はあの時果たせなかった事を今果たそうとしているのです。

全てはあの外史、この外史が生まれる発端となった、今は無きあの外史において我々の存在理由でもあった、

外史の『否定』を」

それは以前、成都の城で聞いた、全ての始まりであるという一つの外史。

その外史で、于吉と左慈は外史を否定する側の存在であったのだ。

「私達は正史で生まれた外史を否定・破壊するという『運命』・・・、プロットを与えられました。

私達が最初に担当する事となった外史は、あなたがいた元の世界、聖フランチェスカ学園を舞台とした世界でした。

左慈は当時、手始めに銅鏡を見つけ出す為に学園の生徒として潜入していました」

「銅鏡?なんでそんなものを」

「銅鏡は突端となりうる者を選び、新たな外史を開くための鍵となる存在。

外史に存在する万物の中に紛れており、それが偶々銅鏡であっただけです。

左慈は新たな外史の発生を防ぐため、その銅鏡を破壊するために探していたのです」

「外史を否定するために、か・・・」

「そしてあの日、学園内に建てられていた歴史資料館で左慈は銅鏡を見つけたのです」

銅鏡・・・待てよ。そういえば、あの時も確か・・・。

「あの時、俺がこの世界に来る直前に出会った、白装束のあいつも銅鏡を持っていた。

つまり、あの銅鏡が原因で、俺はこの世界に戻って来れた?」

「そうでしょうね。その白装束の、恐らく外史喰らいの一末端でしょうが・・・、成程、そういうことですか。

外史喰らいは『再現』する事が狙いだったのですね」

「再現?」

「えぇ・・・話を戻しましょう。

その夜、銅鏡を資料館から盗み出した左慈は、帰る道中である人物と遭遇しました」

「まさか、それって・・・」

「そう、北郷一刀その人です。

左慈と北郷一刀はその場で一悶着を起こしました。

その際、銅鏡は割れてしまい、外史の扉が開いてしまった。

外史を構築するため、新たな突端として選ばれたのが北郷一刀だったのです。

そうして北郷一刀を突端として生まれたのが、登場する武将達が全員女性の三国志の世界。

そして、私達が担当する新たな外史へと切り替わりました」

「そうか。再現っていうのは、そういう意味か。銅鏡を使って、俺を突端にすることで外史を発生させる。

けど、今回はその時と違って、わざわざ新しい外史を発生させる必要はなかった。

肝心の外史はすでに存在していたから」

「外史喰らいとしては、あなたとこの外史を再び結びつけるだけで良かったのですからね」

「なるほどな。・・・悪い、話を脱線させて、それでその後どうなったんだっけ?」

「以前にもお話した通り、あの外史は終端の迎えましたが、正史の人間達によってその存在は肯定されました。

その結果、外史の終端から新たな平行外史が発生したのです。

そして、私達は何処へと向かう事もなく、外史と外史の狭間を漂うだけの存在へとなりました。

否定するという役割を果たせなかった、その罰と言わんばかりに。

私は別にどうともなかったのですが、左慈はそうではなかったのでしょう。

あの頃、彼は次々に発生する外史をずっと眺め続けていました。

あの時の左慈の心境、その時の私には推して図れるものではありませんでした。

そんな中、外史喰らいが暴走したと南華老仙から聞かれた私達は貂蝉と共に暴走を止めるべく行動を起こしました。

ですが・・・、左慈は絶好の機会を得たと思ったのでしょう」

「それが俺を殺す、っていう?」

「えぇ。

正史の人間の意思ではなく、自分自身の意思で貴方を殺し、あの外史の存在を今一度否定する。

かつての役割を果たすことで、自身の存在意義を取り戻すことが出来る。

そう考えているのだと、私は思うのです」

そう言い終えると、于吉は明後日の方向を見る。

しかし、何だその理不尽・・・要はただの逆恨みだろ、それ。どう考えても俺は関係ないだろう。

「あなたからすればそうでしょうが、あなたが北郷一刀である以上、彼からすれば些事なのですよ」

華琳じゃないが、頭が痛くなってきた。『北郷一刀』を安く売りすぎだろ、この外史・・・。

「全く・・・北郷一刀ととして生まれて来たことを後悔する日が来るとは思わなかった

と言うか、今更そんなことをしたって意味がないだろ!?」

「そうですね。実際、そんなことをした所でどうにもならないというに・・・。

ですが、今の左慈にはそれに縋る以外にないのです。自分が存在する理由を欲するが故に」

「ここに存在する、理由か・・・」

俺は頭を掻き毟る。

色々言いたいことはあるが、ようやくあいつが俺を憎む理由が分かった気がする。

分かった上で、俺は・・・あいつと、どう向き合えばいいのだろう?

 

 

「はぁッ!!」

先に仕掛けた一刀の放った攻撃を、左慈は横に避ける。

一刀は空を切った刃の軌道を横薙ぎに変え、横に避けた左慈に斬撃を放った。

だが、左慈はその横薙ぎも容易く避けると、今度はこちらの番だと蹴りを二度、三度と繰り出す。

「うおッ!?」

一刀は刃で防御する。

靴の爪先が刃の刀身にぶつかると、青白い炎が爆ぜる。

その衝撃に一刀は体勢を崩し、後ずさりして左膝をついてしまう。

そして、左慈の右足が頭上より高く上がる。

「死ねぇッ!!」

左慈は一刀の頭蓋骨を砕かんと踵落としを放つ。

「なんのぉ!」

一刀は腰に下げていた鞘を逆手に取り、左慈の踵を跳ね除けた。

跳ね除けられた反動を利用して、左慈はそのまま空中で後転し、一刀から距離を取る。

「ふ・・・ッ!!」

右手に刃、左手に鞘を持ったまま、一刀は左慈に突っ込む。

それは左慈も同様だった。

互いに相手に向かって突撃する二人は早くも激突。

激突の際に生じた衝撃に弾かれるも、二人の間に隙間が出来た瞬間、すかさず手を出していく。

そして、二人が同時に放った廻し蹴りが交差する。

「・・・くッ!」

「・・・ちッ!」

足技に関しては、やはり左慈が一枚上手だった。

一刀は競り負け、左慈に払い除けられる。

「ふんッ!!」

再び体勢を崩した一刀であったが、今度は膝をつかず、足を広げ、腰を落として踏ん張った。

「はぁあああッ!!」

左慈は炎を纏った飛び蹴りを一刀に繰り出した。

「させるかぁ!!!」

一刀は刀身に炎を宿した刃で逆袈裟斬りを放つと炎は巨大な剣状に変化する。

飛び掛かってきた左慈は炎の巨大な剣に切り払われた。

「うぉおおおおおおッ!!!」

左慈は一刀の一撃によって城壁より吹き飛ばされ、体勢を立て直す事も出来ず、城の庭園の方へと落ちていった。

 

ズドォオオオン―――ッ!!!

 

地響きにも似た轟音。

庭園より砂塵の柱が上がり、地に亀裂が走った。

一刀は助走をつけ、城壁から庭園に向かって一直線に飛んだ。

「―――ふんッ!!!」

砂塵の中、左慈より放出された青白色の炎が周囲に舞った砂塵を一掃する。

「はぁあ―――ッ!!!」

一刀は着地と同時に、左慈に両手持ちした刃を振り下ろす。

左慈は両腕を交差させて、一刀の一撃を受け止める。

その瞬間、二人から放たれる衝撃。

衝撃波は炎を乗せ、庭園、および周囲の建造物にまで影響を及ぼした。

戦がない日は皆で集まっては、時に他愛もない話で盛り上がり、時に花を愛で、時に酒を呑み交わした。

そんな憩いの場であるはずだった庭園は今やどこにも存在しない。

先程の衝撃で地は隆起して歪み、亀裂が入る。

衝撃で拡散した炎によって、周囲の木々、花壇に植えられた花々は無惨にも燃えていた。

競り合う中、先に動いたのは一刀。

刃の刀身から青い炎が再び放出。炎は刃を包み、巨大な剣と化す。

炎の剣により、左慈は両腕をじりじりと焼かれ、衝撃に身が縮こまる。だが、左慈は全身の力を以て押し返す。

それに負けまいと、一刀も左慈を押し潰さんと力を込める。

一見すると追い詰められているように見える左慈だったが、その顔は笑っていた。

「はぁああああああ―――ッッ!!!」

左慈の渾身の気迫。

炎の剣は掻き消され、気迫は衝撃となって一刀に襲い掛かる。

「ぐ、うわぁあああ・・・ッ!?!?」

衝撃波は一刀の全身に切傷を残し、後方へと吹き飛ばした。

左慈は一刀を追いかける。

その俊足で距離を詰めると、青白い炎を纏った右拳を一刀に叩き込む。

「が、ハッ!?」

防御することも叶わず、一刀は鳩尾に打撃を喰らってしまう。

意識が飛び、左慈に追撃の機会を与える。

蹴技が主な攻撃手段である左慈が、打撃技を連続で繰り出す。

一刀の体は左慈が繰り出す高速の連続攻撃で宙を舞い続ける。

「グッ、ハッ・・・、く、くそぉ!!」

左慈の攻撃を喰らい続ける中、一刀は血反吐を吐きながら正気を取り戻す。

一刀は左慈が放った左拳を寸前で受け止めると、体勢を変えて左慈に蹴りを放った。

蹴りは左慈の顔面を捉え、左慈の上半身が仰け反る。

左慈の攻撃から解放され、ようやく地に足をつけた一刀は息を整える間も惜しみ、すかさず攻撃に転じた。

だが、左慈は仰け反った反動を利用して近づいて来た一刀の鼻先に頭突きを放った。

「がッ!?」

思いもなかった反撃に一刀は顔を押さえ、たじろきながら後退する。

左慈は再度追撃を行うために一刀との間合いを詰めていく。

「・・・!」

左慈が何かを見て反応する。

顔を押さえた手の合間から見える眼光に、左慈は本能的に足を止める。

「はぁぁあああッ!!!」

刃に力を込め、一刀は足を止めた左慈を片手による真っ向斬りを放った。

 

ドゴォオオオ―――ッッッ!!!

 

一刀が放った斬撃は大地を深く抉る。抉られた地は破片となって上空へと吹き飛んでいく。

肝心の左慈はぎりぎりの所で斬撃を回避、破片に巻き込まれる形で上空へと吹き飛ばれていた。

「はぁあああッ!!!」

左慈は落下する中、破片を避けつつ、体を捻りながら一刀に蹴りを放つと、一刀は刃で受け止めた。

左慈の蹴りと刃の刀身がぶつかる。

その瞬間、青白い炎が発生し、二人の周囲に拡散する。

再び、庭園は炎の海に飲み込まれる。

二人の放った青い炎で燃える庭園はどこか現実味がなく、見ようによっては幻想的にも映る。

「こ、のぉっ!!」

一刀は左慈を払いのける。

しかし、左慈は一刀の力を利用して再び上方へ跳んだ。

右足を自身の頭よりを上げ、地上にいる一刀に狙いを定めると踵落しを放った。

「死ねぇ!!」

左慈の踵は一刀の頭部を捉えた、かに見えた。

「何!?」

左慈の技は一刀を捉えなかった。

目の前にいたと思った一刀は青い炎が発生させた残像でしかなかったのだ。

攻撃を止める事が出来ず、左慈の踵はそのまま地面を砕いた。

砕けた地面の割れ目に沿って青い炎が奔る。

炎を纏った衝撃波は庭園を突き抜けて城壁まで到達。

城壁で止まるかと思えば、その勢いは衰えず、衝撃波はそのまま城壁を切り裂いた。

 

 

「きゃぁああああああっ!!!」

城壁に残っていた桂花が堪らず悲鳴を上げた。

幸い、左慈の放った衝撃波は桂花が立っている場所より離れた場所を切り裂いた。

しかし、その衝撃は離れた場所にいた桂花にも届き、更に城壁の破片まで飛んでいく。

ひとまず物陰に隠れ、身を屈め、頭を守るしかなかった。

「馬鹿ぁ!ほんとに馬鹿ぁ!嫌いよ!あんたなんか!北郷なんか・・・大っ嫌ぃいいいっ!!」

無茶苦茶な戦いを繰り広げる一刀に対して暴言で叫ぶ桂花。

しかし、肝心の人物の耳にその叫びが届くはずもなかった。

 

 

攻撃を外した左慈は急ぎ一刀を捜す。

一刀は左慈の背後にいた。

炎を纏いこれまでに負った傷を修復し、刃を両手で握り締めると、右袈裟切りを左慈の背中に放った。

「甘いっ!!」

一刀は刃を振り下ろすも左慈が放った肘鉄で刀身を受け止められ、攻撃は不発に終わってしまう。 

さらに刃を弾かれ、一刀は体勢を崩して後ろへ下がる。

「はぁあああッ!!」

「・・・くそッ!」

襲い掛かる左慈の攻撃を一刀は体勢を崩したまま凌いでいく。

後ろへと下がり続けていた一刀。気付けば壁際まで追い詰められていた。

「はぁッ!!」

左慈は渾身の蹴りを一刀に放つ。

「くッ!?」

一刀は一歩前に踏み込み、左腕で蹴りを受け止めると、そのまま払い除ける。

体勢を崩した左慈へ更に一歩踏み込み、一刀は左慈の胸ぐらを掴んだ。

「おぉりゃあああッ!!!」

そして、力任せに壁の方へと勢いよく投げ飛ばした。

 

ドゴォオオオッ!!!

 

石壁が砕ける音。

壁に大きな穴を空けて、左慈は建物の中へと入っていく。

建物は武器庫だった。

中で保管されていた武器が散乱する音が聞こえてくる。

直後、武器庫の天井を破壊して、左慈が飛び出してくる。

それはほぼ同時だった。

恐らく武器庫に保管されていた火薬に青白い炎が移ったのだろう。

耳を裂く轟音と共に、武器庫は爆発したのだ。

衝撃は広範囲に及び、壁の破片が飛び散り、地上は砂塵で見えなくなる。

砂塵を切り裂き、飛び出した一刀は空中にいる左慈に向かっていく。

「北郷ォオオオッ!!!」

「左慈ィイイイッ!!!」

互いの名を叫ぶ二人。

左慈は炎を乗せた蹴りを、一刀は炎を乗せた刃を放ち、二人の一撃が交差する。

二人の攻撃は互いに届いていない。

故に、そのまま空中で戦い続ける。

「うぉおおおおおおッ!!!」

「はぁああああああッ!!!」

重力に従い、落下しながらも二人は手と足を止めなかった。

洛陽の城の屋根の上に着地し、伸びた間合いを縮めて再び攻撃を繰り返す。

一刀が放った炎の刃が城の塔を切断し、左慈が放った蹴りで生じた炎の衝撃が渡り廊下を破壊した。

「おい、城を壊すな!!」

「お前も壊しているだろうがッ!!」

言葉を交わしながらも屋根の上を駆け、洛陽の城の上空を舞い、それでも戦い続ける二人。

「俺が華琳に怒られるんだぞ!!」

「知るか、そんなこと!!」

「ふざ、ける、なァアッ!!!」

両手に力を込め、一刀は左慈の脳天に刃を振り下ろす。

単純な動きである故に、左慈は横に躱して回避する。

「だらァアああッ!!!」

振り下ろされた斬撃は垂直に軌道が変わり、横に躱した左慈を追いかける。

「く、また!」

左慈は両腕で斬撃を受け止めるが、一刀は力一杯に刃を振り切る。

刃から放たれた炎の斬撃が左慈を空中へと吹き飛ばしていく。

「うぉおおおおおおッ!!!」

左慈が放った覇気で斬撃が消し飛ばされる。

そして、左慈は両手より出現させた炎を凝縮。

そこから炎の槍を一つ生み出すと、空中で一回転、その勢いに乗せて一刀に目掛け、槍を投げ飛ばした。

「吹き飛べぇッ!!!」

「ッ!?やば・・・!」

槍から放たれる雰囲気から何かを感じ取った一刀は急ぎ回避しようとするも間に合わなかった。

 

ドォオオオオオオンッ!!!

 

地面と空気を響かせる轟音。

投げられた槍が周囲の建造物をも巻き込む程の大爆発に逃げ遅れた一刀も巻き込まれたのだった。

 

 

「ぐッ!・・・が、ぁあ!」

背中に走る激痛に苦悶の表情を浮かべ、のたうち回る一刀。

爆発に巻き込まる寸前、一刀は咄嗟に体を炎で包み込んだ。

そのおかげで爆発による負傷は最小限に抑えられたが、その衝撃までは抑えられずに吹き飛ばされたのだ。

ここは城の宮殿。軍義などの大事な話し合いを行うための場所。

吹き飛ばされた一刀によって、宮殿内の屋根の一部、一本の柱が破壊された。

床は一刀が墜落した衝撃で大きな窪みと歪みが一面に広がる。

痛みを堪え、一刀は起き上がると急ぎ周囲の被害状況を確認した。

「・・・あぁ、これは。華琳に殺されるなぁ、・・・はぁ」

華琳の鬼の形相を思い浮かべ、一刀は一人、深い溜め息をついた。

ふと、宮殿の中央に作られた玉座を見る。

誰が見ても立派な造り。

とある一件で、一刀はこの玉座に座った事を思い出す。

ここだけではない。この城の色々な場所に思い出があり、そのどれもが一刀にとって掛け替えのないものだ。

しかし、避けられないとはいえ、左慈との戦いで城のあらゆる場所が滅茶苦茶になってしまった。

それはまるで、これからの自分達の行く末を暗示しているような、不吉な予感を一刀は感じざるを得なかった。

 

ズドォオオオンッ!!!

 

静寂だった宮殿内に轟音が響き、反射的に発信源の方へ顔を向ける。

そこは玉座があった場所。

天井に穴が空き、そこから陽の光が瓦礫と共に宮殿内に差し込む。

肝心の玉座は跡形もなく、まるで、巨人に踏み潰されたようにぺしゃんこされている。

そして、玉座があった場所にいたのは。

「左慈!」

一刀を追い、上空から屋根を破壊して宮殿内に侵入し、玉座を破壊して着地していた。

一刀の声に反応し、左慈はゆっくりと立ち上がる。

「どこまでもしぶとい奴だ、不愉快なほどに」

 

ガッゴォッ!!!

 

「そこからどけぇーッ!!!」

左慈が話し終える前に動く一刀。

破壊されてもなお、玉座を踏みつける事が許せなかったのだ。

そこに立って良いのは彼女以外にはいないのだから。

なかば突進にも近い形の一刀の攻撃で後ろへと吹き飛ばされる左慈。

「ふんッ!」

体勢を崩すことなく宙で体を捻って勢いを削り、二本の足で着地した。

「決着をつけるぞ!!」

「無論ッ!!」

短い会話を終え、二人は再び心に炎を灯す。

左慈は天井まで飛び上がると天井を足場として一刀に向かって翔ぶ。

頭上から高速で接近する左慈を迎え撃つため、一刀が放つは片手平突き。

そして二人の一撃がぶつかる。

左慈の足先と刃の先端が触れ、その一点のみで力が拮抗し、青白い火花が散る。

「はぁあああッ!!!」

「うぉおおおッ!!!」

互いに力を緩めない。拮抗する力は増大し、その反動で二人は弾かれる。

「うわぁッ!」

弾かれた瞬間、一刀は刃を手離してしまう。

それを見ていた左慈は絶好の機会とすぐさま体勢を立て直し、一刀へと仕掛けていく。

「死ねぇッ!!」

怨嗟の叫びと共に刃と化した手刀を一刀に放った。

 

ドガァッ!!!

 

「ごは・・・ッ!」  

先に手を出したのは左慈だった。

しかし、先に攻撃が通ったのは一刀の方だった。

左慈の手刀に合わせてカウンタ―を放ったのだ。

一刀の右拳は左慈の顔面を捉えた。思わぬ反撃に倒れはしなかったものの、左慈は後ろへとたじろいだ。

その隙を逃すまいと、愛刀を拾う暇も捨て、一刀は左慈に距離を詰めた。

「うぉおおおッ!!」

一刀は右拳を振りかざして左慈に飛び掛かる。

 

ガシィッ!!!

 

重なる二つの拳。

一刀の右拳と左慈の右拳。

衝突する二人の力。

拳同士がぶつかった瞬間に発生した衝撃は青白い炎を乗せて拡散される。

「う、うぉおおおおおおおおお―――ッ!!!」

「でぃやああああああああああ―――ッ!!!」

二人の間で展開する格闘戦。

互いの拳と足がぶつかり合い、その度に青い炎が衝撃に乗って拡散する。

互いに決め手を欠け、互いに手数を重ねる。

技がぶつかる度にその衝撃は宮殿内を揺らす。

揺れる度に天井は軋み、柱にはひびが走り、床は更に歪んで砕け散る。

そして宮殿内に納まらず、城全域を揺らす程に至る。

その衝撃で陶器や窓は割れ、柱や壁にひびが入る。

城内にいた者達は訳が分からぬまま逃げ惑う。

二人の戦いに巻き込まれた事で負傷した者もいたが、奇跡的にも死者は出ていなかった。

「ちッ、これではいつまでたってもきりがない!」

この格闘戦から先に引いたのは左慈であった。

左慈は拳を引くとその場から離れ、一刀から距離をとった。

「・・・お互い、時間は残されていないからな」

左慈は一刀を睨む。一刀も左慈を睨み返す。

「確かに、だったら!!」

一刀は愛刀の刃を回収すると手で軽く刀身を撫でる。

そして、刃を両手で持ち、剣道でいうところの中段の構えをとった。

一刀にとって最も馴染みがある基本の構え。

その間、左慈は動かなかった。

「ふぅ・・・ッ!!」

静かに、しかし、確実に力を籠めていく。

その身体からは青い炎が闘気のように燃え上がる。

「はぁ・・・ッ!!」

そして、それは一刀の身体にも同様の現象が起きていた。

互いに自分の奥底にある力を解放していく。

解放されていく力と共に高揚感に似た感覚も高まっていく。

「于吉から話は聞いているだろう。俺達がどういう存在であるか?」

「あぁ、聞いた。俺を憎んでいる理由もな」

「なら、話は早い。俺は今こそ、貴様に奪われたものを取り戻す!!

そのために、貴様はここで殺すッ―――!!」

「そうはいかないッ!!俺はまだやらなきゃならないことがあるんだ!!

託されたこの希望(おもい)を守るためにッ!俺は、ここにいるんだッ!!!」

刃の刀身に炎が集まる。

先程までと異なり、炎は密度の高い、青白色の光に昇華されていく。

刀身を中心として、爆発したくて堪らないと言わんばかりに、光は激しく蠢いている。

蠢く光は気流を発生させ、一刀の周囲に風を生み出す。

「はっははははははははははッ!!!あの時と違って見栄を張ったな!!

ならば、その希望もろともこの一撃で・・・粉微塵に砕いてやるッ!!」

左慈は全身から放たれる炎を右足に全て集める。

すると、右足の底から青白色の光が放たれる。光から放たれる衝撃波が宮殿の床を細かく砕き、粉塵となった破片が宙に舞った。

 

 

一瞬、左慈は膝を曲げ、その反動を利用して跳ぶと、空中で一回転、一刀に向かって光を放つ右足にて飛び蹴りを放った。

 

 

―――下らん幻想に抱かれて・・・死ねよ、北郷ぉおおおおおおおおお―――ッ!!!

 

 

光は左慈を包み込み、それはまるで弾丸の如く。

光は螺旋を描き、一刀を撃ち抜かんとする―――。

 

 

一刀は刃を大きく振りかぶる。

それは斬るためではなく、撃つための動作。

その体勢から自分に跳び蹴りを放った左慈の姿を見据える。

 

 

―――砕かせはしない!・・・いくぞ、左慈ぃいいいいいいいい―――ッ!!!

 

後の事は一切考えず、全ての力を以て刃を振り切った。

迫り来る左慈に青白色の光の衝撃波を放った―――。

 

 

宮殿内から外に向かって目が霞む程の光が放たれる。

そこで小さな太陽が生まれたのだろうか。否、二つの同色の光がぶつかり合っていたのだ。

「おおおおおおおおお―――ッ!!!」

「はああああああああ―――ッ!!!」

その希望と共に、一刀を蹴り砕かんとする左慈。

その憎悪と共に、左慈を撃ち落とさんとする一刀。

二人の叫びが城全体に反響する。

二人が放った渾身の一撃が衝突し、青白色の光はうねりを上げて、広範囲に拡散する。

これまでの比較にならない大規模な衝撃波は城全体へ及ぶ。

大地を揺るがし、柱は軋み、建物が上下に激しく揺れる。

壁と瓦が粒状に砕け散り、脆弱になった建物はいとも容易く崩壊していく。

先に崩壊したのは宮殿だった。

全ての支柱が破壊され、強度を失った瞬間に上から瓦解していく。

だが、瓦解した瓦礫は全て青白い光の渦に飲み込まれ消滅する。

光は膨脹し、宮殿を包み込むまでに至ると、天より高く上っていく。

それは成都で、涼州で目撃された現象。

光の中から二体の龍が現れ、天へと登りながら、互いに交わっていく姿が目撃された。

桂花はただ物陰に隠れ、早く戦いが終わる事を祈るしかなかった。

この状況が続くのであれば、洛陽の城は跡形も残さずこの世から消えるだろう。

もしかすれば洛陽の城下町、下手をすれば大陸全土が荒野と化すかもしれない。

 

 

しかし、その心配は杞憂だった。

雲より遥か上へと二体の龍が消えると、光は瞬く間に収束、消滅した。

今この瞬間、二人の決着は着いたのだ。

跡形もなく消え去った宮殿の跡地。そこに残るは二つの影。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」

呼吸は乱れてはいるが二本の足で地に立つ一刀。

砕けた大地の上に仰向けで倒れる左慈。

この戦いの勝者は、一刀であった。

 

 

「・・・が、がは、ごほッ!」

血反吐が気管に入り、左慈は反射的に咳き込む。

先程の衝突で競り負け、一刀の放った一撃を全身で受けてしまい、指先すら動かせずにいた。

左慈が生きていると理解すると、一刀は背向ける。

「・・・とどめを、ささないのか?」

息継ぎもままならない状態で、左慈は掠れた声で一刀を呼び止める。

呼び止められた一刀は足を止め、答えた。

「理由が、ないからな」

「なん、だと・・・?」

一刀は背を向けたまま、顔だけを左慈に向ける。

「お前には『北郷一刀』と因縁があるんだろうけど、俺個人には関係のない話だろ」

「・・・・・・ッ」

「・・・俺は、ただ自分に降りかかる火の粉を払うために戦っていた。・・・それだけだ」

言いたい事は言った。

一刀は止めていた足を再び動かし、その場を離れていく。

「ま、まて・・・!」

左慈はもう一度呼び止めるが、一刀は足を止めない。その代わりに言葉を交わす。

「言ったはずだ、俺にはやるべきことがあるって。

その後だったら、また相手になってやるから、今はそこで寝ていろ」

そう言い残し、一刀は振り返る事はなく、その場からいなくなった。

そして、残ったのは左慈は・・・。

「うぅ、うぐ・・・うぅ、うおおおおおおおおおおお―――!!!」

泣いた。

ただ、泣くしかなかった。

自己の存在を証明出来なかったからか。

一刀に負けたからか。

それとも、生かされたからか。

はたまた、自身がしてきた事に対する真実を指摘されたからか。

その理由は、本人のみが知りうる事であった。

 

 

「もう、本当に・・・無茶苦茶なんだから、あんた達は・・・」

その形は保っていたが、至る場所が崩壊した城壁から身を乗り出し、二人の様子を見ていた桂花。

もはや怒る気力もなく、ただぐったりと寝そべっていた。

 

 

一刀と左慈の激闘により、変わり果ててしまった庭園。

そんな庭園の花壇、炎で消し飛んだはずの花々。

しかし、よく見ると、一輪・・・たった一輪だけ、あの戦いの中で生き残っていた。

少し青みがかった、一輪の白い花は今も土に根を張り、空に向かって真っ直ぐに咲いていた。

 

 


 
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