明命SIDE
蓮華さまが思春殿と別行動をなさってる最中、私はへれな様の警護という任務を遂行致しました。
普通脚が不便な方だとあまり動き回ることを好まないだろうと思われがちです。実は私もそう思っていました。ですが出会った初日の騒ぎに加えて、次の日には自ら地域の孤児院に行かれて、その上また行くと仰るのを言って考えを改めるしかありませんでした。へれな様はとても活発に動くことを好む方でした。
闊達な対象を護衛することはなかなか容易ではありません。常に何が起こるか判らない周りの環境に気にしなければならない上に、その護衛対象までどこに跳ぶか判らないとなると護衛の難しさがぐんと上がります。そうでなくとも、外で出たがりな方である程、護衛する武将の精神は削られていくのです。
孤児院に行って来た次の日、へれな様は市場に行きたいと仰りました。そこでへれな様は一日中いろんな所を周りながらいろんな品を買われました。服を作って残ったそのままでは使い道のない切れ切れとした服地、綿や糸から、木の板、紙、筆、絵の具などなど…かなりたくさんの物を買って、他にも色んな所を見て回りました。
「この時代に眼鏡があるなんて驚きですね…でもやっぱりお高いみたいですね」
「瑠璃の細工が出来る匠は江東に数少ないですから。これ一つだけでも、今日私たちの買い物した値より高いですから」
「そんなにですか…というか、今日結構買っちゃいましたけど、レンファに怒られなければいいのですが」
へれな様は買いすぎたせいで蓮華さまに迷惑にならないか心配なさっていましたけど、価格自体はそれほどではありませんでした。が、買った物の量がかなりのものでした。いいえ、荷持ちになることは別に構わないのですが、あまり持ちすぎると周りの危険に反応が遅くなると言いますか…。
いいえ、決してへれな様を護衛することが嫌というわけではありませんよ。へれな様も私に分に余るほど気を使ってくださっています。私が警護のために気を立てていると、私の心を安らげようと休みましょうと言ってくださったり、帰ってきたら恐れ多くも肩を揉んで頂いたりしました。でも、警備する側としてはそういうお気遣いもまた負担になるわけです。
もちろん、へれな様がこんな物を買ってきた理由はもう判っています。孤児院に約束していた人形劇に使う材料です。ですが人形劇と言っても、孤児院を牛耳てるような女の子に断れてしまった所でした。また行った所で劇どころか庭に入れてもらえるかも判りませんでした。
そもそもどうして天女ともなろうお方が孤児院などに行かれようとするのか私はそれすらも最初は解りませんでした。私がへれな様が孤児院の院長さんだったことや、孤児院の出だってことを知るのはずっと後のことでした。何故聞かなかったのかと問われるかもしれませんが、護衛武士が護衛する方のことをしつこく聞くことはご法度でした。
だから私は何も言わずにへれな様のお買い物に付き添うのでした。
宿に戻った後も、へれな様は大体の時間を部屋で人形劇の準備をしながら過ごしました。やがて日が暮れて蓮華さまと思春殿がお戻りになられて、へれな様と私にその日にあったことを話合いました。
「それでは、その名符というものが完成したら、その後はどうなるのですか」
「そうね。内容によるけど、彼女に賛同する豪族が江東を掌握するに足りると思えば、一旦姉様の居る廬江へ戻るつもりよ」
「廬江……それでは江東をまた離れるのですか」
「そうなるわね。でもそのうち江東に戻ってきてここを拠点として今後の本格的な軍を活動をすることになるわ」
「でも、いつ戻ってこれるかははっきり出来ませんね」
「それは姉様の判断だからね…どうしたの、へれな?」
蓮華さまの話を聞いたへれな様のお顔に困った表情が浮かびました。大体想像はつきます。
「へれな様は孤児院にまた行く約束をなさったことが気になるのです」
私が代わりに答えると初日一緒に孤児院に行かれてた蓮華さまも問題に気づいて残念そうにへれな様を見ました。
「なるほどね。でも、間もなくまた来られるわ。もう二度と来ないってわけじゃないから」
「それでもいつまた来られるかはっきりとしないわけですよね?それを知った上で、またあの娘に行ってわたしの事を信じて欲しいと言うのはあの娘を馬鹿にしてることになります」
すれ違いのような善意は必要ないとあの娘は言っていました。もし後になってその娘がへれな様に心を開くとして、へれな様が一時的にでも来られなくなると知ったら結局その娘の期待を裏切ることになります。へれな様はそれを恐れているのでしょう。
私としては早い段階で諦めて下さって良かったと思ってますが。
「どうしても離れることが気になるのならとりあえず姉様には思春を行かせて報告することも出来るわ。私たちがここに残って姉様たちが来るのを待てば良いのよ」
「いいえ、私のためにそんな無理をしちゃいけません!」
蓮華さまに任された任務は江東の動静を探る大事な任務だったので蓮華さまの今の話は少し無責任な点がありました。思春殿もそれを指摘しようとしましたが、その前にへれな様は蓮華さまに怒鳴るように叫ぶと蓮華さまはもちろん私と思春殿もピクッとしました。
「へ、へれな?ごめんなさい。私はただそうした方がへれなに都合が良いのかなと思って…」
「あ、いいえ!怒ったわけじゃありません。ごめんなさい!」
怒られたと思った蓮華さまはおろおろとしましたが、それを見たへれな様は直ぐに慌てて謝りました。
「ただ…あまりわたしのためだからと言って無理をしてはいけません。そこまでしなくてもレンファがわたしのことを大切にしてるって判ってますから。わたしのために自分を犠牲にするようなことはしなくて良い。判りました?」
「…うん」
へれな様は謝りましたが、蓮華さまはまだ少し呆気取られた様子でした。へれな様の一瞬でありながらも見たことのない爆発を見せたので蓮華さまだけでなく私も内心戸惑っていました。
「あららー?空気が変になっちゃったかなー。よーし、こういう時こそヘレナ院長先生のとっておきの人形劇をお披露しちゃいましょう」
へれな様はわざとらしくのほほんとした声で部屋の隅に片付いてあった舞台を前に持ってきました。
「と、まあ、冗談はさておきまして、今から予行練習してやってみるから、三人に感想を言って欲しいかな」
「予行練習って…孤児院にはもう行かれないのではなかったのですか」
私が聞くと、へれな様は少し考えて仰りました。
「約束しましたから。約束しておいて行かなくても、それもあの娘に傷になっちゃう。明日行ってちゃんと謝ってから最後に人形劇をやりたいとお願いしようと思います」
「……」
どうしてそんなにあの孤児院にこだわるのか。あの時私は判りませんでした。
「じゃあ、まだ舞台は整ってないけどヘレナ先生の人形劇はじまるよー。むかーしむかし、可愛い動物たちがしゃべっちゃってた頃のとおーい昔の話ですー」
でも、間もなくへれな様の人形劇が始まって、蓮華さまも私も、思春殿まで人形劇に見入って、皆さん夕飯にする時間も忘れるぐらいへれな様の熱演に見入ってしまいました。
次の日、へれな様と私は孤児院の方へ向かいました。へれな様は膝の上に、夜更かしして作った手袋人形に劇の舞台を積み上げていらっしゃいました。
「へれな様、本当に人形劇などなさるつもりなのですか」
「もちろん。明命はわたしが劇をするのがお嫌いなのですか。昨日夜まであんなに手伝ってくれたのに?」
「それはへれな様が終わるまで眠らないと仰るから仕方なくです」
「どうして、嫌なのですか」
「…そんなことしたって何も変わらないからです」
人形劇なんかやった所で、子供たちに何のためにもなりません。孤児の子供たちは周りからの支援がない限り、日に日に食べるために女の子たちは山菜を採ったり、男の子たちは市場でそれを売ったり、それとも官で大型建設工事がある時は命賭けで支援して力仕事をします。どっちも出来ない幼い子ども達は物乞いに出される場合だってありました。皆その日を生きるための苦労が身に染みてるんです。遊戯なんて贅沢です。
それにもう一つ、私が気にいらないことは、孤児院を代表していた、あの女の子の態度でした。
へれな様は子供たちのことを想ってのことだと仰っていましたが、あの子は私たちを瞳で刺すように睨みついていました。あれは人を全く信用していない人の目でした。口だけは丁寧でしたが、その態度からは私たちだけでなく、他人を信用しない雰囲気を出していました。孤児としてあらゆる風波を背負い続ければ無理もないことでしょう。ですが人に心を閉じた者を相手にこうして時間を費やす、増してや天女ともなろうお方がこんなことに時間を無駄にしていらっしゃることが私が嫌だったのでした。
「何もしないで駄目だった、というより、頑張って駄目だった、の方が良いんですよ?しなければ、後で何故しなかったのだろうって後悔しますからね」
「それはやって後悔したって一緒なんじゃないのですか」
「やって後悔する人はやって成し遂げたいことがあったらやったのですよ。だから失敗したことを経験に成長します。やらずに後悔する人はただ避けただけだから何も学べないんです。だからまた同じことを繰り返すことになっても、やって後悔した人は今度は後悔しなくなる可能性が増えても、やらずに後悔した人はまたやる勇気を出せなくてまた後悔するんです。逃げたら、次も逃げるしかないんです」
へれな様の話を聞いていたら孤児院が見えてきました。孤児院の近くに来た時、私は昨日とは違う気配を感じました。私は押していた車椅子を止めました。
「へれな様、ここで少し待っていてください」
「ミンメイ?どうしたんですか?」
「孤児院の様子が何かおかしいんです。ちょっと確認して来ますのでここで居てください」
私はへれな様を道の中に置いて近くの木に登りました。十分に高く昇って孤児院の方角を見ると、中に何やら嫌な雰囲気の男たちが十数人ほど居ました。手前には孤児院の建物の前に例の女の子と見た事のない男の子たちも何人か立っていました。孤児院の奥には幼い孤児たちが兄、姉たちを心配そうに見ていました。孤児院に入ってきた男たちは皆体格がでかく、中には剣を持っている者も居ました。孤児院側の子たちも棍棒や包丁を握っていて一触即発の状況です。
私は木から降りて見たことをへれな様に言いました。
「大変です。城に行って通報しても間に合わなさそうですし、とりあえず中に行って流血事件になることだけでも止めないと…。私が行って時間を稼ぎますから明命は官軍を呼びに…」
「何を仰っているのですか、へれな様!あそこに飛び込むなんてありえません!」
へれな様のとんでもない話に私は思わず大声を出してしまいました。
「ですがこのままだとあの子たちが…」
「今私の役目はへれな様を危険からお守りすることです。あの火花の真ん中に飛び込ませるわけには行きません」
「だからって見てない振りして帰るわけにもいかないじゃないですか!」
へれな様は顔を真っ青にしました。私に助けに行きなさいと仰らないのは、無理な頼みだと思ってらっしゃるのでしょうか、それともそもそもそんな考えも浮かばないほど慌てているのでしょうか。もちろんあんな数だけのチンピラども密かに見えない所じゃなくとも十分処理できますが、それでは私の任務を放棄することになります。へれな様に命じられるならまだしも、義侠心で自分から飛び込むなんて出来ません。
「誰だ!」
その時孤児院の入り口から孤児院を囲っていた男性の一人が私たちを見つけました。
「ここを離れましょう、へれな様!」
ここに居るとへれな様が危険になると判断した私は車椅子の取っ手を握りました。ですが私が車椅子を押そうとしても車椅子が前に進みませんでした。良く見るとへれな様が車輪を握っていて車輪が回らないのでした。
「へれな様!」
「お願いします、ミンメイ。あの子たちを見捨てようとしないで」
「へれな様!」
「お願い!」
へれな様の顔が何時の間にか涙が溢れて顔全体を濡らしていました。どうしてここまで過剰に反応なさるのか。赤の他人でした。寛大されたこともありません。なのにこの方はこんなにも……。
「…私に掴まってください」
心を決めた私は車椅子のへれな様を抱き上げました。そしてそのまま孤児院の方に向けて走り抜き、低い垣根を飛び越え孤児院建物側まで来ました。
「誰ですか…!」
「なんだてめえらは!」
対峙していた両側の人たちが私の乱入に驚くことも構わず、私は建物の縁側にへれな様を座らせました。
「必ずここに居てください。私の目に入る所から離れないでください!判りましたね!」
「は、はい…」
今私がやっていることはとても危険でした。護衛武将が護衛対象を連れて危険の渦のど真ん中に駆け込んだわけですから。 もし万が一にでもこれでへれな様が少しでも怪我でもするものならそれだけでも切腹ものです。
「何する奴らかは知りませんが、こんな子供ばかりの場所に大勢にかかってきて、穏やかな話ではないみたいです。誰が送ったのですか!」
「貴様らに教える筋合いはない!ここは俺たちの依頼主の地だ!ここを勝手に占拠しているのはこいつらだ!」
「この孤児院は数年前から大勢の豪族たちが共同で支援していた場所です!今更誰が所有権なんか主張するというのですか!」
「いつ頃の話だ!ここはもう村の物乞いの子供どもの巣窟になって長いんだ!主ある土地から乞食どもを追い出して何が悪い!」
彼らの言うことが本当かどうか確認できる術が今の私にはありません。ここに居たのはもう随分昔の話ですし。その後の権利関係なんて知る由もありません。
「本当なのですか?」
私は横に居た、先日の女の子に聞きました。
「…前から何度もここを出るように脅迫されました。数日前紳士的に言うのはこれが最後だという通牒が来ました。でも、ここも追い出されたらあの子たちにはもう行く場所がありません」
そう言った彼女は男たちに向かって叫びました。
「力のある奴らはいつもそう!いつも自分たちに都合の良い現実だけ私たちに押し付ける!自分たちに都合の悪い話は隠して、都合の良いことばかり法だの礼だの言って私たちに押し付ける!最初から私たちの都合なんて考えもしたことないくせに!」
「ふん!何も知らない小童が。世の中誰にもそんなに優しくねえんだ!誰が何も持って居ない物乞いの子供なんて構ってやるものかよ!」
男のせせら笑いに女の子が包丁を握っている手に力が入りました。そして女の子ががむしゃらに男の前に掛かろうとするのを見て私は彼女の手首を抑えました。
「離してください!」
「そんな包丁一本でこれだけの人を相手に何が出来るというんですか」
「無関係な人は黙っててください!これは私たちの戦いです!」
信じてください。私もあなた達なんか助けたくありません。
「戦ってどうなるんですか。せいぜいあなた達は怪我して治療も出来ずに路地を転がりながら餓死して、幼い子たちは運が良ければ娼館に売られますよ」
「……」
「誰も守れない癖に態度だけ大きければ待遇されるだろうと思ってるならここじゃなくて他所でやってもらえませんか。私だってこの孤児院が潰れるのは見たくありませんけど、だからって助けるためにあなたに頭下げたくはありません」
「っ…!」
昨日からずっと思っていたことをその女の子に吐き出した後、私は男たちの前に出ました。
「私の名前は周泰。江東の虎、孫堅の娘、孫策さまに仕える将です。この孤児院は孫策軍の保護下にあります。この孤児院を攻めること、即ち孫策軍を敵に回すと見做してそれ相応の対応をさせて戴きます」
「そ、孫策だと…?」
孫策さまの名に、さすがにお頭らしき男も顔を引きつりました。
「どうしますか?このまま侵略を続けるというのなら、孫家の武将としてお相手いたしましょう」
「……たかが子供何人追い出す仕事だと思ったが、これじゃあ割に合わないな。今日は引かせてもらう」
お頭の男はそう言って自分の子分たちを率いて孤児院を出ていきました。男たちが見えなくなった後私は安堵の息を吐きました。総掛かりになったら、私は大丈夫ですが、へれな様や他の子供たちはどうなったか判りませんでした。
「へれな様…」
私は後ろを向いてへれな様の様子を確認しました。ですが縁側にへれな様の姿は見当たりません。
「へれな様!」
私は慌てて建物の中に駆け込みました。幸い、へれな様は近くの部屋で直ぐに見つかりました。そこでへれな様は扉に背を向いて、子供たちの前で両手に手袋人形を持ったまま子供たちと遊んでいました。
「へれな様!」
「わっ!」
私が後ろから叫んだらへれな様は変な声を上げながら私の方を振り向きました。
「ミンメイ、びっくりしました」
「あそこから離れないでくださいって言ったじゃないですか!へれな様に何かあったかと心配したんですから!ここまではどうやって来られたのですか!」
「この子たちに支えて貰って…壁を沿ってなんとか来れました」
私はちょっと本気で怒っていました。そもそもここに入ること自体いけないことだったのにどうしてこの方はここに来るといつもいつも子供たちのことばかりなのでしょう!
「ごめんなさい。子供たちが怖がっていたから何か気を逸れることをしてあげなきゃと思って…。怒ってますか?」
「へれな様、今ここがどういう状況なのか聞きましたか?」
「途中までは…良くあることです。法律的に所有権を持ってる方が他に居るのでしょう」
「はい、恐らく今度来る時は官軍も一緒です。既に勝手に孫家の名を出してしまいましたし、これ以上ここを守ろうとすると問題が大きくなります」
「…あの子に話を聞いてみましょう」
へれな様がそう言って座った場から立とうとすると子供たちが寂しそうな顔を浮かべながらへれな様の裾を摘みました。
「え、お姉ちゃん。行っちゃうの?」
「ごめんなさい」
「明日もまた来るよね?ね?」
他の子たちもまた来て欲しいと強請るのを見てへれな様は複雑な顔になりました。来たい気持ちは山々ですが、そのうち足を絶たなければならない状況でした。その約束をしてしまっては、そのうちこの子たちはまた失望することでしょう。
「ごめんなさい、実はしばらく来れなくなっちゃったの」
「そんなー」
「人形劇やってくれるって言ったじゃん」
「ごめんなさい…ほんとごめんなさい…」
たかが昨日と今日二日見ただけでした。それも直接話すことはこれが初めてなのに、へれな様はまるでいつも会っていた人と別れるかのように、残念がる子供たちよりもずっと悲しい顔をなさってやがて泣いてしまわれました。それを見た子供たちが逆にへれな様を慰め始めるまではそんなに時間がかかりませんでした。
外に残されていた車椅子を持って帰ってきた私はへれな様を車椅子に乗せて再びあの女の子のところに行きました。男たちが去った後も、一緒に孤児院を守っていた男の子たちもどっかに行ったその庭に彼女は一人ぽつんと座っていました。
そんな彼女を様子を見たへれな様は私を振り向いて仰りました。
「ミンメイ、少し二人だけにして頂けますか?」
「へれな様…」
「護衛ならほら、この前みたいに天井どかそういうところで見ていてくださってもかまいませんから…今はあの子とわたしだけにしてください」
ここまで来ると、もうへれな様のお願いに逆らうことに意味がありませんでした。無視してへれな様をここから離れさせるのが護衛として正しい対応でしょうが、そんなことをしたらへれな様に嫌われるかもしれません。
「…判りました。できればこの広場を離れないでください。今度こそ勝手に移動したりしたら城に連れ戻しますから」
「はい。ありがとうございます。ミンメイがわたしのことを心配してくれてることはちゃんと判っています。あ、髪に木の枝とか付いちゃってますよ。帰ったら梳かす手伝ってあげますから」
「……買収しようとしないでください」
そう言った私は逃げるように孤児院の屋根の裏側に姿を消しました。そこでへれな様とあの娘の居る庭の方を続けて監視いたしました。
ヘレナSIDE
何十人もの子供たちが自分を頼ってくれるという立場はとてもストレスの溜まる立場です。増してやその頼られてる自分もまだ守られるべき子供であるなら尚更のことでしょう。三国志の時代は200A.D.かその辺りの出来事です。この時期だとレンファやミンメイ、この娘も恐らくは成年しているでしょう。だけど私からすると皆まだ守られる側にいるべき娘たちでした。
その娘は庭に体育座りで座ってぼうっと空を見上げていました。見知らぬ男たちがいきなり脅威してきたのですから無理もありませんでした。
「よいっしょ…‥っと」
私は女の子の直ぐ後ろまで来て車椅子から地面に降りてきて真横に同じく体育座りで座りました。ちょっと尻もちをつよく付いちゃって痛かったのはナイショです。
「……」
横に誰かが来たとやっと気づいたのか女の子は私の方を見ました。真横に居るはずなのに、凄い睨んでくるので私は昨日から考えていたことをやっと確信しました。
「目、あまり良く見えないんですね」
「っ…どうしてそれを…」
「初めて会った時凄く睨まれた時にそうなのかなって。いつも見ている子供たちなら声や服の色とかで判るけど、初めて見る人はよく見えないから、自然とそんな風に見ちゃいますね」
「…いつも市場に出ると周りを睨んでいると勘違いされて…最近はあまり外に出ていませんでした」
「危ないですからね。良く見えないと…眼鏡って高いですし」
昨日市場に眼鏡があるのを見てびっくりして、その価値を聞いてまたびっくりしました。彼女のために買ってあげたい気持ちもありましたけど、自分のお金でもないし、これ以上レンファに迷惑なんてかけられません。
「良く見えないし、判らない人達を信じることは到底できることではありませんよね」
「今日のことで恩を売ったおつもりですか」
「ん?わたしは何もしてませんよ。全部ミンメイがやってくれたし。寧ろこれであの娘たちにも迷惑かけちゃったし…」
でも、これ、わたしだけじゃどうにも出来ませんね。もうちょっと駄々ってみるしか…。
「実は今日、謝りに来ました」
「……はい?」
「あなたの言う通り、軽い気持ちで助けたいなんて思っちゃったから…ここに来られる時間がもうあまりないそうです」
「……そうなんですか」
「はい。しばらくしたら戻って来るそうですけど、それが何時になるのかはわたしには判らなくて…今日はそれを謝りに来たのでした。そして出来れば演劇も見せてあげられるかなーと思いまして…実はさっき揉めてる時にこっそり中で許可なく子供たちに見せちゃいました。皆怖がってて…」
「もう関係ありません。どうせあと何日すれば、またあの人たちがやって来て、今度こそ追い出されますから。その時はあなた方ももういらっしゃらないでしょう」
「……」
誰かに頼んだことがない人はいつになってもそれが出来ません。どうせ断れるんだって。どうせあまりそんな助けにもならないんだって。どうせ他人事だって。まるで取れないグレープを酸っぱいと言うキツネさんみたいに。
でも、それは彼女のせいではないのですよ。誰も助けてくれたことがないから、そう思うのが当たり前なんです。貰ったことがないものはうまく強請れないものなんです。
「そういえば、名前、まだ言ってませんでしたね。私の名前はチョイ・ヘレナって言います。ちょっと変な名前ですけど。あなたの名前、教えて頂けますか?」
「……もう居なくなる方にお教えするほど大した者じゃありません」
うーん、やっぱり固い娘です。
「そうですか。それじゃあ、次に会う時はそれだけあなたに大事な人になってあげます。子供たちを守ることは大人の仕事ですからね」
そう言って私はゆっくりと座った場から立ちました。そして真後ろに置いた車椅子に戻ってぐるりと回って女の子の前に来ました。
「もう来ないって言いましたけど、やっぱまた来ます。その時は笑った顔で見て欲しいなあ」
そう言って私は屋根の方をちらっと見上げた後、後ろを向いて孤児院を出ていきました。
・・・
・・
・
しばらく自分の力で押してるとシュタッとする音がして振り向くと、ミンメイがいました。
「まだ何かなさるおつもりですか」
「あんなものを見てしまって、もう来ませんって言うわけには行かないでしょう?」
「どうしてですか。どうせ私たちとは関係のないことです」
私はちょっと驚いて車椅子の取っ手を取ろうとするミンメイをぱっと振り向きました。ミンメイは私の行動に驚いたのか手を引いてしまいました。
「い、如何なさいました?」
「いいえ……。今はなんか自分で引きたい気分なので今回は宿まで自力で行かせてもらえますか」
「は、はい……」
面食らった表情のミンメイを後にして車輪を押し始めながら、私はもしレンファも同じことを言ったらどうしようかと心配しつつこれからどうするかを考えました。
<作者からの言葉>
あけましておめでとうございます。
やっと風邪治りました。でもまだちょっとせき込みます。
後2回で江東の話終わらせようと思います。その後雪蓮、冥琳とちょっともめて、拠点できればやって時系列戻しましょう。
前に悩んでたこと、やっちゃいました。本人には申し訳ないと思っています。
あまりにも投稿が遅いので目標設定します。次回は金曜までにあげます。
<コメント返しのコーナー>
kazo さん>>へれ枕wwwやっぱ癒しは大事です。
未奈兎 さん>>謹んでほしいでしょう。最近国内の政治関連問題でこういう展開持ち込むのすごく戸惑うのですけどね。
山県阿波守景勝 さん>>全滅ですか…カリスマと言ったら聞くにはいいですが結局コマ扱いですね。あれだけ犠牲にしておいて捲土重来も恥じて死んだ項羽は名将なのかただの殺人鬼なのか…
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。
革命早くやってみたい…ってこれまさか蜀が一番最後?!