Lighthouse
閉ざされた灯台にさんにんの幽霊が暮らしている。
女、男、そして少年。
そこはさんにんだけの世界。
異端者は閉じ込められ、外から鍵を掛けられた。
だけど何の憂いがあるだろう。
大切なものはみんなここにある。
高い高い塔の上、何処からか流れてくるワルツ。
男の赤い目は世界の果てまで全てを暴く。
静かに滅びに向かう世界を。
この世界を守る術をもつものをみな閉じ込めて、愚かにも滅びに向かう世界を。
だけど何の憂いがあるだろう。
大切なものはみんなここにある。
閉ざされた灯台にさんにんの幽霊が暮らしている。
女、男、そして少年。
そこはさんにんだけの世界。
戦場育ち
この本丸の医療班の構成員はふたり。
にっかり青江と薬研藤四郎。
ともに戦場育ちで医療の心得がある、というのがその由来だが、何分戦場での医療行為である。
当然ながら荒っぽい。
二振りともそれは優しく笑いかけながらときにはだいじょうぶだよなんて柔らかい声まで掛けながら腕を切り落とすわ血を抜くわ麻酔なしで縫うなんて当たり前。
それを楽しそうにこなすものだから手当をされる方は堪ったものではない。
本丸での生活が長くなるに連れ最新医療の知識を蓄えつつあるふたりとは言え、三つ子の魂百まで。
悪魔の実験じみたその様はもはやこの本丸の名物である。
足音
「足音がするんです」
と訴えたのは秋田だった。
鯰尾と骨喰は顔を見合わせた。
「隠れ鬼をしていて青江さんの部屋のそばを通ったんです」
秋田に張り付くようにして五虎退が言う。
「そしたら部屋の中から音がして」
「でも薬研兄さんと青江さんは今遠征でいないはずなんです」
ふたりは息つく間もなく言葉を続ける。
「鯰尾兄さん、骨喰兄さん」
「どうしたらいいでしょう」
最後はもう涙目だ。
「どうしたら、と言われてもな」
「青江が居ないときにはあの辺には近づくなって主さんも言ってただろー?」
骨喰と鯰尾が口々に言う。
「ご、ごめんなさい」
「でも、放っておいていいんでしょうか……」
ふたりのぱっちりとした綺麗な目はまだ涙と不安で揺らめいている。
「大丈夫だ」
「そうそう!あの辺のことは青江に任せとけばいいの!すぐなんとかしてくれるって!」
「不安なら大太刀連中を呼ぶか?」
ふるふると秋田が首を振った。
「兄さん達がそうおっしゃるならいいんです」
「でも、でも、今日は一緒に寝てください……」
聞き分けのいい弟達の可愛い我儘だ。
鯰尾と骨喰はふたりの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
虎が気持ち良さそうにグルグルと喉を鳴らして伸びをした。
「良かったのか?姐さん置いてきて」
平和な遠征先で任務を終えてズズッとお茶をすすりながら薬研が青江に言った。
「お前の半身みたいなもんだろうに」
「良いんだよ。折角ふたりだけの機会を作ってくれたのだし、彼女もたまにはひとりになりたいだろうからね」
屈託なく青江が笑う。
「それに、僕は彼女で彼女は僕だから、彼女が居れば悪い物も出ないよ?」
青江の言になるほどなぁと頷く。
「それじゃお言葉に甘えて、今日は独り占めさせてもらうからな」
ニッと笑って伝えればふたりはもう共犯者だ。
「存分に楽しもうじゃねえか」
「もちろん」
さあ、何処へ行こうか。何をしようか。
ふたりは並んで歩き出した。
かいだん
町へ用事で出た帰りのことです。
いつも小さな神社の横を通るのですが帰りはそこへお参りするのが常でした。
その日もそうして境内へ向かう階段をのぼろうと顔をあげますと、身なりは貧しいのですが品のある美しい男が二人、一人は少年と言っても差し支えないような見目でした、そんな二人がそこへ腰掛けておりました。
私は顔をしかめました。何故かと申しますと、その二人が階段の真ん中へ腰掛けていたからでございます。
私が注意しようかと口を開きかけますと小柄な方の男が先に声を上げました。
「おいあんた、そいつァ重くねえのか」
私は何のことやらと思いながらも「これですか」と抱えていた荷物を指しました。
「いや、何ともねえなら良いんだが」
男はそう言うと隣の男と何やらぼそぼそ言葉を交わしました。
すると隣の男が階段をおりてきたのです。
そしてこちらへ来るのかと身構えていた私の横をただ黙って通り過ぎました。
そのときヒュッと風を斬るような音が耳元で鳴るのを確かに聞いたように思います。
それに何事かと振り向くと、もう男の姿はどこにもありません。
前へ向けば小柄な男もいなくなっておりました。
これが私が見た白昼夢の一部始終でございます。
甘露
暑い日の最中、薬研は部屋にひとりのんびりと過ごしていた。
シーシージージーという蝉の合唱が空間を満たしている。
喉の渇きを覚えた薬研は部屋に備え付けの保冷庫へ向かった。
透明なグラスいっぱいに氷を入れる。
そこに水を注げばカラカラと鳴る音が耳に涼しい。
じわりと結露ができて行きグラスが曇る。
それを手に取り水を一口含んで飲み下せば喉の存在がはっきりわかるほどに冷やされていく。
薬研は水の冷たさに満足しゴクゴクと飲んだ。
氷を途中ひとつ口に含みガリガリと噛み砕いている所へ青江が現れた。
「いいものを持っているね」
青江は薬研からひょいとグラスを取り上げるとひたりと頬へ押しつけた。
冷えた頬はしっとりと艶めいている。
「こえやふかあかえへ」
薬研は青江の手からグラスを取り返してその顎に指をかけると青江の口に自分の冷えた唇を押し付けた。
砕かれ唾液で溶けた氷をザラザラと流し込む。
冷たい舌は熱い舌を捕まえて温度を移す。
ふ、と息継ぎをするように口を離せばお互いにふわりと笑ってコツリと額を合わせた。
ふたりで飲めば無味の水も甘露のようだ。
ちゅっちゅと唇を触れ合わせることに夢中になっていると、机の上に置かれたグラスの氷はすっかり溶けて、グラスの周りには小さな水溜りが出来ていた。
Conception
あいつの顕現に立ち会ったのは俺だった。
鍛刀の前、資材へほんの少し、そっと霊力を込めた己の血を混ぜた。
大将に気取られてはならない。
しかしあいつなら必ず気付くだろうという自信があった。
この戦に珥加理刀が加わると知ってから機会を伺いつづけ、細心の注意を払って実行に移した。
果たして青江は顕現した。
俺の前に、昔と変わらぬ姿で。
俺を見たときのあいつの顔といったら傑作だった。
これから先決して忘れられそうにない。
そういう訳で、この本丸の青江は俺の青江だ。
***
人の子の声に呼ばれて長い眠りから目覚めてみれば、微かにひどく懐かしい気配がした。
間違えようがない。
どんなに微かでもわかる。
彼が、いるのだ。
僕は少なからず混乱した。
とうの昔に黄泉へと下った刀が人の子の技で伝承の上に顕現しているなどと、どうして想像できようか。
しかし確かに彼はそこにいた。
彼、薬研藤四郎を再び目にした僕の中は色々な感情であまりにぐちゃぐちゃで、主へきちんと名乗れていたかどうかさえ記憶が覚束無い。
他ならぬ彼が僕を呼んで、今ふたりでここにいる。
そんな奇跡を、僕は許されている。
〈了〉
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
The Hush Sound の Lighthouse をBGMにどうぞ。
にか薬という概念についての掌編集。
ほんとに短い。
モブやら女幽霊さんやら注意です。
にか薬かきさん増えないかな……
続きを表示