No.101789

真・恋姫†無双~江東の花嫁達・娘達~(絆と温もり)

minazukiさん

娘編も折り返しの第六弾です。

今回は秋祭りや通院、風邪ひきさんなどで更新がおそくなってしまったことをここでお詫び申し上げます。

今回のお話は目には見えない絆と温もりをお届けします。

続きを表示

2009-10-18 22:24:44 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:14112   閲覧ユーザー数:10704

・オリジナルキャラクター紹介

 

 黄柄(こうへい)・・・・・・一刀と祭の娘で真名が楽(らく)。

            元気が有り余っており身体を動かすことが大好き。

            いつかは母親のような武将になりたいと思いつつ日々の鍛錬を欠かせない。

            無類の酒好きであり、何度となく祭を除く大人達に注意されるがまったくやめようとしない。

            だが妹の雅の言うことは何でも聞く。

 

 太史享(たいしきょう)・・・・・・一刀と京の娘で真名が雅(みやび)。

               母親とは正反対で文官を目指している頑張り屋さん。

               誰かが困っている時には身を挺して守る優しさを兼ね備えている。

               姉の楽が一番好きで何かと世話をしたりされたりの関係。

               そしてなぜか一刀から教えてもらった漬物をつけるのが好き。

(絆と温もり)

 

「美味いの」

 

「これなら何杯でも呑めるね」

 

 満足そうな声が二つ、月の輝きに照られている庭の一席から聞こえてきた。

 

 呉の重臣である黄蓋こと祭とその娘である黄柄こと真名が楽は酒を何杯もあおってほろ酔い気分になっていた。

 

「とうちゃん遅いね」

 

 彼女達にとって父であり夫である男が戻ってこないことを気にしている楽は何度も母親に聞いていた。

 

「そろそろ戻ってくるじゃろう。それまでほれ、もっと呑め」

 

 娘の杯に遠慮なく酒を注いでいく祭に嬉しそうな表情を浮かべる楽はそれを一気に呑み干していく。

 

「いい呑みっぷりじゃのう」

 

「まったくだ」

 

 祭と楽が後ろを振り向くと呆れ顔の一刀とその横から酒のつまみとして焼き魚と漬物を持ってきた京とその娘である太史享こと真名が雅も同様の顔をしていた。

 

「まったく、目を離すとすぐに呑ませるんだから」

 

「よいではないか。楽とて今年で十二じゃ。それに氷蓮様とて十六ではないか。四つ変わらぬのなら気にするほどでもなかろう?」

 

「ダメなものはダメ。こら、楽、言っている傍から呑むな」

 

 これ以上放置しておけば祭のように呑み助になってしまうと危惧している一刀は楽から杯を奪い取った。

 

「ひどい!とうちゃん、返せよ!」

 

「ダメだ。酒はもう少し大きくなったら呑みなさい。それまでは雅とお茶を呑むんだ」

 

 酒の代わりにお茶を淹れて楽に差し出すと不服そうな顔をした。

 

「お姉ちゃん、お父ちゃんの言うとおりだよ」

 

 雅は姿勢を正しくして椅子に座って持ってきた焼き魚を頬張っていた。

 

「楽お姉ちゃん、めっだよ」

 

 自分達の姉は許されて自分が許されない理不尽さを感じるであろうと思った楽だが、雅にそう言われると妙に納得した感じの表情をした。

 

「雅にそう言われたら仕方ないな。とうちゃん、ごめんな」

 

 素直に謝る楽。

 

「本当に楽は雅に弱いな」

 

 一刀と祭、それに京はそんな二人の間で何かがあったことなど知る由もなかった。

 

「だって雅だからね」

 

 楽にとってそれだけ自分に影響を与えている雅の言葉を無視できない理由があった。

 

「楽お姉ちゃん、ありがとうね」

 

 自分の言葉を受け入れてくれた姉に嬉しそうにお礼を言う雅。

 

「いいって」

 

 二人の仲が良いのはただ姉妹というだけではなかった。

 遡ること一年前。

 

 楽がいつものように祭と華雄に武芸の鍛錬を終えた後、屋敷に戻って月に昼餉を作ってもらって満足していた。

 

「楽ちゃんは本当に美味しく食べるね」

 

 料理を作る者にとって美味しそうに食べてくれるのは嬉しいことだった。

 

「ゆえさまの飯はかあちゃんの次に美味いから」

 

 祭に比べて少し味が薄い月の料理が嫌いではなく、むしろ大好きな部類だった。

 

「祭さんの青椒肉絲は私も大好きだよ」

 

「うん♪あれなら何杯でも食べられるよ」

 

 あっという間に昼餉を平らげた楽はきちんと手を合わせて、

 

「ごちそうさま」

 

 と言って食堂を出て行った。

 

 そして自分の部屋に向かう途中、ふと一刀の部屋の入り口が開いていたので何気なく中を覗いた。

 

「あれ?」

 

 ふと目に付いたのは机の上に一振りの剣が鞘に納まって置いてあった。

 

「これは」

 

 気になって部屋の中に入ってその剣を手に取る。

 

 それは華琳から譲られた青紅の剣だった。

 

「とうちゃんの剣かぁ」

 

 将来武人になるであろう楽にとって武器というものには興味を覚えて当たり前だった。

 

 それも精巧に作り上げられた武器ならばなおさらだった。

 

「ちょっとぐらいいいよな」

 

 念のため入り口の方を確認すると誰も通る気配がなかったので、ゆっくりと青紅の剣を鞘から抜いていく。

 

 十数年という歳月が流れてなお、その光沢はまったく衰えることなく刃こぼれ一つなかった。

 

「おぉ~。すごい」

 

 今まで見たことのない武器に楽は歓声を上げる。

 

「いいなぁ~。こんな武器、アタイにも欲しいなぁ」

 

 鍛錬の時に使う武器は刃を潰しているものを使っているため、実践用の武器は初めて手にしていた。

 

「なんでこんないいものをとうちゃんが持っているんだ?」

 

 武将としては余りにも弱すぎるということぐらいは実際に見たときにわかっていたので、武器を持つこと自体が不思議でならなかった。

 

「そうだ。せっかくだから」

 

 楽はいきなり構えるといつもの鍛錬のように振り回していく。

 

「すごい、すごい、すごい、すごい」

 

 剣を握っている感触がしっくりときて喜ぶ楽。

 だが、その時だった。

 

「お父ちゃん、戻ってきたの?」

 

 顔を覗かせてきたのは雅だったのだが、それに驚いた楽は青紅の剣を机にぶつけてしまった。

 

「楽お姉ちゃん、何しているの?」

 

 不思議そうに姉を見る雅。

 

「それって?」

 

「あ、いや、これは」

 

 慌てて鞘に収めようとした時、刃先に僅かな刃こぼれを見つけてしまった。

 

「ああああああああああああ!?」

 

「!?」

 

 思わず大声を上げてしまった楽に何事かと驚く雅。

 

「ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう……」

 

 大切な剣を傷つけたなど知れたらいくら温厚で親バカな一刀でも怒るに違いないと思った楽はどうしたらいいのか大混乱に陥った。

 

「ら、楽お姉ちゃん、落ち着いて」

 

 雅はとりあえず落ち着くようにと何度も諭した。

 

「お、お、落ち着けって言われても無理だって」

 

 いつもの闊達さはなりを潜めてしまった楽。

 

「お姉ちゃん、深呼吸!」

 

 そんな姉をどうにかして落ち着かせようと大声を上げる雅。

 

「すーはーすーはー」

 

 言われるままに深呼吸を繰り返していき、何とか落ち着きを取り戻していく楽だがその表情は冴えない。

 

「なんですか、今の声は?」

 

 そこへやってきたのは月。

 

「ゆ、月様!?」

 

「あれ?楽ちゃんに雅ちゃん。お義兄さまの部屋で何をしているの?」

 

「え、え、えっと、それは…………」

 

 剣を振り回して挙句に刃こぼれまでさせてしまったなど口に出来るわけがないため、必死になっていいわけを考える楽。

 

「お父ちゃんの忘れ物を取りに来たのです」

 

 とっさに雅が楽の代わりに自分達がどうしてここにいるかを事細かく月に説明をしていく。

 

「なるほど。お義兄さまが待っていることだと思うから早くもっていってあげてね」

 

「はい」

 

 月はそう言って去っていき、その姿が見えなくなるまで雅は見送った。

 

「行きましたよ、楽お姉ちゃん」

 地獄から救出されたようにホッとした楽だが、問題が解決されたわけではなかった。

 

「雅、これどうしよう?」

 

 小さな刃こぼれなので鞘に入れておけば問題はないだろうと楽は一瞬思ったが、放置しておいて後日それがばれた時が怖かった。

 

 そして母親である祭にまで知られたらどうなるかぐらいは楽でも容易に想像できたため放置などもってのほかだった。

 

「壊してしまったものは仕方ないですよ」

 

「だからってこのままだと……」

 

 顔色が青ざめていく姉を見る雅も困ってしまった。

 

「鍛冶屋さんに持っていくしかないと思いますよ」

 

「で、でも、街の鍛冶屋はとうちゃんにばれるからダメだ」

 

 民のための政策を打ち出し、また大都督とは思えぬ行動で街によく出かけたりしているため、鍛冶屋に修理を出してはすぐにばれてしまう。

 

「それ以外は?」

 

「他の方法はないと思います」

 

 同じばれるのであれば直した方が幾分かマシだという雅に対して楽は頭を抱えてうなっていた。

 

「それとも正直に話しますか?」

 

「そ、それは……」

 

 間違いなく怒られるのに決まっていると思うだけに正直に話せるほど勇気はなかった。

 

「ではこのままでは楽お姉ちゃんが怒られるだけですよ」

 

 雅の言葉一つ一つが重くのしかかってくる楽はますます落ち込んでいく。

 

 そんな姉を見て雅はどうしたらいいのか考えると、ある事を思いついた。

 

「楽お姉ちゃん、いい方法があります」

 

「な、なに?」

 

「それはですね」

 

 楽に耳打ちをする雅。

 

「というわけです」

 

 説明をし終わった雅に楽は初めは驚いていたが、少しずつ喜びの表情を浮かべた。

 

「それならとうちゃんに怒られずにすむ!」

 

「ええ。あの方なら黙ってもらえるはずですから」

 

 二人は喜びあう。

 

「よ~~~~~し、さっそく行こう」

 

「そうですね。すぐに行動に移しましょう」

 

「雅」

 

「はい?」

 

「ありがとうな」

 

 雅は笑顔で応え二人は一刀の部屋を出て行ったが、その姿を偶然見た者がいたことなど二人が知る由もなかった。

 そして二人がやってきたのは城の鍛錬場にある華雄の特別室だった。

 

 そこは武器の手入れのために華雄が独自に造った部屋なため、彼女専用といって過言ではなかった。

 

「ふむ」

 

 事情を聞いた華雄は楽から青紅の剣を受け取り、鞘からゆっくりと引き抜き刃こぼれをしている部分を見た。

 

「まったく私は鍛冶屋ではないぞ」

 

 そういいながらも刃こぼれを直すための準備を始める華雄に二人は安堵の表情を浮かべた。

 

「で、でもなんでとうちゃんがそんな立派な武器を持っているの?」

 

「これは魏王からもらったものだ」

 

「魏王?」

 

「私もどういう経緯で一刀様が持つのか詳しくは聞かなかったが魏王の母君が遺した二振りの剣の一本だそうだ。もう一本は雪蓮様が持っている」

 

 二人の為に華琳が授けた二振りの剣は、まるで一刀と雪蓮を守護するかのように過去に起こった困難から救ってくれた。

 

 それだけに思入れがある剣だということに楽は自分がしでかしたことの浅はかさを悔いた。

 

「安心しろ。私がきちんと直してやる。それにこのことは一刀様には黙っておく」

 

「ほ、ほんとう?」

 

「ああ。ただし、明日からの鍛錬はいつも以上に厳しくなるぞ」

 

 日々成長していく楽達の姿を楽しみにしている華雄にとってそれぐらいはたいしたことないだろうと思っていた。

 

「いいよ。アタイは勉強が嫌いだけど身体を動かすのは大好きだから」

 

 学問などは一言で言えば壊滅的であり、猪武者になるのではないかと一刀が不安になるほどだった。

 

「楽、学問をするのも悪いことではないぞ」

 

「でも華雄様も学問はしなかったんだろう?」

 

「まあな。だが一刀様達に敗れてからはそれなりに本を読んだぞ」

 

 猪武者から一軍の将に成長し、今では呉の重鎮として将軍の位を戴いている華雄は自分の過去に感謝していた。

 

「一刀様に御仕えしてたくさんの事を学んだ。だからお前達もこれからいくらでも学ぶものがあるだろう。だからしっかり学問もしておけよ」

 

「はい」

 

「う~ん、暇があればしておくよ」

 

 二人のそれぞれの反応に華雄は苦笑しながら青紅の剣を研いでいく。

 

「そういえば、華雄様」

 

「なんだ?」

 

「葉雄ちゃんはどこ?」

 

 華雄は未だ真名を明かすことも、娘に付けることもしていなかったが一刀との間に産まれた我が子を愛していた。

「ああ、今は眠っていると思う」

 

 まだ幼く華雄自身も何かと忙しいため月が面倒を見てくれていた。

 

「私がまさか子を産むとは思いもしなかった。だが、一刀様の血が流れていると思うと嬉しくてな」

 

 その表情は照れくささが表れていた。

 

「だから仲良くしてやって欲しい」

 

 母親として娘が成長していくことは嬉しいことだった。

 

「もちろんだよ。葉雄ちゃんはアタイ達にとって大切な妹だもん」

 

「そうですね。私もたくさん可愛がります」

 

「頼むぞ」

 

 華雄は頼もしく思えると同時に、二人のように元気で明るい子になってほしいと願った。

 

「それにしてもこの剣」

 

「どうしたの?」

 

「いや、今まで刃こぼれなどしなかったのにどうしてだと思ってな」

 

 山越との戦の時に一刀を守った剣がただぶつけただけで刃こぼれをしたこと自体が不思議でならなかった。

 

 何かの予兆なのだろうかと思ったが、それこそ考えすぎだと華雄は打ち消した。

 

「あの、華雄様」

 

「うん?」

 

「華雄様にとってお父ちゃんはどういう存在ですか?」

 

「どういう?」

 

 手を止めて華雄は少し考えた。

 

「そうだな。今でこそ、その……なんだ、す、好きだという気持ちなのだが、降った時から側室として貰われるまでは色々と考えることもあったな」

 

 捕縛されて頸を斬られると思っていたが生きて欲しいと言われた時は本気でバカ者だと思っていた。

 

 だが、一緒にいるとそのバカな行為がありがたく思えてきた。

 

 そしてこの人に命を捧げられると思ったとき、それまで抱え込んでいた考えが綺麗に吹き飛び、まるで生まれ変わったような気分になった。

 

「そして私を……お、女として見てくれた」

 

 初めてのときを思い出した華雄は顔を紅くしていく。

 

「もしそれらを感謝の気持ちを込めて言うならば絆というべきだろうか」

 

「「絆?」」

 

「ああ。一刀様は私を心で支えてくれ、私は己が武でお守りしている。お互いが必要としているからそれを絆というもので結びついていると思う」

 

 共に年を重ねていき、見えなかったものも見えてきた。

 

 それが色んな形となって今の自分達を結び付けている。

 

 華雄にとって何よりも守りたいものなのかもしれなかった。

 

「だからお前達もそういう絆を持てる相手を大切にするんだぞ」

 

 華雄の表情は穏やかでこれからの時代を担う若者に諭した。

 それからしばらくして刃こぼれした部分が直り、華雄にお礼を言って屋敷に戻っていく二人は黙って歩いていた。

 

「とうちゃん達って凄いな」

 

「そうですね」

 

 一刀を中心にいつの間にか固い絆で結ばれている雪蓮達。

 

 自分達はただ父親が大好きだという気持ちでしかないと思い知らされて、彼女達の母親のように固い絆で結ばれたいと思った。

 

「雅」

 

「はい?」

 

「これ、とうちゃんに正直に言うよ」

 

 楽にとってそれが正しいことだと思った。

 

 黙っていても何時ばれるかという後ろめたさがあり、それでは自分が父親に対して無礼な態度をとっているとしか思えなかった。

 

「かあちゃんや華雄様達のようにとうちゃんと固い絆で結ばれたいから」

 

「そうですね」

 

 雅も姉と同じ思いだった。

 

 武官の子として産まれ、将来も京のように立派な将軍になるであろうと周りの期待とは裏腹に、本人は文官になりたかった。

 

 本をたくさん読み、父親のように誰からも慕われるような官吏になりたい。

 

 その気持ちを一番に理解してくれたのが一刀だった。

 

「私もお父ちゃんの役に立ちたいです」

 

 母親達に負けない固い絆。

 

 それは愛するとは違った想いの形だった。

 

「でも、その前に雅は嫌いな物をきちんと食べないとダメだぞ」

 

「それを言うなら楽お姉ちゃんも好き嫌いありすぎると思います」

 

 少しは大人に近づいたと思ったが、まだまだ話していることは子供そのものだった。

 

「アタイは将来、かあちゃんのようにばいんばいんになるんだから好き嫌いしていいんだ」

 

「それをいうなら私もお母ちゃんのようにばいんばいんになるのだからしてもいいです」

 

 二人はそう言いあって顔を付き合わせるとどっちがといわず笑いを噴出していく。

 

「雅」

 

「はい?」

 

「これからもアタイ達は一緒だ」

 

「はい」

 

 二人はもう一度笑いあった。

 

「ずいぶんと賑やかだな」

 

 そこへ聞き覚えのある声が二人の耳の中に流れ込んできた。

 

 後ろを振り返るとそこには一刀と祭、それに京が立っていた

「まったく」

 

 一刀の執務室に連れてこられた二人は自分達がした事がばれていることを知らされて愕然としていた。

 

「楽、人のものを勝手に扱うのはどうかと思うぞ」

 

 優しい口調だがこのときばかりは声を荒げて怒られるほうがまだ何倍もマシに思えた楽はどう言えばいいのかわからなかった。

 

「こら、楽!黙ってばかりではなく謝るのじゃ」

 

 祭は今回の娘のしでかした事は許せるものではなかったが、一刀があまり責めないで欲しいと言ったためそれに従っていたが、楽の態度が気に障っていた。

 

「お主はこの剣がどれほど大事なものかよくわかっておらん」

 

 刃こぼれがなくなってもそれができたという事実は変えることができない以上、一刻も早く謝るべきだと祭は言った。

 

「あ、あの、祭様」

 

 楽の代わりに雅が声を出して弁明を始めた。

 

「その剣を壊したのは私です」

 

「なんじゃと?」

 

 一刀達から見れば楽が壊したようにしか見えなかっただけにその発言は意外なものだった。

 

「私がお父ちゃんに用事があって部屋を覗いたらその剣があって、どうしても触りたかったんです」

 

 武芸が全くダメではなかったが学問に比べたら微々たる成果しかあげない雅が剣を見て  そう思うのだろうかと三人は顔を見合わせた。

 

「だから悪いのは楽お姉ちゃんじゃなくて私です」

 

 必死になって姉を庇う雅の姿に一刀と祭はどう言うべきか悩んだ。

 

「雅、本当だね?」

 

 そこへ京がいつになく険しい表情を浮かべて娘を見据える。

 

「本当にあんたがしたんだね?」

 

「はい!」

 

 一切の怯みもなく答える雅に楽は声を出す事ができなかった。

 

 その様子を見ていた祭は軽くため息をつき、一刀は何も言わずにただ見守っていた。

 

「それじゃあ、罰として今日は蔵の中で寝ること」

 

 何か悪さをすれば反省の意味を込めて屋敷の蔵に一晩入れられる決まりがあったが、雅はそれを謹んで受け入れた。

 

「雅、それでいいんだね?」

 

 確認の為に一刀が聞くと迷いなく頷く雅。

 

「私がお父ちゃんの大切な剣を壊したのだから仕方ないです」

 

 すべては自分のせいだと主張する雅は妥協をするつもりはなかった。

 

「わかった。それじゃあもう屋敷に戻っていいよ」

 

 そう言って一刀は二人に帰るよう言いつけて、ふたりも礼をとって辞した。

 

 そして一刀達三人は何とも言いがたい表情を見せ合っていた。

 その夜。

 

 夕餉もとらずに屋敷の蔵へ入った雅は蝋燭を一本灯してその下で持ってきた本を読んでいた。

 

 そこへ蔵の入り口をノックする音が聞こえてきた。

 

「楽お姉ちゃん?」

 

 誰かすぐに理解した雅だが内側から開けることができないため扉越しに声をかけた。

 

「なんで、アタイを庇ったんだ?」

 

 自分が言い出せなかったばかりに妹が身代わりになってしまったことがどうしても許せなかった。

 

 同時に自分がいざという時に臆病風を吹かせたことが悔しかった。

 

「だってお姉ちゃんはちゃんと反省していたでしょう?」

 

「だからって雅が入ることないじゃないか」

 

 雅は本を横に置いて扉に手を添えた。

 

「だって楽お姉ちゃんは私にたくさん元気をくれていますから」

 

 産まれてしばらくは体調が不安定で両親や他の姉妹を心配させていた雅を誰よりも元気付けていたのは楽だった。

 

 色んなことを面白おかしく話したり、なけなしのお小遣いで饅頭などを一緒に食べたりと妹思いだった楽がいつも雅にとって嬉しかった。

 

「だからこんなときでないと恩返しできないから」

 

「で、でも、夜は冷えるし蝋燭が消えたら真っ暗だぞ?」

 

「我慢します」

 

 誰かが傍にいないと暗闇の中では怖くて堪らない雅はそう言い切った。

 

「雅」

 

「はい?」

 

「アタイはダメなねえちゃんだな」

 

「そんなことありません」

 

 自分にとって頼れる姉であることには変わりなかった。

 

 元気のない姉を見るより元気でいてくれる姉を見る方が雅にとって嬉しかったし、早く元の明るさを取り戻して欲しいと雅は思っていた。

 

「だから楽お姉ちゃんは戻って休んでください」

 

 ここにいても仕方ないと雅が言うと、

 

「雅、ちょっと待ってて」

 

 それだけを言い残して走り去っていった。

 

「楽お姉ちゃん?」

 

 どうしたのだろうかと不思議に思いながらしばがらく扉の前から動かなかったが、いつまでたっても帰ってこなかったので本の続きを読み始めた。

 

 そして蝋燭が短くなりやがて灯りが消えると雅は蔵入りした者の為に用意された布団に身体を丸めて夜が過ぎるのを待つ事にした。

 

「楽お姉ちゃん……」

 暗闇が怖くて震え始めると同時に、どこからか音が聞こえてきた。

 

「?」

 

 蹲った布団から顔を出して音のするほうをじっと見る。

 

 音はだんだん大きくなっていき、やがて何かが蔵の中に落ちてきた。

 

 あまりの恐怖に悲鳴の代わりに身体が激しく震えていた。

 

 落ちてきたものはゆっくりと雅の方へ歩み寄っていく。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…………」

 

 逃げようにも逃げ場のない蔵の中で雅は涙が溢れてくる。

 

(お、お父ちゃん…………お、お母ちゃん…………楽お姉ちゃん!)

 

 誰も自分を守ってくれない。

 

 もはや大声で叫ぶしかできなかった雅は声を出そうとした瞬間、灯りがつき暗闇がわずかに雅から離れていった。

 

「雅?」

 

 灯りを持っていたのは楽であり、顔や身体中が汚れていた。

 

「お、お、お姉ちゃん!」

 

 涙でぐちゃぐちゃな雅は一気に恐怖が消え去り、その反動か泣くことを我慢できなかった。

 

「ごめんな。ちょっと手間がかかって遅くなった」

 

 楽は蔵の壁の一部が脆くなっていることを知っていて、そころ鍛錬用の剣で潰したがそのまま中に入れず、棚をよじ登って最後に飛び降りてきた。

 

 優しく抱きしめる楽にしがみつく雅。

 

「本当はアタイがここにるはずだから、今晩は二人でいような」

 

「はい」

 

 自分の為に無茶な行動をしてくれた楽に雅は嬉しくて離れようとしなかった。

 

 灯りが消えて再び暗闇が二人を包んでいったが、お互いの温もりを感じあい何も怖くはなかった。

 

「楽お姉ちゃん」

 

「うん?」

 

「温かい」

 

「雅もな」

 

 一人では感じることのできない温もりは二人であれば感じることができる。

 

「アタイらはどんなことがあってもこうして一緒だよ」

 

「はい」

 

「アタイは雅の言葉ならなんだって信じるし、何だって聞いてあげる」

 

 楽の言葉に雅はさっそく願いを伝えた。

 

「ずっと仲良くいてほしいです」

 

 その答えは少し強く雅を抱きしめたことで示した。

 

 そして夜が明けて蔵を開けにきた一刀達が見たのは仲良く抱き合って眠っている二人の娘の姿だった。

「二人を見ていると羨ましい時があるよ」

 

 月を愛でながら酒を呑む一刀の言葉を聞きながら祭と京は不思議そうな顔をする。

 

「何が羨ましいのじゃ?」

 

「だってあんなに仲がいいなんて父親としては悔しくてね」

 

「娘に嫉妬するのはどうかと思うよ、旦那」

 

 純粋に相手を想う気持ちを見せつけられ、一刀は自分もそうなのだろうかと思うときがあった。

 

 だからこそ羨ましくもあり、まだまだ未熟者だと実感してしまう。

 

「一刀」

 

「なに?」

 

「儂らとて楽達が羨む関係ではないのかの?」

 

 杯を置いて一刀の横にやってきてその豊かな身体を密着させていく。

 

「そうだよ、旦那。オイラ達だって雅に負けないぐらい仲がいいじゃない♪」

 

「そうそう。夜など特にの」

 

 左右から柔らかく温かい感触が遠慮なく押し付けられてくる一刀は苦笑するしかなかった。

 

「のう、一刀」

 

「な、なに?」

 

「儂らはほんに幸せ者じゃ。お主という愛する男とその娘がおる。この老体に女として、母としての喜びを与えてくれた。感謝しとるぞ」

 

 祭は自分を愛してくれている一刀を負けず愛している。

 

「そうだよ、旦那。オイラみたいな女を愛してくれたんだ。本当に感謝しているよ」

 

 本来ならば側室などなれるはずもなかったが、一刀から告白されたとき女として幸せな気持ちになった京。

 

「「だから」」

 

 二人は一刀の頬に口付けをした。

 

「愛しておるぞ。我が愛しき者よ」

 

「いつまでも一緒だよ」

 

 二人の愛妻からの愛の告白に一刀は彼女達の唇に口付けをして応えた。

 

「あ~~~~~!とうちゃん達、何してんだ!」

 

「お父ちゃん……娘の前ですよ」

 

 魚をくわえている楽と箸に漬物をはさんでいる雅はどこか羨ましそうに文句を言った。

 

「これは儂らだけの特権じゃ。お主等には無理じゃぞ」

 

「そうだよ。旦那とこうしていいのはオイラ達なんだから」

 

「アタイも大きくなったらしてやる!」

 

「お、お姉ちゃん、それはどうかと……」

 

 注意しながらも思わず顔を隠してしまう雅。

 

 そんな二人だが仲良く寄り添っている姿は一刀達には微笑ましく思えた。

 

 そして呉の夜を照らす月もそんな彼らを静かに見守っていた。

(座談)

 

水無月:お久しぶりの更新です~。

 

雪蓮 :随分と大変みたいね?

 

水無月:この時期は毎年ですよ。しかも厄介な事にこの時期になるとなぜか風邪を引き春先まで引きずるという。

 

冥琳 :それはただ単に体調管理が下手なだけでは?

 

雪蓮 :でもよかったじゃない。

 

水無月:何がです?

 

雪蓮 :昔から言うじゃない。バカはなんとかって♪

 

冥琳 :よかったな。バカでなくて。

 

水無月:それは喜んでいいのかどうか微妙なのですが・・・・・・。

 

雪蓮 :というわけで娘編も残り四回。次は誰かしらね♪

 

水無月:次回はできる限りはやく更新できるように頑張りますのでよろしくお願いいたします。


 
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