No.880655

魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~【第13話:眠れる獅子の目覚め~舞い降りた銀閃】

gomachanさん

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。

2016-11-24 21:42:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:754   閲覧ユーザー数:750

~まえがき~

今年の初雪……積もりまくって大変ですWWW仕事にすごく差し支えてしまい、ヤバイです。

ここで一旦、凱の視点は一時的に終わりにします。物語の視点を揃える為に、ティグル視点の物語を始めます。

(ちょっと展開が急ぎ足な感じですが、そこは御愛嬌ということで……)

 

ではどうぞ。

 

 

 

 

 

【???】

 

 

 

 

 

勇気は、失われた。

獅子王凱は、探し続けた答えの意味を失った。

人を超越した力を持つ青年の心は、深い悲しみと孤独感で埋め尽くされていた。

目の前で真実を告げられて、望まない結末で終わったところまでは、なんとなく覚えている。

だが、その後の記憶は断続的なものとなっている。

途方もない浮遊感が全身を支配して、自分がどこにいるのかもわからないでいる。

 

――いいえ、あなたの戦いは終わっていないわ。まだ、あなたには、この時代で戦ってほしいの――

 

この声、聞いたことがある。

ティッタの身体を借りて、直接凱の意識に語り掛けた声だ。確か、モルザイム平原でザイアン率いるテナルディエ軍対ジスタート軍戦の最終局面だろうか。

直接意識……今、凱の脳内のイレインバーに語り掛けたのは、その時の声だ。

 

――なぜだ。なぜ俺は戦う?……もう戦う意味も、生きる意味も、すべて失われたというのに――

 

――何も失われていないわ――

 

すぐそばに、『妻』がいた。

 

――貴方はまだ『答え』の途上にいるだけ――

 

そして、『姉』がいた。

 

――思い出して――

 

さらに、『妹』がいた。

この感覚は、どこか懐かしいものがある。

それは、凱の母である「獅子王絆」が、自らの姿をした3人の少女の幻影のものだった。

まだサイボーグだった凱の画像処理回路を通して、「ムカムカ」「クスクス」「メソメソ」の表情を転送して凱を見守り、また支えてきた。

三者に言われて、凱は思い出す。幾つもの、大切な思い出が。

長く、苦しかった戦いの日々。その中で、出会いと別れを繰り返し、交わされた誓いがある。

 

――『あの子たち』とあなた……それでも、あなたが今の時代まで育んだ時間は、決して無意味なものなんかじゃないわ――

 

信じたい!信じたい!信じたい!信じ……たいのに……

 

――でも……倒すと誓った魔物たちが……――

 

知ってしまった。魔物と勇者の表裏の繋がりを。

これは『打倒』ではない。自分がこの時代に振り撒いた『始末』でしかない。

まるで、子どもがおねしょをして、親にばれない様にこそこそ動くのと同じだ。

 

妻がいう。

――『夜』があるから『朝』が待ち遠しくて――

 

姉がいう。

――『闇』があるから『光』はより輝く――

 

妹がいう。

――『死』の先を越えて『命』を授かれる――

 

そして、凱がいう。

――俺は、小さな生命を奪うものと戦う為に、生きてきた――

 

そう。女神による――夜と闇と死による終曲(フィナーレ)は――

いま、勇者による――朝と光と命の追奏(アンコール)へ続く――

それらは全て、力なき民衆、観衆が求めているもの。

 

『妻』『姉』『妹』はなお、勇者を口説く。

 

――時代は、まだあなたを必要としているのよ――

 

――真実は、すぐそこまで来ているわ――

 

――だって、貴方は『勇者』だから――

 

3者の意志は、絶望の淵にいる勇者の勇気を奮い立たせた。

 

――まだ俺は……『勇者』でいていいのか?俺の存在が、あいつらを造り出して……ティッタを……みんなを……苦しめて……『異物』の俺は、本当に……勇者を名乗っていいのか?『箱庭』の時代に、俺の居場所は……どこにも……――

 

3者は口を揃えていう。

 

――理想世界を先導する超越者……アンリミテッド。みんなを、わたしを、わたしたちを、貴方は導いていける――

 

その女性の声が、凍てついた勇者の心を溶かし出す。かすかな想いが、確かな力として迸り、勇者の瞳から涙があふれる。

頬を伝う涙の熱さが、まだ生きることの権利を、責務を、自由を教えてくれる。

 

――クーラティオ――

 

それは、歪んだ呪縛を紐解いていく呪文。

 

――テネリタース――

 

それは、悲しい今を、否定してくれる呪文。

 

――セクティオー――

 

小さな生命を、取り戻す呪文。

 

――サルース――

 

幾度も、幾度も、不幸な人々に恵み与えた奇跡。

 

――コクトゥーラ――

 

夜と闇と死を司る自分たちには、似つかわしくない、生命の躍動を伝える呪文。

淡い黒と柔らかい緑の光が、かの魔人に作られた、勇者の腹部の空洞をふさいでいく。

 

――奇跡は起きた。違う。起こされたのだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジスタート・オステローデ公宮・とある庭園の一室』

 

 

 

 

 

まどろみの中で、獅子王凱は澄んだ声を聞いていた。

ゆるりと目を覚まし、まるでそこは……天国のような風景だった。

その時、凱にはそうとしか思えなかった。時が停止したと思わせる、幻想的な空間。緑の芝生と、色とりどりの花が咲き乱れ、ほんのりと甘い香りが、凱の気管支と鼻孔をくすぐる。そして、青い空を背にして、青みがかった黒髪をさらさらと漂わせた女性が、自分の顔を覗き込んで笑った。

 

……天使?

 

「あら。おはようございます」

 

儚い雰囲気が、光の羽衣を纏っている天使のようだった。

 

――ああ、そういう事か。――

 

不思議なぼんやりとした意識の中で、凱はふと思った。

 

――俺は……やっぱり……死んだのか――

 

凱は視線を転がして、先ほど天使と思った人に、確かな覚えがあった。

 

「ティ……ナ?」

 

青年が名を呼ぶと、女性はふわりと微笑んだ。

 

「独立交易都市以来でしょうか?お久しぶりですね……シシオウ=ガイ」

 

どうやら、天国ではないらしい。少なくとも、天使と思えた彼女の傍らに、見覚えのある『裂空』の鎌がたたずんでいる。

ヴァレンティナ=グリンカ=エステス。戦姫たる彼女が自分より先に死んでいるとも、思えなかった。

不思議なことに、死を連想する竜具の大鎌とは、すぐに思えなかった。

天使のような彼女と、悪魔のような大鎌の揃う光景は、今の自分にとって、あまりにも矛盾している。

 

「驚かれました?このような場所で」

 

ティナ……ヴァレンティナに言われて、自分はようやく広々とした庭のガラス張りの建物にいたのだと気づかされた。

 

「なんだ……これは?」

 

ベッドに横たわりながら、凱はあたりを見回して驚いた。

 

「開放型寝室(オープンスぺース)なんて……驚いたじゃないか」

 

「だって、ここのほうが、光があふれていて気持ちいいじゃありませんか」

 

確かに、部屋にこもりっぱなしでは気が滅入る。『影』の戦姫らしからぬ言葉に、凱は不思議な雰囲気を感じていた。

 

「そっか……そうだよな。ありがとう……ティナ」

 

そんな細やかな感謝の言葉が、凱の口から自然と出てきた。

「どういたしまして」と、ティナは嬉しそうに返事した。

ティナの装飾衣装の一部である薔薇を見て、なるほど、と凱は思った。

滴るような花の香りに覚えがあったのは、この庭に綺麗な薔薇が咲いているから。そして、彼女がここを気に入っているのは、その薔薇がここでしか咲いていないからと……

どうでもいいような考えをしていた。何かもっと……大切なものがあったはずなのに……まるで、記憶の一部が欠けてしまったような……

 

「……俺は……」

 

つぶやくと、ティナが答えた。

 

「あなたは傷つき倒れ、ここ、オステローデに辿り着いたのです」

 

その声は穏やかで風のそよぐようであったが、そこに余計な同情は含まれていなかった。

ティナは淡々と、凱に事実を伝える。

 

「そして、私がここへお連れしました」

 

「……ガ……ヌ……ロ……ン?」

 

記憶の欠片が蘇り、凱の心臓が極端に跳ね上がる。

優しい居場所。安らぎの時間。彼女が纏う甘い薔薇の香り。

そうした心地よい羽衣が、一瞬にして色あせる。

 

「俺は……何で……」

 

身を突如起こした凱は、突然襲ってきた痛みにあえぐ。

 

「あ……ああ!!」

 

俺の存在が……あいつらを……『造った』!!

 

ぞろりと、背筋から蘇る不気味な感覚に、その思考に、凱の感情は圧迫されて震えだす。

 

「が……ああ!!」

 

あの時の台詞が走馬灯となって蘇る。

記憶の中の凱が言う。

 

――俺は常に『人ならざる者』との戦いに勝利してきた!今更何が出てこようが!――

 

記憶の中のガヌロンが言う。

 

――ならば!私の……私たちの『正体』を知ったうえで倒すこともできるのだな!――

 

欠けた情報を埋める記憶。そこには、同じ存在ゆえに抱く憎悪しかなかった。

 

震えながら、気遣うように凱へ寄り添ったティナの顔を見やる。

 

「俺は……あの時」

 

ティナの目が見開かれる。

そうだ。

あれほどの嫌悪と憎悪を抱き、それをぶつけた相手。それは、自分と同じ存在のガヌロンだった。

そのおぞましさに、体が震える。

 

「死んだ……そうなるべきだった……なのに」

 

自分の腹部に、凱は手を当てる。今でこそ塞がれているが、まだガヌロンに風穴を開けられた感触は残っている。

瓦礫の炎に焼かれ、異端の烙印を押され、天鳴の雷に裁かれて、自分は死んだはずだった。

存在する罪という故に見合う償い方を知らない。自分の存在を否定して、贖罪を果たす。それが正しい結末だったはずだ。はずだったのに……

 

「ガイ……」

 

ティナの柔らかい手が、そっと凱の手のひらを包み込む。かすかに触れたその暖かさが、凱の涙を誘った。

痛い……体も……心も……

身体は、どこもかしこも痛い。

心は、まだ風穴があいたままだ。優しい言葉が吹けば、それだけで痛みに突き刺さる。

涙が、とめどなく溢れて、凱の瞳から溢れる滴は、ティナの手をぽたぽたと濡らしていく。

 

 

 

 

 

 

――なぜ貴様が勇者となったか、分かるか?――

 

 

 

 

 

 

――我々が、我々の理想世界の為に――

 

 

 

 

 

 

――貴様は罪を……犯した――

 

 

 

 

 

 

――人間の業……次元空間の革命を超越する為に、『永遠』を享受しようと、成り上がりと思い上がりの果てで、貴様の『存在』は使われた――

 

 

 

 

 

 

――これは……贖罪だ!――

 

 

 

 

 

 

――償え――

 

 

 

 

 

 

蛙の魔物ヴォジャノーイ

箒の魔女バーバ・ヤガー

白き悪鬼トルバラン

黒き巨竜ドレカヴァク

不死身のコシチェイ

革命家ハウスマン

そして……

 

世界の革命を、戦争を巻き起こして、生命という地上の在庫処分を行い、『人類転覆計画』の機を伺っている。

初代ハウスマンの書に記されし内容は、そう記されていた。

そして、その禍根となる中心が……

 

――もういい。もう……いいんだ――

 

食いしばった歯の隙間から漏れた声で、凱は小さくつぶやく。

 

「神様が与えてくれた力が……俺が……」

 

ふいに、ティナが静かな声で訪ねた。

 

「あなたは……『あなた』を殺そうとしたのですね……?」

 

凱は涙に曇る目を上げて、手に添え続ける美女に向ける。もし、ガヌロンとオステローデの交流を知るものがいたら、凱は罵倒されても仕方がないだろう。彼女は一公国の主で、ガヌロンはブリューヌを代表する大貴族なのだ。両者もまた『魔物』と『戦姫』という間柄を知りつつも、水面上では摩擦のない交易を続けていた。

 

「そして……あなたも……また」

 

だが、信じがたいことを聞かされたという衝撃……すでに凱とガヌロンの関係を知っている事、それに対する衝撃は凱になく、ただ存在のみを求めて『魔物』が『勇者』に下したことに対する嫌悪も窺えなかった。

ただ、ふだんの儚げな表情は影を潜め、彼女は冷徹なまでの視線で、凱の瞳を逃さないように見つめる。

 

「でも……それでも……あなたは……『あなた』なのですよ」

 

かつてガヌロンに向けた言葉を、彼女は静かに言い放った。それは、彼女にとって勇者への叱咤激励なのかもしれない。

 

「……ティナ」

 

覚束ない凱の呼びかけに、ティナは何も語らない。聴かない。求めない。

今の凱にとって、それさえも辛い。

自分は、自分の『人を超越した力の意味』は同じ過ちを繰り返しているだけではないか?

人を助けることで、人に求められることのぬくもりにしがみついていただけなのか?その為に、いつか誰かを不幸にするのでは……ティッタのように?

俺は、生まれてきちゃ、いけなかったのだろうか?

深い絶望に沈みながらも、凱は懸命に言葉を紡ごうとする。でも……

 

――もう、誰にもすがってはいけない。誰も傷つけてはならない……なのに――

 

意思は反発を促していても、心はどうしてもぬくもりを求めてしまう。

慟哭を抑え、鼓動を沈めて、顔を見上げると、ティナは優しく微笑んだ。

 

「ガイ。あなたには……悲しい『夢』が多すぎます」

 

「……夢?……俺に?」

 

ティナはしっかりと、凱を抱きかかえて、慰めるように囁く。

 

「でも、だからこそ、悩んだり……泣いたり……すがったりしていいのです。違いますか?」

 

ありがたかった。彼女には、何も隠す必要はない。彼女は独立交易都市で出会った時となに一つ変わらない。勇者でいる必要はない。『人間』である凱を、そのまま受け入れてくれる。

真っ向から、自分の存在を否定されて、成す術もなく漂うしかなかったとしても、彼女の存在は竜具の『虚影』と違い、揺らぐことはない。確かな好意と言葉で、凱を正面きって、その存在を肯定してくれる。

 

――獅子王凱は、生まれいでた頃のように、赤子の産声を放り投げて泣いた――

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

少し落ち着いてから凱は自分がジスタート王国の『オステローデ』にいることを知った。どうやら自分は何ヶ月も眠っていたらしい。

ナヴァール騎士団とティグル率いる銀の流星軍の交戦。テリトアールの戦い。

ムオジネルによる、ブリューヌ領土の侵略、アニエスへの奴隷確保、オルメア会戦。

 

ブリューヌの王都で、人知れず……いや、多くの人に知れて、自分は死んだはずだ。なのに――――

先ほどと同じく、腹部の傷に何度も手をやり、混乱した感情で、現状を理解するにはもう少し時間がかかった。

どうして彼女がブリューヌに着ていたか……

ガヌロンの異端審問会の招致に応え、ティナがブリューヌを訪れた際、異端者がまさか凱だとは知らなかった。事の真相を解明する為に、ティナは竜技『虚空回廊(ヴォルドール)』を使い、ガヌロンへの直行路を渡ったという。

そして、天運味方した時、落雷落ちて擱座(かくざ)した瓦礫から、再び虚空回廊(ヴォルドール)を使ってオステローデまで運んできてくれたらしい。

彼女が来てくれなかったら、崩れゆく処刑台の瓦礫と共に運命を共にしていただろう。もし、ゆっくり除斥作業をしていたなら、瓦礫の炎熱にやられるか、酸欠状態で命を落としてしまう所だった。

その後、ブリューヌ内乱の進捗やら、レグニーツァ・ルヴーシュ連合軍の海賊討伐戦やらの戦後処理で、内政の微調整をする為に、ティナが凱の素性を隠して、このオステローデ公宮庭園まで運び込んだという。

確かに、異端を押された以上、ブリューヌに留まることはないし、それを望んだ所で、戻ることはできない。

そこまで、ティナがわざわざここに凱を同道したのは、なぜだろう?

 

「……もうすぐ15時ですね」

 

ぼうっと窓を眺めていた凱は、ティナに声をかけられて振り向いた。

 

「……時計?」

 

15時というティナの言葉を聞いて、凱は部屋の端を見やった。そこには、独立交易都市で24時間体制の際に導入された際の『世界時計』が、壁面の中心に設置されている。複数の円に独自の役目を果たす3本の『針』が、正確な時間を閲覧者に通告してくれる。霊体による時刻修正起動つきだ。

 

「これはすごく便利だと思い、つい衝動買いしちゃいました」

 

まるで失敗談を放すような軽い口調でティナは語った。そういえば、以前『多目的用玉鋼』……凱のいた時代では『GGGスマートフォン』がベースとなっているものを景品で手に入れた際、さらに買い物を続行(ほぼ強行)したんだっけ。

彼女の青い瞳にとって、独立交易都市(ハウスマン)は未知の宝庫に映ったのだろう。今だジスタートが辿りついていない概念が、この民主制の都市には豊富にある。時計道具。通話道具。馬を必要としない移動車。遠隔映像道具。海を自在にいきわたる船。疫病や血の病の治療法。

何より、貴族や平民、奴隷の区別がない理念が、ティナの感情に憧れを抱かせていた。

そもそも独立交易都市の通貨をどうやって調達したか、気になるところだが……

 

――……天国ではないと分かったけど、今の俺にとって、やはりここは楽園に近い場所だ――

 

ふいに、凱の頭にそんなことがよぎった。

ゆっくりと時間が流れる場所。本来なら、このような安らぎの空間に時計などという無粋なものを必要としないはずだ。

その辺は、ヴァレンティナの独特な感性のものだろうか。

でも……

既に自分は死んだ身……そう思っているかもしれない。

時折、倒してきた敵が自分に追ってきて、その陰で凱を脅かす。自分を産んでくれた母さんと父さんに対するうしろめたさを感じ、それを思い出すと、凱の瞳から自然と涙が再びこぼれた。

ティナはいつもそんな彼のそばにいて、優しく微笑んでくれた。

 

「ガイ……お茶にしませんか?」

 

泣いている凱を見て、ティナはぽつりとつぶやいた。その手にはティーセットが用意されていた。

何も言わず、凱は小さくコクリとうなずいた。

なぜだろう。不思議と、凱は彼女の前で強がったりする必要がないように思えた。ティナはふたりきりでいる凱との時間は、何よりの公務の間の定期的休息になっており、そして、何より心休まるひと時でもあった。お互い、どことなく気づまりもしないし、気配りするような世話も焼く必要もなかった。

 

「……おいしい」

 

自然と、そんな言葉がこぼれた。紅茶の香りが、まるで心の傷にしみ込むかのようだ。

 

「お気に召しましたか?この紅茶の葉は、不安や緊張を和らげるそうです」

 

公私共に紅茶(チャイ)にこだわる|凍漣の雪姫《ミーチェリア》のように上手くいかないものの、ティナは自分で淹れてみた紅茶を、凱にそのように評価してもらい、少し満足げな表情をしていた。

今更思うのだが、ティナはやっぱり不思議な人だ……と凱は思う。後から考えてみると、独立交易都市との出会いや、今のような再会を望んでいたような気さえした。

まるで、勇者は自分からふたたび足を踏み出す瞬間を待っているかのような……

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「どうして俺は……この時代に流れ着いたのだろう?」

 

消え入るような儚い声で、凱はつぶやいた。

それは、なんとなく思い浮かんだ疑問だった。すると、ティナは訪ねる。「流れ着いた」という不可解な言い方に気にすることなく――

 

「ガイのいたい場所は何処ですか?」

 

「え?」

 

「帰りたい場所……望んだ場所……いるべき場所……あなたはどこにいたいのですか?」

 

「……俺の……いたい場所?」

 

地平の彼方へ沈む夕暮れをぼんやり眺めて、凱は聞き返した。

漠然とした彼女の問いに、自分とて捕えられない。彼女はにっこりと微笑む。

 

「あなたが、「ここにいたい」と言えば、私とオステローデはもちろん歓待致します」

 

いたい。俺はそれを口にしていいのだろうか?ふと思った矢先、彼女の竜具は何かの反応を示す。

 

「ほら、この子も喜んでますよ」

 

彼女の傍らにあるエザンディスが、慰めるようにオーロラのように空間湾曲させ、凱を魅了した。

たしかに、ここは平和で美しく心休まる場所だ。ジスタートで唯一隣国に接していないオステローデだからこそ……かもしれない。

それとは別に、凱は感じた。この風景や幻想的な場所は、本来の彼女の気質なのだろう……と。

怖い気持ちも、普通の人間達の中で暮らす孤独もあじわうこともないのだろう。この場所が、『理想世界(アルカディア)』ならどれほどよかっただろうか。

それでも……それでも……何かが違う気がする……

 

「いずれ……あなたは『答え』に辿り着くでしょう」

 

黒い髪の戦姫は、という獅子をなだめるように、深い声で言う。

 

「あなたは……あなた達は『理想世界を先導する超越者―アンリミテッド―』故に――」

 

「……アンリミテッド」

 

凱がティナの言葉を繰り返して、彼女は笑顔を見せてくれた。

『理想世界を先導する超越者―アンリミテッド―』……過去の時代にも、幾人かにそう呼ばれたことがあった。だが、それは凱のことだけではないらしい。その時代の子供達にも凱のように、そう呼ばれていた。

ヴァレンティナ=グリンカ=エステスは、この時代の超越者を何人か知っている。まだ全容は知り得ていないが。

一人は、この人『獅子王凱』

一人は、今のブリューヌをときめくヴォルン伯爵の侍女『ティッタ』

一人は、ブリューヌの双璧をなす大貴族の一端『フェリックス=アーロン=テナルディエ』

その3人だった。

違う種の不思議な感情が、凱の中で渦巻く。でも、神秘性を孕んだティナの言葉に、凱は追及しようと思わなかった。

 

「今は、ガイと一緒に過ごせる時間が増えたことは、嬉しい限りです」

 

「俺も……嬉しいさ。ティナ」

 

自分を愛称で呼んでくれるこの瞬間。頬をなでるような優しい声。男性特有の低い声でも、心に透き通る柔らかい声。

こんな和やかな会話が、ずっと続いてほしい。いや、欲しかったというべきか。

 

――そんな小さな優しい時間を打ち砕くように、機械的な呼出音が鳴り響いた――

 

通信器具(コールティング)。遠者と遠者の会話を実現し、肉声の受信と送信を可能にするものだ。

息抜きの時間にも当然なるわけで……ティナは『空気を読まない無粋な道具』とも評価しているという。

 

〈戦姫様に、ブリューヌに関する情報で、諜報部より通信です〉

 

従者がうやうやしく告げ、ティナは通信器具を拡声音状態(スピーカーモード)へ切り替える。ブリューヌという単語に、何やら険しい表情を見せている。

 

――いやな予感がする――

 

本来なら公務の一環である定期報告は、凱に聞かせる必要などないはずだ。しかし、ティナの態度を見る限り、内乱の緊張状態は想定以上に深刻なのだろう。ブリューヌの一国土であるアルサスに身を寄せていた凱に対する同情からか、そうでないかは、凱にはわからない。

 

〈報告申し上げます戦姫様。『流星は逆星に砕かれた』〉

 

挨拶も抜きにぶつけられた言葉に、ティナは綺麗な眉を潜めて身を乗り出す。それは、報告の内容故にだ。挨拶などどうでもよかった。

『流星は逆星に砕かれた』このあたりは、何かのコードネームか何かだろうか。

かつて、ヴォジャノーイが凱の事を『銃』と呼んでいたように。

 

「詳細を」

 

ティナの短い口調は、竜の牙のように鋭くなる。

 

〈テナルディエ家は正式にて『叛逆決起』を声明!『銀の逆星軍』と公式発表!〉

 

〈ビルクレーヌ平原にて交戦の結果、ティグルヴルムド卿率いる『銀の流星軍』は、テナルディエ公爵の『銀の逆星軍』により敗北!『銀の流星軍』の主力部隊は敗走!ティグルヴルムド=ヴォルン、エレオノーラ=ヴィルターリア様、リュドミラ=ルリエ様は敗北後……捕縛!〉

 

最後の部分は、どこか歯ぎしりしたかのように聞こえた。その気持ちは、ティナにも察しがついている。

 

……まさか。その一言に尽きた。

 

以前の「ブリューヌへの突発的介入に関するエレオノーラの公判」において、自分はこう思考した。

もし、状況がこじれて、銀閃が何かしくじったとしても、自分がオステローデの戦姫として表に出て状況を押さえつけてしまえばよい、と。しかし、それはあくまで『貸しが作れる状況において……つまり、戦況がまだ均衡している状態での話』だ。

ジスタートが誇る保有戦力、一騎当千の戦姫を生け捕りにしてしまうテナルディエの軍勢。もうすこし均衡状態の続くのだと見込んでいたが、これはかなりの盤上狂わせだ。

 

(……現状だと、打てる手だてはありませんわね)

 

そんなティナの深刻さとは別に、アルサスの領主の名が出た時、凱は頭を殴られたような衝撃を受けていた。

 

――……ティグル!――

 

なおも緊迫した調子で、ティナと諜報部の会話は続く。もしかしたら、このために、あえて凱に聞かせたかったのかもしれない。

今の凱は、かつてないほど目が見開かれていることさえ気づかなかった。

 

(……ガイ?)

 

諜報部との会話を続けながら、ティナは凱を気遣うように見やう。それに構わず、凱の心は激しく震えだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アルサス!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も、何度も繰り返す地名は、凱にとって思い出ある地。

勇者の存在を肯定し、そして、『中心(ニース)』によって否定された発端の地。

凱はこれまで、自分が『幻想』の中にいたことを、だしぬけに諭さられる。

その地に本来なら平和に住んでいる者の顔が、次々と凱の視界によみがえる。

これまでの何日か、何週間か、何ヶ月か、思い出すことなかった顔が――

 

――ティグル!ティッタ!バートランさん!マスハス卿!ルーリック!エレオノーラ!リムアリーシャ!――

 

知っている者の名前。つぶやくたびに、凱の心に圧倒的な恐怖がのしかかる。彼は胸元をつかみ、苦しく喘ぐ。

 

――みんな……みんな……みんな!!――

 

拒絶反応を起こし、心が締め付けられる。

弱肉強食の社会が訪れるのか?弱者は強者の糧となる責務を負い、そうでないものは存在自体に価値が出せない……嫉妬、憎悪、狂気、獣のように殺し合う、悪夢のような時代が――

 

「い……や……だ!」

 

そして、凱は震えながら、自分の使命が蘇るのを感じ取っていた。

 

『理想世界を先導する超越者―アンリミテッド―』に、目覚めの時が、訪れようとしていた。

 

眠れる獅子の……目覚めは近い。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

いつしか、あたりは夜になっていた。

凱はずっと空を見上げて、明るくなった満月の空と、月の光を浴びてほんのりと淡い光を放つ庭を眺めた。

定期報告と、今後における指示を何人かの部下に通達し、ティナは背後から凱に声をかける。

 

「ガイ?」

 

「ティナ……」

 

この美しい場所に、永遠に変わらないこの世界にとどまることが出来たら、どんなにいいのだろう。

だが、それではだめだ。

ひな鳥がやがて、親鳥から巣立つように、時代も、留まればそれだけ、『淀み』が生まれる。

そう、だから、凱はこういった。

 

「俺……いくよ」

 

ティナはその言葉を予測していたかのように、凱の顔を覗き込んだ。

 

「どこへいかれますの?」

 

「ブリューヌへ……俺は戻る……戻らなきゃいけない」

 

思い出した勇者の使命。そう凱が答えると、ティナは冷酷な視線と口調で凱を釘止める。

 

「今のあなたが一人、戻ったところで、戦いは終わりません。何もできませんわ」

 

それもまた事実だった。異端審問の際に取り上げられた獅子篭手(ガオーブレス)、IDアーマー、ウィルナイフは、ブリューヌに置き去りのままだ。ジスタートの最北部であるオステローデからでは、もしかしたら間に合わないかもしれない。

『万軍』と『万軍』が衝突しあう戦争だ。その中に飛び込んで、自分一人は何ができるのか?

諜報部の報告では『鉛玉を吹く鉄の槍』や『連続して鉛玉を放つ乳母車』等、得体の知れない近代兵器が、テナルディエ軍にはあるという。

 

「思慮の無い行動は、愚者の所業です」

 

「そう……かもな」

 

違いない。よしんば辿りついたとしても、どのみちすべてが手遅れに違いないとも思えてしまう。

また、ティナが凱を引き留める為に言っているわけでもないことを、分かっていた。

『|虚影の幻姫《ツェルディーテ》』は『幻想』ではなく『現実』を常に差し出す。だから凱は、自分を卑下にすることも、堂々とすることもできない。力を持った者は、もう『当たり前』の環境に逃れることなど許されない。

 

「俺は……『人を超越した力』の意味と答えを探して、『生命』を奪うものを倒す為に、今まで生きてきた」

 

自分の意味。そして、戦う事こそが、守ることにつながると信じて。

彼は心を抑えつつ、ティナに応える。ティナは凱の瞳をまっすぐ見つめた。

 

「その『人を超越した力』で、『生命を奪う』ブリューヌの禍根と戦われるのですか?」

 

凱は首を横に振る。

 

「本当に戦うべき相手……戦わなきゃならない相手……この時代を……この力で、どう『振るう』べきか、ずっと知りたかった」

 

凱は澄んだ瞳のままで、ティナの表情を見返す。そこには、凱の言葉で目を見張ったティナがいた。

はじめてだった。彼女自身、失意の底に打ちひしがれていた彼の言葉とは思えなかったから。

力がなければ、何もできない。

力がないから、何もしなくていい。

力があるから、何かができる。

力があるから、何かをしなくてはならない。

それが当然だった。仕方のないことだった。

以上のことが、責務と使命を蔑ろにして、臣下の叛逆を促したブリューヌの真の姿。そう割り切れなければ、平和は享受できないからだ。

そして、今やっとわかった。

戦うべき時代は『飢え』と『渇き』に対してのものだと。

欺瞞と怠惰が招いた戦乱の炎に喘ぐ、力なき民衆と時代の声。

 

 

 

 

 

――うわああああぁ――

 

 

 

 

 

――お母さあああぁん!――

 

 

 

 

 

――痛いようおぉ……――

 

 

 

 

 

――うぅ……ううう……――

 

 

 

 

 

――助けて――

 

 

 

 

 

――助けて――

 

 

 

 

 

――助けてよおぉぉ――

 

 

 

 

 

聞こえる。いや、聞こえたのだ。

それだけの理由で……そう、それだけの理由だからこそ、動けるのだ。そして、動かなければならない。

勇者と信じる自分がとるべき姿。「助けて」という理由で、本当の意味で動ける理由。

自分自身の存在と向き合い、数々の苦しみの果てに、さげすまれ、疎まれ、追いやられて、凱は初めて『今まで探していた答え』に立ち戻ることができたのだ。

 

――たとえ、自分を否定する時代でも、悲しい今に泣いている多くの人達を、放っておくことはできない――

 

二人は黙って、しばし見つめ合う。凱の瞳に偽りはない。その事は、ティナにも強く感じられた。

突如、銀の閃光が、二人の空間を埋め尽くす。その光景に二人は驚愕を禁じえなかった。

 

輝かない銀が……一段と輝いて、光は吹き荒れる。

 

まるで、凱の『真正面』に立つかのように、それは出現した!

 

 

 

 

 

 

――降魔の斬輝――

 

 

 

 

 

 

――操風の長剣――

 

 

 

 

 

 

――銀閃の二つ名を持つ――

 

 

 

 

 

 

――その名は……――

 

 

 

 

 

 

「「アリ……ファール」」

 

 

 

 

 

 

二人は、同時に片翼の長剣の名つぶやいた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「これは……ライトメリッツの戦姫様が持っていた剣……」

 

闇の中なのに、強い輝きを放つ剣に対して、凱は鳥肌のたつ美しさを覚えた。

 

「建国神話より遣わされし、代々の戦姫が振るう超常の竜の武具、『銀閃アリファール』です。私の持つ『虚影エザンディス』と同じ竜具ですわ」

 

唖然と口を開いたままの凱に対し、ティナは無邪気に笑みを返す。以前、独立交易都市で酌み交わしたとき、ティナから若干竜具の事を聞きしていた。意思がある武具、という点においては、神剣アリアという予備知識があったので、驚きはしなかった。

――その笑みとは裏腹に、流石の彼女もこれには驚かされた。

 

「でも俺は戦姫じゃないぜ?なぜ……俺のところへ」

 

「分かりません……でも、感じているのではなくて?」

 

「どういうことだ?」

 

ティナにもそれは察していた。ゆえに、凱の前に銀閃が出現したことも、特に驚く必要はない。

ジスタートの誇る『戦姫』は『竜具によって選ばれる』に対し――

ジスタートの望む『勇者』は『竜具によって求められる』のだ。

しかし、躊躇いもある。ジスタートの国宝ともいえる武具ならば、本来なら極秘とされるはずだ。ただただ凱は圧倒されながら、ティナに尋ねる。

 

「俺でないと……アリファールは動かないのか?」

 

「そうですね。少なくとも、『今のあなた』には必要な『竜具』だと思います」

 

ティナは自分で言って、つい漏らし笑いをしそうになる。

『獅子の力』が『竜の技』と共闘する。

いがみ合う、相容れない伝説上の生物(ただし、竜は実在する)が、凱という肉体を借りて、時代の危機に立ち向かおうとしているのだから――

 

「心正しきあなただからこそ、アリファールはあなたを求めたのです。本当に戦うべき相手に、護りたいと思う場所へ向かう為に……この『銀閃』は必要なはず」

 

凱は再び銀閃に瞳を移す。そして、一言こういった。

 

「……ありがとう。ティナ。そして、アリファール」

 

自分を求めてくれたアリファールに対し、何より、自分の存在としっかり向き合ってくれたティナに対し、凱は託してくれた『すべて』に対して、感謝の意を示した。

もちろん、凱の身体を癒してくれた『夜と闇と死の女神』に対してもだ。

 

 

「これを……俺にくれるのか?ティナ」

 

黒を基調とした羽織着(ジャンバー)に、外候性の優れたズボンを、ティナからそれぞれ受け取った。その凱の姿は、「獅子に尊敬を抱く、機銃剣(ガンブレード)の傭兵」に見えなくもない。この服装も、独立交易都市で仕入れたのだろう。オビの裏にジスタートではない文字で「製造者;独立交易都市(ハウスマン)」としっかりメーカーまで記載されていた。

侍女たちを呼び出し、凱へ案内して着付けを行い、その姿を提供者に披露した。

 

「すごくかっこいいですわ。よくお似合いです」

 

年相応な賞賛の彼女の言葉が出てきて、凱はそっけない態度で「ありがと」と言った。

この黒い衣装も、とりわけ意味のないことではない。むしろ、積極的な『利点』を取り入れている意図さえ見える。

例えば、戦姫の衣装と竜具の装飾性。自ら指揮官の位置を敵に教えるような『目のやり場に困るような軍服』や『目をくぎ付けにする武装』など、戦場に置いては本来なら欠陥品の部類に入る。

しかし、それをあえて『積極的』に行うことで、ジスタートの戦姫は自軍の『損耗率』と『被発見率』を支配している。

損耗率の減少と被発見率の上昇。これは、『戦果は敵将の首が最も分かりやすい』という理屈を逆手にとって、あえて『我が目を疑う軍服』と『敵の目を引き付ける竜具』を身に着けている。これは、敵の攻撃を『一騎当千』の戦姫が積極的に引き受けることで、自軍への被害を抑制しようという思想にもとづいて、戦姫の衣装は設計されている。『異なる瞳色』を持つルヴーシュの戦姫は、その瞳を誤魔化す為に大胆なドレスを身に着けている。そのように心理的な面も考慮されている。

このような戦術思想が促された要因は、ジスタート王が戦姫の力を恐れるあまり、同じ戦姫同士で削ぎ合う事を仕向ける国風によるものだろう。

王の命令なら従う。だが、公国の為に、バレない程度で地味に抵抗するのは構わないはずだ。

そして、凱の衣装の場合も同様だ。白を基調とした『銀閃アリファール』を引き立たせて、『未知なる敵』の攻撃を一心に引き受けさせるためだ。もう、これ以上犠牲者を増やさない為に――

凱にとって、それは都合がよかった。

 

「ガイ。これも受け取ってくださいまし」

 

ティナの手のひらから、銀十字の首飾りを渡される。銀の素材を存分に使ったアクセサリーは、かすかな重量を感じさせる。

眺めていて、凱はふとアクセサリーの上部に疑問譜を浮かべる。

 

「……ギャレオン?」

 

鋭利な牙、そしてたてがみ。機械的ではあるが、生物的な面影を残している|天宙の獅子《ギャレオン》。その額には6角形の緑の宝石が埋め込まれている。

 

「う~ん?違いますわね。これは伝説上の生物。百獣の『王』の名を冠する獅子王『リオレーフ』です。ブリューヌでは『レグヌス』と呼ぶそうですわ」

 

これもまた、あの時に教わったものだ。エレオノーラの公判が終了した際、ソフィーと二人きりで対談した時にそれとなく聞き出した。

眠れる獅子が動けば、時代も動きますわ。そういう獅子身中の貴女は何をする気かしらね。そんな、目線から火花散る会話をしれっと繰り返しながら――

 

ああ、そうか。と凱は思い立った。

『GGG―ガッツィ・ギャレオリア・ガード』の存在していた、同じ世界の違う時代が『今』だから、どのようにギャレオンが伝播されたのか、その地域によって呼び名や意識の在り方は様々だろう。

ティナは柔らかい眼差しを、凱に向けて、また無邪気な笑みを浮かべる。

 

「……でも、『ギャレオン』のほうが強そうでいいですわね♪」

 

一時思案のあと、凱はティナに問う。

 

「ティナは……君は大丈夫か?」

 

落ち着いた口調だが、その時になって、ようやく凱は自体の真相が飲み込めてきた。

テナルディエがジスタートの戦姫を捕虜にしている以上、何かしらジスタートへ攻撃的接触をしてくるはずだ。戦姫として、オステローデに残らなければならないティナにも、当然混乱は国内へ飛び火する。

だが、ティナは儚げな笑みを浮かべながら、こう答えた。

 

「私も、私にできる戦いを致しましょう。勇者と共に……足掻いてみようと思います」

 

凱は理解した。ティナもまた、『影』から『光』へ転じて歩き出すという事を。

ジスタートの真の理想、国民国家の為に。

 

「じゃあ……行ってきます。ヴァレンティナ=グリンカ=エステス様」

 

あまりの感涙の為に、凱は思わず敬語を使ってしまった。

凱を信じて与えられたティナからの贈物と同じように、凱もまたティナを信じて受け取った。想いと共に――

アリファールも、戦姫でない凱を信じてその美しい刀身を預けようとしている。凱も意思のあるアリファールを信じて振るうだけだ。

 

「ええ。いってらっしゃいませ」

 

ドレスの裾をつまみ、最後にティナは優雅に一礼をした後、凱の後ろへ下がっていく。その姿を見送った凱は、静かにアリファールの握部(グリップ)を手にする。

 

(人と、人以外を区別するものは『身体』でもなく、『刀身』じゃなく『心』だ。竜具に意思があり、心があるなら、俺はアリファールをひとりの『人間』として信じる!)

 

その純粋で一途な暖かい思いに、銀閃は閃光で応える!

鍔に埋め込まれている紅い宝玉が別種の光を放つ。まるで電源の入った機体が駆動するかのように――

アリファールを手に取った凱の脳内に、それこそPCの立上時に実行されるメンテナンスコマンドのように、文章が次々と浮かび上がる。

 

――アリファール――銀閃。それがこの銀閃竜の『牙』。

 

――ヴェルニー――風影。それがこの銀閃竜の『翼』。

 

――レイ・アドモス――大気ごと薙ぎ払え。それがこの銀閃竜の『爪』

 

――レイ・アドモス――大気薙ぎ払う極輝銀閃。牙と爪による最終決戦竜技。すなわち、竜の『技』

 

凱の瞳と唇に、つい笑みが浮かんだ。

竜技たるレイ・アドモス……ボイスコマンドが二つもある。おそらく、黒竜の化身に依頼され、アリファールを創った竜具の刀鍛冶(ブラックスミス)の誰かが、遊び心から名付けたのだろう。最強たる竜技の名に相応しく、最強の名が行き着く先は、やはり『レイ・アドモス』しかないと――

刀身を伝うように銀の燐光が、凱の全身を包み込む。凱は素早くアリファールの性能を関知しながら、独立交易都市にある『魔剣』と比較する。

魔剣が生み出す『風』の仕事量(エネルギー)に比べ、竜具が操る『嵐』はそれの数倍……いや、数十倍に及ぶ。とても個人が操れる仕事量(エネルギー)ではない。戦姫はこんなものをずっと振り回していたのか、そう思うと、心底彼女たちの凄さがうかがえる。凱は無意識に息を呑んだ。

これから自分が振るうべき竜の技は、それを越えなければならない。

銀閃アリファールは、ジスタートの国宝。建国神話より受け継がれていく戦姫の象徴。そして今、戦姫の果たせなかった責務を、勇者が果たさなければならない。その意味するところを、凱は理解していた。人が人でいられなくなる『代理契約戦争(ヴァルバニル)』のような、悲惨な戦争は輪廻してはならない。繰り返してはならない。

 

――過去も……現在も……未来も……変わらず勇者を信じる者達が……――

 

――勇者の助けを……待っている!!――

 

あらためて凱は、自分が託されたものの重みを実感しつつ、アリファールの刀身を抜き放つ。オステローデからブリューヌへ長距離飛翔するための推力を得るため、銀閃はしばらく予備駆動(アイドル)状態となる。やがて十分な推力を得て、銀閃の気体燃料(ガス)が吹き始め、凱をまとう銀閃が草原の茂毛を弾き飛ばす。風の唸る音が鳴り響いた。

 

「……みんな」

 

 

凱はまっすぐ空へ……自分が向かうべき場所を見据える。

 

「無事でいてくれ」

 

凱より少し離れたところに立っていたティナが、風影(ヴェルニー)の余波を浴びて、その美しい青みかかった黒い髪を抑えながら、微笑んで凱の旅立ちを見送る。上方の分厚い雲を銀閃の力で払い、次々と星が見えてくる。天空が凱を覗いた。

流星が生まれいでる空の海に向けて、凱は飛び出した。

 

「風影(ヴェルニー)!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「|幸運を《ヴダーチ》――」

 

伏竜は雲を得て昇竜となるように、凱もまた銀閃を得て流星となった。天高く飛び立った凱を見送って、気持ちを切り替える。

ジスタートで帰還の祈り言葉をつぶやいて、ティナは『自分ができる事』をする為に、行動を開始した。

呼び出した一人の従者に、ティナは慈愛を含ませた声で告げた。

 

「国王陛下に伝えてください。『眠れる獅子は目覚めた』と」

 

超常たる竜具が、超人たる勇者によって振るわれる。その光景を、できることなら見届けたい。

だが、それは出来ない。今まさに、『時代は動いた』のだから――

心砕いて富を築いたこのオステローデを護る為、望む場所、約束された理想世界の為に。

それぞれが、それぞれの戦いに挑んでいく。

 

――『銃』は『弾』を込めてこそ、初めて本当の意味を成す。好む『色』を付けて、勇者と英雄はさらに強く輝く――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その手に新たな力……『銀閃』を託されて――

 

――そして、指揮官不在の『銀の流星軍』の元へ、獅子王凱は文字通り『流星』のように天空から駆け付けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『銀閃』は舞い降りた。

 

 

~~あとがき~~

 

読んで下さり、ありがとうございました。まだまだ未熟ですが、何卒お付き合いいただけると幸いです。

では本文へ。

ここで一旦、凱の視点は一時的に終わりにします。物語の視点を揃える為に、ティグル視点の物語を始めます。

(ちょっと展開が急ぎ足な感じですが、そこは御愛嬌ということで……)

タトラ山攻防戦⇨対ナヴァール騎士団⇨対ムオジネルのオルメア会戦⇨ビルクレーヌの戦い⇨銀の流星軍の敗北⇨魔弾覚醒へと続き、ブリューヌ・ジスタート転覆計画編へと移ります。ジスタート建国神話よりの因縁であるテナルディエ家の秘密が明かされます。

 

※捕捉ですが……

銀閃を手にした凱が天空から、銀の流星軍へ舞い降りたシーン。これはフリーダムガンダムの登場シーンをイメージしています。(その時、挿入歌のミーティアを聞いてました。)

ヴァレンティナから渡された衣装について。

すみません。容姿は思いっきりFF8のスコールです。以前、pixiv様にて「FF8×勇者王ガオガイガー(勇者シリーズ8作目)の組合」があったのを思い出して、このように至った次第です。でも、FFきってのイケメン服装を、凱兄ちゃんにあの服装をさせたら、きっと似合うに違いない。アリファールはさしずめガンブレードといったところですかね。

本作のヴァレンティナ……ドラえもんでいうところの「きれいなジャイアン」になっています。原作においての印象とは違い、『影』を潜めていますが、はたしてどうなることやら。

第2話以降で止まっていた『銀閃殺法』ですが、凱がついにアリファールを手にしたことで、次々と登場していきます。

 

ヴィッサリオンの忘れ形見。銀の流星軍敗北の報を知り、エレンを捜し求める流浪の傭兵フィグネリア。

ブリューヌとジスタートの為にこそ。眠れる獅子たる凱に、テナルディエの暗殺を依頼するヴィクトール王。

剣の時代が終わる時。己の為に命を散らした『手向け』とするべく、騎士の時代に終止符を打つべく、凱との決闘に望む黒騎士ロラン。

エレンとミラに光が差すと信じて。二人の『助け』を、光たる凱に願うソフィーヤ=オベルタス。

約束を果たすときは今。どちらかに危機が訪れた時、全てを投げうってでも、相手の元へ駆けつける。煌炎の朧姫アレクサンドラ=アルシャーヴィン。

初代ハウスマンの影を負う為に。テナルディエと相対する、凱との因縁の凶敵手シーグフリード=ハウスマン。(聖剣の刀鍛冶)

小さな生命に祝福を。時代に殺された心清き子供達の為に。羅轟粉砕の心優しき殺戮者。ホレーショー=ディスレーリ。

不殺の答えは見つかるのか。目の前に映る全てを救う、セシリーと凱の信念を否定する『七戦騎』最強のノア=カートライト。

竜具を介して心に問え。サーシャと同じ家訓を持ち、竜具を鍛冶する『神剣の刀鍛冶―ブレイブスミス』ルーク=エインズワ-ス。

それは人間投石機。巨竜の全力を以ても倒せない男。銀の流星軍に放たれた一矢。大陸最強ハンニバル。

時代の輪廻を越えて。時代の風が味方せし者。勇者と魔王の最終戦。獅子王凱とフェリックス=アーロン=テナルディエ。

 

では、これにて失礼します。

少し更新が遅れ気味になりますが、何卒、宜しくお願い致します。

 

gomachan


 
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