No.881331

『舞い踊る季節の中で』 第177話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 西涼の地での出来事を余所に、新天地、蜀でせわしい毎日を送る翠の元に知らせが届く。
 彼女は母親からの最期の試練に耐えられるのか?

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2016-11-29 18:43:37 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:7969   閲覧ユーザー数:5904

 

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第177話 ~ 故郷に想いを馳せし少女の想いは、空を寂しく舞う ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

翠(馬超)視点:

 

 

 

「先日始まった治水工事の話し合いも、今のところ問題もなく順調。秋口から工事が始めれそうよ」

「鈴々の方も早く終わったのだ」

「じゃないでしょ! 予定以上に木を切り倒しているって報告上がってるわよ!」

「んにゃっ。少しぐらい良いのだ。また生えてくるのだ」

「そう言う事言ってるんじゃないのっ! いいっ、木って言うのは……」

 

 朝議の席で、詠が鈴々にむけて御説教が始まる。

 木を切り倒しすぎれば、山崩れを引き起こしやすくなったり、木々が守っているモノが守れなくなり、それは自分達に跳ね返って来るのだと。

 ………昔、母様に同じように怒鳴られたよな。拳や槍の柄付きで。

 だから、詠の言っている事は分かるし、調子に乗って木を切り倒しすぎた鈴々が、詠の剣幕に目を白黒させているのも分かる。

 それでも鈴々が理解できるように、根気よく鈴々に分かりやすい言葉で鈴々を窘めている詠の後ろで、自分の事のように頷きながら聞いている劉璋の姿に想わず笑みを浮かべてしまうのは、彼女が元この国の王であった事実では無く、彼女が必死になって学ぼうとしている姿に対して。

 この国の元王では無く。この国に住む一人として、この国を少しでも良くするために、自分を王から追い落とした者の臣下として、詠の弟子であり文官見習いとして、この朝議の場に参列する事を許されている。

 その彼女の姿に紫苑は優しい目で見守り、桔梗は静かに目を瞑っていはするが、きっと必要以上に情を向けまいとするためなんだと思う。理由や過程はどうあれ、桔梗達は自分達の王であった劉璋を見限り、桃香様や月様に付いた裏切り者。

 だけど桔梗達だって裏切りたくて裏切ったわけではないし、劉璋の身を案じてはいたのを、あたしは知ってはいる。

 ……だからこそ、民のために自分の(あるじ)であった劉璋を裏切った人間、それ以上であってもそれ以下であってはならないと決めているんだろうな。

 彼女達の元王では無く、必死になって学びこの国を良くしようとしている知らない誰かとして見守るだけだと。

 

「わ、わかったのだ」

「なら今回はいいわ。

 それと、こっちも分かっているわよ。

 今回の事は鈴々が皆のために少しでも頑張ろうとした結果だって事はね。

 でも、闇雲に頑張れば良いわけでは無い事もあるの。鈴々は皆のために我慢できる良い娘だって事もね」

 

 なんとなくその気持ちが分かる。

 ……昔は分からなかったけど、国を出て、こうして一族を率いる立場になった今なら、そう思わざる得ない気持ちが。

 

「新兵の調練は今のところ順調」

「此方も、問題はありません」

「で、ちょっと提案なんだが」

 

 鈴々の件の後に進んでゆく朝議の中で白蓮が言う提案、それはもう少し部隊に特性を持たせた調練をさせたいという提案。

 新兵の調練としては時間とお金が掛かるようになるが、白蓮がそう思うようになった理由にも納得がいく。

 表向き桃香様を擁する愛紗が率いる第一師団から白蓮のいる第六師団の内半分は騎馬による戦闘を得意とする部隊。 対する月様を擁する華雄が率いる第七師団から桔梗が率いる第九師団に加え、暫定的な部隊で有り白蓮と並んで新兵教育や雑務を主だった張任が率いる十番隊。

 彼女もまた、元々この国の要職についており、劉璋と共に地位を追いやられた人物で、最近になって登用された人間。

 まぁ実力と生真面目さは桔梗や紫苑の保証付き。愛紗に似て堅苦しい性格だとは思うけど、嫌いでは無い。国にいたときにも似たような性格の人間(すみれ)がいたし、色々と口煩くはあったけど頼りにしていたから、ああいう人間が月様側にいるのは色々な意味で心強い思える。

 ……ただ暫定的で、【師団】ではなく【部隊】であるのは、

 

『私が仕えるのは劉璋様のみ。

 ゆえに私は劉璋様の力になるために、貴女方にこの力を一時的にお預けしても構わない。

 無論、貴女方に其処までの度量があればですが』

 

 突然、朝議の場に乗り込むなり、そう彼女が宣言した時には、みんな唖然としたよな。

 愛紗なんか憤慨していたけど、其処まで堂々と言い放った彼女の姿に、思わず苦笑が浮かぶ。 ……もっとも、人から似合わないだの恥ずかしく無いだのと散々言って、蒲公英が贈ってくれた服を、あたしから手放すように仕向けた何処かの腹黒文官は、腹を抱えて笑っていたけどな。

 おかげさまで、あのあと仲間からは散々言われたし。むくれた蒲公英に今度からは蒲公英が用意した服を素直に受け取って、ちゃんと着る約束させられるし、散々な目に遭った。

 …話が逸れた。とにかく、其処まではっきりと宣言されては、幾ら有能で愛紗なみに石頭がゆえに信頼は出来ると言っても、師団長扱いするには問題視する人間もいたりする。なにより張任自身が師団長になることを断ったんだよな。劉璋と共にこの国の民のために働くのであれば、今くらいの地位が動きやすいと。

 その言葉に流石の桃香様も苦笑を浮かべざる得なかったようだけど、自分達の力になってくれるのであればそれでも構わないからかして欲しいと言うことで、他の師団の半分ほどの大きさの部隊を率いる事になっていたりする。

 

「こうして拠を構えて余裕が少しだけ出来た以上、工兵とかをきちんと教育して行くべきだと思う。これからはより広い戦術が求められてくるはずだしな」

 

 それはともかくとして、確かに白蓮の言う事はもっともだよな。

 今までは、即戦力が求められていたみたいだし、星の話だと器用貧乏で何でもこなしてきただけで、それだけの余裕が無かったし、それを理由に聞き入れられて来なかったみたいだしな。

 今、工兵が工兵として教育されているのは、元々この国にいた紫苑や桔梗、少ないけど焔耶に加え、……そして十番隊の張任の部隊だけ。

 

「できれば、簡単な治療を出来るようになるところまで教えてやりたいんだが」

 

 ……どうやら、最後のは蒲公英の案らしい。

 今はこの朝議の場に立つ事を許されない蒲公英の代わりに、白蓮がその事を口にする。

 止血や骨折の応急手当、心の臓停止時の蘇生方法。天の御遣いである彼奴が嘗て桃香様に託した本や、新たに置いていった天の知識の一部を工兵達に身につけさせる事で、兵の増強を図るだけで無く。敵と直接戦う機会が少なくなる事で蔑まされやすい工兵の立場を庇護する事にもなると。

 確かに良い案だとは思う。……思うけど。

 

「工兵の育成はともかく、医療までとなると時間も金も掛かるのでは無いか?」

「そうですねぇ。通常の調練に加えてになるでしょうから、兵士さん達自身への負担も大きいでしょうが、数年は必要かと。……言いたくはありませんが、もしそれだけの工兵を育てる事が出来たとしても、医療品や物資にかなりのお金が。 はわわ、別に兵士さん達よりお金が大切というわけではないでしゅ」

 

 ……まぁそうなるよな。普通、医者の見習いでさえ五年や十年かかると言われているんだから、簡易的と言ったって、それ相応の時間が掛かるのは当然だよな。

 白蓮は其処まで本格的な医療では無く、簡単な治療技術で構わないと食い下がってはいるけど、時間の短縮は図れても、お金が掛かる事には違いが無く。

 兵の増強と国内の安定が最優先である現在は、其処までの余裕はまだ無いと言う事。

 

「必要な時には出来なくて、余裕があるときは不用な時代。皮肉な話よね」

「詠よ、言いたい事は分かるが、無い袖は振れないと言う事ぐらいオヌシも判っていよう」

「ええ。 でも、だからと言って有効だと分かっている手段を諦めるのもどうかと思うと言っているだけの事よ。

 雛里、軍事面では貴女の方が上だから聞かせて貰うわ。確かに予算も時間も無い状況だけど、必要最低限な簡易的な医療技術修得のために有効な調練時間、部隊維持に必要な予算と戦場での効果を考えた場合。今、私達が求められている状況下では実行不可能な事かしら?」

 

 雛里は手にした杖の柄を、考えるかのようにゆっくりと回しながら、なにやらブツブツと独り言を唱えながら思考の海に意識を沈めていたようだけど、杖の先の飾りがピタリと止まると同時に。

 

「応急処置に留めるというのであれば、工兵としての訓練も含めて二ヶ月か三ヶ月の調練期間が増える程度で可能だと思います。

 白蓮さんの言うとおり止血や患部の固定、他にも重傷者の後送、その間の命の維持に留めるための技術に限定すればですが不可能では無いと思います。 実際、それに近い事を北郷さんの部隊は身につけていましたから、あの時のことを参考にできます。

 ……ただ、その分、他の兵士さん達と比べてて兵としての調練の時間が減る事にはなりますが、工兵と衛兵を兼ねた人材というのであれば問題ないと思います」

 

 薬や治療に必要な道具なども、予算の許される範囲の最低限でしか用意できなくとも、効果はあるだろうと。 調練期間も、愛紗達が妥協できるギリギリの所を出してくる辺り、流石だと溜め息がでる。

 昔は、ああいう文官のやりとりを口が巧いなぁとか感心するだけだったけど、最近は真似は出来そうも無いけど、ああいうやり方があるんだと言う事だけでも知っておこうと思えるようになった。

 何時か自分一人で判断を求められたとき、相手の思惑に乗る乗らないでは無く、自分達が生きてゆくために何が必要なのかを見極めるために。

 話はやがて、白蓮と雛里と張任が教えるべき内容と訓練行程を吟味し、それに掛かる時間や予算をあらためて議案に出すという話にまとまってゆく。

 ……ゆくんだけど、なんか張任の奴が雛里と一緒にという時点で顔を綻ばせているように見えたのは気のせいか?

 

 

 

 

「お姉さま〜」

 

 朝議を終えて一仕事終えたところへ、蒲公英の元気な声が聞こえる。

 物資の運搬の任に就かせていたけど、どうやら無事に終わったようだ。

 本来であれば商隊の護衛なんて任は受けないのだが、今回は特別。

 

「もう帰ってきたか、首尾はどうだった?

 まぁその様子じゃ聞くまでも無いだろうけどな」

「無事受け取ってきたし、ちゃんと支払いも済ませてきたよ。

 もう一往復してくるから、その時もよろしくだって」

 

 今は将の職を解かれているとは言え、身内だけの小隊なら問題ないだろうと蒲公英に任せたのは、早い話がお使い。

 まぁ買い付ける量が量だから、商人に全て任すよりは安く済むというのもあるんだけど。

 

「あの値段で買える時なんて、そうそう無いからね。買い占めるだけ買い占めちゃわないとね」

 

 蒲公英が言っているのは塩とか、一部の薬品等の値段。

 蒲公英や妹達と違って台所に立つ事が殆ど無いあたしからしたら、塩の値段と言われてもしっくりこないんだが、塩の重要性だけは理解できる。

 西涼でもそうだったけど、海に接していない内陸では、塩は岩塩を掘るか塩井戸や塩湖から汲み上げて乾燥させるかしかなく。その量も決して潤沢に取れる物では無い以上、遠い地から運んできた物を買うしか無い。

 そしてその塩が無ければ、人は病に掛かるし、保存食にも事欠くことくらいは知っている。

 だから、どういう理由かは知らないけど、今、魏で塩が叩き売り状態で安くなっているから、今のうちに備蓄出来るだけ備蓄してしまおうと言うのもあるが、呉から買い入れる量を減らしたい。……と言うより、呉にこれ以上借りを作りたくないと考える人間がいるみたいだ。

 実際、そんなことで借りだ借りだなんて言うこと自体馬鹿馬鹿しい意見だというのは判ってはいるんだけど。桃香様達も、そう言う意見を無碍にするわけにはいかないと判断しての事。

 

「少し見てみたけど、良い塩だったよ。混じり物も無いしね」

「だろうな、混じり物や偽物を掴まされて、それを国を相手に売ったなんて知れわたったら、この国で商売なんて出来なくなるからな、その心配は不用だろ」

「お姉様、それは甘いよ。信用する事は大切だけど、確認すべき事は確認しないとお財布の中身なんてあっという間になくなっちゃうんだからね。

 それに、確認し合う事で相手と親交が計れるし、新しい話だって聞ける機会を生んだりするんだよ」

 

 蒲公英の言葉に思わず苦笑が浮かぶ。

 確かに蒲公英の言う事ももっともなんだと思えるのだけど、なんと言うか国の懐と自分の懐の感性がごっちゃになっているようで、心配になってしまう。

 ……もっとも、懐の締め具合に関しては、あたしなんかよりよほどしっかりしているし、考え方の切換も速い蒲公英をあたしが心配する事なんか無い。

 そもそも商人との交渉もあると分かった時点で、あたしでは無く蒲公英に話が言った時点で、こういう事に関しては皆がどっちを頼りにしているかは分かると言うもの。

 

「ただ、仕入れた海塩も幾つか種類があったけど、呉から仕入れた塩と同じものがあるんだよね」

「そうか? 同じ海からできた塩だから、同じに感じるだけだろ」

「ぶー、違うもん。だいたい呉から仕入れた海塩だって、仕入れ先によって全部味が違うんだよ」

「はいはい。そうですか」

「塩の種類や味によって、調理方法や用途が………」

 

 なにか蒲公英がまだ言っているけど、正直、塩は塩だろと言うのがあたしの感想だ。

 だいたい、海塩か、岩塩か、湖塩かの違いさえ分からないあたしには、蒲公英の言っている事は異国の言葉みたいなものでしかない。

 今まで、こう言うのは(すみれ)か蒲公英に任せっきりだったからな。

 ……結局、喧嘩別れしたままだったけど。あいつ、元気でやっているかな? まぁ、あたしなんかより、しっかりした奴だから心配するまでも無い事だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 ……あいつ何やっているんだ?

 仕事の残っている蒲公英と分かれたあと、昼食がてらに城下街まで降りてきてみたら、怪しげな人物を発見。

 もっとも知り合いって言えば知り合いだし、何をやっているかは一目瞭然なんだけど、……挙動が不審すぎる。

 大通りから一つ入った通りにある店の奥。時折周りを見回しては、本を読み耽ている姿は、怪しい以前に、店主にとっても迷惑以外の何物でもないだろうな。

 おっ、どうやら意を決して店主の所に本を持って行くところを見ると、買う気になったみたいだけど、買う姿を周りに見られないか周りを見回して……。

 

「よっ」

 

 視線が合ったから、一応、手を振って挨拶ぐらいをしてやる。

 あたしの姿に顔を真っ赤にしてワタワタしている姿は、正直、天の世界の意匠を凝らした服装の事もあって似合っていると思う。 ……が、その服の出所については色々言いたい事があるけど、今更言っても仕方ないので黙っておく。

 取りあえず、口の巧い法正(ほうせい)の奴に摑まったら、ややこしい事になりそうだから、足早にその場を立ち去る。

 あたしとしては深く突っ込む気は無いんだけど、巻き込まれるのは御免だというのが本音だ。 なにせ、法正(ほうせい)の奴が読みふけっていた場所。と言うか、その店というのが、朱里や雛里がこの街で真っ先に見つけた特殊な本屋で、なかば御用達になっている店。

 以前、知らずに蒲公英が二人が怪しげな本を読んでいる現場を見てしまって、巻き込まれそうになったって愚痴っていたからな。君子危うきに近寄らずだ。……言葉の意味は知らないけど、こう言う時に使うもんだって母様が言っていた気がする。

 なんにせよ。あいつもあっち(朱里達)側の人間って事だけは覚えておくか。

 

「おいちゃん、何時もの」

「らっしゃい。拉麺麻に麺麻丼、両方とも盛り盛りね」

「あと餃子」

「あいよ、出来るまでこれでも摘まんでいてくれな」

 

 星に教えて貰った屋台だけど、今や顔なじみで常連となった店の一つで、取りあえず付きだしの麺麻をぽりぽりと囓りながら、なんとなく空を見上げる。

 故郷とは違う空の風景に、寂しさを感じないわけでは無いけど、それをあたしの口から漏らすわけにはいかない。

 こんな時代だから、そう言う事もあると覚悟しておけと言われて育ってきていたし。頭の片隅では仕方ない事だと囁くあたしがいる。でも同時に冗談では無いと心が叫んでもいる。

 ……蒲公英じゃ無いが、あたしもまだまだ未熟だな。

 

「おや、どうした? 愁いた顔をして」

「んー、…偶にはな」

「おやじ、いつものを」

「あいな」

 

 見知った気配と声に、あたしは確認するまでも無く、空を見上げたまま答える。

 ぽりぽり、……今日の麺麻はいつもより塩がきつめだな。

 

「…ほれ」

「…ああ」

 

 何も聞かずに差し出される杯を、黙って受け取り杯の中のモノを呑み込む。

 あたしの情けない弱気を……。

 故郷を想う気持ちを……。

 あの地に残してきた想いを……。

 星の心遣いと共に呑み込んでみせる。

 ……たぶん、また想い出しちまうんだろうけどな。

 それでも、あたし達は歩んでいかないといけないんだ。

 こんな事で立ち止まっているわけにはいかないからな。

 少なくとも、皆を率いているあたしだけは……。

 

「お姉さまー」

「姉さん」

 

 ちょうど、食べ終えたところに、再び蒲公英の声が聞こえる。

 ……蒲公英の声と表情からどうやら厄介ごとが起きたみたいだな。

 しかも妹の(そう)(馬鉄)まで一緒にいるという事は……、また、ウチの連中が何処かの村の連中と衝突でもしたとか言わないでくれよな。

 

「あのね……」

 

 (そう)と蒲公英の告げる言葉に、表情が固まるのが自分でも分かる。

 その覚悟はしていたけど、実際にその時が来たと思うと、足下が揺れる。

 揺れるけど、そんな感傷に浸っている場合じゃ無い!

 そう自分を無理矢理言い聞かせる。

 あたしが此処で揺らぐわけにはいかない。

 母様があの時、そうあたしを叱責してくれた。

 そうならぬように教えてくれたじゃないか。

 だから……。

 

「分かった。皆の所へ戻るぞ」

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 まだ木と土の香りが残る真新しい屋敷の一室。

 身体から滲み出ている"氣"で、空気がギシギシと悲鳴を上げているのが分かる。

 抑えようとしても抑えきれない感情が、あたしの心を焼き尽くそうとしている。

 隣に立つ(そう)と蒲公英も何時もの人なつっこい顔など欠片も無く、鬼の形相でもって相手を睨み付けているし、いつも(そう)の抑え役にもなっている(るお)(馬休)でさえも、犬歯を剥き出しにして今にも相手に襲い掛からんばかりだ。

 たぶん、あたしはそれ以上の顔をしているんだろうな。

 妹達も蒲公英も、必死に自分を抑え、耐えているのが分かる。

 あたしがまだ何も言わないから……。

 一族を率いるあたしが……。

 一番に声を上げるべきあたしが……。

 決断を言葉にしていないから、妹二人も、蒲公英も、必死に耐えているんだと理解できる。

 三人とも、故郷にいた頃のあたしより、よほど大人になったのだと。

 歯を食いしばりながら、目を血走らせながら、それでも心の何処かで冷静になろうとしている自分が、紙一重の所であたしを留めているのが分かる。

 母様に言われてきた事が……。

 国を出てこれまで成してきた事が……。

 感情のままに走らせる事を、必死に留めている。

 自分一人では無く、妹達や蒲公英、そして此処まであたしを信じて付いてきた仲間達を巻き込み裏切るのかと。

 

「母様が死んだ。それはいい、良くは無いけどそれは覚悟していた。

 だが、もう一度言ってくれ。母様が死んだ理由を」

「私が、薬を盛りました。

 そして、この剣と共にその事を娘であられる貴方様に届けてくれと、それが(あるじ)の最期のお言葉でした」

 

 再び聞いたその言葉に視界が真っ赤になるっ!

 喉が裂け切れんばかりに叫び声がでそうになるっ!

 手にした銀閃(ぎんせん)を目の前の人物ごと地面に叩き付けたくなるっ!

 ああっ! それが出来たら、どれだけ気が晴れる事かっ!

 いや、絶対に晴れる事なんか無いっ! それだけは断言できる。

 あたしの中に今も生き続けている母様が、そうだと教えてくれている。

 

「すぅぅーーー、……ふぅぅーーーー…」

 

 深く、深く、息を吐き出す。

 自分の中に渦巻く抑えきれないモノを少しでも吐き出せるように。

 目の前で跪つき、母様の最期を伝えに来た人物。母様の側召でも在ると同時に、親友でもある彩芽(あやめ)を冷静に見極めようとする。

 たぶん、熊や虎ぐらいなら、視線だけで追い払えるくらいの目つきだろうけどな。

 ああ、分かっている。

 目の前の人物が、彩芽(あやめ)が死を覚悟している事も。

 この場で、無残に引き裂かれる覚悟をしている事を。

 ああ、分かるさっ!

 あの馬鹿母様っ! 自分の死さえ、娘を鍛えるための出汁に使っていることはっ!

 自分の親友に毒を盛られた事も、その事を仕方なき事と受け入れてなおも、その事を利用している事がっ!。

 まったく、母親の死を素直に悲しませる事さえ母様は許さない。

 その事に心底腹が立つと同時に悲しくなる。

 

『一族を率いると言う事は、そう言う事だ。馬鹿娘』

 

 そんな母様の声が頭の中に聞こえる。

 煩いっ!煩いっ!

 本当になんなんだよっ!

 母様は英傑じゃなかったんかよっ!

 最期は戦場を駆ける馬の背で、最期を遂げるんじゃ無かったのかよっ!

 それを毒なんか盛られた挙げ句に、その盛った親友をこんな事に使うだなんて、なにを考えているんだよっ!

 

『分かっているはずだ。いつまで目を反らす気だ、馬鹿娘め』

 

 …ったく。

 ……まったくっ!。

 ……最期の最期まで、あたしを子供扱いしやがってっ!。

 ……ああ、分かっているさ。

 ……母様がなんでこんな事をしたのか。

 ……あたしを鍛えるためなんだろ。

 ……あたしに子供じみた甘えを捨てさせるためなんだろ。

 ……ああ、分かっているさ。母様が何を望んでいるかはさ。

 ……分かっているけど、そんなの知ったことかっ!

 あたしはあたしの道を生きる。

 母様の後を追いかけていたら、母様を超えることなんて出来やしないからな。

 だからあたしは、母様に言われたからでなくあたしの答えを出す。

 母様を殺し、母様の懐剣であり馬一族の族長の証である懐剣を届けに来た彩芽(あやめ)に対して。

 

「そうか、遠路はるばるご苦労だった。

 部屋と人を用意させるから、まずは旅の疲れを癒やしてくれ」

「「姉さんっ」」

「お姉さまっ!」

 

 妹達や蒲公英からあたしを避難する声が聞こえるし、あたしが手に掛けないのならばと槍を構えようとする妹達を。

 

「黙れっ!」

 

 本来、目の前の相手に槍と共に叩き付けたい感情と"氣"を、目の前の相手ではなく、あたしの決断を無視しようとする妹達に叩き付ける。

 あたしが必死に我慢しているというのに、勝手なことをさせるわけにはいかない。

 なにより、母様の最期の想いを無視させるわけにはいかない。

 だから、我慢してくれ。そして分かってくれ。

 あたしの気持ちじゃ無くていい。母様の想いを……。

 だから、あたしは告げないといけない。

 

彩芽(あやめ)、正直、あんたが母様にしたことは許せない。

 ……でも母様はあんたの行いを許したんだ。ならその決断をあたしが覆すわけにはいかない。

 あんたのことだ、きっと母様の後を追おうとしたんだろ。そして母様はそれを許さなかった。違うか?」

 

 あたしの言葉に、彩芽は頷く。

 母様は自分のために死ねと。剣と共にあたしの所に行って全てを告白しろと。

 あたしを鍛えるための礎になれと。

 ……やっぱりな。 ……我が母親ながら、本当に碌でもない最期の願いだと思わざるえない。

 最期を自分のためで無く、娘であるあたしのために使うだなんて。

 ……そんなの、裏切れるわけ無いだろうが。

 

「なら、あんたには義務があるはずだ。

 母様を殺めた贖いとして、母様の目の代わりに最期の最期まで、あたし達を見届ける義務がな」

 

 あたしの言葉に泣き崩れる彩芽を余所に、アタシはすべきことをする。

 母様の死を悲しむのはそのあとだ。

 

「お前達、今、この部屋で在ったことは、今後一切口にするな。

 墓場まで持って行くんだ。」

「そんな。お姉さま」

「そうだよ。姉さんは」

「黙れっ!

 彩芽(あやめ)は母様の死を態々この地まで伝えてきてくれた。それだけのことだ。そして今後はそのように扱うんだ。いいなっ!」

 

 あたしはそう言って、三人を黙らせると共に、視線で彩芽(あやめ)の姿を見るように促す。

 故郷で見たままの姿と言えば聞こえはいいが、それは母様の側召として恥ずかしくない姿でしか無く、遙か西涼の地からこの地まで旅するには不向きな服装。それも既に襤褸切れ当然だし、足下もすり切れたのであろう、靴など無く素足のまま。しかも血が滲んでいる。何度も血が滲み。それが乾ききる前に、また新し血がその上を覆うような酷い状態の足。

 おそらく母様に言われて着の身着のままで、この地まで必死になって来たのだろうと思う。母様の最期を伝えることが自分の最期の勤めであり贖罪だと信じて。

 

「誰か!」

 

 あたしの言葉に、泣きわめく妹達と蒲公英を余所に、あたしは声を上げる。部屋や彩芽を面倒を看させる者を用意させるために。

 母様が何故、彩芽(あやめ)を許し、それを受け入れたかまでは、今のあたしでは分からないし受け入れれない。

 それでも、あたしは受け入れなければいけないんだ。

 一族を纏める者として……。

 赦す赦さないでは無く……。

 母様の娘なら、母様の想いと共に、覚悟を受け止めなければならない。

 

 

 

 だから…。

 

 だから…。

 

 今夜だけは……。

 

 今夜だけは……。

 

 人に見られないようにするからさ。

 

 母様を想って泣くぐらいさせてくれよ。

 

 母様の最期を見とれない不良娘だけど。

 

 それくらいさせてくれってば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、書いた馬鹿こと うたまる です。

 第177話 ~ 故郷に想いを馳せし少女の想いは、空を寂しく舞う ~を此処にお送りしました。

 

 ……。

 ……、……。

 済みません、恋姫なのに、重い雰囲気のまま終わってしまいました。

 この外史では、今更と言えば今更なのですが、今話での翠の葛藤が、翠が曲がらずに成長することを祈らんばかりです。

 ……でも翠もこの時は思っていなかったでしょうね。翠のこの決断が、新たな問題を引き起こすことにあるとは。

 え? 問題、それはまだ秘密です。

 次回は再び孫呉へと視点を移したいと思います。

 

 今回の話で馬鉄と馬休の二人の真名を探すために恋姫の絵を初めて見ました。

 ……いったい、今の恋姫ってどうなっているのやら(汗

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 

 

 
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