プロローグ
場所は交州の高涼県。
決して大きくはないが、海に面しているということもあり、漁業が盛んな国である。
そんな高涼の、ちょうど中心部に位置する場所に建設された、小さな城の大広間で、騒ぎは起こっていた。
訂正。
正しくは、 国民全員を巻き込んだ大宴会。
約3000人が、やれ呑めやれ食え状態でとんでもなく混沌とした空間が構成されていた。
そして、その大宴会の一番奥に位置する席(俗に言う、玉座の位置である)。
そこに、この宴会が開かれる切っ掛けとなった人物が腰を掛け、ちびちびと馴れない酒に戦いを挑んでいた。
その人物の名前は北郷一刀。
つい三日前、この高涼の地に流星を伴って舞い降りた天の御遣いである。
今思い返せば……彼が、黄巾党の一味に絡まれている義勇軍の女の子を救った事が、この『物語』の全ての起点だったのかもしれない。
時に、貴殿方は諸葛亮孔明という人物をご存知だろうか?
三国志を少しでもかじった事のある貴殿方の中に、諸葛亮孔明を知らない人間はいないと思うが、諸葛亮と言えば三国志・三国志演義において、鳳統と共に蜀に仕えた神策鬼謀の軍師であり、名実共に大陸にその存在を轟かせた英雄の1人である。
では、諸葛亮孔明に抱くイメージ的なものはどうだろうか?
世間一般的に、諸葛亮孔明といえば、横山三国志の……中華風の着物(緑色)と扇子がよく似合う、柔和な面持ちの男性のイメージが強いだろう。
しかし、北郷一刀が諸葛亮孔明に対して抱いていたその故横山イメージは、この世界にやって来てからものの一時間で完璧に覆された。
実は、黄巾党に絡まれていた少女が諸葛亮孔明でした~なんてことを誰が思うだろうか?
しかも、諸葛亮=女の子。
付け加えるなら、超美少女である。
その結果、三国志の時代にタイムスリップしてしまった時点で、もうこれ以上の驚きはないだろうと思っていた北郷一刀を、更に驚かせることになった訳だが。
取り敢えず、こちらの世界では諸葛亮に留まらず、大抵の武将は女の子になっている。そう、北郷一刀が確信したのは、諸葛亮と同じく義勇軍を率いていた武将である楽進が女の子だったのを見てからだ。
それから何だかんだあって、天の御遣いとして北郷一刀は祭り上げられ、何故か諸葛亮と楽進の主となり、気が付いたら約1500の義勇軍を率いる大将になっていた。
本人曰、2人の懇願の眼差しに屈したとか。
また、義勇軍の大将を務めることになった時点で2人から真名というもう1つの名前で彼女たちを呼ぶことを許された。
簡単に説明すると、真名とはこの世界のパラレル設定の1つ(諸葛亮と楽進が同じ陣営にいることもパラレル設定)。
読んで字の如くだが、『真なる名前』という意味で、彼女たちの生き様が詰まっている神聖な名前だという。
楽進曰、真名を許されていない人間を真名で呼ぶことは、その人の人生を踏みにじることと同じ。切り捨てられても文句は言えない……らしい。
ちなみに、この真名。諸葛亮は朱里、楽進は凪と結構女の子らしくて可愛らしい名前だったりする。
まぁ、多少脱線したが、話を戻そう。
天の御遣いとして義勇軍を束ねることとなった北郷一刀は、兵糧を確保する為に高涼の城下町に立ち寄ることになる。
しかし、町に足を踏み入れた彼らを待ち受けていたのは、襲撃を受けてボロボロになった民家と大量の死体だった。
女子供も関係なし、無差別に殺され、小さな子供が冷たくなった母親にすがり付いて泣いていた。
近くの酒屋に避難していた生き残りの住民たちは、皆悲しみにくれ、半数は生きる意味を見出だせなくなっている有り様。
よくよく話を訊くと、本来は自分達を守ってくれる立場の県令は既に逃走し、官軍には連絡もとれない始末。
しかも、襲撃を行い町を荒らしていった黄巾党は、明日もまたやって来るという。
怒りと恐怖に苛まれながらも、明日の死を静かに待つしかないと泣きつく住民を見捨てることを、北郷一刀はしなかった。
仮にも、自分は義勇軍の大将である。ここで彼らを助けずにおいて、何が義勇軍だというのだろうか?
その後、住民を説得して共に策を練り、黄巾党に立ち向かった。
結果は、大勝利。
諸葛亮の策が功を奏し、こちらの死人は数えるほどしか出さずに済んだ。
そして、現在の大宴会に至るのである。
さて、面倒な序章はここで終わるとしようか。
この外史は、ある一人の少女を起点に描かれた外史に酷似した、もう一つの外史。
故に、この物語の結末は、まだ誰にもわからない。
――では、開くとしよう。
この新しい外史の扉を……
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↓
ep1『宴』
「可愛いな……」
俺の膝の上。
呑んだくれて、脱力している朱里の頭を撫でながらそう呟いた。
呑んだくれに可愛いとか言うのは、自分でもなんだかなぁ…と思うのだが、本当に可愛いのだから仕方がない。
ぷるぷる震えながらも、必死に酒を取ろうと手を伸ばしている所とか。
「というか、そんなに気に入ったのか酒?」
朱里が今まさに掴み取ろうとしていた徳利を少し(ちょうど手が届かないギリギリの距離)遠くに押しやり、反応を見る。
すると朱里は、うーうーと唸りながら、それでも酒を呑もうと、一生懸命徳利に手を伸ばす。
その姿は、餌を取り上げられたハムスターを連想させる。
「やっぱり、可愛いな…」
変わりに俺の持っていた徳利を朱里の手に掴ませてみた。
「お兄様のおさけ……」
あ、呑んだ。
しかも、めちゃめゃ美味しそうな顔していらっしゃる。
「しかし、よく呑むなぁ…」
正直、この娘の将来が不安になる程に。
俺は酒、あんまり好きじゃないんだけどなぁ…
「一刀様、おひとついかがでしょう?」
「あぁ、ありがとう凪」
差し出された皿の上からつまみを1つ取る。
「先程、厨房の方を借りて作らせていただきました。 お口に合えば良いのですが……」
「へぇ~。 これ、凪が作ったのか……うん、凄く美味しいよ」
素直に感想を伝えると、凪は少し頬を染めて俯いた。
「喜んでいただけて良かったです……」
戦場とは打って変わったしおらしい姿。
戦いさえなければ、彼女は日頃からこんな姿を見せてくれていたのだろうか?
「そうだ。凪も一杯どう?」
俺はあんまり呑めないけどな、と杯を差し出す。
「では、一杯だけ頂きます。 私は朱里のようになりたくはないので」
凪はふふっと微笑みを浮かべながら杯を受け取った。
「幾らなんでも、これは呑み過ぎだろう…」
遂に、机に頭を預けてすやすやと寝息をたて始めた朱里を苦笑気味に見詰める。
「まぁ、今日は無礼講ですからね」
優しげな表情で朱里の頭を撫でる凪。
その様子は、まるで仲のよい姉妹のようだった。
「なぁ、凪」
「…如何なさいました、一刀様?」
そんな2人を見ていて、自然に口から言葉が飛び出していた。
「俺さ、頑張ってみようと思うよ」
酒を煽る。
凪は何も言わず、静かに次の言葉を待っていた。
いや、凪だけではない。
もしかすると、俺の錯覚なのかもしれないが、この場にいる誰もが俺の言葉を待っている気がした。
「正直、最初は迷ってたよ。 俺みたいな只の人間に、天の御遣いなんて大役が務まるのかってね」
誰だって、そうだと思う。
俺は、元の世界では只の人で、ましてや学生なのだ。
「殺し合いなんて俺の居た世界ではしたこともない、兵法も、興味本意で噛じる程度にしか勉強したことがない。」
本当に、何処にでも居るような普通の人間なんだ。
「だけどさ、この国に来て…実際にこの村を見て、みんなの話を聞いて、戦場に立って、生まれて初めて…人を斬った。 正直、怖かった……いや、今でも怖いよ」
安らいだ表情を浮かべ眠る朱里の頭を撫でた。
「でも、同時に思ったんだ。 もし、戦う事で…俺が自分の手を穢すことで、救われる命が1つでもあるのなら」
一旦、言葉を切り、深く息を吸った。
「…その命を守っていきたいってね」
こんな小さな娘まで、戦場に立たなくてもいいような平和な世界を作りたい。
「みんながずっと笑顔でいられるような国を、誰もが戦わず悲しみに涙を流す事のない国を作っていきたい……そう思うよ」
これは、天の御遣いとしての使命とか、そういうものではない。
1人の人間として、北郷一刀個人としての願いだ。
「一刀様……」
「理想論だとか言われても俺は構わない。 ただ、俺はこの大陸のみんなを護っていきたいんだ……勿論、凪や朱里のこともね?」
そっと、凪の身体を引き寄せて、先程朱里にしていたように頭を優しく撫でた。
「やはり、一刀様は私達の待ち望んだ天の御遣い様です。 ……貴方の思うその優しさこそが、その志こそが一番大切なのです」
凪は拒まない。
自らも身体を寄せ、本当に嬉しそうにそう言ってくれる。
「それに、貴方は高凉の王。 自分の思う理想を政治に反映させ、民草に安寧を与えてくださいませ……それが『県令』として、私たちを護る事にも繋がるのですから」
県令。
有り体に言えば、国の王。
俺が、黄巾党退治の功績が認められ、朝廷から与えられた職だ。
明日にも、正式な文書がここに届けられるだろう。
国の王なんていう大役が自分に務まるのかという不安はない訳ではないが、俺の出来る限りで頑張っていきたい。
今ではそう思っている。
「そうだな。 きっと、みんなが平和に暮らしていける国を作ってみせるよ。 だから、凪」
それが実現するように、俺の事を支えていてくれ。
頼むよ、と笑い掛けた。
「はっ! この楽進、何があっても一刀様にお仕えさせていただきます」
凪はその場に膝をつき、臣下の礼をとる。
「我が知、我が武の全てを持って、貴方の理想を支えさせて頂きます」
「ありがとう。でも、『命に変えても』とかは無しだからな? 死んでしまったら元もこうもないんだから……。どんな時も、自分の身を一番に、な?」
「しかし…」
少し不服そうな表情を浮かべる凪の頬を手で優しく触れる。
「凪はさ、武人である已然に女の子なんだから。 それに、俺は…自分にとって大事だと思う人を傷付けたくない。 無理はして欲しくないから」
「……はい」
漸く頷いた凪の顔は、心なしか紅くなっている気がした。
「分かればよろしい! それじゃあ、俺はそろそろ寝るけど凪はどうする?」
朱里を膝から抱き上げ、問い掛ける。
もう夜も遅い時間の筈だ。
せめて時計でもあれば、今の時間も分かるのだが……
「私は、もう少し起きていようかと思います。 酒に酔った人間ほど始末の悪いものはありませんから……」
騒ぎを見つめながら凪は言う。
多くの人が楽しそうに騒ぎ、踊り、歌い、呑み、喰らう。
宴は中々終わりそうになかった。
「俺も、やっぱり残った方がよくないか?」
何かが起こったとき、それを1人で鎮めるのは、大変なんじゃないだろうか?
「いえいえ。 一刀様には朱里の方をお願いします」
どんな夢を見ているのか、俺の指をペロペロと猫のように舐め始めた朱里を眺め、苦笑しながら凪は言った。
「ははは…まぁ、凪の言う通り、酒に酔った人間ほど始末の悪いものはないからな……こら、やめなさい朱里」
指を舐められるのは地味にくすぐったい事を知った。
あと、ちょっとムラムラしてくるのも困りものである
このままだと、俺のナニが大変な事になりそうなので、無理やり指を抜き取った。
「お兄様の意地悪……」
……起きてたんかい。
「でも、折角抱っこしてくださっているのですから、今日は一緒に寝てくださいね?」
可愛らしい顔に夜神月みたいな黒い笑みを浮かべるんじゃありません!
……いやまさか、これが孔明の罠か!?
「俺が罠にかかるとは、な」
「?」
いやいや、朱里さんや。
罠を仕掛けた本人が、そんな不思議そうな顔をしなさんな……
……もしかして、素なのか?
「こら、朱里。 一刀様が困ってるだろう」
俺が、リアル孔明の罠に感動(?)している時間を凪は俺が困っていると思ったらしい。
「そんなこと言って、凪さんが羨ましいだけなんじゃないですか?」
どうやら、酔っ払った朱里は無双らしい。
凪もそこで赤くなるな。
「そ、そんな事は………なくもない」
「えーっ!!?」
そして、衝撃のカミングアウトである。
凪はツンデレと見せかけて、実はデレデレだったのか。
誰に? 勿論、俺に。
「……って、えーっ!?」
「い、いいではないですかっ! 私だって乙女なのです! 自分の事を大切に思ってくれている人に、自分も同じ気持ちを抱いてはいけないのですか!?」
「いや、駄目じゃないけど……」
目が怖いです、凪さん! 心なしか血走っているように見えるのは俺の目の錯覚かなっ!?
「では、今日はみんなで寝ましょう。 今すぐ寝ましょう! さぁ行きましょう一刀様!!」
「あ、ちょっと凪!? 引っ張ったら駄目! 無理矢理はいけません!」
というか、ここのさっきここ(宴)の監視しないといけないって自分で言ったでしょう!?
「知りませんっ!」
「ちょっ! だから無理矢理引き摺ったら駄目……アッー!!」
結論。
酒に酔った人間よりも、暴走した凪の方が始末が悪い。
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あとがき
今回から、第二章に移行します。
まだ撫子は登場しませんが、物語の進行にあわせてしっかり絡ませていきたいと考えておりますので、よしなに...
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恋姫二作目になります。
最初に断っておきますが、撫子はまだ登場しません。
いま暫くお待ちくださいませ!