姿見
この本丸には暗黙の掟がある。
にっかり青江の姿見を覗くべからず。
本来破邪の霊刀であるはずの彼にはしかしその伝承故何処までも怪異が付き纏う。
そのため彼の身の回りでは不可思議な事がまま起きる。
彼の姿見には決してうつるはずのないものがうつるのだという。
これを言い出したのは青江ほんにんなのかそれとも別の誰かなのか。
真実を知るものは誰もいない。
確かめようという酔狂も。
ただ口から口へ声を潜めて伝え合う。
にっかり青江の姿見を覗くべからず。
〈了〉
水辺には
朝の話だが、俺はたまに早めに起きて鍛錬することがある。
それでその日もちょっと体を温めてくるかと起きだして歩いてたんだが、
本丸の主の執務室から見える庭、あるだろ?
あそこににっかり青江が抜身の神体を持って立ってたんだ。
最初は素振りでもしてんのかと思って、手合わせの相手でも頼むかと思ったんだが、どうも様子が違う。
一振りしては場所を変え、また一振りしては場所を変え、池の周りをふらふらしてやがる。
しかも格好も寝巻き、あんときは夏だったから浴衣か?
それだったんだよ。
いや?あんときゃ変には思わなかった。
格好のことは俺にはわかんねえよ。
んで、何してんのか気になったんで近寄って話し掛けた。
聞けば、
「水辺には集まりやすいからね」
だとよ。
それであーこれは俺には関わり様のねえ話だなと思って、それで仕舞いだ。
はあ?なんで俺が手伝うんだよ。
今?そりゃ今でもしてるんじゃねーの。
集まりやすいんだろ?
水辺には。
〈了〉
ゆりかご
不思議な話……ですか。
そうですね、この間の昼の話をしましょうか。
不思議といえば、私には人の体ほど不思議なものはないとこの頃は思いますよ。
夜にどれほどしっかり眠っても、昼を過ぎるといつも眠たくなるのです。
はじめは何かの病ではと考えて薬研藤四郎に相談したほどで。
笑われて一蹴されてしまいましたけど。
ああ、そうでした。
この間の昼の話でしたね。
その日も昼食を終えて、自室で巻物を片手にうつらうつらとしていました。
すると近くで泣き声がするのが聞こえたのです。
赤ん坊の泣き声が。
しかしここに赤ん坊などいるはずがありませんので、
どこかその辺の部屋で、あれは何と言いましたか、以前見せていただいた……
……えいが、でしたか。
それでも見ているのだろうと思いました。
あれには大変驚きましたよ。
壁に当てた光の中で人が動いているなんて不思議で不思議で。
ああ、すみません。
そう、赤ん坊の泣き声はしばらく聞こえていました。
そのうちに泣き声に重なるようにして歌声が聞こえてきたのです。
あとでひとに尋ねたところによると子守唄というのだそうですね。
こんな風に。
揺籠のうたを カナリヤが歌うよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
その声に何となく聞き覚えがありましたので、これはえいがではないのかもしれないと。
気になったのでその声のする方へ行ってみました。
そこにはにっかり青江がおりました。
いつもは肩に掛けている装束を、こう、くるくると巻いた物を抱いて。
おくるみ?
そう言うのですか。
にっかり青江はその装束を体ごとゆらゆらと揺らしながら歌っていましたが、
こちらに気がつくと人差し指を口に当てて静かに、と合図を寄越しました。
名前の通りにっかりと笑んで。
名は体を表すと言うそうですが、あの者は私の知る中で最たる例でしょうね。
いつも口元に笑みを刷いていて。
青江の装束の中?
何もありませんでした。
〈了〉
出典「揺籠のうた」北原白秋
風
不思議な夜の話をしよう。
月の無い夜だった。
凍えるような夜だった。
空気は澄み、星は歌っていた。
丑三つの刻だったか、どうしてそこを歩いていたのか、私は庭に面した廊下にいた。
ふと視界の端で何かが動いた気配を感じ、庭に注意を向けた。
そこには人影。
左肩に揺れる装束、結い上げられた長い髪。
にっかり青江に違い無い。
こんな時間に戦装束も解かずに何をしているのか。
そう声を掛けようとしたとき、その影は懐から何かを取り出した。
それを口元へ持って行くとフッと息を吹きかける動作をする。
その動きに合わせて、その何かが光でも灯ったかのようにはっきりと見えた。
赤、青、黄色。
色鮮やかなそれは紙風船だった。
丸く膨らんだそれを人影はひょいと空へ向かって投げ上げた。
それはまるで重さなど無いかのようにふわりと風に舞い上がり、そして……消えた。
夜の闇に飲まれたかの様に。
茫然として見つめていると、人影は初めから気付いていたかのようにこちらに顔を向け、にっかりと笑ってこう言った。
「手向けだよ。」
私はなぜだかその言葉に深く納得し、自室へと戻り眠りについたのだった。
〈了〉
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怪異切りであり破邪の霊刀でありながらも何処までもその存在には怪異が付き纏うそんなにっかり青江さんがとても愛しい
各話語り手は任意
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