「シフォン。おまえ、戦いたいか?」
戦闘特化パラポーン―エクスパンダー。
見知らぬ巨躯からの物騒な質問。私の体は、蛇に睨まれた蛙のようにこわばった。
「いや、俺だ。ID:******、ムートンだよ。」
エクスパンダーが胸元のIDを示す。それは私の上司と同じIDだった。
つまり彼は、昨日いっしょに物理書籍を片付けていた優男なのだ。
「あぁ、とうとう情報体になったんですね、おめでとうございます。」
「ありがとう。SANATのために戦えて光栄だ・・・と言いたいんだが、仕事は変わらず『書庫』なんだ」
ムートンは、太い指で頭をかいた。頭部装甲がわずかに歪む。
「・・・その指で物理書籍、管理できるんですか?」
「失礼だな。非戦闘モードなら問題ない。うまく作ってあるんだ。」
「いらない紙で練習してからにしてくださいね。それで、戦いたいかって?」
「業務と警備を『兼任』できるメンバーを探してるんだ。
この施設は重要だが、戦争に役立つわけじゃない。
職員をパラポーン化して、できるだけ効率よくやりたいのさ。」
「パラポーンを用意するコストのほうがきつくないですか、それ。」
私が口にした疑問を、ムートンは特に否定しなかった。
「そうなんだよな。たぶん、『姫』が私兵が欲しくていろいろ手をまわしたんだと思う。」
『姫』。私の上司の上司。この『書庫』の最高責任者のくせに本にまったく興味がなく、趣味はレイティングゲームの鑑賞。
「・・・なるほど。私はいやですね。戦ったこととかないし。」
「そうだよな。困ったな、あと一人なんだけど、みんな嫌だって。」
「そりゃ、非戦闘員ですし、名誉あるVF兵士ならまだともかく、実質『姫』の私兵となると。」
その後、職員全員でクジ引きが行われ、私はアタリを引き当てた。
私に用意された義体は、カスタムされたセンチネルだった。
武器は鎖鎌。扱い辛く見える武器だが、いざ試すと意外と楽だった。
ずっと重りを投げつけていればいいのだ。
「よろしくね、モーター・トラッパー。」
モーター・トラッパー。八つの目と足を持つ、蜘蛛のようなヘキサギア。
獣性の存在により、扱いの難しい第三世代ヘキサギア。しかし、モーター・トラッパーは簡単だ。
罠を張り、身動きがとれなくなった敵を狩るだけ。非戦闘員である私にはちょうどいい。
『よーぅ相棒。姫のためによろしく~。』
搭載されているのが、姫に教育された鹵獲KARUMAであることだけが不満だ。
「シフォンって呼んでね。」
『りょーかい、シフォン。ボクはマリスボラス。』
「マリスボラス―悪意を糧とする者、ね。なんだか悪趣味じゃない?」
『ぇー、姫につけてもらった名前なんだけど。』
マリスボラスが、前足で器用に牙をこする。人間なら、爪を噛むような行動なのだろうか?
「マリスで区切るのもアレだし、いまからマリね。真理と書いてマリ、書庫の番人にはこれ以外ない。」
『マリスがいいなー。』
「あなたのマスターは私、姫じゃないわけ。私の良いようにさせるのがKARUMAとして最善の判断でしょ?」
マリスボラスの複眼が動く。じろじろと私を見て、首をかしげるような動きをした。
『シフォンー、なに言ってるの?ボクのマスターは姫だよ。』
「は?」
考えるよりも先に声が出た。義体の端末を操作し、指令書をたしかめる。
間違いない、私に配備されたのは確かにこのモーター・トラッパーだ。
どこかに間違いが?探し続ける私に、マリスボラスが声をかける。
『この書庫のヘキサギアは全部おんなじだよ。
一時的な権限が許可されているだけで、正式なガバナーは姫。
だからマスターは姫で、シフォンはただの同僚。』
「は?」
私の上司―ムートンへと通信を入れる。彼は通信に出てすぐ、ごめん!と謝ってきた。
「騙しましたね。ヘキサギアが一機貰えるというから、パラポーンになったんですよ。」
「本当に申し訳ない!でも、使える機能は、ほとんど正規ガバナーと同じだから・・・。」
「騙しましたね。」
「姫には逆らえないんだよ。ほら、俺も情報体になったし。ごめん、頑張って!」
通信が切られる。私は端末を義体に収納した。
「マリ。」
私は、やわらかな声を作ってマリスボラスを口説いた。
『マリスがいい。』
「まーり。」
『えー。』
「マ・・・。」『ガバナー、しつこい。』
呆れていたようなマリスボラスの声色が、急に鋭くなった。
怒らせたのだろうか?いや、違う。
マリスボラスはAI。つまりこれは、正規ガバナーである姫のために最適と判断した反応なのだ。
「そんなに姫のことが好き?」
『そりゃ大好きだよ!かっこいいし、かわいいし、素敵だし、頼りになるし、ほんとうに大切な人だよ。』
マリスボラスは、手をわちゃわちゃさせて、明るく語る。
ころころと表情の変わるヤツだと思った。機械のくせに、感情表現が機敏すぎる。
「わかった。マリスって呼ぶ。でも、ひとつ、私も気を付けてほしいことがある。」
私は、マリスボラスの口に手を突っ込んだ。牙を掴んで、壊れそうなほど強く握る。
「もう私といるときは、姫の話はしないで。
私、姫のこと大嫌いだから。」
牙にあるVIC―機械毒が掌を汚染し、力が入らなくなった。
しかたなく私は腕を引っ込めて、その場をあとにする。
マリスボラスはなにもしゃべらない。ただじっと、八つの目で私を見つめ続けていた。
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とある非戦闘員ガバナーが、自分のヘキサギアと出会うまでのお話です。
※本作は、コトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です。
設定には、独自解釈が含まれています。