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「ふっ、ふぁぁっ…………」
「おっきなあくび。昨日も夜更かししたの?」
「うん……ゲームが楽しくて、つい」
「アレでしょ、モンデリの最新作」
「……よくわかりやしたね、莉沙さん」
「ゆたかが好きなゲームは大体知ってるもん。後、着せ替え系のゲームも好きだよね」
「ま、まあ、その通りだけど」
朝練から一日が始まるから、早寝早起きが基本の僕とは違って、ゆたかの夜は遅いらしい。
しょっちゅう大あくびをしていて、午前中はぼーっとしていることも多い。だから、本来以上にローテンションに思われがちだ。
それでちゃんと授業は理解しているんだから、すごいんだけど。
「ね、ゆた……「莉沙。私……あっ」
「先に言っていいよ」
「……う、うん」
僕とゆたかはやたらと気が合うのか、むしろお互いに間が悪すぎるのか、こうやってよく同じタイミングで話し出すことがある。大抵、僕が譲っているんだけど。
「私ね、最近まあ、色々とあったじゃない?」
「んー、色々って具体的にどのこと、って感じだけどね」
「……第二手芸部の廃部とか、その辺から」
「ああ。今のゆたか、帰宅部だもんね」
「なんかイヤミっぽいなぁ、その言い方」
「いやいや」
「まあいいや。でね、どれも私としては納得した上でのことなんだけど、なんか……人から。莉沙から見た時、どんな風に見えてたのかな、って気になって」
「珍しいね。ゆたかが人からの評価気にするなんて」
「私がいつも人からの見られ方を気にしてるって、知ってるでしょ?どう見られてるかをわかった上で、それでもその選択をしてるんだから」
「……だね」
ゆたかは、そういう人だ。
正直な話だけど、僕の方面……いわゆる体育会系の生徒の中には、割りとゆたかに対して悪いイメージを持っている子もいた。悪いというか、わからないのを怖がってるって言うか。
ゆたかとしては、一応、自分が納得できる、彼女らしいことをしているけど、結果としてそれが理解できない人からすると、ものすごく怖い見え方をしてしまっている場合がある。……それはまあ、自然なことだ。陸上部だって、ずっと走ったり跳ねたりしてて、それを理解できない人からするとバカみたい、って思われるだろうし。
「僕のさ、素直な意見、言っていい?」
「うん。むしろ、それこそ聞きたい。私に遠慮してくれなくていい。莉沙が思った、真実を教えて」
「……よかったと思うよ」
「えっ?」
「僕はよくわからないからさ、ゆたかの部活が結局、どういうことをしていたのか、よくわかってない。見た目はまあぶっちゃけ、アレだったと思うけどね。……でも、ゆたかは部をやめて、それから悠里ちゃんと仲良くなってさ。いい顔をするようになったと思う。今も基本、仏頂面だけどね」
「そ、そこまで仏頂面?」
「悠里ちゃんといる時とのギャップがすごいもん」
「わ、私としては、莉沙もすごい大切な友達なんだけど……!」
「あははっ、わかってるわかってる。別に僕相手にも、わーきゃー言ってて、って訳じゃないから。むしろ、そんなことされたら僕が疲れちゃうよ」
「……そうだよね。悠里が異常だよね」
「うん、ぶっちゃけ」
「あの子も大概、テンションの振れ幅おかしいから……いつもは本当、クールっぽい感じなんだよ?」
「わかるよ。ものすごいお嬢様っていうし、クールでミステリアスで、なんかすごい雰囲気があると思ってたもん」
まあ、僕からすると、もうそれは過去形だったりする。別に本人は、他人からの見え方とかを気にしてないだろうけど、クールなのは見せかけだけで、実際は限りなくホットな面白い子だ。
「とにかく、ね。ゆたかはいい意味で変わったよ。きっと。――なーんか、そうすると僕が置いてかれてる気になるんだよなぁ、これが」
「莉沙は私のずっと先を行ってるでしょ?」
「いやいや、同じことを続けてるだけなんだもん。ずっと足踏みしてるようなもんだって」
「足踏み、ねぇ」
ゆたかは疑わしげな目を僕に向ける。
「それにしてはさ、最近の莉沙って、前よりも楽しそうな気がするけど。……そう、うん。たぶん、私の変化と同じようなのが起きてる!」
「起きてない起きてない。恋するとなんでもカップルに見える病気ですかい、ゆたかさんや」
「それは腐った方々でしょ!私はそっちの趣味はないから!!」
「あははっ、そうだよね」
でも、意外と……と言うと悪いけど、ゆたかが僕の変化に気付いているのには驚いた。
いや、僕がそんなわかりやすい変化を見せていたんだ、という驚き方でもある。……ポーカーフェイスな方だと思うんだけどな。
「まあ、楽しいっちゃ楽しいよ」
「それって……月町先輩と親しくなって、ってこと?」
「うん。なんかすっごい顔してるけど」
「いやまあ、人の友達に文句は言わないけどね……」
ああ、華夜先輩はこういう反応をされるよなぁ、とすごく思った。
正直、僕もあの人と本当に友達になっているんだろうか?と思ったりする。
近寄りがたいというよりは、先輩の方から明確に線を引いて、それより内側へ踏み込むことを許さないような……そんな、はっきりとした壁を感じる。
そして、言わばその壁は最終防衛ラインで、その前に更にいくつもの壁があって、今のところ一番奥深いところに踏み込めているのは、会長さんと僕ぐらいなんじゃないか、というのが華夜先輩に関して思うことだった。
「そういやゆたか、生徒会とも関わりあるんだよね」
「……まあ、会長さんとちょくちょく会う程度だけど」
「華夜先輩と、なんかあった?」
「あったって言えばあったし、ないとは……まあ、言い切れないか」
「じゃあ、あるんだ」
「うん」
素直にゆたかは首を縦に振る。ただ、その表情は苦々しい。
「華夜先輩って、独善的なところあるよね」
「…………そういうこと、普通に言いますかね。後、莉沙ってそんな言葉知ってたんだ」
「さらっとディスりますな……。いやまあ、華夜先輩自身から聞いたからね。聞かなかったら、たぶん知らなかったと思う」
「でしょうな……。って、本人が?」
「そう。華夜先輩自身、自分は独善的なきらいがあるって言ってた。とりあえず僕は全力で同意しておいたよ」
「なんか、想像以上にぶっちゃけ会話してるね、君ら……」
「まあね。でも、自分の欠点を理解した上で、華夜先輩は今のままでいる。いや、今のままでないとダメって言うかな……」
「そんな、スイッチ切り替えるみたいに簡単に“自分を変える”なんてできないってのはわかるけど、変えちゃいけないの?」
「うん。華夜先輩は、そう言ってたよ。そんで、僕もその気持ちはわかった」
そう言うと、ゆたかは逆に「絶対わからない」とでも言いたげな表情をした。具体的には、めっちゃ苦虫を噛み潰したタイプの顔だった。
「あのさ。今から言うことは、別にゆたかを悪く言おうって意図はないんだけど……」
「そんな断りはいいよ。別に莉沙に対して怒ったりしないし」
「そだね。……華夜先輩は昔っから委員長気質って言うかな。とにかく、前に出て喋るタイプだったんだよね」
「それはすごいわかる。絶対そうだと思う」
「じゃあ、その理由って予想つく?」
「う、うーん……?順当に考えれば、単純に人前に出て喋りたいから?後はまあ、不真面目なのが許せないとか……」
「うんうん。でも、それ以上にある気持ちがあった。……人の手本に、規範になりたかったんだよ。不真面目を正すために、一人ずつ注意していくんじゃ、いくら時間があっても足りない。華夜先輩は一度に二人以上存在できないしね。だから、根本的な解決として、真面目にしている自分を見せて、正しいことをするのはかっこいいことだ、素晴らしいことだ、って理解してもらいたかった。だからこそ、人前に立つようになったんだよ」
「…………聖人かよ」
「ははっ、ほんとね」
今でも強く思う。華夜先輩は本当に真面目過ぎて、いい意味なのか悪い意味なのかわからないけど、意識がものすごく高くて、でも、その根本は人への思いやりなんだ。ずっとテストでは学年一位の成績を取り続けている華夜先輩だけど、みんなが同じぐらい勉強ができるようになってほしい。だって、勉強さえできれば、将来の道を自由に選べるんだから。
「でね、僕は意外と共感できたんだなー、これが」
「なんで?莉沙、少なくとも悪いことをしてる訳じゃないけど、そんなにルールとかマナーとか、厳守してる方じゃないじゃん」
「そっちはね。でも、陸上部では一応、みんなの手本にならないといけない、そんな気持ちは持ってるよ。……なりたくてなった訳じゃないけど、エースってことになってるからね。僕がみっともない走りをしたら、部全体の士気にも関わる。小見川莉沙は、優秀な陸上選手じゃなければならない。……そんな気持ちは一応、ずっと持ってるんだ」
「……なるほど」
「それで、こっからちょっとゆたかに対しては失礼なんだけど、ゆたかはそういうの、経験してないよね」
「まあ、第二手芸は部長だったけど、なあなあでやってきたし。……めっちゃ姫扱いだったけど」
「うん。華夜先輩が言ってること、やってることって、すごく体育会系的なんだと思う。正直な話さ、ゆたかって他人のこと気にしないでしょ。クラスメイトみんな友達ー、なんて思ってないだろうし」
「……高校生になってまでそんな考えの人いたら、それはそれで怖いけど。まあ正直、莉沙の他のクラスメイトは、たまに話す子が数人いる程度だし。たまたま同じクラスで勉強を一緒に受けてるだけ、っていう意識はあるかな」
「うん、そうだよね。だけど華夜先輩は、全校生徒を見ちゃってるんだよ。みんなをなんとかしないと、って。バカみたいに感じるかもしれないけど、なぜだかそこまで強い責任感を持っちゃっている。……自分のやってることが“正しいこと”の押し売りっていう自覚もある。だけど、華夜先輩の信条って言うかな。それが、自分を緩めることを許さないんだよ」
「…………どういう人はわかったよ、月町先輩が。でも、だからって、自己満足に付き合わされて、ひどいこと言われた方はどう思うかな。先輩はそういう人だから諦めて泣き寝入りしてください、で終わっていいの?」
「ゆたか……」
「ごめん、莉沙。莉沙に当たりたかったんじゃないんだけど」
ゆたかは、とりあえずルールは守る方だ。というか、学校でのゆたかは今まで、流されることはあれど、ルールに抵触したことは一度もない。そこはわきまえている。だから、ゆたかが言っているのはきっと、悠里ちゃんなんだろう。
……確かに、あの天然ちゃんと華夜先輩は水と油だろうな。
「僕は先輩の言ってること、わかるとは言ったけど、何もかも正しいとは言ってないよ。……きっと、厳しさが空回りして、理不尽なことを言ったことも多いと思う、あの人は。……きっと、ゆたかもそれを知ってるんだね」
「ま、まあ……あれを理不尽って言うのは、私が狭量なだけかもしれないけど」
こんな場面だけど、僕は思わず笑ってしまいそうになっていた。
ゆたかは大抵こうだ。遠慮しがちと言うのか、なんなのか。その意見に同調しようとすると、自分から身を引いてしまう。
でもきっと、本当に華夜先輩は悠里ちゃんにひどいことを言ってしまったんだろう。
「ねぇ、ゆたか」
「…………うん」
「一度、華夜先輩と会ってみる?というか、今日の放課後にでも会おうよ」
「えっ!?そ、そんな、心の準備がっ……」
「いつだってできてないでしょ、ならいつでもいいじゃん!」
「んな、強引なっ!!」
たぶん、ゆたかには強引なぐらいがちょうどいいと思う。
後きっと、華夜先輩にも。
こういうの、僕の役目じゃなくて、会長さんがやってくれればいいんだけど……最近、忙しくしてるからなぁ。
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体育会系と文化系
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