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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ二十六

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2016-11-06 04:06:29 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:1901   閲覧ユーザー数:1670

 

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ二十六

 

 

 祉狼が敗れ、瀕死の重傷を負った報せは瞬く間に連合全てに伝わった。

 報せを聞いた瞬間に久遠達五人の正室を始め多くの者が、祉狼の下へと馬に鞭を入れ飛び出して行く。

 その中でも一際速く、雷光の様に地を走り抜ける姿が有った。

 

「祉狼ぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 聖刀だ。

 己の足で地を走り、川を越え、林を抜ける。

 その後を風雲再起と黒王の二頭の神馬が追い掛けていた。

 二頭も祉狼の身に異変が有ったのを察知し、瞳に焦りが見える。

 一直線に走り抜けた聖刀、風雲再起、黒王が目にしたのは桐琴に抱かれ北郷学園の制服を血に染めた祉狼と、その横で泣き崩れる小波だった。

 

「祉狼っ!!」

 

「落ち着けっ!聖刀っ!祉狼は生きておるっ!」

 

 桐琴の一喝で我に返った聖刀は、祉狼の様子を落ち着いて確認する。

 

「桐琴。祉狼の怪我の具合は…」

「今はもうほぼ完治した。」

「完治した?」

 

 最初は桐琴の言っている意味が理解出来なかったが、直ぐに禄寿応穏の事を思い出す。

 

「ワシが来た時は肋骨が折れて胸のへこみが判る程だったが、見る見る内に治っていったわ。ゴットヴェイドーにはこの様な事も出来るのか?」

 

 桐琴は北条家御家流の話を興味が無いと聞いていなかった。

 

「いや、これは北条家御家流の禄寿応穏の力だよ………ここまで凄いとは驚いたね……」

「成程な…………しかし、氣をかなり消費しておるぞ。怪我が治っても目を覚ます気配が無い。」

「それだけ重傷だったって事か………二刃叔母さんと駕医叔父さんに会わせる顔がないなぁ………」

 

 まだ血液の補充が間に合っていない祉狼の顔はいつもより青ざめている。

 聖刀は奥歯を噛んで己の迂闊さを後悔した。

 風雲再起と黒王も心配そうに祉狼へ顔を近付け、鼻をスンスンと鳴らす。

 そこに新たな蹄の音が聞こえてきた。

 正室五人が甲斐での馬競走の時とは比べ物にならないスピードで駆け込んで来る。

 先陣の丹羽衆、直江衆、内藤隊、スバル隊、北条黄備え衆を追い越して来た事を聖刀も桐琴もとやかく言う様な野暮はしない。

 

「「「祉狼っ!!」」」「主様っ!!」「祉狼兄さまっ!!」

 

 五人は馬から転げ落ちる様に降り、縺れる様に祉狼へ走り寄った。

 小波は泣いているが聖刀と桐琴が落ち着いていたので命に別状は無いと判断が出来た。

 だが、やはり血塗れの服と血の気の失せた祉狼の顔を見て不安に胸を締め付ける。

 

「北条家御家流のお陰で怪我はもう直ぐ完治すると思うよ……失われた血が回復すれば目も覚ます筈だ。」

 

 聖刀の説明に五人が安堵の息を漏らすと、次は祉狼をこんな目に遭わせた相手に怒りが湧き上がった。

 

「ザビエルは何処じゃっ!余の三千世界で一寸刻みに細切れにしてくれるっ!」

 

「気持ちは判るが落ち着け、公方。ワシが来た時は既に逃げた後であったわ。ザビエルの奴が祉狼を狙っておったのに連れ去らずに置いていったという事は、貂蝉と卑弥呼が間一髪の処で間に合ったのじゃろう。」

「それではあの二人に話を聞くか…………」

 

 一葉が首を巡らした先では、貂蝉と卑弥呼が鬼を殴り飛ばし片っ端から塵に変えていた。

 

「ふむ、その為にはあの邪魔な鬼共を消し去らねばの。」

 

「それは私にやらせてちょうだい、一葉さま。」

 

 美空が冷めた表情で立ち上がり、ゆっくりと鬼の群れへと歩みを進める。

 冷静になったのでは無く、怒りが頂点を越え、感情が顔から消失しているのだ。

 

 

「三昧耶曼荼羅っ!!」

 

 

 何の予備動作も無く御家流が放たれる。

 五芒星が大地に輝き、帝釈天、持国天、増長天、広目天、多聞天の護法五神が飛び交い、一気に鬼を浄化、成仏していった。

 その中で帝釈天が貂蝉と卑弥呼に語り掛け、二人に冷静さを取り戻させたのだった。

 

「手を煩わせて清まんな、帝釈♪」

「思わず怒りに我を忘れちゃったわ〜。ありがとね、帝釈ちゃん♪」

『礼には及びません……それよりも早くあの少女と小さき観測者を救ってあげて下さい……』

 

 そう言い残して帝釈天の姿が虚空に消えた。

 

「貂蝉!卑弥呼!今の帝釈の言葉!……………姫野と宝譿がザビエルに連れ去られたのっ!?」

「そうなのよ〜ん!わたし達が来た時に、虎の覆面をかぶった女の子の鬼と闘っていて〜、姫野ちゃんはザビエルの術で金縛りになってたわぁ〜!」

「あの鬼は恐らく佐竹義重であろう。リング・コスチュームに佐竹扇が描かれておった。祉狼ちゃんがコルジオン・アンマーで人に戻そうとしたのだが、打撃を全て外に弾かれガラ空きになった胸へローリングソバットを貰ってしまった。倒れた祉狼ちゃんにザビエルが真名を呼ぶ許可を求めてきよったが、そこに私と貂蝉の可憐なキックで阻止してやったわ♪しかし、ザビエルと佐竹義重が風魔小太郎を連れて転移してしまったのだ。で、あの鬼共はザビエルの置き土産よ。」

 

 一気に説明された上に知らない単語まで交じっていたが、祉狼の正室達は正しく要点を理解していた。

 

「その置き土産も残りは雹子と小夜叉が平らげそうじゃがの。」

 

 一葉の言う通り、雹子と小夜叉が相手にしている鬼の群れが後数分で全滅するのは誰が見ても明らかだ。

 美空は先程の三昧耶曼荼羅を、わざと雹子と小夜叉が相手をしている鬼の群れから外していた。

 雹子の憂さ晴らしの邪魔する程、美空も野暮ではない。

 

「姫野ちゃんを早く助け出さないと!」

「逸るな、眞琴!その気持ちは我も同じだ!姫野が何処に連れ去られたのか判らねば…」

 

「空を見てっ!」

 

 光璃の声に全員が空を見上げると、そこには姫野の姿が映し出されていた。

 姫野は板張りの床に倒れ、その周りを十匹以上の鬼が取り囲んでいる。

 

「「「姫野っ!」」」「姫野ちゃんっ!」

 

『連合の皆様、ご注目下さい♪』

 

 空から聞こえたのはザビエルの声だ。

 映像を見た瞬間にこれがザビエルの妖術だと判っていた。

 久遠、一葉、眞琴には一乗谷で延子こと朝倉義景を同じ様に見せられた記憶が蘇り、怒りが更に燃え上がる。

 

『ご覧のように風魔小太郎は私の手中に有ります♪ですが、小さな勇者が守っていて手を出せません………困ったものです♪』

 

 ザビエルの声は少しも困っている様には聞こえない。

 久遠達は姫野と鬼の間に見慣れた小さい姿を捉えた。

 

「「「「「宝譿っ!」」」」」

「宝譿ちゃんが結界を張って姫野ちゃんを守ってくれてるわっ!」

 

 貂蝉の説明で現状を把握出来たが、姫野が涙を流して宝譿を見ている事に不吉な予感を覚えた。

 

『……宝譿が死んじゃう………宝譿が死んじゃうよぉ………』

 

 姫野の呟きに卑弥呼の形相が怒りに歪んだ。

 

「ザビエルっ!貴様何処まで下衆なっ!」

 

『卑弥呼と貂蝉はお判りでしょう♪この小さな英雄くんが命を削って結界を張っている事を。そして……………それも長くは続かない事もねえっ♪』

 

 久遠達はザビエルの言っている事が本当なのかと卑弥呼と貂蝉に振り返る。

 

「久遠よ、覚えておるか?宝譿が語ったエーリカとの出会いの話を。」

「エーリカが傍に寄って目覚めたというアレか!」

「うむ、宝譿はエーリカを通して天地の氣を受け、己の命としておる。エーリカから遠く離れてしまった今は体内に残った氣のみで活動しておるのだ。普段の生活ならば数日離れようと問題無かろうが、今の宝譿は風魔小太郎を守る為の結界を張っておる。正に己の命を削ってな………宝譿は最後の最後まで氣を使い切る覚悟でろう。そうなれば……………宝譿は粉々に砕け散る………」

 

「………砕け散る……だと………」

 

 このままでは宝譿が消滅し、姫野も鬼に寄って集って凌辱される。

 

「あの場所はどこだっ!」

「ザビエルは去り際に江戸城へ戻ると佐竹義重に言っておった。しかし、狡猾な奴の事、それが罠の可能性が高い。」

 

『この場所が知りたいのですか♪ここは江戸城ですよ♪勿論、罠を大量に張り巡らせております♪まあ、私の言う事ですから信じられないでしょうけど♪精々情報に踊らされて時間を無駄にして下さい♪』

 

 まるで久遠と卑弥呼の会話を聞いていたかの様にザビエルは嘲う。

 

『そうそう、時間稼ぎと言えば新たな鬼を向かわせましたので、そちらの相手をしてもっと時間を無駄にして下さい♪では連合軍の皆さん、健闘を期待していますよ♪あははははははは♪』

 

 ザビエルの声が聞こえなくなり、久遠達は顔を見合わせる。

 

「情報に踊らされるだと。」

「余らも甘く見られた物じゃの。」

「罠を大量に張り巡らせてる?はっ!上等じゃ無いっ!」

「あの場所は江戸城に間違いない。部屋の中に太田道灌の家紋、太田桔梗が見える。」

「例え罠や嘘だとしても!力尽くで推し通る!」

 

 久遠、一葉、美空、光璃、眞琴が瞳に闘志を燃やし江戸城の方向を睨んだ。

 その視線の先に土煙が見えた。

 

「どうやらお出ましの様だ。でも、久遠ちゃん達は祉狼を守っていて。」

 

 聖刀が静かに、しかし、その内に激しい怒りの炎を燃やして立ち上がる。

 

「貂蝉と卑弥呼は久遠ちゃん達をザビエルの術から守って。」

 

 その気迫に久遠達、貂蝉と卑弥呼が黙って頷く。

 

「桐琴。殺ろうか♪」

「がはははははははは♪それでこそワシが良人と見込んだ男よっ!」

 

 桐琴は惚れ惚れとした目で聖刀を見て頷き、土煙を上げてこちらに向かって来る鬼の群れを見据える。

 その顔にはこれから訪れる"生”の歓びに期待が溢れていた。

 

 

「野郎共っ!準備はいいかっ!!」

 

 

 桐琴の大音声に、丁度追い付いた森一家が西から地響きを上げて現れた。

 

『『『へいっ!姐さんっ!!』』』

 

「ぶっ殺せっ!!!」

 

『『『ヒャッハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』

 

 聖刀と桐琴を先頭に、人修羅の群れが鬼の群れに向かって突撃していった。

 

 

 

 

 森一家から遅れること一里の場所をゴットヴェイドー隊の攻撃隊が一刻も早く祉狼の下へ駆け付けようと馬を跳ばしていた。

 

「私がもっと宝譿の傍に居れば………」

 

 エーリカが空に浮かぶ宝譿と姫野の姿を見て悔恨の涙を流し、必死に馬を走らせる。

 

「エーリカさん!今は後悔している時ではありませんわっ!一瞬でも早くハニーに!そして宝譿さんの所に駆け付けるのですっ!」

「梅の言う通りですわっ!我ら蒲生三姉妹、身を賭して宝譿さんの所までエーリカさんとハニーをお届けしますわっ!」

「でうす様がこのような非道をお許しになる筈ありませんわ!わたくし達がでうす様の鉾となり、神の使徒を騙ったザビエルを成敗いたしましょう!エーリカさんっ!」

 

 梅、松、竹の励ましに、エーリカは顔を上げて前を見る。

 

「ありがとうございます!仰る通り今は駆けるのみ…………あの土煙は……」

 

 自分達の前を走るのは丹羽衆、内藤隊、直江衆、スバル隊、北条黄備え衆だが、この五隊は森一家を追って自分達よりも遥か先を走っている筈で、そう簡単に追い付けるとは思えない。

 ではあの土煙は何か?

 

「全隊迎撃態勢っ!!歌夜さんっ!不干さんっ!」

 

 咄嗟に鬼の伏兵だと判断したエーリカは左右に呼び掛ける。

 

「はいっ!エーリカさんっ!」

「蹴散らしますっ!」

 

 歌夜と不干が左右を固めエーリカを守る。

 エーリカが自分の役目を果たす為に心を鬼にしていると判るから、歌夜と不干も喜んで盾となった。

 

「春っ!皆様にデウスの加護をっ!」

「はいっ!エーリカさまっ!」

 

 エーリカに指示を受けた春こと明智秀満は片腕を上げ、背後の明智衆に合図を送ると讃美歌を歌い始めた。

 春の歌声に合わせ明智衆、そして蒲生衆も歌い始める。

 戦場に荘厳な合唱が響き、隊の全てを神の加護が包み込んだ。

 

『『『アーメーンッ!!』』』

 

 防御力が上がったと言っても、油断をすれば鬼の鋭い爪で首を切り飛ばされる。

 

「突破口はわたくし達、蒲生三姉妹が引き受けますわっ!松お姉さま!竹お姉さま!」

「行きましょう!梅!」

「エーリカさんを宝譿さんの所に届ける為に!」

 

 蒲生三姉妹が馬上で槍を構えて突出する。

 鬼の群れはもう目の前まで迫っていた。

 

「でうす様。愛する者を守る為、槍を振るって殺生をするわたくし達をお許しくださいまし。」

「そして軍神摩利支天よ、わたくし達にご加護を!」

「頭に抱く艶美の形は天下に轟く蒲生の兜!」

「でうすの祝福受けし槍を携えて、凛々しき戦乙女の進む道を切り拓く!」

 

「「「江南にその名が轟く蒲生三姉妹っ!悪・即・滅ですわーーーーーっ!」」」

 

『『『ギャシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』』』

 

 鬼の群れは突出した梅、松、竹に(たか)る様に襲い掛かった

 

「「「蒲生家御家流!神威千里行・改!」」」

 

 三姉妹の構えた槍と同じ槍が、空中に何十本と現れる。

 

「「「神威獲寧怒(かむいとるねいど)っ!!!」」」

 

 空中に現れた槍が螺旋を描いて一本の巨大なドリルの様に鬼の群れへ突き刺さった。

 鬼を四分五裂にして弾き飛ばし、その中を蒲生三姉妹も飛ぶ様に突き進んで行く。

 

「………派手な御家流ですね……」

「惚けている場合ではありませんよ、春!梅さん達が開けてくれた道に吶喊しますっ!」

「は、はい!エーリカさまっ!」

 

 開いた道を鬼が閉じるかの様にわらわらと寄せて来ていた。

 そうはさせじと歌夜の榊原衆と不干の佐久間衆が飛び込んで鬼を蹴散らして行く。

 その中間をエーリカが先頭になり明智衆と蒲生衆が駆け抜けた。

 

「おーーーーっほっほっほっほっほっほ♪お母様から受け継ぎし御家流!神威千里行をわたくし達三姉妹の合わせ技とした神威獲寧怒は無敵ですわーーーーーっ♪」

「できればハニーにこの勇姿をご覧になっていただきたかったですわね、竹、梅……」

「そうですわね、松お姉さま………」

「松お姉さま!竹お姉さま!それは言わないでくださいまし………きゃっ!」

「「きゃぁあああっ!!」」

 

 蒲生三姉妹が突然馬ごと弾き飛ばされた。

 

「………か、神威獲寧怒が……止められた…………?」

「な、何ですの、あの鬼はっ!?」

「あれはまるで………」

 

 倒れた梅、松、竹の目に、壁の様に立ちはだかる影が並んでいた。

 

 

 

 

 エーリカ達から更に西に一里離れた場所にゴットヴェイドー隊の本隊は居た。

 

「竹中様っ!また鬼が現れましたっ!南西方向!数はおよそ百!」

「慌てないでくださいっ!鉄砲隊で迎撃!次に弓隊!それで大半の鬼は駆逐できます!残った鬼は槍で充分迎え撃てます!」

 

 指示を出す詩乃の横ではひよ子がオロオロと右往左往している。

 

「ど、どどど、どうしよう、詩乃ちゃん!全然お頭の所に行けないよう!」

「ひよも落ち着いて!焦る気持ちは判りますが、お味方が到着するまでの辛抱です!愛菜さんも頑張っているのですから!」

 

 詩乃の示した先では愛菜が弓隊を指揮していた。

 雫の鉄砲隊、転子の長柄隊と見事な連携で鬼の伏兵を二度撃退している。

 

「皆さん!落ち着いて狙いを定めて!……………撃てーーーーーっ!」

パパパパパーーーーーーン!!

 

 雫の指揮で放たれた鉄砲は鬼の群れを半数以下に減らした。

 次に愛菜の弓隊が前に出る。

 

「者どもー!あのクソ虫どもを打ち滅ぼし!急ぎ愛しき父上をお助けしに参りますぞ!狙えーーっ!」

 

 弓弦を引き絞る音が緊張感を否が応でも高める。

 

「ネコのウンコふめーーーーーーーっ!!」

 

 今のが合図らしく、一斉に矢が放たれた。

 しかもかなりの命中率で、鬼はもう残り十匹程度になっている。

 こうなると歴戦のゴットヴェイドー隊の足軽達は転子の指示が無くとも殲滅が可能だ。

 

「ね、ねえ、愛菜ちゃん……そのかけ声どうにかならない?」

「ちょっと下品だと思うんですけど………」

 

 転子と雫はこの場に居ない秋子の代わりに躾として言わねばと、少々遠慮がちにだが口にした。

 

「あんですとーー!これは御大将の”つんでれ”を研究しようと(ひもと)いた書物に書かれていた、”つんでれ”の始祖と呼ばれた方の由緒正しき文言でありますぞー!どや!」

「いや、いくら由緒正しくても………」

「そうですよ、愛菜さん。秋子さんだって怒りますよ。」

 

「下品な言葉だとはこの樋口愛菜兼続、判ってはおりますぞ。しかし、口に出して言ってみると、何故か懐かしい気分に……」

 

「「愛菜っ!」」

「ひょわっ!?空さま!名月さま!」

 

 愛菜が振り返ると二人が怒った顔で睨んでいる。

 

「愛菜、転子さんも雫さんも愛菜のためを想って言ってくれてるんだよ!」

「そんな汚い言葉づかいをしてたら、またお父さまに叱られますの!」

「空さま!転子殿と雫殿のお心遣いはこの愛菜、とても感謝しておりますぞ!名月さま!父上は御大将の名に恥じぬ人になれと仰ったので、愛菜は御大将の研究を始め、行き着いたのがこの喋り方じゃないさ!うがー。」

 

 空は困り、名月は呆れた顔で愛菜を見て、どう言ったら改めさせられるかと考える。

 と、その時…

 

ズビシッ!

 

 愛菜の背後から容赦の無い手刀が脳天に叩き落とされた。

 

「くだらない理屈をこねるんじゃないっ!」

「「貞子っ♪」」

 

 愛菜に手刀を叩き落としたのは鬼小島こと貞子だった。

 

「遅参いたしました、空さま、名月さま。」

「柘榴もいるっすよー♪」

「松葉もいる。」

 

 長尾勢が到着しただけではなく、本陣とその周りを守る隊が怒濤の様にゴットヴェイドー隊を追い越していた。

 何しろ本来守るべき主が一番前に突出しているのだ。

 どの部隊も死にもの狂いで馬を跳ばし、徒は走り抜けて行く。

 

「ここの守りは松葉が引き受ける。柘榴と貞子は早く御大将の所に。」

「言われなくてもそうさせてもらうっすよ!貞子さん、行くっすよーーーーっ!」

「ええっ!祉狼さまに大怪我を負わせたのですから、ザビエルにはその命で償って貰いませんとねぇ…………」

 

 貞子は昏い嗤いに口の端を吊り上げてこの場を後にした。

 入れ替わる様に詩乃とひよ子が走って来る。

 

「松葉さん!助勢感謝いたいます!」

「ゴットヴェイドー隊は狙われる確率が高いから当然。一度みんな集まって全員居るか確認した方がいい。」

 

 松葉は上空を見上げて姫野と宝譿を心配そうに見つめた。

 詩乃達も松葉の意図を察してゴットヴェイドー隊を一度集結させる。

 

「どうしたのですか!?藤は早く祉狼さまの所へ向かうべきだと思います!」

 

 小波から句伝無量で祉狼が怪我を負ったと聞いて、藤は心配で胸が潰れる思いなのだ。

 

「藤ちゃん、それはみんな同じ気持ちだ。だども、ゴットヴェイドー隊は一番戦力が低いだよ。ザビエルがオラ達を狙う確率が一番高いだよ。んだで、オラ達がすべき事は守りを固めて鬼さ引き付けて、他の隊が祉狼さと姫野ちゃんと宝譿ちゃんの所に行きやすくする事だべ。」

 

 雪菜に諭され藤は悲しそうにしながらもコクンと頷いた。

 葵の妹だけあって辛抱すと決意すればその意思は固い。

 その姿を見て詩乃達も己の役目を心に刻んだ。

 現在のゴットヴェイドー隊は、詩乃、雫、ひよ子、転子、雪菜、藤、空、名月、愛菜。

 護衛に松葉と甘粕衆が付いている。

 

 そこに更なる援軍が到着した。

 

「ゴットヴェイドー隊はみんな無事ね!」

「はぁ…はぁ………皆さんご無事で何よりです……はふぅ……」

 

 結菜と息を切らしてやって来た双葉。

 

「詩乃、雫、今のゴットヴェイドー隊の役目。心得ていような。」

 

 六角四鶴義賢。

 

「はい。我らは囮となり、鬼を引き付けます。」

 

 そして、

 

「娘達は祉狼さまの下に向かったのですか………どうして三人揃って牡丹になってしまったのかしら………」

 

 溜息を漏らす蒲生慶賢秀だ。

 更に二人。

 美衣を胸に抱いた武田躑躅信虎もやって来た。

 

「おお♪皆無事であったか♪」

「みんなじゃないのにゃ!宝譿が大変なのにゃっ!」

「そうであったな……」

「宝譿は美衣と一緒に南蛮から来た友だちなのにゃ!…………はやく……はやく宝譿を助けてほしいのにゃ………」

 

 躑躅は美衣をそっと抱き締め頭を優しく撫でる。

 

「美衣よ。光璃の婿殿を…祉狼どのを信じるのじゃ。我を鬼から人に戻した奇跡の力を持つ祉狼どのを……」

 

 一羽の小型な鷹が躑躅の肩に降りて美衣の顔に頬ずりをする。

 

「ピィ…」

「……基信丸……」

 

 そして躑躅の足元に居た猿が躑躅の体をよじ登り、美衣の顔を躑躅と同じ様に撫でる。

 

「ウキィ…」

「……白川ぁ……」

 

 基信丸と白川にも励まされ、美衣は上空に映し出された宝譿を見る。

 小さな宝譿から姫野を守ろうという意思がヒシヒシと伝わり、それを嘲る様に鬼達が宝譿と姫野の周りをノソノソと動き回っていた。

 

「宝譿……がんばるのにゃ………」

「そうだ。宝譿殿が助かると友である美衣が信じるのだ!」

「わかったのにゃっ!」

 

 美衣はギュッと目を強く瞑り「宝譿がんばるのにゃ!」と何度も何度も繰り返した。

 その姿に見ていた者達は胸が締め付けられると同時に、新たな闘志が湧き上がる。

 

「詩乃!采配を任せます!雫はその補佐を!」

「「はいっ!」」

 

 結菜の怒れる声に両兵衛も気迫の篭もった返事を返す。

 

「奥女中隊は結菜さまを守って下さい!ゴットヴェイドー隊と甘粕衆、足利衆で円形陣を組み東へ進みます!」

 

「待ってっ!詩乃ちゃんっ!また鬼がっ!!」

 

 叫んだ転子が指差すのはつい先程殲滅したのと同じ方角。

 

「数がさっきとは比べものにならないくらい多いよっ!!」

 

 野を越え、丘を越え、田畑を踏み荒らして迫り来る鬼、鬼、鬼。

 林の木々の揺れ方から、そこにも鬼が満ちているのが嫌でも判る。

 味方は既にゴットヴェイドー隊を追い越し砂煙も見えない。

 

「してやられましたね…………三度ゴットヴェイドー隊で殲滅できる数を敢えて出し、油断させ味方が離れた所を狙って本隊の投入ですか………」

 

 追い越して行った旗印は武田菱と風林火山を掲げた春日と粉雪、二つ雁金の壬月、三つ盛亀甲の市、北条三つ鱗の朔夜と十六夜だった。

 句伝無量で呼び戻せば殲滅出来る数である。

 玉縄城に引き返し迎え撃つという手もある。

 

 しかし、彼女達の中からその様な選択肢は既に消えていた。

 

「皆さま、ここが切所とお心得下さい。」

 

 詩乃の言葉を聞くまでも無く、全員の覚悟は決まっている。

 ここで鬼を引き付ければ味方が有利に戦えると。

 

「こんな所で弾薬を使い切るつもりか?今孔明。」

 

「そのお声は半羽さまっ!」

 

 全員が振り返るとそこには馬上の佐久間半羽信盛が居た。

 この時詩乃は、先程の通り過ぎた軍勢の中に三引両が無かった事を思い出す。

 そして、そこに居たのは半羽だけではなかった。

 

「延子様っ!?」

「皆さま、お久し振りです♪」

 

 体調が回復し、すっかり元気な姿になった延子は甲冑に身を包み凜とした姿を見せていた。

 

「詳しい話は後じゃ。今はあの鬼共を一掃せねばな♪」

「はい、ですから陣形を整え………まさか半羽さまの御家流を使われるのですかっ!?」

「あの程度なら問題無いわ♪」

 

 この場に居る者で佐久間家御家流を見た事が有るのは詩乃だけだ。

 理由は以前に夢が御家流を使った時に和奏が説明した通り、退却時の殿でのみ使用する御家流だからだ。

 では何故詩乃は見た事が有るのかと言うと、尾張と美濃の戦で詩乃の采配に撃退された織田軍の殿を半羽がしているからである。

 

「おぶつはしょうどくだーー♪ひゃっはーーー♪」

「しょうろらーー♪ひゃはーーー♪」

 

 舌っ足らずな声が聞こえたかと思うと、半羽の背後から二人の幼女がケラケラ笑って顔を覗かせた

 

「これ!蘭丸!坊丸!大人しくしておれ!このやんちゃ娘どもが!」

「ちょっと、半羽!何で蘭丸と坊丸がここに居るのっ!?」

「結菜さま、申し訳ありませぬが、少々このやんちゃ娘をお願いいたします♪」

「えっ!?」

 

 半羽は蘭丸と坊丸の襟首を摘まんで馬から下ろすと、鬼の向かって来る方を向いて大きく深呼吸をした。

 次いで腰に下げた瓢箪を手に取り、栓を抜いて中に入った水で右手、左手と順番に洗い、口を濯ぐ。

 一揖二礼二拍手一礼一揖を行い、鬼の群れを見据えた。

 

宮簀媛(>みやずひめ)に申し奉る!尾張は熱田大神宮に奉られし草那芸剣(くさなぎのつるぎ)日本武尊(やまとたけるのみこと)を守りし剣の力を尾張を護りし者に今一時(あた)え賜え!」

 

 顔を上げて迫り来る鬼の群れを睨む。

 

天叢雲(あめのむらくも)怨敵焼遣(おんてきやきづ)っ!!」

 

 半羽の声が響くと突風が吹き荒れ出し、辺りの枯草は勿論、乾いた土埃、いや、小石までもを巻き上げる。

 風力が夢よりも遥かに強く、鬼の速度が見るからに遅くなる程だ。

 並の人間ならば歩く事もままならないだろう。

 巻き上げられた枯草は空中で燃え上がり、炎の竜巻となって鬼の群れを飲み込む。

 範囲は三十余町。約3km四方が一面火の海となり、鬼は炎に焼かれるだけでなく飛んで来る焼けた小石に全身を撃ち抜かれ絶命する者もいた。

 

 瞬く間に燃え広がった炎は群れの鬼を全て飲み込み、武蔵野に巨大な火葬場を作り上げた。

 

「ひゃっはーーーー♪もえろもえろーーー♪」

「ひゃはーーー♪もえろーーー♪」

 

 燃え盛る炎に興奮する蘭丸と坊丸。

 しかし、その幼女二人以外は炎の海と化した武蔵野を呆然と眺めている。

 一度目にしている詩乃ですら、今回の天叢雲・怨敵焼遣の威力に度肝を抜かれているのだ。

 初見の者達が言葉を失うのも無理は無い。

 

「ふう♪………これで落ち着いて話ができますな♪」

「え、ええ………そうね………」

 

 その時炎の海が爆発して轟音が鳴り響いた。

 鬼が死んで大量の塵になり、粉塵爆発を起こしたのだ。

 これには当の半羽も驚いていた。

 

 

 

 

「母上が御家流を使ったのです!」

 

 突然声を上げた夢に、隣で馬を駆けていた犬子が応える。

 

「おばちゃんが?なんでそんなの判るの?」

「怨敵焼遣は神域に繋がる御家流なのです!何となくですが伝わって来るのですよ。」

 

 そこに和奏も馬を寄せて来た。

 

「夢、佐久間家の御家流って退却の時にしか使えないって言ってなかったか?だとしたら半羽さまが退却を始めたって事になるじゃんか。」

「母上はこの状況で退却などしないのですっ!」

「お、怒るなよ!ボクは不思議に思ったから訊いただけだっての!」

 

「それは半羽殿の意識の問題じゃろう。」

 

 沙綾が澄ました顔で口を挟んだ。

 

「どういう意味だよ、うささん?」

「退却とは対峙した敵から隊を遠ざける事じゃ。向かう方向は臨機応変。真っ直ぐ拠点に向かうのではなく、遠回りをする事もよく有る話よ。恐らく半羽殿は東に向かって退却すると意識する事で御家流を使える状況を作り上げたのじゃ♪」

「東にって………そんな屁理屈でいいのかよっ!」

「実際に使えるのじゃから問題無かろう。尤も、敵の拠点に向かっての退却など前代未聞じゃがの♪かかか♪」

 

 そんな会話にいつもなら加わる昴が、今は黙って馬を走らせていた。

 併走する夕霧が心配になり声を掛ける。

 

「昴どの………祉狼兄上は大丈夫でやがるよ。怪我を負っても禄寿応穏が完治してくれるでやがります。でやがりますよな、三日月、暁月。」

「そうだぞ、昴ちゃん!北条家御家流の禄寿応穏はスゴいんだぞ!」

「はい!母さまが間違いなく祉狼さまに禄寿応穏を継承したとおっしゃいました!絶対に大丈夫です!」

 

 暁月はむしろ祈る気持ちでそう言った。

 いくら禄寿応穏でも死人は生き返らせる事は出来ないからだ。

 

「………ありがとう、夕霧ちゃん、三日月ちゃん、暁月ちゃん……………祉狼はね………私が生まれた時からずっと一緒に育った………本当に双子の兄弟みたいに育った仲なの………」

 

 その話をスバル隊の少女達は何度か耳にしている。

 昴と祉狼の会話は互いに遠慮が無い、一番対等な言葉遣いなので、それが二人の絆なのだと見ていた少女達は納得していた。

 

「綾那はケガをした事がないから、こんな時になんて言っていいか判らないです…………」

 

 悲しそうに呟く綾那に鞠が肩を叩いた、

 

「大丈夫なのっ!祉狼お兄ちゃんは絶対に大丈夫なのっ!」

「鞠の言う通りやんけ!こんな時に暗い顔しとったら物事は悪い方に転がるもんや!今はあのネエちゃんと宝譿を助け出す事に気張らんかい!」

「スバル隊は春日山城から人質を救出した実績が有るんです!今回もできますよっ!」

「みんなあの頃より腕が上がってますし、頼れる仲間も増えました!」

 

 熊、桃子、小百合は綾那へもそうだが、何より昴を励まそうと一生懸命だ。

 雀と烏も昴を励まそうと馬を寄せる。

 但し二人の乗っているのは小さな馬車で、古代の戦車と言った方が近い乗り物だ。

 

「おヌウちゃんの気持ちは雀わかるよ!雀も昔、お姉ちゃんが病気で寝込んじゃった時、悲しくていっぱい泣いちゃったもん!今なら八咫烏隊のみんなやスバル隊のみんなでも誰かが病気や怪我したら雀泣いちゃうよ!もちろんおヌウちゃんが………そんな顔……してたら……すずめ……」

 

 雀は感極まったのか目に涙を溜めてしゃくり上げ出した。

 そんな雀を烏は頭を撫でて落ち着かせ、昴の顔を見上げる。

 

「……………大丈夫。祉狼さんは必ず立ち上がる。姫野さんと宝譿さんも、あの城が見える所まで行けば私が鬼を全て狙撃して倒す。」

 

「烏ちゃん…………」

 

 昴は烏がこんなに大きな声でハッキリと話すのを初めて聞き、驚くと同時に烏がそこまでして自分を励ましてくれているのが痛い程判った。

 

「うん♪ありがとう、烏ちゃん♪雀ちゃんも、それにみんなも♪………そうよね!祉狼がそう簡単に死んだりするもんですか!」

 

 昴の目に気力が戻ったのを見て、全員が笑顔になった。

 

「復活したね〜、昴ちゃん♪それじゃあ先行してる小夜叉ちゃんに合流だ〜♪」

 

 雛の明るい声に昴は気合を入れて進むべき道を見据えた。

 

テンテケテンテン、テンテケテンテン、テン。

 

 と、思ったら少々間抜けな音が昴の麻袋から聞こえて来た。

 

「何の音です?」

「鞠知ってるの♪昴のの水晶玉にお手紙が届いた音なの♪」

「陛下には申し訳ないけど落ち着いてから見るわ。返事を書いてる暇も無いし…」

 

[[[おーい、昴!聞こえるかーー?]]]

 

 麻袋から今度は声が聞こえて来て、全員が驚いて注目した。

 昴はその声の主が晋の皇帝である三人の北郷一刀たちだったので余計に驚いた。

 

「へ、へへへ、陛下っ!?何でっ!?どうしてっ!?」

 

 昴は慌てて麻袋から水晶玉を取り出す。

 そして水晶玉を見て更に驚いた。

 水晶玉に一刀たちが映っていたからだ。

 

[[[おーーー♪映った映った♪この前はいきなり貂蝉と卑弥呼のどアップ見せられて意識は飛ぶわ、こっちの水晶玉が割れるわで酷い目に会ったからな♪お、隣に居るのが雛ちゃんかな?想像してた以上に可愛い子じゃないか♪]]]

 

「あ、あの………陛下……これは一体……」

 

[[[え?なに、聞いてないの?あっ!だから貂蝉と卑弥呼がこの前いきなり出たのかっ!あの二人はどこだっ!]]]

[別に呼ばなくてもいいわよ。あなたの可愛いお嫁さんに挨拶したいから♪]

 

「そ、曹相国さまっ!」

 

 一刀たちを押し退けて華琳が水晶玉に現れ、昴は冷や汗がドッと溢れた。

 

[あら、公式の場ではないのだから真名で呼んでも構わない…………]

 

 華琳から笑顔が消えて目付きが鋭くなる。

 同時に水晶玉の映像にも拘わらず強烈なプレッシャーが昴に襲い掛かった。

 

[昴、そこは戦場なのね。]

「はいっ!」

[しかもかなり拙い状況。そうよね。]

「サーー・イエッサーーーーーッ!!」

 

 余りの威圧感に幼少期のトラウマが蘇り、昴は思わず海兵式の返事をしてしまう程だった。

 

[直ちに状況を簡潔に報告っ!]

 

 その威圧感に声しか聞こえないスバル隊でも全員が息を呑む。

 

「………あれが乱世の奸雄…魏の武王…曹孟徳か………一瞬で戦場の空気を読まれるとは、戦の天才と呼ばれた美空さまより数段上におられるぞ…………」

 

 沙綾の呟きがスバル隊の少女達の血の気を引かせた。

 

[祉狼がっ!?怪我の具合はっ!?]

「不明です!現在確認の為、急行しておりますっ!」

[そう。小波が句伝無量で報告して来ないのは相当取り乱していると見て間違いないわね………二刃がここに居なくて良かったわ……知ったらどれだけ取り乱すか………]

「…………はい………今、そちらにいらっしゃるのは……」

[一刀たち三人と私と蓮華と桃香と吉祥の七人のみよ。それにしてもザビエルという奴は本当に下衆ね!こちらは丞相室に非常呼集を掛ける。助言をするから通信はこのまま続けるわ。昴は一刻も早く祉狼の所に行きなさい!]

「御意っ!」

 

 そう答えはしたが昴は自分だけ先行するのを躊躇った。

 ここで彼女達と離れると鬼に分断されると思えたからだ。

 

(ザビエルだってもう私の体質に気付いている筈………)

 

「昴さま!祉狼さまはあそこですっ!」

「栄子っ!」

 

 探索に出ていた栄子が戻り、馬で駆ける昴の横に自らの足で併走していた。

 栄子の指差す先に数人の人影が見える。

 

「一葉ちゃん達なのっ!」

 

 鞠の声に見付けた喜びは無かった。

 

 

 

 

 聖刀と共に鬼の群れへと突撃した桐琴と森一家。

 正に人修羅と呼ぶに相応しい殺戮劇を見せていたが、そこに今までとは違う鬼が現れた。

 身の丈はこれまで相手にしていた大型の鬼と同じだが、横幅が倍は有る。

 

「なんじゃこの肉だるま共は?」

 

 桐琴が呟いた通りその鬼は一匹では無く、まるで壁の様にズラリと並び、見えているだけでも三十匹、高い密度で群れているので後ろに何匹居るのか見当が付かない。

 正に肉の壁となって行く手を阻んだ。

 

「へっ!こんなノロそうな豚どもなんざ俺達の敵じゃねえってのっ!ひゃっはぁあああああ!」

「待て!早まるなっ!」

 

 聖刀の制止を無視して、森一家の一人が恰好の獲物と太刀を振り上げ叩き斬る。

 

 しかし、斬られた鬼はビクともしていなかった。

 

「え?………なんだコイツは……」

 

 斬られた鬼は無造作に両手を上げ、斬り付けた男に振り下ろす。

 それはまるで相撲取りが手水を切る仕草の様に。

 

ベキュッ!

 

 肉が潰れ骨の砕かれる音と共に男は一撃で肉塊となる。

 鬼は潰れた肉塊を口に放り込んだ。

 

バキッ!ベキッ!グチャッ!グチュッ!

 

 甲冑と太刀は小海老の殻程にも気にせず、咀嚼し飲み込んでいく。

 同時に斬られた傷が塞がっていった。

 見るもおぞましい光景に並の者ならば怖じ気付く所だが、森一家には怒りを爆発させる起爆剤にしかならない。

 

『『『死ねや!ど畜生がぁあああああああああああああああっ!!!』』』

 

 怒りに任せての突撃だが、百戦錬磨の彼等は敵の攻撃を見た事で鬼の腕を見事に躱して太刀で斬り、槍で突き、金棒で殴り付けた。

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」

 

 桐琴が蜻蛉止まらずを、聖刀が絶を、それぞれが太った鬼に斬り付け一匹ずつ塵にした。

 続け様に次の太った鬼を斬るが、刃が鬼を半分切り裂いた所で止まりそうになる。

 二人は達人の技を駆使して振り抜く事に成功し、斬った鬼も塵に出来た。

 

「なんじゃっ!?蜻蛉止まらずの切れ味が鈍りおったぞっ!」

「桐琴もっ!?僕の絶も………脂だっ!」

 

 蜻蛉止まらずと絶の刃にギットリと脂が付着していた。

 通常の刀や槍は人を斬れば同じ様に脂が付着し、時には骨で刃が欠ける。曲がる。折れる。

 それが簡単には起こらない故の名刀であり名槍なのだ。

 蜻蛉止まらずの作者はかの相州正宗であり、約二百五十年間戦場を戦い抜いた正真正銘の大業物である。

 絶は華琳が曹魏の象徴とした大鎌であり、あの華琳が極上と認めた逸品である。

 それがひと太刀で鈍り、ふた太刀目は辛うじて鬼を倒せたが、次は恐らく皮膚を斬る事すら難しいだろう。

 二人の大業物ですらこの状態なのだ。

 森一家の者達は一匹ですら数人掛りで斬り付けて倒すのがやっとだ。

 斬る、突く、が駄目なら金棒で殴るのはどうか?

 これも太った鬼の脂肪が衝撃を吸収して、まるで効果が無かった。

 

「どうだっぺ。オラの可愛い鬼どもはよ♪」

 

 太った鬼の群れの中、一際太った鬼の頭上に虎の覆面をした佐竹美奈義重が仁王立ちしていた。

 上機嫌に桐琴と聖刀を見下ろし、口の端を吊り上げる。

 覆面の筈の虎の口をだ。

 

「テメェが佐竹義重かっ!」

「そう言うオメェは鬼三左だっぺ♪ザビエルから聞いてっぺよ♪」

「そりゃどうも。んで、この脂玉がテメェの隠し玉か?」

「隠し玉って言うか、オラが特に気に入った鬼を丹精込めて育てた鬼だっぺ♪」

 

 鬼を育てる。

 それが何を意味するのか?

 

「陸奥と出羽の隅々まで全部平らげただからな♪人間をよ♪」

 

 先程の光景が脳裏に蘇る。

 

「もう常陸から北には人っ子ひとり居ねえっぺ♪氏康のおばはんがオメェら連合が来るのを待って防戦に徹してる間によっ♪」

 

 美奈は虎の口を開けて大笑いをした。

 

 

「三昧耶曼荼羅っ!!!」

 

 

 美空の怒声が響く。

 怒りを爆発させた美空が飛び出していた。

 再び大地に五芒星が輝く。

 

 しかしその輝きは一瞬で掻き消えた。

 

「そんなっ!どうしてっ!」

「相変わらず横槍さ入れて来んな、美空。ザビエルが何の対策もしねぇと思ってただか?これで戦の天才とか笑わせっぺ♪」

 

 美奈は蔑んだ目で美空を見下す。

 

「障壁か!」

「けっけっけ♪流石、天の遣い♪オメェとは一対一(サシ)で勝負してぇと思ってたっぺ♪」

 

 着ていた羽織を天高く放り投げ、美奈は聖刀の前に飛び降りる。

 美奈は女子プロレスラーのリングコスチュームの様な物を身に着けており、胴の部分は黒、脚を覆うタイツは青、黒いリングシューズだ。

 

「君と戦ってる暇は無い………と、言いたいけど、君とこの鬼を倒さないとあそこには行けないみたいだね。」

 

 聖刀は空中に浮かぶ姫野と宝譿の映像を見る。

 

「全力で来ねえと間に合わねえっぺ♪尤もオラはオメェを倒して、鬼にしてから連れて行ってやる気だどもよ♪」

「僕を鬼にする?」

「ザビエルがそうしてぇんだとよ♪」

 

 ザビエルが一刀を嘆き悲しませる為に思い付いた事だと聖刀は察した。

 

「困ったな…………そんな事を聞いたら………ますます手加減が出来そうに無いよ!」

 

 絶を手放し、強く拳を握って構えを取る。

 それは拳法の師である凪と同じ構えであり、両手両足が氣で光を帯びた。

 

 

 

 

房都 本城 皇帝執務室

 

「きゃぁああああああああああああっ!」

 

 水晶玉に映し出された祉狼の姿を見た桃香が、悲鳴と共に椅子を倒して立ち上がり青ざめる。

 北郷学園の制服を血で真っ赤に染め、微動だにしないのだ。

 華琳、蓮華、そして一刀たち三人も息を呑んで言葉を失った。

 

「昴くん!祉狼くんの容態はっ!」

 

 吉祥も焦って問い掛ける。

 

[はい!生きていますっ!怪我も治っています!]

 

 それを聞いて一同は一応安堵した。

 

「貂蝉ちゃん!卑弥呼ちゃん!時間が無いわ!力を貸して!」

[もちろんよ!吉祥ちゃん!!]

[何でもするから早く言うがよいっ!!]

 

 その時、上空の映像から姫野の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

「宝譿ぇええええええええええええええっ!!」

 

ビキッ!

 

 宝譿の顔に大きなヒビが入っていた。

 

「…………まだだ…………まだ死なねぇ…………祉狼が来るまで死ねっかよおっ!!」

 

 

 

 

「この鬼の足は鈍い!一匹に対し槍十人で突きなさい!」

 

 祉狼の下に到着した麦穂が大声で足軽達に指示を出す。

 

「斬撃や打撃では致命傷を与えられません!突いて突いて突きまくりなさい!」

「黄備え衆も呼吸を合わせるのです!鬼の壁を突き崩しなさい!」

 

 秋子も朧も焦る気持ちを抑えて確実に鬼の数を減らす事に専念する。

 

「内藤隊は丹羽、直江、北条黄備えの三隊に新しい槍を運びます!脂の付いた槍を回収!直ぐに脂を落とせ!」

 

 心は補給に専念し、丹羽衆、直江衆、黄備え衆の攻撃を支える。

 

「早く………早く江戸城に行かないと………」

 

 朧が焦りを隠しきれず呟いた。

 

 

 

 

「宝譿っ!!」

 

 エーリカが上空を見つめ、届かぬと知りながらもその名を呼び、手を伸ばさずにはいられなかった。

 蒲生三姉妹の御家流を止めたのも太った鬼の壁だった。

 数が少なかった事も有り、突破は出来たがかなり時間を取られた。

 

 映像の中の宝譿にまたヒビが入った!

 

「そんな…………そんな…………」

 

 涙に滲む視界の中で宝譿の体が壊れていく。

 

 

『諦めては駄目なのです!』

 

 

 その声は空から、映像とは違う場所から聞こえてきた。

 

 

 

 

 今にも崩れ去りそうな宝譿はもう意識がかなり薄れていた。

 

(ちくしょう………ちくしょう………ちくしょう…………もう………だめなのか………)

 

『諦めては駄目なのです!』

 

 空から聞こえた声に宝譿は自嘲する。

 

(ははは………こりゃほんとうにおわりか…………風のこえがきこえるなんてよ………)

 

『宝譿!あなたはそんな弱い子じゃないのです!男の子ならしっかりとその子を守るのです~!』

 

「え?………ホントに………風の声なのか?」

 

『今あなたの所に援軍が行きました!二人で祉狼ちゃんが行くまで姫野ちゃんを守るのです~!』

 

「援軍?」

 

 窓の外、晴れた冬の空を光の玉が流れ星の様に一直線に飛んできた。

 それは連合軍の全ての将兵、一番離れているゴットヴェイドー隊にも見える程の眩い光を放っている。

 かつての一刀たち、そして祉狼、聖刀、昴の三人がこの日の本に現れて時の様に。

 

ズドンッ!!

 

 江戸城の屋根を突き破り、流れ星は宝譿と姫野の前に現れた。

 

 

「俺様参上っ!!」

 

 

「え?………………宝譿が…………もうひとり?」

 

 姫野の目の前には宝譿が二人並んでいた。

 片方はヒビ割れ今にも壊れてしまいそうな宝譿。

 もう片方は何処にも傷が無く元気一杯の宝譿。

 

「よう♪頑張ったな、俺♪俺は祉狼が居た世界の宝譿だ♪貂蝉と卑弥呼と吉祥が俺と風を繋いでくれてっから氣の消費はもう心配いらねえぞ♪ほらよ♪」

 

 無傷の宝譿がヒビ割れた宝譿の手に触れる。

 

「おおおおおっ!感じるぞっ!懐かしい……………風の氣をっ!」

 

 風の氣が補充され、ヒビ割れがどんどん塞がっていく。

 

「泣くのは早いぜ!俺達の仕事はこれからよ!」

「ああ♪祉狼が来るまで姫野を守りきるぜ♪」

 

 何が起きているのか姫野には判らなかったが、宝譿が助かった事だけは理解し泣き出した。

 

「よ、よかったよ………宝譿♪………ホントに良かった♪」

「おいおい、身動きできねぇ上に、こんなに鬼に囲まれて言う台詞じゃねえぞ♪」

「祉狼もまだ目を覚ましてねぇしな。」

「祉狼っ!禄寿応隠の力でもまだ回復できないなんて………そんなに深い傷を追わせちゃったんだ…………」

「禄寿応隠?」

「本当はご本城様が持っていた北条家御家流だよ………祉狼が倒された時から禄寿応隠の力を祉狼から感じて、ご本城様が祉狼に譲ったんだって判ったの………」

 

 その儀式がどんな物だったか姫野は想像が着いて少し落ち込む。

 しかし、そのお陰で祉狼が死なずに済んだと思い、自分を納得させた。

 

「そんな訳で吉祥から伝言だ。祉狼に会いたいって強く想え!そうすりゃ祉狼が目を覚ますらしい。」

「え?そ、そんなまさか………」

「「いいから早く念じろっ!!」」

 

 ステレオで宝譿に言われ、姫野は慌てて祉狼の事を考えた。

 

(祉狼!元気になって!目を覚まして!)

 

 自分に笑い掛けてくれた祉狼の顔を思い出す。

 

(祉狼っ!助けてっ!!)

 

 

 

 

「わっほーーい♪思った通りオメェの方が歯応え有るっぺよ♪」

 

 聖刀の氣の乗った拳と蹴りを綺麗に捌きカウンターを放つ。

 聖刀も美奈のカウンターを更に捌いて更にカウンターを狙う。

 上中下段と互いに変幻自在の攻撃を繰り返し、まだまともにヒットした攻撃は一度も無い。

 

「鬼になったらその細っせぇ体を、オラがこの鬼みてぇに可愛い体にしてやっから安心するっぺ♪」

 

[人の息子を勝手に鬼に、しかもあんな醜い脂の塊にしないでもらえるかしら!]

 

「母上!?」

「なんだ?オメェの母ちゃんの声か?」

 

[ええそうよ。我が名は曹孟徳!聖刀!いつまで手こずっているの!構わないからお仕置きしてしまいなさい!]

 

 昴が水晶玉を掲げて華琳に映像を見せているのだが、聖刀は一瞬も気を抜けない状態なので、何故華琳の声が聞こえるのか判らなかった。

 それでもこの声が華琳本人である事は全く疑っていない。

 

「母上は気楽に言ってくれるなぁ。本当にギリギリなんだけど………それに……君は僕の方が祉狼より歯応えが有るって言ったけど、そんな事はないよ。」

「なに言ってるだ。現にこうしてオラと互角に闘ってるっぺ。」

「格闘技に関しては祉狼はもう僕を越えてる。」

「オラの蹴りを喰らってのされたでねえか。」

 

 

 

 

(ここは何処だ?…………暗い…………手足も動かせない………何か聞こえるな…………声?……俺を呼ぶ声………久遠…一葉…美空…光璃…眞琴…小波…幽…雹子…麦穂…秋子…心…朧…エーリカ…梅…松…竹…不干…歌夜…柘榴…貞子…市…壬月…粉雪…春日…一二三…湖衣…朔夜…十六夜…ひよ…ころ…詩乃…雫…結菜…双葉…雪菜…藤…松葉…空…名月…愛菜…慶…四鶴…半羽………………)

 

 深く沈んだ意識の底に声が届く。

 ひとりひとりの熱い想いが自分を満たしていくのを祉狼は感じていた。

 

 

(祉狼っ!助けてっ!!)

 

 

(姫野っ!!)

 

 姫野の助けを求める思念を聞いた祉狼は飛び起きた!

 

 

 

 

「次はそう簡単にいかないと思うよ♪」

 

 聖刀が右に大きくステップした。

 

 聖刀の元居た所に祉狼が飛び込んで来る!

 

 祉狼は全身を輝く凰羅に身を包み、正に地上に現れた薬師如来の様だ。

 

「おわっ!!」

「カタルシス・ウェイイィィィィヴッ!!!」

 

 祉狼の拳が美奈の腹にめり込んだ!

 母から受け継いだ必察の指圧の波が美奈の全身を駆け巡る!

 

「聖刀兄さん!佐竹さんを頼むっ!!」

 

 美奈の治療が完了したと確信しており、祉狼は振り返らず江戸城の方角を見据えた。

 目の前に在るのは肉の壁を作るメタボな鬼の群れ。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 祉狼は手甲から金鍼を抜き高々と掲げる!

 

「我が金鍼に全ての力!賦して相成るこの一撃!俺達の全ての勇気!

この一撃に全てを賭けるっ!!もっと輝けぇぇえええええええええええっ!!

 

賦相成(ファイナル)五斗米道(ゴットヴェイド)ォォオオオオオオォォォォ!」

 

 祉狼は迷わず鬼の中に突入した!

 

 

「人にっ!!なれぇええええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 

 

 光の弾丸と化した祉狼は一気に鬼の群れを突き抜ける!

 すると鬼の群れ全体に異変が生じた。

 何と祉狼から離れた場所の鬼まで体が崩れ、中から人間が現れ出したのだ。

 

「小夜叉!槍を止めてっ!!」

「なんだいったい!?鬼が崩れて人になっちまったぞ!?どうなってんだ、各務っ!!」

「祉狼さまです♪祉狼さまが復活されたのですっ♪」

「そりゃ良かったけどよ…………せっかくあの豚鬼をぶっ殺すコツが掴めてきたのに……」

 

 小夜叉はブツブツ文句を言いながらも槍を収めたのだった。

 

 一方、鬼の群れを突き抜けた祉狼は、そのまま江戸城目掛けて一直線に走って行く。

 その後ろを小波が追い掛けていた。

 

「凄い!まるで追いつけない………」

 

 祉狼の後ろ姿はあっと言う間に小さくなっていく。

 しかし小波が祉狼を見失う事は無い。

 小波の心にはしっかりと祉狼の気持ちが今も伝わっていた。

 

「ご主人さま!宝譿どのと姫野の救出、お願いします!自分も直ぐに追いついて見せますっ!!」

 

 祉狼は自分の背中を押してくれる想いをハッキリと自覚し、野を越え、川を越え、林を越える。

 

「見えたっ!!あの城かっ!!」

 

 江戸城を視界に捉え、あと少しという所で祉狼は禍々しい気配を感じて足を止めた。

 

「くくくく♪やっとひとりになりましたね、華旉伯元くん♪」

「やはり居たかっ!ザビエルっ!!」

 

 祉狼が気配の方を向くとザビエルが立っていた。

 周囲には遮る物が何も無く、遠く離れた場所に民家の残骸がポツポツと見えるのみ。

 木も生えておらず枯れ草が地面を覆っている。

 そんな風景の中で黒い修道服を風になびかせ、眼鏡の奥で狂気を孕んだ目を細めていた。

 

「お前は…………もうこんな事を止める気は無いか?」

 

「こんな事?…………言った筈ですよ。私は北郷一刀に未来永劫悲しみと絶望の底に沈めるのが目的だと♪それが私の全て!于吉の中で膨らみ過ぎたこの感情を切り離したのが私!故にそれが私の存在理由であり私の望みなのです♪それを止めろと言うのは君に人を救うのを止めろと言うのと同じなのですよ♪」

「何処が同じだ!人を苦しめるのと人を救う事が同じな訳無いだろう!」

「そう。私とあなたは根本が真逆なんです。ですが私とあなたはよく似ている♪己の感情の赴くままに行動する♪人を救いたいか、人を貶めたいか。ただそれだけの違いなのですよ♪」

「…………そうか…………ならば俺は俺の信じる正義を行うのみ!」

 

 祉狼は強烈な震脚で大地を蹴り、崩拳を放つ!

 

「それは何度も見せてもらいましたよ♪佐竹義重も躱していたでしょう♪」

 

 一瞬でザビエルの懐に入った筈が、ザビエルは祉狼の右に居た。

 

「フンッ!」

 

 祉狼は空かさず裡門頂肘から猛虎硬爬山の連続技に繋げる。

 その尽くをザビエルは躱して見せた。

 

「ははははは♪どうしました?どんなに強い剛撃も当たらねば扇で風を送るのと変わりませんよ♪」

 

 ザビエルの挑発だと理解している祉狼は冷静に敵の動きを読む。

 

「そうそう、先程あなたは眠っていたから聞いていなかったでしょう。この関東の北には傀儡、いえ、人は完全におりません♪どうなったか気になりませんか?答えはあの太った鬼達ですよ♪」

「食わせたのかっ!」

「その通り♪男も女も、家族を守ろう戦う父親も、子供を庇う母親も、孫を可愛がる老人も、産まれたばかりの赤ん坊も、全て食らい尽くしましたよぉおおおおおお♪」

 

ギリッ!

 

 祉狼は怒りに奥歯を噛んだ。

 それは雪菜の家族がもう居ないという宣言に他ならない。

 繰り出す攻撃が大振りになってくる。

 

「それとですね♪これが奥州だけでは無いんです♪」

「なにっ!」

「この日の本の西に九州という島が有るのですが、そこも同じ様に人は居なくなって鬼で溢れかえっていますよ♪」

「貴様っ!」

「九州の北端は最も大陸に近い♪溢れる鬼を積んだ船が今頃出航している筈です♪朝鮮半島から幽州へ♪そして遠からずこの大地の全てを鬼が覆い尽くすのです♪そうなったらもう、幾らあなたが鬼を人に戻せても間に合いませんよぉおおおおお♪」

 

「き・さ・まぁああああああああああっ!!」

 

 怒りに任せた一撃。

 ザビエルはこの時を待っていた。

 躱すと同時に祉狼の首筋に爪を擦らせる。

 

「ぐぁあああああっ!」

 

 ただ軽く擦っただけなのに祉狼は激痛に襲われ足が止まってしまった。

 

「ははははははははは♪あなたなら知っていますよね♪毒手という物を♪」

 

 毒手とは暗殺の手口のひとつで、手を毒液に何年も浸し、手その物を毒の武器とする。

 

「鬼の毒の調合を繰り返す内にすっかり手が毒に染まってしまいましてね♪掠り傷を負わすだけで鬼に変えられる様になりましたよ♪」

 

「うがっ………ぐっ………うぐっ………」

 

 祉狼は痛みに首を押さえる。

 その患部はどす黒くなり、既に首の半分が変色していた。

 

「どうですか♪あなたご自慢のゴットヴェイドーで毒を排出出来ますか?出来ないでしょう♪手や足ならばまだ意識を集中出来たでしょう♪でも、喉をやられたら呼吸が乱れて氣を練る事が出来ないでしょう♪義重に折られた肋骨も治したあなたですが、これは流石に無理でしょう♪はぁーーーーーーっはっはっはっはっはっは♪」

 

 勝ちを確信したザビエルは天を仰ぐ様に大笑いする。

 だが、ザビエルはひとつ思い違いをしていた。

 

 祉狼がゴットヴェイドーの技で自分の傷を治したと。

 

「か………は………」

 

「ん?………何故患部が広がらない…………それ処か…………」

 

 ザビエルは己が目を疑った。

 祉狼の患部がジワジワと健康な肌の色に戻って行くのだから。

 

「これは…………徐福が求めた力………あの北条の禄寿応穏かっ!!」

 

 そう言っている間に祉狼の首の傷からどす黒く変色した血が噴き出し、完全に毒を排出して傷が塞がった。

 

「はあ……はあ………俺にはもう鬼の毒は効かないぞ…………ザビエル!」

 

 まだ息は荒いが祉狼は完全に復活した!

 

「あの女っ!あの女があなたに譲ったのですねっ!赦せん!赦せんぞっ!一度ならず二度までもこの私の計画を邪魔しおってぇええええええええっ!!」

 

 狂気にのたうち、再び天に向かってザビエルは吠えた。

 

「ザビエルっ!貴様の狂気!ここで終わらせるっ!」

「こうなれば何度でもあなたの身体に傷を負わせてあげましょう!禄寿応穏の治癒力が追い付かない程にっ!」

 

 祉狼はザビエルの攻撃を警戒しつつ、懐に飛び込むタイミングを計った。

 

 

『祉狼くん!私との稽古を思い出しなさいっ!』

 

 

 空から聞こえた声に祉狼は驚く。

 

「亞莎伯母さんっ!?」

 

 房都の皇帝執務室には丞相室の面々が揃っていた。

 吉祥が画像の照準を祉狼に合わせ追い掛けていたのだ。

 

「判ったっ!!」

 

 祉狼の構えが変わった。

 腕を大きく振ったかと思うと上体を倒し腰を低く、指を伸ばした手を前後に広げる。

 

 劈掛掌の構えだ!

 

「はっ!」

 

 祉狼がザビエルに向かって飛び込む!

 

「構えを変えてもその攻撃では…」

バキィッ!!

 

 ザビエルの顔面に祉狼の手刀がヒットした。

 空かさず祉狼はザビエルから距離を取る。

 その時にも大きく腕を振り、円を描く独特の歩法を使う。

 舞う様なその動きに攻撃を受けたザビエルが目を奪われた。

 

「う……美しい…………若鮎の様な少年の劈掛掌…………」

 

「我が拳は、我が魂の一撃なり!拳魂一擲!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅っ!!

鬼の毒が溜まった凝りを!俺が指圧で温め治す!

この俺の全ての勇気!この指先に全てを賭けるっ!!」

 

 劈掛掌の踏路に合わせ氣を練り上げる!

 

「もっと輝けぇぇええっ!!

凝溜治温(コルジオン)按摩(アンマ)ァアアアアアアアアッ!!!」

 

 棒立ちのザビエルに祉狼の指圧の連打が浴びせられた!

 

「うぉおっ!おぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 祉狼の送り込んだ氣がザビエルの体内を駆け巡る!

 鬼の毒に染まった腕が指先からボロボロと崩れ落ち、顔に無数の亀裂が走った。

 

「はは……ははははははははは♪これが!これがあなたの目指す世界ですかっ!明るく!あたたかい!ははははははははは♪私が生まれて初めて感じる世界です♪甘い!実に甘い!こんな世界は実現不可能です♪」

「それでも俺は皆が幸せに、穏やかに暮らせる世界を目指す!」

 

 崩れ去ろうとしているザビエルは、それでも歪んだ嗤いを止めようとしない。

 

「……では私の最後の贈り物です♪この私が大人しく消え去ると思いますか?」

「っ!姫野と宝譿に何かしたのかっ!」

「そんな小さな事ではありませんよ♪あなたは覚えていますか?この外史に張られた結界を♪」

「この日の本に張られた結界の事か!」

「くくくくく♪あの貂蝉と卑弥呼でもこの結界を見破れませんでしたか♪私はこの”外史”と言ったのですよ♪そしてこの結界は私が消え去れば、この外史と共に弾け飛ぶのですっ!」

 

「外史が弾け飛ぶっ!?」

 

「そうです!私の目的は一乗谷でお教えしましたよね♪『北郷一刀の居る全ての外史に鬼を送り込む事』だと♪この外史は鳳仙花の種の様に弾け飛んで、鬼を他の外史に飛ばすのです♪現在居る鬼の数が何万なのか想像出来ますか♪どれだけ北郷一刀の居る外史が多くとも、これだけの数が居れば全てに数匹ずつは届けられるでしょう♪後は現地で勝手に増えてくれますからねぇ♪」

 

「弾け飛んだこの外史はどうなるっ!」

 

「消え去りますよ♪綺麗さっぱりね♪まあ、あなたならばきっと鬼と共に何処かの外史に辿り着けるでしょうね♪知り合いの誰も居ない………いや、知った顔なのに相手は誰もあなたの事を知らない外史にね♪」

 

「そうはさせんっ!」

 

 祉狼はザビエルを延命させようと金鍼を抜く!

 

 

「残念♪もう終わりです♪」

 

 

 最後にそう一言残してザビエルの体が完全に砕け散った。

 

 同時に地鳴りが聞こえ出し、空に暗雲が立ち込め出す。

 

「そ………そんな………俺の所為で………」

 

 

[祉狼くん!大丈夫よっ!この吉祥伯母さんに任せなさいっ!]

 

 

 

 

 房都の皇帝執務室では吉祥が有りっ丈の氣を水晶玉に送り込んでいた。

 いや、吉祥だけではなく、炙叉と張三姉妹も氣を送っている。

 余りにも強い氣の奔流に室内の調度品がガタガタと揺れて、それを朱里と雛里が「あわわ!」「はわわ!」と慌てて押さえる。

 

「ちょっと吉祥!ちぃはこんな大掛かりな術したこと無いんですけどっ!」

「お姉ちゃん、なんだか力が吸い取られていく感じだよぉ~~~!」

「天和姉さん!地和姉さん!祉狼くん達三人を助けるんだから頑張ってっ!!」

「吉祥っ!本当に向こうの外史をこっちに引き寄せられるのっ!!?」

「この私を誰だと思ってるの!?今は休業中とは言え!管理者『管輅』を甘く見るんじゃないわよっ!!って訳で!華琳ちゃん!構わないわよね♪」

 

 言われた華琳は盛大に溜息を吐く。

 

「何を今更…………貴女、最初からこのつもりであの子達を向こうに送り込んだんでしょう!」

「まあ、それは後で説明するから♪っと!こりゃ拙いわ。やっぱりちょっと力が足りないかも………」

 

『『『吉祥っ!!!』』』

 

「丞相室のみんなは全員に三人が戻って来る為に強く想う様に伝えてっ!!」

 

 吉祥の言う『全員に』とはこの場に居ない愛紗達武官と一刀の娘達、二刃と駕医と三刃、太白とインテリの事だ。

 

「了解したっ!!全員で手分けするぞっ!!」

 

 冥琳の掛け声に朱里、雛里、詠、月、音々、音々音、穏、亞莎、稟、風、桂花、美羽が頷いて部屋の外へ向かう。

 

「冥琳!私も行くわっ!」

「わたしもっ!!」

 

「蓮華ちゃんと桃香ちゃんは動かないでっ!三人の王様は場を安定させる要なんだからっ!もちろん一刀くんたちもだよっ!!」

 

 吉祥の声に余裕が感じられず、蓮華と桃香は直ぐに椅子へ座り直した。

 

「凄い音が聞こえますがどうされましたっ!!」

 

 そこに扉を開けて飛び込んで来たのはインテリだ。

 一刀たちはその顔を見て閃いた。

 

「「「インテリ!!昴のお嫁さん達をこっちに呼びたいと思わないか!?」」」

 

 

「勿論呼びたいですっ!!!」

 

 

 間髪入れず力強い答えが返って来た。

 

「あ…………成功したわ。」

 

 二百人近い人数の強い想いが必要な所を、インテリひとりのロリ魂で補ってしまった。

 

 

 

 

 祉狼達の居る外史を覆っていたザビエルの結界が日の本に向かって収縮していく。

 

 最終的には鬼の居る本州、四国、九州のみが結界の範囲となった。

 

 結界に包まれた場所が外史の壁を越える。

 

 それは時間にして僅か数秒の出来事だった。

 

 転移を終え、日の本を包んでいた結界が消滅した。

 

 

 

 

「地鳴りが収まって空も元に戻った………………そうだ!姫野と宝譿を助けないとっ!!」

 

 ザビエルが消えた事で空に映し出されていた映像も消えている。

 祉狼はまた一直線に江戸城へ走り出した。

 

 枯れ草が覆う大地にザビエルが纏っていた修道服だけが残されている。

 そこから真珠程の小さな光が天に向かって飛んで行った。

 

 

 

 

「おい、于吉!空を見上げて何をしている!」

 

 荒野の道で左慈が振り返り不機嫌そうな顔で問い掛けた。

 

「いえ♪少々良い事が有りましてね♪」

 

 于吉は空から舞い降りて来た真珠程の小さな光を手の平に受け止めていた。

 

「お前にとっちゃそうだろうよ!けど俺はこの外史からさっさと逃げ出したいんだよっ!!」

 

 一刀が忌々しく吐き捨てる様に言う。

 

「あぁ~ら、わたしは結構気に入ってるわよぉ~、この外史♪」

「うむ、私も貂蝉に同意見だな♪」

 

「「それはこの外史の元を作ったのはお前らだからだろうがっ!!」」

 

 漢女の二人に一刀と左慈が怒鳴る。

 そんな四人を尻目に、于吉は手の平の光を握り締めた。

 

(そうですか…………その華旉伯元という少年に感謝しなければいけませんね♪あの切り離した邪悪であるあなたに、僅かでもこの様な光の心を芽生えさせたのですから………)

 

 于吉は微笑んで左慈、一刀、貂蝉、卑弥呼の四人の後に付いて歩き出す。

 その笑顔にはザビエルの様な邪悪な影は全く見えなかった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

前回の予告通り、ザビエルとの決着を着ける事が出来ました。

ですが原作のXとおなじでザビエルが死んでも鬼は残っていますし、祉狼たち日の本側は何が起こったのかまだ何も判っていません。

因みに祉狼に使った劈掛掌は八極拳の弱点を補い、『八極と劈掛を共に学べば神でさえ恐れる』と言われる程の拳法です。

自分はデッド・オア・アライヴのエレナや鉄拳のリン・シャオユウでとてもお世話になりましたw

 

 

今回の最後のシーンはこのシリーズを始める時から考えていたのでやっとここまで来れたとホッとしています。

『キレイなジャイアン』ならぬ『キレイな于吉』なのは、汚い部分をザビエルとして切り離した為です。

ピッコロ大魔王と神様の関係に近いですが、ザビエルが死んでも于吉が死なない所が違いますねw。

 

 

愛菜のツンデレに関する発言は中の人ネタですw

 

 

《オリジナルキャラ&半オリジナルキャラ一覧》

 

佐久間出羽介右衛門尉信盛 通称:半羽(なかわ)

佐久間甚九郎信栄 通称:不干(ふえ)

佐久間新十郎信実 通称:夢(ゆめ)

各務兵庫介元正 通称:雹子(ひょうこ)

森蘭丸

森坊丸

森力丸

毛利新介 通称:桃子(ももこ)

服部小平太 通称:小百合(さゆり)

斎藤飛騨守 通称:狸狐(りこ)

三宅左馬之助弥平次(明智秀満) 通称:春(はる)

蒲生賢秀 通称:慶(ちか)

蒲生氏春 通称:松(まつ)

蒲生氏信 通称:竹(たけ)

六角四郎承禎 通称:四鶴(しづる)

三好右京大夫義継 通称:熊(くま)

武田信虎 通称;躑躅(つつじ)

朝比奈弥太郎泰能 通称:泰能

松平康元 通称:藤(ふじ)

フランシスコ・デ・ザビエル

白装束の男

朝倉義景 通称:延子(のぶこ)

孟獲(子孫) 真名:美以

宝譿

真田昌輝 通称:零美

真田一徳斎

伊達輝宗 通称:雪菜

基信丸

戸沢白雲斎(加藤段蔵・飛び加藤) 通称:栄子

小幡信貞 通称:貝子

百段 馬

白川 猿

佐竹常陸介次郎義重 通称:美奈

 

 

 

今回はPixiv版とtinami版共に同じ内容になっております。

 

 

次回はいよいよ本編最終回…………と、なる筈です。

 

その後は幕間劇を考えてますので、そちらもお楽しみに。

 


 
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