呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第035話「戻る平時」
大陸全土に広がった黄巾の劫火は、王朝が現状出しえる全力の水飛沫にて鎮火された。
次なる群雄割拠という戦乱の荒波は、刻一刻と迫っているのであったのだ。
「ふわぁ~、これが扶風‼」
「......これはまた一段と――」
「洛陽より凄い人なのだ‼」
黄巾の乱は終結し、呂北軍を主体とした扶風天水劉義勇軍連合は解体された。霞は軍を引き連れ天水へと帰還し、現状呂北軍参加として加わっている劉義勇軍は、そのまま食客として呂北軍に世話になり、こうして扶風まで共に帰還した。扶風の街の賑わいに、劉備達三姉妹も驚きを隠せないでいた。
「色んな人達がいるのだ‼」
張飛はそう言って、周りを見渡し、劉備や関羽の裾を引っ張りながら、あらゆる場所に指差し興味津々であった。
「こ、こら鈴々。あまり騒ぎ立てるな」
関羽ははしゃぐ義妹を窘めるが、内心では彼女もその盛況具合に心躍っていた。『扶風に行けば食がある 職がある』と唄われるだけあって、多くの店が立ち並び、皆忙しなく働いている。それに皆忙しくしても、表情は楽しそうでもあった。彼女らが今まで行きかう街々の人々は、食を満たすために職を行ない、今を生きることに必死であり、生きていても目が死んでいる者達ばかりであった。だがここにいる者達も目は、生気に満ちて、今を楽しんでいた。
軍を解散させ、街を抜けて城へと入城すると、城の者達が呂北軍の重臣を出迎え、真っ先に恋が走って来ては一刀に飛びついてきた。
そんな彼女を一刀は痛いほどに抱きしめると、若干恋は苦しそうにして、それに気づいた一刀は慌てて彼女を離す。
「一刀、お帰りなさい。活躍はここまで届いていたわよ」
恋に続いて長い黒髪を靡かせながら
「あぁ、愛華。留守番ご苦労だったな。何も変わりは無かったか?」
「特に変わりは無いわよ。しいて言うなら、董君雅さんの娘さんが、ウチに遊びに来たぐらいかしら」
「......そうか。恋、しっかり挨拶出来たか?」
「...うん。
「それは真名か?預けあったのか?」
「うん。月は友達。......恋の大事な、友達」
「......そうか、よかったな」
そう言って、一刀は恋の頭を撫でると、恋は猫の様に気持ちよさげに受け入れる。
「劉備ちゃん、俺の妹を紹介しよう。ほら恋、お兄ちゃんのお友達だ。ちゃんと自己紹介しなさい」
そう言って一刀は恋を劉備達の前に連れ出そうとするが、当の本人は恥ずかしがり、一刀の背中に隠れてしまう。
「ほら恋、自己紹介」
一刀は恋を自らの前に引き出そうとするが、それを見かねて愛華が前に出る。
「兄妹がこの調子だから私から。私は高順。字を
そう言って愛華は手を出してそれぞれに握手を交わして挨拶をする。劉備は笑顔で挨拶を交わし、関羽と張飛にも無難なく交わす。
「っで、あっちで恥ずかしがっているのが、一刀の義妹で
その言葉を聞くと、三姉妹は目を見開いて尋ね返す。
「呂武?呂武殿と言えば、黄巾軍3万を僅かな供を連れて壊滅させたという、あの飛将軍呂武殿のことか?」
「そうなのか?」
「ふへぇ~、あんな可愛い女の子が――」
三人は興味津々とばかりに恋を見つめると、恋は頬を赤らめてより一刀の背中に顔を埋め込む。
久々の帰還にて、恋は一刀のことを離すまいとするが、彼も帰還報告があるので、一度恋を引き離そうとするが、彼女は駄々を捏ねる。そこで彼は帰還報告が終われば、その埋め合わせとして、今日と明日は恋と共に過ごすことを条件に説得した。
恋は渋々ながらも一刀の体から離れ、そして1刻後に街で落ち合うことになり、その間恋は隴と夜桜、留梨を連れて遊びに向かった。
「愛華、話がある。俺の部屋まで来い」
そういって愛華を部屋に呼び出すと、城の一刀の執務室では、刃照碑が茶の支度を整えていたのか、既に机には点てられたばかりの茶が置かれていた。
「お帰りなさいませ御主人様。愛華様、只今お飲み物をお持ちしますので、少々お待ちを」
そういって刃照碑は湯呑みを取りに戻り、一刀は体を放り出す様にして席に座ると、早速引出より煙管を取り出し、火を付け一服済ませ始めた。基本的に一刀は苛立ちを顔に出さない様に心掛けているが、それは表立ってのことであり、昔馴染みの愛華と妻である白華、最強の側近であり懐刀の歩闇暗の前では苛立ちや愚痴もたまには零す。
彼の心情を察してか、愛華は一刀の気持ちが落ち着くのを待っており、その間に刃照碑が愛華の茶を持ってくると、一刀は彼女に顎で合図し、刃照碑は茶を置き、お辞儀をしてその場を去る。
一刀の煙を吸い込む量が徐々に増えていき、彼はなかなか話を切り出せないでいた。いつも自分の意見や話を躊躇いなく流暢に話す彼の様子から見るに、昔馴染みである愛華もその様子を不思議がった。そして一刀の苛立ちの原因を考え察するうちに、彼女は一つの結論に辿り着く。
「.........丁原様と何かあったの?」
その言葉に、一刀は体を一つ震わせた。そして愛華は改めて問うた。
「もしかして、.........恋について、何か言われたの?」
一刀は煙を吸い込むことを止めると、口元から煙管を離して、その手を膝の上に置く。少し溜めた後、胸の中の煙をゆっくりと吐き出すと、灰皿にまだ燃焼している草を落とし、煙管の先で潰して消した。
「.........恋に会いたがっている」
その言葉に愛華は一つ頷き、彼女は温めのお茶を一つ啜る。
二人の間に長い沈黙が続く。一刀ももどかしく、執務室の足元で膝を小さく揺らす。その空間に耐えきれなくなり、再び一刀は煙管に草を詰める。草を詰める間も、若干指に力が入り過ぎているのか、草が上手く収まってくれない。そんな彼の心情を察したのか、沈黙を破ったのは愛華の方であった。
「......一刀、丁原様の相手は私がする」
その言葉を聞いた瞬間、勢い余って一刀は煙管の先を引き抜いてしまう。解体してしまった煙管を机に置くと、一刀は目頭に自分の手を当てて愛華に小さく「済まない」と謝罪の言葉を呟く。そんな一刀の弱々しい姿を目の前にして、愛華は微笑を零す。
「私のことはいいから、恋の相手をしてあげて。あの子の前ではそんな姿見せないでよね」
そう言って愛華は掌を靡かせて部屋を出ていく。執務室に残ったのは一刀一人。残された一刀は、奥歯を噛み締めながら自身の無力さに対する怒りで震えていた。
一刀は街を練り歩く。この街には大陸の様々な人種集まる。南方系の褐色肌の者。匈奴・鮮卑・羯などといった五胡からの流れ者である非漢民族。大陸全土からその噂を聞きつけて集う商人や流民。一刀の収める領土には様々な多種多様な者達が集う。西扶風郡を義父丁原に任された当初、この街は中央から流れてきた罪人や奴隷商人、荒くれ者が横行する場所であった。当初、丁原が治めていた東扶風は、彼の名前と手腕によって比較的安定を保てていた。
だがそれまでであった。腐敗しきった大陸の膿が扶風をも蝕み、浄化しても浄化しても浄化しきれるのは東が限界であり、丁原の腕は西にまで周らなかった。
そこで一刀に白羽の矢が立った。一刀は愛華と共に力業にて西側の強制浄化を謀った。それにより流れた血は数知れず、一時は西側に人の影は消えた。そんな一刀が利用したのは冤罪者と奴隷達であった。罪人の罪を問い、再度裁判を行ない、適正と判断した者は自身の民へと引き入れた。奴隷の解放も行なった。歩闇暗のかつての情報網と、自らの独自の情報網を用いて、大陸の奴隷商人に収集をかけた。彼らに世捨て人を中心に集めさせ、自身の民へと引き入れた。世捨て人ならば帰る家も無し。なればこそ故郷を提供して恩を売る。徹底した法の基、一刀は西扶風を一から作り直した。成果を出せば、出自がどうであれ誰であろうと取り立てた。
洛陽時代に培った繋がりを持ってして、あらゆる人物をバックに付けて金を工面し、街に金を流して市場を作り上げた。金と時間もかかった。現在でも管理者不足は否めないものの、結果扶風全土の人・物・金の流れを安定させた。
それでもまだ足りなかった。彼はようやく理想を叶える発着点に立ったに過ぎない。とある少女と約束した自らが叶えたい望みの為の執着地点への。
「......っ‼‼」
恋が街を歩く一刀を見つけると、その胸に向かって飛び込んでくる。
「......っ‼コラッ‼恋っ‼口のタレを服で拭き取るのは止めろ‼‼」
恋は先程まで、恋の側付き三人組を連れて食べ歩きを行なっていたところであった。口元にはタレ団子や饅頭の食べかすが付いており、彼女が一刀の胸に飛び込んだ瞬間、自然と彼の腹部でその食べかすが拭き取られる形に陥る。
一刀は恋を引き剥がし、手拭いを取り出し彼女の口元を拭き取る。義理とはいえ彼らのその行ないは、紛れもなく兄妹であり。傍目から見ていた隴達は、二人のそのやり取りを邪魔しない様に見守っている。
恋の口元が奇麗になると、彼女は一刀を引っ張り三人組の下に連れて来る。
「.........今日はお兄ちゃんがお金を出す」
「――ちょっ‼?」
「...............違うの?」
「........................違わないです」
恋の子首傾げる姿に、一刀はアッサリ根負けし、財布の中身を確認し思わずため息が出た。側付き三人組は主君のその姿に思わず自重を促すが、男が一度やると言ったことを曲げるわけのは心情に反するという矜持に乗っ取り、一刀は先頭に立って歩き出す。
「いくぞお前ら‼‼今日はこの表通り料理全て食べつくすぞ‼‼」
高らかに宣言した一刀は、まず一件目の店のメニュー制覇の実行を開始する。
この何気ない日常を守る為に、一刀は日々奮闘するのであった。
そんな一刀の次なる戦いは、明後日家に帰った時にある白華のお財布点検の後の、小遣い前借り交渉。それに敗れた後に待っている、呂北軍の財布を握っている愛華に対する、給金前借り交渉という勝てる筈も無い戦いであった。
そんな日常を過ごしてから数日後、城にて洛陽よりとある人物が一刀を訪れていた為に、一刀は重臣全員に収集をかけており、その中には劉備達の姿もあった。
「久しぶりだな
「お久しぶりです呂北殿。その通りです。今回私は陛下の使者として参りました」
一刀が楼杏と呼ぶ女性は、姓を皇甫、名を嵩、字を義真。真名を楼杏といった。黒いロングブーツに、袖が長く、肩と胸元が空いたチャイナドレス。赤みを帯びたブラウン色の髪。長い髪の右側面には緑の髪留めに、左前髪には金色の甲羅の様な髪留めを付け、四角の上部が空いた紫縁眼鏡の女性であった。
彼女も一刀の洛陽私塾時代の友人であり、卒業してからは王宮近衛兵に志願し、小さな実績を重ねていつしか漢の将校の一人に名を連ねた。そんな彼女だが現在、朝廷の勅使と来ている為に、呂北陣営の重臣は頭を下げて鎮座し、玉座の下では一刀と白華が皇甫嵩の前で膝を落とし、拱手をしている。
彼女は朝廷からの辞令を取り出し話始める。
「呂戯郷殿、朝廷からの勅命を伝える。今回、朝廷では先の黄巾の乱以後の混乱を抑えるべく、皇帝直属の部隊である「西園八校尉」を創設しうることを決定し、貴殿にもその一人として加わってもらうことになった。また、先の大戦にて殉職した何苗の統治していた長安も、先の大戦功績にて、貴殿にはその統治も下賜こととなった」
「はっ、ありがとうございます。若輩の身なれど、謹んでお受けいたします」
大陸第二の都と言われる長安統治の任を受けた時、皆が声を挙げそうなほど歓喜に酔いしれたかったが、朝廷の勅使の前にて我慢して控える。
「ひいて任命式は後日、禁中にて日取りを決めて行なう。これからも天子様を支える諸侯の一人として、日々の職務を全うする様に」
「かしこまりました。ご使者殿、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「許す。述べるがよい」
「西園八校尉には、一体どのような人物が現状連なっているのでしょうか?」
「朝廷は先の大戦にて、もっとも功績の大きかった者にその任を下賜した。まず河北の袁本初を筆頭に、陳留の曹操、其方、某、天水の董君雅だ」
「......五人しかいないようですが?」
「今回、功績と家の格を考慮に入れた上で、任命出来得る人材が不足していた為、現状は三名空席となっている」
「なるほど。分かり申した。今後とも陛下に忠誠を尽くし、粉骨砕身の想いで勤めを果たさせていただきます」
一刀がまた一段と頭を下げると、皇甫嵩は一つ頷き、辞令を一刀に渡す。
「義勇軍統括、劉玄徳前へ」
劉備は一瞬自分が呼ばれているとは露知らず、頭の中で思考が駆け巡り改めて自身が呼ばれていることに気付くと、気が動転しながらも慌てて前に出る。その際弾みでコケてしまい、盛大にスカートが捲れ彼女の桃色の下着が大ぴらにされたが、緊張のあまり羞恥心より自身の行動による罪悪感が上まり、直ぐに一刀の隣に膝をついて拱手する。
「劉玄徳殿、貴殿は現在呂北殿の陣営にて、食客として世話になっているに相違ないな」
「は、ははぃ。相違ありません」
その言葉を聞くと、皇甫嵩はまた一つ紙を取り出し広げて述べ始める。
「義勇軍頭首、劉玄徳殿。貴殿の先の大戦における活躍も聞き及んでいる。よって貴殿には平原における統治権を下賜する」
その言葉を聞いた瞬間、劉備は思わず口が小さく空いたへの字顔になり、返事が無い劉備に対し、皇甫嵩が改めて彼女の名を呼ぶ。
「は、はは、ははぁ。つ、謹んで、お受けしたまりたいと、ございます」
もはや文法が無茶苦茶になりつつも、劉備は辞令を受け取ると下がる。
それから一段落終え、礼式を済ませると、劉備は未だ放心状態になっており、関羽は声を押し殺しながらむせび泣いており、張飛は劉備の周りを回りながらその小さな体目一杯ではしゃいで義姉を讃えている。呂北側でも主に隴達三人組を中心として歓喜に震えており、一刀が皇甫嵩に話しかける。
「楼杏、君はこれから天水か?」
「そうね。これから勅命を伝えにいくところよ」
「だったら今日はここに泊っていくといい。生真面目な君の性格からして、洛陽からここまで休みなしで来たのだろう?今日ぐらい休んでいけ」
「い、いや、しかし――」
「何だ?真名を預けた友人のことが信用できないのか?勅使だからといって、誰これ構わずこんなことを言うのではない、友人である楼杏だから構うのだ。ここは素直に受けておいた方がいいと思うぞ」
「.........わかったわよ、一刀」
こうして楼杏は、扶風に一泊することとなり、呂北軍・劉備軍は、今回の任命の前祝として、宴の準備を始めるのであった。
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どうも皆さんこんにち"は"。
リアルの忙しすぎて、執筆出来ませぬ。
足の親指負傷して、ジムにも行けませぬ。
ほんと、色々辛いなぁ。
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