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「というか、思い出したんだけど」
「はい?」
「ウチのお風呂、二人が入れるぐらい広くなかった……」
「ええっ!?で、でも、ほら!ボクは小さいですから!!」
「……そこで思いっきりそこを押してきますかね。割りとコンプレックスなんでしょ?」
「それでもなんでも、使える時には使わなきゃです!」
「都合がいいなぁ……」
なんて、苦笑しながら。
「まあ、私も小さい頃は家族と一緒にお風呂入ってたからね」
「ゆたかの小さい頃……!どんな感じだったんですか?写真とか、残っているのなら見たいです……!!」
「……藪蛇だったか」
「えー、見たいですよー。昔のゆたかがどのぐらい可愛かったのか気になりますよ!!」
「まあ、アルバム残ってるけどさ。……昔写真、いっぱい撮られてたし」
それどころか、私から両親にねだって、たくさん撮ってもらっていた。もちろん、奇麗で、可愛い服を着て。
今でもアルバムを大事に取っていて、しかもしまい込んでしまう訳でもなく、すぐに取り出せるような場所に置いているのは……なぜなんだろう。
別にそう頻繁に開いてかつての自分を懐かしむほど、私はナルシストであるつもりはない。
だから、あえてこの気持ちに名前を付けるのなら……未練。
今とはあまりにも違う自分への、諦めきれない気持ち。戻れるものなら戻ってみたいという、ありえない願望。
――もしかすると。
私が四人目に買ったドールには「みのり」という名前が付けられている。ひらがなの名前のドールは何人もいるけど、あえて彼女の名前に漢字を当てはめるならば、それは「豊」……つまり「ゆたか」、私の名前とも読める字だと思っている。
彼女は他のドールたちと同じように、Sサイズのボディが素体になっていて、茶髪に赤みがかった瞳を持っている。髪の長さは、腰にまでかかるほどの長さ――。
「昔のゆたか、髪、長かったんですね!!今のボクと同じぐらいです!」
「……まあね」
「ひらひら、ふりふりの衣装がよく似合っていて、お人形さんみたいで素敵です!」
ありし日の私。それが「みのり」に投影されている……のかもしれない。
私はあの頃まで、間違いなく「私のお姫様」でいた。間違いなく自分が物語の主人公で、自分のことが大好きで……でも、自分が大きくなっていくほどに、自らを物語の脇役へと押しやり始めた。そして、理想はドールへと投影されていく。小さくて可愛くて、奇麗なお姫様。
自分が理想からは程遠いから、物言わぬ人形に理想を求めてしまう。
「やっぱりゆたか、今でも可愛い衣装が似合いますよ!顔の感じとか、今は成長してちょっと大人びてますが、意外と丸顔なのは変わってないですし、目つきも可愛いですよね」
「そ、そんなこと……!」
「いえ、間違いないです。ボク、また可愛い衣装のゆたかが見てみたくって……」
「ゆ、悠里っ。そういうこと言ったら、私がなんでも言うこと聞くと思ってるでしょ?それは勘違い……っていうか、私にだって自分の意志はあるし、本当に似合っているなら、今でも着てるし……」
「じゃあこれ、似合ってないんですか?」
「えっ…………」
悠里は、自分のバッグから小さなアルバムを取り出して、あるページをめくって見せる。
そこには、私、悠里、常葉さん、未来ちゃんで撮ったコスプレ写真があった。
ミニのエプロンドレスを着た、どこからどう見てもいかがわしい雰囲気を感じてしまう黒歴史写真だ……。
「いや、これは似合ってないでしょ、さすがに……」
「そうですか?では、こっちはゆたかのいつもの私服の写真なんですが……」
「なんでそれ、普通に現像してるんですか」
まあ、そっちはいつも通りのフツーの格好。安物のTシャツに、デニムのジャケットに、ジーンズ。……ヤバイ、見れば見るほど女捨てて、客観的に見た時の終わってる感が半端ない……!
「……どちらがより、ゆたかの魅力を引き出せていると思いますか?」
「ジ、ジーンズ…………」
「もちろん、私服もかっこよくて素敵です。でもね、ゆたか。……今のゆたかの格好、すごくいいとボクは思います」
「っ……!!?」
「可愛いブラウスに、可愛いスカート。いつものゆたかは中性的でかっこいいですが、今のゆたかは女性として、すごく奇麗で。可愛らしいです。――ゆたか。ボク、ずっと思っていたんです。ゆたかのように長身の美人だからといって“可愛い”は捨てないといけないものなんですか?ゆたかには、たくさん、可愛くていいところがあります。
確かに、高い身長のせいで、あまり可愛い格好は似合わないように見えるかもしれません。――でも、ゆたかが思う“可愛い”を目指していれば、きっとそれは人に伝わりますよ。だって、少なくともボクは今のゆたかが可愛いと思っていますから」
「…………可愛い、の?」
「はい、とっても」
「変じゃない……?こんなにでっかい女が可愛子ぶっているように見えない……?」
「はい。……とっても、魅力的です」
「…………悠里」
「はい」
「好き……」
「ボクも好きですよ、ゆたか」
私は、悠里に抱きついていた。
どうしてだろう、涙が止まらない。今まで、いっぱい悠里には褒めてもらっていたのに。
今度のは……特に、効いた。
私は“可愛い”を諦めていた。――自分の体が、そうはならなかったから。少女を飛ばして、一気に大人の体になっていってしまったから。
正直、学校の制服を着ているのもコスプレくさい気がして、イヤだった。
だけど、悠里は私のめいっぱいの“可愛い”を認めてくれる。……私にだって、可愛くある権利があるのだということを、認めてくれる……。
「……悠里」
「はいっ」
「私、可愛い悠里のことが大好き。でも、可愛くない私は嫌いだった。……今の私が可愛いのなら、私は、私を好きになっていいのかな……?」
「もちろんです」
そう言って、悠里は。
「んっ……ふぅっ…………」
「んぁっ…………」
私の唇を、自分の唇で塞いだ。
「んぅっ…………」
柔らかな感触と、甘い香り……自分が全て肯定されているかのような安心感……。
「んっ……んぅぅっ…………」
私は、それが心地よくて、嬉しくて。悠里の体をぎゅっと抱き寄せると、キスをしたまま、ずっと彼女の柔らかく小さな体を感じ続けていた。
柔らかくきめ細やかな髪。すべすべな白い肌。肉付きの乏しい細くて短い手足。
その全てが愛おしくて、私は彼女を抱きしめる力を、一瞬たりとも緩めたくない。……そう、思っていた。
「んふっ……。今日は、いっぱいキスしちゃってますね……」
「悠里っ……私っ…………」
「わっ!?も、もう泣かないでくださいよっ。……ボク、ゆたかが泣いているのが辛くて、それで、なんとかしたくって、キスを…………」
「ありがとう…………」
「あっ…………」
キスを終えて。それでも私は、悠里のことを離したくなかったから、縋り付くように抱きついていた。
「仕方がないゆたかですね……。気が済むまで一緒にいていいですよ。……ボクも、すごく嬉しいので」
「悠里っ…………」
私はそうして、ずっと悠里と体を寄せ合っていた。
私の大切なお姫様。……そして、私をも、お姫様の一人だと認めてくれる、大切な大切な人を感じ続けていた。
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この章、マジでずっとこういうノリです
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