~襄陽にて~
「この度はありがとうございます、呂布様、陳宮様。まだ我らも落ち着いたわけではないので
大したおもてなしは出来ませんが、どうぞこちらへ」
襄陽に着いた俺達を太守の地位を継ぐ事が決まった劉琦様が出迎える。とは言っても、正式
な礼を以て迎えられるのは月様の名代という形で来た恋とねねであり、その部下的な立場の
俺達は恋達とは別の宿舎に案内される…まあ、正直俺はその方がありがたいけどね。
「そういう所は一刀らしいけど…一応、お前だって参軍の地位にいるんだから、少し位主張し
たって良いんじゃないか?」
「そういう白蓮だって元太守様で現北平太守様の従姉なんだから、それを主張すればあっちに
いけるんじゃないのか?」
「私はもう一刀の部下だから良いんだよ、そういうのは…正直ああいうのは出来るだけ避けた
いのもあるけどな」
「やれやれ、我らが大将達は欲の無い人ばかりですな~。まあ、俺も堅苦しい所なんて行かな
くて済むならそれに越した事はないけど」
俺達はそんな話をしながら指定された宿舎に入ったのであった。
・・・・・・・
~同じ頃、益州と荊州の境・劉焉の軍勢の陣にて~
「桔梗様、紫苑様!」
「おお、焔耶か。苦労をかけたな」
「焔耶ちゃん、大丈夫だった?」
「いえ、私の苦労など…お二人に比べれば大した事はありませんでしたから。孫策殿も大人し
くしてくれてましたし」
長らく成都にいた厳顔と黄忠が陣に戻ってきたので、魏延は安堵の表情を浮かべていた。
「何よ、魏延は私が命令に反して向こうに突撃でもかけるとでも思ってたわけ?さすがの私も
厳顔殿の命令も無しに州境を越えるなんてしないわよ」
そこに孫策が若干不機嫌そうな顔をしながら現れる。
「孫策殿も苦労をかけたな」
「別に~、私は大して何もしてないし。ところで…二人がこっちに来たって事は何かしら動き
があるって事で良いのかしら?」
「ああ…なかなかに最悪な方向にな」
孫策の問いに厳顔は顔を歪ませながらそう答える。
「最悪な方向とは、何ですか?桔梗様」
「襄陽の方には相国からの援軍が入ったのはお主達も知っておろう。本来ならその時点でこち
らは兵を退くべきなのじゃが…」
「劉焉様からは『このまま軍を此処に駐屯させて機を見て攻撃を仕掛けるように』と…しかも、
それを見届ける為に成都から張松殿が来るわ。近い内にはこちらに合流する予定よ」
それを聞いた魏延は驚きに眼を見開く。
「なっ!?…それではもし我々が自分の判断で兵を退いたら」
「ああ、張松から劉焉様に色々と尾鰭を付けられた報告が行くじゃろうな…」
「でも、もしそうなった場合、お二人は…」
「そうならん為にも、嫌でも戦をせねばならん」
「とりあえず、これ以上余計な条件を増やされないように璃々もこっちに連れては来たのだけ
れども…正直、状況がこちらに良い方向に行くとは思えないわね。張松殿の手前、何もせず
にそのままというわけにもいかないでしょうし…」
厳顔と黄忠はそう言って渋い顔をしていたのだが…。
(ふふ…状況がどうであれ、戦は続くのね。ならば…)
孫策は一人、そうほくそ笑んでいたのであった。
~その次の日、襄陽にて~
「う、うう~ん、朝か…って、何だこりゃ!?」
眼を覚ました俺の眼に最初の飛び込んで来たのは何故か俺の寝台に潜り込んで横で寝ている
恋の姿であった。
「う…うん…おはよう、一刀」
「あ、ああ、おはよう、恋…じゃなくて!何で恋が此処に!?」
「一刀に用があって来た…でも、恋が来た時にはもう一刀は寝てた。一刀の寝顔を見てたら恋
も眠くなったからそのまま此処で寝た。それだけ」
そうか、それだけか。昨日の晩は早めに寝たからな。だったら仕方ない…って、そんなわけ
あるか!
「恋、いくら眠くなったからっていっても、年頃の女性が男の寝台に潜り込むなんていうのは
あまりよろしくない事だと…『恋は一刀となら良い』…はい?」
俺は恋に未婚の男女の同衾まがいなどという事はあまりよろしくない事だと言おうとしたが、
恋の突然の一言に思考が一瞬停止する。
「恋は一刀となら嫌じゃない」
「…ええっと、その、ありがとう…じゃなくて!その、何て言えば良いのか…」
「一刀は恋が嫌い?」
「いやいやいや、そのような事はまったくございません、ございませんけど…『じゃ、一緒に
寝る』…ええっ!?」
恋は俺がしどろもどろになって返答しようとしているのを遮るかのようにそう呟くと、俺を
押し倒すような形で寝台の上に倒れ込む。俺は何とか恋を引きはがそうとするが、俺の腕力
レベルで恋に勝てるはずもなく、その上間近で感じる恋の柔らかな感触と良い匂いに段々と
感覚がマヒしてくる。
これはそういう事で良いのか?確か以前じいちゃんが『女から迫ってくるのは覚悟を決めて
いる時なので、それを無下にするのは男として恥ずべき事じゃ』とか言ってたような…だっ
たら、これはそういう事で良いんだな!
そう思って恋の方を見ると…その本人は俺に覆いかぶさった状態でスヤスヤと寝息を立てて
いたりする。
「結局、そういうオチか…まあ、こんな可愛い女の子が俺みたいなのとなんて無いよな。でも、
こんな無防備な恋の感触と匂いを独占出来てるのは役得って事かな?」
そう思いながらもうちょっとだけ眠ろうとしたその時…。
「一刀~!恋殿はこっちにいやがるですか~!?」
そう言って乱暴に部屋の扉を開けてねねが入ってくる。そして…。
「な、な、な…何て事してやがるのですか!?」
俺と恋の姿を見てそう言いながらわなわなと震えていた。
「いや、待て、これはそういう事じゃなくてだな…『この期に及んで言い訳なんか不要なので
す!覚悟するのです!ちんきゅーきっく!!』…えっ、いや、ちょっと待てって!」
俺はそこで誤解を解こうとするが、ねねは話も聞かずに飛び蹴りを放ってくる…って、此処
には恋もいるんですけどーー!そもそも何で『キック』って言葉を知って…って、そんな事
よりも恋には怪我がないようにしないと!
俺はそう思ってねねの飛び蹴りを一人で喰らうように位置取りをしようとしたのだが、むく
りと起き出した恋が飛んで来たねねの足をむんずと掴んで動きを止める。
「ねね…めっ」
恋にそう言われた途端、ねねはさっきの勢いは何処へやら大人しくなる。
「れ、恋殿~、しかし、まさか恋殿が一刀とこのような…」
「恋は平気」
「恋殿~」
ねねは尚も何かを言いつのろうとするも、恋の一言で泣きそうな顔をしながらジッと俺の方
を睨む…って、俺は何もしてないんですけど。
「うううっ…恋殿がそうなのであれば、ねねからはこれ以上は何も…やい、一刀!恋殿を泣か
せたら承知しないからな!!それと、劉琦様が恋殿と一刀をお呼びになっているからさっさ
と来やがるのです!!」
ねねはそう言って去っていったのだが…って、劉琦様が呼んでるとか、そういう大事な用件
は先に言ってくれ!
・・・・・・・
「お、遅くなりまして申し訳ございません…劉琦様」
「いえ、お気になさらずに。むしろ長旅でお疲れの所を早々にお呼び立てして申し訳ございま
せん」
俺と恋はあれからすぐに身支度を整えて劉琦様の執務室へ行って、遅くなった詫びをしたの
だが、逆に劉琦様の方から謝られてさらに申し訳ない気持ちになる。
「皆様方に来てもらったのは、未だに州境に居続ける劉焉殿の軍勢への対処について相談した
かったからです。このままの状況は我らにとって良い事ではなく…実際、民達の間からは不
安の声が多く寄せられてます。私からも再三に渡って軍を退くように使者を送ったのですが、
まったく向こうは聞く耳を持たないばかりか、さらに兵を増強している節まで見られます。
相国様からは『これ以上向こうの滞陣が長引くようであれば、こちらから益州討伐の軍を差
し向ける事も考える』と文が届きました。おそらく劉焉殿も相国様も戦も辞さないつもりな
のでしょうが…私は出来るだけ戦を避けたいのです。今、境目にいる軍勢が引き揚げてくれ
ればとりあえずは戦にならないはず…しかし、私にはもうこれ以上どうすれば良いか分から
ず…何か良い方法はありませんか?」
劉琦様はそう言って頭を下げる。戦を避けたいのは俺も同じだけど…向こうは完全にやる気
みたいだしなぁ。他の皆の顔を見るが、これといって何も思い浮かんでないのは見てとれる。
しかし、このままの状態が続けばまずは襄陽の民達が疲弊してしまうだろうし…もしかした
ら、劉焉はそこからの混乱を狙っている可能性も…ならば、まずはこちら側の士気を高めら
れれば、何か良い方向に行ってくれるかも…よし。
「あの…もし劉琦様が良ければなんですけど…董卓様の許可も必要にはなるのですけどね」
・・・・・・・
~十日後の夜、厳顔達の陣にて~
「厳顔様、黄忠様、魏延様、襄陽の城内で奇妙な現象が!」
「ああ、こちらからも見えておる!何じゃ、あれは!?」
厳顔達は襄陽の城内から現れては消えていく奇妙な物体に眼を奪われる。
「わぁ~っ、綺麗~!ねぇ、あれ綺麗だね、お母さん!」
一人、黄忠の娘である璃々だけがそう言ってはしゃいでいたのだが…。
「あのような恐ろしい物を…あれも相国の力という事なのかのぉ」
「ええ、おそらくあれは火薬…あれだけの火薬を惜しげもなく使うなんて劉焉様にも無理でし
ょうね。先の戦でも火薬を使った兵器で多くの敵兵を葬ったという話を聞いて半信半疑だっ
たけど、あれを見れば間違いない事が分かるわ。私達はあのような敵を相手にしなければな
らないのね」
厳顔と黄忠はそう言って眉根をひそめる。そこから少し離れた所では…。
「あれは一体何なのでしょうね。火薬…にしては随分と派手に見えますが」
「火薬…そうか、やっぱりあそこにいるのね」
「いるって何が…って、孫策殿、どちらへ!?」
魏延の制止の声も聞かずに孫策は一人走り出していってしまい、そのまま行方をくらませて
しまったのであった。
~その頃、襄陽の城内にて~
「凄いな、一刀。あんなに意気消沈していた兵達や民達も大喜びしてるぞ」
「ああ、あんなに喜んでくれるのなら造った甲斐もあるってもんだ」
俺は打ち上げた花火を見上げながら公達とそう話をしていた。
劉琦様に頼まれ、少なくとも兵士や街の人達の慰みになればと、月様の許可をもらって打ち
上げ花火を造ったのだ。とはいっても、元の世界で見ていた物に比べると大分こぢんまりと
した物しか造れなかったのだが、それでもこちらの人には大好評のようだ。
「劉琦様も民達の様子を見て安心していたようだし、後はこれで向こうの軍勢に対する脅しに
でもなれば良いんだがな」
公達の言葉に俺も同感とばかりに頷きを返すのであった。
・・・・・・・
~二日後、襄陽の城内にて~
「この間の花火っていうの凄かったね~、愛紗ちゃん」
「ええ、しかしあれを造ったのが先の戦で虎牢関でのあの兵器を造ったのと同じ御仁だという
のは少々複雑な所ではありますが」
劉備と関羽は街の屋台で昼食をとりながら、花火の話をしていた。ちなみに彼女達は劉琦に
乞われるまま襄陽に逗留を続けている。
「あれ?」
「どうしたのです、桃香様?」
「いや、あれ…何でもない、何でもないよ」
(まさか、見間違いだよね…こんな所に孫策さんがいるわけなんかないし、ね)
続く。
あとがき的なもの
mokiti1976-2010です。
ようやく此処まで書けたので投稿します。
今回は長滞陣の慰みに一刀が花火を造ったという話でした。
火薬に関しては試作品の兵器の為に大量に持ち込んでいたので、
それを少々使ったという話ですので。当然、月の許可の上での
事ですが。
そして、それが新たな火種を運んできました。最後の劉備のは
決して見間違いではありませんので。果たしてどうなるか?
とりあえず次回はやってきた火種が暴発する話です。
とはいっても、後先考えずに来ているのでどうなる事やら?
それでは次回、第三十一話にてお会いいたしましょう。
追伸 劉備と白蓮の再会や張飛とか鳳統とかの消息はまたその
内になりますので…張飛も近くにはいるんですが。
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お待たせしました!
盧植達の活躍によって、襄陽での戦は回避
された。
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