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真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版27

夜遅くにこんばんわ、アンドレカンドレです。
魏・外史伝 再編集完全版・涼州編。
随分と時間がかかりましたが、これでこの章の最後となります。
様々な人物の視点から物語が語られてきましたが、面白いと思う反面、
いろいろと面倒臭くもありました(笑)。

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2020-07-01 23:50:57 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1226   閲覧ユーザー数:1213

第二十七章~それは天に昇る龍が如く~

 

 

 

魏軍本陣の中。兵士達はどよめき、混乱に支配されていた。

「風、兵達の様子は?」

混乱に伴い、陣内では多くの人間が駆け回っている中、華琳は風に状況を確認する。

「うーん、皆さん大分動揺されていましてぇ~。沙和ちゃん達が頑張っていますが、混乱は広がる一方ですねぇ」

そういうと、風は涼州の城に目を向ける。華琳も同じ方向を見ると、その先に広がっていた光景はあまりにも

現実からかけ離れていた。城はほぼ全壊、しかしそれは戦によってではなかった。

街全体襲った揺れの直後に現れたそれは、まるで種子の殻を破って芽吹く植物のように城の内側から城壁や天井の

至る箇所を破壊して外に飛び出した無数の黒色の触手達。

それだけでも異様だが、更に城の中央より触手達が絡み合って一つの集合体を形成した、

大樹にも見えるそれは空に向かって伸びていた。

その集合体の中央部で黄金色に怪しく輝く球体状の核が目を引いた。

 

 

「な、何なのだ・・・あれは!?」

大きな口を開けて言葉を失っていた春蘭が、ようやく声に出したのがその台詞であった。

魏軍本陣から離れた民家の集まる通りでその光景を目の当たりにした一刀、春蘭、秋蘭の三人。

次から次へと続く予想外の展開に、春蘭と秋蘭は思考が追いついていなかった。

一刀は一刀でその光景に困惑はしていたが、二人ほどではなかった。

一刀も現代を生きる高校生だ。

フィクションとはいえ、似たような展開のアニメや漫画、小説などを見た事があったため、

「まるでアニメや漫画の世界だな」

という感想の方が強かった。

しかし、それはアニメや漫画ではなく、一刀にとってそれは現実に起きている事であった。

だからこそ、一刀は行動を起こした。それの元に向かおうとその場を駆け出そうとした。

「待て、北郷!」

秋蘭に呼び止められ、一刀は足を止めた。

「行くのか?」

「・・・もちろん、ね」

「そうか」

「うん」

「気をつけるのだぞ」

「うん、いってくる!」

とても短い言葉だけで淡白な会話をする一刀と秋蘭。しかし、その短い言葉には沢山の情報が詰め込まれていた。

春蘭はそんな事を知る由もなく、言葉を挟む隙がなくただ黙って二人を見ていた。

会話を終え、一刀は再び駆けだす。その背中を秋蘭と春蘭は黙って見送るのであった。

 

 

「うわぁあああっ!!」

城の外へと脱出すると同時に前方に転げ倒れる翠。

間一髪のところであった。背後より迫っていた触手達から辛くも逃げ切ることが出来た。

ここまで誰一人欠く事無く城より脱出した、翠、蒲公英、凪、真桜の四人。

「大丈夫、姉さま!」

「あぁ、何とかな・・・けど」

転んだ翠の元へ駆け付ける蒲公英。翠は服についた土埃を手で払って立ち上がる。

変わり果てた城を見上げると、そこには自分達が倒したはずの盤古。

先程対峙した時よりも巨大になっており、もう自分達の手の届く範囲のはるか彼方に存在していた。

もはや自分達では手に負えなくなっていた。

「こなくそがい!」

駄目で元々と、真桜はグレネードランチャーを構える。

狙いを盤古の核に定め、引き金を引いた。

大きな弧を描き、擲弾は核に飛んでいく。

しかし、その手前で巨大に成長した触手が擲弾を受け止め防御する。

擲弾は爆発するも、その爆発は核に届く事はなかった。

擲弾の残弾は底を尽き、それ以上の攻撃は不可能となってしまった。

「・・・駄目か」

真桜の一言が決定打になったのだろう。その場にいた四人の雰囲気は落胆の色に染まった。

四人はただ途方に暮れるしかなかった。

あれだけ頑張って戦って倒したのに、それが全て無駄だったというこの絶望感。

「もう・・・、駄目だよ。こんなの、どうしようもないよ」

弱音を吐いた蒲公英はその場にへたれ込む。

他の三人もどうすることも出来ず、項垂れるしか出来なかった。

そんな状況の中・・・。

「凪、真桜!!」

そこに一人の少年が駆けつけた。

「「隊長!!」」

一刀の姿を見つけた二人の声が重なる。一刀は四人の元へ駆け寄っていく。

「お前達、こんなところで何を?」

一刀はどうしてこの四人がここにいるのか、その経緯を知らなかった。

そのため、城に辿り着いた時に見覚えのある顔がいた事に驚きを隠せなかった。

そんな一刀に対して、凪達は事情を説明を始めた。

「私達は華琳様の命で、人を怪物に変えるという装置の調査をしていました」

「人を怪物に変える?」

「黒尽くめの傀儡兵がおるやろ?この下にそれを生産しとるやつがおるって翠が言ってな。それを調べておったんよ」

「祝融は盤古と言っていました」

「祝融に会ったのか!」

「せや。そいつに嵌められて盤古っちゅうん怪物と戦う羽目になったんよ」

「そうだったのか・・・、よく無事だったな」

「はい。何とか盤古を倒したはずなのですが・・・」

「かえって状況が悪うなった気がするんよ」

凪と真桜の表情が曇る。その原因は眼前にあるあれだろう。

一刀達はそれを見上げる。

一刀は初めて見たわけだが、崩落した城の中からそびえ立つ触手の集合体、それこそが盤古であるとすぐに分かった。

改めて四人の様子を見ると、明らかに意気消沈していた。

二人の話は大まかな内容でしかなかった。

しかし、この落胆ぶりから、この四人がどれだけ頑張ったかを一刀が理解するには十分だった。

だからこそ、一刀は彼女達の頑張りを引き継ごうと決めたのであった。

「・・・どうしたらいい?」

「え?」

一刀が発した言葉の意味を凪は一瞬理解する事が出来なかった。

「時間がない、あれをどうにかしないと。何か弱点はないのか?」

先程の話で四人は一度盤古を倒しているという、ならば倒す算段があったはずだ。

一刀の意図を汲み取れた凪は盤古の弱点、急所であろう場所を指し示した。

「恐らく、あの核が弱点だと思います」

「あの、金色に光っている?」

最初に盤古を見た時も真っ先に目に入った黄金色に輝く球体状の核。

何となくではあったが、凪に指し示された事で何となくの感覚は確信に変わった。

「せやな、さっきも翠がそこを壊して動かなくなったしなぁ」

「・・・それだけ分かれば十分だ」

「隊長?」

「ここは俺に任せて、お前達は下がっていろ」

「え?」

「ここから先は、俺の役目だ」

「・・・隊長、大丈夫ですか?」

凪は心配だった。顔色は普通であったが、心なしか一刀が疲れているように思えたからだ。

そんな凪を安心させようと、一刀は凪の頭を撫でた。

「・・・あぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」

そう言って凪に笑いかける一刀。

彼が見せるいつもの笑顔に凪は安心する。自分の心配は杞憂だったのだろう。

凪達はこの場を一刀に任せる事にした。

実際、ここから先は自分達は足手まといになるだろう。 

一刀の邪魔になりたくないと思い、凪と真桜は翠と蒲公英を説得し、その場を離れていく。

しかし、後ろ髪を引かれる感覚に襲われ、凪は足を止めて振り返る。

見えたのは一刀の背中姿。彼の大きなそれが今は小さく見えたのは気のせいであったのだろうか。

凪達がその場を離れていくのを見届けると、一刀は急ぎ城の上部へと向かった。

 

 

「がはっ!げほっげほっ・・・!」

城の上部に到着した一刀。口の中に残っていた血反吐をその場で吐き出す。

力を行使していても満身創痍の身体が悲鳴を上げていた。

城の上部の屋根は盤古によって完全に崩落しており空が見える。

床の中央が崩壊し、地下より伸びる盤古がそこに君臨していた。

盤古の周辺は瓦礫と盤古の触手で支配され、異質な空間を作っていた。

凪達にはあのような事を言っていたが、内心は今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だった。

目の前のそれを目にして、恐怖が一刀の身を心を支配していく。

足ががくがくと震えているのは疲労からくるものだけではなかった。

ここで殺されるかもしれない。もし、ここで勝てたとしてもこれから先も戦い続ければ・・・。

だが、それでも一刀はここに立っていた。足の震えを手で無理やりに抑え、乱れた呼吸を整える。

たとえどんなに辛く悲しくとも、今ここで逃げ出してしまえば、一刀は自分を一生許す事は出来ないだろう。

「まだ終わらせない・・・、そのためにも!」

一刀は左手で鞘を持ち上げ、右手で刃(じん)の柄を握ると鞘から抜く。

麒麟との戦いで斬馬刀と鎧は完全に砕かれてしまったが、この刀だけは無傷を保っていた。

道中で出会った老人、露仁と名乗った南華老仙からもらい受けた刀。

付き合いは決して長くはないが、不思議と手に馴染むこの感触。ぐっと力強く柄を握り締める。

空に向かって伸び続けていた盤古が一刀の存在を認識したのだろうか。

触手同士が絡みつきながら、伸びていく方向を下方へと変え、うねりながら一刀が立つ地に降りてくる。

盤古の先端、無数の触手達が幾重にも絡みつき、次第に触手達は別の形を形成していった。

一刀の眼前に生物の形を成した盤古が巨大な口を開く。それに呼応するように周囲より生物の顔を持つ触手が出現する。

鋭利な牙を生やす巨大な口は飲み込まれれば這い上がる事は出来ないだろう。

この圧倒的絶望の中、一刀はこの怪物と戦うのだった。

 

 

駆ける一刀。襲い掛かる触手。口を開けて牙を剥くが、一刀は難なくかわす。

「せいッ!!」

正面から襲ってきた触手を刀身に青い炎を纏わせた刃で斬りつける。

頭上から両断された触手は青い炎を上げて燃える。

一刀は触手を片端から斬って倒すが、触手は無限に湧いてくる。

それは一刀も理解していた。倒すべきは中央に居座る盤古。

しかし、盤古に近づこうにも周囲の触手とどこからともなく現れる傀儡兵達がそれを阻んだ。

斬っても斬っても、触手と傀儡兵が次から次へと現れる。

このままでは四方八方を囲まれる、そうなる前にと一刀は左手に力を込める。

左拳から青い炎が出現した事を確認すると、一刀は眼前の敵ではなく床に向かって左拳を叩き込んだ。

左拳で叩かれた床の部分を起点に放射状に青い炎が広範囲に拡散する。

外史喰らいより生まれたモノは無双玉、情報の力、青い炎に弱く、

拡散した炎に巻かれた触手と傀儡兵は一瞬で燃え上がり灰と化す。

「ッ!?」

周囲の敵を一掃した一刀。その頭上に巨大な触手が叩きつけに掛かった。

突如影が出来た事で触手の存在に気付いた一刀は寸前で横に回避する事が出来た。

一刀がいた場所を触手が叩きつけると、その箇所が脆かったのだろう、床が崩壊してしまった。

床の崩壊は一刀の立つ場所にまで達し一刀は急ぎその場から離れる。

しかし、そこに盤古の本体が突進してくる。

「うぉおおおッ!!」

一刀を一息に飲み込まんと口を大きく開ける盤古。そうはさせまいと一刀は刃を構える。

盤古の上顎は刃で、下顎は足で受け止め、口を閉じさせないよう固定する。

だが、盤古の顎の力は思いのほか強かった。ぐぐっと盤古の口が閉じていく。

一刀は左手の平で刃の峰を押さえ上顎を押さえ、下顎は両足で踏みつけるように押し返した。

一刀に喰らいついた盤古の勢いは衰えず、一刀を咥えたまま突進する。

一刀は身動きが取れず、瓦礫などが背中に容赦なくぶつかる。

懸命に押し返すも盤古が一刀を喰らおうとする顎の力は衰える事はなく、このままでは一刀は飲み込まれてしまうだろう。

そう思った一刀は再び力を解放した。

「はああああああ―――ッ!!!」

一刀の全身からオーラを放つように青い炎が現れる。そして掛け声に合わせて盤古の口を一瞬押し返し、

すかさず上顎を両手で掴むと、そのまま盤古の上顎より上方へ自分の身体を持ち上げた。

下顎を押さえていた一刀の足がなくなったため盤古は口を閉じた。当然、その口の中に一刀は入っていない。

盤古の口撃を切り抜けた一刀は間髪入れず反撃に移る。

「ふんッ!!」

ズドン―――ッ!!!

刃を握ったまま、右拳で盤古の鼻先を上から殴った。

撃ち抜かれたような大きな音、盤古の頭部は床に叩きつけられる。

「このぉお―――ッ!!!」

一刀の反撃は続く。足がまだ地に着いていない状態で放った右足蹴りが盤古の横顔を完全に捉えた。

ドガァア―――ッ!!!

その蹴りを喰らった盤古の頭部は横に吹き飛ばされる。

蹴り飛ばされた盤古の頭部は瓦礫に激突、粉塵とともに瓦礫の破片が宙に舞った。

瓦礫に埋もれ、下敷きとなった盤古の頭部。一刀はその隙にと乱れた呼吸を整え、額の汗を手の甲で拭った。

盤古は一刀に休息をとらせまいと次の行動を取った。

頭を持つ触手達が口を開く。一刀に喰らいつこうとしていると予想した一刀は構える。

しかし、触手達は一刀に襲い掛からない。

不審に思った一刀だったが、触手の口の中が光っている事に気が付いた。

黄金色に輝く光、口の中でその輝きは増していく。

そして触手達が妙な動きをしたと思った瞬間、口の中から黄金色の光線が放たれた。

「なッ、なにぃ―――!?」

まさかの光線攻撃。これには一刀も予想する事が出来なかった。

自分を囲む触手達が一斉に放った光線から慌てて逃げる一刀。

物理攻撃ではない、指向性エネルギーを用いた攻撃は回避するしかない。

逃げる一刀に触手達は容赦なく光線を吐き続ける。

幸い、直線状に放たれる光線であったため、その軌道が分かれば比較的簡単に回避する事が出来た。

しかし、盤古の攻撃は光線だけではなく、無限に現れる傀儡兵達と触手による攻撃もそこに加わる。

光線だけであれば問題はなかったが、傀儡兵達が繰り出す奇襲戦法と触手の叩きつけなどの物理攻撃が

次第に一刀を追い詰めていった。

先程と同様に広範囲攻撃を行おうと考えるも、この状況では力を込める余裕がなかった。

そこで一刀は思い出す。霞の偃月刀、麒麟との戦いで用意した斬馬刀・・・、武器に力を込める事で巨大化するあの現象。

理屈は分からなかったが、実は拳に力を込めるよりも武器に力を込めた方が炎が発現するまでの時間は短かったのだ。

「普通に考えれば逆な気がするけど・・・」

そんな事を呟きながら、一刀は愛刀、刃を見る。

今までは刀身に纏わせる程度にしていたが、果たしてこの刀の細い刀身はこの力に耐えられるだろうか。

そんな時、瓦礫を全て払い除けた盤古の頭部が再び動き出す。この戦況の変化は一刀から考える時間を奪う。

盤古が口を開く。その奥から他の触手達と同様に放たれる黄金色の輝き。

その口が大きく開かれた瞬間、口から放たれる光線。一刀は回避する間もなく光に飲み込まれる。

触手が放つそれとは比較にならない巨大光線。壁の一角を破壊し、城の崩壊を更に加速させる。

盤古の放つ光線は途切れる事なく、光線に触れたものは全て掻き消されていく。

 

ただ一つを除いて―――。

 

黄金色の光の中に灯る青い光。

初めは儚く淡い色。だが、黄金色に融ける事は決してなく。

儚い青は強みを増し、その存在を主張する。

「はぁあああああああああああああ―――ッ!!!」

その声と共に、青い光は黄金色の光を切り裂いた。

青い光の正体は青い炎を刀身に纏った刃。

一刀は愛刀に力を流し込み続ける。炎は次第に光へと変換される。

一刀は刃の切っ先を盤古に向ける。

「ふぅう、・・・はぁあああ―――ッ!!!」

一息入れてからの腹の底から出した気合。

青い光は一直線に伸び、黄金色の光線を両断して盤古に迫る。

盤古は負けまいと光線を放ち続けるが、意味を為さない行為であった。

そして、青い光は刃(やいば)となって盤古を口の中から貫いたのであった。

頭部を貫かれ、消える盤古の光線。

一刀は腰を下げ、重心を落とす。

「でぇやぁあああああああああ―――ッ!!!」

青い炎で刀身が伸びた刃(じん)を左に横薙ぎする。

盤古の頭部を横に切り裂き、そのまま横薙ぎ一回転。

周囲にいた触手、傀儡兵を纏めて一掃する事に成功した。

「これでぇ―――ッ!!!」

とどめ、と言わんばかりに回転の勢いを生かし、盤古に向かって刃を勢いよく振り切った。

刃の刀身に纏い伸長させていた青い炎が、振り切った瞬間に衝撃波となって刃から放たれる。

風を斬り、衝撃波となった炎は盤古の頭部を包み込む。

衝撃波は頭部を削り取っていき、そして跡形もなく消し飛ばしたのであった。

 

 

「ふッ!」

ザシュッ!

一刀は核に刃を突き立てる。核を損傷させると同時に、一刀がその場に留まるための杭の代わりにする。

ふと気になって、外の様子を見ようと後ろを振り返る。

城壁は先程の戦闘によって完全に崩落していたため、一刀は街の様子を見ることが出来た。

「な・・・ッ!?」

言葉を失った一刀。

街は盤古の触手に侵食されていたのだ。自分が盤古と戦っていた間も触手は城外へと伸び続け、

街中にまで到達していたのだ。触手から必死に逃げる魏の兵士達。あの中に凪達もいるのだろうか。

触手に触れれば、そのまま取り込まれて傀儡兵に作り変えられてしまう。

涼州の街、そしてその外、最終的には大陸全土を覆い尽くそうとする盤古。

そう、盤古はまだ活動を継続していたのだ。一刀が倒したのは飽くまでも一部にすぎなかった。

このままではこの世界は外史喰らいによって犯されてしまう。

「それだけは・・・絶対にさせない!!」

今一度、左拳に力を集中させる。青い炎が左拳から溢れんばかりに燃え上がる。

地下より現れた盤古の触手が地面を這って街を、大陸を覆い尽くそうとする中、一刀は黄金色の核に一撃を叩き込んだ。

「俺に託された力が希望だというのなら・・・この絶望を切り開いてくれぇーーーッ!」

切なる願い、左拳で叩かれた箇所が砕け散る。

核内部の液体に左手が触れた瞬間、黄金色に輝いていたそれは次第に青白く染まっていく。

「ぐ、ぅああああああああああ―――ッ!?」

苦しむ一刀。体の中にあるものが無理やり外に引きずり出されそうになる感覚に襲われる。

黄金色の核が青白く輝き始めると、破損部分より光が漏れ出す。

すると盤古の幹、絡み合う触手の隙間より光が漏れ出し青い炎が噴き出した。

それに終わらず、今度は盤古が膨張を始める。

成長とは明らかに異なるそれは中で何かが暴れ、外に出ようと食い破ろうとしていたのだ。

 

 

「うえええ!な、な、な、なにあれぇ!?」

混乱する本陣の中。

季衣は突如現れた盤古から、青白い光が放たれている光景を見ていた。

次から次へと予想だに出来ない事態の連続に、思考が停止しそうになっていた中で更に予想だに出来ない事が発生した。

頭を使い過ぎてしまったため知恵熱が出たのだろうか、季衣の顔は赤くしてふらつき始めた。

「だ、大丈夫!?しっかりして、季衣!」

後ろに倒れそうになった親友を後ろから受け止める流琉。

季衣程ではなかったが、流琉も実際のところ同じように混乱していた。

しかし、その中で分かった事があった。あの青白い光、あれには見覚えがあったからだ。

「あの、光は・・・兄様の」

「一刀がやったのね」

「華琳様!?」

いつの間にそこにいたのだろうか、流琉の背後に華琳が立っていた。

華琳は流琉達に目をくれず、盤古の方を見続けていた。

 

華琳は一刀に新たな命を与えようとしていた。

盤古を倒すには、一刀の力が必要不可欠になるだろう。

凪達が調査から戻り、調査結果を踏まえた上で一刀に盤古討伐の命令を出す予定であった。

だが、その予定は大きく外れる事となった。

盤古が地表に出現した時は、さすがの華琳も焦りを隠せなかった。

調査に向かわせた凪達に何かあったのではないか。

とも考えていたが、物見からの報告で城の方よりこちらに戻ってくる姿を確認できたためそれは杞憂に終わった。

盤古が現れた以上、急ぎ一刀に向かわせる必要があったが、どうやら一刀もこの状況を理解していたのだろう。

自分の命を受ける前に行動を起こしてくれたのだ。

そして、結果的に一刀が盤古を討伐する事に成功したのだ。

あの青白い光は間違いなく一刀の力によって発生したものだ。

一刀の姿が見えずとも、あそこにいるのだと華琳は確信していた。

だが、そんな彼女の顔は憂いを帯びていた。

何故ならば、彼女の心を締め付けるものがあったからだ。

一刀の身体を見たあの時から、予感めいた不安が華琳の心を締め付けていた。

 

「華琳様、大丈夫ですか?」

憂いを帯びた華琳を見たからだろう。流琉は心配そうな声で華琳に声を掛けた。

「・・・大丈夫よ。ほら、季衣を休ませてあげなさい。ここもじきに荒れるでしょうしね」

「・・・?分かりました」

華琳の最後の言葉の意味が分からず、流琉は首を傾げたが、腕の中で気を失っている季衣を

このままにするわけにもいかなかったため、華琳に一礼をすると流琉はその場を離れた。

流琉を一応に見送り、華琳は再び盤古を見ると光は先程よりも一層強くなっていた。

「・・・来るわ」

そう、華琳が呟いた瞬間、盤古より眩いほどの光が発せられる。

そこから先は一瞬の出来事であった。

盤古は半球状の光に包み込まれる。そして半球の頂点より光の柱が天に向かって伸びていく。

柱が出現したと同時に突風が発生し、涼州の街を駆け抜けていった。

 

 

「きゃぁああああああっ!!!」

「うぅうううううううっ!!!」

「うぁあああああああっ!!!」

光を中心に発生した突風が街に襲い掛かる。木箱、桶、洗濯物・・・あらゆるものを全て、無関係に吹き飛ばしていく。

華琳達が待つ本陣に戻る道中、凪達は石で積み上げられた壁を盾にする事で突風を何とか凌いでいた。

「い、一体何がどうなってるのよぉおおおっ!!」

「あたしが知るわけないだろうが!!」

全く状況が分かっていない中、蒲公英と翠は混乱していた。

ただ、荒れ狂う突風に吹き飛ばされないよう耐えるしかなかった。

 

――――。

 

「秋蘭っ!一体・・・何が起きているのだ!?」

「さて・・・天変地異、もしかしたら世界が終わりを迎えようとしているのかもしれないな」

家々の合間を吹き抜けてくる突風。それに飛ばされまいと建物の陰に隠れていた春蘭と秋蘭。

「北郷は!北郷は、無事なのか・・・!」

「・・・・・・」

盤古に向かった一刀の身を案じる春蘭の横で、秋蘭は難しい表情を浮かべ光を見ていた。

 

――――。

 

魏軍本陣も同様の状況であった。

軍議を開くために用意した机は突風に煽られ、吹き飛ばされずとも風に押され横にずれていく。

机の上に置かれていた地図などの紙類は呆気なく吹き飛ばされ、風の刃に切り裂かれ紙屑と化す。

立てられた軍旗は激しくなびき、それが原因で棒が折れてしまったものさえあった。

設置された幕舎は大きく揺さぶられ、その反動で崩れてしまったものや

形を維持したまま空に舞い上がってしまったものもあった。

周囲を見ると飛ばされまいと身を低くして突風を耐え凌ぐ者もいれば、突風に体を吹き飛ばされ地面を転がる者もいた。

「きゃぁあああっ!!!」

桂花は猫耳のフードを押さえ、地面に立てられていた柱にしがみついていた。

「風っ!大丈夫ですかっ!?」

「うぅ~・・・、ホウケイ、大丈夫ですか~!」

稟は風の安否を確認しようと横を見ると、風は自分の事よりも手の中にいるホウケイを心配していた。

以前は頭の上に乗せていたが、最近は手に被せ指で操るのが風の中で流行のようだ。

「風!ホウケイの心配だけではなく、自分の心配もして!!」

「は、はい~。・・・あっ、稟ちゃん、前ぇ!?」

「えっ・・・」

バコッ!!!

「ふがぁっ!」

風に指摘された稟は前を見ると、飛んできた木製の桶を顔面で受け止めてしまった。

心配するべきは自分自身だったようだ。稟は勢いよく鼻血を出し、そのまま気を失ってしまう。

「あぁ、稟ちゃ―――ん!!」

意識がない稟の身体は突風に煽られ、そのまま地面を転がっていく。

「稟ちゃ―――――――――んっ!?」

向こうへと転がっていく稟に向かって珍しく叫ぶ風。しかし、その叫びは稟に届かなかった。

「おっと!」

転がり続けていた稟の身体は突然現れた人物によって受け止められる。

その人物は風もよく知る者であった。

「霞ちゃん・・・!」

そう、救出された恋を連れて本陣に戻っていた霞だった。

偃月刀を杖代わりにしてこの突風の中で稟を受け止めたのだ。

「おい!稟、しっかりせぇや!!」

「ふが、ふが・・・」

霞の腕の中で鼻血を流しながら稟は目を回していた。  

 

――――。

 

「く・・・っ」

華琳は右手で顔を隠しながらもその場を動く事は決してなかった。

身に着けられた外套が突風で激しくはためく。

街の中にあったあらゆる物が無造作に転がり、華琳の横を過ぎていく。

いずれ転がってきた物が華琳にぶつかるかもしれない。それでも動く事はなかった。

そんな華琳の目に映った光景。

それは荒々しく、しかしどこか美しく・・・。

その場にいた者達全員がその光景から目を離さなかった。

否、離せなかったのだ。

彼女達の目に映った光景、それはまるで・・・。

「・・・天に昇る、龍のように」

青炎の龍は雄叫びを上げながら天へと還っていく。

そして盤古を中心に発生した半球状の光は、瞬く間に涼州の街を包み込んでしまうのであった。

 

 

逃げる間もなく光に包みこまれた華琳。

思わずを目を閉じてしまったが、周囲の状況を確認するために目を開ける。

「ここは・・・」

何もない世界。天と地の境界線が存在しない、白一色の世界。

自分が地に足を着けているのかすらも分からない。

自分以外の人間はここにはいないようだ。

皆はどうしたのだろうか、探しに行くべきだろうか。

そんな事を考えていると、自分以外の存在を初めて認識した。

だが、それは果たして人間なのだろうか。

確かに人間の形をしている。しかし、華琳にはその存在が人間であると認識する事が出来なかった。

そもそもいつからそこに立っていたのだろうか。

疑問はいくつもあるものの、この状況を打開しなくてならない。

華琳は目の前の存在に声を掛けた。

「あなたは?」

華琳に声を掛けられ、びくんと身体が反応する。

少しの間を置き、存在はゆっくりと華琳の方を見た。

 

「・・・さま、・・・りんさま、・・・華琳様!!」

はっと我に返る。華琳は気が付くと目の前には桂花達がいた。

「桂花・・・?」

「華琳様!はぁ・・・、ご無事で何よりでございます」

一安心したんだろう、桂花は一息ついた。

「貴方たちも無事だったようね」

「はい、突風も落ち着きましたので。ですが、突風の影響で負傷をしてしまった者もいるようです」

そう言っている稟自身も負傷したのだろう。鼻穴にはわずかに血が滲んだ紙を詰めていた。

そんな稟の姿を見て、華琳は引きつった表情を浮かべる。

「そ、そのようね。・・・それで、街の様子はどうなのかしら?」

「そ、それが・・・ですね」

何とも歯切れの悪い返答をする稟。何か問題が発生したのであろうか。

「何かあったのかしら?」

「いえ、それが・・・何もないのです」

「それはどういう意味?」

稟は心底困り果てた表情を浮かべている。

華琳は稟の回答を待っていると、向こうの方が騒がしい事に気づいた。

「・・・何か騒がしいようだけれど」

「涼州の民達が理由を求めて殺到しているのです」

「民達が?」

全く状況が理解できなかった。確か涼州の民達は外史喰らいの手によって傀儡兵に変えられてしまったと翠が言っていた。

恐らくそれは間違いないだろう。故に、この地に民が存在するはずがなかったのだ。

しかし、実際にはその民達が本陣に押し寄せているという。

「どうも、ここでの戦は『無かった』ことになっているようですねぇ~」

「何ですって?」

どこからともなく現れた風が意味深な事を言う。華琳は軍師三人に詳細を求めた。

軍師達の話はこうであった。

盤古の姿が跡形もない事は勿論、傀儡兵達もおらず、そもそもここで戦いがあった事すら無かった事にされていた。

傀儡兵に作り変えられたはずの涼州の民達は何事もなかったように街で生活をしているのだ。

そこに突然、華琳が率いる魏軍が街の真ん中に現れて、逆に混乱しているというのが現在の状況であったのだ。

兵士達もこの状況が理解できず、涼州の民達にどう説明すればよいのか分からなかった。

「・・・まさか、あの光の影響?」

思い当たる節はあった。

盤古を中心に現れた光、それは涼州の街を包み込んだ。あの光と今の状況には何か関係があるのではないだろうか。

そんな事を考えていたら、華琳は一刀の存在を思い出す。

「・・・一刀」

一刀の身を案じ、華琳は涼州の城を再び見た。

 

 

「・・・大丈夫か、真桜?」

「大丈夫・・・、に見えるんかいな~」

真桜は頭に桶をかぶりながら、凪の問いに答える。

「・・・、お、終わったの~?」

蒲公英は逆さまに倒れたまま、空を見上げる。

「多分・・・な」

そう言って、翠は城の方を見る。

しかし、そこに存在していたはずの盤古は街にまで侵食していた触手と共に跡形もなく消え去っていた。

それどころか、その痕跡すらも消えていたのだ。

涼州の城は以前の姿のままであり、街中も戦いの跡が一つも残っていなかった。

それどころか・・・。

「皆が・・・いる?」

翠は急ぎ大通りに出ると、涼州の民達が何事もなかったように街の中で生活をしていたのだった。

先程までの激戦が夢だったのかと錯覚してしまうほどに日常がそこに広がっていたのだ。

「おや、馬超様ではありませんか?」

「え?」

後ろから声を掛けられ、翠は後ろを見る。

そこには昔から馴染みにしている店の店主がいた。

「あ、馬超さまだぁ!」

「馬超様!」

「お久しぶりです、馬超さま!」

翠の存在に気付いた民達が次々と集まってくる。

混乱する翠とは裏腹に人々は久方ぶりに見た馬超に心を躍らせていたのだ。

「今日は馬超様お一人なのでしょうか?」

「あ、いや・・・たんぽ、馬岱も一緒だけど?」

「あれ、おじさん?」

噂をすれば、蒲公英が凪と真桜と一緒に現れると、見覚えのある顔に蒲公英は自然と声を掛けた。

「これはこれは馬岱。相も変わらずなご様子で」

「え、えぇと・・・、皆大丈夫、だったの?」

蒲公英は困惑しながらも、店主に確認をした。しかし、店主はその問いの意図が理解できず眉をひそめる。

「それはどういう意味でございましょう?」

「え?えぇっと、それは・・・」

街の人々と自分達の間にある認識のずれにどうしたらいいのか分からなかった。

そんな蒲公英の心境など知るはずもない一人の子供が彼女の服の裾を引っ張る。

「ねぇねぇ、馬岱さま!あそぼー!」

「「「あそぼー!」」」

一人の子供があそぼーと言うと、周りにいた子供達も呼応してあそぼーと言う。

子供達は蒲公英の手を引っ張り、どこかへと連れて行こうとする。

「ちょ、ちょっと待って、待ってよ、もー!」

子供達の手を払いのけようにも、蒲公英にそんな事が出来るわけがなく、そのまま子供達に連れて行かれてしまうのであった。

一方、翠の方はと言うと。

「あ、そうだわ!馬超様に似合いそうな一品がちょうど入荷したのでした!馬超様、今から私の店に来ませんか?」

「馬超様!鞍の具合はどうですか?何なら自分が見ましょうか?」

「槍の方はどうですかい!修理して欲しかったら俺がやりますぜ!」

「それよりも馬超様・・・!」

「馬超様・・・!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、皆ぁーっ!!」

民達に囲まれ、あれだこれだと声を掛けられ、目を回しながらも一人一人に相手する。

涼州の民達は翠を今までと何一つ変わらず受け入れる。そこに翠が抱いていた懸念など一片も無かったのだ。

そんな光景を数歩下がった場所から凪と真桜は見ていた。

「な~んや、全然問題あらへんやんか」

「あぁ、そうだな」

呆れつつも、良かったと心より安心していた二人であった。

 

 

「一体、何だこれは?」

「さてな。私に聞かれても答えは出ないぞ、姉者」

大通りにでた春蘭と秋蘭は目の前に広がる光景にただ困惑していた。

通りは沢山の人々で賑わい、いくつもの出店が並び、食材、雑貨、書物、装飾品・・・あらゆる物が売り買いされ、

料理屋では店先で羊肉を豪快に焼いているおかげで食欲をそそる香ばしい匂いがしていた。

通りの中央では旅芸人達が得意とする芸を各々披露しており、時折人々から驚きの声が上がっていた。

先程まで傀儡兵達と戦っていたはずの街中で、涼州の民達が何事もなかったかのように日常を過ごしていた。

ここで戦いがあった事すら無かった事にされていたのだ。

状況を確認するべく、人ごみを掻き分けながら二人は城の方へと進んでいた。

城の方には一刀がいるはずだ。

光に包まれた前後の記憶が曖昧であったが、あの光は恐らく一刀が放ったものであろう。

あの光に包まれた結果、今の状況が作りだされたというのであれば、

当の本人に確かめるべきだろうし、何より彼の身が心配でもあった。

「ん、何だあの人だかりは?」

城の門前で春蘭が奇妙な人だかりを見つける。

芸を披露している旅芸人を見ようと集まっているのかと思ったが、

陽気な雰囲気などなく、むしろ不穏な雰囲気に人々の間でどよめきあっていた。

「すまん、通してくれ!」

嫌な予感がした。二人は急ぎ人だかりへと向かい、人の合間を縫ってその中心へ進んだ。

「「・・・っ!?」」

二人は絶句した。

そこで目撃したのは、変わり果てた一刀の姿であった。

その顔は真っ青で、まるで死んでいるようにうつ伏せに倒れていたのだ。

人々がどよめいていたのは、変わり果てた天の御遣いが倒れていたからだったのだ。

「・・・北郷!!」

先に一刀に駆け寄ったのは春蘭だった。一刀の生死を一刻も早く確かめようと頸動脈を触れる。

幸い脈はあった。しかし、その鼓動はあまりにも弱く、今にも消えてしまいそうであった。

「北郷、死ぬな!しっかりするのだ!!・・・一刀っ!!」

今にも泣きだしそうな感じで必死に声をかける春蘭。しかし、一刀は全く反応しない。

そんな光景を見ていた周囲の野次馬達は更にどよめく。

一層大きくなるどよめきは春蘭の逆鱗に触れ、彼女の怒りの矛先は彼等に向かった。

「貴様ら、何を見ている!!これは見世物ではないぞ、早く失せよ!!!」

先程までの消え入りそうな雰囲気は一変、親の仇と言わんばかりの春蘭の怒号に野次馬達は怖気づき、

蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていった。

その場に残ったのは春蘭、秋蘭、そして春蘭の腕に抱かれる一刀のみとなった。

「姉者」

秋蘭は春蘭の肩を叩く。秋蘭の存在に気付いた春蘭は目に涙を浮かべていた。

「う・・・、秋蘭!一体、私はどうすれば・・・」

「まずは落ち着くのだ。姉者が取り乱したところで北郷は目を覚まさないぞ」

「ぐす・・・っ」

秋蘭の助言に従い、春蘭はひとまず目に溜まっていた涙を拭った。

「よし、では北郷を医者の所に運ぼう。ここでは人の目につくからな」

「・・・わかった」

少し冷静を取り戻し、秋蘭の言う事に従う春蘭。

しかし、秋蘭も内心穏やかではなかった。

あの時、どうして一刀を行かせてしまったのか。

秋蘭はただひたすら自分を責めていた。

こうなるであろうという予感はしていたのだ、今にも潰れてしまいそうな彼の背中を見た時から。

 

 

それから時が過ぎ、涼州の街の混乱は一応に収まった。魏軍は街の外に陣を敷き、夜を迎える準備をしていた。

陣内の兵士達と将達は夕餉を前にするも食はあまり進まず、そのほとんどがある天幕を見ているばかりであった。

「・・・・・・」

とある天幕の中。

簡易型の寝台で眠っている一刀。

真っ青だった顔色は血色が程よく戻り、静かに寝息を立てていた。

その横には椅子に座り、一刀の様子を見る華琳。そしてその後ろには春蘭と秋蘭が立っていた。

「・・・それで、医者はなんて言っていたのかしら?」

「いえ、何も。原因は全く分からないと」

あれから春蘭と秋蘭は一刀を医者の元へと連れて行った。

しかし、肝心の医者は首を傾げるばかり、手の施しようがないと匙を投げる始末だった。

そんな医者に春蘭は殴りかかろうとしたが、瀕死だったはずの一刀の身体はいつの間にか回復していたのであった。

「それにしても、北郷の身に何があったのでしょう?」

春蘭は華琳に尋ねる。その傍らで思うところがあるのだろう、秋蘭は春蘭達から目を逸らす。

華琳はそんな秋蘭に気が付いていた。

「何かの病なのでしょうか?」

春蘭は首を傾げながら華琳に尋ねると、華琳は首を横に振る。

「それは・・・、私にも分からないわ」

華琳が一瞬躊躇し、言葉を濁した事を秋蘭は見逃さなかった。

「・・・ですが、華琳様には思い当たる節があるのではないですか?」

「そ、そうなのですか、華琳様?」

さすがは秋蘭、と一瞬の迷いを見抜いたに華琳は感心する。

「そうね・・・けれど、それはあなたもでしょう、秋蘭?」

「え、そうなのか、秋蘭?」

春蘭は二人を見比べるように首を左右に振る。しかし、そこで会話は途切れてしまい沈黙が続いた。

この妙な空気の重さに春蘭は居たたまれない気持ちになってしまった。

「あ、あの華琳様?・・・秋蘭?

二人だけ何か知っていて、私だけ何も知らないというこの空気。私はどうしろと?」

華琳は一刀の身体に異常が起きている事を、秋蘭は一刀が満身創痍であった事を知っていた。

だが、それを口にする事は容易ではなかった。

皆に心配を掛けたくない、愛する男からの切な願いが華琳と秋蘭を躊躇わせていたからであった。

しかし、一刀がこんな状態に陥った今、互いに口を閉ざしている事に意味はない。

そして観念したように、華琳と秋蘭は固く閉じていた口を開こうとした時だった。

「どうやら、恐れていたことが起きてしまったようねぇ」

声の主を見つけるため天幕の入り口の方を見ると、そこには貂蝉が立っていた。

「貴様!何を勝手に入ってきておるのだ!」

現在、この天幕への出入りは許可がある者以外は禁止されていた。

許可もなく入ってきた貂蝉に春蘭は厳しい態度をとる。しかし、華琳は春蘭を諫めた。

「貂蝉、あなたは知っているのかしら。今、一刀に何が起きているのか?」

「・・・・・・」

華琳は先程の意味深な発言の真意を確かめるために貂蝉に問う。

だが、貂蝉は華琳達から目を背け黙り込んでしまう。

普段の陽気で飄々とした振る舞いをする人物が悲しそうな表情をしている。

「貂蝉、黙っていないで答えなさい」

「・・・・・・」

再度華琳は問う。だが、貂蝉は沈黙を通した。そんな貂蝉の態度に春蘭は苛立ちを露わにする。

「貴様、華琳様に対して何だその態度はっ!」

春蘭は咄嗟に腰に帯刀していた剣の鞘に手を掛ける。

「止せ、姉者!」

秋蘭は春蘭のその行動を制止させる。そんなやり取りを見ていた貂蝉は溜息を吐きだす。

「・・・分かったわ。ほんとは黙っているように一刀ちゃんに言われていたんだけど、状況が状況だものねぇ~」

貂蝉は観念して、華琳達に一刀の身に何が起きているのかを伝える事にした。

「まぁ、ここで話すのも何でしょうから。もう少しちゃんとした場所で、ね?」

そう言って、貂蝉は一足先に天幕から出ていく。華琳達も遅れて天幕から出て貂蝉の後を追った。

 

 

場所は変わり、華琳の天幕の中。

「話をする前に、曹操ちゃんは一刀ちゃんの裸は見たのかしら?」

そう言われ、華琳は以前に見た一刀の体を思い出す。

「・・・えぇ、見たわ」

貂蝉の問いに真剣に答える華琳。

「それなら話は早いわね。一刀ちゃんの体のあれは『副作用』の初期症状なのよ」

「『副作用』・・・ですって?」

「要するに、一刀ちゃんの体にある無双玉の力を使い続けた結果があれってことよぉ」

「どうしてそんな事になっているの?」

「一刀ちゃんに埋め込まれた無双玉はぁ、前にも説明した通り、外史を構築するのに必要とされている全ての情報よぉ。

一刀ちゃんはその情報を消費する事で、初めて力を発揮することができるわ。・・・でも、それは同時にあの子の体に

大きな負担を強いることにもなるの。いわば、諸刃の剣。情報を消費すればするほど、体に返ってくる負担もどんどん

大きくなるってわけね」

「負担が掛かると、どうなるのだ?」

華琳と貂蝉の話に一区切りを入れる形で割って入ってくる秋蘭。

「本来、無双玉の情報は一刀ちゃんの中に存在するものではないわ。疲れただけならば少し休めば元気になるだろうけど、

存在しない力を使った疲労はただ休んだだけではとれない。これは・・・一種の毒なのよ」

「毒ですって?」

「そう、毒。存在しないものを消費した際に生じるモノは体外に排泄されずどんどん身体に蓄積されていく。

蓄積され続けたそれはぁ、やがて毒になって一刀ちゃんの身体を副作用という形で蝕むに至ってしまったのよ」

「そう、それで一刀の身体があんな事になってしまったのね」

貂蝉は無言で頷くと、再び話を再開する。

「そんな状態でも力を使い続けたことで一刀ちゃんの身体は更に蝕んでいった。だから身体の方が悲鳴を上げてしまった。

夏侯淵ちゃん、あなたがあの時見た一刀ちゃんはそういう状態だったのよ?」

秋蘭は木箱に腕を置いても立ち上がれずにいた、真っ青な顔をした一刀の姿を思い出す。

貂蝉に言われなくても、あの時の一刀がどういう状態であったかは分かりきった事であった。

「・・・やはり、あの時の北郷はすでに限界だったのだな」

「その通り」

「秋蘭!お前、それを分かっていて北郷を行かせたのか!」

「そういう、約束・・・だったからな」

「く・・・!」

「このまま力を使い続ければ、毒はどんどん溜まって、どんどん身体は蝕んでいく。そして、最後は・・・」

「最後だと?ま、まさか!二年前のように、天の国に帰って行ってしまうのではないのだろうなっ!?」

春蘭は二年前一刀がこの外史から消滅した時の事を思い出し、貂蝉に問い詰める。

「・・・・・・」

前のめりに顔を突き出してくる春蘭から貂蝉は顔を背け、そのまま黙ってしまう。

「おいっ!何故そこで黙るのだ!?」

黙り込みを通す貂蝉に苛立ちを覚え、春蘭は問い詰め続ける。そして、貂蝉はその重い口をゆっくりと開いた。

「・・・そうであったならどれだけよかったのかしら、ねぇ」

「なんだと?」

「それは、どういう意味なのだ?」

貂蝉の言おうとする事が理解出来ない春蘭。その横から秋蘭が貂蝉にその詳細を求める。

「最後は・・・。最後は、一刀ちゃんは一刀ちゃんでなくなるわ」

「一刀が一刀でなくなる・・・、それはどういう意味?」

「・・・・・死ぬ、と言う事よ」

貂蝉は今まで回りくどい説明をしてきたが、今、華琳達に最も簡潔な言葉で伝えた。

「「「・・・っ!?」」」

華琳達は貂蝉の言葉に衝撃を受け絶句する。只事ではない、彼女達にも大凡は理解出来ていたつもりでいた。

しかし、まさかそれほどまでに深刻な事態だったとは思いもしなかったのだ。

「・・・一刀を殺す事は外史喰らいの目的の一つ。確かそうだったわね?」

「えぇ、その通りよ」

「それに対抗するために、あなた達は一刀にあの力を授けたのね?」

「そういう事になるわね」

「そして、その力によって一刀は死ぬ事になる?」

「今のままでは・・・ね」

華琳の質問に、貂蝉は淡々と答え続ける。

「ちょっと待て!!それは矛盾していないか!北郷に死んで欲しくないと言っておきながら、

お前達のした事が原因で北郷は死のうとしているではないか!?」

無論、それは言っている貂蝉も承知していた。

「もうそれしか方法が無かったからよ。外史喰らいの暴走を止め、外史の消滅を回避する。

力を失った老仙ちゃんに出来た事は『一刀ちゃんに無双玉を託す事』。それ以外に無かったの」

ドガァッ!!!

春蘭は割れんばかりに机を叩いた。彼女の手は強く握られ、ぶるぶると震えていた。

「それしか方法が無かった?・・・ふざけるなっ!!その南華老仙が如何な人物か私は知らん!

だが、自分の不始末を北郷に一方的に押し付けて、挙句の果てに死ねとは・・・無責任過ぎるではないかっ!!」

怒りで顔を赤く染め、春蘭は腹の底から湧き上がってくる怒りを貂蝉に向けて吐き出した。

「お、落ち着け姉者っ!貂蝉はただ説明しているだけなのだ。責めるのは筋違いだ」

秋蘭に諭される春蘭であったが、それで彼女の怒りが静まるはずも無く、その怒りは南華老仙に向けられた。

「ぐぅ・・・、なら、ならば!その南華老仙を今すぐここに連れて来い!!!私自らが叩き切ってくれるっ!!」

「それは無理よ、春蘭ちゃん」

「何だとぉ・・・!!」

無理とはどういう事だ!春蘭がそう言いかけようとした時、貂蝉が先にその理由を春蘭に教える。

「老仙ちゃんは、もう・・・死んでいるのだから」

「な・・・っ!?」

貂蝉の言葉に、返す言葉を失くす春蘭。先程までの怒りは何処ぞと消え、彼女の顔から熱が一気に引く。

「あの子は外史喰らいから一刀ちゃんを守るために、その身を犠牲にしたの。戦うだけの力なんて、

もうほとんど残っていなかったと言うのに・・・」

「・・・・・・」

「本当なら、一刀ちゃんが死なない様に老仙ちゃんが力の使い方を教えてあげるはずだったわ。

・・・でも、その前に老仙ちゃんは死んでしまったのよぉ」

「・・・くそぉっ、くそぉおおおっ!!」

怒りをぶつける相手はいない。

春蘭は自身の中から湧きだつ怒りをどうすればいいのか分からず、いつしか怒りは涙に変わって頬を伝っていた。

ぶるぶると肩を震わせる春蘭の背中を見た秋蘭は次に貂蝉の方を見る。

「貂蝉。何か・・・北郷を救う方法は無いものだろうか?」

秋蘭は蜘蛛の糸にもすがりつく罪人の様な思いで貂蝉にわずかな希望を求める。

「・・・ある事には、あるわ」

彼女達の前に、蜘蛛の糸が天から降りてきた。

「・・・え?」

意外な答えに、華琳はぽかんとした顔になる。

「そ、それは・・・本当なのか!?」

意外な答えに春蘭は自分の耳を疑い、もう一度貂蝉に聞き返す。

「えぇ・・・、でもそのためには外史喰らいの暴走を止める必要があるのよ」

「・・・もう少し詳しく教えてくれないかしら?」

「外史喰らいは、外史の数を一定に保つため、外史を削除・調整する事の他に削除した外史の情報を保存して、

新たな外史の発生に再利用するという機能も持っているの。無双玉は元々そのために創られるもの。

創ることが出来るのならぁ、逆に分解することもできるはずよ。

今の一刀ちゃんは、或る意味、無双玉そのもの。

だから、外史喰らいの機能を利用して一刀ちゃんと無双玉を分離させる事が出来れば・・・」

「一刀を助ける事ができる」

華琳は貂蝉の代わりに、希望の結論を口にする。

「でも、そのためにはさっきも言ったように、暴走している外史喰らいを止めて、正常に戻す必要があるの」

「待て、貂蝉。外史喰らいの暴走を止める・・・、お主はそう言うが具体的に何をすれば暴走を止める事が出来るのだ?」

秋蘭は貂蝉にその具体的な手段を聞くと、貂蝉はふふふっと笑みを浮かべる。

「止める方法はたった一つ、外史喰らいの中枢である『マザーシステム』の破壊・・・」

「まざー、しすてむ・・・?何だそれは?」

 聞き慣れない言葉に、頭の上に?を浮かべながら貂蝉に尋ねる春蘭。

「マザーシステム。言うなれば、外史喰らいの『脳』の部分に当たる所よ。

つまり、脳を破壊して脳死状態にした外史喰らいの体、システムをこちらのものにするって事よ」

貂蝉は自分の頭を指差しながら分かりやすく説明する。

「成程、頭を失った外史喰らいの体を我々で乗っ取ってやろうという魂胆か」

「けれど、そのためには外史喰らいが今何処にいるのか、という問題にぶつかるわね。

外史喰らいの足取りは分かっているのかしら?」

華琳は貂蝉に尋ねると、貂蝉は首を横に振った。

「今、干吉ちゃんがそれを追っているわ。

だけど、外史喰らいがこの外史を削除している以上、

少なくともこの外史の何処かに外史喰らいに続く道があるはずなのよ」

「道・・・?」

華琳は道について貂蝉に詳細を求める。

「外史喰らいは外史の狭間を移動している存在。

外史に介入する際、外史との間に道を作ってそこから分身達を送り込むのよ」

「そうか。その道を辿って行けば外史喰らいの中へと侵入する事ができる。そういう事か?」

「そういう事よん」

貂蝉は秋蘭の考えをにやけた顔で肯定する。

「華琳様!」

「分かっているわ、春蘭。貂蝉、一刀の身体はあとどれほどもつのかしら?」

「一カ月。これ以上、力を使わなければの話だけど」

「一ヶ月か、微妙な期限だな」

ふむぅ・・・と、手の上に顎を乗せながら唸る秋蘭。だが春蘭にはその様な迷いは無かった。

「だが、やるしかない。

あいつを助けるためには死ぬ前に外史喰らいを倒さねばいけないのだからな!

華琳様、この事を他の皆にも話して我々も外史喰らいの居所を探しましょう!!」

「・・・・・・・・・」

そう言って春蘭は華琳の方を見るが、華琳は春蘭に目をくれずただ黙って何かを考えていた。

「あの・・・華琳、様?」

「華琳様?」

春蘭と秋蘭の声は今の華琳には届かなかった。

この戦いの元凶である外史喰らいと直接戦う事になれば、今回と同様に一刀に頼らざるを得なくなるだろう。

だが、彼が力を使い続ければ彼は死ぬ事になる。

だからといって、自分達だけで戦って勝つ事は残念ながら不可能であろう。

それ程の存在である事を華琳は十分に理解していた。

故に、華琳は葛藤する。

自分はどのような決断を下すべきであるのか。

 

そして、物語は終端へと収束していくのだった・・・。

 


 
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