長く続く張三姉妹の行軍の列。
その中ほどにある馬車に三人は揺られていた。
「ねぇねぇ人和ちゃん」
「まだよ」
「お姉ちゃん、まだ何も言ってないよぅ…」
「いつになったら着くの?でしょ。言われなくても分かる」
「ぶぅ~」
頬を膨らませる天和を一顧だにせず、人和は手にした書類に目を落とし続ける。
「今日中には着くのよね?そろそろ天幕じゃなくてちゃんとした宿で休みたいわー」
邑から邑への行軍が数日に渡ったせいか、地和の機嫌もよくない。
「先触れを出しておいたから、着いたらすぐに宿には入れるはずよ」
基本的な通達とお願いは事前にしてあるが、どうしても意思疎通に齟齬が生じることがある。
なので交渉専門の部隊が先乗りして先方との折衝、会場予定地の確認、現地採用人足への説明など、張三姉妹が現場に着いてから円滑に進むようにするのだ。
もちろん、その中に張三姉妹の定宿の手配というのも含まれている。
着いたらすぐに休めるだろうと、二人をなだめていたその時、
「張梁さま」
馬車の外から声がかけられた。
使い番の兵のようだ。
「どうしたの?」
「は、先遣隊からの伝令です。異常事態があったとのことです」
「異常事態~?」
「分かりました。一時行軍を停止させ、伝令をここに通して下さい」
「はっ」
番の者が駆けていく。各所へ指示を出しに行ったようだ。
「何かしらね、異常事態って?」
「さぁ…でも、時間的に邑への途中で何かあったようね」
「ふ~ん」
さして意味の無い会話をしながら伝令を待つ。
そのうち馬車が完全に止まり、そして伝令が馬車の前に現れた。
…………
……
「…地図にない土地?」
伝令が伝えたのは不可解な報告だった。
「はい。厳密に言えば、地図では平地となっている所に突然山がありまして…その逆もあったと言いますか…」
「なにそれ?イミワカンナイ」
「地図が誤っていたということですか?」
「もちろんその可能性もありますので、先遣隊本隊は予定通り邑へ赴き、土地の者に尋ねる手筈になっております」
「分かりました。ご苦労様です」
とりあえず伝令を下げさせる。
「…………」
「?どうしたのよ、人和」
伏目がちに考え込んでいる人和を見て、地和は首を傾げる。
「ううん…さっきの伝令が言ったような間違いがあるのかな、って」
三国同盟後、三国が最も力を入れている事業の一つが、地図の作成だ。
規模が大きいので、更新頻度は決して高くないが、それでも最近はそこまで大きな間違いは起こっていない。
「気になるならさ、ちょっと寄ってみない?」
「え?」「姉さん?」
天和の口から出た意外な言葉に、妹二人は目を丸くする。
「だってさ、地図の作成に協力っていうのも、私たちのお役目じゃない?」
張三姉妹の目的は勿論、自分たちの巡業が主だが、魏時代から別のお役目が課されている。
兵卒の確保、各地の経済状況の調査などなど。
その中に地形の調査というのも含まれている。
そのため巡業の際には、各国の最新版の地図が貸与され、張三姉妹側は円滑な巡業行程が組める。
そしてその代わりとして、間違いがあれば正すというのが暗黙の了解となっている。
この事は三人とも承知しているが、天和が真っ当な事を言うので妹二人は目を丸くしていた。
「それにね…なんかモヤモヤするんだ。見に行かなきゃいけない。そんな気がするの」
「う~ん…姉さんがそこまで言うなら、行くだけ行ってみる?」
「そうね。そんなに進路を変えるわけじゃないから、大丈夫でしょう」
こうして張三姉妹一行は『地図にない土地』に向かうのだった。
――――――
――――
――
「といった流れで、その地図が変わったところに赴き、興味本位で内部にも入ったところ、先ほどの化け物に遭遇した、ということです」
「「「…………」」」
人和の話を聞き終えた俺たちは、誰ともなく目を合わせる。
「え、なになに?」
「ちょっと…なんなのよ、この雰囲気は?」
居たたまれない天和と地和。
「一刀、これって…」
先ほどとは打って変わって真剣な声色のシャオ。
「あぁ。異変…戦国時代の土地だろうね」
「では、やはり…」
「鬼は戦国から沸いた、ということでしょうね~♪」
雫と穏は予想通りといった感じだ。
「何か知っているのですか、一刀さん?」
「あぁ。それじゃ改めて、こちらの事情も詳しく話そう」
俺は掻い摘みつつも、なるべくありのままを説明した。
雫たちを紹介しながら、彼女らが未来の人間であること。
先ほどの『鬼』が俺たちの敵であること。
そして、三人が入った土地が俺たちの探している土地かもしれないこと。
「ふぅ~~ん」
「そんなことが…」
「なるほど」
反応は三者三様だ。
「そこでお三方にお聞きしたいのですが…」
雫が真面目な調子で続ける。
「お三方が見つけたその土地の気候や風土の特徴などありましたら、お教え願えないでしょうか?」
そこがどの土地であるかが分かれば、誰がいるかが分かるはずだ。
「う~ん…何かあったかなぁ?」
天和はキョトンと目を瞬かせる。
「いや、姉さん…」
「雫さんたちの国がいくつあるかは知りませんけど、絞り込めるだけの特徴はあったと思います」
「…それは?」
「はい。少し大きめの湖がありました。その近くの街のような所から化け物が出てきて、私たちは襲われました」
「大きな湖っ!?それって…!!」
「ひよっ!」
それまで大人しく話を聞いていたひよが俄かに立ち上がる。
そんなひよを、ころが少し押さえる。
「大きな湖、ってことは、一つしかないよね」
日本にも大きな湖はいくつかあるけど、三国を歩き回った天和たちが『大きな湖』と表現する湖は、日本に一つしかない。
え~っと、滋賀県の旧国名は…
「近江、ですね」
俺の思考に答えるように、雫が呟く。
「お市様…」
ひよが震える声で囁く。
「お市様って…まさか?」
「はい。近江は久遠さまの御妹君のお市様、そしてその良人である眞琴さま…浅井長政様がおられる国なんです」
「そうなのか…」
ひよのあの心配そうな顔は、お市の方を想っての事なのか。
秀吉がお市の方を好きだったのは有名な話だもんな…
「あ、あの!一刀さまっ!」
「ん?」
「あの……このままお市様達を助けに行く事は、出来ませんか!?」
ひよが今にも泣きそうな顔で懇願してくる。
助けてあげたいのは山々だけど…俺は首を横に振る。
「そんな!どうしてですか!?」
「ひよっ!」
俺に詰め寄ろうとするひよを、ころが押し止める。
「今回の遠征は天和たちの保護が目的だった。もちろん、有事は想定してたけどこれ以上の長陣の備えはない。
それに、近江には今以上の数の鬼がいるかもしれない。準備は万全を尽くさないと、それこそお市様や長政さんを助けられなくなっちゃうよ?」
「それは…」
鬼との戦闘の厳しさは、ひよも身に刻み込まれているのだろう。
それに、ひよだって本当は分かっているはずだ。
「ひよ」
「……うん」
ころが頭を抱き寄せ、その胸で涙するひよ。
「一度戻って、万全を期して、すぐに助けに来ると約束する。大丈夫、小波を連れてくればすぐに見つかるよ」
「はい……はいっ…!」
「よし、それじゃ帰ろうか!」
俺たちは張三姉妹の保護に成功し、新たな情報も得ることが出来た。
上々の戦果を得、皆と無事に洛陽へ帰るのだった。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、93本目です。
9ヶ月という長期にわたりましたが、今回で張三姉妹救出編が終わります。
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